No.87926

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」10

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の10

2009-08-03 03:01:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:361   閲覧ユーザー数:336

「へ~。やっぱり凄い鎧なんだ」

 あのユーシーズがそこまで言うんだから。それがエディの納得の理由だ。彼女の説明は正直よくわからない。目の前の鎧に浮かぶ護紋の幽星気(エーテル)のゆらめきは視えているが、彼(か)の魔女がそこまで言う程の霊装だという実感はエディにはない。ただ飾られている様を見るだけでは、その魔術的意味もなんら意味がない。

〔我に対抗する為の苦肉の策ではあったがな。こんな遺物を引っ張り出してまで、我を滅ぼしたかったあやつ等の気持ち、わからぬではないがのぅ〕

 自分自身の話なのに、まるで他人事の様にいうユーシーズ。自身が滅びても構わなかったとでも言わんばかりだ。エディはユーシーズの自虐的態度に、かちんときた。

「何それ、そんな自分を卑下するようなこと言わないでよ」

〔くくく、それはいつも主が同居人から言われている言葉よの〕

 エディは言われるまで自覚がなかった。いつもは自分がしている自虐的な態度なのだが。自分が目の前でされると気に障る。これではマリーナが毎度注意するのも頷けるというものだ。そうは思うエディだが、指摘を受けたからといって反省しようだなんて気持ちは湧いてこなかった。

「ほんと、あんたってそんな揚げ足とるようなことばっか」

 悔しさでもない。怒りでもない。エディが抱いた感情を彼女自身うまく説明出来ない。ユーシーズとこうして言い合いをする時のエディは不思議な感情を覚えてしまう。

 強いて言うなら嬉しいのかな。そんな考えまで浮かんで、エディは自笑する。

〔……主。我はもう言わんぞ〕

「何がよ?」

〔いやいや、もう我も散々に言うたからの〕

「ん?」

〔くくく、くっくっくっくくく〕

 なぜか堪えるように押し殺しているが、ユーシーズのしわがれた笑い声は、エントランス内に鳴り響く。まるで戯曲の一小節のように、幽体の魔女が演ずる笑歌に聴き入ってしまう。

〔そんなに我と共にいるのが嬉しいのかえ〕

 やっとにして自身の内心が漏れていたことを思い出し、エディの顔は真っ赤に火照っていた。

 

 その晩のことだ。

 いつもなら寮を抜け出した闘技場で魔法の特訓をするエディだが、今日は石組みの試合場に座り込んで一向に特訓を始めようとしなかった。

 魔法の明かりで照らされたエディの手元には一冊の本がある。先日図書館で借り出した分厚い装丁の『魔女の年代記(ウィッチ・クロニクル)』だ。満天の星空の元、エディは寝転がり本を広げていた。

 明かりに照らされてとっいっても、エディが『光』の魔法を使っているわけではない。ランプなどの照明具は昔からある魔道具の一つである。内臓魔力があるうちは、スイッチを入れるだけで誰でも灯りを得ることが出来る。その気軽さから世界中で愛用されている魔道具の代表格だ。その頼りない幽星気(エーテル)の光が揺れる試合場は、どこか寂しげだった。

 まだ肌寒い夜に、黙々と書を読み続けるエディを、遠い目して幽体が宙から見下ろしていた。

〔主よ、今日は修練せぬのか?〕

 ユーシーズの問いかけに、エディは黙ったままだった。

〔主、こんな暗がりで書を読むのは目にようないぞ。このところ目が悪くなっておるのじゃろ? ……主、聞いておるのかえ?〕

「うん」

 返事だけはしたエディだったが、どうにも上の空だった。

 ユーシーズは溜息を吐きたい気分だった。しかし今は幽体の彼女が、実際に大気を吸い込み吐き捨てることは出来はしない。エディに聞こえているというユーシーズの声も、現世には何の作用もない、聞こえない者とっては本当に何もおこってないとしか思えない虚ろな事象なのである。まるでエディだけが見ている幻の如き幽体の魔女は、目元を緩めて猫尖っているエディの背中に降り立った。

「何、見てんのよ」

〔別に主の読んでいる本なぞに興味なぞないわ。自意識過剰というものぞ〕

「嘘、今見てたじゃない」

 ユーシーズに背に乗られたからといって重さは感じない。エディに感じるのはその気配と、むずがゆい視線だけだ。

 エディは広げていた書物を隠すように抱きかかえる。それが逆に本の表紙を見せつける結果となることもわからずエディは頬を膨らます。

〔まったく、主は子供じゃのう〕

「悪かったわね。まだ子供で。でもあんたも私そっくりの見た目なんだから、あんたも子供です~だ」

〔齢三百を超える我が子供かえ。小気味いいことを言いよるの。にしても、そんなもの読んで面白いのかえ?〕

 既に何の書物かはユーシーズも熟知している。エディが調べているのはユーシーズの過去だ。調べられているのを知っているのにユーシーズが口に出して止めないから、エディも何となく隠したがる。確かに幽体の魔女の言う通り、エディのささやかな抵抗は大人げないものだった。

「別に面白くなんか……。だって、何にも教えてくれないから……、だから、あんたのこと調べてるんじゃない!」

 エディの声は少し震えていた。目の前の魔女がその昔どんな扱いを受けて、どんなに寂しい人生を送ったのか、それを察してしまい、感情が声にまで溢れ出ていた。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択