No.854878

【3章】

01_yumiyaさん

3章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け

2016-06-23 22:31:12 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1001   閲覧ユーザー数:990

【風隠の祭壇】

 

荒ぶ風、紡ぐ終わり

遠く、聞こゆる声音

 

導きのしるべとなる

 

 

 

木々が鬱蒼と茂る森の中で、ひと抱えはあろう大きなタマゴとにらめっこしている少年は唸るような声を絶えず漏らしていた。

少年の目の前にあるタマゴは赤色で、炎のような模様が付いている。

そろそろ産まれてもいいハズなのだがそんな兆候は全く感じず、タマゴは静寂を守っていた。

唸りながら少年はタマゴを軽くノックするようにコツンと叩く。

ヒビすら入る気配すらなく、すぐにタマゴは静けさを取り戻した。

若干涙目になっているこの少年の名を、レオンといった。

 

「そろそろ出てこいよー…」

 

タマゴに優しく触れながらレオンは涙声で話し掛ける。

レオンの所属は竜騎士団。相棒となるドラゴンとともに機動力を生かし戦場を駆け巡る花形舞台。

まあ、特に戦争などない今は便利な運送屋という側面が強いのだが。

 

昔、竜騎士団隊に入る前の幼いレオンは、ドラゴンを従えて空を駆け巡る竜騎士に心奪われた。

キラキラした目でレオンが遠巻きに眺めていたらその竜騎士に見付かって「なんだチビッコ、俺の相棒に興味あるのか?」と笑顔で捕まりそのままひょいと抱え上げられ、その竜騎士の従えるドラゴンの眼前へと運ばれたときの恐怖は忘れられない。喰われるかと思った。

幼いレオンの恐怖とは裏腹に、そのドラゴンは噛み付いてきたりせず大人しく首を傾げるような仕草を見せる。

「撫でてやってくれ、相棒は撫でられるの好きなんだ」とニコニコ笑うその竜騎士の言葉を信じ、レオンは恐る恐るドラゴンに触れた。

レオンが撫で続けると、そのドラゴンは気持ち良さそうに目を細める。

ドラゴンもこんな顔するんだと、レオンが驚いて手を止めると突然竜騎士によってドラゴンから離された。

もうちょっと触っていたかったな、と幼いレオンは不満げな表情を浮かべたが、ドラゴンをちらりと見やったレオンはその表情を一瞬で固める。

竜騎士が "相棒" と呼ぶそのドラゴンを抱きしめ「こいつは俺のだから!俺の相棒だから!なんだよ普段は他人に冷たいくせにこの子にはメロメロな顔するとか!」と一息で喚いていたからだ。

その姿を見て先ほどまでの「カッコイイ竜騎士」像は一瞬で崩壊したものの、半泣きの竜騎士に対し慰めるようや取り繕うような仕草をするドラゴンに幼いレオンは目を奪われた。

竜騎士団とは、ドラゴンを"従えて"空を自在に駆け回る部隊だと思っていた。しかしこの竜騎士とドラゴン見るとなんか違う気がする。

この人たちが変なのか?と怪訝そうな顔となるレオンに気付いたのか、その竜騎士は「どした?」と首を傾けた。

 

「にーちゃんたち、変」

 

「みんなこんな感じだぞ?竜騎士団のやつらで集まるとみんな相棒自慢しかしない」

 

あっけらかんと答える竜騎士と目を見開いて驚くレオン。竜騎士団とは割とぶっ飛んだ部隊だったらしい。

目をパチパチさせるレオンに、竜騎士は「ほらこのウロコ、綺麗だろ輝いてるだろ!部隊のなかでも相棒が一番綺麗なんだ!あとこの爪、鋭いだろピカピカだろ!」とノンストップで語り出す。

その語りに圧倒されたものの、ドラゴンに目をやればそのドラゴンは褒められ語られ照れ臭そうにしているものの、どこか誇らしげな表情をしていた。

 

「…そいつもなんか嬉しそうだし、竜騎士団ってドラゴンを従える部隊じゃないんだな」

 

「当たり前だ!従えるなんてそんな上下関係はない、こいつは"相棒"だ」

 

レオンの言葉に笑みを返し、竜騎士はぽんとレオンの頭を撫でた。

撫でながら竜騎士は「俺の相棒が"嬉しそう"だと、視えたか?」と微笑みながら不思議なことを聞いてくる。

レオンは感じたままを言っただけだ。先ほどから目の前にいるドラゴンが表情をコロコロ変え、その根底に「うちの相棒が一番」という感情があることを感じている。

それを言えば、竜騎士はさらに嬉しそうな顔でレオンの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

 

「そっか!」

 

撫で回されすぎてグラグラする頭を押さえながらレオンが竜騎士を見上げると、彼は「おまえは竜騎士に向いてるかもな。うちに来いよ、いろいろ教えてやる!」と満面の笑みで返される。

確かにさっきまでだったら「カッコイイ竜騎士団」に入れるならば二つ返事で答えただろうが、今や「竜騎士団は竜萌えの変人の集まり」と認識が変わっていた。

曖昧な声を漏らすレオンを笑いながら、竜騎士はひょいとレオンを抱え上げる。

驚くレオンを無視して、その竜騎士はレオンを小脇に抱えながら相棒のドラゴンの背に跨った。

「いくぞー」と竜騎士がドラゴンに声を掛けると、ドラゴンは「問題ない」とバサッと翼を広げる。

 

「え?」

 

「おまえに見せてやるよ。相棒と一緒に見る空の気持ちよさを」

 

レオンが反論する暇も無く、ドラゴンはふわっと宙に浮きそのまますごい速さで上へ上へと飛び上がった。

「!?!?」とレオンは声にならない悲鳴をあげる。風がモロに身体を襲う。風というかこれは空気の塊だ、息が出来ない。

涙目のレオンを見て笑いながら竜騎士は「こんくらいで泣いてたら竜騎士になれねーぞ?」とケロっとした声を浴びせた。

こんな暴風のなか平気な顔をしているなんて、化け物かこの人は。

 

「な、らねーよ!」

 

「本当に?」

 

いつの間にか身体を襲っていた風は止み、肌を撫でるのは穏やかな風のみ。

見渡せば自分よりも遥か下方に雲が流れ、夕日が彼らを照らしていた。

赤い夕日と茜色に染まった雲、紅に金を混ぜた空。柔らかい赤みを帯びた日差しを受けて、レオンたちの乗った赤いドラゴンは穏やかに羽ばたく。

見たことのない景色だった。

目に映る全てに見惚れていたレオンに竜騎士は声を掛ける。

 

「どーよ?」

 

問いはしたが竜騎士は答えを求めたわけではない。言葉を使わずともレオンの表情はもう既に答えていた。

心奪われた、と。

 

「たまに見に来てたんだ。最高だろ?」

 

ニコニコ笑う竜騎士は「まあしばらく無理だから見納めに」と頭を掻く。

「こいつ、そろそろタマゴ産むんだ」とゆっくり優しくドラゴンを撫でた。

どんな仔が産まれるかなーと愛おしげな瞳でドラゴンを見て、それから空へと視線を移す。

竜騎士は気持ちよさそうに息を吐き、見惚れたままのレオンの頭を軽く叩いて我に返させた。

レオンが覚醒したのを確認すると竜騎士は苦笑しレオンの頭を撫で「そろそろ降りるか」と声を掛ける。

その言葉にレオンは身体を強張らせた。

帰りも行きと同じような目にあうのかと恐怖したが、ヒュンと落ちる割には不思議とそこまで怖くなく周りを見渡す余裕がある。

異様な速さで動く景色は怖いといえば怖いのだが、安心感が勝っていた。

そんなレオンを見て、後ろで竜騎士が少し驚いたように反応し嬉しそうに笑う。

 

地上に戻ってきて、また小脇に抱えられながらレオンは地面に降ろされた。

お疲れ!と相棒を労う竜騎士にレオンが「暗くなってきたから帰る」と告げれば、「竜騎士団に入るの考えといてくれよ?」と笑顔で言われ、レオンは曖昧な返事を返す。

 

言われなくても決めていた。

竜騎士団に入りたいと。

入らなくてはならないと。

あのとき空の上で見たものに惹かれ、

同じものを見たいと望んだから。

レオンが惹かれたのは太陽でも雲でも景色でもない。

夕日を浴びて輝く、赤いドラゴンに惚れてしまった。

この姿は、地上では見れない。

太陽に近いあの場所でないと二度と拝めないものだと気付いてしまったからだ。

 

「入る気になったら王国まで来いよー!そこが本拠地だからさ!」と声を張る竜騎士に手を振り返し、レオンは帰路に着いた。

そんなレオンを見送りながら、竜騎士は相棒と嬉しそうに微笑みあっていた。

 

■■■

 

その後必死に勉強して、海を渡り、レオンは竜騎士団の門を叩く。

足を踏み入れればそこにはあのときの竜騎士が笑顔で出迎えてくれた。

「ようこそ!」と歓迎されたかと思うと、そのまま手を掴まれ竜騎士団の内部を引っ張り回される。当人としては案内しているつもりだろうが、あちらこちらで「これうちの新入り!」と紹介され、次から次へと移動するためレオンとしては処理が追いつかない。

目をくるくるさせながら引き摺り回されていると、ふいに竜騎士は「お」と声を漏らし足を止めた。

レオンも追従して視線を回せば、整備された場所で数人の戦士が打ち合いをしている。

 

