No.881517

【4章・後】

01_yumiyaさん

4章後編。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け

2016-11-30 23:13:08 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1203   閲覧ユーザー数:1193

【灼熱の煌国・後】

 

金色の呪いと

遺されし言葉と

秘めやかな微笑みは

紅に滲む

 

 

 

所変わって王国の城の中ではザワザワとした人の輪が出来ていた。

その輪の中心は白い戦士と赤い騎士。

驚きに目を見開いている赤い騎士、バーンは口をパクパクさせながら白い戦士を指差している。

バーンの態度に首を傾げながら、昔よりも成長した姿で白い戦士は「ただいま」と声を掛けた。

その声にバーンは息を呑み悲鳴をあげる。

 

「たたた、タンタの幽霊が出たぁ!?」

 

「待って何でオレ死んでんの!?」

 

混乱するバーンと予想外の台詞を吐かれたタンタは、互いに右往左往しながら大声をあげた。

ギャーギャー賑やかなその場所に、「…何の騒ぎだ?」とクロムを抱き上げたクフリンが顔を出す。

クフリンは数々の功績と成長に合わせ鎧を新調していた。聖騎士と呼ばれる騎士としては最上級の肩書きに合わせ多少派手な振る舞いとなっている。

まあ意匠の凝った白銀の鎧と金刺繍の入った赤いマント、そこに長い金の髪を流していれば、どこからどう見ても「絵本にいそうな王国の騎士」だろう。

黄金の騎士と並び立てば、金と銀、華やかのひと言に尽きる。

まあ、派手過ぎて目立つと言い換えることもできるが。

 

そのため、彼に気付いたバーンはクフリンに駆け寄り混乱した状態のままあわあわと「タンタはあの時死んだのではなかったのか」と問い詰める。

食ってかかられ戸惑いながらも「そんなことひと言も言ってないぞ?」とクフリンは首を傾げた。

 

「…むしろなんでお前の中でそうなったのかがわからないんだが」

 

「だって昔!『あいつの分も護らなきゃ』みたいなことを深刻そうに言ってたじゃないか!」

 

だからバーンはタンタがあの騒ぎで死んだのだと思い込んだらしい。

魔王討伐時にムウスの方に志願したのも、ヒートを護る役目を担ったのも、もう二度と仲間を失いたくないという想いと敵討ちの意図があったらしい。

バーンの主張を聞きながら、クフリンは記憶を探るように目を瞑る。

しかしながら、

 

「…俺そんなこと言ったっけ?」

 

「!? 〜〜〜…っ!」

 

そういう記憶は、当人自身はあっさり忘れるものだ。

長い間勘違いしていたのだと気付いたバーンは顔を真っ赤に染めていく。

なんせ目の前に当のタンタが居るのだ。間違えていたのはバーンのほう。

バーンとクフリンの会話を聞いていたのか、タンタは嬉しそうにニヨニヨと笑いながらバーンに近付き肩を叩いた。

ギギギとロボットのようにタンタに振り向いたバーンは、震える拳を固く握り締め叫ぶ。

 

「っ生きてたんなら連絡ぐらい寄越せよこの馬鹿!」

 

真っ赤な顔で怒鳴りながらバーンはタンタの腹を思い切り殴り飛ばした。

腹に重い一発を貰い鈍い声を吐き出しながらタンタが崩れ落ちるのを皮切りに、バーンは行き場のない怒りを主にタンタとクフリンにぶつけはじめる。

「言えよ!いや聞かなかったオレも悪いけど、言えよ!!あああああ今すぐ窓から飛び降りたいわああああ!」と真っ赤なまま叫んだバーンに「バーンだけに窓からバーンと」と騒ぎを聞き付け見物していたヒートがポツリと呟けば怒りの矛先はヒートにも向かった。

その後取押えようとした騎士や楽しそうな気配を察知した見物人をも巻き込んで全員参加の乱闘にまで発展したが、最終的には報告を受けて乱入してきたエンプレスの一喝で収束する。

広間に全員が正座させられている姿は割と壮観だった。

そんな中、殴られつつも抱いていたクロムをかばい落とさなかったクフリンは、偉かったと思う。

大ごとになる前に隅っこに避難させられて一連の騒ぎをぽかんとしながら見ていたクロムは、瀕死の状態で倒れているクフリンに「…ダイジョーブか?」と言うのが精一杯だった。

クロムを避難させた後、クフリンはバーンを落ち着かせようと騒ぎの渦中に飛び込んで言ったのだが揉みくちゃにされて帰ってきている。

ぶっ倒れて虫の息のクフリンを前に「楽しそうだったから正直混ざりたかった」とは言えなかった。

 

「…あいつら本気で殴りやがって…」

 

ドスの利いた声でクフリンが呟く。この声にクロムが怯えたのに気付いたクフリンは慌てて身体を起こし、クロムの頭を優しく撫でた。

「君に言ったわけじゃないから」と焦りながら言葉を紡ぐクフリンにほっとしながら、クロムはもう一度「大丈夫か?」と問う。

 

「大丈夫、だ。仕方ないしな」

 

苦笑しながらぐりぐりと頭を撫でてくるクフリンにクロムが首を傾げると、クフリンは「血の気多い奴ばかりだから」と再度笑った。

最近はそこまで大きい騒ぎが起きるわけでもなく比較的平和であるため、騎士たちを筆頭に大半の人間は体力が有り余っているらしい。

だから定期的に大会を開いてるんだかな、とクフリンは頭を掻く。とはいえ主催が主催であるためルールが気紛れに変えられてしまい、大体不満が出てくるとクフリンは疲れたようにため息を吐いた。

 

「…平和が嫌なわけじゃないけどさ」

 

体力有り余ってる輩を相手するのは骨が折れると、クフリンはエンプレスの説教を浴びている一団に目を向ける。

苦笑しながらぐるりと一団を見渡すクフリンは不意に首を傾げた。

 

「…クランがいないな」

 

集団のなかに幼馴染の姿が見えず、クフリンは訝しげな表情となる。

クランは血の気が多い騎士団のなかでも穏やかなほうだから、先ほどの乱闘騒ぎに混じっていないのはおかしなことではない。

が、クランは争いごとは好みではないが、騒ぎがあれば迷わず抑えに回るタイプだ。乱闘が起きればすぐさま間を取り持つか、あの大きな盾で被害を減らしに来るはず。此処にいないのは妙だ。

確か見回りの時間も終わっているはずだし、とクフリンはクロムを再度抱き上げ反省中の集団に近寄った。

 

「誰か、クランを知らないか?用があるんだが」

 

元々クフリンがクロムを連れていたのも、クランに防御技を教わるためだったのだ。

クロムが指導を受けている合間についでに自分も防御技を強化しようと一緒に行動していたのだが、当のクランが見当たらない。街の見回りが終われば、クランの今日の業務は終わりになるはずなのだが。

そうして探している間に先ほどの騒ぎに巻き込まれたのだが、それはまあいい今はクランを探さなくては。

これだけの人数がいるのだから誰か知っているだろうと思っていたのだが、誰ひとりとして返事をしない。全員が顔を見合わせ首を振っていた。

 

「見回りに行くのは見たが、そういえば帰ってきてないな。帰って来たのはそこのタンタだけだ」

 

「トラブルでもあったのか?」

 

「え?オレ帰ってくるとき街通ったけど、別に何もなかったよ?」

 

タンタが首を傾げながらクフリンに答える。ついでにタンタはクフリンに向かって笑顔で「久しぶりー」と軽く手を振った。

クフリンとしてはタンタに対し積もる話もありはするが、今はクランの件が先かと軽く手を振り返すだけに留まる。

クランは仕事中に寄り道をするようなタイプではないし、恐らく現在一番トラブっていたのはこの城の中だ。つまりクランが今此処にいないのはおかしい。

クフリンの懸念が全員に伝わったのか、広間にざわざわとした声が広がっていく。

クランは重装騎士という役目を負っているため壁役、もしくは護衛として色々な任務に呼ばれることが多い。そのため王国内でも多少顔が広いのだ。

クランを知っている者は皆、不自然さに気付き心配そうな表情をしていた。

 

