No.891944

Baskervile FAN-TAIL the 19th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2017-02-05 13:27:47 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:689   閲覧ユーザー数:689

「……また来てる」

手紙を取りに行ったグライダ・バンビールが、しかめっ面のまま一通の封筒をテーブルに放り出した。

その封筒には重厚なイメージのある紋章とともに、凝ったデザインの文字で『ブロードウエイ総合大学・魔法学科』と、差出人の名前が印刷されてあった。

「ああ。ここね」

グライダの同居人・コーランもその封筒を手に取る。透視するつもりはないが、何となく封筒を透かしてみると、

「たぶん、またあの子の勧誘かな」

「でしょうね」

二人揃って嬉しいような、困ったような顔でその封筒を見つめ、その封を切った。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

ぴんぽーん。

そんな時。いきなり呼び鈴が鳴った。立ち上がろうとしたグライダだが、コーランは、

「私が行くわ」

彼女は手を振って玄関に向かう。その間にも一定の間隔で延々と呼び鈴は鳴り続けている。

「……一回鳴らせばわかるわよ」

うるさそうに小さな声で呟くと、コーランは一気に扉を開けた。

「セリファ・バンビール! 勝負だ!!」

開いた瞬間飛び込んできた子供の声。フード付のマントを着込んだ、十代半ばの男の子だ。

「凄腕の魔法使いとの噂を聞いてやってきた。正々堂々勝負だ!」

まるで探し求めた宿命の相手に向かって吐くような、雄々しい言葉。

だが。強気な目で男の子が睨みつけているのはセリファではない。コーランである。

いきなりの事に、さしものコーランも一瞬ぽかんとしている。

「どうした、臆したのか!」

男の子の声に、コーランは盛大に溜め息を一つつくと、

「……私の名前はコーラン。セリファじゃないわよ」

「だが、その魔力は明らかに常人とは違う。本当に貴様ではないのか?」

疑わしげにコーランを見上げる彼。彼女はさらりと、

「私は魔族だから」

生まれつき「魔法」という奇跡の力を操る事に長けた種族で、元々はこの世界の住人ではない。魔族であれば常人と違う魔力を持っていて当然である。

しばし空白の間が開くと、その男の子は、

「……では、その後ろにいるのがセリファ・バンビールか?」

男の子が指さしたコーランの後ろには、グライダがやって来ていた。

男の子の声に、グライダも盛大に溜め息を一つつくと、

「セリファはあたしの妹。今はでかけてていないけど」

自分がセリファだと言われ、淡々と返事をするグライダ。

「……変な感じがするが、貴様は魔法使いではないな」

実は、グライダは魔法が効かないという、言わば特異体質の持ち主。見る人が見れば一目瞭然なのだ。

それがわかるという事は、この男の子見た目の割に魔法使いとしての実力はあるようだ。

グライダの顔をじっと見つめていた男の子はそう言うと、済まなかったとばかりに無言で頭を下げた。

しかしすぐさま偉そうに胸を張ると、

「では、セリファ・バンビールを出してもらおう。そいつに用がある」

「セリファがどーしたの?」

男の子の後ろから幼い女の子の声が。

びっくりして振り向いた彼の目に写ったのは、自分より少し年下に見える女の子。

「貴様が……セリファ・バンビール?」

「うんっ」

彼女は元気よくうなづいた。

 

 

