No.885643

ずっといっしょの、未来のおはなし

jerky_001さん

黒川十九彦さん主催のONEDAY合同誌に寄稿させて頂いたおはなし
https://julikiss.booth.pm/items/395530
自分流みほ杏サーガの現時点での終着点として完成させました

2016-12-28 05:46:32 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:689   閲覧ユーザー数:667

ある日のことでした。

わたしの住むマンションの一室に、濃紺のチェスターコートに映える艶やかなブロンドを結わえた珍しい訪問客が現れたのです。

「ごきげんよう、みほさん。」

学生時代の面影と淑女の佇まいを同居させたダージリンさんは突然の訪問に頭を下げると、台所を借りてもよろしいかしら? と尋ねました。

 

 

「すみません、お茶の用意をお客様にさせてしまって……」

「そんな、こちらこそ連絡もなしに訪問したのだから、せめて紅茶ぐらいご馳走させて頂戴。ね?」

手馴れた仕草でティーセットを操るダージリンさん。午後の日差し眩しいリビングでわたしと彼女は向かい合い、他愛ない会話とロシアンクッキーをお供にカップを傾けていました。

かたり。

ダージリンさんはカップを置き、わたしの部屋をぐるりと見回すと、躊躇いがちに言葉を洩らします。

「……もう随分と、片付いてしまったのね。」

「はい。この部屋で過ごすのも、あと数日ですから。」

がらんどうの家具類。段ボールから顔を覗かせるくたびれたボコのぬいぐるみ。そして、まだ畳みかけの、着馴染んだプロチームのユニフォーム。彼女の視線の先を辿りながら、この部屋で過ごした日々に想いを馳せます。

「本当に、引退してしまうのね。」

無言のまま、わたしは小さく頷きました。

発足からもうすぐ八年を迎える戦車道プロリーグ、その第一線から退くと決意し会見を開いてから、既に二週間が経過していました。

ダージリンさんはカップの縁をなぞりながら物憂げな表情を浮かべると、ややあって何かを決意したように、不躾でごめんなさいね。と前置きして。

「今からでも……撤回するおつもりは無いかしら?」

ある意味で、予想出来ていた問い。彼女の視線から逃げてはいけない気がして、蒼い瞳をじっと見据えます。

他のスポーツと比べて戦車道の選手、特に車長職は選手寿命が比較的長いと言われています。少なくとも怪我や成績不振を除いて、三十代を前に引退を決める選手はむしろ珍しいと言えるでしょう。

「そもそも私、前の世界大会で貴方が選抜入りを逃したのだって納得していませんのよ?」

前回の戦車道世界大会の代表メンバーとして、華々しい活躍を果たしたダージリンさん。

彼女は同時に、プロの洗礼を受け実力を発揮できていなかった時期のわたしを評価し励ましてくれた、掛け替えの無い友人でもありました。

「次の世界大会こそ、あなたの力が必要なの。だから……お願いよ、みほさん。」

悲願の優勝を願う代表選手として、そして一人の友人として絞り出された懇願。

彼女の望みに応えぬままこの道を去ることに、後ろめたさが無いと言えば嘘になるでしょう。

それでも。

「……もう、決断しましたから。」

「それは、角谷さんのため、かしら。」

核心を突く言葉に、わたしは言葉を詰まらせます。

暫しの静寂が訪れ、二つのカップに注がれた紅茶の華やかな香りだけが、所在無げに部屋をさ迷っていました。

 

 

 

※※※

 

 

茨城県内の有力実業団戦車道チームを運営統合しプロチームへ昇格、そのホームグラウンドを大洗に招致する。

「西住ちゃんに負けないくらい、頑張んないとねぇ?」

地元商社に内定を決め、卒業間際に壮大な夢を語ってくれた杏“先輩”が、急病で倒れ病院に搬送されたと知らせを受けたのは、プロリーグでのある一戦の直後でした。

取るものも取り敢えず列車に飛び乗り、駆けつけた水戸市内の総合病院で待ち受けていたのは、彼女のご両親と、病状説明で居合わせた主治医の先生でした。

 

 

先輩が、幼少期から循環器系に持病を抱えていたこと。

長い闘病生活で一度はそれを克服し、普通の学生生活を送れるのを喜んでいたこと。

社会人になり、仕事にかまけて体を省みず、ついには持病が再発してしまったこと。

幸いにも処置が早く一命は取り留めたものの、運動機能の一部に障害が残ってしまったこと。

そして、恐らくこれから一生、後遺症と向き合って生きて行かなければならないこと。

全ての説明を聞かされ、わたしの胸中には止めどない自己嫌悪が押し寄せていました。

先輩の持病も、仕事で無理をしていたことも、わたしは何も知らなかった。こんな事態になる前に気付いてあげられなかった。

自分があまりに不甲斐なくて、握る拳に食い込む爪の痛みもささやかな罰に感じられました。

 

 