「でも、帰還がちょっと遅くなったからっつって、すぐ捜索隊出すのもなあ…」

 

ひとりの声に全員が頷く。自分たちとてひとりの人間、時には門限に間に合わない日もある。普段は寄り道しないような人間でも、ふと気が向いて寄り道したくなる日もあるだろう。

そもそもただ単にこっそり町娘と逢引してましたー、程度かもしれない。

悩みつつも騎士たちは「数日様子を見て、それでも帰って来なかったら探そう」という結論を出した。

騒ぎも完全に落ち着き、ざわざわしながらしながら各々仕事に戻ったり街へ帰ったりと動き出す。

そんな中タンタは跳ねるようにクフリンに駆け寄った。

 

「ただいまー」

 

「…おかえり」

 

笑顔で挨拶をしてくるタンタに、クフリンは微笑み返しながら労いの意味を込めつつ頭をポンと叩く。

思わず見習いたちにやるように頭を撫でてしまったが、タンタは「小さい子じゃないんだから」と苦笑しクフリンの手を払った。いつもの癖でと謝罪するクフリンは、目の前にいる帰ってきたタンタを嬉しそうに観察する。

"タンタ"がそのまま大きくなったようなその姿に懐かしさと安堵感を覚え、クフリンの頬がつい緩んだ。

ニコニコしているクフリンにバーンが頬を掻きながら近付き、クフリンに抱っこされているクロムに向けて手を伸ばす。

 

「…クロム、おいで」

 

「ん」

 

名を呼ばれたクロムはバーンの元へ行こうとクフリンを腕の中から身を乗り出した。

クロムの動きに「お?」とクフリンは戸惑ったが、落としてはならないと抱いていたクロムを慌ててバーンに渡す。

「クロムはオレが面倒みてるから」とバーンは苦笑し、クフリンとタンタに目を向けた。

久しぶりの再会なんだから水入らずにしてやるよ、とバーンは笑いクロムの頭を撫でる。「んじゃ、属性剣の訓練やるか」と微笑んだ。

「やる!」とクロムは元気よく返事をし、クロムから良い返事を貰ったバーンは再度笑って訓練場へとクロムとともに立ち去っていく。

残されたクフリンとタンタはバーンたちを見送り、その後顔を見合わせ苦笑し合った。

 

「気を使わせたみたいだな」

 

申し訳ないことをしたとクフリンが頬を掻き、バーンに感謝する。あいつも周りに気を使えるようにはなったらしい。

バーンとしてはクフリンたちに気を使ったというよりは、ふたりに挟まれ戸惑っていたクロムに気遣ったのだろうが。

 

「立ち話もなんだし、…部屋にでも行くか」

 

クフリンがそう提案すれば、タンタは頷き「久しぶりに屋根のあるところで休める」とケラケラ笑った。

案内するようにクフリンが歩き出せば、慌ててクフリンのマントを掴みながらタンタもそのあとに続く。

外見もあまり変わっていないが、中身もあまり変わっていないらしい。

苦笑しながらクフリンは己の執務室へ向かってゆっくり歩いて行った。

 

クフリンの執務室にあるソファの上でタンタはだらんと身体を溶かす。「ヤバいこれ寝れる」と背もたれに身を預けゆったりと目を瞑った。

「寝てもいいぞ?」とクフリンが茶を出しながら笑えば「それは勿体無いだろ?」とタンタも笑いながら身体を起こす。

出された茶を口に運び、ほうとひと息ついた後にタンタは口を開いた。

 

「あの子は新しい子?元気そうな子だったね」

 

「ああそうか、クロムは君が旅に出た後に入った子だから知らないのか」

 

自分の茶を注ぎながらクフリンはクロムについて語り始めた。元気というか元気すぎる子でやんちゃな部類の子だと。

昔の君に似てるよ、とクフリンが笑えばタンタは「それは褒め言葉だと思っとく」と笑いかえす。

 

「オレに似てんならちゃんと手を引いてあげなよ?じゃないとあの子もオレみたく未熟な内に旅に出ちゃうぞ」

 

自虐なんだか反省なんだかよくわからない忠告を残し、タンタはまたのんびりと茶を啜った。

それはクフリンも懸念している。クロムは思い込んだら一直線な気質であるため、目を離すと何処かへ行ってしまいそうなのだ。

「それは "憧れや理想に一途" って言うの」とクロムへの擁護なんだか己への言い訳なんだか微妙な言葉を紡ぎ、タンタは茶を飲み干した。

タンタは幼い頃に旅に出たせいなのか、多少性格面でも落ち着いたようだ。冷静に己を、そして他者を見ることが出来るようになっている。

 

「キミは名前変えたんだね」

 

「君が戻ってきたとき、ややこしいだろうと思ってな」

 

現に昔、バーンが混乱しまくっていたし。

それもそうかとタンタは笑ったが、その表情の影には少し残念そうな寂しそうな色が差していた。お揃いだったのに。

ふたりとも成長し、今ならばふたりを間違える人間はいないだろう。外見も中身もかなりズレてしまっている。

双子だろうと兄弟だろうと親子だろうと、1ミリもズレずに同じように育つ人間はいない。それ当たり前のことなのだが、タンタはとても寂しく感じた。

しかしそれは表に出さず、へらっと笑ってタンタは言う。「クランは残念だったな、せっかくオレが帰ってきたのに」と頬を膨らませた。

逢えなかったのは残念だ。そうタンタが言うと、クフリンは苦笑しながら「これからいつでも会えるだろう?」と首を傾げる。

 

「ん…。いや、オレしばらくしたらまた旅に出るよ。まだ見たいものがたくさんあるから」

 

「え」

 

旅を終えて帰ってきたのだとばかり思っていたクフリンは、タンタの言葉に目を見開き口をぽかんと丸く開けた。

「そ、か」とクフリンは一応取り繕うとはしているのだが、タンタの目にはあからさまに動揺している姿が映っている。

そんなクフリンを微笑ましく思いつつ、タンタはにこりと笑い「またすぐ帰ってくるよ。だからオレの帰る場所残しといてね?」と身体を伸ばしクフリンの頭をぽんと撫でた。

 

「…当たり前だ」

 

「なら良かった」

 

嬉しそうに笑うタンタはすとんとソファに戻り2杯目の茶を催促する。キミの淹れてくれる茶は優しい味がしてとても好きなのだとタンタは微笑んだ。

「これを飲むためにちゃんと戻ってくるよ」とカップを持ち上げながらタンタはクフリンに笑顔を向ける。

「そうか」とクフリンもようやく笑顔を見せた。

 

「とりあえずしばらくは、バーンと遊んでー、クランと遊んでー、あ、隊長は元気?挨拶したいな。あとは、ああそうだなんか街が色々変わってて面白そうだったから案内してよ。他にはー…」

 

「しばらくっつーかそこそこ長く居座るつもりなのは把握した」

 

タンタが語る予定の山々を聞き、クフリンはクスクス笑う。

「そういやオレ今日どこで寝ればいい?部屋残ってる?」とタンタが首を傾げれば、クフリンは笑顔を固まらせ目を泳がせながら「俺の部屋でいいか?いや部屋がないと言うわけじゃないんだが」としどろもどろに言葉を並べた。

 

「え、何。オレの部屋どうなったの?」

 

「…皆が、この部屋使ってないならコレ置いといてくれーって色々持ち込んでな?こう…物置化したというか」

 

「オレの部屋がぁー!」

 

嘆くタンタに申し訳なさそうな視線を落とし、クフリンは今日は俺のベッド使っていいからと慌てて慰めの言葉を吐いた。

タンタの言う「オレの部屋」とは元々はタンタふたりの部屋だったのだが、クフリンが事務仕事も兼任するようになったため、クフリンは部屋を移動。いつか帰ってくるであろうタンタのために部屋自体は残していたのだが、結局物置化した。

しかしまあ、家主がいなくなった部屋が物置化するのは当然といえば当然の話。帰省したら自室が身内の私物で埋まっていたなんてのはよくあることだろう。

寝室はこっちだからとクフリンがタンタを執務室と繋がっている隣の部屋に誘導すると、大きなベッドを見たタンタは瞬時に表情を明るくさせ飛び込んでいった。

 

