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夏の夜空の真ん中で、AIに一途なやさしいキスを 第三章

2016-09-10 00:03:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:553   閲覧ユーザー数:553

 

 あたし達の乗ったカッターは、二見港という父島唯一の港へと着岸した。

 ボートから、父島を見渡してみる。港を囲うように普通の一軒家やマンション、学校が立ち並んでいる。

 その光景だけを切り取れば普通の島だ。けれど、どこを見渡しても水平線しかない海原と、東から吹き付けてくる風が、ここが最果ての島であることを理解させてくれた。

 透き通った海の底に広がるサンゴ礁、島に根付いている曲がりくねった木々たち、間違いなくこの島々にしかない風景だな。

 ただ、本来ならこの島にはない景色もそこかしこにある。港にはライフルを担いだ自衛隊員が立っていて、要所要所を封鎖していた。その後、自衛官に必要な書類を見せて、上陸許可をもらうまで、かなりの時間を喰っちまった。そのせいで、検問所をやっと抜けた時には、あたしたちは島民から注目を浴びていた。漁師や観光客はあたしの派手な制服が気になるらしく、遠巻きに眺めている。

 そのせいで無意識にスカートを押さえ、歩幅を小さくして港を歩くあたしがいた。

 

「しょーがないよ。ミツキは目を引くほど美人なんだよ」

 

 龍子がぽわぽわしながら、他人事の如く言う。

 

「美人が相手ならともかく、自分が美人でもうれしくねーよ」

 

「ふーん。ミツキ一号はふつーなのにさ」

 

「人をライダーみたいに言うなオラ」

 

「で。今後の予定は?」

 

「まず父島の資材集積所からマスターキーを入手して、次に母島の『誰か』にパスワードを教えてもらって、最後に南鳥島の軌道エレベーター管制塔でテュランノスの妨害を止める」

 

「へー。おつかいならすぐ終わるね」

 

 港からアスファルト道に出た時、あることに気付き、あたしは眉根を寄せた。

 

「そう上手く行く気はしないけどな」

 

 首から下げたスマートフォン――ライカが、警告を伝えてきた。

 

「おかあさん、なにかついてきています」

 

「ああ、知ってる」

 

 ミツキのレーダービジョンには時折、尾行者の影がちらついていた。どうも、光学迷彩を使用したアンドロイドのようだ。

 

「テュランノスの手先だろう。龍子、幻影で撒けるか」

 

「おーけい」

 

 龍子の

瞳から光が消えて、幻影が発動される。あたしたちの幻影だ。幻影は、あたしたちと逆の道を歩いてゆく。尾行者は幻影のあたしたちを追いかけ始め、レーダーから反応が遠ざかっていった。ひとまずはこれでいいな。けど、きっとあたしたちの行き先を、奴は知っている。集積所で絶対に何か仕掛けてくるはずだ。

 あたしは、ホルスターのレーザーカッターを撫でながら、集積場へと足を向けた。

 

 

 

 

 資材集積所は、父島の西にある巨大な浮き桟橋だ。人工衛星やマスドライバーの資材はここに集められ、軌道エレベーターで宇宙へと打ち上げられる……予定だった。

 父島に迫ろうかというほどだだっぴろい桟橋は、集積されたコンテナ群で埋め尽くされていた。その様々な大きさのコンテナの合間を縫って、ひっきりなしにロボットフォークリフトが行き来している。この景色にあるのはそれだけ。何か大事なものが抜け落ちている。

 

「人影がこれっぽっちもいやしない」

 

 嫌に、静かだった。作業員はみんな避難したのか、それとも何かの罠なのか。

 目の前に広がるコンテナ、コンテナ、コンテナ。この中からあたしたちは手のひらサイズのカードを探さなくちゃならない。

 

「これじゃあ鍵のありかを誰かに聞くこともできないね」

 

 龍子は水平線をぼーっと眺めながら言った。あたしは仁王立ちして、腕を組む。

 

「二人とも、マスターキーはどこにあると思う?」

 

 まずライカが答える。

 

「わかりません」

 

「知ってる。期待してない」

 

 次は龍子。

 

「わかんない」

 

「だろな」

 

