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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ二十三

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2016-08-12 06:29:32 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:2178   閲覧ユーザー数:1978

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ二十三

 

 

「なーなー、鞠は本当に信虎のおばちゃんを許すのかー?」

 

 三日月は何の含みも無く、純粋な質問として問い掛けた。

 

「うんなの♪」

 

 鞠は明るく元気な笑顔で頷く。

 戦の終わった駿府屋形を鞠は昴とスバル隊、そして三日月と暁月も一緒に被害状況を確認して回っている最中だった。

 ザビエルの幻影が現れてからまだ三十分ほどしか経っていないので警戒の意味での集団行動である。

 しかし、夕霧もスバル隊の一員として一緒に居るので、暁月は姉の空気の読まない発言に、注意しようと三日月の袖の裾を小さく引いた。

 

「(三日月ちゃん。)」

「ん?なんだ、暁月。おしっこしたくなったのか?」

「違いますっ!」

 

 大きな声で否定したので皆に注目されてしまい、自分の意図と正反対の結果になってしまった。

 

(これなら否定などせず厠に三日月ちゃんを連れ出せばよかった………)

 

 後悔先に立たず。

 暁月の行動の意味を夕霧が理解出来ない筈も無く、夕霧が微妙な顔をしていた。

 

「罪を憎んで人を憎まずなの♪ね♪昴♪」

 

 鞠が笑顔を三日月、暁月、夕霧に向け、最後に昴の腕を取って顔を見上げる。

 昴が栄子を庇う時に言った言葉を、妻である自分がするのは当然だと言う訳である。

 昴は笑顔でそんな鞠の頭を優しく撫でる。

 

「偉い偉い♪イイコイイコしてあげる〜♪」

「わ〜いなの♪」

 

 はしゃぐ鞠に夕霧は何か言わなければと口を開きかけた時、沙綾がその肩にそっと手を置いた。

 

「(夕霧………)」

 

 沙綾は目配せで夕霧に促す。

 その視線の先には桃子と小百合が居た。

 

(あ………そうだったでやがります………)

 

 鞠の母、今川義元の首級を上げたのがこの二人だ。

 普段の仲の良さからつい忘れてしまうが、小百合と桃子が気にしていない筈がない。

 夕霧はこれも鞠が気を遣って二人に接しているからなのだと思い至った。

 夕霧が下手な事を言えば小百合と桃子に負い目を思い出させ、スバル隊の和が乱れる原因になると沙綾が教えてくれたのだ。

 沙綾に小さく頷いてから、夕霧は微笑みを浮かべて鞠に声を掛けた。

 

「鞠どの。母上の事、誠にありがとうでやがる。母上の罪の償いとは別に、夕霧は鞠どのに御礼をしたいでやがるよ♪」

「お礼?………う〜んとね………」

 

 本当はお詫びがしたいと言いたい所を言い換える。

 鞠もそれを理解した上で思案顔をした。

 ここで頑なに拒めば夕霧の武士としての矜持を傷付ける事になる。

 

「夕霧に鞠のお姉ちゃんになってほしいの♪それで鞠の事を『鞠どの』じゃなくて『鞠』って呼び捨てにしてほしいのっ♪」

「へ?…………夕霧がお姉ちゃんでやがるか?」

 

 どの様な要求でも聞く覚悟はしていたが、これは余りにも予想外だった。

 

「うんなの♪」

「………理由を……教えて頂いても良いでやがるか?」

「うんとね………」

 

 鞠は沈んだ表情になり語りだす。

 

「鞠はお母さんが生きてる頃も死んでからも、鞠ひとりで考えて答えを出して決めてたの。それは周りの人達の心が離れる原因だったと思うの………泰能が傍に居てくれた時は間に入ってくれたけど、お母さんが死んでからは泰能ばかり重用してるって思われちゃったの……」

「そこを…………母上が………」

「これは鞠が悪いの!鞠がもっとみんなとお話しして、信虎おばさんともお話しするべきだったの!そうすればっ!……………そうすれば駿府の人達が鬼にならずにすんでたと思うの………」

 

 鞠は穢された駿府の街を目にして、先ず未熟だった自分に怒りを覚えた。

 授業料とするには支払った物が余りにも大きすぎる。

 

「薫から聞いたの。光璃ちゃんは無口だけど夕霧ちゃんがしっかり補佐してるって。だから夕霧ちゃんにはお姉ちゃんとして鞠の悪い所を叱ってほしいのっ♪」

「………それは……同じ昴どのの嫁としても出来るでやがるよ。」

 

 夕霧は鞠がそこまで『姉妹』に拘るのか不思議に思い首を捻る。

 

「鞠が夕霧ちゃんの妹なら、信虎おばさんは信虎お母さんになるの♪鞠はお母さんに孝行できなかったから、その分を信虎おばさんにしたいの!信虎おばさんも穏やかにすごせれば、もっと落ち着くと思うの♪」

「…………………鞠どの………」

 

 夕霧は鞠がそこまで母信虎を気に掛けてくれている事に驚くと同時に感動させられた。

 

「判ったでやがる♪今から夕霧は姉、鞠は妹でやがる♪姉妹となったからには遠慮しないでやがるよっ♪」

「うんなのっ♪夕霧お姉ちゃんっ♪」

 

 夕霧が鞠を抱き締め頭を撫で、鞠も夕霧を抱き返して笑顔で頬擦りをする。

 その姿を見ていた泰能は手巾で目元を拭い微笑んでいた。

 

「うぅ………鞠さま………ご立派になられて………」

 

「まあ、儂らはとっくに竿姉妹じゃがの♪」

 

 泰能の横で沙綾が台無しな台詞をニヤニヤと宣う。

 

「鞠さまのお味方が増えるなら竿でも棒でも構いません。」

 

 その竿本体は栄子と一緒に夕霧と鞠を見て萌の世界に旅立っていた。

 泰能はそんな昴の様子よりも、駿府屋形の現状の方が気になっている。

 

「あの美しかった駿府屋形がこんな有様に…………」

 

 鬼によって汚された上に、鬼との戦いの爪跡が輪を掛けていた。

 大手門から馬出を抜け、本殿や蔵なども見て回って来たが何処も傷付き壁に穴が開いたり崩れたりしている。

 気落ちした顔の泰能に沙綾が慰める様に背中を叩いた。

 

「鬼に占拠されておったのじゃ。仕方の無い事よ。御山御坊も似た様な物じゃった。」

「獣の所業ならば致し方なし………ですか…………しかし、この壁の無残な崩れ方…」

 

「あ、それはオレが鬼をぶった斬った時に勢い余ってぶっ壊したトコだな♪」

 

 鞠と夕霧を見守っていた小夜叉が振り返り笑って教えると、綾那も笑ってその隣の丸窓の様に開いた大きな穴を指さす。

 

「こっちは綾那が鬼を三匹まとめて串刺しにした跡です♪」

 

「それならあっちのはボクが鉄砲槍で鬼を四匹まとめて撃ち抜いた穴だ♪」

「犬子だってこことあそことそっちに鬼と一緒に叩き斬った跡があるもんね!」

「夢だって負けてないですよ♪あっちとこっちとそっちとあっちは夢のです♪」

「穴の数なら八咫烏隊が一番だもんね〜♪鬼も壁もパパーンとハチの巣だー♪」

 

 はしゃぐ綾那、和奏、犬子、夢、雀を桃子と小百合が止めようとオロオロしだす。

 しかし、泰能は笑っていた。

 

「ほうほう♪皆様元気が有って宜しいですなあ♪」

「鞠も皆と一緒に戦いたかったの……」

「鞠さま。お気持ちはこの泰能、痛いほど良く判ります。ですが…」

「大将は全体を見て指示を出すのがお仕事なの♪」

「おおおおっ!鞠さまっ!ご立派ですっ!!この泰能!感動で涙が止まりませんっ!」

 

 そんな主従の遣り取りを見て、沙綾が昴の耳を引っ張った。

 

「(おい、昴。彼奴、口ではああ言いながら矢立を取り出して書き留めておるぞ。恐らくは駿府屋形の修繕費を割り振る参考にする気じゃ。)」

「(ええ!?そんな事したら、逆に援助してもらえなくなりますよっ!)」

「(じゃから奴には気を許すな。あれの中身は細川と変わらんからの。)」

 

 言われて昴は幽を思い出す。

 

(確かに幽さんって京で会ったばっかりの頃はお金の話ばっかりだった…………けど、なんだろう………幽さんよりももっと似た人が…………あ!………七乃さまと八椰さまだ………鞠ちゃんに接する態度が美羽さまや優羽さまに接する七乃さまと八椰さまにそっくりだし……)

 

 そうと判れば泰能に苦手意識の有った昴は、対策もしやすくなるとホッとする。

 

「(泰能どのの事は夕霧も注意しておくでやがるよ♪)」

 

 泰能とは今川家との外交で何度も顔を合わせていた夕霧がクスリと笑って昴の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 暁月は三日月の失言で立てた波風が、思わぬ結果に落ち着いたので驚き目を見張った。

 そんな時、建物の角を曲がると武田四天王が顔を突き合わせている所に出会す。

 

「おお、これは典厩さま。それに鞠さまに昴どの。屋形の検分でござるか。お疲れさまでござる。」

 

 春日が恭しく頭を下げると粉雪、心、兎々も倣って頭を下げた。

 

「春日、心、さっきはありがとうでやがる。姉上も二人の決断に喜んでいたでやがるよ♪」

「御屋形様が先代様の事でお悩みだったのは充分承知しており申した。御屋形様からいただいたご恩を思えば当然でござる。」

「はい。先代様が涙を流される姿を見て、祉狼さまが先代様の悪しき心を退治してくださったと確信いたしました。亡き母が謀反という形を取ってまで先代様をお諌めしようとしてできなかった無念を祉狼さまが晴らしてくださったのです。きっと母も草葉の陰で喜んでいる事でしょう………罪を憎んで人を憎まず。わたしは亡き母が望んだ先代様の姿を見届けるのが供養になると思います。」

 

 四天王の中で躑躅こと信虎に一番思う所の在る心がここまで言うのである。

 春日、粉雪、兎々が反対する筈が無かった。

 

「ねえねえ♪さっき心と春日と粉雪は祉狼お兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたの♪お嫁さんになったら鞠のお姉ちゃんなの♪いつお嫁さんになるの?」

 

 鞠の無邪気な質問に三人の顔が強張る。

 祉狼の嫁になる話は乾布摩擦の時に光璃が言い出したが、三人が決断したのは躑躅ヶ崎館を出発してからだった。

 夕霧もその時に一緒に居て当然知っていた。

 しかし、当の祉狼に伝えたのは躑躅の前で言ったあの時が初めてだ。

 にも拘わらず、祉狼は全く反応が無かった。

 最初は躑躅を説得する最中だったので、あの場は話を合わせたのだと思っていた。

 しかし、躑躅の説得が終わった後、祉狼は怪我人の治療に呼ばれ飛び出して行ってしまったのだった。

 

「あの……………もしかして祉狼に伝えたのはさっきが初めて?」

 

 空気を察した昴が三人へ申し訳なさそうに訊いた。

 三人揃って肩を落とし頷くので、昴は頭を押さえて盛大な溜息を吐き、続いて深々と頭を下げた。

 

「祉狼の幼馴染みとして、先ずは謝ります。あいつ、全っ然!気付いてませんっ!」

 

「「は?」」

「気付いてないって、どういう意味なんだぜ?あの時、春日はハッキリキッパイ良人に迎えるって言ったんだぜ!?」

 

「それが祉狼の不思議な……と言うか、もう呪いなんじゃないかって思わさる鈍さで………この間まではかなり改善されたと思ってたんですけど、また以前の激鈍魔人に戻ってますね。」

 

「なんでやがるか?その『げきにぶまじん』とは?」

 

 夕霧が見た限りの祉狼は、姉の良人に相応しい神の如き完璧超人だ。

 幼馴染みの昴が知る義兄の過去に興味が引かれた。

 

「祉狼のお父上である『医者王・華陀』さまなんだけど、百人以上の女性が気を引こうとして玉砕したとい伝説の持ち主で…」

 

 これには夕霧だけでは無く、スバル隊も含めた女性全員が眉を顰めた。

 

「更に…」

「まだ有るでやかるか!?」

 

「祉狼の伯父上。つまり三人の北郷一刀皇帝陛下は若い頃、まるで女心を察する事ができない鈍い人だったと華琳様を始め全ての奥様が口を揃えて笑う程の人なの………」

 

「え?皇太子である聖刀義兄上は女心の機微に敏いようでやがりますが…」

 

「あれは華琳様の血よ。だけど昔は皇帝陛下の一番似てほしくない所が似てしまったって誰もが思ったくらい鈍かったらしいわ。私は覚えて無いけど。」

 

 聖刀の正体が知れ渡っている現在、『あの聖刀を鈍くする程の血の力』と受け取られた。

 

「そんな血を二重に受け継いでいるのでやがりますか、祉狼義兄上は…………」

「でも大丈夫よ♪祉狼のやつは頭にバカが付くくらい素直だから、真っ正面からぶつかれば真っ直ぐ応えるから♪」

 

 春日と粉雪は昴の言葉を聞いて顔に精彩が戻る。

 

「おお!実に武士(もののふ)らしく潔い♪」

「あたいも回りくどいのは苦手だからその方がかえって気分がいいんだぜ♪」

「祉狼さまは武士ではなく、お医者さまなんですけど………でも、自分から口説くと考えると燃えてきますね♪」

 

 心も大人しく見えて武田四天王のひとりだ。

 攻めに回って怖じ気付くなど有り得ない。

 

「う〜ん、そうなってくると十六夜姉ちゃんは大丈夫なのかなぁ〜、暁月ぃ〜」

「十六夜姉さまは、やるときはやる人です!暁月と三日月ちゃんが協力すば大丈夫……………だと思います…………」

 

 昴は背後から聞こえて来た北条姉妹に会話に驚いて振り返る。

 

「み、三日月ちゃん!暁月ちゃん!それって十六夜ちゃんが祉狼を好きになったって事っ!?」

「え………あ、はい。お伝えしてませんでしたが、姉の十六夜は祉狼さまに憧れを抱いています。」

「それっていつから………」

「初めてお会いしたその日から………雪菜さんを慰める姿を見て素敵だったと言っていました。」

 

 昴は立ち眩みを起こしてその場にへたり込んだ。

 

「そ………そんな…………油断したわ…………」

 

 そんな昴の傍に栄子が突然現れ、口を耳元に寄せる。

 

「(昴さま!緊急事態です!)」

「なに…………十六夜ちゃんが祉狼をって話?………」

「(そちらはお耳に届きましたか………ならば松平康元様の事は?)」

「まつだいら?」

「(葵さまの妹君でとても愛らしい幼女さまなのですが………浜松城で祉狼様に嫁がれたとつい先程確認いたしました………)」

 

 奥歯を噛んで悔し涙を流しながら報告する栄子を、昴は目を見開き呆然と眺める。

 

(そんなまさか…………祉狼が幼女を嫁にするなんて…………年下は妹の様にしか見ないと思っていたのに…………)

 

「あの………十六夜姉さまが祉狼さまを好きになるのはやはり問題があったのでしょうか………」

「それはっ!…………………」

 

 自分を不安そうに見つめる暁月と三日月の顔を見て昴は心が決まった。

 

「大丈夫!私が根回しをして、十六夜ちゃんが祉狼に添い遂げられる様にしてみせるから!」

 

「昴さま!それは…」

「いいのよ、栄子………………私達が望む物は幼女の笑顔でしょう?十六夜ちゃんが祉狼を好きになったと言うなら、それを全力で支えて笑顔にしてあげるのが最高の喜びではなくて♪幼女の泣き顔は……………まあ、それも萌えるんだけどね、でも!やっぱり幼女には笑顔が一番なのよっ!」

「昴さまっ!……………なんて潔く、そして素晴らしいっ!この栄子!昴さまを主君と仰いだ事を、改めて誇りに思いますっ!」

 