「すげえフカフカしてる!」

 

「普通だぞ?」

 

そんなに高価なものではないとクフリンが言えば「野宿多かったからさー」とタンタは枕に顔を埋めフカフカ感を堪能する。

すぐにタンタの動きが止まり、寝息が聞こえ出した。

 

「…相変わらず、寝付きがいいな、君は」

 

完全に夢の世界に旅立ったタンタを見て、クフリンは苦笑しながら毛布を被せる。

疲れていたのもあるのだろう。長い旅から帰ってすぐにあの乱闘騒ぎになったのだから。

ぽんとタンタの背中を叩き、クフリンは優しい表情で小さく音を奏でた。

 

「おやすみ。…おかえり」

 

と。

 

 

■■■

 

数日経ったがクランは帰って来ない。

これは本格的におかしいと城の中がザワザワし始める。

ここ数日、大々的には捜索していなかったとはいえ、街の見回りに行った騎士は聞き込みをしたり軽く捜索したり、仕事で他の大陸に出た騎士はその土地の人間に問いもした。

街の住人も、騎士たちと仲の良い人間は特に、森や山に行くときは気にしながら見回ったりしていた。

にも関わらず、クランの姿はあの時からずっと誰にも目撃されていない。

 

「クラン、どこ行っちゃったんだろう…」

 

周囲が家出だいや拉致だと騒がしい中、タンタは心配そうにため息を吐いた。

帰って来てからの挨拶回りやなんやらを終え、多少時間に暇は出来ている。そろそろ王国としても大々的に捜索を始める頃だ。ならば自分も探しに行こうかと思い始めた時、白い人影が慌ただしく部屋に飛び込んで来た。

 

「おい見付けたぞ!お前らクランに何かしたのか!?」

 

転がり込むように扉を蹴破り突然そう怒鳴り散らしたのは、ジークという青年。クフリンの悪友で、気まま気紛れ自由人を地で行く城下町の住人だ。

まあ彼は気ままにフラフラ動き回るから家にはほとんどいないらしいが。

ジークは呆気に取られている騎士の中からクフリンを見付け、ツカツカと歩み寄り睨み付ける。

ジークは戸惑うクフリンの首を絞め上げようと手を伸ばしたが、その手はふっと現れた青い忍者に止められた。

 

「…落ち着け」

 

「これが落ち着いてられっか、マジでおかしかったぞあいつ!」

 

突然湧いて出た忍者に他の騎士たちは驚いていたが、クフリンは慣れているのか怯むことなく「零」とその忍者の名を呼び顔を向ける。

忍びの里にいる闇の一族のひとりである零は、幼少期に王国に来た優秀な忍者だ。ジークとはその頃からの付き合いだからか、よくつるんでいるのを見かけていた。

昔は固くつんとした印象だったのだが、タンタがしばらく見ない内に零の表情は和らいでいる。人ってのは変わるもんだな、とタンタがぼんやり視線を送った。

噛み付くジークがアーサーに羽交い締めされ、零とクフリンに宥められている。この辺の関係性は昔と変わらないようだ。

あとはラクシャーサでも来れば昔馴染みが勢揃いかと思っていたら、ラクシャーサが黒い騎士を連れて入って来た。入って来るや否や騒ぎに気付き、苦笑しながらジークを小突く。

狂戦士を名乗るラクシャーサは確かに戦いぶりは荒々しいが、なんだかんだで面倒見はいい。現に今も呆れたような口ぶりでジークに言う。

 

「お前な、ちゃんと説明しねぇとわかんねーだろ」

 

キーキー声を荒らげていたジークは、正論をぶつけられ不機嫌そうに押し黙った。

ジークが静かになったのを確認した零が、静かに説明を始める。

それによるとどうやら彼らは、クランを探しに行ってくれていたらしい。

ここまで見つからないなら普段あまり人が入り込まない場所ではないかと予測して、熱気が強い地方まで足を運んだのだという。

 

「俺もあまり行かない場所だから、土地勘は薄かったのだが。一応行ってみるかと」

 

「そしたらまあ案の定、ジークが"暑い死ぬ"と駄々言い始めてなー」

 

零の説明にラクシャーサが口を挟んだ。その言葉に「暑いもんを暑いと言って何が悪いんだよ」と未だ羽交い締めにされているジークが頬を膨らませる。

ジークの言い分に苦笑しながらラクシャーサが零の言葉を引き継いで語り出した。

 

「ジークが "こんな暑いトコにクランがいるわけない、もう帰ろう" と言って走り出したんだがな。暑さでやられてたのか明後日の方向に行っちまって」

 

来た方向とは間逆に走り出したと、ケラケラ笑いながらラクシャーサはジークの頭をベシベシ叩く。時折「痛」「テメ」「やめ」と悲鳴は聞こえて来たがスルーされていた。

ジークの足は速い。そんな奴が土地勘のない場所を闇雲に走り出したのならば、迷子になるしか道はない。

これはヤバいとラクシャーサと零は追い掛けたのだが、ラクシャーサはそこまで速く走れず、零も炎気に当てられ弱っていた。

あの時は俺らもヤバかったなとラクシャーサは豪快に笑う。二次災害一歩手前だったと知りクフリンは「君らなあ…」と呆れたようなため息を吐いた。

居心地悪そうに目を逸らした零は、取り繕うように「ここからが本題だ」と言葉を放つ。

走り去っていくジークをなんとか追い掛けて、ようやく道端でぶっ倒れたジークを回収し、周りを見渡せば見知らぬ土地に居たのだと零は語った。

 

「それな。ゲボルグに聞いたら『煉獄』ってトコらしいわ」

 

ラクシャーサが隣に居た黒い騎士を指した。タンタは初めて見る顔、深い兜で頭を覆っているから顔そのものは見えないが。彼はゲボルグというらしい。

新しく入った人かなとタンタはゲボルグを眺めた。見たことないけど見たことあるような気はする。なんでだろう。

タンタが不思議な感覚に首を傾げている合間に、ゲボルグは頭を掻きながら煉獄について語り始めた。

全てを灼き尽くすほどの熱気を持った場所で、少しばかり特殊な土地なのだと。

語りながらゲボルグは首を傾げる。

 

「しかし妙だな、今あそこはそこまで力がないはずなんだが。皇がいない」

 

煉獄は主人が帝位についたならば、周りにも影響の出るくらいの熱気を撒き散らすらしい。ただ、今はその主人が不在であり、ここらも穏やかな気候を保っていたと言う。

まあ確かに最近暑さが気になると思っていたが、この気候の変化は煉獄が関係していたのだろうか。

タンタと同じことをクフリンも思ったのだろう。ゲボルグに同じことを問うていた。

その質問にゲボルグは笑いながら答える。

 

「主人が帝位についたら、こんなもんじゃねーよ」

 

もっと強いはずだと言いながらゲボルグは己の顎に手を当てた。「ただ、確かに近いものは感じるな」と首を傾げる。

この辺りはゲボルグにもわからないらしい。

そんなゲボルグに向けて、ジークが声を張り上げた。

 

「その煉獄?ってトコに、クランがいだよ!」

 

響き渡ったジークの声に、部屋にいた全員が顔を向ける。

ざわざわと喧騒が広がる中、ジークは更に言葉を足した。

見かけた姿は確かにクランではあったが、どうにも様子がおかしい。

青黒く染まった鎧と虚ろな真っ赤な眼、両手には大きな盾を持ちその盾にはいくつもの棘が生えていた。

盾を所持しているのにまるで他者を害するかのようなその外見に、3人は信じられないと顔を見合わせたという。

 

「元々クランは追い詰められたら盾を構えて突撃してきたけどさ、アレで突撃されたら多分痛いってレベルじゃねーぞ?」

 

ジークたちが見たクランは、盾を守るためではなく、攻撃するために使っているのだろう。

だから破壊力を増すために、鋭利な棘を盾に付けた。

話に聞き耳を立てながらタンタは思う。なんでクランは盾を持ってるんだろう、と。

攻撃するならメイスに棘をつけた方が扱いやすくて楽だと思うのだが。

タンタが小首を傾げていると、ジークがぽつりと言葉を漏らす。

 