「あそこにいるのが王国騎士団。街の見回りとか事務処理してる」

 

「王国騎士…?」

 

首を傾げながらレオンが竜騎士団との違いを問えば、竜騎士団は事務処理等はあまりやらないらしい。

そんなことする暇があるなら相棒と絆を深めたほうが遥かに有意義、とは竜騎士の言だ。

冗談か本気か判断しにくい。

 

「ま、細かい違いはあるけど、役割が違うだけで似たようなもんだ」

 

ふうん、とレオンは王国騎士団を見つめる。ちょうどキンキラの大きい人が、レオンと同じくらいの小さな白い子に声をかけているところだった。

キンキラの人が今の騎士団の隊長、白い小さい子が見習い戦士らしい。

「あの子におつかいでもやらせんのかね」と竜騎士は笑い、ひょいとレオンを抱え上げた。

「うちの見習いだってすぐ出来るようになるし」と言いたげなオーラを滲ませる竜騎士に戸惑いながらもレオンは大人しく撫でられるままだ。

困ったように顔を背けるレオンに微笑んで、竜騎士はレオンを抱きかかえたままその場を後にした。

 

最後にレオンが連れてこられたのは小さな小屋。中に入るとそこにはタマゴが待っていた。

「この間産まれたんだ」と労わるように自分の相棒を撫で、竜騎士は満面の笑みを浮かべる。「相棒に似て綺麗な仔だろ?」と自慢げに言うが、タマゴの状態でそれは判断出来るものなのだろうか。

 

「本当はいろいろ審査してこの仔の相棒を決めるんだけど、」

 

竜騎士が説明する最中、それを遮るようにタマゴがひとりでに揺れコロンとレオンほうへと転がった。

驚いたレオンが慌てて転がったタマゴに手を伸ばし元の場所へ戻そうとタマゴを抱きかかえる。

全身がタマゴに触れた瞬間、「ドクン」と脈動する感覚がレオンの身体を駆け巡った。

 

「!?」

 

「…そいつはもう相棒決めちゃってたみたいだなあ。どうする?」

 

ニコニコと竜騎士は、戸惑いながらタマゴを抱えるレオンを眺めて問う。

タマゴから目を離さず固まるレオンは竜騎士の「その仔はお前がいいってさ」という言葉をどこか遠くで聞いていた。

 

今、感じた。

呼ばれた。

元気な声で「お前!」って。

そう感じた。

 

瞬きひとつせずタマゴを見つめるレオンを竜騎士とドラゴンが微笑ましそうに見守る。

やっぱりな、と竜騎士はイタズラっぽく呟いた。

まだ夢現つの中にいるような状態のレオンをひょいと担ぎ上げ、レオンの抱えたタマゴを元の場所に返し、竜騎士は卵小屋を後にする。

先ほど行った場所は産まれたばかりのタマゴや拾ったタマゴを保護するための小屋。連れていって正解だったと満足げに微笑んだ。

 

基本的にはあの小屋にあるタマゴに竜騎士が話し掛け、それにタマゴが応えたら晴れて「相棒」となる。

タマゴが誰にも応えない場合は親ドラゴンに孵化まで任せ外へと還してやるのだが、その事例はほとんどない。だいたいが竜騎士と意気投合し孵り、そのままコンビを組むのだ。

竜騎士としては「自分の声に応えてくれた」とドラゴンを可愛がるし、ドラゴンとしても「呼んでくれたから」と信頼する。

こうやってドラゴンと竜騎士のコンビは作られているのだが、ごくごく稀に"タマゴのほうから話し掛ける"事例が発生した。

一般の竜騎士が「俺と一緒に空を駆け回ろう」と誘いドラゴンがそれに応えるのではなく、ドラゴンが「お前じゃなきゃ嫌だ」と相方を呼ぶのだ。

その場合、どれだけ優秀な竜騎士を見せようともそのタマゴは見向きもせず、己で選んだ人間しか受け入れない。

 

「原理はよくわからんが、魂が引き合うんかな」

 

竜騎士は首を傾げぼんやりと卵小屋のほうを名残惜しそうに見るレオンに目を向けた。

心ここに在らずを見事に体現している少年の背をポンポンと叩き、竜騎士は苦笑する。

先ほど"魂が引き合う"と称したのは、タマゴに選ばれた人間のほうも決まって、

 

「…にーちゃん、…あのこ、を、相棒に、するには、どうしたら、いい?」

 

そのドラゴンを欲するからだ。

欲するというのは語弊があるか。

一目惚れに限りなく近いと言えば伝わりやすいだろうか。

顔を真っ赤にし潤んだ目で熱いため息を吐きぼんやりと宙を見るレオンを見て、竜騎士は「この後歓迎会予定してんだけど大丈夫かな?」と苦笑を漏らした。

 

■■■

 

竜騎士団の兵舎へ帰ってきたが、レオンが放心状態であったため団の師団長は心配そうな表情を浮かべる。

ようやく入った新人が初日から上の空なのだ、心配になるのは当然だろう。ただでさえ竜騎士団のノリが特殊すぎて新人が居着かないのだから。

レオンがこの状態になった元凶であろう竜騎士に師団長が詰め寄る。

 

「お前、新入りに何した?」

 

「なにもしてないぞ?卵小屋に連れてっただけ」

 

さらっと答える竜騎士に、師団長は呆気にとられたように口を開けた。

その言葉とレオンの様子を組み合わせると導き出せる答えはひとつ。事態を把握した師団長は困ったようにため息を吐いた。

頻度は少ないとはいえ、タマゴが呼ぶケースは周知の事実。竜騎士団に居る人間ならばそれは把握している。

しかし、入団したばかりの見習いが呼ばれるのは初めてのケースだ。基礎すら身に付いていない見習いに、竜のタマゴは荷が重い。

今卵小屋にいる仔は竜騎士団の人間全ての声を無視していたが、それは既に心に決めた相手がいたからだったらしい。

しかし初対面だろうに、と呟いた師団長に対し竜騎士は「や?前会ってるよ」と笑った。

 

「俺が使いで東の大陸に行ったとき。あの仔がまだ親の腹のなかにいたとき、レオンとあの仔は会ってる」

 

竜騎士の言葉に師団長は呆けたように口を開ける。

つまり、産まれる前からあの仔は相棒を決めていたということだ。

それに気付いた師団長は再度ため息を吐く。

そんな師団長とは間逆に竜騎士は「ついでに、空から帰るときレオンはケロッとしてたよ。無意識下でその仔と同調したみたいだ」と笑いながら付け足した。

生身のまま空を物凄い速さで駆けるのは、どう考えても無理が生じる。

ならば何故竜騎士がそれを出来るのかと問われれば、相棒と同化している、と答えるだろう。

竜は生身で空を飛べる。その特性を竜騎士にも付与している、と言えば良いだろうか。

それとも、竜騎士がドラゴンの身体の一部となっている、と言えば良いだろうか。

同調もしくは同化の魔術。コンビになれば勝手に付与される特性なのだが、これによりどんな高さになってもどんな速さになっても竜騎士がドラゴンから振り落とされることはない。

 

「あれだな。久々の新入りは両方とも規格外だな」

 

「中身は普通の子だぞ?両方とも」

 

ただ早々に運命の出会いを果たしちゃっただけ。

そう言って竜騎士は笑う。

師団長が呆れたように笑い、「じゃあ同じ"先輩"のお前に世話役任せる」背中を叩いた。

元よりそのつもりだった竜騎士が「りょーかい」と手をヒラヒラさせていると、つんと突然何かにマントを引かれる。

そちらに目を落とせば、そこには必死な顔のレオンが立っていた。

 

「あの。あのこをおれの相棒にしてください」

 

とても真剣な表情で懇願するレオンにふたりは一瞬怯む。

しばらく固まったあと師団長が「厳しくするぞ?」と問うと、レオンは「うん」と力強く頷いた。

「がんばる」と拳を握って決意を示す。

本気らしい。

 

「わかった。…ま、今日は歓迎会だ。楽しんどけ」

 

「はーい」

 

ようやく笑顔を見せたレオンを師団長はほっとした表情で軽く撫で、いろいろ用意したから好きに食えと送り出した。

ちまちまとテーブルに向かうレオンをみて師団長は「大丈夫かねえ」と心配そうな音を奏でる。

「ダイジョブだろ、…ほら」と竜騎士は、レオンを親指で軽く指し示した。

レオンを目で追えば、相棒自慢話に花を咲かせている集団の輪に自ら混ざり楽しそうに話を聞いている。

 

「あの輪に入って楽しそうにしてんだったらここでやってけるだろ」

 

「…まあ、"格好良いからモテそう" って理由で此処を志願する馬鹿は、アレにドン引いてすぐ退団するからな」

 

竜萌え談義に入り込めない輩は自然淘汰される厳しい団。それがここの竜騎士団。

竜騎士は他の竜騎士の相棒自慢に聞き入っているレオンに目を向けた。

レオンはすぐさまこの団に馴染むだろう。

この竜騎士団には "竜を無理矢理捕まえて縄で拘束し調教する" タイプはいない。

竜が主体で、竜を愛し、何よりもまず竜を最優先する。

そんな優しい人間しかいないのだ。

微笑みながら竜騎士は音を出さず大気を揺らす。

 

いらっしゃい、レオン。

我々は君を歓迎するよ。

 

■■■

 