 もっとも、あたしにもわからん。龍子が手をぷらぷらさせて聞いてくる。

 

「テュランノスは先回りして、もうマスターキーを棄てちゃったんじゃないかなあ」

 

「いいや。奴らはまだマスターキーを見つけてもないし、棄ててもいない。もし鍵を持ってるなら尾行するまでも無く、あたしたちを襲ってくるだろ。尾行するのは、マスターキーが欲しいからさ」

 

「ほほう。さえてるねーミツキちゃん」

 

 指を鳴らすしぐさをして、龍子は言った。その指はスカッと音を鳴らしただけだった。

王がマスターキーの在処を教えてくれなかったわけがなんとなくわかってきた。あたしたちが鍵の在処を知っているようなら、飛行艇を撃ち落として、ミツキのソウルサーキットを調べれば情報は手に入る。

 

「そりゃそうだ。あたしの生身がかかってるからよ」

 

 肩をすくめてあたしは言った。まあそれとだ。女王陛下を見捨てるわけにはいかないだろ? 誰かを見殺

しにするのは嫌な性質でね。

 

「んじゃ、そこらへんのフォークリフトをいじくって、資材の分布と品目を調べよっか」

 

「たのんだ」

 

 龍子が手招きすると、フォークリフトは従順にこちらまで駆け寄ってきた。

 堅牢なファイアウォールは龍子のハック能力であっさり解除された。ミツキのビジョンにもウィンドウが表示される。映し出された品目ウィンドウをスクロールさせるが、原子力電池や耐熱フレーム、レアメタル素材、対隕石バリュートなどなどと、どれもこれも宇宙設備の資材ばかりだ。

 

「この様子じゃここにはねーな」

 

 あたしが青空を仰いだ時、ライカが言った。

 

「レーダーにはんのうアリです」

 

 品目データばかりに気を取られていた。ライカに言われて、やっとあたしは背後の誰かに気付く。作業着姿の男性が何人か、こちらを伺っていた。咄嗟にあたしは太もものホルダーから、レーザーカッターを引き抜こうとした。

 

「ミツキ待って、敵じゃないみたい」

 

 龍子の手がレーザーカッターを握って、制止する。作業員の一人、浅黒い肌のリーダーらしい男性が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「すみません。左肩にある『オデュッセイアの薔薇』の紋章を拝見した所、あなた方は女王の軍勢とお見受けしますが……」

 

「そうですが、何用でしょうか」

 

「おお、これは失礼。私はこの集積場の管理者ハサンと申します。皆様の到着をお待ちしておりました」

 

 

 

 それから数分後。

 

 作業員の方々が何やら段取りをする脇で、あたしと龍子は、ハサン氏の差し入れを頂いていた。

 魔法瓶から注がれたお茶をすすりながら、あたしはハサン氏に聞く。

 

「マスターキーはあなた方が隠していたのですか」

 

「はい。今日の朝方でした、女王陛下から『マスターキーを決して見つからない場所へ保ておけ』という勅令を頂きまして」

 

 さすが、我らの司令官は手際がいい。性格はめんどくせえけどな。

 

 龍子はというと、差し入れのマンゴーにずっとかぶりついている。多分なにも聞いてねえな。

 

「おい、龍子。そろそろこっちに戻ってこい」

 

「だってこのマンゴーすごい甘くて、あ。これこそ味の宝石箱」

 

「はい、こっち見る」

 

ハサン氏が咳払いを立てたので、龍子の頭を掴みそっちへ向ける。

 

「で、おじさんはそのキーをどこにかくしたの?」

 

 間をおいて、マンゴーを食べ終えた龍子が聞いた。

 

「このはしけを固定している、錨の一つに括り付けてあります。水中となればレーダーも通りませんので。よし、錨を上げるんだ」

 

 作業員たちがクレーンを起動させると、鎖が巻き上げられ始めた。澄み切った海底から、錨が上ってくるのが見える。作業を観ながら、あたしはハサン氏に聞いた。

 

「ところで……ハサンさんは外国から来た人ですか?」

 

「ええ。作業員はこの国の人ですけれども。それがなにか?」

 

「どうしてまたこの国に?」

 

