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ALO~妖精郷の黄昏・UW決戦編~ 第38-14話 皇帝の最期

本郷 刃さん

第14話目です。
今回も遅れてしまいましたが投稿です、概ねタイトルかと。

どうぞ・・・。

2016-07-04 16:56:51 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5959   閲覧ユーザー数:5433

 

 

 

 

第38-14話 皇帝の最期

 

 

 

 

 

 

 

No Side

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」「さっさとログアウトしやがれ!」

『いけいけぇっ!』『数で押しつぶせ!』

 

武器と武器がぶつかり合い、弓が引き絞られて矢が放たれ、

魔法による属性攻撃で様々な効果が起こり、銃火器によって地面が爆ぜていく。

雄叫び、怒号、悲鳴、様々な声が所々から聞こえては掻き消えていき、また新たな声が上がっていく。

 

そんな中、守られる側の存在であるUWの住人達はただ守られることをよしとしなかった。

現実世界(リアル・ワールド)の住人である彼らはこの世界で死んでもリアルの肉体は死なないが、

いまこの世界に来るために使っている肉体(アバター)は消滅してしまうと彼らは聞いた。

アバターというその体には、彼らがこれまで年月を掛けることで財産・経験・努力を込めることで、

たくさんの思い出の集大成ともなっている。

やられるつもりはないとはいえ、

半身ともいえるその体を懸けて戦ってくれているUWコンバート軍(以降『コンバート軍』)に守られるだけはありえない。

お互いにこの世界での命は一つ、ならば共に戦うのが道理というものだと人界守備軍も暗黒界軍も理解していた。

 

「個々で対応するなよ! 連携して味方を守りつつ確実に倒せ!」

 

キリトがハクヤ達と共に振るった猛威やアスナとシノンの管理者権限の圧倒的な威力、

ALOプレイヤー達の大規模魔法やエクストラアタック、GGOの銃火器の陰に隠れてしまったが、

人界守備軍の指揮を執りながら不正アクセス軍(以降『アクセス軍』)のプレイヤー達を、

確実に斬り倒していく整合騎士長であるベルクーリの手腕も見事な物である。

 

「アリス、右だ!」「ありがとう、ユージオ!」

 

お互いをフォローし合いながら戦うのはユージオとアリス。

迫る敵を斬り裂くアリス、彼女を守るために迫ろうとする敵を容赦無く斬り捨てるユージオ。

二人揃ってその眼には迷いなどなく、互いを守り合うこの二人に届く攻撃などない。

 

「駆けろ、雙翼!」

 

戦場を縦横無尽に駆け巡り、変幻自在の動きを行うブーメラン型の神器『雙翼刃』。

担い手である整合騎士レンリはやや後方で人界守備軍の囮部隊の許で武器を振るっている。

敵にも相当な耐久値の防具を纏う者が居ることを察した彼は雙翼刃を操ることに集中している。

狙っているのは防具の境目、あるいは耐久値が低そうな部位、その箇所へ向けて空を舞う刃が振るわれ、

アクセス軍のプレイヤーは体の四肢を切断されていく。

 

「ん、邪魔です」

 

シェータは止まらない、ただ前進するのみ、彼女の前に立っている者はいない。

彼女に向かっていったアクセス軍は全てその悉く問答無用で斬り裂かれていった。

どれほどの防御力や耐久値を誇ろうとも、シェータの切断性を込められ、

絶対的な切断力である神器『黒百合の剣』の前では、敵の全てが文字通り形無しとなった。

 

「お前ら、敵は赤いのだ! 武器を砕き、鎧も砕いて、奴らの体に拳を叩きこんでやれ!」

 

拳闘士であるイスカーンは部下達を率いて抜けてきたプレイヤー達と戦う。

まさしく有言実行、武器も鎧も砕いて拳で殴り、蹴りつけて吹き飛ばす。

UWの者であれば骨が砕け、首や四肢は回らない方に回り、内臓は破裂していただろうが、

アクセス軍はそういった光景にならずに済んでいる。

だが、それと同等の痛みは受けているのだ。

 

「負傷者はこっちへ! すぐに治療を!」

 