 盛り上がる昴と栄子に少々腰が引けながらも、暁月は頭を下げて礼を言う。

 

「ありがとうございます。昴さん。私も頑張ります!」

「三日月もガンバルからして欲しいことはなんでもいってくれよなっ♪」

 

「それじゃあ一緒にお風呂…ゲフンゲフン!一緒に根回しに行きましょう!」

 

 張り切る昴を嫁達はジト目で眺め、ヒソヒソと話し合いを始める。

 

「(あれは逃がした獲物を追いかけるより、目の前の獲物を確実に手に入れようって顔だな。)」

「(六つも七つも同時に追いかけててたら、こうなるって判りそうな物だけどね〜。まあ、雛達がそう仕向けてたんだけど〜♪これぞ二兎を追う者一兎をも得ずの術〜♪)」

「(それでもまだ二兎追っかけてるけどね〜。)」

「(犬子さま、五人同時だった桃子達が言っても説得力無い気が………)」

「(いやいや桃子!小百合達は自分から昴さまに言い寄ってるから、この場合と違うでしょ!)」

「(それを言ったら雀もお姉ちゃんも自分からだよね。しかも八咫烏隊全員と夢ちゃんと熊ちゃんも一緒だったし………)」

「(…………………………)」

 

 烏は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「(今はそんなことより、夢達は美空さまに頼まれた事を遂行するですよ!)」

「(空と名月と愛菜を祉狼の嫁にするから時間を稼いでくれっちゅうヤツやろ。うさやんの仁義の為にも気張ったるけど、葵の妹があんじょう行ったからってあの三人はわからんで。)」

 

「ちょっと待つです!殿さんの妹ってなんです!?藤さまがどうかしたですか?」

 

「(綾那!声がでかいわっ!松平康元様は祉狼どのの嫁御となられたのじゃ!)」

 

 初めて聞かされた話に、綾那は何を思ったか突然走り出した。

 

『『『綾那!』』』

 

「ちょっと歌夜の所に行ってくるですっ!」

「こらっ!待たんか、綾那っ!」

 

「ほっとけよ。あいつなら納得すれば戻って来んだろ。」

「小夜叉の言う通りなの。それよりも光璃ちゃんに兎々の事も頼まれてるの。」

 

 今度は武田四天王の方へ全員で振り返り兎々に注目した。

 ひとり春日達を励ましていた兎々が視線に気付き振り返ると、テケテケと走ってやって来る。

 

「典厩さまーー!兎々は御屋形様に典厩さまの下に就くように言われましたのれす!バリバリ頑張るのれろーーんとお任せくらさい♪」

 

 意気揚々と明るく語る兎々だが、夕霧は曖昧な笑顔をしていた。

 

「姉上………容赦ないでやがる…………」

「?……なるほろ♪御屋形様は兎々にスバル隊を容赦なく鍛えろとおっしゃっているのれすね♪兎々と典厩さまれバリバリ鍛えてやりましょう♪」

「そ、そうでやがるな……………取り敢えず今は昴どのと一緒に春日達と十六夜どのの手助けをするでやがるよ。」

「へ?…………それは今から祉狼ろのの所へ行くということれすか?……………」

「どうしたでやがる、兎々?急に元気が無くなったでやがるよ?」

「ええと……その……誠に申し上げにくいれすが………兎々はあの方が苦手なのれす………」

 

 夕霧は兎々が祉狼を光璃の良人と認めている事に気が付き、その上で苦手と言うので不思議に思った。

 

「祉狼義兄上のどこがでやがるか?」

「祉狼ろのは人の話を聞かない時があるのれす………それが決まって善意からの時なのれ余計に言い返し(るら)いのれすよ………」

 

 言われて夕霧は納得した。

 兎々は『退き弾正』と呼ばれているがそれは半羽と少々違い、戦の時に今の策では勝てないと判断したら戦端を開く前に隊を退かせ、即座に必勝の策を練り上げて再び攻め寄せるのだ。

 そんな兎々に取って主君の良人と認めた祉狼の行動は、例えるなら天災の様な物で、近付かないのが一番の身を守る方法という訳である。

 

「わかるよ〜、兎々ちゃん。雛も祉狼くんのノリには着いて行けないもんねぇ〜」

「雛もそうなのら!?」

 

 雛と兎々は先日乾布摩擦大会の時の救出以仲良くなっていた。

 

「まあね〜、まあ、それは置いといて〜♪今は十六夜さまも探して、まとめてお悩み解決しちゃお〜♪連合の結束をはかるのだ〜♪」

「ふむ、確かに雛の言う通りなのら。あのザビエルを倒す為に連合はもっとひとつにならないとらめなのら!」

 

 兎々が乗り気になったのを見て、雛は昴に向かってサムズアップして見せる。

 

「それじゃあ、みんな!出発よっ♪栄子、十六夜ちゃんの居場所は掴んでる!?」

「はっ!ご案内いたしますっ♪」

 

 勇んで先に進む昴を見て、沙綾は大きく溜息を吐き独り言ちる。

 

「結局は複数の兎を追い掛けておるではないか……………ま、儂も捕まった一羽じゃから大きな事は言えんか。かか♪」

 

 

 

 

 荒れ果てた駿府屋形の大手門前。

 やはり荒れ果てた駿府の街並みの中に幾つもの天幕とゴットヴェイドー隊の赤十字旗が立てられていた。

 天幕は祉狼、貂蝉、卑弥呼が走り抜けて建物を吹き飛ばした跡の更地に並んでおり、その天幕群の中から祉狼の声が轟く。

 

「元気にっ!なれぇえええええええええええええええええええっ!」

 

 鬼の爪で傷付いた足軽の少女は、塞がって行く自分の傷よりも祉狼の顔を熱い眼差しで見つめ、心ここに有らずといった顔だ。

 

「もう大丈夫だ♪………ん?まだ具合が悪いのかな………」

「は、はい…………胸が苦しくなって……」

 

「はいはいはい!治療が終わったのなら早くお行きなさいまし!さもないと今度は織田家長尾家の鬼がやって来ますわよ!」

 

 梅が急き立てると足軽の少女は体を跳ねさせ我に返り、慌てて治療場として区切った陣幕から飛び出していった。

 織田家長尾家の鬼というのが相当効いた様である。

 結菜、壬月、麦穂、雹子、貞子と、誰が出て来ても恐ろしい未来しか想像出来ないのだから当然だろう。

 

「梅、あの人は顔が赤かったぞ。きっとまだ体調が戻ってない…」

「あれは体調ではなく、心の病に掛かりかけていたのですわ!」

 

 梅は腰に手を当てて祉狼に「メッ!」と叱る様に顰めた顔を近付けた。

 

「心の病か。それなら話を聞いてあげた方が…」

「それはエーリカさんや雫さん、何でしたらわたくしが後で聞いておきますからご安心なさいませ(この場に居たら間違いなく症状が悪化いたしますものっ!)」

 

「そうか?…………うん、そうだな♪頼りにするよ、梅♪」

「はい♪お任せくださいまし、ハニー♪(ああ♥わたくしの方がこの病の重症患者ですのよ、ハニー♥)」

「それじゃあ、次の患者を呼んであげてくれ。」

「畏まりましたわ、ハニー♥」

 

 梅は陣幕の出入口に向かって軽やかに歩いて行く。

 

(このナース服という物を着てハニーの助手を務める至福のひと時♪ナース服と聞いた時は貂蝉様や卑弥呼様のお召し物かと思いましたけど…)

 

 そう。梅は今、純白のナース服を着ていた。

 房都に在る病院の制服であり、一刀たちがデザインしたナース服だ。

 一刀たちの拘りでナースキャップも完備している。

 梅が着ているのは聖刀がこちらの仕立屋に指導して作られたのだ。

 くじ引きで祉狼の助手を決めたのだが、幸運力を発揮して見事に梅がゲットした。

 

「貂蝉様と卑弥呼様のお召し物はさすがに………よ、夜にハニーの床へ侍る時ならば………」

 

 妄想を膨らませながら陣幕を開くと、そこには女性の足軽や組頭だけが列を作って順番待ちをしていた。

 

「ちょ、ちょっと、何で女性ばかりですのっ!?」

「あ、梅ちゃん!次の患者さんを案内してもいいよね?」

「ひよさん!何ですの、この状況はっ!?」

「何って患者さんだけど………梅ちゃんズルいなぁ。私も『なあす服』着たいよぉ……」

「患者は判りますわっ!ナース服も順次完成して届きますから我慢なさいまし!それよりもどうして男性の患者がひとりもいませんのっ!?」

「ああ、男性の怪我人は貂蝉様と卑弥呼様が担当してくださって…」

 

「……………………………………それって大丈夫ですの?」

 

「かの有名な官渡の戦いで百万人は治療したっておっしゃってましたよ。」

「百万人って………どう考えても参戦した敵味方の数より桁が大きいと思うのですけど………」

「治療が終わった人は静かに寝てるから大丈夫だよ♪」

「そ、そうでうの?それなら……」

「寝てる人がみんなキモイキモイってうわ言を言ってるけど。」

 

「それって全然大丈夫ではありませんわよねっ!」

 

 貂蝉と卑弥呼の治療現場が気になるが、この場をどうするかが優先と判断し、梅は治療を待つ女性達に目を凝らし耳を澄ます。

 

「(次の人はまだ呼ばれないのかしら?)」

「(ああ♥早く祉狼さまにお会いしたい♥)」

「(ちょっと!あなた、結構傷が深いわよ!大丈夫なの!?)」

「(し、祉狼さまに治していただけるの……で、ですもの………しんでたまるもんですかっ!)」

 

 梅は陣幕の中に引っ込んで十字を切った。

 

「命を懸けるとは見事な恋心ですけど………それで死なれては寝覚めが悪すぎますわ!」

「ねえ、梅ちゃん。早く次の人を通さないと本当に死人が出ちゃう…」

 

 ひよ子が陣幕から頭だけ入れてそう言ったが、梅の耳には届いていない。

 

「ハニーーー!緊急事態ですわ!待っている患者さんを一気に治していただく事はできまして!?」

「おう!任せろっ!!」

 

 祉狼が床几から立ち上がると梅は陣幕を開いて患者の行列を敢えて見せた。

 

「まだそんなに居たのか!確かに緊急事態だ!行くぞっ!」

 

 祉狼が患者を目にして医者魂に火が点かない訳が無いと梅は確信しての行動だ。

 

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!

我が身!我が鍼と一つなりっ!

一鍼胴体!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅!!」

 

 湧き上がる凰羅を瞳にも燃やして手甲から鍼を引き抜いた。

 

「ゴットヴェイドオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

元気にっ!なれえぇええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 祉狼は地を蹴り、疾風となって患者の列に飛び出した。

 そして最後尾まで移動する間に全員のツボへ鍼を打つ。

 人数にして百人程、距離にして一町弱を僅か三秒で駆け抜けた。

 

「治療……………完了っ!!」

 

「ひゃぁあああああああああっ!し、祉狼さ!?」

「祉狼さまっ♪」

 

 最後尾には列の整理を手伝っていた雪菜と藤が居た。

 

「はぁああああぁぁぁ………びっくらこいただ……突然現れっから心の臓さ止まりそうになったべさ………」

「あはは♪雪菜さんったら驚きすぎです♪」

 

 雪菜が驚いて尻餅を着いたのを藤が手を伸ばして引っ張り起こす。

 

「ところで、祉狼さま。治療完了って、ここに居るみんなの治療を今ので終わらせたんですか?」

「ああ♪そうだぞ、藤♪今から結果を確認するから二人共手伝ってくれ!」

「はい♪」

「任せてくんろ♪」

 

 三人で患者の女性達の状態を確認して先頭に向かって行く。

 女性達は鬼の毒の苦しさが消えると現金な物で、祉狼に早速熱い視線を送り始めた。

 祉狼から離れた所では黄色い声まで上がり始めている。

 そこにナース服姿の梅が目を吊り上げて全力疾走して来て、その後をひよ子と列の中程で整理をしていた転子が追い掛けて来た。

 

「ハニーーーーーーーっ!確認はわたくし達がしますのでハニーは陣幕にお戻りくださいましっ!」

「いや、今回は大急ぎで鍼を打ったからしっかり確認しないと駄目だ!」

 

 梅は急制動を掛けて祉狼の目の前でとまると荒くなった息のまま無理矢理言葉を紡ぐ。

 

「ハア!ハア!…ハ、ハニーの…ハア!…お仕事に…ハア!…対する姿勢は…ハア!…ご立派ですけど………ハア!…」

「梅ちゃん!裾っ!裾っ!」

「めくれて見えちゃってるよっ!」

 

 梅のナース服はミニのタイトスカート型だったので、全力疾走をすれば当然の結果として裾が捲れてズリ上がり真っ赤で派手な下着が丸見えになっていた。

 

「きゃっ………まあ、男性の目がハニーだけですから………」

 

 そう言いながらも顔を赤くしてスカートを直す。

 しかし、これが梅にとって良い結果を生んだ。

 

「(忠三郎さまの下着って……)」

「(わ、私着替えに戻る……)」

「(私も!今着けてるのなんて祉狼さまに見られたくない…)」

 

 怪我が治った事で心に余裕が出来、乙女心が彼女達に戻っていた。

 戦で汚れた下着のままなのだから、梅の色鮮やかな下着を見せられ目が覚めたといった所だ。

 女性達は祉狼に頭を下げて礼を言うと、そそくさと自分の隊に戻って行く。

 

「あ、あら?……………」

「スゴいよ梅ちゃん!」

「怪我の功名………だよね、これも……」

 

 呆気に取られる梅と、素直に喜ぶひよ子、苦笑いをする転子。

 真っ赤な顔の雪菜と藤だが、梅にそそっと近寄り小声で話し掛ける。

 

「(梅ちゃんっていつもそんなの履いてるのけ?)」

「(堺ですか!?やっぱり南蛮商人から買ったのですか!?)」

「それは、その………」

 

 いつもなら自慢気に話す所だが、祉狼が自分の下着を見て何の反応も無い事に、判ってはいたがショックを受けて落ち込んでいた。

 

「女性が身嗜みを大事にするのは判るが、治療の時くらいは気にしなくても良いと思うんだがな。」

 

 こんな事を言い出すのだから、祉狼が問題の根本を判っていないのは明らかだ。

 梅、ひよ子、転子の三人は勿論、雪菜と藤までが大きな溜息を吐いて肩を落とす。

 

「むむむ………これが女心という物か………難しいな………」

「むむむじゃないよ、祉狼。もっと女心を勉強しなきゃ。」

「え?聖刀兄さん!いつの間に?」

 

 祉狼が振り向けば聖刀とその奥さん六人が揃っていた。

 

「今来た所だよ♪事のあらましは歩きながら見てたけどね♪」

 

 聖刀の言葉に梅の顔が再び真っ赤になる。

 

「そ、それってつまり…」

「梅殿。もっと恥じらいを持って頂かないと困りますな。尤も今のはこの悠季が聖刀さまに目隠しをして見せないように致しましたけど。」

「いやいや、中々に気合が入っておって良かったぞ♪なあ、白百合♪」

「うむ、良い物を見せてもろうたわ♪あれを見て祉狼どののこの反応では蒲生の末娘が気の毒であるな。葵も妹が心配であろう♪」

「葵はその…………祉狼さまは今のままの方が宜しいと存じます。祉狼さまのお役目上、足軽や雑兵の肌を見る事は多いでしょうから、清廉であらせられるべきかと。」

「葵ちゃんの言う通りかな?薫も今のままの祉狼くんの方がお姉ちゃんは喜ぶと思うし♪ねえ、狸狐ちゃん♪」

「祉狼さまが女心を理解される様になるのは良い事だと思います。女性の身体に反応するかは………一長一短ですね。詩乃が愚痴をこぼすくらいだから良人しては問題です。ですが、後日北条氏康様とお会いする事になりますから、今のままの方が下手な興味を引かずにすむでしょうね。」