勉強終わるまでタマゴに会うのはお預けと宣言され、マジ泣き一歩手前までいったもののなんとか耐えたレオンは必死に竜騎士団のことを勉強する。

途中、師団長が相棒のドラゴンに「新人指導が大事なのはわかる理解している。が、しかしもっと自分を構え」と主張され損ねた機嫌を治すための突然の休日があったものの、忙しい毎日を過ごした。

全てはあの仔に会うために。

怒涛の勢いで学んだレオンは、予定よりも早くタマゴと再会することが叶う。

 

「やっと迎えにこれた!」

 

ニコニコしてタマゴを抱きかかえるレオンに、師団長も面倒みてくれた竜騎士も微笑ましそうな笑みを浮かべた。

嬉しそうなレオンと同じく、タマゴのほうもどこか嬉しそうな表情を見せている。

タマゴに頬擦りしながらレオンは話し掛けた。

 

「いつ産まれるかな、どんな仔かな、早く会いたいな」

 

緩みきった表情でレオンは先輩竜騎士たちに問う。「いつ産まれる?」と。

その問いに先輩竜騎士たちは言葉を濁し、困ったように目線を逸らした。

不思議な反応にレオンが首を傾げると、代表して竜騎士が答える。

 

「…竜によるからなあ…」

 

「んー、じゃあずっとだっこしてていい?」

 

産まれるときには傍にいたいとレオンはタマゴを抱き締めた。

レオンがそう頼むと師団長は二つ返事で了承してくれる。

よかった、これでずっと一緒だと顔全体で喜びを表すレオンは先輩竜騎士たちに質問をした。

 

「そういや竜によるって言ってたけど、竜に特徴とかあるの?」

 

「断トツで風がわかりやすいかな。風の竜は気まま度が高いよ、そして気付くといなくなるよ」

 

「割と何考えてんのかわかんなくなるのは水の竜だな。表に出さないから機嫌悪いのに気付くのが遅れる」

 

「土の竜は基本的にのんびり屋だ。我慢強い」

 

「火の竜はなんつーんだろう、拳優先?口より技よりまず尻尾が出る」

 

レオンの問いに各々の相棒を思い浮かべながら先輩竜騎士たちが答えてくれる。

性格や気質は竜によるためこれが総意ではないのだろうが、ある程度の特徴があるらしい。

困ったように、それでいて楽しそうに相棒の話をする先輩竜騎士たちが少しばかり羨ましい。

この仔はどんな性格かな、とレオンはタマゴを抱き締めた。

まだわいわい語り合っている先輩たちを見てちょっと悔しくなったレオンは、少し悪戯っぽい口調で声を出す。

 

「…先輩たちが悪口言ってたって、竜のみんなにチクっていい?」

 

「やめて!」

 

先輩竜騎士たちの悲鳴が卵小屋の中に木霊した。

言い訳とフォローと愚痴が混じり合う言葉たちは全て相棒たちのことで、その言葉はいつしか自慢話と萌え語りに変わり、そのうち賑やかな笑い声へと変化していく。

早くこの輪に混ざりたいなと、レオンはタマゴをぎゅっと抱き締めた。

 

 

そして数日経って、冒頭に戻る。

今日も出てきてくれなかった。

先輩たちは「よくある」と言っていたけれど、なかなか出てきてくれないのはとても寂しい。

きみは、どんな声で喋るのかな。

そんなことを考えながら、レオンは今夜もタマゴと一緒にベッドへと潜り込んだ。

 

■■■

 

朝目が覚めて、レオンは身体を伸ばし軽く顔を手で擦る。相棒のタマゴに「おはよ!」と声を掛け元気なのを確認するとレオンは朝の支度を始めた。

今日は休日、いつも面倒見てくれる竜騎士と遊ぶ日。

竜騎士団に入団したあの日から、なにかと気にかけなにかと世話をやいてくれるその竜騎士をレオンは「にーちゃん」と呼んで慕っている。

実の兄弟ではないのだが当人も満更ではなさそうなので呼び名が固定された。

そんなにーちゃんと遊ぶ最中、レオンはぽつりと言葉を零す。

 

「…おれたちも、にーちゃんたちみたくなれるかな?」

 

息ぴったりを通り越して一心同体に見える竜騎士コンビを見てふいに思ったことだったが、その言葉は竜騎士に一蹴される。

びしっと指をさしながら竜騎士は胸を張って宣言した。

 

「俺たちは世界最高のコンビ!そうそうなれるなんて考えないことだ!」

 

「そこは嘘でも"なれるよ"って言えよ」

 

不満げな表情のレオンの頭を撫でて、竜騎士は「嘘は言わない性格なんだ」とこれまた胸を張って答える。

な!と相棒ドラゴンに同意を求める竜騎士だったが、当の相棒は「それは事実だが後輩に対してもう少し甘やかしてもいいのではないか」的な雰囲気を醸し出していた。

そこそこ長い間一緒にいるが、この竜騎士とドラゴンだったらドラゴンのほうが遥かに思慮深い気がする。

にーちゃんたちはホントいいコンビだよなあ、とレオンは呆れたような羨ましいそうな表情を浮かべ、抱きかかえている自分の相棒に小さく話し掛けた。

 

「…じゃあ、おれたちはにーちゃんたちを超えようか。伝説の竜騎士みたく」

 

竜騎士団でよく話題に上がる「伝説の竜騎士」

全ての竜を愛し、全ての竜に愛され、竜たちが喜んで力を貸す、人の身でありながら竜の守護者である最高の人間。

噂にいろいろ尾ひれが付いて、全ての竜がひれ伏すだのその力で従えるだの語られる伝説に派生はあるが、レオンはその話を聞くたびに思っていた。

その人はただ竜が大好きだっただけではないだろうか、と。

その人は竜が大好きで、そして竜たちもその人が大好きだっただけだろう、と。

だから竜たちはその人に惜しみなく力を貸し、その人はただ純粋に竜を護っただけだろう、と。

そしてレオンは聞くたびに思う。

伝説の竜騎士になれるだろうか、いやなれるに決まっている、と。

だって、

 

「おれも、竜が大好きだか、ら……!?」

 

言葉の途中でレオンの抱きかかえているタマゴがふわんと光った。

同時に辺りに火の魔力が広がり、

そして、

 

ぱりん、と乾いた音がレオンの目の前で鳴った。

 

「あ…」とレオンが小さく声を漏らす。

今まで抱えていたタマゴは影も形もなくなって、腕の中には赤く小さな生き物が鎮座していた。

その仔は伸びをするように小さな翼を広げ、小さな手で己の顔を撫でている。

まるでレオンの寝起きのときのように。

そしてレオンと同じように己の相棒に顔を向け、

 

「ぎゃう!」

 

おはよ!と声を掛けてきた。

レオンは目に涙を浮かべながら微笑んで、「おはよう」と掠れた声で挨拶を返し、その仔をぎゅっと抱きしめる。

小さな小さな赤竜のこども。

ようやく会えたおれの相棒。

ああ可愛い声だ、想像通りの愛しい声。

小さいけれどしっかりとした暖かい身体。

キラキラしていて吸い込まれそうな綺麗な緑色の大きい瞳。

頭を撫でれば嬉しそうに身を寄せてくる。

ふわりと蕩けそうなくらい良い香りが鼻腔をくすぐった。

詰まる喉をなんとか濡らし、レオンは心からの言葉を相棒に渡す。

 

「はじめまして。産まれてくれて、ありがとう」

 

その言葉を聞いて、レオンの相棒も柔らかい声色で優しく鳴いた。

「傍にいてくれてありがとう」と返すように。

竜騎士はレオンの頭を撫で「おめでとう」と祝福を贈る。

竜騎士団の最年少の少年がようやく愛しい相棒と対面し、その瞬間「見習い」から「竜騎兵」に成った。

彼の相棒は赤く小さな火のドラゴン。

新しく産まれた仔を、竜騎士団全員が喜び歓迎したのは言うまでもない。

 

■■■

 

火竜のタマゴが孵ったその日から、竜騎士団で最年少の少年が相棒自慢の輪に加わるようになった。

小竜であるため場所をとらず、ずっと一緒に居られるからか、レオンの相棒のお気に入りの場所は頭の上。

常にレオンの頭の上にちょこんと乗っかっている。

そんなレオンたちをみて大半が「チビ竜騎兵とプチドラゴン」の組み合わせを微笑ましく思っていた。

「ちまっこいのがちまっこい竜連れてる姿は、なんかこう、和む」とは竜騎士団の師団長の言だ。

まあ、和むからといって指導を甘くする気は毛頭ないようだが。

 

師団長と竜騎士とともに、レオンは今日も勉強。

しかしながら、今日は両人とも相棒の竜を連れていない。

首を傾げたレオンに「今日は竜の喚び寄せ方をやるぞー」竜騎士がへらりと笑いかける。

竜騎士とドラゴンは常に一緒に居られるとは限らないため、いざという時用に合図を決めておくらしい。

ま、見てりゃわかるよと竜騎士はトンと一歩前に出て、

 

「来てくれるか?」

 

と、問うように指笛を吹く。

ピィーと澄んだ音が辺りに響き渡り、目の前に炎の魔法円が現れた。

そこから吹き上がる炎とともに、相棒のドラゴンが喚び出される。

おおとレオンが感嘆の息を吐くと、にーちゃん竜騎士はドヤ顔で相棒を撫でた。

次いで師団長が口笛を吹く。

こちらも音が響くと同時に土煙と金色の粉が舞い、師団長の相棒ドラゴンが喚び出された。

ただの音できちんと自分の相棒ドラゴンが来たことにレオンは驚く。

 