 そう聞くと、ハサン氏はにっこりと笑った。すこし寂しそうにも見えた。

 

「私は若いころ、祖国の大学で宇宙工学を学んでいたのです。机にかじりついてね。けれど祖国で内乱が始まってしまった。その時、私は強制的に兵役へ就かされたのです」

 

そう言って、ハサン氏はズボンの右裾を持ち上げた。そこには、機械製の義足がついている。ソウルサーキット駆動の義足のようだった。

 

「私は右足を砲弾で吹き飛ばされ、そのまま感染症で死ぬ運命でした。ですが私が死ぬ間際に、女王陛下が祖国の内乱を調停してくださった。それから女王陛下のおかげで、私は病院で治療を受けることができ、祖国からも戦争がなくなりました。だから私は自分の挑戦と、女王への恩返しを兼ねて、祖国を離れ、軌道エレベーターの建設に従事しているのです。現実的な話だと、兵役よりずっと良心的な待遇ですしね。休暇も取れますし」

 

「えーと。それはまた、お疲れ様です」

 

「いえいえ。私が志願して就いている仕事ですから。女王陛下は、いろんな人々が自由な生活をできるよう世界を変えてくださった。ほら、お目当てのものですよ」

 

 ハサンさんは大きな錨の付け根から、金色に光るマスターキーを抜き取って手渡してくれた。無地で金の板にも見間違えそうなマスターキー。あたしはハサン氏と握手を交わす。

 

「ありがとうございました。ハサンさん」

 

「では私たちはこれで。皆さんの成功を神に祈って」

 

「マンゴーおいしかったよー。おじさん」

 

 手を振り返しながら、作業員の方々は引き返していった。

 

 

 

 

 

「さて、これでマスターキーは手に入ったことだし次の島行くか」

 

「え。ゆっくりしたい」

 

 そうもいかんだろ。そう龍子へ言おうとした時だった。

 

「フハハハハハハハ!やっとマスターキーを手に入れたか! 女王の下僕よ!」

 

 変な声が聞こえた。

 

「ライカ、港の自衛隊に連絡してくれ、お客さんだ」

 

「ぽにょ。おかあさん」

 

 一瞬でわかる。今度こそおいでなすった。

 

 あたしはレーザーカッターを引き抜き、笑い声の方向へカッターを構えた。集積所の電燈の一つに、カモメに混じって最新型のアンドロイドが一体止まっていた。一つ目のセンサー(もっぱらモノアイ型と言う)があたしたちを見下ろしている。煙と馬鹿はなんとやら。

 

「偽物使いがこの国にもいるとはな。さて、女王の偽物使いよ!この反乱同盟軍の闘士サイクロンにそのカギを渡せ!」

 

「マカロンだかマキロンだか知らんが、ぺらっちいコードネームだな」

 

「ほ、ほほう? く、口は達者だなあ……!」

 

 女王の言った通り、テュランノスは反女王のゲリラを騙し、利用しているようだ。一筋縄ではいきそうにない。奴は戦闘用アンドロイドだ。カッサードなんかだったら、一瞬で壊されちまう。

 

 ちらっと龍子の方を見る。龍子は、瞳から光を消して、青空を睨んでいる。

 

「どきな。あたしは軍人でもテロリストでもない、誰でもないんだ。出来れば撃ちたくない」

 

 あたしはそう言いながら、レーザーカッターの引き金を絞り始める。

 

 

「無理と言う奴だ。我は貴様を討ち倒す」

 

「撃つのは撃たれる覚悟のある奴だけ、ってかい」

 

 直後、銃の射線が交錯する。レーザーカッターの光は逸れ、敵弾はミツキの左胸に突き刺さった。

 

「やったか!!ってほお!?」

 

だが、ミツキはとたんに黒い靄になって消えてゆく。そう、サイクロンは、龍子の生み出した幻影を撃っただけだった。

 

「なんだと、直撃させたはずだ!」

 

 サイクロンがまごついているうちに、次はミツキの数えきれぬ分身が、コンテナの影から続々湧いて出てくる。本物のあたしは笑う。全ては龍子の幻影投射のなせる業だ。サイクロンは一つ目を右往左往させながら、ますます混乱する。

 

「なっ、質量を持つ残像だと!」

 

「しかも脳波コントロールできる」

 

 どこからか、龍子のせいいっぱいな渋い声が聞こえる。誰の真似だ?それ。

 

「そうか! これがブリーフィングにあった幻影投射か!」

 

 背中のジェットを噴かせて、サイクロンは幻影から遠ざかる。飛び上がった空中から、サイクロンはライフルを連射した。弾があたしの頬をかすめた。あっぶね!