「んで、そのクランは "王国は俺を見捨てた" っつってたぞ…?お前らなんかしたのか?」

 

ようやく、ジークが一番初めにそう怒鳴り込んできた理由に辿り着いたようだ。

ジークの言葉は風のように部屋を渡り、全員の耳に行き届く。問われた騎士たちは心当たりが全くもって見当たらず、目をパチクリさせていた。

そもそも、見捨てたならば捜索すらしていない。確かに初動は遅れているが、見捨てたならば探しもしないはずだ。

 

「どういう、こと、だ?」

 

「いやオレが知りてーよ」

 

戸惑いながらクフリンが口を開くが、ジークは首を振るだけ。

どこでどうなってそうなったのか、何が何だかわからないまま部屋にいる全員が言葉を失った。

静まり返った部屋の中で、タンタがぽつりと声を出す。

 

「ならオレが行こうか?」

 

タンタならば今の王国との縁は薄い。なんせ帰ってきたばっかりなのだから。

王国の人間を憎むような口調の今のクランになら、そのタンタが当たるのが一番良い。

それにクランはタンタの幼馴染だ。他の騎士が会いに行くよりかは、幾分か怒りが緩和されるだろう。

そう考えての発言だったが、クフリンは困ったように眉を下げた。

 

「しかしひとりで行かせるわけには…」

 

「あー、じゃあゲボルグだっけ?煉獄に詳しいなら行こうよ」

 

タンタがゲボルグに顔を向け誘うと、ゲボルグは「ゔぇ!?」と妙な反応を返してくる。

おかしな態度のゲボルグにタンタも困ったように眉を下げた。

土地に詳しい人がいたほうがいいんだけど、と困惑したように言うタンタと、周りからの圧力に屈したのかゲボルグは多少唸りながら「わかった、わかったから。行きゃーいいんだろ!」と額を抑える。

ゲボルグの言葉にタンタは表情を明るくし「初めましてだけどよろしく」と握手を求めた。あらやだソフトタッチ。

微妙な対応のゲボルグに首を傾げつつ、タンタはもうひとりいた方がいいかなと周りを見渡す。

 

「バーン一緒に、」

 

「悪い無理ゲボルグが行くなら無理。多分途中で喧嘩するから無理」

 

暑さに強いであろうバーンを誘ったらめっちゃ拒絶された。どうやら仲が凄まじく悪いらしい。

「補佐はするから!」とバーンに泣きつかれたならば強制は出来ない。そもそも途中で喧嘩されても困る。

なんかあったの?とタンタがゲボルグに聞いたが「初対面が最悪だった」と簡潔な答えが帰ってきた。そのくらいでバーンがあそこまで拒絶するだろうか。

というか、バーンは普段は熱血気味の爽やか好青年なのに、ゲボルグに対してのみ拒絶するとは本当に何があったのだろう。

オレが知らない間になんかあったのかなとタンタは不思議そうに首を傾げた。

 

「んじゃ、どうしようかな…」

 

「……、俺が行く。クランと幼馴染なのは俺もだから」

 

悩むタンタに声を掛けたのはクフリンだった。確かにクフリンもクランと幼馴染だが、暑さにそこまで強くないだろうから選択肢からは外していたのだが。

それを言えば「君もだろ?」とタンタはクフリンに苦笑され、ポンと頭を叩かれた。

相変わらず、彼は自分を子供扱いする。と呆れたような表情でタンタはクフリンを見る。どうやら癖になっているらしい。

ていうかこれあれだよね、クフリンがよく他人の頭を撫でるのって無意識に自分がしてもらいたいことしてんだよね。昔からそうだったからそれが癖になっちゃっただけで。

よく小さい子撫でるのは、小さいときに自分がしてもらいたかったことをやってるだけなんだよねぇ…。

タンタがそんなことを考えながら微妙な表情を浮かべると、クフリンは「なんだ?」とキョトンとした顔を向けてきた。

本気で無自覚らしい。

「なーんでもないよー」とタンタは返し、そういや昔クフリンが北の大陸にお使いに行ったとき凄く機嫌が良かったことを思い出す。どうやら隊長に「頑張れよ」と頭撫でてもらってたらしい。

それが嬉しかったんだろうな、とクフリンの癖のルーツに思い当たりタンタは小さく笑った。

怪訝な顔をするクフリンにタンタは「じゃ、行こうか」と声を掛けトンと扉に向かって歩き出す。

まずは大事な幼馴染と再会するのが先決だ、と。

 

 

■■■

 

■■■■

 

ついでですから、

こちらの話も追いましょう。

 

これから彼らは煉獄という場所に

足を踏み入れるのですが、

煉獄ってのはややこしい処でして。

まあ、山を想像してください。

麓は広く、山頂は狭いですよね。

 

煉獄では、

その広い麓に重罪人がたくさんたくさんいらっしゃるんですよ。

それで、山頂には罪の軽い罪人がほんの少しいらっしゃいます。

 

他の処とは逆ですかね。

大抵、

軽犯罪者がたくさんいて、ほとんどの人は赦されて

赦されない重罪人はほんの少しという形になりますから。

 

さてさて、

皇がいるのはどちらでしたっけ?

 

■■■

 

 

ジークたちから聞いた場所と、ゲボルグの道案内に従ってタンタたちは目的地に向けて歩いていた。

途中の城下町で必要なものを買い揃えようと、とある商店に顔を出せば多少暑さでバテ気味らしい若い商人が出迎える。

「いらっしゃい…」と少し覇気の無い声だったが、笑顔で対応した彼はプロだった。事情を説明すると必要そうな品物を掘り出し始める。

 

「こんなもんかな。ああそうだ、キミたちお城の人たちだよね?最近アレスっていうお得意様が来なくなってね。見掛けたら教えてほしいなー、なんて」

 

テキパキと品物を並べながら商人は窺うように上目遣いで話し出した。

商人が探しているアレスという人は、客としても良く利用してくれる人で、たまに商店を手伝っていたらしい。

「力仕事やってくれたから助かってたんだけど、最近どこにも居なくて」と頬を掻きつつ商人は眉を下げた。

彼の友人も探してるみたいなんだけど、と商人は品物を包みながら言葉を続け「城にも出入りしてたみたいだから、何か知らないかなーっと…はい、こちらがご希望の品です」と流れるように売買を終わらせる。

 

「アレス…って、クロムの友人と同一人物かな?確かに最近見掛けないな」

 

「あああの五月蝿い奴か」

 

商人の話にクフリンとゲボルクが顔を見合わせた。そういえばクロムが寂しそうだったなとクフリンは思い出す。

行方不明ならば王国としても調べるが、とクフリンが商人に問えば、微妙かなと商人は笑った。

 

「元々アレスは身内がいないみたいでね。結構自由気ままに動いてたから、旅とか旅行とか引っ越ししただけかもしれないなあと」

 

それならそれでひと言も言ってくれなかったのはショックだけどと商人は苦笑し、あれもこれもと王国の人に負担かける気はないよーと手をヒラヒラさせる。

商人はそう言ったがクフリンとしては、住民が行方不明らしいというのが気に掛かった。「お城の人たちに聞いたんだけど、騎士の人も誰か行方不明なんでしょ?」と商人が首を傾げる。

アレスが来なくなったのはクランが失踪した時期とほぼ同じらしい。何か関係があるのかもしれない。

悩むクフリンを尻目に、ゲボルクは会計を終わらせとっとと店の外へ出て行ってしまった。タンタも慌ててクフリンを引っ張り後を追いかける。

 

「あ、待って待って。おにーさん新顔だね?ご新規様ご来店サービス、今後ともボクの店をよろしくね!」

 

立ち去ろうとしたタンタを引き止めて、商人はタンタの掌にメダルを乗せた。

突然ものを渡されて戸惑うタンタに「拾い物だからそんな気にしなくても…、あ、ああいやいや、なんでもないよ!また何かご入用の際はお気軽にどうぞ!」と商人は営業スマイルを作る。

まあ若干引っかかるが、くれるならば貰っておこうとタンタはそのメダルを懐にしまい込んだ。せっかくだし、また旅に出るときはこの店を利用させてもらおう。

ぺこりと軽く会釈をして、タンタは店の外へ出て行った。外ではゲボルクとクフリンが待っている。

 