 

 狸狐は十六夜の事を敢えて口にしない。

 まだ結菜に伝えていないのと、勝手に十六夜の気持ちを伝えるのはそれこそ乙女心を傷付けると思ったからだ。

 

「色々噂を聞くけど、氏康さんってそんなに危険人物なの?」

 

 聖刀の問いに悠季が答える。

 

「武勇は地黄八幡と呼ばれる北条綱成殿の方が上ですが、その武勇も氏康様の知略に支えられた物と専らの評判です。危険度で言えば………方向性は違いますが白百合どのと同等かと♪」

 

 悠季はイタズラっぽく笑って白百合を見た。

 白百合も面白がってクツクツと笑い出す。

 

「我は後北条の現当主に逢うた事は無いが、聖刀さまをかの者に逢わせたくないのぉ。」

「そんな物は聖刀次第じゃ。のう、薫♪」

「え!?あ…あはははは………」

 

 桐琴は油断していると薫の時と同じになると注意しているのだ。

 聖刀も薫と一緒に笑って誤魔化す。

 

「殿さんと藤さま見つけたですーーーーーっ!」

 

「「この声は綾那!?」」

「相変わらず騒がしいですな、従妹殿は。」

 

 葵と藤の姉妹は声を揃えて振り返り、悠季は蟀谷を押さえて大きく溜息を吐いた。

 立ち並ぶ天幕の向こう、駿府屋形の大手門の方から土煙を上げて綾那がひとりで突進して来て、先程の梅と同じ様に急制動で葵と藤の前で止まった。

 

「藤さまが祉狼さまと夫婦になったってホントです!?」

「本当ですよ、綾那♪藤は祉狼さまの妻となりました♪」

 

 藤は嬉しそうに言うが、綾那は不満そうに口を尖らせていた。

 

「綾那はその話をうささんから初めて聞いたですよ………」

「うささんって、越後の宇佐美定満殿の事?」

「ですぅ………なんでうささんが知ってて綾那が知らされてないですか?………歌夜に訊こうと探したですけど、先に殿さんと藤さまを見つけたから直接訊きにきたです!」

「それは藤が綾那を驚かそうと思ったからだよ♪」

 

 笑って言う藤を綾那はキョトンとした顔で見つめた。

 

「ほえ?…………綾那を驚かすですか?」

「だって、綾那ったら三河を出発してから全然手紙をくれないんだもん。お姉さまと歌夜の手紙で綾那がお嫁さんになったって知って藤はスゴくビックリしたんだからね!」

「あうぅ…………それは綾那が手紙を書くのが苦手で………ゴニョゴニョ…」

 

 最初の勢いは完全に消え去り、綾那は小さな体を更に小さくして上目遣いで言い訳をした。

 

「ねえねえ♪それよりも綾那の良人になった天人の昴さんっでどんな人!?お姉さまも歌夜も全然手紙に書いてくれないんだもん。」

「とっても強くて優しい人なのです♪綾那、まだ一度も勝てたことないのですよ♪」

「そんなに強いの!?………どんな人なんだろう………」

 

「後で会えますよ、藤。それよりも…」

 

 葵が割って入り、藤に聖刀の姿を示す。

 

「あっ!も、申し訳ございません!お、お初にお目にかかります!葵お姉さまの妹の松平藤康元です!」

「はじめまして、藤ちゃん♪お姉さんの良人になった北郷聖刀です♪よろしくね♪それから祉狼の事をお願いします♪」

 

 仮面越しでも伝わる聖刀の優しさに、藤は緊張が解けて笑顔になる。

 

「はい♪こちらこそです♪聖刀お兄さまっ♪」

 

 聖刀は藤に頷いた後、雪菜にも振り向く。

 

「雪菜ちゃんも♪祉狼が色々と心配を掛けると思うけど、よろしくね♪」

 

 雪菜は自分が正式に祉狼の妻となった事が聖刀に伝わっていると知って、顔を赤くしながらも丁寧に頭を下げる。

 

「こちらこそ改めてお願いしますだ。オラにできる事を精一杯頑張らせて頂きますだよ。」

 

 聖刀は躑躅ヶ崎館で別れた時に有った悲壮感が雪菜から薄れている事に満足して頷いた。

 

「さて、祉狼の仕事も一段落着いたみたいだし、一度評定の間に行こうか♪」

 

 

 

 

 駿府屋形の評定の間に久遠、一葉、美空、光璃、眞琴の各国当主と結菜、半羽、双葉、幽、秋子、詩乃、雫、市そして躑躅が集まっていた。

 

「こうして武田家ご先代、武田躑躅様の救出と駿府屋形の奪還は成りました。しかし、我ら連合の次なる戦は既に始まっております。関東の鬼と戦っている北条軍の援護に向かわねばなりません。その為にも早急に態勢を整える必要がございます。」

 

 進行役を務める詩乃の言葉に全員が頷く。

 

「うむ。全軍と言わず、準備の出来た隊を順次出発させるべきだと我は思う。」

「余は久遠の意見に賛成じゃ。愚図愚図しておって氏康が敗れては取り返しが難しくなるぞ。」

「今度こそあのザビエルのニヤケ顔に三昧耶曼荼羅を直接叩き込んでやるわっ!」

「美空さん!その時はボクの御家流も一緒にやらせて下さい!義景姉さまの恨みをボクが代わってぶつけてやりたいんですっ!」

「まこっちゃんがやるなら市もやるよーーーっ!」

「ええっ!市の技は直接攻撃だから駄目だよ!」

「ぶぅーーー!市はもっと暴れたいのにぃ!」

「はっはっは♪お市どのは今日の戦いであれだけ鬼を叩きのめしてまだ足りませんか♪ああ、そうそう、一葉さま。足利衆はいくら準備が早く終わっても先陣にはなりませんぞ。」

「なんじゃと、幽っ!」

「当然です。って、何度同じ事を説明すれば判っていただけるのですかっ!」

「余は考えを改める気はないぞ♪これは既に根比べじゃ♪」

 

 一葉と幽の遣り取りを初めて見る半羽は驚きに目を見開いた後、小さな溜息を吐いた。

 

「結菜さま………久遠さまが何故公方様と意気投合なされたか、合点がいきましたわ………」

「でしょう………似てるのよね、あの二人………」

 

 評定の間がざわつき始め、雫が不安そうに詩乃を見て助け船を出そうかと目配せするが、詩乃は大丈夫だと笑顔で頷く。

 

「祉狼さまの事ですが…」

 

 このひと言で場が静まり、詩乃へ注目が集まった。

 

「この度は救援が第一の目的となるので、先行すると間違い無く仰られるでしょう。」

 

「デアルナ。」

「でしょうね。」

「祉狼なら必ず言い出す。」

「うむ♪それでこそ余の主様じゃ♪」

 

「ち・が・い・ま・すっ!ザビエルが祉狼どのを狙っているのは変わっていなのですから、先行させない様にしなければいけないのですっ!」

「そこはほれ、余が主様の傍らに立ち、常に守っておれば大丈夫じゃ♪おお!咄嗟に出た考えじゃが実に合理的であろう♪」

 

 自分の我が儘放題を合理的と言える征夷大将軍に、その側仕えは開いた口が塞がらない。

 

「あら、一葉さま。祉狼の護衛なら私が引き受けるわよ♪ノコノコ現れたザビエルに三昧耶曼荼羅をぶちかますのに丁度良いでしょうし♪」

「お、御大将!何を言い出すんですかっ!?」

「あら、秋子。あなたは祉狼と行軍したくないの♪」

「それはしたいですっ!」

 

 またしても場が騒然とし始め、流石に詩乃も今度は止める手立てが思い付かない。

 

「婿殿は人気者じゃのう、光璃♪」

「うん♪祉狼は素敵だから♪」

「ふむふむ♪ならば先程、久遠どのが言われた通り先に準備の整った隊に祉狼どのの護衛と先陣、一番槍を任せるとしてはどうじゃ?これならば皆、準備に一層の励みが出よう♪」

 

 躑躅の提案に久遠、一葉、美空、光璃、眞琴、市の目の色が変わる。

 

 と、その時。

 昴達が評定の間に到着した。

 

「失礼致します!」

 

 大音声で堂々と入室する昴へ部屋の中に居た全員の視線が集中する。

 

「おお♪昴どの♪夕霧も一緒か♪よしよし♪」

 

 躑躅は三昧耶曼荼羅の浄化を受けてから完全に角が取れていて、昔の『信虎』を知る者が見たら似た顔の別人だと思うに違いない変わり様になっていた。

 光璃と夕霧は良い意味で変わった母を優しい笑顔で見つめる。

 

「で、孫はできたかの?」

 

 光璃は生まれて初めてズッコケる夕霧を見た。

 

「は、母上…………いくらなんでも、さっきの今でそれは無いでやがるよ………」

「いやいや、これだけの時間があれば一回や二回は…………」

「してないでやがりますっ!」

 

 夕霧が顔を真っ赤にして否定すると、躑躅はショボンと項垂れ目に涙を浮かべだした。

 こうなって来ると寧ろボ…………認知症の様である。

 

「夕霧がお母さんイジメた………」

「姉上ぇ〜〜!」

 

 思い掛けない躑躅の言動に殺がれた気力を再び奮って、昴は結菜の前に正座して深々と頭を下げる。

 

「結菜さま!春日さん、粉雪ちゃん、心ちゃんが結菜さまに伝えたき義がございますので、お聞き届け願いますでしょうか!」

 

「それって…………はい、承知しました。」

 

 結菜は直ぐに察して居住まいを正し、三人を迎える。

 春日、粉雪、心の三人も昴に倣って正座をし、一度平伏してから毅然と結菜の目を見た。

 

「代表して申し上げる。拙、馬場美濃守春日信房。並びに山県三郎兵衛尉粉雪昌景、内藤修理亮心昌秀の三名。武田が御屋形様、武田大膳大夫から華旉伯元祉狼様の愛妾となる事を内諾頂きました。つきましては祉狼様の奥を管理されておられる斎藤結菜様、並びにご正室、ご側室、愛妾の方々にお認め頂きたく参上仕りまして御座います!」

 

 再び平伏する三人に、結菜も毅然とした態度で返答する。

 

「光璃さまがお許しになっているのであれば私に否はありません。他の正室方、側室方も異存がお有りならこの場にてお申し上げください。」

 

 当然、異を唱える者はひとりもおらず、結菜は了承しようと口を開き掛けた時、またも躑躅がポソリと口を挟んだ。

 

「先程、お主らは祉狼どのの妻となったと言うておらなんだか?」

「いえ、先程は『祉狼さまを良人に迎える所存』と申し上げたのです、先代様。」

「おお!そうであった♪」

 

 ここまでならまだ良かったのだが、躑躅は更にとんでもない勘違いを口にした。

 

「ならば子が先に出来てしもうたか♪その様な事もあろうさ♪産まれたら我も孫の様に可愛がって良いかのぉ♪」

 

 場の空気が一瞬で凍りついた。

 当の躑躅は空気が読めずニコニコと返事を待っている。

 春日、粉雪、心の三人は否定したいが、先程の夕霧の時みたいに躑躅を泣かせてしまわない様に言葉を選ぶが、焦ってしまい言葉にならない声を上げてアタフタしだした。

 

「少々お待ちを!実はさっき、祉狼がまたやらかしまして………」

 

 昴が急いで間に入り、事の次第を説明した。

 

「なんじゃ。あの時の祉狼どのが平然としておったから、てっきりもう深い仲になっておると勘違いしてしもうたわ…………祉狼どのは超が付く程の朴念仁であったか………」

 

 躑躅はがっかりしているが、泣き出す事は無かったので三人も胸を撫で下ろした。

 場の空気も一転して三人に同情的な物になっている。

 

「はぁああああああ…………祉狼ったら…………判りました。そういう事なら早速今夜に何とかするわ。」

 

 凍りついた空気が溶けたのと一緒にお堅い雰囲気まで溶けて、結菜の口調もいつもの物になっていた。

 しかし、その内容に春日達三人が驚きの声をあげる。

 

「こ、今夜でござるか!?」

「ええ。ついさっき、そうしなきゃならない全軍の方針が決まったのよ。詳しい事は後で詩乃と雫から聞いてちょうだい。」

「畏まった。全て結菜様の指示に従いましょう。」

 

 奥に関する事は春日達にはまだ判らないので、全面的に任せる事にした。

 春日達の件は解決したので、昴は次に十六夜の話をする。

 

「結菜さま、実はもう一件ご相談がございます。」

「それも急ぎなの?」

「はい。連合の未来を左右する程に。」

「……………いいわ。話してちょうだい。」

 

 連合の未来を左右する程で、久遠や聖刀では無く自分に相談しなければならない案件だと理解した結菜は緩んだ気持ちをもう一度引き締める。

 

「十六夜ちゃんが祉狼のお嫁さんになりたいと思っているそうです。どうか十六夜ちゃんの願いを叶えてあげてください。」

 

「え?…………昴、あなたがそれを言うの!?」

 

 躑躅ヶ崎館の評定で昴が初めて十六夜を見た時の顔を結菜は覚えている。

 明らかに狙っている目をしていたので、昴の口からこんな言葉が出るとは考えた事も無かった。

 

「結菜さまがそう言われるのは最もでしょう。ですが、私は女の子の幸せを常に最優先に考えています。十六夜ちゃん夢を最高の形で叶えてあげる事が私の喜びなのです!」

 

 昴の瞳に強い決意とその奥に悲しみが有るのを感じられる。

 

(今まで昴が小さい女の子を無節操に蕩していると思っていたから藤の事を隠して事を進めたり、空ちゃん達を遠ざけたりして来たけど、こんな風に女の子の気持ちを優先するのね。そうなると今後の対応策も立てやすいわ。)

 

「判ったわ。十六夜様の事も同時に考えておきます。確かに十六夜様が正室になる前と後では、北条家の出方も絶対に違ってくるものね。」

 

 結菜は考えている事を噯にも出さず昴に笑顔で頷いて見せた。

 

「ありがとうございます、結菜さま♪」

 

 昴は結菜に深く頭を下げた後、三日月と暁月に振り返り小さくガッツポーズをした。

 三日月と暁月は声こそ出さないがとても喜んでいるのを結菜も目にする。

 

(まあ、転んでもタダじゃ起きないとは思っていたけどね…………昴が三日月ちゃんと暁月ちゃんを口説いている間に、こちらも空ちゃん達の決着準備を進めちゃいますか!)