「俺は指笛だけど、難しいっちゃ難しいから合図になるならなんでもいいぞ」

 

指笛、口笛、竜笛。変わり種では草笛を使う竜騎士もいるとか。

説明とともに各種の笛を鳴らし、どれにするかをレオンに聞いた。

「こんなのもあるけどな」と笑いながら、竜騎士は黒っぽい箱のような道具を取り出し笑う。

何かと思えばそれはオルゴール。

ねじを巻けば、綺麗でそれでいて哀しげな音が辺りに流れた。

「竜呼びには使ってないが、相棒が好きでさ。たまに一緒に聞いてんだ」と竜騎士は相棒ドラゴンに顔を向け、同意を求めるように撫でる。確かに良い曲だなとレオンも耳を澄まして旋律に聞き入った。

オルゴールの曲が止まったころ、レオンは頭の上に居る相棒に顔を向ける。

 

「どの音がすきだ?」

 

そう問い掛ければ、レオンの相棒はパタパタと羽を動かし竜騎士の周りを回り始めた。

「これがいい」と言いたげな態度に少し考え「指笛?」と聞き返せば、相棒は頷くような仕草とともにレオンの元へ帰ってくる。

まあオルゴールの音も気になるらしく、チラチラ視線を送っていたが。

レオンは試しに指で輪を作り指笛を試してみるが、空気の抜けた音が漏れるだけ。

若干の涙を浮かべ悔しそうな顔となるレオンは、苦笑する師団長たちに向き直り彼らのマントをちょんと引く。

 

「指笛教えてー、…ください」

 

無理しなくてもいいぞとふたりは笑ったが、レオンは首を振り「やる」と言って聞かない。

だって相棒が「指笛がいい」って言ったから。

真っ直ぐな目をして指笛に固執するレオンを笑いながら、ふたりは指笛を吹くためのコツを教えることにした。

 

数日練習し、ようやく音らしきものを鳴らせるようになったレオンは得意満面な表情でふたりの前で指笛を披露する。

よくできましたと褒める竜騎士と、その音を聞き嬉しそうに羽ばたく相棒。

「ほう」と笑う師団長は、そのままひょいとレオンの相棒ドラゴンを抱きかかえた。

 

「へ?」

 

「いや、竜を呼ぶための訓練だからな?この仔が此処に居たら意味ないだろ」

 

呆気にとられるレオンと「いやー」と泣く相棒ドラゴンをスルーして、師団長は「頑張ってちゃんと呼べよ?」と笑いその場を去っていく。

戸惑いながらも反射的に師団長を追い掛けようとしたレオンは、竜騎士に腕を掴まれその場に引き止められた。

「訓練だっつーの」と笑う竜騎士に反して若干涙目のレオン。

 

「はいはい、がんばれー」

 

「ううううう」

 

産まれてから片時も離れず、ずっと傍にいた相棒が取られて、なおかつ連れ去られるときに泣いた相棒を思い出すとレオンの心は乱れに乱れる。

その乱れは鳴らした音に如実に表れ、素っ頓狂な音を辺りに響かせた。

当然、そんな音で相棒は喚び出せない。

ぷわっと大粒の涙を浮かべるレオンの頭を撫で、竜騎士は「落ち着けー」とぽんぽん背中を叩く。

言われた通りに深呼吸し、息を整え指で輪を作り、レオンは大きく息を吸いそのまま息を吹き込めば、辺りに澄んだ指笛の音が響き渡った。

 

■■

 

レオンが指笛に悪戦苦闘している頃、レオンの相棒を抱きかかえた師団長のほうはみーみー泣くプチドラゴンに苦戦していた。

相棒から無理矢理離され不安なのか全く泣き止まない。

若干誘拐犯になったような気持ちに陥りながら、ドラゴンに言い聞かせるように頭を撫でる。

 

「君の方も訓練だ。出来るかな?」

 

師団長の言葉に泣き止みキョトンとした顔を見せるプチドラゴンに悶えながら、師団長はゆっくり言葉を紡いだ。

「レオンの鳴らした音を聞き取って、その音に向かって飛ぶんだ」と。

首を傾げるプチドラゴンの頭をポンと撫で、師団長は「レオンはちゃんと君を呼ぶよ。それに応えられるかな?」と優しく問い掛ける。

理解したのかプチドラゴンは師団長の腕から擦り抜けて、出来ると言わんばかりに「ぎゃう!」と鳴いた。

 

「そうか。…では、耳を澄まして。ああ、"聴く"んじゃない、"感じる"んだ。いいね?」

 

微笑みながら感覚を教える師団長にコクリと頷き、プチドラゴンは目を閉じた。

暗闇のなか、聞こえてくるのは木々の話し声と風の鳴く音、人の息遣いと足音と燃える音。

そんな賑やかな音の渦中で、プチドラゴンはただただ愛しい人の声を探して全身の感覚を広げる。

その網に、ひときわ目立つ音が引っかかった。

その音は必死さに溢れ多少乱れてはいたが、聞き間違うことのない好きな音。

「みつけた!」と思うや否やすぐさまプチドラゴンはその音に向かって羽を動かす。

途中でひゅんと何かを通り、そして、

 

「できたああああ!よかったああ!」

 

プチドラゴンが光に気付き目を開ければ、自分は抱き締められており半泣き気味の愛しい声が己の傍で奏でられていた。

力強く抱き締める腕の隙間から背後を見やれば、竜騎士と己の親ドラゴンが「予想以上に早かったな」と笑っている。

 

「ぎゃーう?」

 

プチドラゴンはパニック気味の相棒を落ち着かせようと優しく声を掛けた。が、更に強く抱き締められるだけ。

「呼べなかったらどうしようかと思った」とレオンはくすんと小さく鼻を鳴らす。

そんな様子のレオンの腕からプチドラゴンはするりと抜けて、「大丈夫」とばかりに相棒の頭にポンと手を乗せた。

 

ちゃんと聞こえた、と。

ちゃんと飛べた、と。

 

プチドラゴンはポフポフとレオンの頭を叩きながらそう主張する。

かなり言葉足らずだがそれでもレオンには伝わったらしく、再度ハグしようと手を伸ばした。

しかしその手は相棒にするりと逃げられる。涙目になるレオンだったが、ひよひよと宙を舞うプチドラゴンはそのままレオンの頭の上へと着地した。

抱っこではなく頭の上に居たいらしい。

お気に入りの場所で嬉しそうに羽を広げている相棒の気持ちとリンクして、レオンも思わず笑みを浮かべた。

 

「…合格?」

 

「おう、合格合格。よかったな」

 

微笑む竜騎士に満面の笑みを返し喜ぶレオン。

やれやれと苦笑する竜騎士に、戻ってきた師団長が声を掛ける。

師団長が「正直、一発合格してくれてよかったよ。幼竜誘拐犯になった気分だった」と疲れた表情を見せると、竜騎士のほうも「こっちも後輩イジメてる気分だった」と頬を掻いた。

もう二度とやりたくないなと互いに笑い合いながら、ふたりは真っ直ぐ育っている後輩に優しい眼差しを向ける。

これから徐々に距離を伸ばし、他大陸から呼んでも来てくれるくらいまで鍛えなくてはならない。

 

と、考えていたのだが、

次の日レオンをおつかいに出した際、街はずれからあっさりと相棒を呼び、普通に相棒に乗って帰って来たのを見て「訓練必要ねえわ」と竜騎士は苦笑することになった。

確かに「ドラゴンに対しては畏怖する人間が多いから街中では連れ歩けない」と教え「まあ大抵の奴は街はずれでこっそり相棒呼んで、そのまま乗って帰ってくるんだけどな」と言ったが、あっさり実行しあっさり成功させるとは。

ここから街はずれまでの距離、つまり鳴らした音が耳で聞こえない距離を呼べるということは、レオンはきちんと"召喚"という形で相棒を呼んでいることになる。

竜呼びを1発でモノにしたかー、と苦笑する竜騎士に「ただいま?」と怪訝そうな顔で買い物袋を差し出すレオンたち。

そんなレオンとその相棒の頭を撫で竜騎士は「俺の後輩はホント優秀だな」と機嫌よく笑った。

 

優しい先輩たちに恵まれながら、レオンは着実に立派な竜騎士への道を歩んでいる。

レオンは相棒とともにベッドに潜り込みながら「明日もがんばろーな!」と笑みを向けた。

毎夜行う相棒との反省会。

いつ寝てもいいように、ベッドの上で毛布を被りながら行っている。

ベッドの上でちょこんと座り込みながら、訓練について言われたことや気付いたことを互いに語り合った。

 

「きゅ」

 

「へー…師団長はそんな風に言ってたんだ?聴くんじゃなくて感じる、のか」

 