「なんか、元気な店だね」

 

「ああ、城で贔屓にしてる商店でな。質が良く品揃えも豊富で値段も良心的。店員も変に媚びず気安いからか、皆個人的にも利用してるみだいだ」

 

タンタが店に目線を送りながら感想を言うと、クフリンが軽く説明してくれた。

つまりは騎士御用達の店というところだろうか。

貰ったメダルを日に照らしながら、タンタは先ほどの店内を思い出す。生活必需品の他にも、各種嗜好品や他大陸の特色を感じる品物が多々あった。

つまりあの店は他大陸に出入りし品物と情報を。そして騎士御用達の店として城の情報をも得ているようだ。

恐らくこの国で一番世界の情勢に詳しいのは、あの店だろう。幸いなのは、あの商人がそれを悪用するのではなく商売に利用しているだけだということか。

あの商人の身体つきを見たが、商人らしからぬ筋肉がついている。ある程度は己だけでも戦えるのだろう。

王国では商人ですら、只者ではないらしい。

コワイ。

ふうと大きくため息を吐いて、タンタは賑やかな街の喧騒に耳を澄ませた。

この内のどのくらいが手練れなのだろうな。

 

街から離れ、タンタたちは郊外に出る。パタパタと手で風を送りながら、タンタは後ろを歩くクフリンとゲボルグにちらりと視線を送り、そっとため息を吐き出した。

なんというか、微妙な空気が漂っている。

戦えば連携は取れていたため仲が悪いわけではないようなのだが、必要最低限以外の会話が全くないのだ。

空気が重い…とタンタは困ったように頬を掻いた。

こんなときにクランがいればこの空気も多少は緩和しただろうなと、タンタは熱い風の走る空をぼんやりと見上げる。

クランは人当たりの良い性格だったから、間に入って取り持ってくれただろう。

 

幼い頃、確かに自分も強引だったが、遊ぼうとゴネれば困った顔をしながら付き合ってくれた。

無茶な遊びに付き合わせて、クランがブッ倒れる羽目になろうとも怪我をしようとも怒られた事はない。代わりにクフリンにはめっちゃ叱られたが。

次の日無茶させたことを謝りに行けばクランは「気にしてないよ」とクスクス笑ってくれた。恨み言を覚悟していたので、その言葉に戸惑っていたタンタに向けて「今日は何して遊ぶ?」と笑顔を向けてくれたのだ。

 

王国で一番優しくて、一番笑顔の似合う彼は春の陽だまりのような人。それがタンタの知るクランだった。

そのためジークたちの話は俄かには信じられない。しかし嘘を言っているようには見えなかったし。

考え考え足を動かしていたタンタは道を外れてしまったらしい。ゲボルグの声で我に返り慌ててふたりの元へと戻っていった。

タンタが戻ってくると、ゲボルグは低い声で「こっちだ」と道を指し示す。

そんなゲボルグを見てクフリンが今迄閉じていた口を初めて開いた。

 

「…前々から思っていたが、君は不思議だな。今回のこともだが、妙な知識を多く知っている」

 

最近は天使とも会っていたようだし、交友関係も謎だ。とクフリンは少しばかり怪訝そうな瞳をゲボルグに向ける。

世の中には識らんでもいい事があるぞとゲボルグは笑い、追求を躱した。

 

「まあ天使っつっても彼奴は割と強引な荒くれ者だぞ? "神は我が力" ってな」

 

理にかなっていないと判断したら、堕天しない程度に逆らいはするとゲボルグは件の天使について愉快そうに語る。まあそれで一回追放はされたらしいが。

それでもすぐに復権したらしいので、そこそこ強かな天使らしい。

その天使は真理を伝えるのが好きらしく、ゲボルグはたまにお喋りに行くらしい。

「俺はあっち側はそこまで識らんからな」と歩きながら語るゲボルグはどことなく楽しそうだ。

 

「情報や知識は、いくらあっても良いだろう?」

 

そう言ってゲボルグはニヤリと笑った。「興味があるなら紹介するが、彼奴は人間相手だと仕事したがるからな。別の奴にするか」とクフリンに首を傾げ問う。

天使にも色々いるらしい。

紹介するなら生まれが特殊な、ヒトに近い天使にするとゲボルグはその天使を軽く語った。

まあ案の定その天使も割と荒くれ者らしく、背いた人間を串刺しにしたりするらしい。

 

「双子の兄弟の弟でなー、真面目堅物の兄貴の愚痴を死ぬほど聞かされるぞ?」

 

「君の交友関係が天使だろうと人間だろうと、そういう系統になるのは何でだよ…」

 

うんざりした表情でクフリンはため息を吐く。類は友を呼ぶってのはあながち間違いではないらしい。

それでもクフリンも一応興味はあるのか、約束を取り付けていた。

そんな雑談を交わしていると、先ほどよりも明らかに周囲の熱気が強くなる。

話を終わらせ「着いたぞ」とゲボルグが短く言葉を放ち足を止めた。

それに合わせてタンタとクフリンも歩みを止めて、周囲をぐるりと観察する。

赤く燃える地面や岩、ゴツゴツとした黒い山、炭のような木々に墨色の土。紅い空は薄暗く、鮮やかな溶岩がドロドロと流れている、煉獄と呼ばれるこの場所に三人は足を踏み入れた。

 

■■■

 

「熱っつー…」

 

煉獄に到着したタンタの第一声はそれとなる。口に出してはいないがクフリンも同じらしく、顔を伝う汗を拭っていた。

気温が高いというのもあるだろうが、何より見た目がこれでもかというくらいに熱い。

なんせ風景のほとんどが赤か黒。暖色で囲まれていたのだから。

なんとか涼を得ようと手で仰いでみるが熱風が送られただけだった。意味がない。

「暑いね」「暑いな」とタンタたちが口々に感想を漏らす中、ゲボルグは涼しい顔で「行くぞ」とふたりに声を掛ける。

 

「君は平気なのか?というかこの場所で君みたいな黒い鎧は暑苦しいな…」

 

「そこまでじゃねー…なんだとテメェ」

 

ぽつりと漏らしたクフリンのひと言にゲボルグが苛ついた声を返す。

慌ててタンタが間を取り持ったが、先ほど緩んだ空気がまたギスギスし始めた。

そっぽを向き合うふたりに挟まれ、タンタは心の中で帰りたいと泣き言を漏らす。

クフリンは暑さで少し苛ついているし、ゲボルグは元々ここへ来るのは乗り気ではなかった。

というかクフリンが苛ついているのはゲボルグがこの暑さでも平気な顔をしているのもあるのだろう。多分そのせいでイライラが増している。

気温は高く蒸し暑いはずなのにどこかピリッと冷たい空気を纏いながら、三人は煉獄を探索することにした。

帰りたい。

 

■■■

 

「恐らくクランがいるのはあっちとこっちの境目あたりだろうよ」

 

ゲボルグがぽつりと呟いた。

クフリンたちの様子を見て、似たような気質のクランもそこまで奥にはいないと思ったらしい。もしも奥まで入り込んでいたのならば、満足には動けなくなるだろう、と。

今クランがどんな状態になっていようとも、本能的に己が過ごしにくい場所を拠点とするとは思えない。

この辺りを重点的に調べれば見つかる可能性が高そうだ。

その話を聞いて、タンタは暑さでぼんやりしてきた頭を奮い立たせるように頬を叩いた。

 

時折暑さに負けうすらぼんやりしつつも、タンタたちは少しずつ探索範囲を広げて行く。

一番の敵はフィールドそのものというのが厄介だ。その場に立っているだけで体力と気力が削られる。

タンタが今回は諦めて体制を整え直してから再度挑んだほうが良いだろうかと思い始めた頃、三人は多少拓けた場所に出た。

溶岩が近くを流れているからか他の場所よりも明るく、熱いとはいえ多少風が通る場所。

その場所ち着いた途端ゲボルグが「うげ」と心底嫌そうな声を漏らす。

その音に引かれ周囲をよく観察すると、中央にぽつんと青黒い影が座り込んでいた。

その人影を視認したタンタの目に映ったのはその姿の其処彼処に浮かび上がる、紅いバツ印。ペタペタと付けられたその印は、彼の姿と相まって異様に目立つ。

妙にそれが気に掛かりタンタが思わずトンと近付くと、その人影は人の気配に気付いたのかゆっくりと顔を向けた。

 