中衛や後衛が集中している後方では慌ただしく修道士や治癒師(ヒーラー)が治療を行っている。

軽傷から重傷、UWの住人だと危篤状態の者までいるが、いまのところは死者を出してしまうことなく治療を行えているのだ。

これも一重にコンバート軍におけるALOのメイジであり、ヒーラーでもある者達のお陰だろう。

水妖精族(ウンディーネ)風妖精族(シルフ)は回復魔法や補助魔法が得意であり、特にウンディーネは回復魔法に優れている。

ウンディーネの上級回復魔法により重傷や危篤状態だった者達はあっという間にその怪我が治る。

これには修道士達だけでなく他のUWの者達も目を見開いて驚いていた。

 

同じ世界の者同士ではない治療行為は両者の心に確かに繋がりを齎した。

UWの住人の修道士や治療を手伝っている者達は怪我をしてまで自分達を助けに来てくれた彼らに感謝の思いが絶えず、

現実世界のプレイヤー達は激痛がする体の痛みを癒してくれる神聖術の温かさと無事を喜んでくれた彼らが、

本当に生きている命と魂なのだと実感した。

また、それは武器を振るい共に戦う者達も同じだった。

隣に立ってお互いの為に武器を振るう、最早プレイヤー・人界人・暗黒界人という壁はなく、共に戦う戦友という繋がりが出来た。

 

ゲームだと思う者達とは違う、彼らはいま強い思いで繋がれている。

 

 

 

闇の皇帝【暗黒神ベクタ】であるガブリエル・ミラーは攻めあぐねている。

アリスを奪取するべく飛竜に乗りある程度まで距離を詰めることは出来たが、容易に近づくことが出来ない。

それはALOのメイジ部隊による魔法、弓兵達による矢、GGOプレイヤーの銃撃による弾幕が接近を阻んでいるからだ。

加えて、飛竜に乗っていることもあって的が大きくなっていることも理解している。

 

「(だが、手を拱いている場合ではない…時間は限られている、向かえの本隊が来るまで現実ではそう長くもないだろう。

 ならば、ここは仕掛けるか)」

 

既に暗黒騎士団は離脱している、他の暗黒界の飛竜達の背に乗る者は居ない。

これ以上にない好条件だと判断し、ガブリエルは飛竜達と共に急降下を決行した。

 

 

 

上空に何かを感じ取ったのはキリト、ハクヤ、ハジメ、ヴァル、シャイン、クーハ、ユージオの七人だった。

彼らは皇帝ベクタが攻撃を行うという心意を感じ取り、すぐさま上空に対しての迎撃態勢を取る。

 

「「エンハンス・アーマメント!」」

「「「「「であぁぁぁぁぁっ!」」」」」

 

キリトは神器『夜空の剣』の、ユージオは神器『青薔薇の剣』の『武装完全支配術』を発動した。

黒き奔流が夜空の剣より溢れて空を裂き、

本来は氷の蔓で全てを包み込んで花を咲かせるユージオの武装完全支配術も姿を変えて氷の奔流となり、

ハクヤ達の心意の刃もベクタの乗る飛竜に向かって放たれていく。

 

だが、黒と氷の奔流も心意の刃もベクタと彼の乗る飛竜には届かなかった。

周囲を飛んでいた飛竜達が前に出て、それら全ての攻撃を盾となって受け止めた。

ベクタは上位者権限として飛竜達に盾になるように指示を出したのだ。

 

「くっ、飛竜達になんてことを……ユージオ!」

「分かってる! エンハンス・アーマメント!」

 

キリトはベクタの行動に怒りを覚えながらもユージオへ声を掛け、彼は武装完全支配術を一度解くと即座に再び発動する。

今度は通常時の武装完全支配術であり、

ユージオと傍に居るアリスを囲むように氷の茨がとぐろを巻きドーム状となって二人を包み込んで花を咲かせる。

さらに内部を黄金が満たし、二人の姿は見えなくなる。

 

二十を超える飛竜が魔法、矢、投擲道具、弾丸の弾幕を突破し、氷の薔薇へと殺到した。

群れる飛竜達は氷の蔓と薔薇によりその体を徐々に凍らされていくが、

問答無用と言わんばかりにブレスを吐いて氷を溶かし、強靭な体を動かして砕いていく。

同じ飛竜同士さえも攻撃し、氷はその表層を破壊されていった。

 