その男の子がぽかんとしてしまったのは、無理ない事かもしれない。

見た目は十才ほど。だが、その女の子から感じる魔力の量は半端ではない。その魔力は何千年も生きる魔族――魔王と呼ばれる者達に匹敵するやもしれぬからだ。

その量たるや、魔物や亡霊などを遠慮なく引きつけそうな程だ。実際そういった存在は強力な魔力に引かれてやってくる事も多い。

セリファだと言った彼女にはそういう雰囲気はないし、この建物に強力な結界が張られている様子もない。

家の中に案内され、茶を出されるまで周囲を観察して得た情報から、怪しさはないと判断せざるを得なかった。

「俺はキャスロン・ブロードウエイ。見ての通り魔法使いだ」

三人が自分を見つめているのに気づいて急に偉そうに胸を張ると、朗々とそう名乗った。

「ブロードウエイ? もしかして、ブロードウエイ総合大学と、何か関係が?」

グライダの問いに更に偉そうに胸を張ると、

「俺の先祖はその創設者。我が家は代々そこの教授を勤めている。俺はその直系の子孫。こう見えてもエリートだ」

偉そうに語るキャスロンを見て、グライダは不信そうに見つめている。

元々「偉そうな態度の奴にロクな奴はいない」と判断しているからだが。

「……で。セリファと勝負? 私は人界のルールはよく知らないけど、魔法使い同士で決闘とかって、していいの?」

コーランがマントの下で腕組みしてそう訊ねる。キャスロンは鼻息も荒く詰め寄ると、

「良かろうが悪かろうが、そんな事はどうでもいい」

「どうでもいいなら、何で?」

おうむ返しにグライダが訊ねる。

「爺さんや父さんは、しょっちゅうこいつの事を話題にしてるんだ。だから、どんな奴か知りたいと思った。それには戦ってみるのが、一番早いだろ」

実はこう見えても、セリファは周辺の魔法学校から一目置かれる存在だ。

人間とは思えぬ桁外れの魔力は間違いなく興味の的であるし、学力という意味での頭の良さも、実はかなり高い。

まさにダイヤの原石とは彼女のための形容詞だ。そのため魔法学校各校から勧誘がきている。そのブロードウエイ総合大学もそんな学校の一つなのである。

そんな状態を知ってか知らずか、セリファの方はマイペースを貫くかのごとく町での暮らしを楽しんでいる。

「つまり、セリファより自分の方が実力があると、お爺さんやお父さんに認めてほしいわけだ」

キャスロンの微妙な表情に、グライダがつまらなそうに言った。

口では何のかんの言っても、結局は親に認めてもらいたい。他人より自分を見てもらいたいという理論。

簡単に言うなら「親を独占したい」だけ。

弱い者いじめをしに来るよりはずっとましだが、それでもいきなり訊ねて来た理由にしては幼稚である。そう判断したのだ。

案の定、キャスロンは一瞬言葉に詰まると、

「そ、そんな事はどうでもいいだろ? 勝負するのか、しないのか?」

彼のその提案に、

「一人でやってれば?」とグライダ。

「止めといたら?」とコーラン。

「いたいのはやだなー」とセリファ。

もちろん、キャスロンが怒ったのは言うまでもない。

「やる気あるのか、貴様らっ!」

ドンと激しくテーブルを叩いて抗議する。

「やる気と言われてもねぇ」

興味なさそうに伸びをしたグライダが「よっこいしょ」と重そうに腰を上げると、

「そもそも何を以て『強い魔法使い』って決めるの?」

キャスロンの顔を覗き込むようにして訊ねる。

確かにグライダの疑問はもっともである。

魔力の多い方が強い?

強い魔法を知っている方が強い?

数多くの魔法を知っている方が強い?

そもそも「勝負」と言っても、魔法使いではその方法に悩む。

剣士同士なら木刀でも使って正面から打ち合えばいい。

だが魔法使いはそうもいかない。実際に魔法を使って戦ったら、本人達以上に周囲が危ない。下手をすれば周囲の地形や生態系が変わりかねない。強力な魔法なら、そのくらいの力は充分ある。

キャスロンとコーランは頭を抱えて悩んでいた。

彼は「どうやって戦ったらいいか」を。

彼女は「どうやったら戦わずに済むか」を。

内容は正反対だったが。

「そもそも『魔法使い』っていうのも、よくわからないわよね。魔法が使えればみんな魔法使いって訳?」

グライダが続けて質問を発する。

確かに魔法が使えれば「魔法使い」と呼んでいいかもしれないが、中には魔法が使える剣士もいるし、一般に「僧侶」と呼ばれる人達も「魔法」を使う事ができる。

だがどちらも「魔法使い」と呼ばれる事はまずない。

これにはキャスロンはもちろんコーランも即答できなかった。

何も考えていないセリファを除く一同は、更に頭を悩ませ考え込む。三人寄れば文殊の知恵、という諺があるが、こればかりは三人集まってもいいアイデアが思いつきそうにない。

「ねーねーおねーサマ。クーパーに聞く?」

セリファがグライダの服をくいくいと引っ張る。

クーパー。本名オニックス・クーパーブラックは、この町に住む神父にして剣士。

様々な知識を豊富に持ち合わせた人物なので、困った事があるとよく相談しに行くのだ。

「何者だ、そのクーパーというのは?」

当然それを知らないキャスロンが訊ねる。

「……しょうがない。クーパーに頼もうか」

グライダもさっきよりは軽々と重い腰を上げた。

「だから、クーパーというのは何者なんだ!?」

無視されたキャスロンが声を荒げた。

 

