No.87458

満月の夜2

henkaさん

「満月の夜」の続編です。
ググるとたぶん出ます。

2009-07-31 22:51:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3811   閲覧ユーザー数:3703

「ハッハッハッハッ――」

 私は野山を駆け抜け、故郷に帰ってきた。ニンゲンではなく、ケモノとして――

 

その昔、故郷にいる人間の寿命は約三十年だった。しかしある時、村の女が人間に化けた獣の神様と交わり、寿命が飛躍的に伸びた。女は子供をたくさん産み、村は女の子孫で溢れかえった。しかし、寿命は伸びたものの、本来の寿命が近付いた時、体中の血を神の血に変える試練がくる。それがこの村に伝わる〝成人の儀〟だ。三十路になりちゃんと〝成人の儀〟を行わなかった者は、神の血に犯されケモノに堕ちるという。

私はそれをただの迷信だと思っていた。しかし、三十路になって最初にむかえた満月の夜。村から離れていた私は〝成人の儀〟を行えず、神の血に抗えないまま目の前にいた人間でお腹を満たし、ケモノに堕ちた。故郷に帰る途中、小川に映った自分の姿は狼だった。狼になった私は最初こそ人間の姿であった時との違いに悩まされたが、今では立派な狼として山で暮らしている。

 

故郷に帰ってきた時、村に近付こうとしたが、何故かそれ以上足が進めなかった。久々に帰郷してきたというのに、まだ家族や友人には会えないでいる。最も、変わり果てた私の姿を見ても、誰も私とはわからないだろうが。それでも、懐かしい思いが込み上げ、私がこの村を去ってからみんながどうなったのかを一目見たいと思っていた。

村に何故か入れないとわかった私は、村周辺の山で暮らすことにした。故郷の山は自然豊かで、獲物も多いので安心して暮らせる。

 

今日も草むらから出てきた野兎を追いかけていた。

「!」

 しかし、追いかけている途中、私は衝撃的なものと出会ってしまい、野兎を取り逃がした。

「ガルルル……」

 私は仮にもこの前まで人間だったから、最初、どう対応していいものかわからなかった。私が出会ったのは本物の狼だった。狼も私の存在を認識すると、興味が湧いたのかこちらに近付いてきた。私は固まってしまい、動けなかった。狼はしまいに、私の前までやってきて、私のニオイを嗅いでいた。私はどうしていいかわからず、襲われないようにじっとしていた。すると、狼は私を仲間とでも思ったのか、顔をペロペロ舐めてくれた。何だかくすぐったくて嬉しかった。私もお返しに狼の鼻先を舐めてあげる。私達はすぐに仲良くなった。

 

 狼は鳴きながら先を行く。どういう意味で鳴いているのかは狼に堕ちた私でさえわからなかったが、何だかついて来いと言っているみたいだった。私は狼が行く後を追い、二匹で山を駆け巡った。川で水浴びをし、協力して獲物を捕え、夜は二匹寄り添って寝る。私達の仲はあの出会いをきっかけにどんどん深くなっていった。狼はオスだった。私は彼と共に過ごす時間が次第に愛おしいと感じるようになった。毎日彼と自然の中を駆け回る。これは人間の時でいう「デート」に当たるものではないだろうか? 

 

 私が彼とつるむようになって数週間後、月が満ち、満月の夜がやってきた。この日も私は彼と山の中で一緒に過ごしていたのだが、夜になると彼の様子がおかしくなった。彼は突然倒れ出し、苦しそうな鳴き声を出し始めたのである。

「キャウゥゥ……」

 私はどうしていいのかわからず、情けない鳴き声ばかりをあげた。人間の時だったら病院に連れて行くことができるが、ケモノではそんなことはできない。

彼の体が小刻みに震える。すると、信じられない現象が起きた。彼の姿が徐々に人の姿に近付いていったのである。

「ふぅー。やっぱ元は人間だからこの姿の方がいいやー」

「!」

 彼は人間と狼の中間の姿――人狼に変身し終えると人語をしゃべった。人狼の姿になった彼はなかなかハンサムだった。私は驚き過ぎてお座りをしたまま固まってしまった。

「あれ? 君は戻らないの?」

「ガウ?」

 彼は私に問い掛ける。戻るということは、私も人狼の姿になれるということなのだろうか?