そして最後の氷の膜が破壊された時、内側から黄金の奔流が溢れ出した。

それは金色の花弁、その正体はアリスの持つ神器『金木犀の剣』の武装完全支配術であり、

一枚一枚が巨人の一撃を誇る小さな刃の数々だ。

花弁達はアリスの意思と彼女の持つ剣の動きによって動き、一斉に暗黒界の飛竜達を全滅させた。

 

「ご苦労、だから楽になるといい」

 

黒き飛竜がアリスの目前にまで来ていた。

金色の花弁はベクタが虚無の心意を纏いながら振るった剣により僅かな距離だが吹き飛ばされた。

開かれた視界から受けたあまりにも冷たい心意にアリスは恐怖し硬直してしまった。

整合騎士らしからぬ、人によってはアリスらしからぬと思うかもしれないが、それは実際に対面した者しか解らない。

 

現実世界のガブリエル・ミラーという人物を見れば、ただその心に何も持たない虚無感に溢れている者としか見えない。

だがここはUW、そのあまりにも深い虚無が心意となって表れる。

一瞬の後、守るべき対象であるはずのアリスが奪われる、それは一目瞭然だった。

 

――ザシュッ!ギュラァァァァァッ!?

 

「なに…?」

「アリスは渡さない! お前には死んでもらう!」

 

その一瞬に動いたのはベクタの虚無の心意を物ともしないユージオだった。

彼は迫る飛竜を斬りつけ、ベクタに対して怒りの表情で言葉を投げつけた。

それはそうだ、ユージオからすればこれ以上のもの、キリトの憤怒を見たことがあるから臆するほどではない。

それにアスナやキリトの仲間も似たような心意を放っていれば気にはなっても別段思うことはないのだ。

 

ベクタの判断は別の状況であれば良い物だったと言える。

キリトとユージオが居らず、コンバート軍の援軍が遅れ、拳闘士団と暗黒騎士団が離反していなかったらの話しだが。

そしてこの状況では悪手、一時的に行動が鈍ったベクタの乗る飛竜の周りに七つの人影が跳び出した。

 

「日本語のお勉強だ、いまのお前は『飛んで火に入る夏の虫』というところだ!」

 

キリト、アスナ、ハクヤ、ハジメ、ヴァル、シャイン、クーハが跳び上がり空中で心意の刃を放った。

七人が放ったそれぞれの斬撃は飛竜をバラバラにし、騎乗していたベクタは地上に降り立つしかなかった。

 

その場所は最前線、連合軍とアクセス軍がぶつかり合っている中心地に近い連合軍側である。

正面にはユージオと目的のアリス、しかし自身の周囲に居るのはキリト達七人、計九人の猛者に囲まれている。

だが、ユージオとアリスを庇うように二人の後ろから進み出る者がいた。

 

「コイツは俺に任せてくれ、ベクタの肉体っていうことならアレ(・・・)が通用するはずだ。

 お前さんらは赤いプレイヤーって奴らを頼む、あの攻撃を見る限り適材適所だろう」

「……分かった、ここは任せる。だが気をつけてくれ、奴は普通じゃない。

 俺と戦っていると思った方がいい、そのくらいの気概で臨むんだ」

「お前さんと事前に戦っていて良かったよ、それなら戦えそうだ。そら、行ってくれ」

 

ここだけが戦いの場ではない、この広い戦場で味方が各々の全てを懸けて戦っている。

UWの住人達は文字通り命という魂を懸けて、コンバート軍のプレイヤー達は全てを込めてきた半身(アバター)を懸けている。

一人でも多く生き残らせるためには、キリト達の数を物ともしない圧倒的な戦闘能力をぶつけるのがいいのだ。

 

「頼む、みんな行くぞ!」

「小父様、ご武運を!」

「おう、任せとけ。ユージオ、嬢ちゃんを確り守れよ!」

「ベルクーリさんも気を付けて!」

 

キリトとアスナがユージオとアリスを守るようにしながらその場から去る。

それを黙って見逃すほどこの男、ベクタは甘くない。

 

「逃がさん」

 

放たれた執念の乗る心意の刃。

しかしそれはハジメが心意の刃で相殺し、進行先にハクヤ達が心意の斬撃を地面に向けて放ったことで砂煙が舞い、

晴れた頃にはキリト達の姿は消えていた。

そしてベクタの目前に刃が迫る、ベルクーリが神器『時穿剣』を振るったのだ。

いきなり迫ってきた剣を瞬間的に剣で弾き、両者は相対する。

 