 

結局「ついてくれば判る」というので、ブツブツ文句を言いながらもキャスロンはグライダ達についていった。

一同が向かったのは、クーパーの教会が建つ町外れ。幸いにしてクーパーは教会の前にいた。

「どうかしましたか、お揃いで。おや、そちらの方は……」

めざとくキャスロンを発見したクーパーが話しかけようとすると、

「俺はキャスロン・ブロードウエイ。見ての通り魔法使いだ」

例によって胸を張って答える。

「そうですか。ボクはこの教会の神父を勤めるオニックス・クーパーブラックと申します」

クーパーは丁寧に挨拶をする。

「ところで、お揃いで来た用件は、何なのですか?」

「俺と、このセリファとかいう奴と、どっちが強い魔法使いか決めるためだ」

キャスロンが胸を張ったまま元気に答える。すると、クーパーは困った顔になり、

「……そうですか。しかし即答できる問題ではありませんね」

帰ってきた答えに、案の定キャスロンが食ってかかった。

「……言っておくけどな。どう見たってそこまで困るもんじゃないだろ!」

怒りのあまり語気が荒くなる。そのままの勢いで、

「こう見えても俺は、基本的な魔法ならほとんど使う事ができる。魔力の量の差は仕方ないと思うが、それでもそれ以外の部分ならこいつに負けないだけの実力と自信はある!」

目を三角に釣り上げ、びしりと言い切ったキャスロン。

ところが、その迫力ある言葉に全く動じた様子を見せていないクーパーは、

「なるほど。実力と自信はある、と」

意味ありげに言葉を切ったまま。黙ってキャスロンを見つめる。

「ああ」

穏やかに見つめられ、それでも強気な態度を崩さない彼に、クーパーは思いがけない事を言ってきた。

「では、ここはテストをしてみましょう」

数分後。セリファとキャスロンは、礼拝堂中央の通路を挟んで隣同士に座らされた。

そして、二人の手にはスケッチブックと黒の太マジック。

まるでバラエティ要素の強いクイズ番組の解答者である。

「なぁ、何でこうなるんだ?」

キャスロンの文句に、クーパーは平然としたままで、

「テストですよ。それでどちらが上かを決めたいと思います」

彼はそのままキャスロンに向かって、

「一概に『強い魔法使い』と言われても、その基準は人それぞれです。ですから、ここはボクなりの考えと判断でどちらが上かを見極めようと思った訳です。そのためのテストです」

自分と同じ考えという事で、グライダもうんうんとうなづく。

魔力の多い方が強い?

強い魔法を知っている方が強い?

数多くの魔法を知っている方が強い?