 

 

 

 

 戦が終わったと知らせを受けた十六夜、空、名月、愛菜が護衛の松葉と甘粕衆に守られ駿府屋形に向かっていた。

 

「さすが祉狼お父さまですわ♪鬼にされた武田信虎様をみごとにお治しになられましたの♪」

「実際に見てみたかったね、名月ちゃん♪」

「愛菜は父上ならばやってくださると信じておりましたぞ♪どや♪」

「もう、愛菜ったら♪でも、祉狼お父さまにお怪我が無くて本当に安心しました♪」

「祉狼は強いから大丈夫。むしろ松葉は治療で氣を使い過ぎないか心配。」

 

 五人でワイワイと話しながら倒壊した町並みを縫って駒を進めて行く。

 普通の戦ならば骸がそこかしこに転がっている物だが、鬼は死体が塵になるので戦後の凄惨さはそれ程感じられず、彼女達の声は明るい。

 

 しかしその時、松葉の目が突然鋭くなった。

 

「血雨舞っ!!」

 

 突然松葉が手に持った朱傘を開いて御家流を放つ。

 高速で回転する傘が飛んで行き、瓦礫が爆発するみたいに粉砕された。

 

「ぎゃああああああああああっ!」

 

 飛び散る破片と一緒に人影が飛び出し地面を転がる。

 その人影を追って朱傘が更に襲い掛かった。

 

「ひゃあっ!なにこれっ!?姫野こんなの知らないしっ!」

「姫野ちゃんっ!?」「姫野っ!?」

 

 

 十六夜と名月が驚いて名前を呼ぶが、呼ばれた少女はそれ所ではない。

 

「どこまで追っかけてくるのよぉーーーーーーー!しつこいぃーーーーーーーっ!」

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ………………し、死ぬかと思ったし……………」

 

 甘粕衆の周りをグルグルと五分以上全力疾走させられた少女は地面に転がりへばっていた。

 

「知り合い?」

「北条が抱える風魔忍軍の頭領で風魔姫野小太郎です。姫野ちゃん、こんな所で何してたの?」

 

「ハァ……十六夜さま……ハァ……もっと早く……止めてほしかったんですけど………」

 

 姫野は疲れた体を起こして十六夜に片膝を着いて向き合う。

 

「ご本城さまの命令で十六夜さま達の様子を見に来たんです!それと関東の状況を連合に伝えに来たの!なのになんで姫野が命狙われて逃げ回らなきゃいけないのよっ!?」

 

「コソコソ隠れてるから。」

 

「そ、そんなの姫野、忍だし!忍が堂々と出て行くなんてありえないしっ!」

「忍と言う割に装束が派手ですな。普通は変装するものですぞ、どや?」

「…………………………………………」

 

 愛菜に正論を言われて姫野は言い返せなくなってしまった。

 

「そ、それより、姫野。関東の状況はどうなってますか?」

 

 十六夜が姫野の為に話題を変えようと問い掛けた。

 

「関東は現在膠着状態。攻めてくる鬼共を玉縄城から忍城までで防衛線を構築して鬼の侵攻を食い止めてるよ。」

「あれ?それだと北の守りは?」

「上野が一度鬼に攻め落とされたけど、真田一徳斎って婆さんとその娘の昌輝ってのが信州から出てきて沼田城を鬼から取り戻したわ。忍城に入ったご本城さまと連携して防衛線を築いてる。」

 

 真田の名が出てきて松葉は小さな溜息を吐く。

 

「一徳斎の婆さんらしい。抜け目ない。」

「でもそのお陰で武田と越後も守られているのですから、ここは感謝ですな。どん。」

 

 一徳斎と川中島で戦った松葉は呆れるが、愛菜は即座に地図を頭に思い描き、その戦略眼に感心していた。

 

「早く美空お姉さま方にお知らせしないと!」

 

 空の一言で全員が馬に鞭を入れ駿府屋形へ向けて駈け出した。

 

 

 

 

「ただいま♪」

 

 祉狼が評定の間に入ると、一斉に全員が注目した。

 

「おお♪婿殿、良く戻られた♪」

 

 躑躅が昴の時と同じに満面の笑顔で祉狼を迎える。

 

「で、孫はできたかの?」

「え?……………光璃はずっとお義母さんと一緒に居たんじゃないのか?」

 

 祉狼は光璃が躑躅から離れて勘違いをさせているのかと思い光璃に問い掛けた。

 

「お母さん。光璃はずっとお母さんの傍に居たから無理だよ。」

 

 光璃が躑躅に優しく微笑んで言い聞かせる。

 しかし、躑躅は諦めなかった。

 

「いやいや。祉狼どのはあれだけの使い手。天の力で遠く離れていても子を授けてくれるに違いない。」

「ええっ!」

 

 光璃は驚き、期待を込めた目で祉狼へ振り向いた。

 

「いや…………お義母さんの期待を裏切って申し訳ないが、その技は俺も知らないんだ。」

「そう………残念………」

「うむ………残念じゃのぉ…………」

 

 周囲の者は口に出さないが、実際にそんな技が在って自分が懐妊したら不貞を働いたと言われるだろうし、逆に大勢の見知らぬ女が祉狼の子を孕んだと嘘を言って現れると思っていた。

 かつて桂花が一刀に向かって『同じ空気を吸うだけで妊娠しそうだわ!』的な事を言った事が有ったが、かの種馬ですら出来ない事を祉狼に出来る筈が無い。

 

「では、聖刀どのは…」

「もう、お母さんったらせっかちなんだから♪薫も頑張るから、楽しみに待っててよ♪」

「そうか…………期待しておるからの!」

「うん♪」

 

 薫の機転で躑躅を黙らせる事に成功すると、評定の間のあちこちから安堵の息を吐く声が聞こえて来た。

 躑躅の様子に問題が無いと判断した結菜は祉狼に声を掛ける。

 

「祉狼、話が有るからちょっと付いて来てもらえるかしら?」

「ああ、判った。」

 

 相変わらず結菜の言う事には何の疑問も抱かず即答する祉狼は、結菜の後に付いて評定の間を出て行く。

 二人を見送った粉雪は小さな吐息を漏らした。

 

「なんかうらやましいんだぜ………結菜の姉ちゃんは祉狼にとって特別な気がするんだぜ。」

「うむ、粉雪の言う通りであるな。実の姉か……むしろ母の様な……」

「わたしはあそこまでの信頼を祉狼さまにしていただける自信が有りません……」

 

 春日と心も粉雪と同じ物を感じ、つい口に出る。

 だからと言って祉狼の嫁になる決意が鈍った訳では無い。

 むしろ自分が祉狼のどの立場に立てるのか思案していた。

 久遠はそんな表情を読み取り少し助言をしようと口を開く。

 

「結菜は祉狼の妻となった者の中で唯一、祉狼の事を何も知らずに出会いその身を案じた人間だ。」

 

「あの、それは久遠さまも同じなのでは?」

「いや、そうではないのだ、心。我を始め、あの田楽狭間に居た者は祉狼、聖刀、昴の三人が天から降りてくる所を見ている。それだけで只者では無いと思うのは当たり前だ。しかし、結菜には天から舞い降りた天の御遣いで、祉狼を良人にするとだけ伝えた。すると結菜は天の御遣いなど信じず我が戦場で頭を打った上に祉狼を脅していると思って祉狼を庇いおった♪何処の誰とも判らぬ子供を、あの蝮の娘がだ♪」

 

「それは殿が結菜さまを嵌めようとしたからではないですか。」

「ご自分の意地っぱりに結菜さまを巻き込みたかっただけですよね、久遠さまは。」

 

 壬月と麦穂が評定の間に現れて、開口一番久遠にツッコミを入れた。

 

「参上して早々に小言を言うな!」

「何やら懐かしい話が廊下にも聞こえてきましたからな♪」

「確かに結菜さまは祉狼さまの心根を一目で見抜かれましたね♪そしてその心根を守る事に心血を注いでおられ、それが祉狼さまの結菜さまに対する絶対の信頼に繋がっています。ですから春日どの、粉雪どの、心どの、ここは大船に乗ったつもりで結菜さまにお任せしてください♪」

 

 微笑む麦穂に春日は「かたじけない」と頭を下げ、その後ろで粉雪と心はその麦穂の微笑みに見蕩れていた。

 

「(ここ……麦穂の姉ちゃんって、すげぇ大人の女って感じなんだぜ………)」

「(こんなに女らしい方なのに、『米五郎左』『鬼五郎左』と呼ばれる猛将として名が通っているなんて………わたしはこんな女性を目指そう♪)」

 

 その時、美空が小波からの句伝無量を受け取った。

 

「松葉から?……………そう、十六夜とあの子達にはまだ教えない様に松葉に伝えて。それと、小波も一度こちらに戻りなさい。」

 

 小波との通話を終えた美空が顔を上げる。

 

「松葉が北条の使者として来た風魔の頭領と接触したわ。十六夜と空達ももう直ぐ到着するそうよ。」

 

 美空の声は落ち着いていたが、その目は昴を睨んでいた。

 川中島で戦の開始を待った時以上の鋭い眼光を放って。

 

 

 

 

 結菜に連れられ、祉狼は評定の間にから少し離れた部屋にやって来た。

 

「はい、先ずは座って。」

「ああ。」

 

 言われるままに座布団へ胡座を掻いて結菜と正対する。

 

「あれ?」

 

 祉狼はその位置が床の間を背にする上座だと座ってから気が付いた。

 

「いいのよ♪祉狼は旦那さまなんだから♪」

 

 口調も表情も笑っているのに、結菜から感じるプレッシャーは祉狼をその場から動けなくする。

 

「では、祉狼。伝える事が幾つかあります。最初に武田の春日、粉雪、心の三名があなたに良人に迎えると伝えたと聞いたけど…」

「え?」

 

 予想していたとは言え、祉狼の反応が昴の言った通りだと証明され結菜は小さく溜息を吐いた。

 

「やっぱりね……ついさっき、信虎殿を説得してた時の話よ。祉狼に面と向かって言ってないらしいから………あんたなら気が付かないわよね………とにかく、そういう事だから今夜は三人の初夜を行います。」

「今夜!?話が急過ぎないか?」

「出会ってからの日数を考えればそんな事ないでしょ。後が閊えてるから事を急ぐの!」

「後が?」

「幾つかあるって言ったでしょ。次は十六夜さまの事よ。」

「十六夜?俺は彼女と殆ど話もしてないけど……」

 

 別に祉狼は十六夜が嫌いだとか、良く知らない相手だから気が進まないと言っている訳では無い。

 祉狼は親譲りの人間好きなので、人の好意も素直に受け入れる。

 今、祉狼が気にしているのは、十六夜が自分の事を本当に好きなのか。

 十六夜は北条家の為に自分を殺しているのではないかという懸念が浮かんでいた。

 それというのも、聖刀にはこの手の話がよく有ったからだ。

 尤も聖刀の場合は無理矢理嫁がされた女の子は、聖刀の顔を見た瞬間に実家よりも熱心になるのが常だが。

 

「その心配は無用よ。十六夜さまはあなたに一目惚れですって♪氏康公が許してくれるか心配していたと三日月ちゃんと暁月ちゃんが言っていたから♪」

「そうなのか………それはそれで照れ臭いな………」

「で、言った通りまだ北条家の了承は得ていないわ。でも、氏康公がこの縁談を断るとは思えないから、祉狼は氏康公の返事が来るまでに十六夜さまとたくさん話をする事。雪菜さんも一緒に居れば会話も弾むでしょ。」

「なあ、結菜。氏康さんが反対した場合はどうするんだ?」

「そんなの有り得ないと思うけど、万が一そうなったら詩乃の時みたいに力尽くで掠っちゃいなさい♪」

「詩乃の時の事を持ち出されたら反論出来ないが………乱暴だな。」

「私は恋する女の子の味方なだけよ♪それじゃあ次は…」

「まだ有るのか…………」

「私としてはこれが本題よ。空ちゃん、名月ちゃん、愛菜ちゃんが祉狼のお嫁さんになりたいって言ったら受け入れられる?」

「あの三人が…………そう言ったのか?」

「正直に言うとまだ確認前よ。本人達より美空と秋子がそう望んでるのよ。」

「そういうのは好きじゃないな。ちょっと美空と秋子に言って来る。」

「待ちなさい!あの二人も無理にそうしようとはしてないから!」

「そうか。うん、美空と秋子がそんな事をする筈無いよな♪」

「ええ、勿論よ♪」

 

(あの子達には無理強いしないけど、怒り狂って昴を殺そうと追いかけ回すんじゃないかしら)

 

 結菜は笑い返しながら頭の中でそんな事を考えていた。

 

「あの子達は三人とも養子でしょ。美空さまも秋子もあの子達を幸せにしようと必要以上に気張ってるのよ。そこは判ってあげてね。」

「ああ。愛が深すぎて周りが見えなくなるって聞いた事があるからな♪」

 

 雹子や貞子からその被害に一番遭っている祉狼がまるで自覚していなかった。

 

「ま、まあ、そんな状態が長く続けば健康を害する事もあるでしょう?そんな訳であの子達が到着したら訊いてみようと思っているの。それであの子達が祉狼のお嫁さんになりたいって言った時の為に確認しておきたかったのよ。」

「本人達の意志ならば、俺は全力で応えるだけだ♪」

 

 藤を嫁にしているので幼女が対象外では無いのは判っていたが、それでも少しは躊躇うのではと思っていた結菜は拍子抜けと同時に、祉狼が昴と同じ趣味に目覚めるのではないかと不安になる。

 

「その時はお願いね、祉狼♪」

 

 不安を隠して微笑むが、自分で言った『お願い』が現実になった時の事が急に心配になった。

 

(祉狼のが入るのかしら…………でも、藤は問題なく終えてるし………)

 

 何かと気苦労の絶えない結菜だった。

 

 

 

 

 姫野は駿府屋形の評定の間で困惑していた。

 いや、パニックに陥っていたと言った方が良いかもしれない。

 

(な、ななな、なんなのこれぇえええ!公方に武田晴信に長尾景虎に織田信長に松平元康に浅井長政に六角承禎に松永久秀!それにちびっ子とは言え今川治部大輔に三好右京大夫って!将軍と大名勢揃いでなんで姫野囲まれてるのぉ!?伝える事はさっき甘粕に全部教えたんだから甘粕から聞きなさいよねぇえええええ!)

 

 等と頭の中で叫んでも、決して口には出さない姫野だった。

 言えば今挙げた名前の分だけ首が胴から離れるのが判っているからだ。

 いくら北条氏康の使いとは言え、所詮姫野は忍の頭目でしかない。

 

「では、風魔小太郎とやら。相模守殿の伝言を申されよ。」

 

 幽は静かだが威厳の有る声で促した。

 

「は、はい!え、ええとですね…………」

 

 姫野は緊張で噛み噛みになりながらも、何とか松葉に教えたのと同じ事を伝える。

 聞き終えると久遠がポツリと呟いた。

 

「デアルカ。」

 

 久遠の尊大な態度にも姫野は黙って平伏する。

 正確には疲れ果てて突っ伏しているのだが。

 

「今の話を協議するので、暫し別室にて道中の疲れを癒すが良い。」

「はい、ありがとうございます。」

 

 姫野は最後の気力を振り絞って猫を被り続けた。

 呼び止められる前に一秒でも早くこの場から離れる為に。

 その願いが天に通じたのか姫野は呼び止められる事無く評定の間を出られ、侍女に案内されて別室へと向かった。

 評定の間では姫野が遠ざかったのを確認すると早速協議が始まる。

 

「氏康が善戦している様だな。」

「こちらの出発は先程決めてあるから問題無いとして………十六夜♪」

「はい、何でしょう、美空さま。」

 

 美空の笑顔に十六夜は援軍の話を先に聞かせて貰える物と思い、緊張した面持ちで返事をした。

 

「あなたも祉狼の事が気に入ったらしいじゃない♪」

 

「へ?……………………えぇえええええええええっ!なんでその事をっ!?」

 

「三日月と暁月から………聞いた昴から聞いたのよ。」

「あ、あの、あの、それは………」

「大丈夫よ♪ここに居る者、全員があなたを歓迎するわ♪」

「ええっ!?ホントにっ!?」

「連合への参加も表明してるしね。朔夜の了承を得るための書状も連名で書いてあげる♪」

 

 十六夜は思いがけない申し出に驚き、三日月と暁月に振り返り口をパクパクさせている。

 

「よかったなー、姉ちゃん♪これでお母さんもきっと許してくれるぞ♪」」

「十六夜姉さま。皆様にきちんとお礼を言ってください。昴さんが皆様に伝えてくれたのですから特に。」

 

「あっ!皆さま!本当にありがとうございますっ!昴さん!ホントにホントにっ!ありがとうございますっ!」

 

 十六夜は畳に額を擦り付けそうなくらい頭を下げてお礼の言葉を繰り返した。

 

 

 

 

「結菜。済まないが先に評定の間に戻っていてくれ。俺は厠に寄ってから行く。」

 

 廊下を歩いている途中で祉狼が言い出した。

 

「う〜ん、祉狼をひとりにするのはちょっと………」

 

 結菜は鬼や刺客を警戒してる訳では無く、光璃や雪菜の様な事が起きるのではと気にしているのだ。

 

「結菜さま。ご主人さまの護衛は私がいたします。」

「あら、小波。戻ったのね♪」

 