「お前の相手は俺だ。好き勝手やってくれた分をここで返してもらうぜ」

「そうか、ならばすぐに終わらせる」

 

対峙し合った瞬間、ベルクーリを圧倒的な虚無の心意が襲い、その重圧に動きが鈍りそうになる。

だが、先程キリトに言われたことを思い出す、

“俺と戦っていると思った方がいい”という言葉を考えたことで、ベルクーリに変化が訪れる。

 

「(気のせい、じゃないな。間違いなく体も意識も軽くなった……なるほど、本当にキリトと戦ったことがあってよかった。

 礼を言うぜ、キリト。ここで恩を返す!)」

 

そう考えたことでベルクーリに掛かっていた余計な重圧は減り、適度な緊張感となる圧力になった。

同格や格上と戦う際に適度な緊張感や恐怖を持つことは冷静になるために必要なことであり、

余分な物が減ったことで戦闘において最適な状態になった。

 

人界軍総大将にして整合騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワン、

暗黒界軍総大将にして闇の皇帝である暗黒神ベクタ、

両軍の総大将達が雌雄を決するべく剣を交える。

 

 

 

 

――数時間前・UWの夜明け頃

 

街の中の奥まった路地のさらに奥の家、その二階の窓から南西の方角を見据える男性が居た。

そんな彼の許へ女性が近づき、軽く頭を下げてから声を掛けた。

 

「閣下。全員の招集、武装と道具、飛竜の用意、全ての準備が完了いたしました」

「ご苦労。すまないな、手間を掛けさせる」

「手間などと、そのようなことはありません!

 元はと言えば、私の独断が招いた結果です……それなのに閣下や皆にまで迷惑を掛け、このようなことに…」

「謝ることはない、お前がしなければ俺がしていただろう。

 そう考えると、今回ばかりは人界軍からの攻撃に感謝しなければならんな」

 

申し訳なさそうに謝る女性に男性は苦笑しながら応えた。

この場に居るのはこの二人だけだが、他の部屋や建物には自分達を慕い信じて付いてきた者達も集っている。

男性は右眼が無く眼帯をしており、女性は左腕が無い、

それでも命があるという現状は先日に起きた二人に関する事件を考えれば十分にマシなことなのである。

 

「それにしても、これほどの人数が付いてくるとは思わなかったぞ。物好きな奴らだな」

「私も驚きましたが、これも閣下の人徳によるものでしょう」

 

男性にとっては暗黒界人の自分に人徳があるのだろうかと思ったが、

それがなければ隣にいる女性も居ないだろうと思い、そうしておくことにする。

男性は鎧とマントを纏い、女性を引き連れて建物を後にし、フード付きのローブで顔と体を隠して街を出る。

街の外には数十頭の飛竜と共に自分達と同じようにフード付きローブを纏っている者達が集っていた。

一同は彼に気付くと片膝を突き、頭を垂れた。

 

「俺が直属の上司とはいえ、それ以上の指揮権は皇帝にある……にも関わらずに俺に付くことを決めてくれたことに、感謝する」

「閣下…」

 

男性の言葉に集まっている者達は息を呑み、同時に彼の心からの言葉に感極まる者もいる。

それだけで男性が彼らから信頼を得ている証拠になる。

 

「これから俺達が為そうとしていることは傍から見れば大罪になるだろう。

 だが、皇帝は降臨した際にこう言った、反逆大いに結構、自分に示してみろと。

 ならば、再び示してみせよう、かつて俺達を見捨てて天界へと還った暗黒神に、世界の未来は俺達で決めるのだと!」

「「「「「「「「「「御意!」」」」」」」」」」

 

一斉にローブを振り払い、彼らの姿が露わになる。

黒い甲冑に身を包み、黒い飛竜に騎乗していく彼らの姿はまさしくこの暗黒界の騎士のもの。

先頭の飛竜には男性と女性が相乗りし、飛竜はいまこそ飛び立たんとしている。

 

「これより、暗黒神ベクタを討つ! 出陣!」

 