判断基準はいろいろあるが、どれも正しく、また正しくないように思えるのだ。

それは、魔法というものが得手不得手の分野に極端に個人差が表れる。

例えば、炎の魔法が得意な術士と氷の魔法が得意な術士とを比べて、どちらが強いかなど、判断できる訳もない。

キャスロンも不承不承その提案を飲む事にした。ちなみにセリファは何も考えてない。

そこに、ドンドンと戸を叩く音が。

「よぉ、たかりに来たぜ~」

悪びれた様子のない声がして、戸が開いた。

「……バーナム。堂々と『たかりに来た』はないでしょう」

クーパーがバーナムと呼んだ彼――武闘家のバーナム・ガラモンドは、ボサボサ頭をバリバリ掻きながらずかずかと入ってくる。

続くように彼の後ろから入ってきたのは、身長が二メートル近くある大男。全身をブラックメタリックな鎧に包んでいるが、人間ではない。

戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。シャドウの方は周囲を観察し、

「客人の様だな」

短く言うと、邪魔にならないように隅の方へ歩き、立ち止まった。その発言でキャスロンの存在に初めて気がついたバーナムは、

「……何してんだ、お前ら?」

不躾な目でジロジロ見られているキャスロンは、

「それはこちらのセリフだ。お前のような野蛮人に用はない」

汚い物を見るような目でバーナムを睨みつける。バーナムは彼のその態度を平然と受け流すと、

「だから何なんだよ、これ」

グライダはバーナムに事の次第を説明した。だが彼は、説明の半分も聞かないうちに、

「……うん。こいつの負け。決定」

無遠慮にキャスロンの頭をポンポンと叩く。さすがにその態度にはキャスロンも、

「それをこれから決めるのだ。お前が勝手に決めるな、野蛮人が!」

嫌悪感剥き出して歯向かってくる。

一瞬殺気にも似た緊張が走ったが、意外な事にバーナムの方から折れた。

「じゃあとっとと決めて、恥をさらして帰ってくれや」

バーナムは長椅子にごろりと横になると、

「あと、ついでにメシもよろしく」

面倒くさそうに手をひらひら振ると、投げやりにそう言った。

その態度にカチンときたキャスロンではあったが、勝敗を決める方が先だと思い直し、

「では始めてくれ」

バーナムの乱入で中断していたが、早速テストが始まった。

「サラマンダーをご存じですよね。火の精霊で『火トカゲ』とも呼ばれます」

「そのくらい常識だろう。それがどうした」

クーパーの問いに、キャスロンが顔をしかめて答える。まるで「こんな簡単なものがテストか」と言わんばかりに。

「では問題です。あなたは今、そのサラマンダーと対峙しています。しかし、周囲には水や氷に関する魔法を封じる結界が張られています。この状況下で、あなたなら一体どうしますか?」

それを聞いて、一同は考え込んでしまった。

火の精霊に対抗するには魔法しかない。

普通の武器も効かないので、普通の武器を魔法で強化するか、魔法がかかった武器で戦うしかない。

だが魔法使いであればそんな武器を使う技術も腕力もないので、なおさら魔法に頼るしかない。

しかも火の精霊には水や氷の魔法で対抗するのが「常識」である。それらが使えないとなると……。

キャスロンがブツブツ言いながら考え込む。

「クーパー。それ本当にテスト? いじわるクイズとかじゃなくて?」

グライダが文句をつけたのも当然だろう。

一方セリファの方は何やらスケッチブックに書いている。

「今の自分にできない方法でも構いませんよ。あくまでも『あなたならどうするか』を聞いている訳ですから」

クーパーが念を押すようにそう付け加える。

だがキャスロンはぴくりとも動いていない。脂汗をだらだら流し「できるわけない」と言いたそうにしている。

「……はい、時間切れです」

それからある程度の間を置いて、クーパーが宣言した。

「キャスロンさん、答えは?」

憮然としている彼は、何も書かれていないスケッチブックを見せる。

「セリファちゃんの答えは?」

「はーい」

彼女が見せたスケッチブックには、つたない字で、

『水をいっぱいテレポートさせる』

と書いてあった。

もちろんこの答えには一同があきれた声を出す。特にキャスロンは。

「な、何だそりゃ!?」

「テレポートのまほーは水とかこーりとかんけーないから、だいじょーぶでしょ?」

確かに周囲にあるのは水や氷に関する魔法を封じる結界という事になっている。それ以外の魔法は封じられていないわけだから、使う事はできるかもしれない。

「そ、そんな無茶苦茶な魔法の使い方があるか!」

烈火のごとく怒り出すキャスロンに、

「しかし、条件は充分満たしますよ」

クーパーにさらりと言い返された彼はむぅと押し黙ってしまう。

「オニックス。テレポートで逃げるのも、有りよね?」

小さく挙手したコーランが短く問う。

「そうですね。それも一つの方法でしょう」

あくまでも「どうするか」を聞いただけで「戦う方法」とは一言も言っていないのだから。

セリファとコーランから出た答えに、ますます仏頂面で黙り込んでしまうキャスロンに、

「では、次の問題にいってみましょうか」

クーパーの言葉に「次こそは」と気合いを入れ直す彼を見て、クーパーは問題を続けた。

「あなたは今、二十階建ての塔のてっぺんにいます。階下からは数え切れない程の敵が追ってきています。とてもあなた一人の手に負えるものではありません」

ゆっくり語りかけるようなクーパーの言葉。どことなくからかわれているように感じたキャスロンは「早くしろ」と言いたそうに睨む。そんな視線をさらりと流したクーパーは言葉を続けた。

「そうなると逃げるしかありませんが、ここは一つ、空を飛ぶ以外の方法を、考えてみて下さい」

またまた厄介というか妙な問題を出すクーパー。いや、妙だから問題になると考えるべきか。

「空を飛ぶのはダメなのか?」

念を押すようにキャスロンが訊ねる。

「はい。それでは簡単すぎますからね。空を飛ぶ物に変身するのも無しにして下さい」

今度は二人とも真剣に考えているのがわかる。関係ないグライダやシャドウまでそうしている有様だ。

「シャドウならどうする?」

「自分は二十階程度の高さなら、普通に飛び降りても無事だ。其のまま飛び下りる」

「そっか。ロボットだもんねぇ。人間じゃそうはいかないしなぁ」

そんな二人の小声の会話がキャスロンの耳に入る。

(飛び下りる……。そうか!)