 突然現れた小波に動じず結菜は笑い掛けた。

 

「はい、たった今。」

「それじゃあ祉狼の事をお願いね♪」

 

 それだけ言って結菜は評定の間へと戻って行った。

 

「小波、ご苦労さま♪疲れただろう。後でマッサージをしてやろう♪」

「い、いえ!そんな畏れ多いです!そもそも疲れてなどおりませんので…」

「はははは♪小波、俺に体調の誤魔化しは効かないぞ♪」

「はっ………それもそうでした…………ご主人さま!お待ちをっ!」

「ん?大人しく疲れを癒やされる気になったか♪」

「いえ、そうではなく、見知らぬ者が居ます………」

 

 小波が示したのは庭に面した廊下の先。

 祉狼も気配を消し、角に身を隠して様子を伺った。

 そこに居たのは姫野なのだが、祉狼は勿論面識が無く、小波も松葉から連絡を受けただけで実際に姿を見ていない。

 姫野は松葉の御家流に追いかけ回され、評定の間で精神的負担に押し潰され、心身共に疲労困憊していたので侍女の淹れてくれたお茶を緩みきった顔でズズズと啜っている。

 

「はぁ〜〜〜♪しみるわぁ〜〜〜♪」

 

「(助け出した女性ではないな。見覚えが無い。)」

「(忍装束ですが………派手ですね。全く忍んでいません。)」

「(そう言えば、さっき句伝無量で松葉と風魔忍軍の頭領がどうとか言ってなかったか?)」

「(聞こえていらっしゃいましたか。やはりご主人さまとの相性が良いから………相性の良い愛妾……)」

「(ん?今のは聞き取れなかったが、何と言ったんだ?)」

「(ひ、独り言でございます!)」

 

 小波は自分の動揺した気配を悟られたかと思い姫野を見たが、姫野はまるで気付いた様子が無い。

 

「大体なんで姫野がこんなお使いしなきゃいけないのよ!普通は早馬の仕事っしょ!」

 

 縁側に足を投げ出しブラブラさせて愚痴り始めた。

 

「そりゃ、姫野は風魔の頭領だし。早馬なんかよりずっと早く往復できるし♪」

 

「(ほら♪風魔の頭領だって♪)」

「(そんな………あれが関東で名高い風魔忍軍の頭領だとは……………風魔の者が哀れです……)」

「(いや、きっと疲れている所為だ。)」

 

 そう言うと祉狼は気配を曝して角から一歩前に出た。

 

「こんにちは♪」

 

 小波は止める暇も無かった。

 

「へ?…………う、うそ!いつの間にこんな近くに!?」

「かなり疲れてるみたいだけど、按摩をしてあげようか?」

「疲れて……そっか♪疲れてるから気配に気付けなかったのよね♪って、あんたは…………あ♪どこかの殿様の小姓でしょ♪」

 

 小波がムッとなって飛び出そうとしたが、祉狼が句伝無量で止めた。

 

〈どうしてですか!ご主人さまっ!〉

〈精神的な疲れも診える。俺の正体を知ればきっと余計な気苦労をさせてしまうから、先に疲れを取ってしまおう。話をして親しくなってから正体を明かした方が後々気兼ねなく付き合えるしな♪〉

〈あの………それは………〉

〈元居た世界で体得した俺なりの処世術さ♪〉

 

 『雪菜さまの時にそれで失敗しました』と、小波には言えなかった。

 因みに祉狼がこの方法で友達になった相手は全て男の子である。

 

「小姓だと殿様に按摩とかするもんね。そう言えばさっき疲れを癒せって言われたっけ。それであんた命令されて来たんでしょ。」

「え?…………まあ、そうなんだ。」

「せっかくだからしてもらっちゃおう♪他家の殿様の小姓に肩を揉ませるなんて、そんな機会まずないもんね♪」

「よし!それじゃあ始めるぞ♪」

 

 祉狼は姫野の背後に回り肩を揉み始める。

 

「あ、そこそこ!くぅ〜〜!あんた上手いわねえ♪なんだろう、あったかいのが体に染み込んでくる感じ〜♪………………ほへぇ〜〜〜♪」

 

 祉狼の指圧がとても気持ち良く、姫野はすっかりリラックスして殿様気分だ。

 

「足と腰も疲れが溜まっているだろう。」

「なぁに?そんな事言って姫野の魅力的な足を触りたいんじゃないの〜♪」

 

(こいつを姫野の魅力の虜にしちゃえば連合の情報を探りほうだいじゃん♪姫野って頭いいぃ〜♪)

 

 そんな悪巧みを思い付き、姫野は俯せになって足を伸ばす。

 

「いいわよ♪オネエサンの足を触らせてあげる〜♪」

 

 姫野は艶っぽい口調で流し目を送りながら祉狼を誘惑しようとした。

 しかし、医者モードの祉狼には何の意味も無い。

 

「よし♪やるぞ♪」

「ぎょぇえええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 祉狼は足裏のツボを容赦無く押した。

 

「疲れだけじゃ無く、胃腸も弱ってるな。これは便秘だな。」

「イダダダッ!ひぃ!いぎぃいいいい!やめ!やめっ!」

「直ぐに終わるから辛抱してくれ。」

「あがぁ……………………………………………………」

 

 姫野は目を見開いたまま涙を流し、口は空気を求めて大きく開かれているが痛みに声も出せなくなっていた。

 

「うん♪こんな所か♪血の巡りと氣の流を良くしたから、これで足腰の疲れももっと取れるぞ♪」

 

 足首から脹ら脛、そして太腿を揉んでいく。

 

「はぁん!はふん!あぁああん!」

 

 痛みから一転して気持ち良さが脚から背筋を駆け上り、口から勝手に甘い声が漏れてしまっていた。

 

「はひぃ!おしりはらめぇ!そこよわいのぉお!」」

「この経絡を開くと効果が倍増するんだ♪」

 

 お尻をムギュムギュと揉まれて、姫野は快感に意識が飛び掛けている。

 

 

〈祉狼!早く評定の間に戻って来い!〉

 

 

 祉狼の頭に突然久遠の声が響いた。

 小波が中継して久遠の思念を祉狼に送ったのだ。

 

「済まない!急用を思い出した!だけどこれでも充分効果が有る筈だ!後はゆっくり休んでくれ!」

 

 祉狼は手を放すと評定の間へと走って行ってしまった。

 その後を小波も走って追い掛ける。

 残された姫野は床に突っ伏して荒い息を繰り返していた。

 

「ハァ………ハァ………ハァ………あうっ!」

 

 足ツボマッサージの効果が現れ、腸が蠢動し姫野のお腹がゴロゴロ言い出す。

 

「か、厠…………厠はどこなのぉおおおおおおお!」

 

 

 

 

 祉狼が評定の間に駆け込んだ。

 

「済まない、遅くなった。」

「祉狼、厠にしては時間が掛かりすぎだぞ。何をしていた?」

「厠に行く途中で北条の使いの人を見掛けて、疲れている様子だったからマッサージをしてあげていたんだ。」

「まったく、お前というヤツは、本当に患者を見付けると放っておかないな。まあそれならば良い。今はこちらの用件の方が重要だ。」

 

 久遠は美空に振り返り頷く。

 美空も遂にこの時が来たと覚悟を決めて気合をいれた。

 

「空、名月、愛菜。こちらに来なさい。」

 

 言われて三人は越後衆の座っている場所から上段の前まで移動し、背筋を伸ばして正座をする。

 三人とも何を言われるのかと期待と不安で胸を高鳴らせていたが、顔にも態度にも出さず静かに美空の顔を見上げた。

 

「あなた達三人に問います。」

 

 決心はしていても美空の心がざわつき、もう一度氣を腹に貯めて勇気を奮い起こす必要が有った。

 

 

「嫁ぎたいと想うほど好きな相手は居るのかしら?」

 

 

 問われた三人も驚いたが、昴と栄子はそれ以上に驚いた顔をした。

 昴の隣に座る沙綾が前を向いたまま囁く声で語り掛ける。

 

「(おい、昴。儂も腹を据えたから、お主も腹を据えるのじゃ。姫様達がお主を選ぶなら儂が全力で美空さまを説得する。しかし、他の誰か……まあ、祉狼どのしかおらんか……祉狼どのを選んだらスッパリと諦めろ。良いな。)」

「(…………………わかったわ、うささん。約束する!)」

 

 昴の返事に満足し、沙綾は空、名月、愛菜がどう答えるのか、目と耳を凝らし集中する。

 三人は顔を赤くしてモジモジしていた。

 

「あ、あの……美空お姉さま………」

「このように大勢の方の中で告白するのは恥ずかしいですの……」

 

 言われて美空は自分を追い込む状況を作る事にしか頭に無かったと気付かされた。

 

「ああああああああっ!ご、ごめんなさい!これは…」

「恥ずかしくは有りますが、この樋口愛菜兼続!愛に生き!愛に死すと心に決めておりますゆえ!これは御大将が与えてくださった一世一代の大舞台と!有り難く思う所存にございますぞーーー!どーーーーーん!」

 

 愛菜は美空に恥を掻かせまいと大見得を切ってみせた。

 だが、口にすると気持ちが乗ってきて恥ずかしさが無くなって行く。

 

「愛菜が嫁ぎたいと願う方の名は!」

「「まって、愛菜!」」

 

 空と名月が愛菜の手を握る。

 

「愛菜ひとりでずるいよ♪」

「三人一緒に、ですの♪」

 

 三人は顔を寄せ合って微笑むと、美空にその笑顔を向けた。

 

 

「「「祉狼お父さまのお嫁さんになりたいです♪」」」

 

 

 美空の目が喜びに輝いた。

 

「どやっ♪」

 

 胸を張る愛菜に、越後衆の中から秋子が飛び出し抱き付いた。

 

「良く言いました、愛菜♪」

「母上と同じ殿方に懸想するのはどうかと考えた時も有りましたが、不干どのという前例が有りましたので、愛菜は心を偽らず愛に生きると決めたのです!どん♪」

 

 美空も空と名月に駆け寄り、二人を抱き寄せて頬擦りをする。

 

「恥ずかしい思いをさせてごめんね、空、名月………私がもっと勇気を持ってあなた達の話を聞いていれば…」

「いいえ、美空お姉さま。わたし達がもっと美空お姉さまに相談すべきだったんです。」

「わたくし達三人で話し合って、駿府屋形を取り戻したら美空お姉さまにお願いしようと思っていましたの♪わたくし達と美空お姉さまの心が繋がっているんだって実感できましたわ♪」

「ええ♪………ホントそうだわ♪…………さあ♪改めて祉狼に挨拶をしなさい♪」

 

 美空は喜びの涙を浮かべた笑顔で、空と名月の体を祉狼に向けた。

 祉狼も三人に笑顔を見せて頷く。

 

「祉狼お父さま♪これからもよろしくお願いいたします♪」

「末永くおそばに置いてくださいですの♪」

 

 秋子も愛菜の背を推して、祉狼に挨拶する様に促した。

 

「父上!この樋口愛菜兼続!父上と約束した日の本一の義侠人を目指し!父上を支えて日の本を平和にする妻となりますぞ!どやっ♪」

 

「空!名月!愛菜!ありがとうっ♪」

 

 祉狼の笑顔に三人は再び頬を染めてはにかむのだった。

 

 

 

 

「久遠、済まない。実はまだ厠に行ってないんだ。」

「なんだと?早く行って………その前にひとつ聞いておくが、北条の使いとは会っているのだな?」

「ああ、その通りだが……」

「ならば春日、粉雪、心の三名は祉狼の護衛としてついて行ってやれ。結菜、双葉、四鶴、慶も一緒に行き三人に奥の事を教えてやれ。北条の使者には我らで話をしておくからそちらは任す。」

 

 久遠の指示に従い、祉狼と一緒に七名が評定の間を後にした。

 

「久遠………ありがとう♪」

 

 光璃が礼を述べると久遠は微笑んだ。

 

「あの者達も祉狼と語る時間が欲しかろう。先を急がねばならぬから合理的に事を進めねばな。ひよ!北条の使者を呼んで参れ!」

「はい!久遠さま♪」

 

 ひよ子が部屋を出て行き、数分で姫野を連れて戻って来た。

 

「待たせたな……………何か先程より顔色が良いな………」

「いえ〜♪按摩をしていただいたおかげです〜♪最初は酷い目にあったって思いましたけど、さすがですねぇ〜♪」

「ああ、そうか………それは何よりだ。では早速こちらの決定を伝える。」

 

 久遠は祉狼がどんなマッサージをしたのか後で確かめようと心に決めた。

 

「援軍は早急に送ろう。しかし、こちらも今日戦が終わったばかりだ。準備を終えた部隊から順次出発させるが、早くても三、四日は掛かるであろう。」

「はい♪その旨、しっかりとご本城さまにお伝えしまーす♪」

 

 姫野はかなりご機嫌だ。

 便秘の解消が余程嬉しい様である。

 

「それと他にも伝えるべき事が有る。」

「はい、何でしょう?」

「先ずは本人から伝えて貰おう。」

「本人?」

 

 姫野はニコニコ顔のまま首を傾げた。

 

「私だよ、姫野。」

「十六夜さま♪」

「あのね、私、祉狼さんの奥さんになろうと思うの♪」

「そうですか♪十六夜さまが奥さんにうぇえええええええええええええっ!!」

 

 流石に姫野のご機嫌が吹っ飛んだ。

 

「ちょ、ちょちょちょ!待って下さい!そんな大事なことをご本城さまに相談しないで決めちゃうとマズいんじゃ!?」

「うん。だから姫野にその事を伝える手紙を母様に持って行ってもらいたいの♪」

 

 そんな事を伝えたら自分が怒られるのではと姫野は焦り出した。

 

「えーと!えーと!………あ、暁月さまっ!」

 

 この場で一番頼りになる相手を見付け、姫野は情け無い顔で縋る。

 

「大丈夫です、姫野。書状にはわたしと三日月ちゃん。それに公方様を始め諸大名の方々の署名と花押も印してあります。これを母様に届けて下さい。」

「そ、そういうことなら…………」

 

 姫野は手紙を受け取り、腰の鞄へ大事に仕舞った。

 何しろ自分が怒られない為の免罪符なのだから。

 

「あともうひとつ。名月ちゃんも祉狼さまのお嫁さんになりました。こちらは長尾家の問題ですので美空さまの裁量で決まっています。北条が口出しする事ではないので事後報告です。」

「名月さまもですかっ!?」

「それに会わせて現在の連合でどなたが誰の奥さんか記した…………これがその巻物です。」

 

 暁月は肩から下げた鞄から巻物を取り出して姫野に渡す。

 巻物にしなければ書ききれない人数だと暗に物語っていた。

 

「これも北条が、今後連合内で対応を誤らない為に絶対必要な内容です。必ず母様に渡して下さい。」

「は……はぁ…………」

 

 姫野は巻物の太さに圧倒されながら手紙と同じ場所へ大事に仕舞う。

 

「さて、伝えるべき事はこれで終わりだ。今夜は戦勝を祝い、兵の英気を養う宴を催す。風魔小太郎、お前の席も用意してあるぞ。色々と話も聞きたいしな♪」

 

 久遠が話を聞きたいと言う事は、大名が居並ぶ席に出席しろという意味だ。

 

(そんなのに出たらまた疲れるじゃん!)