男性の掛け声の直後に飛竜が駆けてから飛び立ち、後続の飛竜達も次々に飛び上がる。

隻眼の男性と隻腕の女性、二人と付いてきた者達もまた戦場に辿り着かんとしていた。

 

 

 

――十数分前・人界守備軍本隊

 

夜明けと同時に人界に入るための全ての入り口がカーディナルの術式によって封じられ、

人界を覆うように結界が展開されたことで外側から入ることは何者にも出来なくなった。

そして最後の状況確認や情報共有が行われ、副騎士長のファナティオと最高司祭のカーディナルによる進撃の宣言が為された。

 

それがオーク族の部隊と遭遇する前のことであり、一時はオーク族との戦闘も視野に容れられた。

だが、そこにあった光景はオーク族の長であるリルピリンと親しげに話す、

絶世の美少女と物語に出てくる妖精のような耳と翅を持つ少年の姿だった。

リーファとルナリオである。

 

「お主ら、現実世界(リアル・ワールド)の者達じゃな? キリトの言っていた仲間、そっちの娘は【地神テラリア】か」

「なっ、テラリア様!?」

 

カーディナルは管理者権限により二人が現実世界からフルダイブしていることが分かった、

ファナティオを含む他の人界人達はそうではない。

あのキリトの仲間ということも驚きだが、なによりも【地神テラリア】が降臨したことが驚愕なのだ。

ざわめく彼女達を余所にオーク達を庇うように前に出るルナリオとリーファ。

 

「ボクはルナリオっす。キリトさんの名前が出たっすけど、知り合いっすか?」

「うむ、わしの名はカーディナル。キリトには大変世話になってな、これから援軍に向かうところじゃ」

「お兄ちゃんのところに!?」

「なんじゃお主、キリトの妹なのか?」

 

妹!? そのことにファナティオを含め彼を知る整合騎士達は驚愕する、まさかキリトの妹が【地神テラリア】だとは、と。

ということはキリトも神の一柱なのかという疑問が浮かび上がるが当然ながら誤解であり、

後日勘違いだと判明するのだがそれはまた別の話。

 

さて、そこでカーディナルはオーク達、中でも長のリルピリンを一瞥する。

彼の右眼が失われており、しかも攻撃を受けてのことでないことや二人と話をしていた様子から察する。

 

「オークの長よ、名をなんという?」

「おでの名前、リルピリンだ」

「わしは人界公理教会の最高司祭を新たに務めることになったカーディナルという。

 先程の主らの様子を見るに、南下して皇帝ベクタに戦いを挑むつもりだったのではないか?」

「へぇ、よく分かったっすね。やっぱ強い人になるとそういうの分かるもんなんすか?」

「まぁ色々と察せられる要素があっただけにすぎんよ」

 

リーファやリルピリン達は驚いた様子を見せているがルナリオからすればキリトで慣れたものなのだ。

お互いに色々と話したいこともあるのだが、いまはそれどころではない。

 

「いまは先を急ごう、主らがここに居るということは既に戦いが始まっているということ。強行軍になるが、問題無いか?」

「我らは問題ありません」

「おで達なら大丈夫だ、それぐらいしなぐぢゃ、皇帝とは戦えねぇ」

 

カーディナルの問いかけに代表してファナティオとリルピリンが答える。

ただファナティオを始めとした整合騎士達、人界守備軍にはオークが共にいて大丈夫なのだろうかという思いがある。

それはオーク達も同じだが、カーディナルとリルピリンはまったく心配していない。

 

カーディナルは長であるリルピリンが『コード:871』を破っていることやそのフラクトライトの性質を把握しているからであり、

リルピリンは先程に決めたベクタを倒すという強い思いから人界人でも同じ目的なら大丈夫かもしれないと判断している。

同族達に関しては長である自分に反することはないと信じているから。

 

「強行軍になるが、少しでも多くの戦力を先に送りたい。

 ファナティオ、デュソルバート、アーシン、ビステン、エルドリエ、お主らは飛竜で一足先に戦場へ向かえ。

 本隊はわしと下位騎士達で先導する」

「「「「「はっ!」」」」」

 

カーディナルの指示の下、五人の上位騎士達は飛竜の高度を上げる。

 

「ルナくんも先に行って、あたしは彼らと一緒に行くから。お兄ちゃんをお願い」

「了解っす、任せるっすよ」

「それと気を付けてね。絶対に無事で…」

「リーファも気を付けて」

 

