No.866136

水辺のほとりで

ロスサガ前提のシャカサガです。勢い投稿です。おかしなお話ですみません…

2016-08-29 15:24:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1793   閲覧ユーザー数:1779

 

観光客であふれるギリシャの首都アテネ。雲一つない青空の下、白い石壁の建物がひしめき合い、所々に遺る古代の史跡に大勢の人々が足を止めている。この賑わいの中心を、大変よく目立つ人物がひとり颯爽と横切っていた。純白のキトンに鮮やかなオレンジ色のマントを片側に巻き付け、古代ギリシャ風の衣装でありながらどこか僧侶のような雰囲気をたたえている。片手に薔薇の花束を少々ぞんざいに持ち、周囲の反応などまるで気にしていない。長いストレートの金髪が日に照り輝き、その様は神秘的で美しい。

しかし、これほど容姿端麗な面立ちでありながら、誰も声をかけるものはおらず、むしろ口をぽかんと開けた姿で皆この不思議な人物を見送った。男か女かわからない……いや、それ以前に、この人物が両目を閉じたまま平然と歩いていく姿があまりにも異様だったからである。

シャカは、さばさばした様子でアテネ郊外に構えている自身の別宮へと入っていった。

 

白亜の階段を上がり門前まで来ると、2人の若者が膝まづいてシャカを迎えた。彼の高弟シウ゛ァとアゴラである。

 

「おかえりなさいませ。お客様がお着きになっています。」

 

「一人か?」

 

「お二人です。いつものように中庭でお待ちです。」

 

「そうか。下がってよい。」

 

シャカが手で合図すると、2人は一礼して身を引いた。

 

 

 

「神殿」と呼んでもおかしくないほど豪奢な宮。聖戦終結後、黄金聖闘士はみなそれぞれ個人の求めに応じて、ギリシャ国内に限り別宮を与えられている。シャカの本拠地はインドではあるが、ここにも屋敷が欲しいと思い、処女宮以外に初めて別邸を得た。身の回りの世話をする高弟も呼び寄せて、しばらくこの地でゆっくりと身体を休め、今までそれほど関心のなかったギリシャの町並みを穏やかに眺める日々を送っている。

それに…シャカにはもう一つ、ここへ滞在する最もな理由といえるものがあった。その主に会いに、彼は微かな水音が響く美しい庭園へと入っていった。

 

四方を建物に囲まれ、外界の音がほとんど遮られた静かな空間に、常に清涼な水をたたえているプールが設けられている。その淵に、大きな布を片手に抱え座っている人物が見えた。純白の法衣に金の装飾品が施された姿で、笑顔でシャカに手を降っている。

 

わざわざ着いてこなくても、大丈夫なんだが…

 

思わずそう言葉が出そうになるが、いつものことなので仕方がない。相手の好意をシャカは微笑みで返した。布を持って立ち上がると、アイオロスはプールの中央に向かって声をかけた。

 

「サガ、出ておいで。シャカが帰ってきたよ。」

 

すうーっと水面が動き、特徴的な青銀色の髪が長く尾を引いた。次に白い腕と肩が現れ、シャカがまぶしそうに目を細めた。サガは笑顔でシャカの方へ振り返り、優雅に2人の待つプールの淵へと近づいた。

 

「今日は日和がいいですから、水が気持ちよいでしょう。」

 

シャカの言葉に、サガは再び笑顔で頷いた。プールからあがると、サガの身体が一瞬ふっと黄金色に光った。それだけで、彼の身体は完全に乾いてしまっていた。小宇宙というのは実に便利な力である。

アイオロスは慣れた手つきで彼に布を巻き付け、肩の合わせ部分をピンで留め、もう一つの長衣で腰を結んだ。その手順と早さにシャカはいつも驚かされる。少しもサガの肌を見られたくないという、アイオロスの気合いなのだろうか。彼の思い込みの強さに少々飽きれるが……

しかしながら、ギリシャ衣装をまとうサガの神々しさは、あらゆる感覚を超えて境地に達しているシャカですら、時として動揺してしまう。彼の髪と同じ色の刺繍糸で縁取られたパルメット模様のキトンがとても美しい。

ふと、サガの視線がシャカの手に握られた薔薇の花束に向けられた。

 

「ああ、これ。貴方にです。どうぞ。」

 

「買ってきてくれたのか?」

 

「まさか。アフロディーテからです。サガへのお見舞だそうですよ。」

 

「ちゃんと無害なやつだろうな。」

 