 

「ありがたいお申し出ですけど、姫野は十六夜さまの為にご用件を一刻も早くご本城さまにお届けしたいと思います。」

「デアルカ。見上げた忠義だ♪確かに相模守殿が頼りにする風魔の頭領を無理に引き止めるのも申し訳ないな。」

「は、はい♪誠に恐縮でございます〜♪それでは早速出立いたしますので、これにて失礼いたします〜〜♪」

 

 言うが早いか姫野は平伏したままズザザとザリガニの様に後ろへ下がり評定の間から出て、立ち上がると逃げる様に………いや、実際逃げ出した。

 

「せっかちな奴じゃの。」

「お弁当くらい用意してあげたのに………」

「公方と大名だらけでビビったんでしょ。十六夜達が居るから特別情報収集の必要も無いだろうし。」

 

 一葉と光璃が首を捻る中、美空は見事に正解を言い当てていた。

 

「それはさて置き、結菜達は手が離せぬだろうから………ひよところ。お前達が宴の仕切りをせよ。」

「それじゃあ私の所からは……秋子、頼んだわよ♪」

「御意に♪ひよさん、ころさん、ドンドン指示してください♪」

 

 愛菜の事で安心した秋子は笑顔で力瘤を作り張り切っている。

 その様子を柘榴は引き吊った顔で見ていた。

 

「秋子さん、頼むから張り切り過ぎないで欲しいっす………」

 

 そんな柘榴の呟きを見ながら、光璃も指示を出す。

 

「薫、心の代わりを頼める?」

「うん♪任せてよ、お姉ちゃん♪」

 

 そして料理とくれば聖刀が黙ってはいない。

 

「僕も料理を手伝うよ♪他にも手伝える事が有ったら遠慮無く言ってね♪」

「ほほう♪聖刀どのは料理をなさるか♪ならば我は仲良く台所に立つ二人を眺めさせて貰おうかの♪」

 

 躑躅はニコニコしていたが、ふと首を傾げた。

 

「はて?昴どのと夕霧の姿が見えぬが………」

 

 居なくなっていたのは昴と夕霧だけではなく、泰能を残してスバル隊全員の姿が消えていた。

 

「昴は既に出陣準備に取り掛かっているんですよ♪」

「そうかそうか♪ならば今度こそ戻って来た時には夕霧に孫が…」

「あははははは♪お母さん、それよりも早く行こう♪ひよちゃん、ころちゃん、秋子さん、行きましょう♪」

 

 薫は躑躅がこれ以上変な事を言い出さない内にと追い立てて評定の間を出て行った。

 

「昴の事は嫁達に任せておけば大丈夫であろう。……………三日月、暁月、昴の事が気になるか?」

 

 薫達を見送った久遠は、三日月と暁月が落ち着かなげに外を気にしているのに気が付いた。

 

「昴ちゃんの顔色がまっ青だったからなー………」

「祉狼さまは大事なご用事ですし、どなたか昴さんの体調を見に向かわれた方が………」

「ならば二人で見てきてくれるか。恐らく昴の奴にはそれが一番の薬となる。」

 

 そう言われても、十六夜と名月も三日月と暁月に話したい事が有るのは判っている。

 

「行ってきて、三日月ちゃん!暁月ちゃん!戻って来たらゆっくりお話しよ♪」

「昴さんはわたくし達の命の恩人ですの。三日月お姉さま、暁月お姉さま、よろしくお願いいたいますの♪」

 

 二人に言われて決心の着いた三日月と暁月は、一度頭を下げてから評定の間を出て行った。

 それを見届けた上段の久遠達は、微笑み合ってから顔を引き締める。

 

 

「では各々、宴の刻まで次の戦の支度を始めいっ!見事先陣の誉れを奪ってみせよっ!」

 

 

『『『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』

 

 久遠の檄に評定の間を震わす雄叫びが返った。

 

 

 

 

 駿府屋形から東に半里程の場所で姫野は足を止めて一息吐く。

 

「ふぅ〜…………ここまで来ればもう呼び戻されないよね。ホント、公方と諸大名に睨まれながらなんて、宴じゃなくて拷問だし!さっさと帰ってこんなお役目終わらせたい!………あ、でも服部半蔵の顔が見れなかったのはちょっと失敗だったかな?服部半蔵に風魔忍軍の方が伊賀者より上だって宣戦布告してやるつもりだったのに。同盟組んじゃったから直接対決は同盟がなくなるまでおあずけだけど…………手柄で勝負して、風魔忍軍が上だって見せつけてやるし!」

 

 姫野は近くに有った手頃な石に座って懐から小さな巾着を取り出す。

 その巾着を開いて中から干し飯を摘まんで口に含んだ。

 

「宴とか言ってたけど、鬼に占拠されてた駿府屋形じゃ食料なんてなんにもないに決まってるし。出てくるのは精々兵糧に手を加えただけのモンでしょ!それならこれで充分だし♪」

 

 姫野は聖刀の料理の腕を知らないので仕方ないが、後日知る機会が有れば死ぬ程後悔する事だろう。

 

「でも、ホント体が軽い〜♪偉くなったらあんな小姓を侍らせられるのねぇ。あいつって誰の小姓だったんだろ?」

 

 祉狼の顔を思い出すと、マッサージの感触まで蘇って来た。

 

「あ、あいつ………殿様の夜の相手とかするのかな…………するよね、小姓だし………」

 

 干し飯と一緒に生唾をゴクリと飲み込む。

 

「だ、誰かな………景虎と晴信は男の子の小姓が居るなんて聞いてないから、信長かな?長政とか?………もしかして公方っ!?………いや、それはないか。あいつ口の利き方なってないし。」

 

 自分を棚に上げて酷い言い様である。

 

「たぶん信長だね。成り上がりの家ならピッタリじゃん♪……………ひ、姫野が手柄を上げたら……あ、あいつを婿にできるかな……………って!べ、別に姫野はあんな奴好きでもなんでもないし!き、きっと信長にこき使われてるだろうから、ちょっと仏心で助け出してやろうって思っただけだし!」

 

 誰も居ない東海道の道端でひとり芝居をする姫野だった。

 尤も誰か居たとしても危ない奴だと思われ避けられていただろう。

 

「そ、そうよ♪姫野が手柄を立てれば服部半蔵を追い落として♪その上あいつを婿……じゃない、助け出せて♪さらにご本城さまにほめられて偉くなれちゃうじゃん♪一石三鳥とかそれ以上じゃね♪姫野あったまいい〜〜♪」

 

 実にバカ丸出し。

 『獲らぬ狸の皮算用』という諺を知らないらしい。

 

「そうと決まれば急いで忍城に戻んなきゃ♪…………あれ?そういえば、あいつの名前聞いてないじゃん!…………ま、いっか♪どうせ後から来るんだし♪そん時に聞けばいいよね♪」

 

 こうして姫野は勘違いをしたまま昨朔夜こと北条氏康の下に戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 駿府屋形の一室で、昴は真っ白に燃え尽きていた。

 勿論、栄子もである。

 

「こら!昴!しっかりせんかっ!じゃから言うたであろう!覚悟を決めろと!」

「栄子もだぞ!空と名月と愛菜が自分で決めたんだから諦めろ!」

 

 沙綾と和奏が困った顔で昴と栄子の顔を覗き込んでいる。

 他のスバル隊の者も心配して二人の周りを囲んでいた。

 

「………私………嫌われちゃった…………」

 

 昴が焦点の合わない目から涙を流してポツリと呟いた。

 

「別にそこまで言うて無いじゃろ。空さま達の好みが少し祉狼どの寄りだっただけじゃ。」

「そうそう!お前らのこと、眼中になかっただけだって♪」

 

「「ゔぇえええええええええええええん!」」

 

「あ〜、和奏いじめっ子だぁ。」

「和奏ち〜ん、追い討ちかけないでよぉ〜。」

「ち、ちがうぞ!ボクは励まそうとして………」

「今のは誰が聞いても追い討ちやぞ、ワレ………」

「和奏はもっと言葉を選んでくださいです。」

 

 犬子、雛、熊、夢に怒られ、和奏まで落ち込んでしまった。

 

「沙綾どの、空どの達を助け出したのはここに居るみんなでやがりますよな。」

「儂も助け出されたひとりなんじゃが………まあ、そうじゃ。昴の活躍は目覚ましかったぞ♪」

「昴どのは空どの達の命の恩人でやがりますが………夕霧は昴どのと空どの達が会話をしている所を見た記憶が無いでやがるよ?」

「兎々もなのら。会話ろころか近くに居るところすら見た事が無いのら。」

 

「「え?」」

 

 昴と栄子が揃って顔を上げた。

 

「何を不思議そうな顔をしておる。栄子は勿論じゃが、昴、お主も空さま達に近付いておれば美空さまの三昧耶曼荼羅で消し飛ばされるか、秋子に八つ裂きにされておるわ。そうならん為に儂らが常にお主の傍に居ったのじゃぞ。(栄子は寧ろそうならんかと放置したのじゃがの………チッ!)」

 

「え〜と………でも、私の記憶には躑躅ヶ崎館の評定の間とか、出陣式の時の空ちゃん、名月ちゃん、愛菜ちゃんの顔がハッキリと残ってるんだけど………ねえ、栄子。」

「はい!私も一挙手一投足、全て憶えていますよ!」

 

「どっちの時も、昴さまと栄子は三十間は離れてたですよ?」

「………………………」

「お姉ちゃんが、それは集中力の所為じゃないかなって。お姉ちゃんも狙撃の時は標的が近くに見えるって言ってるよ♪」

 

「「でも、吐息が顔にかかるのを感じた記憶が…」」

 

『『『それは妄想だ!』です!』だよ!』

 

 昴の空、名月、愛菜対策は春日山城から助け出し、越中に戻るまでは完璧だったのだ。

 計画がずれ始めたのは越後で夕霧に出会った所からである。

 夕霧との出会いだけならまだ同時攻略の芽は有ったのだが、栄子に出会い兎々、十六夜、三日月、暁月情報を得て、駿府に幼女の楽園を作る計画を進め始めたら、みんなでキャッキャウフフな生活を妄想して時間を浪費しだした。

 既にゲットした嫁を疎かにする昴では無いので当然その時間も必要となる。

 そこに三日月と暁月がスバル隊に送り込まれると、目の前に垂らされた釣り針の餌を啄む様に二人を攻略し始めた。

 いくら昴と栄子が幼女を愛でる事で無限のエネルギーを得られても、時間は有限である。

 

 要するに昴と栄子は空、名月、愛菜ルートのフラグを立てられなかった。

 それは美少女ゲームでAというキャラを攻略しようと意気込んで始めたけど、途中で出てきたBというキャラが気になってついそっちの選択肢を選んでしまう、『美少女ゲームあるある』の状態なのだ。

 

「おーーい!昴ちゃん!」

「昴さん!大丈夫ですか!?」

 

 昴と栄子にとって最後の望みとも言うべき三日月と暁月が廊下を走ってやって来た。

 

「「三日月ちゃん♪暁月ちゃん♪」」

 

「なんか真っ青な顔して出て行ったから心配したぞ!」

「昴さんは空ちゃん、名月ちゃん、愛菜ちゃんが祉狼さまのお嫁さんになって動揺したんですね。」

 

「え、ええと…………それは…………」

 

 昴は浮気がバレた様な後ろめたさから口篭る。

 

「それに松平元康さまのことも…」

 

「ぎくぎくっ!」

 

「更に十六夜姉さまも…………」

 

「そ……………それは…………」

 

 昴は脂汗を額に浮かべて視線が泳いでいた。

 

「「ごめんなさい!」」

 

 三日月と暁月が揃って頭を下げる。

 

「へ?」

「わたしと三日月ちゃんはスバル隊に来た時からそうじゃないかなって思ってたんです!だって、昴さんのお嫁さんって年の若い子ばっかりだったから…………そうと判っていて昴さんに十六夜姉さまの助っ人を頼んでしまいました!」

 

 三日月と暁月は叱られるのを覚悟してギュッと目を閉じ、目尻に涙を浮かべていた。

 それを見た昴は心を打ち抜かれ、目の覚める思いになる

 

「謝らないで、三日月ちゃん、暁月ちゃん♪私が十六夜ちゃん、名月ちゃん、空ちゃん、愛菜ちゃんが好きなのは、暁月ちゃんの言う通り…………でも、本人が祉狼を好きだという気持ちを無視したくない!望みを叶えて本当に幸せになって欲しいからっ!」

 

「昴ちゃん………」

「昴さん…………」

 

 三日月と暁月の昴を見る目に熱が籠もる。

 昴も潤んだ瞳で二人を見つめ返した。

 

「ありがとう……三日月ちゃん♪暁月ちゃん♪………大好きよ♪」

 

「三日月も昴ちゃんを大好きだぞーーー♪」

「わたしも……………その………好きです………」

 

 三日月は満面の笑顔で、暁月は恥ずかしさで顔を真っ赤に染めうつむき加減に上目遣いで告白した。

 

「よぉおし!新しい嫁仲間もできてスッキリした所で!次の戦の準備にかかんぞ♪」

 

 待ってましたと小夜叉が景気良く立ち上がる。

 続いて綾那も元気に立ち上がった。

 

「先陣は綾那達スバル隊がいただくですよっ!」

「三日月さまと暁月さまのお家を守る戦です!」

「小百合も張り切りますよっ!」

 

 桃子と小百合も立ち上がると、残る全員が一斉に立ち上がる。

 

『『『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』

 

「ちょ、ちょっと待って!鞠ちゃんの為に駿府の復興もしなくちゃ!」

 

 戦に向かう気満々の鞠の手を取って、昴は皆を落ち着かせようとした。

 

 

「それならば心配ございませんっ♪」

 

 

 また新たな人影が廊下に現れた。

 

「駿府の復興はこのわたくし!朝比奈泰能が行いますので、どうぞ昴さまは心置きなく手柄を立てて来て下さいませ♪」

 

 年齢不詳の忠臣は頼もしく胸を叩いた。

 

「泰能っ♪ありがとうなのっ♪」

「はっはっは♪この駿府屋形も鞠さまの愛の巣に相応しい物に作り直しておきますので思う存分暴れていらっしゃいませ♪」

 

 後顧の憂いの無くなったスバル隊が本格的に動き出した。

 

 

 

 

 連合軍の各隊は日が西の山々に沈む前に今日の作業を終え、戦勝祝いの振る舞い酒で喉を鳴らすと兵達は生き残った事を漸く実感し喜び合った。

 空腹が満たされ酔いが回れば、自然と男女が暗がりへと消えて行く。

 中には女同士、男同士も居るが………。

 祉狼と春日、粉雪、心の四人も宴の席を離れ閨に入っていた。

 

「不束者にござるが、良き妻となれるよう鋭意精進仕りますゆえ、どうか末永くお傍に侍らせて頂きます事、お認め下さいませ。」

 

 香をいつもより多く焚き、真新しい寝具を用意された部屋で、春日が言上を述べて深々と頭を下げた。

 

「なんか、春日の挨拶は馬場家相続の時に御屋形様へ言上したのとそっくりなんだぜ♪」

「こなちゃんったら♪でも、確かにちょっと畏まりすぎではないですか?春日さま♪」

「むむむ!心にまで言われるとは………仕方ないではないか。拙の気持ちを態度で表すどうしてもこうなるのだ………」

 

 春日が珍しく顔を赤くして、呟く様に言い訳をした。

 春日と正対する祉狼も我慢しきれず吹き出してしまう。

 

「良人殿まで笑われるか!?」

「い、いや、すまん♪俺は畏まった挨拶は苦手だが、春日の真剣な気持ちはしっかり伝わったぞ♪俺が笑ってしまったのは言い訳を言う春日がいつもと違って可愛いと思ったからなんだ♪」

「せ、拙が可愛いなどと!い、いや!そんな情け無い姿を可愛いと褒められても素直に喜べないでござるよ!」

「いやいや♪あたいもこんな春日を見るのは初めてなんだぜ♪」

「春日さま女の子なんですね♪安心しました♪」

「だからからかうなっ!拙の事は良いからお主らも挨拶をせぬかっ!」

 

 恥ずかしがりながら怒るので、いつもの迫力の十分の一も無かった。

 しかし、春日のお陰で粉雪と心は完全に緊張が解れ、笑顔で祉狼の顔を見る。

 

「それじゃあ、祉狼!しっかり責任取ってもらうんだぜ!」

「あ、ああ、判った。」

 

 祉狼は医療行為中の事だからと言いそうになるが、事前に結菜から釘を刺されていたので口にしないで済んだのだった。

 