 

「このサイクロンの愛機『シュライク』を舐めるなよ!」

 

 だーもう。サイクロンは馬鹿っぽいが、腕は確かだぜこりゃ。急いで龍子をかかえて、コンテナへと身をひそめる。

 

「ええい、出てこい!」

 

 頭上をぴゅんぴゅんと弾丸が掠めてゆく。出ていく馬鹿がいるかい。

 そんな中でも、龍子はあたしの胸に顔をすりよせて、ご機嫌だ。

 

「ねーねー。さっきの幻影見た? すごかったでしょ」

 

「あーまあな。すぐばれちまったけどよ」

 

「ミツキって抱きごごちいいよね」

 

 割とその発言は、危険な香りがする。

 

「このミツキを作った女王に感謝するんだな」

 

 と、あたしは言い返した。どことなくミツキの顔が、女王と似ているのも癪だった。

 胸に収まる龍子はミツキの髪の房をにぎって、顔をぐっと近づけてきた。

 

「今はわたしがここにいるの」

 

「敵もいるぜ」

 

 龍子の調子はいつも通りだ。けれどこのままじゃヤバイんだよなこれ。幻影射程外からサイクロンは撃ってきやがる。あたしは度々レーザーカッターを応射するも、当たらない。そりゃそうだ、戦闘はド素人なんだから。

 

「ライカ、港の自衛隊はまだ来ないのか!? 呼んでんだろ!」

 

 と、聞くとライカが応答する。

 

「ダブルバインド。自衛隊は、じょおうとテュランノスのくいちがう命令で混乱しています」

 

 ジャミングで全世界を混乱させるテュランノスなら、自衛隊の通信を妨害するのもお手の物だろう。

 

「んなろー、怪獣相手よか楽でしょ」

 

 文句をこぼした時、コンテナを貫通した弾丸が、ミツキの右腕を吹き飛ばした。肘から下の制服を破かれて、あたしはぶっ飛ぶように倒れ込んだ。

 

「ミツキ!」

 

 血相を変えて龍子が叫ぶが、あたしは手で制した。こんなもん大したことない。

 

「大丈夫だって、計器は正常だ。それに関節は強い衝撃であえて外れるように造られていて……? あれ? なんだこれ」

 

 あたしは自分の右腕の状態に気付いた。外れた右腕は、壁掛け電話の受話器を落としたように、スプリングワイヤーでぶら下がっていた。腕自体にもスプリングワイヤーが仕込まれているとは、知らなかった。その右腕を見つめているうちに、あたしは一つの秘策をひらめいた。

 

「龍子、身体をかがめててくれ!」

 

「え、なにすんの」

 

「見てのお楽しみだ!」

 

 そう言ってから、腕を嵌め直して空に飛びあがった。あたしはロックオンしたサイクロンに、手のひらのアンカーを投げつけた。バトロイドの頭部メインセンサーに、がっちり磁石アンカーは食いついた。しめた。

 

「こんな移動用のバネでなんになる。早くおじぎをするのだ!」

 

「それはどうかな!」

 

 敵の照準が定まる前に、さっき思いついた必殺技を一か八かで放った。

 

「スプリングパーンチ!」

 

 古来からゴムぱっちんという罰ゲームがある。それと同じように手のスプリングを縮ませて、肘のスプリングを伸ばす。すると本家ロケットパンチのごとく、ミツキの腕は外れてサイクロン一直線に吹き飛んでいった。

 

「うぼげぉ!」

 

 威力は予想以上だった。音速を軽く超えたミツキの鉄拳は、アンドロイドの頭部にめり込み、メインセンサーをめちゃくちゃにぶち壊した。更に。

 

「まだまだぁ!スプリングキーック!」

 