キャスロンは勢い良くスケッチブックに答えを書き出し、すぐにバタンと伏せた。

それからやや遅れて、セリファも答えを書き終えたようだ。

「では、キャスロンさんの答えから見せて下さい」

すっかりクイズ番組の司会者と化したクーパーの言葉に、自信満々な態度でスケッチブックを見せる。そこには、

『重力調整の魔法をかけて飛び下りる』

と書かれてあった。

その答えには周囲から「なるほど」とうなづかれ、キャスロンは有頂天になっている。もちろんそれを表面に出す事はしない。

「では、セリファちゃんは?」

セリファの答えは、

『ありさんになってとび下りる』

だった。

「どっちも『飛び下りる』ね」

答えを見比べたコーランが言う。

「だが、何方を勝ちにするかは、一目瞭然だろう」

見比べたシャドウがそう断言する。

「お嬢ちゃんの勝ちだな、此れは」

もちろんキャスロンはこの判定に猛反発。キッと厳しい表情で、ビシッとシャドウを指差して怒鳴りつけた。

「そこのロボット! なぜダメなんだ!!」

怒鳴られたシャドウは涼しい顔(?)で淡々と説明を始めた。

「蟻はどんな高さから飛び下りても死ぬ事は無い。小さくなっている上に姿が変わっているので、敵に発見される危険が減る」

その言葉を受けて、コーランが続けた。

「それに、重力調整の魔法を使って飛び下りた場合、術の間じゅう極度に精神を集中させてないといけないし。さらに、逃げ場がない空中で攻撃される可能性が大きい。精神集中が乱れたら地面に真っ逆さま。危険すぎるわね」

魔族らしいきちんとした魔法の説明。ここまできっちり言われては、キャスロンに反論の術はない。

「これで二敗だな、オイ」

バーナムにまでからかわれ、キャスロンは顔を真っ赤にして、

「次の問題!」

言いながらスケッチブックの新しいページをめくっている。

「そう。じゃあ次の問題は私が出すわね」

コーランがクーパーにそう切り出し、彼もそれを了承した。彼女は少し考えた後、こう言い出した。

「私が治安維持隊員だった頃の話ね。仲間と小さな砦を攻めた時の事……」

コーランはすっかり出題者になりきっていた。バーナムがすぐ茶々を入れてきたが、それを無視して、

「……向こうは跳ね橋を上げて籠城作戦に出たの。少数精鋭で行ったから戦力自体はこっちの方が上なんだけど、これには困ったわね。おまけに砦の周りには水がいっぱいの広い堀があって、そこには水棲のモンスターがうようよいたわ」

情感のこもったコーランの問題に、想像したメンバーはわずかに身震いする。

「こうなると攻める方が圧倒的に不利。人数が少なすぎるから。もたもたしてたら援軍が来てこっちが全滅間違いなし。さて、私達は少ない人数でこの砦を攻め落とすのにまずした事は、何だと思う?」