翅の無いリーファは飛翔することは叶わない、だがルナリオは違う。

そして最高戦力でもある彼を先に行かせるのが最良だと彼女は判断し、彼もそれを了承する。

リーファとしては一緒に戦いに行きたいが、今回ばかりは後詰めに回るしかない。

その思いを汲み取ったのか、ルナリオは優しい笑みを浮かべリーファを安心させるように彼女の額にキスをした。

 

「んじゃ、行ってくるっす!」

 

優しい笑みは無邪気な笑顔に変わり、頬を赤らめるリーファから離れて最速で地を駆け抜ける。

大地を駆け、十分な助走がついたところで飛び上がって翅を展開し、一気に空を駆け抜けていく。

飛竜にも負けない速度で空を駆けていき、その姿にUWの住人達は呆然とし、上位騎士達も急いで彼の後を追っていった。

 

「ではわしらも急ぐぞ!」

「はい!」

 

リーファとカーディナルは人界守備軍とオーク達を率い、こちらも偶然にも人界軍と暗黒界軍の連合軍となり進軍することになった。

 

 

 

 

――現在

 

ベルクーリとベクタは数百合(すうひゃくごう)を超えるほどに剣を交えていた。

どちらにも大きな消耗は見られないがベルクーリはところどころに傷があり、

ベクタには【暗黒神ベクタ】のステータスという圧倒的有利な物がある。

ベルクーリの天命(HP)は整合騎士ゆえに通常の人に比べれば圧倒的な量といえるが、

ベクタの天命は整合騎士などの比ではないほどに膨大だ。

全体的なステータスでもベクタの方が上だが、それでもベルクーリが戦えているのはその剣技や経験からだ。

 

しかし、やはりベルクーリには決定打となるものが一つしかない。

それは記憶解放術、彼の場合は記憶解放技の《時穿剣・裏斬》である。

この技ならば【暗黒神ベクタ】というこの世界の記録にある存在を切断し、繋がりを断ち一撃で倒すことができる。

武装完全支配術、彼の場合の武装完全支配技の《時穿剣・空斬》では空間を斬って斬撃を残したとして、

心意を吸収されてしまうのが目に見えているのだ。

キリトからベクタの特性(管理者権限)を聞いていなければ無駄に《空斬》を使っていただろう。

 

故に《裏斬》をどう当てるかになるのだが、相手を確実に倒す以上は命を懸ける必要があると判断する。

 

「(嬢ちゃん、キリト、ユージオ、無事にってのは無理だ。だが必ずコイツを倒す。だから、すまない……ファナティオ)」

 

覚悟を決めたベルクーリはベクタを討つべく、《裏斬》を準備する。

 

「お前の魂は重く、濃すぎ、そのうえ単調だ。もう飽きたところだ、消えるがいい」

 

キリト達が放つ心意とはまったく別種の濃い心意がベルクーリに襲いかかり、その重圧に僅かに動きが鈍る。

最初の打ち合いでも予想以上の動きや攻撃をされたことで傷を負ったが致命傷にはならなかったものの、

精神力や体力面でベルクーリは自身が思っていたよりも消耗していたのだ。

改めて覚悟を決め、迫る圧倒的な心意を乗せられた一撃に反撃の行うべく備える……その時だった。

 

――ドゴォォォォォンッ!

 

何かが爆発したかのよう轟音が鳴り、地面に衝撃が伝わる。

二人の足元にも衝撃は伝わるがどちらも心を乱すようなことはせず、動こうとする。

だが、さらなる攻撃が両者を、いやベクタを襲う。

それは空から一直線に彼に向かう光線であり、その光速の一撃にベクタの左腕が貫かれ、思わずバックステップで距離を開ける。

 

「ベルクーリ閣下、ご無事ですか!」

「ファナティオ!? 本隊の奴らは、それにお前の中には…!」

 

そこへ現れたのは飛竜に乗るファナティオであり、彼女はベルクーリの傍らに降り立った。

カーディナルが人界を大規模神聖術による結界で守り、

本隊と共に援軍に来ることをキリトからの報告で知ってはいたが、肝心の本隊が来ている様子はない。

まさか指揮を放棄して単独で来たのではないかとも思うが今の彼女(・・・・)がそうするとは思えなかった。

 