「祉狼さま♪不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします♪」

「ああ♪こちらこそ宜しく♪」

 

 心が固すぎず、砕けすぎず、一番丁度良い挨拶で三つ指を着き、柔らかな笑顔を祉狼に向ける。

 祉狼はその笑顔に女性らしい包容力を見た気がした。

 

「ここにその言葉を言わせるのはあたいの筈だったのに………結局あたい自身が祉狼に言う羽目になっちまったんだぜ………」

「こなちゃんはちゃんと言えてない気がするんだけど♪」

「え?そ、そんなことないんだぜ!?」

 

 粉雪の狼狽える姿に三人が声を上げて笑うと、最初は拗ねた顔した粉雪も一緒に声を上げて笑ったのだった。

 

「それでは春日さま♪そろそろ始められますか?」

「うっ………やはり拙からなのか?」

 

 場の緊張が解けたと判断した心が、事前に結菜達と話し合って決めた順番に従い春日へ促したのだが、春日も流石に恥ずかしいのだ。

 

「春日ぁ~♪先鋒は武士の誉なんだぜ♪」

「それとこれとは話が別であろう!拙はこの手の事に疎いのだ!」

「あら、春日さま♪これは女の戦ですよ♪ここで怖気付いては我らの気持ちを覚られお声を掛けてくださった御屋形様に失礼というものです♪」

「それはそうなのだが………」

 

 煮え切らない春日に心は業を煮やして最終兵器を持ち出す事にした。

 

「春日さま。私は先程『女の戦い』と申しましたが、決して比喩ではございません。祉狼さまの妻となった者の勢力図で、我ら武田は長尾に負けているのです。」

「なん………だと………」

 

 春日の目の色が変わった。

 和解したとはいえ、長年競い合って来た長尾に武田が負けていると聞かされては黙っていられない。

 

「長尾では沙綾さまが昴さんに嫁がれた以外は全員祉狼さまの嫁となっています。しかも本日、空さま、名月さま、愛菜ちゃんが祉狼さまの嫁になる事が決定しました。人数にして我らの倍!ここで御屋形様の為に戦わずしてどうしますかっ!」

「うむ!あい判った!この馬場美濃守春日信房!全身全霊を以て女の戦に挑み!御屋形様に勝利を捧げようぞっ!」

 

 瞳に闘志を燃やす春日を見て粉雪は舌を巻いた。

 

(ここって結構焚き付けるのが上手いんだぜ…………)

 

「では心!拙は恥を捨てて汝に問う!先ずは何をすれば良い!?」

 

 ここで心は祉狼にそっと囁く。

 

「(祉狼さま。春日さまの為に私に合わせてください。)」

 

 祉狼が無言で頷くと、心は春日へ指示を出し始めた。

 

「それでは先ず接吻をしていただきます。」

「せ、接吻か!では良人殿!いざ参る!」

 

「違います!春日さまが祉狼さまにしていただくのです!」

 

「なに!?拙からするのではないのか?」

「春日さまは体の力を抜いて祉狼さまに体を預けてください。」

「あ、相判った…………では、良人殿……失礼いたす………」

 

 春日は座ったまま祉狼へにじり寄り、しな垂れる様に体を預けた。

 祉狼も春日の身体を受け止め、そっと肩を抱く。

 

「お、良人殿……」

「春日…」

 

 春日が見上げる様に祉狼の目を見ると、祉狼はゆっくりと顔を寄せ、唇を重ねる。

 

「ん………んん……んんっ!?」

 

 祉狼は今まで嫁達から教わった通り舌を春日の口内へ差し入れた。

 口付けは唇を重ねるだけだと思っていた春日は突然の事に驚いたが、心に言われた通り祉狼に口付けをして貰うのだと為すがままに舌の侵入を許す。

 歯茎をなぞられ、歯を開かれ、くすぐったい様なむず痒い様な、それでいて不快な感じは全く無かった。

 

「むふぅ!……んちゅ…ちゅく………ぁはぁ……」

 

 舌と舌が触れ合い、春日は背筋が痺れる感覚に襲われた。

 しかし、直ぐ舌を嬲られる感触に頭が支配され目がトロリと蕩ける。

 

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

………………………………………………………………………………………………………

 

 

 祉狼は春日、粉雪、心の破瓜を無事に終え、三人共幸せそうな顔をしてくれた事に喜びを感じて天井を見上げ大きく安堵の息を吐いた。

 

「良人どの♥……次は拙にもう一度♥」

 

 意識の戻った春日が心と粉雪の身体もまとめて祉狼を抱き締める。

 祉狼は力が漲り、もっと彼女達を悦ばせたいという思いが魂から湧き上がっていた。。

 

「ああ♪判った♪任せてくれ♪」

 

 この『女性を悦ばせたい』という止まらぬ思いこそ北郷家御家流が祉狼自身にもたらした変化だ。

 それは名付けるなら『絶倫力』。

 これまでも祉狼は女性達の求めに応じる受動的なものだったが、絶倫力の影響で能動的になり始めていた。

 この北郷家御家流の絶倫力とゴットヴェイドーの房中術の相乗効果で、今後の祉狼の氣は急速に増大していくのだった。

 

 

 

 

 祉狼が春日、粉雪、心と初夜を迎えている頃、スバル隊もひとつの部屋に集まっていた。

 

「はい、みんなぁあ♪食後の甘い物よ♪」

 

 甘い物に目が無い烏と和奏を先頭に、全員が昴の周りに集まって来る。

 

「羊羹か♪しかも栗羊羹じゃん♪」

「(もぐもぐ)」

「烏がもう食べてるのです!綾那、いつ口に入れたか見えなかったですよ!?」

 

 ワイワイと明るい笑い声が部屋を満たし、昴と栄子は心の傷が癒されていった。

 しかし、そんな中で兎々だけが輪の外でじっとしているのに気が付く。

 

「どうしたの、兎々ちゃん?」

「と、兎々は………お腹いっぱいらから別にいいのら……」

 

「なに遠慮してんだよー、兎々♪ほら食べろよー♪」

「もが!」

 

 三日月が兎々の口に栗羊羹をねじ込んだ。

 

「もぐもぐ、なにするのら!もぐもぐ、いくら北条の姫とはいえ、もぐもぐ、無礼れおいしいれはにれすか!もぐもぐ、ゴクン………………おいしいのら…………」

 

 兎々は呆然と飲み込んだ羊羹の味を反芻している。

 

「良かった♪兎々ちゃんのお口にも合ったみたいね♪」

 

 昴は兎々が自分の嫁になると言っていないので遠慮しているのは察していた。

 三日月も『遠慮』と言っているのでちゃんと気付いていて、兎々を仲間外れにしない様に行動してくれた事に昴は心の中で感謝した。

 

「桃には及ばないけろ、この羊羹は本当においしかったのら。昴はこんな羊羹が作れるなんて凄いのらな。」

「褒めてくれてありがとう♪兎々ちゃん♪」

「兎々は信賞必罰を心掛けているから、ほめる時はしっかりほめるのら♪」

 

「信賞必罰ってことは、ほめたんだから何かご褒美をあげるんだよな♪昴ちゃんの嫁になってあげたらどうだー♪」

 

「ふぁ!?なななななな、なにを言っているのら!兎々は典厩さまの補佐としてここにいるのら!」

 

 兎々が大慌てをしているが、嫌だとは言わないので夕霧がこれはと察して口を出す。

 

「兎々。夕霧は兎々が来てくれてとても心強いでやがるよ♪でも、姉上はそれだけの為に兎々を夕霧の補佐にした訳では無いでやがる。」

「御屋形様にはもっと深いお考えがお有りなのれすか………」

「兎々も本当は気付いているでやがろう。いや、そこに思い至っても、つい否定しているでやがるな。」

「そ、それは………」

「夕霧も同じだったから分かるでやがるよ♪」

「典厩さまもなのらっ!?」

「姉上は全てお見通しでやがる。姉上の心遣いを受け取ってくれると夕霧は妹として嬉しいでやがるよ♪」

 

 夕霧は兎々が自分の想いに素直になってくれる様に、今の自分の素直な気持ちを込めて助言した。

 

「…………兎々は………」

 

 意を決して兎々が言い掛けた時。

 

 

「兎々ちゃん!私のお嫁さんになって!」

 

 

 昴が頭を下げて求婚したのだった。

 

「はいなのれす……………」

 

 兎々は虚を突かれ反射的に答えてしまったが、頭は完全にフリーズしていた。

 

「兎々ちゃんっ♪ありがとうっ♥」

 

 昴が満面の笑顔で思いっきり抱きつき兎々の頭を撫で回すと、されるがまま兎々の頭に昴の言った言葉の意味がジワジワと染み込んで行く。

 

「………………兎々はいま………なんて答えたのら?………」

 

「はいなのれすって答えたのです、もぐもぐ。綾那にもしっかり聞こえたですよ、もぐもぐ。」

 

 羊羹を頬張りながら綾那が素っ気なく教えると、兎々はまた焦り出した。

 

「と、兎々はそんな子供(ころも)みたいな言い方しないのら!」

「綾那は嘘なんかついてないですよ。ねえ、夕霧。」

 

 夕霧は綾那に頷いてから兎々に微笑み掛ける。

 

「しっかりとした良い返事だったでやがるよ、兎々♪」

 

 信頼する夕霧にそう言われては返す言葉が無くなる兎々だった。

 

「さぁあてと!話が着いたならとっととおっぱじめるぜ!」

 

 小夜叉が咀嚼していた羊羹を飲み込むと、勢い良く立ち上がり宣言する。

 

「「お…おっぱじめる………」」

 

 兎々と暁月はその言い方から淫らな想像をして赤くなった。

 

「小夜叉ぁー、何をおっぱじめるんだー?」

 

 三日月は何の事かさっぱり判らず無邪気に聞き返す。

 

「あ?お前ら三人の歓迎会に決まってんだろ。」

 

 小夜叉の返答に兎々と暁月は安堵と肩透かし感を同時に味わい、二人は顔を見合わせて照れ臭そうに笑い合った。

 

「(小夜叉は言葉が粗野らから勘違いしてしまうのれす。)」

「(そ、そうですね……思わずふしだらな想像をしてしまいました……)」

 

「歓迎会ってなにするんだー?ごちそうはもう食べたし、三日月はお腹いっぱいだぞ。」

 

「ああっ?何言ってんだ、三日月。オレ達は鬼共ぶっ殺して満足した。うまいメシを腹いっぱい食って満足した。そんじゃ後残ってんのは性欲だろうが♪」

 

「三(らい)欲求の最初が間違っているのれすっ!」

「兎々さん!問題はそこじゃありません!って言うかやっぱり想像通りですかっ!」

 

「せいよくってなんだ?」

 

 ひとりだけ判っていない三日月が首を捻っていた。

 そんな三日月と慌てだした兎々と暁月に沙綾がニンマリ笑って肩を叩く。

 

「三日月、百聞は一見に如かずじゃ♪話を聞くより、先ずはその身で確かめるのが良かろう♪兎々、暁月、本当なら三人だけで初夜を迎えさせてやりたい所じゃが、何分(なにぶん)明日から忙しくなるからの。暫くは儂らも昴と逢瀬を楽しめないじゃろう。それにな……」

 

 沙綾は三人を寄せて小声で囁く。

 

「(今日の昴は精神的に傷付いておる。儂ら全員、慰めてやりたいんじゃ。判ってくれ。)」

 

 沙綾の囁きに三人がはっとなり頷いた。

 

「よしっ♪話は着いた♪皆、今夜は英気を養い!明日からの戦の準備に全力で挑むぞ!目指すは先陣!一番槍じゃっ!!」

 

『『『おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』

 

 スバル隊の幼女達が小さく可愛らしい拳を振り上げる。

 

 それは幼女達による肉林の宴の始まりの合図でもあった。

 

「さて、それでは兎々、三日月、暁月。このクジを引くのじゃ♪」

「クジ引きかー♪景品はなんだ♪」

「それは………」

「まさか………」

 

「景品は最初に極楽を体験する権利じゃ♪かか♪」

 

 籤引きの結果、三日月、兎々、暁月の順番となった。

 

「では、儂と夕霧、それと鞠さま、綾那、雛は補佐に付く。残りの者は栄子で遊んで待っておれ♪」

 

 沙綾に言われた通り、和奏達は栄子を取り囲んで栄子を押し倒す。

 

「破瓜だといつもより時間がかかるから、ボクの順番が来るまでたっぷりいじめてやるぞ、栄子

♪」

「犬子達の準備でもあるんだから、自分だけ何度もイッちゃダメだよ♪」

 

「あぁ♪沙綾さまからこんなご褒美がいただけるなんて♥栄子は果報者ですぅう♥」

 

 幼女達に寄って集って衣服を剥ぎ取られる栄子は既に至福の最中(さなか)だ。

 暁月がその光景を不安そうにながめるので、夕霧、兎々、沙綾が説明する。

 

「あの栄子。今は戸沢白雲斎をなのってやがるが、以前は加藤段蔵という名の忍でやがる。」

「それって『飛び加藤』のことですよね……」

「その『飛び加藤』が長尾と武田れ何をしてろうなったか、北条にも伝わってると思うのら。」

「長尾を出奔して武田に寝返ったけど、武田でも追い出されたと………その後、北条に現れるかと風魔が警戒してたんですけど………一向に現れないと思ったらここに居たんですね。」

「川中島の海津城で昴の前に現れての………恐らく一徳斎が光璃さまに隠れて真田の郷に匿ってたんじゃろ。」

「真田一徳斎と言うと沼田城を鬼から取り戻した…」

「真田の事は後で良いじゃろ。あの栄子は小さい娘に異常な執着心が有ると判ってな。昴に近付いたのもその為じゃ。」

「和奏達がああして飼い慣らしてくれてやがりますから、もう裏切る事は無いと思うでやがる。」

「栄子さんを使い熟して、最大限に能力を発揮させられるのは、雛達スバル隊だけだと思うな〜。で、栄子さんのことより、三日月ちゃんに昴ちゃんがもう手を出してるよ〜。補佐が綾那ちんと鞠ちゃんだと、三日月ちゃんが昴ちゃんに魔改造されちゃうんじゃないかな?」

 

 沙綾達は慌てて振り返ると、昴は三日月を膝の上で横抱きにキスをしていた。

 

「ふあ……口付けってベロを入れるんだなぁ……すっごくきもちいぃ♪」

「ふふ♪今からもっと気持ちよくなるわよ♪」

 

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

………………………………………………………………………………………………………

 

 

 深夜を過ぎる頃には栄子以外の全員が昴の精を得て、至福の中で眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

 駿府屋形を取り戻した次の日。

 連合軍では戦勝気分は既に払拭され、将兵一丸となって気分は次の戦場である関東に向いていた。

 それは勿論一番最初に準備の出来た隊が先陣の栄誉を賜われると皆が知らされているからだ。

 先陣には栄誉だけではなく恩賞も付いてくる。

 危険度も上がるが手柄を上げる機会も増え、将が一番槍の恩賞を貰えば足軽、雑兵にもその恩恵に与れる。

 しかも、今回は祉狼とゴットヴェイドー隊が一緒なので死ぬ確率は格段に低い。

 この機会を逃す手は無いと弱卒で知られる尾張者ですら先を争って出発の準備に勤しんだ。

 しかし、これに煽られたのが当のゴットヴェイドー隊の中枢である救護隊だ。

 先陣の隊と一緒に出発しなければならず、荷駄隊を取り仕切るひよ子が朝から忙しく準備に走り回っている。

 そんなひよ子を手伝うのが空、名月、愛菜がゴットヴェイドー隊での最初の仕事になった。

 

「では、お頭、空ちゃん、名月ちゃん、愛菜ちゃんには積み終わった荷車が報告通りか確認してもらいます。とても重要な仕事だから厳しく確認してください!」

「良し判った!」

「はい!」

「わかりましたの!」

「お任せあれ、ひよどの!この越後きっての義侠人!樋口愛菜兼続が、かわいいお目々でしっかりと確認して参りますぞ!どーーん!」

「はい!がんばってくださいね!」

 