 今度は肘のスプリングを縮ませて、ミツキ本体がサイクロン目がけて突進する。ワイヤーの磁力が桟橋にサイクロンを固定したせいで、奴には逃げ場がない。衝突直前でワイヤーの磁力を切り、勢いに任せてあたしはサイクロンへ音速ドロップキックを決めた。

 

「ぼへえうっ!」

 

 サイクロンはコンテナを巻き込みながら、桟橋の端っこまでぶっ飛んでいく。空高く舞い上がったコンテナが次々に海へ落ちていった。こうなれば敵はもう何も見えない、だがサイクロンはやおら立ち上がり、なおも抗戦する構えをとった。

弾丸が左肩に当たり、あたしはずっこけた。サイクロンは計器頼りに狙撃してきやがった!

 

「ここで殺られるものかよお!」

 

「殺るつもりはないってえの!」

 

 ミツキの被弾状況を確認しながらあたしは飛び跳ねる。幸い、弾は綺麗に貫通していたが、さっきのキックでコンテナが掃除されたせいで、隠れる場所がほとんどない。あたしはまだいい。しかし龍子が心配だ。

龍子へ覆いかぶさるようにあたしは伏せる。このままじゃあ、奴があたしたちを捉えるのも時間の問題……どうする?

 

「あーやべえ。万事休すだ」

 

 その時、ライカがうわごとのように言った。

 

「なにかがそらからふってきます」

 

「なんだ! 今空から何が降ってこようと嬉しかねえぞっ!」

 

 あたしが言い終えないうちに、桟橋に何かが突き刺さり、足場が激しく揺すぶられた。

 

「な、なんだ!地震!?TUNAMI!?」

 

 銃声はさすがに止んだ。はしけを砕き割りながら、着地したソレがすっと立ち上がる。その姿にあたしは唖然とした。

 

「カッサード?」

 

 目の前に、あたしの愛機、カッサードが棒立ちしていた。

 

 なんでカッサードが一人で動いている。カッサードはじっとミツキを見つめてきた。それは女王陛下の操作か。いや、アレはあたしだけが動かせる。

 なら考えられるのは一つだけ。これはカッサードに変身した『彼女』だ。右手を差し出して、カッサードはあたしに指示を乞う。

 

「どういうこったか知らねえが、お望み通りにやってるさ! カッサードゲットレディ! アビリティデバイス! アクティブ!」

 

 あたしはカッサードに駆け寄って、レーザーカッターをサイクロンに構えた。

 

「わ、わ!まだ揺れてる!? くらいよー!こわいよー!」

 

サイクロンはまだ混乱している。なんだこいつ。

背中合わせの二体の電力が並列する。カッサードの左手とミツキの右手を、重ね合わせる。ミツキの出力を何十倍も上回る偽カッサードの電源は、レーザーカッターの威力を増幅させた。

 臨界を超える前に、あたしは引き金を引いた。

 

「ファイア!」

 

「ここまでかあああああ!」

 

 強力なレーザーが、サイクロンの強固な装甲を食い破り貫通させる。そうして敵はのけ反り、背中から海へと落ちていった。情況が落ち着いてから、龍子がひょこっと立ち上がり、こう言う。

 

「あれ? ガンダムみたいに爆発しないの」

 

「アンドロイドの水素電槽が爆発するかよ」

 

「なんだ、ざんねん」

 

 何が残念なんだろか。そもそも爆発するのは雑魚ロボットであって、ガンダムじゃないと思う。

 

 

 

 

 カッサードはレーザーを撃ってから、微動だにしていない。ライカが言う。

 

「これはかっさーどじゃありませんね」

 

「ああ。いつまでタヌキ芝居やってんだ女王陛下」

 

 白い光を解き放ち、カッサードは本当の姿へと形を変える。光の中から現れた女王を見ても驚きはない。だが、その女王の傷ついた姿にあたしは二の句を喪った。

 

「あんた、どうしたんだその傷……」

 

 纏っているカーディガンはずたずたに引き裂かれて、白い光を放つ傷口はじわじわと広がっている。服が

本当に破れているわけではない。女王の構成要素が解体されようとしているんだ。

 

「流石に、この傷で大気圏突入は、堪える、な」

 