コーランは少し意地悪っぽい笑みを浮かべ、二人に問いかけた。

「……砦とは言っていたが、普通の籠城戦と理屈は同じだな。普通籠城戦の場合、外部との連絡手段を断って、兵糧攻めが多いけど……それじゃ時間がないし……」

キャスロンがブツブツと言いながら考え込んでいる。

そこに出てくる単語や戦術は、明らかにそういう知識がある事が見て取れる。

今のところ「正解」はないにせよ、自信を持ってやって来ただけの事はあるようだ。

その場にいるみんなが真剣に考えている。ただ一人バーナムだけは興味なさそうに長椅子に横になったままだ。

「……そろそろいいかしら」

コーランの声に、全員の思考が止まった。

「何かみんな考えていたみたいだから、聞いてみようかしら。シャドウ?」

一番最初に指名が来た彼は、

「自分は見張り矢倉へ飛び、其処を無力化する。後は狙撃で他の矢倉を急襲すれば、他の仲間も侵入が容易となるだろう」

圧縮空気の噴出により、素早いジャンプできる、彼らしい案だ。

「あたしもそうね。弓とか魔法で見張りをまず倒す」

どうやらグライダも同意見だったようだ。しかしコーランは小さく笑うと、

「シャドウのは後が難しいわね。見張りを倒しただけじゃ砦を落とした事にならないし。第一他の仲間をどうやって砦の中に連れてくるの? まさか一人で砦の全員と戦う気?」

「残念でした」と言いたそうな笑顔のまま話を続ける。

「グライダの方法も、水棲のモンスターが邪魔してきたら大変よね?」

シャドウとグライダは「あ、そうか」と言いたそうに残念そうにしている。

「でも、そういう状況では、テレポートは使いどころがありませんしね」

クーパーがため息と共に言った。

よく知らない場所を目的地にテレポートの魔法を使った場合、失敗の危険が高いからだ。

それにテレポートの魔法だと、あまりたくさんの人数は運べないし、運べたとしても内部の構造がよくわからないところへ飛び込むのが「いい作戦」とも思えない。

「私達も同じ考えだったわ。だからそれを使わなかった。ちなみに分厚い壁の向こうの人や機械を操って跳ね橋を開けさせるのも無理だったし」

クーパーの意見にコーランが補足する。

テレキネシス。いわゆる「手を触れずに物を動かす」たぐいの魔法も、相手を魅了したり操る魔法も、動かす物や相手が見えていないと使えないからだ。

そこでキャスロンを見ると、顔から血の気が引いていた。どうしたのかと手元のスケッチブックをのぞき込むと、

『魔法で見張りを倒す』

『テレポートで侵入』

『跳ね橋をテレキネシスで開ける』

すべてコーランにやんわりと否定された方法であったため、うつむいて真っ赤になっている。

「こいつ、全部外れてやがんの」

答えを見たバーナムが遠慮なくバカにして笑う。それを悔しそうに睨むキャスロンだが、外れているのだから仕方ない。

「……な、ならば大がかりな魔法で砦を破壊すれば」

「してどうするの。壊したら後片づけが大変よ?」

キャスロンの苦し紛れの答えに、コーランが冷静にコメントする。

「それに、後から到着する援軍とも戦う可能性があるから、砦を壊しちゃ何の利用価値もないじゃない」

ここまできっちりと言われては、キャスロンはぐうの音も出ない。

「正解の見当は、つきますけどね」

クーパーがコーランに向かって言った。

「最初に堀の水を凍らせたのでしょう? 水棲のモンスターもろとも」

彼がさらりと言ったその答えに、皆がハッとなる。

「広い堀がある為に侵攻が困難なのですから、凍らせてしまえば障害は一つ減ります。問題は、その広い堀を凍らせる事が可能な術者がいるかどうか、ですけどね」

「セリファもおんなじだよ~」

彼と同じ答えで嬉しかったのだろう。にこにこ顔でスケッチブックを掲げてみせる。確かにそこには、

『ほりのお水をこおらせる』

と書いてあった。

二人を見て苦笑いを浮かべたコーランは、

「正解よ。何も全部凍らせる必要はないんだけどね」

「さすが」と言わんばかりの表情。

「私はきちんと言った筈よ。砦を攻め落とすのに『まずした事』は、何だと思う? って」

一番最初にした事だから、見張りを倒す事ではなく、それをする為に必要な事、が正解という訳だ。

それを黙って聞いているキャスロンは、うつむいたまま悔しそうに震えていた。何か文句を言いたいが、何も言い返せない。そんな風に見える。

「これで三連敗だな、オイ」

バーナムが落ち込む彼に更に追い討ちをかける。しかし今度は何も言い返してこなかった。

だが、そう思ったのも束の間、

「……お前達。グルになって俺をはめる気だな!?」

苦し紛れとしか思えない、彼の怒鳴り声。

「そこまでして、このガキの方を勝たせたいか、ああっ!?」

もう逆ギレもいいところである。躍起になってわめき散らすキャスロンの頭を、バーナムは無遠慮に殴りつけた。

「まだわかんねぇのか、このお坊ちゃんは」

ギロッと睨みつけるバーナムは、暴れようとする彼の胸倉を掴み上げると、

「魔法使いに必要なもの。それは冷静な観察力なんだよ。味方の状況、敵の状況、周囲の状況。それを把握した上で行動を決める。少なくとも、俺の知ってる『デキる』魔法使いはみんなそうだぜ」