「上位騎士全員が飛竜で先行し、本隊はカーディナル様が率いておられます。

 途中、暗黒界軍を離反したオーク族と亜人族の残党も共にこちらへ向かっております。

 強行軍ではありますし必ずや到着することでしょう」

「そうか、まぁ助かったわ」

 

亜人族達も離反したとなると暗黒界軍は最早あの赤いプレイヤー達だけだと判断するベルクーリ。

カーディナルが居るのならば何か問題が起きても対処できるだろうとこれ以上は気にしないでおく。

しかし、それよりも彼女がここに来たことが嬉しく思ってしまい、苦笑を浮かべる。

 

「だが、もう無茶はしないでくれ」

「それは私も言いたいところですが、分かりました。貴方の為にも、この子(・・・)の為にも、私は援護に回ります」

 

ファナティオは空いている手を自身の下腹部にそっと置き、彼女の中の存在を確かなものとさせる。

妊娠、それこそがファナティオが戦争開始当初より行動に制限が出た理由だ。

既に三ヶ月が経過していたことが彼女の行動を意識と無意識の狭間で制限させていた。

それでも生き残らなければ話にならない、ファナティオは神器『天穿剣』を抜き放っており、

ベルクーリも心強い彼女の存在に重圧から解き放たれた。

 

「不意を突かれたが一人増えたところで、くっ…!?」

 

ベクタが再び剣を振りかざそうとした時、彼に向けて剣が薙ぎ払われ、間一髪で受け止める。

再度突如の攻撃に晒されたベクタ、彼に攻撃を加えた者の姿が明らかになる。

 

「それじゃあもう一人増えたところで変わりはしないよな、皇帝陛下」

「貴様、暗黒騎士の…」

「シャスター!?」

 

僅かだが困惑するベクタ、ベルクーリも驚きながら彼の名を呼んだ。

そう、暗黒界の街より皇帝を打倒すべく出陣した勢力は暗黒騎士団の一派だ。

率いるのは黒き鎧で身を纏う暗黒騎士団団長、ビクスル・ウル・シャスターである。

 

「久しぶりだな、ベルクーリの親父。俺もコイツには借りがあってな…」

 

 

 

なぜ暗黒騎士団団長であるビクスルがいままで姿を隠し、いまになって反逆という形を執ったのか、それは先日まで遡る。

 

長らくセントラル・カセドラルに潜入していたビクスルの部下である暗黒騎士第十一位のリビア・ザンゲール、

彼女が急遽暗黒界の自分の許へ戻ってきた。

リビアはアドミニストレータが死んだことを報告し、

ビクスルはこれを好機として整合騎士長であるベルクーリに和解を申そうとしていた。

 

そこへガブリエルがベクタとして降臨し、人界に侵攻することを宣言した。

リビアはビクスルの願いである和解を成立させるため夜にベクタの許へ赴き、夜伽と偽って暗殺しようとしたが失敗してしまう。

その時、運よくというべきかオブシディア城をカーディナルの超遠距離大規模神聖術が襲い、

リビアは腕をもぎ取られるということになったが逃亡に成功した。

 

ビクスルはリビアをすぐさま保護して自身の考えに賛同している者達や信頼のある者達を連れて城から逃走した。

追手が差し向けられたものの散開し、各々が個人で身を隠すことでなんとか難を逃れた。

それも当然、ベクタは人界への進行を優先とし、追手に向ける人員をやめさせ、総戦力を軍に編成したからだ。

 

その際にベクタへの怒りなどからビクスルは右眼の封じを破り、失ったのである。

暗黒界軍が出陣した後、ビクスルはリビアと共に散らばった一派を集め、戦力を整えた。

そして出陣し、戦場についてみれば残っていた暗黒騎士団と拳闘士団は人界軍や見たこともない者達と共に、

赤い異形の集団と戦っていた。

その中でビクスルはベルクーリがベクタと戦っているのを発見し、リビアに指揮を任せて飛竜から降り攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

 

「女の腕を取られてな。まぁ細かい話は後で、いまは共同戦線といかないか?」

「分かった。それよりも暗黒騎士団の指揮を早く執らせた方がいい、統制が取れていないからな」

「ああ、リビア! 地上の騎士団の指揮も執れ、敵はあの赤い奴らだけだ!」

「はっ! 全員、私に続け!」

 