「え、いや。なにしてんのアンタ」

 

 前のめりに倒れかけた女王を、あたしは滑り込んで抱き留めた。大気圏突入?なんでそんなことを。龍子は女王の顔に手をかざして幻影投射を試みる。だが、その顔色はすぐれない。

 

「女王に、時限式のウィルスプログラムが仕込まれてる。女王を構成するプログラムが崩壊しかかってるよ」

 

「龍子、お前なら、なんとかできるんじゃ」

 

「これは女王以前のオールドウイルスデータだ。わたしには手の負えないものだね……」

 

 唇を噛みしめながら龍子は言った。嘘だろ? 頼みの龍子が通用しないなんて……!龍子の存在はテュランノスも織り込み済みってわけかい!

 

「どうしよう。女王のおかげでわたしは生きてこれたんだ。こんなのってないよ……」

 

 女王陛下の義体は、統制をなくし崩れつつある。摂氏何百度もある女王の熱が、あたしの制服を焦がしてゆく。苦しそうに悶える女王を抱えるだけじゃなにもかわりゃしない!

 

「なにか方法はないのか!」

 

 あたしが叫んだとき、思わぬところから助け舟が来た。

 

「じょおうをたすけます。デキソコナイじゃないところみせたげる」

 

 ライカだった。おそるおそるあたしは聞いた。

 

「……そりゃどういうことだ」

 

「ライカはふるいAIだから、ウィルスワクチンのじょうほうたくさんもってます。邪悪なアメリカ帝国のクラック攻撃とたたかった、ちょうたいこくソビエトユニオンなめたらいけないです」

 

 マジか。希望が見えてきた!

 

「ハラショー、お前は素晴らしいよ。で、どうすればいい!」

 

 スマホを取り出してあたしはライカに必死の思いで聞いた。

 

「ライカはじょおうへのアクセス権をもっていません。なのでまずライカをおかあさんにインストールしてください。そしてアクセス権を持っているおかあさんがじょおうとキスをする」

 

 ライカの最後の一言で、ショックのあまり目の前が真っ暗になった。

 

「……何だって?」

 

「ちゅー」

 

「うん、わざわざ言い直さなくていい」

 

 龍子に助けを求めようと振り返って、また女王へと振り戻る。龍子は瞳から光を無くし、放心して空を仰いでいた。軽くホラーだ。苦い顔であたしは迷った。ただ、もう猶予は残されていない。女王の身体はどんどん溶けてゆく。

 

 いや、もうこれしか方法はない!あたしは叫ぶ。

 

「ライカ、インストール!」

 

 ビジョンモニタには幼い少女のイメージが投影される。これが、ライカの自意識が作る姿らしい。ライカは、女王のそばに立って女王の唇を指さしている。

 

「今度はこっちの番ってわけか」

 深呼吸をして、あたしは腹をくくる。

 今すぐ、苦痛から解き放ってやりたい。それだけだ。機械だからなんだ。彼女は女の子には、違いないんだ。苦しそうな女王の吐息を、ミツキの唇は飲み込んで呼吸を重ね合わせた。

かぶりつくような接吻は、消えかけた女王の身体を現実につなぎとめる。ビジョンに映る幾つかの警告ウィンドウを閉じて、あたしは目を閉じて舌をもぐりこませる。疑似粘膜の接合によりミツキの義体を通じて、女王へとワクチンデータが転送されてゆく。

 女王陛下の表情から、苦痛が消えてゆく。何かを口にしようとして女王の舌が動き、瞼が不思議そうに開く。あたしと目と目が合い女王がすべてを理解した瞬間、女王陛下は忠臣のあたしをつきとばして飛びのいた。

 

「ぶ! 無礼者! これ以上触ると内蔵カッターで切り飛ばすぞ!」

 

「あんたにもあるのか。それ」

 

 ふと、天気が急に悪くなっていることに気付く。いや、これは現実の天気ではない。

 ライカが怯えたような声で言う。

 

「たつこがこわいです。おかあさんがかまってあげないから」

 

「あーそっか。振り返りたくない未来だな」

 

 この破滅的状況を整理するのにも、またかなりの時間を食ってしまった。

 

 


 
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