だから今日あんな遠くても傍に行けた、と相棒の言葉を聞いてレオンは「すごいな!」と相棒の頭を撫でる。

レオンのほうも報告として、武術訓練でボコボコにされたら「勝負に負けてもそれを糧にしろ」と言われたことを相棒に語った。

「ぎゅー…」と首を傾げる相棒に頷きながら、レオンは頷きながら「負けたら悔しいもんな」と同意し、負けたことを受け入れろって難しいよなと頬を膨らませる。

相棒が「きゅ?」と語れば、レオンも「むー、悪かったとこを直す感じ?」と言われたことを分析し始めた。

そのままじっくりと、ふたりで少しずつ教えられたことを噛み砕いていく。

不思議なことに会話が成立していた。

レオンとしては別段特殊なことはしておらず、竜の言葉や感情全てが「なんとなくわかる」だけ。

竜騎士団のドラゴンなら全員、野生のドラゴンならば多少読み取りにくいが粗方は把握出来る。

これは竜騎士団のメンバー全員がそうらしく、強弱はあるものの全員が竜と意思疎通出来ていた。

中でもレオンの世話役の竜騎士はそれがかなり強いらしく、自身の相棒とのイチャつき方、もといコンビネーションは竜騎士団のなかでもズバ抜けている。自分で「俺たちは世界最高のコンビ!」というだけあった。

尊敬するような、毎日見る相棒への過剰な愛情表現に若干引くような。そんな竜騎士を思い浮かべながらレオンが首を傾げれば、相棒も同じように首を傾けた。

 

「難しいけどがんばるか!おれたちは"伝説の竜騎士"目指すんだもんな!」

 

「ぎゃう!」

 

毛布に包まりながら、レオンは相棒を抱きしめコテンと横になる。

そのままふたりでくっ付いてゆっくりと目を閉じる。

一緒に頑張ろうな、と互いに夢の世界へと旅立っていった。

 

■■■

 

竜騎士たちに、何故人語を解さないドラゴンと意思疎通が出来るのかと問えば「なんとなく?」と首を傾げられてしまうだろう。むしろ逆に「竜はちゃんと喋ってるのに、なんでわからないんだ?」と聞き返されるのが関の山か。

まあ簡単に言ったら竜とスムーズに意思疎通が出来る、そんな才があるだけなのだが、少しばかり珍しい才能であり、周りにも気付かれにくくまた当人たちもあまり意識していないため目立たないのだ。

 

この才は土地柄的に東の大陸出身者に多く発現する。

とはいえ、ドラゴン自体が世界中に存在しているため一応世界中でその才能持ちは産まれていた。

今でも資質のある人間は各地に点在しているようだが、やはり東に多いと感じる。

東の大陸で発現者が多いのは元々の思想もあるのだろうが、まあ、あそこが郷に近いためだろう。

 

ドラゴンが「権威と力の象徴」に変わったのは王国が勢力を広めたあたりからか。

「自然は人間によって征服されるべきもの」という思想のもと、征服されるべき者=悪者として選ばれ、それを倒す=自分たちのほうが強い、と移り変わり「権威と力の象徴」となったという背景がある。

そのため、一応竜騎士団は王国所属。しかし竜騎士は基本的に各地に散らばり、各所で各々の自由で動いている。

今レオンが居るのは王国内にある竜騎士団本拠地。

今現存している竜騎士団がお人好しの呑気者が多いからか、ドラゴンに対し悪感情を持つ人間は少なくなっている。

結果、残ったのは言葉のみの「権威と力の象徴」だけ。

「あの鋭い爪や牙をものともせず、竜を従えている」ならば先ほどの思想が復帰しただろうが、当の竜騎士団が「あの鋭い爪や牙をものともせず、竜をベタベタに甘やかしイチャついている」であるため、割と生暖かい目で見られている。

とはいえ、ドラゴンが大暴れすれば町や村など一瞬で消し去れるのだから、大半は「竜騎士くらい選ばれた人間でないとドラゴンに近寄るのは危険」と考えているようだ。

 

さてさて、

長々と語ったがまあこういう背景があるよ、という話だ。

竜大好き集団が世界各地に散らばっているということはつまり、

どこであろうと竜を苛めると彼らが全力で潰しに来るってこと。

つまりは、

竜に手を出すなんざ、よっぽどの好き者か野心に溢れた人物だ、ということだ。

…彼らの逆鱗に触れないように、ね。

 

■■■■

 

何日かしてレオンは東の大陸へと行くことになった。

元よりレオンの故郷である場所であるため帰る形ではあるのだが、それを聞いたレオンは不安そうな顔を浮かべる。

確かに竜騎士団の一員ではあるが、レオンはまだ竜騎兵のランク。騎士のひとつ下だ。

まだ未熟な自分が独り立ちをして大丈夫なのだろうか。

困ったような表情のレオンに竜騎士は「王国騎士団だか魔術団だかどっちだか忘れたけど、もうひとり同じ任務につく奴がいるから大丈夫」とポンポン頭を撫でた。

レオンと同い年くらいだが既に「騎士」の称号を得た優秀な子らしい。

 

「エリート?ならさらに不安なんだけど」

 

「エリートっちゃエリートだけど、なんつーか、…けっこー独特な子でなあ…」

 

天才は常人に理解出来ないことをやらかす的な感じだろうか。

レオンがそう問うと竜騎士は首を捻りながら「いや、それもあるかもしんないけど、えーと、なんつーか、かなり個性的?みたいな?」と言葉を濁す。

どんな子だろうと少しばかり興味を持ったのかレオンの目が輝いた。

そんなレオンにほっとしたような表情で竜騎士は再度レオンが頭を撫でる。

 

「あと、ちょっとした調査を頼む。これは個人的なやつだから無理しなくていい」

 

「調査?」

 

竜騎士の言葉にレオンが首を傾げると、竜騎士はレオンをひょいと抱えて「説明するより見せたほうが早い」と相棒の背に飛び乗った。

竜騎士とレオンとレオンの相棒の3人が乗り込んだにも関わらず、竜騎士の相棒ドラゴンは平気な顔で空へと飛び立つ。

竜騎士が「よろしくー」と声を掛けると、相棒ドラゴンはこくりと頷き3人を乗せたまま移動を開始した。

 

戸惑うレオンとは裏腹に、つつがなく目的地へと辿り着いたドラゴンはそのままゆっくりと地面に降りる。

着いた場所は岩だらけの山の上。

辺りを見渡してレオンは軽く首を傾けた。

この山は野生のドラゴンが多く生息している場所。竜騎士団のドラゴンとはまた違い、野性味あふれるワイルドなドラゴンが見れるため、レオンもちょくちょく訪れる場所だ。

なんでここに、と疑問を浮かべるレオンに竜騎士は「気配を消してついて来い」と小声で指示してくる。

 

「…?」

 

「多分このへんに…」

 

そっと岩陰から覗く竜騎士に手招きされ、レオンもこっそりと示された方角を覗き込んだ。

そこに居たのは小さな子ども。ぽつんと寂しそうに座り込んでいる。

なんでこんな危ない場所に子どもが、と思わず駆寄りそうになったレオンを竜騎士が引き留めた。

「な、」と声を出したレオンの口を塞ぎ竜騎士は「よく視ろ」と苦笑して、その子どもを指差す。

不満げな顔のままレオンが再度その子を観察し始めた。

 

世間一般では「こども」とされる体躯だろう。

ちまっこい子だった。

赤い髪、赤い服、緑色の瞳、

それとなんか不思議な形の耳。

 

「…あれ?」

 

なんだろう、あの耳。見たことがない。

王国には多種多様な人種が坩堝のように入り乱れているが、今迄見てきた中であんな形の耳をした人など見掛けたことがない。

この世界の生き物は耳に特徴が出る。丸かったり尖っていたり長かったり獣のようであったり。

魔族は特にそれが顕著に現れるらしく、水棲生物ならばヒレのような形になるという。

つまり人型であろうとも妙な形をしている耳を持つ生き物は、魔族や獣に近いことが多い。

レオンの視界に映る少年の耳は、翼のように大きくて広がったような形。

 

「あのこは竜…。竜人だな」

 

「…なあにーちゃん。あの子初めて見た子なのに既視感があるんだけど」

 

「そりゃそうだ。目の前にいるだろ」

 

そう言って竜騎士はポンと己の相棒を撫でた。

竜騎士の相棒ドラゴンと少年を交互に見やり、ついでに自分の相棒を見て、レオンは目をパチクリさせる。

色も瞳もまんまじゃないか、と。

 

つまりあの子は、

レオンの相棒と同種族。

レッドドラゴン系統の竜人らしい

 

驚きの余りレオンは盛大に素っ頓狂な大声を立てる。

「馬鹿!」と竜騎士が慌てて口を塞いだがもう遅く、視線の先にいた竜人の少年はビクッと反応しレオンたちのほうへ顔を向けた。

レオンたちの姿を視認した竜人は泣きそうな顔でオカリナを取り出し、必死の形相で息を吹き込む。

その瞬間、不愉快な音色がレオンの耳を襲った。

不快な音に驚きレオンが耳を塞ぐ間に、竜人の体が淡く光りその姿は搔き消える。代わりにその場に現れたのは赤く大きなレッドドラゴン。

人が竜になったとしか考えられない出来事を目の前にして、レオンは戸惑い固まった。

戸惑うレオンに目もくれず、竜人が変化したレッドドラゴンは慌ててこの場から去っていく。

竜人に逃げられぽかんとしながらレオンは竜騎士を見上げた。

もしや竜人ってドラゴンの種類分いるのかな、とレオンは若干期待したが、人というか竜の気配は他に感じられない。

残念そうな表情となるレオンに竜騎士も「うんそうだよなまずそれ考えるよな」と頷いた。

竜騎士もそれが気になってしばらくこの辺りを探し回ったらしい。結果としては"今の所この辺りに竜人はあの子しかいない"という結論になったようだが。

 