余りにも意外なバーナムの言葉。だがその言葉は真理だ。

「てめぇみたいにすぐ頭に血が昇る奴に、そんな芸当できる訳ねぇだろ」

「バーナムの口からそういう言葉が出るのは少々意外でしたが、その通りですね」

バーナムが「一言多い」とつっこんだクーパーの言葉。彼はバーナムのツッコミに気分を害した様子もなく続ける。

「魔法使いというのは、魔法を使っていればいいというものではありません。集団においては頭脳の働きをもしなければなりません。それにはもちろんさまざまな知識が必要ですが、その知識を的確に使う『知恵』をも知らねばならないのです」

クーパーが神父らしく、説法のような雰囲気でキャスロンに語りかける。

「それに、たくさん魔法を知っていても決まりきった使い方しか出来ないっていうのは、私に言わせれば情けないだけよ。無茶苦茶に魔法を使うんじゃなくて、一つの魔法を幾通りにも活用する知恵を持つ。それが一番大事なのよ」

コーランも切々とキャスロンに語りかける。彼女はそこまで言うと、懐から何か取り出した。それは一通の封筒。

重厚なイメージの紋章が印刷されたそれは、キャスロンの実家とも言うべきブロードウエイ総合大学から届いた物である。

「最初はセリファの勧誘の手紙かと思ったんだけどね。中を見たら違ったのよ。『家の息子がお宅へ行くかもしれません。その時には思い切りへこませてやって下さい』って手紙だったわ」

そう言いながら取り出した手紙の文面を、キャスロンに見えるように広げて見せた。

確かにそこにはそういう文面があり、最後にはキャスロンの父の署名がある。

「強い魔法使いっていうのは、そういうものなんだ。魔力が多くても、強い魔法を知ってても、多くの魔法を知ってても、それだけじゃダメなのね。使い方や使い時を知ってないと」

グライダが何かに気づいたように笑顔でそう言った。

「そっか。だから魔法『使い』って言うのかな」

「なるほど。グライダさんうまいですね」

一同は彼女の洒落の利いた言葉に小さく笑った。ただ一人、憮然としているキャスロンを除いては。

「詰り、此れからはもっと『応用力』を身に付けろ、と云う事だ。形では無く術の『中身』を確りと理解すれば、形に捕われる事も無く自ずと応用も出来よう」

シャドウはキャスロンの背に合わせて膝をついて、顔をのぞき込むようにして語る。

「未だ何か言いたい事が有るのか?」

シャドウが静かに問いかける。

「それとも、もっと問題を出そうか?」

小さく笑ったコーランが冗談ぽく言った。

更に他のメンバーもキャスロンの答えを待つように見つめている。

キャスロンは言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように、

「…………ない」

それは、自らの敗北を認めた証でもあった。

 

 

翌日の町の出入り口に、一同の姿があった。

「お父さん達があなたをなかなか認めてくれなかった理由、判ったわね」

コーランが優しい声でキャスロンに問うた。

「魔法は、ただ使えばいいってもんじゃないって事だろ? 昨日のテストで身に染みたよ」

キャスロンは苦笑いしてコーランに答える。シャドウがその後を続けるように、

「その通りだ。尤も其は、魔術に限った事では無い。武術も剣術にも同じ事が言える」

「そうですね。全ては使い手の頭次第、という事でしょうか」

と、クーパーが締めくくる。

「ああ、そうだ。一つ言っとく」

不意にバーナムが呼び止めた。何を言うのかと一同が注目すると、

「その偉そうな態度だけは絶対止めとけ」

「あんたが言ったんじゃ、説得力ないって」

苦笑いするグライダが、彼の頭をこづく。その光景にひとしきり笑った後、

「じゃあな、セリファ・バンビール。今度は心身共に一回りも二回りも大きくなった俺になって、次こそ勝ってみせるからな」

キャスロンが力強く宣言した。

「まだ勝ち負けにこだわってるの?」

「当たり前だ。俺は負けるのが大っ嫌いだからな!」

グライダの言葉に胸を張ってそう言い返すキャスロンは、セリファに手を差し出した。

セリファもその手を握り返すと、彼女は元気よくこう言った。

「セリファだって、負けないもん!」


 
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