「本物? そんなわけないよね。この山にいる狼っていったら、みんな堕ちた者のはずだから」

「!」

 私達の他にも同じ状況の人……いや、ケモノもいるのか。

「何となく一緒につるんでいたけど、そういえば君は初めて見る顔だね。もしかして最近堕ちたのかな? 戻り方がわからない?」

 彼は私に再び問い掛ける。私は鳴いても伝わないと思い、思いっきり頭を上下させた。

「そっか、そっか。新入りかぁ。そういえば最初は俺もわからなかったなぁ。いいかい、戻り方は簡単だ。人間の時の姿を鮮明に思い描くんだ。やってみて」

 私は頷き、早速人間の時の姿を頭の中で思い描いた。

「ガゥ!?」

 すると、体中が熱を帯び、変化が始まった。前足が狼のものから、人の手に変わり始める。爪が短くなり、指先が細く分かれていく。しかし、完全に人の手かと言ったらそうではなく、内側に肉球は残り、獣毛も生えたまま。後ろ足も似たような変化が起こり、こちらは人間の足に近くなった。顔を覆っていた獣毛が顔の中に吸収され、マズルが少し縮み、人と狼の中間的な顔になる。頭に自慢だった長い髪が生えてきて、耳は形そのままで目の横に降りてくる。体中の骨格が変化し、動物の骨格から人間の骨格へと変わっていく。股以外の獣毛が吸収され、毛皮のパンツをはいているような状態になった。複数あったムネが消え、一番上のムネが人間の女の子らしく膨らんでくる。しっぽは生えたままだった。

「ガゥゥゥ……ギャゥゥゥ……アフゥゥゥ……」

 声帯が人間のものに戻る。私は一カ月ぶりに人語を話した。

「あーあー」

 二本足で立てるようになった私は、四つん這いの姿勢から二本の足で立ち上がった。何だか久々に立った気がした。

「すごい……」

 人狼の姿へと変身し終えた私は、何だか体中に力が満ち溢れるのを感じた。

「へぇー、結構かわいいね」

 彼が変身を終えた私に言った。

「そう? ありがとう」

 私が彼に微笑むと、彼は顔を赤らめた。私はクスッと笑い、彼に訊いた。

「これはどういうことなの?」 

「この姿は俺らの本来の姿なんだ。君もあの村に住んでいたなら、村の女と獣の神様が交わった話を知っているだろう? 俺らは生まれたその時から人外。人狼なのさ。でも、多くの人は〝成人の儀〟を行うことで本来の姿になれるチャンスを抑えて人であり続けようとする。人であり続けようとする村人は、村の周りに人外除けの結界を張って堕ちた者と絶縁する。だから、俺らは村には近付けないんだ」

「そうだったんだ……」

 家族や友人に会えないのは少し残念だった。

「本来の姿がこれなのに〝堕ちた〟という表現は間違っている気がするけどね。まぁ、村には帰れなくても俺らは俺らで集落をつくっているから」

「他にもいるの?」

「ああ。迷信を信じなかった者はみんなこうなる」

 彼はそう言って笑った。後悔はしていない様子だった。

「でも、人狼の姿をしていられるのは満月の夜だけなんだ。日が昇るとまた狼の姿にならなきゃならない」

「そうなんだ」

 ちょっと残念だった。せっかく会話ができるのに。

「言葉がわからないって思ってるでしょ? 大丈夫。そのうち慣れるから」

「よくわかったわね」

「ケモノになると勘もよくなるんだよ」

「へぇ~」

「君は新入りだったね。俺はタケオ。名前は? かわいいし、集落まで一緒にデートしようか? 人狼はワイルドな散歩ができるよ」

「私はミサキ。うふふ。そうね。お願いしようかしら」

 満月の下、私は彼と手を繋ぎ、山の奥へと枝の上を飛んでいった。


 
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