ならば何故、竜人なんていう稀有な種族がこんな所にぽつんとひとり暮らしているのか。竜騎士は秘密裏に調べたという。

竜騎士が近付こうとすると逃げられてしまうから、彼との会話は少年と同じドラゴンの相棒に任せて。

「けっこー慎重にやったんだぞ?」と、ふうと疲労の息を吐きながら竜騎士は腕を組む。

調べた結果、判明したのは本当に些細なことだった。

 

「自分は竜人だから一緒にいられない」

「自分は力が強いから側にいると傷付けてしまう」

 

知り得たのはそれくらい。

要領を得なく困惑したが、相棒は語られたまま素直に伝えている。

困りきったまま竜騎士が城の書庫をひっくり返し、ようやく竜人に関連する書物を発見した。

どうやらこの世界のどこかに「竜人の郷」というものがあり、そこで竜人たちはコミュニティを形成しているらしい。

郷は特殊な磁場の上にあるらしく、力を抑制するような土地。そのため竜人は郷の内ではまだ制御出来るが、郷の外では己の力を制御しきれない。

その文章を読んだ竜騎士は首を傾げた。竜人は外界で力を制御出来ない、ならば、なんであの子は外界に出ているのか、と。

わざわざ外に出て制御出来ない力をひけらかし「傷付けるから近寄るな」とは何がしたいのか、と。

書物を目の前にして竜騎士は考える。

よくわからないせいでどう対処していいのかわからない。

 

「だからまあ、東で竜人の郷を見付けたら、もしくは他の竜人に出会ったら、あの竜人どうしたらいいか聞いといてくれ」

 

そう言って竜騎士は頭を掻いた。

正直、己の力を制御出来ない子にウロつかれても迷惑なだけ。当人が言う"力が強い"が事実であるならば、いつ爆発するかわからない爆弾が歩き回っているようなものだ。

それを自覚しているにも関わらず好き勝手動き回り「近寄るな」と騒ぐ今のあの子は身勝手だ。

元より、己の種族を卑下し、"悪いのは己が種族"と言わんばかりの言動をとるあの子が優しい子であるはずがない。

相手を傷付けたと心痛めているのではない。結局あの子は"他人を傷付けた自分"を可哀想だと言っているだけなのだから。

自分のことしか考えていないモノが"優しい"わけがない。

何故ここにいるのか、何故郷から出てきているのか。

厄介者払いとしてあの竜人をここに放り出したのならば、竜人の郷にクレームを入れたい。

竜人という種族が嫌になって郷から家出しているならば、当人にクレームを入れたい。

存在そのものが迷惑なのだから。

苦笑しながら頬を掻く竜騎士に、レオンは竜人が飛び去った方向に目をやりながらぽつりと呟く。

 

「あの音、すごく嫌な音だった」

 

「あああのオカリナか。そりゃあれはあの竜人が自分のために吹いた音だからな」

 

俺らには不快に聞こえるよ、と竜騎士はレオンの頭を撫でた。

竜騎士は竜のために笛を吹き、竜のために音を鳴らす。他人のために想いを乗せて奏でる音楽。

対してあの竜人の音は、自分のために笛を吹き、自分のために音を鳴らす。自分の欲を叶えるために奏でる音楽。

 

「他人のために奏でる音と、自分のために奏でる音は、違う」

 

まだ難しい顔をしているレオンをひょいと抱き上げ撫でながら竜騎士は笑った。

ひとりよがりで自分のことしか考えないやつが、倖せになる道理はない。

そんなやつが得る倖せは、大勢の他人を踏み台にした醜い倖せなのだ、と。

 

「レオンは、自分のためだけに相棒を連れ回し、戦わせ、背に乗ってるか?」

 

問いに対しレオンは思い切り首を横に振る。

連れ回してるのはいろんなものを相棒に見せたいからだ。

戦わせる、のはしていない。だって相棒が怪我したら大変じゃないか。いざという時に手伝ってもらうだけ。

背に乗るのは、いつか相棒と一緒に昔見たあの空を見たいからだ。

竜というものは単体ではそこまで高く飛べない、飛ぶ必要がない。竜騎士が力を貸してようやく、普段の倍以上の高さへと飛べる。

つまり竜騎士とドラゴンがともにいるのには理由があるわけだ。相棒を得たドラゴンは能力が倍加し普段以上の強さを出せる。

 

「ドラゴンは、人と違って恩義を感じたらそれを返してくれる。だから竜騎士はそれをまた返すんだ」

 

それで成り立っているのがレオンたちの所属する竜騎士団。

竜騎士はドラゴンのために動き、ドラゴンは竜騎士のために動く。

 

「それを忘れんなよ。忘れたらおまえらは竜騎士名乗っちゃいけない」

 

竜騎士の言葉にレオンは力強く頷き、相棒を抱き締めた。

相棒も「わかってる」と言うように鳴き、尻尾を軽く振る。

そんなふたりに笑みを返し、竜騎士は満足げに頷いた。

 

竜のために、ひいては他人のために

それでいいんですよ

そこが大事なんです

自分以外の人のために動くものには良き道を

自分のためだけに動くものには荒れた道を

世界のルールは、たったこれだけ

 

 

■■■

 

竜騎士にお願いごとをされた日から数日経って、いよいよレオンの出立の日となった。

「頑張れよ」と先輩たちが激励し「無理するなよ?」と師団長が心配し「そっち遊びに行くよ」とにーちゃんが笑う。

他の団と違い竜騎士団は機動力に長けているため、その気になればすぐに会いに行けるのだ。そのため別れの日ではあるが悲愴感など微塵もない。

後輩を激励に行くついでに東を観光しようか、などと相談し始めた竜騎士たちに呆れた目を向けながら師団長はレオンの目線に合わせて屈み込んだ。

 

「竜に関してのことばかり教えて、他のことが足りてないかもしれん。すまないな」

 

と申し訳なさそうに眉を下げる。

初日から相棒確定してしまったため、計画が狂い全てを簡略化したそうだ。

すまなそうな顔をする師団長にレオンは「大丈夫!」と笑顔を向けた。

 

「毎日みんなにいろいろ教えてもらったから、大丈夫」

 

ニコニコ笑うレオンの頭を撫で「困ったことがあったら連絡寄越せ」と言ったのち、師団長は最後にひとつだけ大事なことをレオンに教える。

「…誰かの気持ちを知りたければ、きちんと相手の顔を見て話せ。

キツイことを言う相手でも、喋りながら顔を背けるかもしれない。辛そうかもしれない。からかっているだけかもしれない。

言葉だけではわからないこともある。音だけではわからないこともある。文字だけではわからないこともある。

きちんと視て聴いて感じるんだ」

良いかな?と師団長はレオンの顔をしっかり視て微笑んだ。

そんな師団長の瞳を見つめながら、レオンは「はい!」と笑顔で返す。

それでもまだ心配そうな師団長に苦笑していると、同じ気持ちなのか竜騎士が笑いながら近付いてきた。

師団長を「心配性だな」と笑いながら小突き、竜騎士はレオンに箱を手渡す。

餞別だとレオンの頭を撫でる竜騎士に「開けていい?」と問えば「いいぞ」と楽しげに返された。

箱の中にはオルゴール。竜騎士の持っているオルゴールとは色違いの、緑色をしたオルゴールが鎮座している。

驚くレオンに「前、お前の相棒が気に入ってたみたいだからな」と竜騎士はレオンの相棒を撫で微笑んだ。

嬉しそうに「ありがとう!」と礼を言い、レオンは相棒に飛び乗る。

 

「いってきまーす!」

 

ふよんと浮かび上がりそのまま風のように駆けていくレオンたちに声援を掛けながら手を振る先輩竜騎士たち。

去っていくレオンを見上げながらまだ心配そうな表情をする師団長の肩を竜騎士が叩いた。

大きなため息を吐いて師団長はボヤく。

 

「…レオンに騎士らしさとかほとんど教えてないんだよ…」

 

「ダイジョーブだって。教えたから」

 

怪訝そうな表情をする師団長を笑いながら竜騎士は語り始めた。レオンに「騎士っぽくってどうやればいい?」と問われた時のことを。

『おまえが一番騎士っぽいって思うのは誰だ?』『師団長』『ならそれ真似すればいいよ』

そんな簡単な会話だったが、レオンは納得したらしく満足げに頷いていたらしい。

 

「…つまり?」

 

「騎士っぽくしなきゃいけないとき、レオンはおまえの真似すると思うよ?