ビクスルの指示を受けてリビアは飛竜を駆って他の騎士達を率い、地上に居た部隊を合流していく。

何かしらの指示を受けたのか、地上に居た騎士団の動きに統制が執れていき、赤いプレイヤー達と戦っていく。

 

「さぁて、今度こそ終いにしようぜ、皇帝ベクタ」

「部下や同胞達の命を駒にした行い、ここで断たせてもらうぞ!」

「面倒だな…」

 

直後、ベルクーリとビクスルは同時に動いた。

 

圧倒的なステータスの差を物ともせず、二人はベクタの肉体に攻撃を当てていく。

それもそのはず、ベルクーリとビクスルはこの世界でも最高クラスの騎士であり、

幾度も剣を交えてきた彼らは即席のコンビネーションとはいえかなりのものである。

暗黒神のステータスがあれども、剣のみでの戦いとなればベクタといえども戦いづらい。

加えて、時折だがファナティオの天穿剣から光線が放たれ、ベクタの動きを制限させる。

 

しかし、二人合わせて数百もの傷を与えていくが天命を消費している様子はやはりなく、ベクタの様子そのものも変化しない。

だが、事態は確実に進行しており、それにベクタが気付くはずもない。

ファナティオは知っている、ベルクーリの記憶解放技を。ビクスルは知っている、ベルクーリの技の特性を。

だからこそ、ベクタの動きを固定させるように動きを制限させるように戦っているのだ。

 

「それにしても、剣の腕前は二流どころか三流らしいな」

「まったくだ。どうやら奪った神の肉体だけでしか戦えないらしい」

「結果が全てだ。過程などどうでもいいだろう」

 

敢えて言葉を交わす二人の騎士の長、それに対し言葉短く反応を示すだけのベクタ。

だが二人は理解していた、ベクタは興味が無く気にするつもりもないだけだということを。

故に彼らの術中に嵌っていることに皇帝は気付かない。

 

そして、その時は訪れた。

幾度となく為された剣戟はパターン化されており、十分後という時間の経過がそれを斬り裂いた。

 

「なんだと…?」

 

斬り裂かれたのはベクタの体、左肩から右腰にかけて分断されており、凄まじい量の血が噴出した。

何が起こったのかそれを理解できず、しかしすぐにどうでもいいと思いながらベクタの上半身は地面に落下した。

直後、漆黒の光が心臓部から溢れだし、天へと昇った。

 

時穿剣による《裏斬》、十分前に斬っていたそれは確かに十分後に最後にベクタが立った場所を斬り裂いたのだ。

 

「はぁ、一人じゃ出来るわけなかったってことか。感謝するぜ、ビクスル」

「礼は人界との和平で手を打とう。そしてまずはアレらを全滅させるのが先だろう?」

「そうだな。さっさと終わらせて、和平を成立させちまおう」

 

ベルクーリとビクスルは言葉を交わし合った後、それぞれの部隊の許へ戻った。

二人の騎士の長の活躍により、闇の皇帝である【暗黒神ベクタ】は敗北し、ガブリエル・ミラーは現実世界に戻されることになった。

 

だが、戦いはまだ終わってはいない。

 

No Side Out

 

 

To be continued……

 

 

 

 

 

あとがき

 

遅れてしまい申し訳ないです、しかし今回も投稿できたのはまだ良かったです…。

 

というわけでベクタ終了ですw そして生きていたビクスルとリビア、それにファナティオも参戦しての勝利。

 

ビクスルとリビアが生きていた理由は本文にある通り、カーディナルの大規模神聖術でした~w

 

戦闘内容をほぼ書かなかったのは原作でベルクーリが一人で戦ったやり方にビクスルとファナティオの援護を加えただけだからです。

つまり戦闘内容そのものはほとんど変わっていないということなのでこういう風にしました。

 

暗黒神ベクタと暗黒騎士ヴァサゴは終わりましたが、ガブリエルとPoHはこのあとに続くのでご安心?を。

 

そして次回はついに皆さんのアバターによる戦闘になります、丸々一話アバター戦ということですよ。

しかしこの一話だけになりますのでなるべく確りと書きたいと思っています。

 

ではまた次回をお楽しみに!

 

 

 

 


 
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