 四人に手を振ってを送り出したひよ子の所にエーリカと転子がやって来て声を掛けた。

 

「ひよ、お疲れさまです♪」

「見てたよ、ひよ♪越後の次期ご当主さま相手にしっかり指示が出せるようになるなんて、成長したねえ♪」

 

 明るく笑う二人に振り返ったひよ子は疲れ切った顔をしていて先程までキビキビと指示を出していた頼もしさは何処にも無い。

 

「あはははは……………伊達家のご当主さまや松平家の次期当主さまや!一時的とは言え結菜さまと双葉さまに指示を出さなきゃならなかったんだよ!越後や相模のお姫さま指示を出すくらい……………………だすくらい……………………なんで私ばっかりこんなお役目をしなくちゃならないのぉ〜〜〜っ!!」

 

 ひよ子は泣いて二人に縋り付いた。

 

「な、なんでだろうねぇ〜?…………前世の業とか?」

「ふぇえええええええぇぇ!」

 

 転子の駄目押しで遂に泣き出してしまった。

 前世の業では無いが、豊臣秀吉の名を背負った宿命だろう。

 

「あ、あの、ひよ……今夜じっくりとお話を聞きますから、今は気を張って準備に精を出しましょう……」

 

 エーリカはひよ子を労ろうと優しく背中を撫でるのだった。

 

 

 この様な感じで日中は慌ただしく時が過ぎ、日が暮れると駿府屋形の一室に祉狼と美空、秋子、空、名月、愛菜が一緒に膳を並べた。

 

「美空お姉さま♪今日はわたくし達、小荷駄のことをたくさん学びましたわ♪ねえ、空さま♪」

「うん♪そうだね、名月ちゃん♪特にひよ子さんの荷の積み方はとっても勉強になったよね、愛菜♪」

「空さまのおっしゃる通り。荷車に積める荷の重さを数字の上では知っておりましたが、実際に積むには嵩も重要だと思い知りましたぞ。重い物と軽い物を荷車が安定する様に配置しなければひっくり返ってしまうなど、机の前に居ては判らぬ事。しかもひよ殿は配置次第で馬の曳ける重さを増やせるという、まるで手妻の如き秘術をお持ちで、この樋口愛菜兼続、誠に目からウロコがどやっと飛び出しましたぞ、どん。」

「三人共、今日は頑張ったな♪」

 

 愛菜の最後の表現が『目が飛び出る程驚いた』のか『目から鱗が落ちる思い』なのか判らなかったが、秋子は愛菜の成長を喜び、食事よりも話を聞くのに夢中になっている。

 美空は祉狼が三人をどの様な目で見ているのか気になり見極めようとしているが、余りにもいつも通りで本当にこれから空、名月、愛菜と初夜を迎えると理解しているのか不安になって来た。

 

「(秋子!ちょっと不安になって来たわ!このまま三人の初夜を見届けるわよっ!)」

 

「ええっ!?」

 

 まさか美空がこんな事を言い出すとは思っていなかった秋子は思わず大声で聞き返してしまう。

 

「どうされました、母上?何か珍しい動物が庭に見えたのですかな?今は紅白の玉の持ち合わせが有りませぬゆえ、捕らえることはできませぬぞ。どや。」

「この子はまた訳の判らないことを………い、いえ!何でもありません。ほら、愛菜、おかわりは?空さま、名月さま、祉狼さまも♪」

「ああ♪山盛りで頼む♪」

「おお♪さすが父上は健啖家ですな♪愛菜も負けてはいられませぬ!どーーーんとお願いしますぞ、母上♪」

「わたしは大丈夫です、秋子♪」

「わたくしもこの膳の物で足りますわ♪」

 

 美空は空と名月の分を少し少なめに用意させていた。

 それでも量が多そうで、残すまいと頑張って食べている二人を見て、やはりこの後の事を想い胸が苦しいのだと確信する。

 そんな美空の横顔を秋子はそっと覗うが、先程の耳打ちに返事をする隙が見付けられない。

 

(御大将が空さま、名月さまの初夜を見届けられるのならば、私も愛菜の初夜を見届けるべきよね?そう言えば織田家の半羽殿は不干さんの初夜に付き添ったとか。ああん!もっと詳しくお話を伺えばよかったわっ!そのまま私もお情けをいただいてもいいのかしら…………い、いいわよね……)

 

 一度祉狼に抱かれる事を思い浮かべてしまうと、もう頭から離れなくなってしまい妄想が広がっていく秋子だった。

 やがて夕餉も終わり膳が下げられ、それぞれが一度別室で肌襦袢に着替える。

 そして寝具の整えられた部屋へ先に祉狼が入り、少しすると五人が入室した。

 

「ん?美空と秋子は…」

「わ、私達は見届け役と言うか………」

「そ、その!愛菜が場を乱さない様に監視です!」

「母上………愛菜はそんなに信用ありませぬか………どや………」

 

 愛菜は情け無い顔をするが、普段の言動を鑑みれば信用が無いのは仕方の無い事だろう。

 

「見届け役と監視か………居てくれるなら二人に頼みが有るんだ。」

「あら、何かしら?」

「お役に立つことでしたら何なりと……」

 

 美空と秋子は『出て行ってくれ』と言われなかっただけでもホッとしていた。

 

「実は藤の時に思ったんだが、破瓜の前に実演して見せた方が良いと思うんだ。」

「実演って………」

「………まさか………」

「いわゆる性教育だ。その方が三人も安心するだろう♪」

 

 祉狼は言葉通り空達を思っての提案しているのが美空と秋子にも理解出来た。

 そして『三人も安心する』が免罪符として心を捉える。

 

「そ、そうよね!子の為に体を張るのは親として当然よね!ねえ、秋子♪」

「そ、その通りです!御大将!」

 

 美空と秋子は勢いに任せて早々と襦袢を脱ぎ捨てた。

 事の成り行きに戸惑う空、名月、愛菜だったが、風呂場以外で見る養母の裸身に大人の迫力を感じて見入ってしまう。

 特に美空の大きくて張りが良く乳首がツンと上を向いた乳房と、美空よりも大きい秋子の重量感のある乳房に圧倒されていた。

 

「ほら、祉狼!性教育なんだから祉狼も襦袢を脱がなきゃ!」

「お手伝いいたします!」

 

 祉狼も二人に襦袢を脱がされ、トランクスもさっさと下ろされ全裸にされてしまう。

 

「「きゃっ!」」

「おおっ!」

 

 三人の幼女は初めて見る男性全裸に驚いた。

 

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

………………………………………………………………………………………………………

 

 

 この夜、祉狼は全く休まずに五人を何度も満足させたのだった。

 

 

 

 

 翌日、出発準備の終わる隊が出そうだと、どこの隊も準備のラストスパートに入っていた。

 そんな中でのんびりと連合全体を眺める一二三と、落ち着いて現状を観察する湖衣の姿が駿府屋形の物見に在った。

 

「越後の姫様達は薬師如来どのの下に嫁いだねえ♪これで勢力図はほぼ固まったかな?」

「祉狼どのは御屋形様が見初めた方ですから、あの姫様方もその魅力を感じ取ったんじゃないかしら?」

「そう言う湖衣はどうなんだい♪海津城での心配の仕方や、甲府で金神千里を見破られた時の顔は恋する乙女だったよ♪」

「ひ、一二三ちゃん!」

 

 顔を真っ赤にする湖衣を、一二三は笑って宥める。

 

「真面目な話、越後は宇佐美殿が昴くんの嫁になった以外は八人が薬師如来どのの嫁だ。対して我が武田は昴くんに典厩様と弾正殿の二人、仮面の君に薫様、これは今後の強みではあるが、肝心の薬師如来どのの嫁の数が少ない。ここは武田の為にその身を捧げるという大義名分を掲げて二人で嫁がないかい♪」

「何かまだ揶揄(からか)われているような…………二人で?」

「ああ♪私も勿論武田の為にこの身を差し出そうじゃないか♪と、言うのは建前で、真田が生き残る為だよ♪」

「一二三ちゃん………ふぅん♪じゃあ、そういう事にしておいてあげますか♪」

「むむ、なんだい?湖衣のくせに生意気じゃないか。」

「沼田城の零美さんに万が一があったら一二三ちゃんは武藤から真田に戻らなきゃだもんね♪うんうん♪自分を納得させる良い口実が出来たねえ♪」

「好きに考えればいいさ…………それより、北条だけど……」

 

 一二三のあからさまな話題の切り替えに、湖衣は黙って、しかし笑顔で付き合う。

 

「名月ちゃんも当然数に入れてくるだろうね。あの氏康公なら。」

「それは間違い無いでしょ。三日月さんと暁月さんを昴さんの嫁に送り込めたんだもの。これで十六夜さんを祉狼さまのお嫁にすれば連合内での一応の発言力は手に入る。」

「そう言えば地黄八幡殿も独り身だったね♪これはまたひと波乱有りそうだ♪」

「氏康公自身は?噂では好き者で通ってるけど…………聖刀さまを………」

「それは無いだろう♪かの皇太子さまに手を出せば、いずれは日の本から消えなくてはならないんだ。関東大事の氏康公がその道を選ぶとは思えないね♪むしろ薫様みたいにならない様に避けるんじゃないかな♪」

「それもそうか…………あ!どうやら準備が終わった隊が有るみたい。本陣に向かって走って行くわ………うわぁ、ほぼ同時に五人の使番が飛び込んだわよ………」

 

 湖衣は眼帯を上げて金神千里で状況を見ていた。

 

「どこの隊か判るかい?」

「スバル隊と修理亮さまの内藤隊、尾張の森衆と丹羽衆、越後の直江衆ね。」

「どこも戦支度の上手な所ばかりだねえ♪」

「え?あの森衆は?」

「鬼兵庫どのは遣手だよ♪血と色に飢えたキ○ガイじゃないって事さ♪」

「酷い言い様………まあそれは良いとして、一二三ちゃん、本陣から呼ばれる前にこちらから行きましょう。」

「ああ、そうだね♪陣立の話し合いが難航しそうだしね♪」

 

 湖衣と一二三は急いで物見を降りて本陣に向かった。

 

 

 

 

 その頃、姫野は武蔵の忍城に居る朔夜こと北条氏康の下へと戻って来た所だった。

 

「ご苦労さま、姫野♪早速報告してちょうだい♪」

 

 朔夜はニコニコしているが有無を言わさぬ凰羅が有り、姫野は大人しく駿府の状況を報告した。

 

「へえ、信虎を人に戻したんだ………また評価が上がっちゃったな♪」

「確かにこの事が全国に伝われば連合の評価は上がりますね。」

「そうじゃないんだけどなぁ…………まあいいわ。あの子達の様子はどうだった?」

「ええと………十六夜さまがその祉狼ってのを良人にしたいと言われまして………」

「え?昴って子じゃなくて?」

「はい。詳細は暁月さまがこちらの書状に書かれています。なんか、公方様や諸大名も認めているらしく、その書状に署名と花押もしるしてあるとか……」

「ふ~ん♪あの子も男を見る目は有ったみたいね~♪」

「それと、名月さまもその祉狼ってやつを良人に迎えることが決まったそうです。」

「あら、名月もなの♪じゃあ、三日月と暁月は?」

「お二人は特にそういう話は聞いてませんけど?ああ、そう言えばお二人はさっき名前が出た昴ってののスバル隊と行動してるみたいでしたよ。」

「そう♪だったらこっちに来るまでには………もしかしたらもう食べられちゃったかな♪」

「ああ、それから、こちらの書簡も暁月さまからです。何でも連合内の誰が誰に嫁いだか記してあって、今後の連合内で対応を誤らない為に絶対必要な内容だとか。」

「はい、ありがとう♪これは予想以上に連合へ食い込めそうね♪さてさて、武田はどんな陣立に………あ、そうだわ♪姫野、あなたはもう縁組は決まっているのかしら?」

「えっ!?いいえ!まだですけど!」

「じゃあ、好きな相手は?」

「い、いませんよ!」

 

 姫野の脳裏には祉狼の顔が浮かんだが、姫野はまだ小姓のひとりだと思い込んでいる。

 

「そうなの?姫野は風魔を継いだんだから、早く良人を貰って子供を産みなさい。そうじゃないと分家に乗っ取られるわよ♪」

「は、はあ…………がんばります………」

 

 姫野は手柄を立てて偉くなりあの小姓(祉狼)を婿に迎えるという、戻って来る間に何度も妄想した未来を実現しようと心に決めた。

 

「それじゃあ、今から十六夜達と朧に手紙を書くから四半刻したらその手紙を持って出発してちょうだい♪」

 

「はい♪かしこまりました~♪」

 

 朔夜は意外な目で姫野を見た。

 

(いつもなら禄に休ませて貰えないと文句を言ってから渋々向かうのに、もしかして本当に好きな相手でも出来たのかしら?う~ん、姫野にも朧と一緒に祉狼ちゃんの嫁になって貰おうと思ってたんだけどなあ…………よし!十六夜への手紙に姫野が祉狼ちゃんに会える様にする事も書いときましょう♪)

 

「控えの間でお茶とお菓子を用意させるから、待っていなさいね♪」

「お茶にお菓子までいただけるんですか♪姫野ツイてる~~♪」

 

 朔夜はもう浮かれる姫野を見ていなかった。

 

(うふふ♪祉狼ちゃんが噂通り子だとおばさん嬉しいんだけどなぁ~♪そうしたら、おばさんのとっても大事なモノをあげちゃうぞ♪)

 

 朔夜は珍しく鼻歌を歌って、手紙を書く為に机の在る部屋へと足取りも軽く向かったのだった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

真恋姫英雄譚123+plus発売おめでとうございます!

自分は公式通販で手に入れました!

 

でもまだやってませんっ!

 

この投稿が終わったらじっくりやるんだ……………

と、3の時と同じ状態な訳ですw

 

 

前回の予告通り祉狼、並びに昴がファイナルフュージョンしましたw

むしろシンメトリカルドッキング?それともディバイディングドライバーでしょうか?

そうなると栄子はマーグハンド………

 

 

梅のナース服姿ですが、最初はピンクにしていました。

しかし!

戦Pチャンネルをご覧の方は目にされたと思います!

梅をデザインされたぎん太郎先生のナース服姿をっwww

自分は見終わった後、直ぐに梅のナース服を白に修正しましたwww

 

祉狼のイメージイラストを描いてみました。

もう少し幼くした方が良かったかも……

 

 

一二三が祉狼を良人にすると決意しましたが、祉狼と一二三は殆ど会話をしていません。

むしろ湖衣の方が祉狼とフラグを立ててますね。

一二三が祉狼にどう接近するかをこれから考えたいと思いますw

一二三の子源次郎信繁と、雪菜の子藤次郎政宗は同い年にしたいので、一二三には頑張ってもらいたいですね。

 

今回の新キャラ

 

風魔小太郎 通称:姫野

書いていてとっても楽しいキャラです♪

祉狼に対してお姉さんぶるチョロいアホっ子という立ち位置でしょうか。

どの段階で祉狼の名前と正体を知るかお楽しみに。

木刀を持たせるか現在思案中w

 

北条氏康 通称:朔夜

モノローグでお判りと思いますが、朔夜の標的は祉狼です。

イメージとしては性に奔放で極度のショタコンの有閑マダムw

剣丞か駆け引きで朔夜と渡り合いましたが、祉狼には絶対無理ですwww

鬼の毒を自力で消す御家流を持つ朔夜ですが北郷家御家流は効果が有るのか。

祉狼と朔夜の対決が自分でも楽しみです♪

 

 

 

 

Hシーンを追加したR-18版はPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7118734

 

 

さて、次回こそは朧登場!

舞台は恐らく玉縄城!

ファイナルなフュージョンでシンメトリカルなドッキングを承認!

 


 
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