「目障りなヤツがのこのこ出てきたか…」

 

低く重く暗い声色でそう呟きながら、その人影は鎧の擦れる音を響かせゆるりと立ち上がる。

そのままタンタと真っ向対峙したそれは、紅い目をしたクランだった。

姿形も顔付きも、タンタの知っているクランとかなり違う。それでもタンタは彼がクランだと理解した。

何故こんなことになっているのか、どうしてあんな冷たい目を向けられなくてはならないのか、戸惑うタンタにクランの持つ大きな盾が振り下ろされる。

凄まじい衝撃と激しい痛み、ああ鎧の一部も壊れたようだ。何故クランに殴られるのか、訳のわからないままタンタはその場に倒れ込んだ。

体勢を崩されたタンタに向けて、クランはもう一度盾を振るう。

しかしそれは叶わず、ガキンと阻む音が響き一瞬の静寂が辺りを包み込んだ。

 

「…っ」

 

クフリンが己の盾を構え、クランとタンタの間に滑り込んでいる。

なんとかクランからの攻撃を防ぎはしたが、力はクランのほうが上。盾の性能もクランの方が高い。

「こンの…!」とクフリンはなんとか力を込めてクランを押し返したが、荒い息を吐いている。恐らく二度目はもう無理だろう。

それでもクフリンはその場を動かない。タンタが体勢を立て直すまではテコでも動く気はないらしい。

クフリンは今迷っている。

クランを討伐対象とするか、それとも説得するか否かを。

クランからの一撃をその身で受けたのだから、あのクランは本気でタンタを殺そうとしていたのには気付いたはずだ。

ならばアレは害するもの。そうならば騎士であるクフリンはそれを排除しなくてはならない。

しかし自我がそれに反発する。幼馴染であり普段から仲の良かった相手と殺し合いをするのは抵抗があった。

騎士としての想いと、友人としての想いがクフリンを惑わせる。

「天使みたくスパッと割り切れたら楽なんだろうな」とこんな場面でありながら、クフリンは苦笑した。天使であったなら、情に惑わされず敵であると判断したならばすぐさま排除に動くのだろう。

騎士であるならば、王国を守るためなら、その気質は見習うべきだ。

クランは確かに王国を怨むような言動をしていた。ならば王国のために、危険分子は早急に対処しなくてはならない。

恐らくクランは自分たちを倒した後、王国を襲うだろうから。

もしもクランが王国を襲った場合、騎士団は混乱しマトモに機能しないだろう。なんせ人望のあった仲間が容赦無く殺しに来るのだから。

今のクフリンのように討伐派と説得派で分裂し、仲間同士で争い始める可能性が高い。

最悪の場面を想像し、クフリンはクランに厳しい視線を送った。その視線を外さずに、後ろに向かって怒鳴りつける。

 

「なんの手立てもないならば、現状のクランは"敵"だと判断し処置する!」

 

クフリンの発言にタンタは息を呑み反論しようと口を開いた。

が、その声は次に続いたクフリンの言葉に掻き消される。

 

「…だから!頼む!

時間を稼ぐからなんか手立てを考えてくれ!」

 

クフリンは必死な声を残し、先ほどよりも強く盾を握ってクランの前に立ち塞がった。

この判断が正しいのか正しくないのかはわからない。それでもクフリンはその判断を変える気はなかった。

もしもここで自分たちが敗北し王国が最悪の状態に陥ったとしたら、クフリンは戦犯の称号を得るだろう。

早期に気付いておきながら満足に処置出来なかった、無能な騎士と語り継がれてしまうだろう。

それでもクフリンは、ヒトであることを選んだ。天使のように割り切ることなど出来ないと、どう足掻いても自分はヒトなのだと、開き直るようにクランを見つめる。

 

「助けるから、待ってろ」

 

クフリンが小さく凛とした声で言葉を渡せば、その声が届いたのかクランの瞳が小さく揺れた。

 

 

クフリンの背に守られて、タンタは困ったように思考を回す。

タンタとしてもどうにかしたいが、どうしたらいいのか全く見当もつかない。

 

「手立て考えろと言われても、どうすりゃいいのさ…」

 

クフリンは時間を稼ぐとは言ったが、今の様子を見る限り長くは持たないだろう。

考え込むように目を伏せたタンタの耳にゲボルグの「んん?」という怪訝そうな声が聞こえてきた。

ゲボルグは不思議そうに首を傾げ、「おかしいな」やら「中か?」やら意味不明な単語を繰り返す。そのうち何かに思い当たったらしく、ゲボルグはタンタに振り向き頭を掻いた。

 

「クフリンが "助ける" っつったのはあながち間違いじゃねーな…。お前やれ」

 

「何を」

 

唐突に命じられタンタが至極当然の反応を返せば、ゲボルグは時間がないからと簡潔に説明する。

自ら自分の意思で入ったわけではないから、どうにもあのふたつは相反しているようだと。

「だいたい外に出て来るんだがなー、見えないとこにあんのかもしれんがらしくない」と呟き、ゲボルグはクフリンと対峙しているクランを指差した。

身体中に赤色のばつ印があるだろう?と視線を促すと「ありゃ自己否定の証だな。あれならどうにかなるやもしれん」とゲボルグは薄く笑う。

 

「見捨てられた」と思い、「そんなはずはない」と否定し

「許さない」と思い、「赦す」と否定する。

「殺したい」と思い、「殺したくない」と否定する。

 

思いに反すれば反するたびに彼の存在は否定され、相入れない身体に赤く大きなバツを描いた。

「違う」と。

アレを拒絶した。

あの赤い印は、彼がアレに抵抗した証。

身体中に浮き上がるほど、争った証。

 

「クランは、強いな」とゲボルグは愉しそうに笑いコツンとタンタの頭を叩く。

クランが王国への恨みを語りながらもまだこんなところでグズグズしていたのは、中のふたりが競っていたから動けなかっただけの話。クラン本体が身体を押し止めていた。

今現在クランがアレに押し負けているのは、ここにいるはずのない旅立ったタンタの姿を見てクランが驚き隙が出来たからだろう。同時に、友人に今の自分を見られて動揺したのも押し負けた原因のひとつか。

つまるところ、今クランが暴走状態にあるのはタンタが原因とも言える。

まあ同時にクランがタンタを見て希望を抱いたせいか「目障りなヤツ」だと言葉を吐いたようだが。

どうであれ早く責任とれとゲボルグは笑い、タンタの背中をトンと押した。

 

「どうしろってのさ!」

 

「あー、あれだ悪霊を追い出す感じでやれ」

 

「生憎悪霊に取り憑かれたことなんかないよ!?」

 

戸惑うタンタにゲボルグは少し考え込み、トコロテンみたいに押し出す感覚か?と首を傾げ問う。

聞かれても知らんがな。

タンタが呆れた目を向ければ、ゲボルグは頭を掻きながら「お前ならデカいの一発ぶつけりゃ充分だ」とクランのほうに目を向けた。

「騎士なんざ数ヶ月に一度殺し合いと見紛うレベルの大会開いてんだから、多少強く斬りつけても平気だろ」とゲボルグは笑う。

 

「早く助けてやれよ。相性悪すぎて死にかけてるしな」

 

「わかった、…ん?」

 

返事をしたもののタンタはゲボルグの台詞にどこか違和感を感じた。そういえばさっきから微妙にズレた会話をしていた気がする。

若干疑問に思ったが今はクランが先決だとタンタは頭を切り替え、深く深く息を吸い込んだ。

多少、威力が強くてもいいらしい。

ならば、全力で。

己の中の水の力を最大限に引き出して、その想いを刃に乗せる。

吸った息の分、大きな雄叫びをあげながらタンタは弾くように地面を蹴りクランに向けて剣を振るった。

 

■■■

 