「余計な心配かけちゃったねぇ西住ちゃん。今日も試合だったのに、大変だったでしょ。」

ベッドに横たわる先輩は、青ざめた顔色とは裏腹に平静を装い、わたしのことを気遣ってくれていました。

それがかえって、取り返しのつかない現状をわたしに見せつけ、後悔を募らせます。

「心配、するに決まってるじゃないですか。」

「……ごめん。」

俯きがちに一言。

学生時代、幾度となく見せた自嘲とも困惑とも判別のつかない玉虫色の表情に、わたしもそれ以上掛ける言葉を見つけられません。

「……県内に五つ、有力なチームがあるんだけどね?」

前触れなく話を切り出したのは先輩でした。

「水戸市内の二チームとは、合意の方向で話が纏まりつつある。他の三チームとも交渉中。順調に行けば……五年以内にはプロチームを発足出来るかも。」

こんな時にまで未来を語る。その姿がむしろ痛々しくて。

「……どうして。」

「?」

「どうしてそんなに、無理をするんですか。」

「それは……」

「夢が大切なのはわかります。でも、それで無理をして、先輩にもしものことがあったら……意味がないじゃないですか。」

責め立てるような言葉と共に溢れ出してしまった想いに、再び沈黙が場を支配しました。

「……夢の先で。」

先輩はゆっくりと、次の句を選び抜くように言葉を紡ぎます。

「……夢の先で、もう一度西住ちゃんと並んで歩きたかったから。」

 

 

「プロチームを設立し、そのチェアマンとしてチームを強豪に育てる。ゆくゆくは所属選手から世界選抜のメンバーも送り出したい。」

面会時間が終わり、仮の宿のベッドの上。わたしは先輩からの告白を何度も頭の中で反芻し続けていました。

「その目標を叶えたとき、やっと私と西住ちゃんの未来が交わるんだ。」

一切の淀みなく語った未来予想図。それを実現するのがもはや困難であることを、他でもない彼女自身が理解しているはずなのに。

わたしは彼女のために、何をすべきなのか。

答えのない問いは、その日の疲労で薄れ行く意識の中で霧散し、やがてわたしは深い眠りへと落ちて行きました。

 

 

 

 

 

 

……選択必修科目なんだけどさぁ、戦車道とってね、よろしく……

 

 

……みんな、この学校が好きだからね……

 

 

……あと一年泣いて学校生活を送るより、希望を持ちたかったんだよ……

 

 

 

 

 

……私らをここまで連れてきてくれて、ありがとね……

 

 

 

 

 

 

翌朝、夢から覚めて。

まるで嘘みたいに思考は穏やかに晴れ渡り、その内の方に、もはや自分自身ですら揺るがしようのない決意がはっきりと芽吹いていました。

 

 

※※※

 

 

「あなたが角谷さんの支えになりたいと願うのは理解できる……でもね?」

そこで区切り、後に続く言葉が含む毒に眉をひそめるダージリンさん。

「……貴女の決断を、角谷さん自身は望んでいるのかしら?」

彼女からの一突き。それは最も耳の痛い問いでした。

先輩を側で支える。それはわたしの選択であって彼女が望んだことではない。プロの道を絶ってまでの決断を手放しで喜ぶほど、先輩は甘ったれでもない。わたし自身、重々承知でした。

「……わたし、先輩に脅されたんです。」

要領を得ない回答にダージリンさんは目を丸くします。

「高校生の頃、戦車道をやらないと学校にいられなくなるって。わたし、黒森峰での戦車道が嫌になったから大洗に転校したのに……横暴だと思いません?」

当時にしてみれば最悪な、先輩との出会いの告白。それをダージリンさんは黙って聞き入っていました。

「……でも、そうやって先輩が、強引に巻き込んでくれたお陰でわたしは、一度は逃げ出した戦車道と真っ向から向き合うことが出来たんです。」

その結果が、栄光と苦難に彩られた充実したプロ人生。そして、沢山の仲間やライバルとの思い出。かけがえのないものを、わたしは戦車道から学ぶことが出来た。

「だから今度は、わたしが強引になる番なんです。」

「……人に認められようと期待しなければ、自然と尊敬され、認められるようになるものよ。」

「スタイネムですね。」

「勉強家ね。」

示し合わせたようなやり取りに、思わず二人して吹き出してしまいました。

「……例え望まれなくとも、あなたはあなた自身が望んで、彼女のために生きることを選ぶのね。」

「……はい。」

ゆっくり目を閉じ、深くため息をつくダージリンさん。

「……まほさんやみんなに、なんて言い訳しようかしら。大見得切って説得を買って出たのに。」

彼女らしい冗談めかしたふりに、思わず苦笑してしまいました。

「カチューシャなんてわざわざ手土産まで持たせてくれたのに、このままだと日の当たらない反省室でお説教という名の粛清だわ!」

「美味しく頂きましたと伝えてください。」

「ひどい人!」

 

 

突然の訪問者との予期せぬお茶会。その日から三日後。

わたしは、プロ人生の思い出が詰まった部屋を後にしました。

 

 

※※※

 

 

鹿島臨海鉄道で水戸から大洗へ。キャリーケース片手にホームへ降り立ち、海辺からの潮の薫りを、胸いっぱいに吸い込みます。

先輩は両親の反対を押し切り、仕事を続けることにしたそうです。会社も彼女の能力と意欲を汲み、事情に合わせた配慮をしてくれるとも。

改札をくぐり、駅を抜けると。

そこには、小さな背丈に少しだけ厚着をして、ぎこちない足取りで杖を突く、いとしいひとの姿が待っていました。

躓きかけた彼女の身体を支えようと、荷物を放り出して駆け寄り。

「もうっ……お迎えはいいって、言ったのに。」

「いやぁ、待ちきれなくって。」

先輩はまだ、前へ進むことを諦めていない。

だからわたしは、来た道を少しだけ引き返して、彼女に肩を貸しながら未来へ進むことに決めました。

 

「……おかえり、西住ちゃん。」

「……ただいま、“会長”。」

 

 


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