例えば敵の真ん前に立ったとき『覚悟のないものは立ち去るがいい!!』ってドヤ顔で啖呵切るとか」

 

そう竜騎士が身振り手振りを含めて物真似すれば、師団長は摩訶不思議な音を喉から鳴らして手で己の顔を覆った。

「私そんなんだったか…?」と小さく震える師団長に「割と」と笑う竜騎士。

ふたりがワイワイやっているのを聞きつけて、他の竜騎士たちも「何?師団長のモノマネ?」とニヤニヤしながら寄って来る。

「だったらこうだろー」と目の前で繰り広げられる己のモノマネに、師団長が憤死しかけたのは、ここだけの話。

 

 

■■■

 

竜騎士団の本拠地から飛び立ってしばらく、レオンと相棒は海の上を羽ばたいていた。

「大丈夫か?」と飛びっぱなしの相棒に声を掛ければ「ぎゃう!」と元気の良い声が返ってくる。

まだまだ元気いっぱいらしい。これなら無事に東の大陸に着くな、とレオンは相棒の頭を撫でた。

着いたらすぐ休ませてあげようとレオンは優しく笑い、前に視線を戻す。

目的の大陸が見えてきた。

 

目的地である東の大陸の詰所に着いてすぐ、レオンたちは荷ほどきもほどほどにベッドの中へと倒れこむ。

「つかれたー」と言いたげに伸びをする相棒に「お疲れー!」とレオンは声をかけ優しく背中を撫でた。

そうだと思い出し、レオンは出立前に貰ったオルゴールを取り出し相棒の傍に置きねじを巻く。

部屋に優しい音色が流れ、相棒が嬉しそうに目を細めた。そのままレオンはふにふにと相棒の背中を揉みはじめる。

レオンが相棒を労わるようにマッサージをすれば、「きゅー…」と気持ち良さそうな声を漏らし相棒はうっとりと目を瞑った。

いつしか相棒は眠ってしまったようだ。声の代わりに可愛らしい寝息が聞こてきたのに気付いたレオンはマッサージを止め、風邪をひかないようにと相棒に毛布を被せる。

相棒の寝顔に顔を綻ばせ可愛いなあとじっと見つめていると、いつの間にか薄暗くなっており窓から差し込む光は消え失せていた。

時間を確認すれば時計の針がぐるりと一周している。

 

「?! ヤベ荷ほどきやってない…てか挨拶忘れてた!?」

 

これから一緒に過ごす詰所の人たちに挨拶をすっかり忘れていた。

レオンは慌てて部屋から飛び出し、他の人がいるであろう会議室のような場所へと駈け出す。

「遅くなりましたぁ!」と勢いよく扉を開ければ、へらっとした空気と「お、もういいのかー?」というのほほんとした声がレオンに掛けられた。

戸惑うレオンに「仔竜に乗って来たんだろ?だったら相棒もお前も疲れてるだろー?」とこれまたのほほんとした声に迎えられる。

どうやらココは竜騎士団と王国騎士団と魔術団が混在する詰所であるため、各所の特性は伝達されているらしい。

つまり、竜騎士団が竜優先にしすぎて時間に遅れてきても、王国騎士団が大怪我して帰ってきても、魔術団が何かしら実験していても、「仕方ないか!」で済ます気質のようだ。

とはいえ、"内1時間は相棒に見惚れてました" と自白するのも阿呆らしく、また "すっかり忘れてました" という罪悪感から、レオンはピシッと背を正し凛とした声で謝罪とともに名を名乗る。

おや、と苦笑されたが、先輩たちも各々名を名乗り「よろしくなー」と笑顔を向けた。

 

「堅苦しくしなくていいぞー。…と、ああそうだ。こいつも新入りでお前と同い年くらいだ、仲良くやれよー」

 

そう言いながら、のんびりした口調の先輩が小さな少年の背を押しレオンの前に差し出してくる。

そういえばにーちゃんが同い年くらいの子も一緒だとか言ってたな、とレオンは思い出し、目の前にいる子に目をやった。

白に近い銀髪で、片目を隠した、剣士、だろうか。

そこかしこにひし形の文様が付いている装備にひし形の文様が刻まれた剣。

なんか派手だなあと観察していて思い出す。そうかこの子騎士なんだっけエリートなんだっけ。

少し困り顔になりながら、レオンは恐る恐る少年に手を差し出した。

 

「よ、よろしく…」

 

握手を求めたつもりだったがレオンのその手はスルーされ、代わりに肩をガッと掴まれる。

驚くレオンには目もくれずその少年はレオンの上下左右に目を走らせたあと、ひとことこう言った。

 

「ドラゴンは!?」

 

「えっ?」

 

戸惑いつつも真摯な目に逆らえず素直に「今は疲れて寝てる」と答えれば、少年は思案するような表情を見せレオンから手を離した。

少し難しい顔で悩んだかと思えば少年はふむと頷きレオンをビシッと指差し言う。

 

「よしじゃあ明日!」

 

言うだけ言って少年はマントを翻し、扉に向かう。

「は?」というレオンの戸惑いの声が聞こえたのか、少年は振り向きニッと笑った。

 

「ふたり揃ったときに自己紹介した方が効率イイだろ? じゃあ明日、朝飯食ったら中庭でな!マジで!」

 

と言葉を残し少年はさっさと外へと出て行ってしまう。

残されたのはぽかんと呆気にとわれたレオンと笑いを堪える先輩たち。

ぱくぱくと口を開くレオンの頭を先輩がぼんと叩いた。

 

「驚いただろー、俺らも最年少騎士とかどんな堅物が来るんだって戦々恐々してたら割と変なヤツでさ、ちょっと安心した」

 

ケラケラ笑いながら語る先輩にレオンは安堵の息を吐いた。

「あの子の名前は…」と問えば、「いや明日自分たちでやるんだろ?」と背中をバンバン叩かれる。

それもそうかとレオンは話を切り上げ、この詰所のルールや分担や今後の予定の説明を受けた。

了承の意を示し、レオンは元気良く拳を掲げる。

心機一転、新しい生活スタート!

 

■■■

 

一夜明け、相棒の体力が回復したのを確認するとレオンはバタバタと朝食を摂るため食堂に向かう。

食堂に相棒を入れてもいいか問えば「仔竜だからいいぞー」と許可を出され、それを聞いた別の竜騎士が「ええええ!だったらうちの相棒もいいだろ!?」と騒ぎ始め、「お前のはデカいから駄目だろ無理だろ!」と反論され、「ならうちのエアロちゃんはどうだプルプルしてて可愛いぞ!?」と魔術師がさらに提案し、「メロンソーダみたいなスライムが食堂にいたら喰われるぞ!?」と異議が飛び交い、ちょっとした乱闘へと発展した。

乱闘の発端となったレオンは狼狽えたが「あ、気にすんないつものことだ」と流される。ここでは謎の小競り合いから謎の乱闘になるのはよくあるらしい。

「だいたい落ち着くとこに落ち着くから」と乱闘を無視して茶を飲む先輩に倣いレオンも急いで朝食を掻き込んだ。

「ごちそうさまでした!」「ぎゅ!」と食事を済ませれば、先ほどの先輩が「仲良くやれよ」と穏やかに声を掛けてくれる。

いつも通り相棒を頭の上に乗せて、レオンは「はい!」と元気に笑い駆け出して行った。

 

そんな騒ぎがあったため多少遅れてしまったのだが、レオンが約束通り中庭に向かうとそこには昨日の少年が待っている。

「おはよー」と挨拶をしたが、少年はキョトンとした顔でレオンの頭の上を凝視したまま首を傾げた。

 

「…なんで乗っけてんだ?」

 

「? 相棒が『飛ぶのは楽だけど疲れる』って言うから」

 

若干不思議な言葉を並べるレオンに対し「楽だけど疲れるってどっちだよ」と首を捻りながら少年は、本来の目的を思い出したように咳払いし、レオンと相棒の両方に視線を送る。

昨日もそうだった。

この少年はきちんと"竜騎士"を理解してくれている。

相棒を、ドラゴンを"個"として認識し接してくれている。

世間には大勢いるのだ。ドラゴンを竜騎士のオマケのように見る輩が。

それは違う。竜騎士とドラゴンは個々の存在で、ふたり合わせて"竜騎士"なのだ。

だから昨日、レオンと相棒を「ふたり」と称してくれた時点で、レオンの少年に対する好感度は高い。

だから再度、今度は相棒の紹介とともにレオンは名乗る。

 

「おれは誇り高き竜騎士団の兵士、レオンだ。んで、こっちがおれの相棒!」

 

「ぎゃう」

 

「おー。オレはマジカ。マジだぜ」

 

至極あっさりした自己紹介にレオンは虚をつかれた。引っ張ってこれかい、と呆れていると、突然マジカが己の剣をぶんと振るう。

振るった瞬間マジカの剣は炎を纏い、火の剣へと姿を変えた。キョトンとしているレオンを尻目にマジカはまた剣を振る。

次は水、その次は土、その次は風。

マジカが剣を振るうたび、剣の属性がコロコロ変わっていった。呆気に取られるレオンとその相棒に顔を向け、マジカはニッと笑う。

 

「オレは、そうだな、魔法剣士って言えばわかりやすいか?剣に魔法を乗っけるんだ」

 

マジカ自身は、魔法使いのように直接魔法をブチ込めるほど魔力が強くはないらしい。

属性資質自体は大半の人間にあるのだが、魔法使いになるには属性の資質が高くなくてはならない。

属性資質・強ならばその属性の魔法が扱えるが、属性資質・弱の場合魔法を扱うのは難しくなる。それ故にひとりで多色魔法を扱うのは珍しい部類に入るのだ。

マジカは「魔術師となるには資質が低いが全ての属性の資質がある」体質といえばいいだろうか。

 

これを生かそうとマジカは考え、媒介を利用し全てを発現させる手法を組み上げた。

魔法とは「指定」「選択」「消費」「発動」の4つの観点からなるのだが、マジカは前者3つをひとまとめにし剣に付属させその後発動するという手段をとっている。

これらの行為は従来の魔法使いたちは感覚的に使用しているのだが、マジカはそれを理論的に捉え完全にシステム化しているのだ。

簡単に言えば自分の中にある属性を発動させると剣にその属性が乗る形にしてある。

と、説明されたがレオンとしてはちんぷんかんぷんでぽかんと口を開くことしか出来なかった。

呆けるレオンを笑い、マジカは「こういうのもできる」と剣を地面に作った黒穴の中へ突き立てる。すると離れた場所に無数の黒い穴が開き、そこから切っ先がシャンと飛び出した。