ガツンと思い切り何かを叩いた音が響き渡り、ぽろりと何かが飛び出したかと思うとクランが崩れ落ちる。

飛び出した何かはコロコロと地面を転がって、いつの間にか消え失せていた。

「お前は、とことんアレと相性悪いな」とゲボルクは笑い、クフリンは「君な、俺ごと切り捨てるつもりか。周りを見て動けと昔散々言っただろう!」と小言を漏らす。

確かに途中で何かに掠ったが、クフリンだったらしい。

タンタの頭を軽く小突き、クフリンはクランに駆け寄った。

 

「…うん、奇絶してるだけだ」

 

クランの身体を支えながら様子を確認し、クフリンはほっと安堵の表情を浮かべる。数度ぺしぺしと頬を叩けば、クランは気怠げに目を開けた。

クランはしばらくぼんやりしていたが、意識が覚醒したのか「そうだタンタ!」と思い切り身体を起こし、その衝撃で起きた激痛に悶えている。

 

「大丈夫か?」

 

「…う、ん。大丈夫」

 

よし大丈夫じゃないのがわかったとクフリンは笑い、クランに肩を貸しながら立ち上がらせた。

休ませたいが、この灼熱の土地では休めるものも休めない。話を聞くのは移動してからでも良いだろう。

少しばかりフラつくふたりを見て、タンタはクフリンとは反対側の肩を支える。

肩を貸しながらタンタはクランに笑顔を向けた。

 

「ただいま」

 

タンタがそう言うと、「おかえり」とクランも笑顔で返してくる。

昔と同じ、陽だまりのような優しい笑顔だった。

 

タンタたちの後ろでゲボルグがぼんやりと地面に目線を送っている。

その場にはもうない何かに向けて、ぽつりと言葉を残した。

「魔王のなり損ないが、本物の勇者に勝てるわけねーわな」と音を立てて笑い、ゲボルグはマントを翻し背を向ける。

クフリンに己の名前を呼ばれ、ゲボルグは「おう」と気の無い返事を返しながら三人の元へ行く。

名前を呼ばれるのは良いものだ。

帰る場所があるのも良いものだ。

なり損ないはなり損ないなりに、人生楽しませてもらうとしよう。

アレも早くそれに気付けばよいものを。

 

■■■

 

タンタたちが立ち去ったその場所に、ふらりと虚ろな足取りで訪れた者がいる。

確かに倒したいと思ったが、殺したいとは思っていない。

知らなかっただけなんだ。

彼はポツポツと誰に聞かせるでもなく、もしかしたら己に言い聞かせるために、時折言葉を発していた。

どうしたものかと思わず向かった先は、あの土地から一番遠い土地。水の気配から離れようと逃げ出せば、灼熱の世界へと迷い込む。

此処はそう、

救われないモノが辿り着く場所で、許されないモノが辿り着く場所で、償いを終えぬモノが辿り着く場所。

今の彼には相応しかった。

 

深紅の鎧を身に付けた彼は、岩影に転がっていた黒い宝石を惹かれたように手に取りぼんやりとそれを見つめる。

宝石が何かを喋るはずもない。けれども彼はそれに触れたことで理解した。

 

この世に希望などないのだということを。

 

 

 

さあ手を取り踊ろうか

終わりなき絶望の世界を

 

閉ざされた扉を開けば

真実が嘲笑う

 

さあ、

喜劇の舞台へ

いらっしゃい?

 

 

■■■

 

城に戻り、クランは出迎えた騎士たちに囲まれる。

心配したぞと口々に伝えられ、安堵され、小突かれ、医務室に放り込まれたりしたが、特に問題はないと診断された。

 

「ただ衰弱はしているから、無理はさせないように」

 

ジョンガリが自前の薬草やら秘伝の薬草やらエリクサーやらを抱えたままタンタたちに忠告し、医務室で横になっているクランへの面会が許された。

「りょーかい」と返事をしながらタンタは扉を開く。部屋の中にはベッドの上のクランと、そばに散乱するエリクサーの空き瓶が転がっていた。

ちなみにこのエリクサー。使用法としては飲むのが正しいのだが、緊急時は患者にぶっかけろと説明された。雑にも程がある。

飲んだクランの感想としては「すごく苦い」と渋い顔をされた。アルコールも入っているらしく、クランは一気に飲んだら多分倒れるだろうと空き瓶に目を向ける。

「もっと甘くしたら飲みやすいかも」と口元を舐めながらクランは笑った。そうすれば貴腐ワインに近くなるかもと感想を述べる。

もっと美味しくなればいいのにと、クランは楽しげに微笑んだ。

 

「回復薬なんか頻繁に飲まない方向で生きよう?」

 

「それもそうか」

 

タンタが呆れたような声で言えばケラケラ笑い返される。昔から我慢しすぎるタイプなのだこの男は。

我慢して我慢して耐えて耐え続けて、そのまま壊れかねないとタンタは心配に思う。本気でしばらく休養させたほうがいいかもしれない。

でも変なとこ頑固なんだよなとタンタは再度呆れたため息を吐き、クランの話を聞くことにした。

 

「うーん…。よく覚えていないんだけど、確か魔王のちっさいのを見かけて、それを追い掛けたとこまでは覚えるかな」

 

「魔王の小さいの?」

 

タンタが聞き返すとクランは頷きながら、このくらい、と手で大きさを示す。

サイズ的にはクロムくらい。つまりは見習い戦士くらいの大きさのようだ。

クランはその小さいのが誰かと一緒にあの場所まで向かうのを追い掛けたらしい。

その時は気付かなかったようだが、今にして思えばあの人はアレスだったかな?とクランは小首を傾げた。

アレスという名に聞き覚えのあったタンタも同じように首を傾げる。街で聞いたような。

 

「それでそのまま追い掛けてったら、ああそうだ、確かお城みたいなとこに着いて、…そこで、」

 

徐々にクランの口が重くなる。記憶が混濁するのか、辛そうに額を抑え目を瞑った。

「それで、…えっと…」とクランの声がか細くなってきたところで、タンタはこれ以上は無理だと判断し止めようと口を開く。

が、間に合わずクランがぽつりと音を漏らした。

 

「まおう、ああそう、だ、アレは魔皇だと、名乗っ、」

 

そこまで言葉を紡いだクランは、朧げな目で己の体を抱きカタカタと震え始める。

クランの様子をマズイと判断し、タンタは医療班呼んできてと外に向かって声を上げ、クランを落ち着かせるように抱き締めた。

「大丈夫だから」と繰り返し宥めたが効果はあったのだろうか。

クランを慰撫しながら、タンタは先ほどの言葉を反芻する。

 

魔皇、か。

あそこにいたのだろうから、煉獄の皇なのだろうか。

でも確かゲボルクが「今は皇はいない」と言っていたし。

…クフリンに相談してみるかな。

 

己の腕の中で苦しむ幼馴染を見ながら、タンタは重い息を吐き出した。

クランをこんな目に合わせたそいつを、思い切りぶん殴りたいな、と。

 

タンタが呼んだ医療班の到着によりバタバタし始める医務室の影で、小さな人影がこっそりと立ち去っていった。

小さな人影は先ほどタンタたちの会話を盗み聞いてしまったのか、足早に外へと向かっていく。

 

「…アレス、だって?」

 

ここ最近姿を見せなくなった友人の名を聞いて居ても立っても居られず、彼は脇目も振らず煉獄へ走った。

そこに友人がいると信じて。

 

■■■

 

少年が暴走し向かった遥か先には、きちんと目的の人物がいた。

ただまあ、少しばかり立て込んでいるようだ。

アレスはチビムウスを探して煉獄内を彷徨っていたのだが、突然現れた悪魔に立ち塞がれている。

 

「んん?なんだなんだ??」

 

自分には悪魔に因縁付けられる覚えはない。

アレスが戸惑いをそのままに声に出せば、その悪魔は怪訝そうな顔をしてアレスに問い掛けた。

 

「…まだ眠っているか?」

 

起きてますケドとアレスが首を傾げれば、その悪魔はひゅんと己の武器を構え「まあ良い…ひと暴れする頃には目覚めていよう」と嗤い、間髪入れずに襲いかかってくる。

急に攻撃され「うわ!?」とアレスは驚きの声を上げ避けたが、どうやら見逃すつもりはないらしい。

二発の構えを取り始めた悪魔に困惑しながら、アレスは脱兎のごとく駆け出した。

 