アイオロスの心配をよそに、サガは嬉しそうに受け取ったが、やはり無言のままだ。

サガは言葉が話せない。冥界との戦いの際、シャカから受けた技の後遺症で彼は未だに話す感覚を失っている。彼は唯一治癒の可能性を持つシャカの診察を受けるために、定期的にこの宮を訪れていた。

薔薇の香りを楽しむサガを、アイオロスは満足そうに見つめている。

 

「サガ、お前は綺麗だから花が似合うよ。」

 

「それよりアイオロス、あなた新教皇になったのに、こんなところにいていいのですか?」

 

シャカは少々冷たく言った。

 

「側近に任せてきた。こっちの方が遥かに大事な用事だ。」

 

シャカは肩をすくめると、今度は優しくサガに問いかけた。

 

「サガ、ゆっくりでいいですから、私の名前を言えますか。」

 

サガはすぐに唇を開いて勢いをつけたつもりだったが、深く吸った呼吸音が漏れただけだった。あきらめず、彼は必死に胸元に手を当てて声を発そうとした。

 

「あ…あ、あ、あ…」

 

サガの様子に、シャカはすぐに手で軽く唇を押さえて彼をなだめた。

 

「いいですよ、無理しないで。でも、以前より音は出るようになりましたね。」

 

シャカはサガの手をとり、ふかふかの白いムートンが敷かれている木陰へ連れて行った。もちろんアイオロスもしっかりサガに着いてくる。彼の発する動揺がひしひしと伝わってきて、シャカは少し苛立ちを感じた。

現在、サガは双子座の地位を弟カノンに譲り、アイオロスは若き新教皇として聖域をまとめている。2人とも悠々自適で公然の恋人同士だ。そこまで幸せを約束されているのに、この上何が心配だというのだ??

……サガの手を引きながら、もうじきアイオロスが「いつもの質問」をしてくるはずだと、シャカは構えた。

 

「なあ……いつも聞いて悪いんだが……」

 

「なんです?」

 

やっぱり聞いてきた。

 

「これしか治療法ってないのか?」

 

「ない。」

 

「ああ………そう……」

 

今にも息絶えそうな、アイオロスの消沈した声。彼には気の毒だが、最も効果のある治療法がこれしかないのだから、嘘ではない。早く治してあげたいとシャカも心から願っている。そのためには、当分これに耐えてもらわなくてはならない。おかしな話だが、もっとも耐えねばならないのは間違いなくアイオロスだろう。

 

3人で柔らかなムートンに座り、シャカはサガの両手をとった。すかさず、アイオロスは後ろから愛しい恋人を抱きしめ、その肩に頭を乗せてきつく目を閉じた。

 

早くやれ。早く終われ。

 

……アイオロスの心の声が聞こえてくる。余裕をなくして本心だだ漏れのアイオロスに、シャカはやれやれと思いつつ、今度は無邪気な顔で治療を待つサガを見つめた。膝に薔薇の花束を置き、エメラルドの瞳を輝かせてシャカを待っている。真のサガは驚くほど天然だ。

 

だから、私は貴方のことが好きなんです……

 

シャカは笑顔を浮かべて、無言でサガの唇を奪った。深く合わせられた唇の間から黄金色の光が漏れている。シャカからサガの喉に向かって次々と光の玉が送られていった。瞳を閉じ、素直に治療を受けるサガの純真さに、どこか甘酸っぱい気持ちが沸き起こってくる。一定量の小宇宙が送られ、シャカは唇をゆっくりと放した。途端に、サガは気を失ってアイオロスに寄りかかったので、彼はそのままサガをムートンの上に横たわらせた。

 

「今日もうまくいったみたいだな。」

 

「心地よく終われた時は全部成功です。繊細な感覚を取り戻すのは、容易なことではない。これからも”根気よく”通ってください。」

 

含みを込めたシャカの言い方に、不服そうにアイオロスは目を細めたが、とにかく終わったことに安堵して眠るサガの髪を優しく撫で始めた。

 

「じゃあ、あとはお願いします。」

 

「あ、ありがとうシャカ……」

 

シャカはアイオロスに微笑むと、宮の中へ入っていった。

 

 

自室に入ると、肩に流していたマントをとり、ソファにゆったりと身体を横たえた。弟子が用意してくれてあるお茶の香りが心地よい。窓の向こうには、木陰で仲睦まじく横たわる恋人たちが見える。窓枠が額縁のように見え、ここからの眺めはいつも最高だ。

 

「アイオロス…貴方には気の毒ですが、治療はかなり長くかかります。覚悟していなさい。」

 

シャカはクスクス笑いながら身を起こすと、小さな砂糖菓子を口に入れ、楽しそうにポットのお茶をカップへ注いだ。

 

 

 

 

 
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