「何アイツ何アイツ何アイツ!?ヤベーー!」

 

熱さが支配するこの地を縫うように走り、アレスはなんとかその悪魔を撒く。

気付いたときには見知らぬ場所。ただでさえ土地勘のないこの場所で闇雲に走り回ったせいか完全に迷子となってしまった。

周りを見渡せば、すぐ近くに寂れた城がぽつんと建っている。

その建物を見て、アレスは不思議と懐かしい感覚に襲われた。初めて来た場所なのに、懐かしいとは。

ただただそこを眺めるアレスの耳にバサバサとした羽根音が聞こえ我に還る。

音のした方に顔を向ければ巨大な鳥人が偉そうに腕を組んで浮いていた。

 

「貴様、どこをほっつき歩いているのだ?」

 

「え?ええ? もしかしてチビムウス?」

 

姿形は成長しているが聞き覚えのある口調と態度、あと見覚えのある王冠でアレスはそれが元チビムウスだと気付く。

「ふん、チビは貴様だろう」と降り立った元チビムウスは確かにアレスよりも背が高かった。むかつく。

 

「そっか、こんなデカいならもうチビムウスとは言えねーなあ…」

 

すこぶるつまらなそうに頭を掻いて、アレスはため息を吐きつつ「なんだっけ、デカムウスだっけ?」ととぼけて見たが、ドスンと頭に手を置かれ威圧される。

「ああもうわかったよ、ムウスだなムウス!可愛くねーな」とアレスが認め名を呼べば、ムウスは満足げに頷いた。

 

「して、貴様はこんな所で何をしていのだ?」

 

「いや、…なんか懐かしーなー、と思ってた」

 

変だよなと笑うアレスにムウスは「…ならば、入ってみるか?」と問い掛ける。アレスの返事を聞かず、ムウスはスタスタと城に向かって歩き始めた。

慌ててアレスも追い掛けたが、もうすでにムウスは扉の前にいる。仕方なくアレスも連れ添って、城の中へ入って行った。

 

城の中には、

ヤバげな器具が並ぶヤバげな部屋があった。

冷たさを感じるような部屋があった。

鏡だらけの部屋があった。

本がたくさんある部屋があった。

既視感を感じる部屋の数々を見て、アレスは目をパチクリさせる。

ならば次はあれだ。

大きく派手な広間があるはずだ。

アレスのその予想は当たり、寂れた空気は漂うもののその広間には豪奢な絨毯と奥には大きな椅子が鎮座していた。

そしてその椅子の上には、人がひとり。

アレスたち来客の姿を確認したソレは、ニヤリと嬉しそうに嗤い言葉を落とす。

 

「我は邪帝ラフロイグ…。我が真の力を思い知るがよい…」

 

違ったのはここだけだ。

以前あったラフロイグは顔の判別も出来ないくらい深く兜を被っていたが、今目の前にいるラフロイグは素顔を晒し灼けるような目線をアレスに向けている。

その目線からアレスを隠すようにムウスが前に出れば、ラフロイグは尚更嗤い愉しげに声を上げた。

 

「ムウスよ、我を裏切るか!よかろう!格の差を見せてやる!」

 

この場合の「格」とは誰と誰のことだろうか。

まあ順当に考えて、ムウスとラフロイグのことでいいのだろうとは思うのだが、ここにはもうひとり登場人物がいる。

目を丸くしているその人は、ラフロイグに敵対意思があることを悟ると交戦の構えを見せた。

人を襲った獣は、人が退治して良いのだから。

 

以前と違ってラフロイグは城を壊さないように加減して攻撃を仕掛けている。以前のように砂埃に紛れて奇襲されることを警戒しているのか、隙がない。

ただ威力を落としているせいか、以前よりも恐怖感はなかった。

正攻法でいけってことかとアレスは剣を握り直す。

オレが無事に帰るため、ちょっと大人しくしてもらおうか。

 

■■■

 

ザッと音が響き、アレスの刃がラフロイグを切り裂いた。

熱気を孕んだその刃はラフロイグの身体を灼き、炎で包み込む。

断末魔の悲鳴を上げて、ラフロイグは肉体を焼き尽くされた。

アレスが荒い息を漏らしながら共闘したムウスに笑いかければムウスも笑い返してくる。

 

ああよかった

これでふたりで

家に帰れる

 

そう考えたアレスを、もやんとした黒い靄が包み込んだ。

驚くアレスが周囲を見渡せば、ラフロイグだったものの真上に赤い亡霊が浮かんでいる。

その亡霊はこの世のものには聞き取れないぼんやりとした雄叫びを発しながらふよふよと動き回り、アレスを覗き見るように空虚な瞳を向けた。

そう、覗かれているようなのだ。己のナカを透かすように覗き見られている。

 

「なんだ?この感じ…」

 

亡霊の視線で腹の中が灼けるかのような感覚に襲われ、アレスは無意識に胸を押さえた。

アレスは目を亡霊に向けたまま、金縛りにでもあったかのように身じろぎひとつしない。じわじわ亡霊が近付いてきているのにも関わらず、だ。

もはや亡霊は手を伸ばせばアレスに届く距離まで接近している。それでもアレスは動かない。ただじっと、その亡霊を見つめていた。

アレスに向けて、亡霊は優しく手を差し伸べる。

 

自分は強かった

だってひとりでも平気だったから

 

『アレスは強いから、ひとりでも大丈夫だな』と何度言われたことだろう

誰にも守ってもらえないから

強くなるしかなった

誰より一番強くなって、

一番強いんだから独りぼっちでも平気なんだって

 

強ければ、ひとりでも平気なんだ

強くなれば、ひとりでも寂しくなくなるんだ

ひとりが平気になるんだとそう思い込んで

 

だけど、

 

亡霊がアレスの頭を撫でるように触れた。その瞬間アレスの中で様々な想いが入り乱れる。

同時に触れた亡霊の想いも流れ込み、混ざる気持ちに心乱されるなかアレスは己の真実を知った。

ああ、自分の家はココだったのか、と。

仮初めの家と偽物の姿と作られた記憶は、薄れ掠れもはや忘却の彼方へと飛んでいく。

代わりにアレスは亡霊に縋るように手を伸ばした。声は出せないまま伝えたい気持ちを大気に流す。

アレスからの見えない言葉を聞き取って、亡霊は暖かな眼差しでアレスにだけ聞こえる優しい声色で彼の欲しい言葉を紡いだ。

 

「おかえり、アレス」

 

と。

その言葉でアレスは嗤い倒れこむように亡霊に寄り掛かかる。

ぽふんと亡霊に身を任せるアレスの瞳は変えられねじ曲げられた不快な色から正しい色へと戻っていった。

綺麗な綺麗な水色の瞳に。

 

 

 

■■■■■

 

偽りの君は、闇の中へ

 

 

…さて。

正しい場所に収まりました。

いやいや、元来「こちらが正しい」んですよ。

彼は元々煉獄の人。

帰還した、だけで

元に戻った、だけですよ?

 

何故これを否定して、

また再度ねじ曲げ狂わすのか。

 

頭を360度回すようなものでしょうに。

 

ん?ならば元に戻ったのではないのかって?

いやいや

確かに顔の位置は戻るでしょうが

首、は

ぐるりと一周

どうしようもないほど捻くれて

捻れきっているでしょう?

完全に歪んだ気色の悪い物体なのに

パッと見真っ当に見えるからタチが悪い

本当の彼から目を背け

偽り作られた偽物の彼を絶賛するとは

業の深いことだと思いませんか?

可哀想に

 

いやはや全く本当に

どこまで嫌えばあれを「是」とすることが出来るのか

理解出来ない

 

あ、剣士そのものを否定するわけではありませんよ?

彼には彼の生き様があり

たくさんの記憶と思い出がありますので

それを否定する気はありません

あれはあれで良いと思います

丁度良い塩梅に混ざってりゃ良かったんですけどね

 

さてさて、

ではまあ次はゆっくりと

小さな少年を追い掛けますか

子どもたちの身勝手な我儘に付き合いましょう

 

next

 


 
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