 

「空間を操ってこことあそこを繋げたんだ」

 

そう教えられてもレオンは目をパチクリさせるだけ。

刺した剣は1本だったが、現れた刃が複数であったことから、マジカは増幅の魔法もシステムに組み入れているらしい。増幅とは、簡単に言えば「マッチ程度の火を、剣全てに纏わせるくらいまで大きくする」魔法といえばいいのだろうか。

まあ魔法というか、理論、つまり火に酸素を焚べれば燃え上がるという技術を駆使している感じではあるのだが。

マジカは言動と口調に惑わされがちだが、最も理論的で最も理知的な人間であると思う。誰よりも真面目で誰よりも冷静。

噂通りかなり優秀なマジカにレオンは困ったような表情を見せた。

自分はそんな凄いことできない。

そう顔で語るレオンにマジカは首を傾げ言う。

 

「いや、ドラゴンの傍にいれて仲良くしてるだけでスゲーから」

 

「フツーだろ?」

 

当たり前のように答えるレオンに、阿呆抜かせとマジカはため息を吐いた。

仔竜だろうとその爪やその牙を使えば命のひとつやふたつ簡単に奪えるだろ、と頭を掻いてマジカはレオンの相棒に目を向ける。

先ほどマジカが剣を構えた瞬間から、この小さなドラゴンはマジカを警戒しバリバリの敵意を漂わせていた。

「おれの竜騎士を怪我させたら、おまえをとって喰う」と言わんばかりの敵意。

マジカが技を繰り出すたびにレオンが目をキラキラさせたから自己紹介のパフォーマンスだと理解したようだが、仔竜の警戒はいまだに解けていない。

こんなに警戒心が強いドラゴンを簡単に頭の上に乗せ撫で回しているレオンは、それだけで"凄い"に入る。が、全く自覚がないらしい。

勉強はした。竜騎士とその相棒ドラゴンは主従という関係性ではなくパートナーなのだと。

だからマジカはレオンたちに対してそのように対応したのだが、それでも実際目の前にドラゴンがいて、鋭い爪や牙を目の当たりにすると恐怖が勝る。

マジカから見れば仔竜とはいえ自分を簡単に殺せるドラゴンも、その竜を当然のように傍に置いているレオンも「得体の知れないなにか」なのだ。

正直、怖いもんは怖い。

 

マジカは昨日、ドラゴンを連れ歩く同い年くらいの子が来たと聞いて、ドキドキしながら待っていた。

聞いた話では、その子は本当に言葉通り、ドラゴンと常に一緒に行動しているのだという。

プライドが邪魔して不安は表に出せず、けれども内心バクバクしながら待機していたが、結局会えたのはレオンのみ。

ドラゴンと会うための心構えが整っていなかったから、心底ほっとしていた。

なんとか面会を次の日に引き伸ばせたマジカは、これ幸いと再度竜について勉強し竜騎士について勉強し、気付けば朝になっていた。

朝食もそこそこに約束の場所で待っていたら、来たのはドラゴンを頭の上に乗っけたレオン。

めっちゃビビった度肝を抜かれた。

なんでこいつは平然とドラゴンを頭の上に乗せてんだ。

それが異様なことだと自覚していないのか、と。

だからつい虚勢を張り、己が扱える技を披露したのだが、若干逆効果だったらしい。

ドラゴンにめっちゃ警戒されてしまった。

 

そんなこんなで内心恐慌状態だったマジカだったが、それには気付かずレオンはキラキラした目でマジカを見る。

竜と竜騎士に理解があるだけじゃなく、頭も良くて技をいろいろ使えて、そして強いし面白い。

ニコニコしながらレオンはマジカの手を取った。

そのままブンブンと手を振って、レオンは笑顔でマジカに言う。

 

「これからよろしくな、マジカ!」

 

対したマジカは間近に仔竜が映ったことに一瞬顔を引きつらせたが、すぐさまそれを収め笑みの形を作り上げた。

「おう」と短く返事をし、マジカは掴まれた手を握り返す。

もはや「怖がってるのを悟られてたまるか」という、プライドだけで立っていた。

 

マジカの返事を聞いたレオンはニコニコ笑ったまま手を離し、軽く目線を上に上げ「おいで」と相棒に声を掛ける。

その声で頭の上にいた相棒がふよんと離れ、レオンの広げた腕の中へと収まった。

相棒を抱きかかえながらレオンはマジカに笑いかけ、「相棒は撫でられるのすきなんだ!」と差し出してくる。

固まったのはマジカだ。

 

ドラゴンを、撫でろと、いうのか、こいつは。

 

鋭い爪が見える。

堅そうな角が見える。

鈍器のような尻尾が見える。

今にも噛みつきそうな牙が見える。

口の奥にはチリチリとした炎が見える。

 

固まるマジカにレオンは首を傾げ、マジカをじっと見つめた。

あ、そういえば竜騎士じゃない人は竜に慣れてないんだっけ。

それを思い出したレオンは慌てて相棒を引っ込めようと腕を戻す。が、その動きは途中でピタリと止まった。

マジカが手を伸ばしていたからだ。

少し惑うように手を彷徨わせ、マジカは「このへんか?」と呟きながらレオンの相棒をささやかに撫でた。

ささやかすぎて相棒は物足りないようだが先ほどよりも機嫌が良い。マジカが「撫でられると嬉しい所」を撫でてくれたからだろう。

レオンは笑顔で礼を言う。

 

「相棒も嬉しいってさ!ありがと!」

 

「…おう」

 

昨夜みっちり本を読み、ドラゴンの撫でていい場所を勉強した甲斐があったとマジカはこっそり安堵の息を吐いた。

勉強、大事、マジで。

おかけで仔竜の警戒も解けたのか、先ほどまでの敵意は全く感じられない。

なんとか円滑に自己紹介を終えたマジカは、レオンの「相棒もマジカ気に入ったみたいだし、相棒が大きくなったら一緒に空の旅行こうな!」というお誘いに対し「………、たのしみにしとく」と声を絞り出すのが精一杯だった。

そうかこの竜はまだ子供だった。

まだ大きくなるんだった。

それまでにオレはこのふたりに慣れることが出来るだろうかと遠くを見つめながら、マジカはふうと息を吐く。

仔竜はパタパタとレオンの腕の中から離れ、レオンの頭上へと移動していた。

そこが定位置らしい。

つまりは四六時中マジカの視界に、この仔竜は存在するらしい。

 

「…がんばろう…」

 

ぽつりと小さくそう漏らし、マジカは機嫌の良さそうなふたりに目を向けた。

 

■■

 

ま、一般の人の竜に対する認識なんざこんなもんです。

遠目に見るなら格好良い。

しかし近くにいられたら恐怖心のほうが勝る。

 

動物園にいるなら猛獣も可愛らしく見えますが、

サバンナで出会ったら死を覚悟するでしょう。

まあ、普通の反応ですよね。

 

レオンさんがおかしいんですよ?

幼少期に大人のドラゴンを見て、臆せずしかもピンポイントで気持ち良い場所を撫でるなど。

そりゃ竜騎士も「資質ありそう」と判断しスカウトしますよ。

竜騎士になれる人は少ないですし。

 

竜と心を通わせられる人は多々いれど、

竜騎士に向いているとは限らない。

肩書きを持たせるには

相応の資質が必要です。

身の程に合わぬ肩書きを持てば、

自分も周りも不幸になるだけ。

 

さてさてようやく時間が動く。

ここでも騒ぎが起こります。

まあ仕方ない、

ここは風の終わる場所、

風が最期に向かう場所なのだから。

 

 

■■■

 

もしやマジカはドラゴンが苦手なのたろうかとようやく気付き、レオンは多少配慮しつつ毎日を過ごした。

毎日を過ごす内に、どうやらマジカも相棒に慣れたのか初日よりも距離が縮まっている。

嬉しそうな笑みを零すレオンだったが、その笑顔はある日突然終わりを告げた。

 

詰所内がにわかに騒がしくなり、騎士や兵士たちがバタバタと慌ただしく駆け回っている。

何が起きたのかと問わても、誰も把握出来ていない。

しかしこれだけはわかっていた。

「王国がナニカに襲われ壊滅状態だ」

と。

事態を把握しようと奔走する先輩たちを尻目に、レオンとマジカは隅っこでちょこんと座り込んでいる。

下手に動けば邪魔になる。そのため隅っこで大人しくしているのだ。

 

「…なにがあったんだろう…」

 

「んー…、試してみるか?」

 

マジカは頭を掻いて、小さく丸く黒い石を掌に乗せた。

「ナニコレ」と怪訝そうな表情を浮かべるレオンに、マジカは「前見せただろ?空間を繋ぐの」とその石に魔力を込め始める。しばらくすると大きなノイズが石から溢れてきた。

ザザッと不快な音に気付いた先輩たちも足を止める。

 

「くっそ、やっぱ制御難しいな…」

 

苦々しそうにマジカが小さく声を漏らすと、突然ノイズに混じって"人の声"が石から発せられた。

『なんだ?誰だ何処だ!?』

マジカはその声に向けて声を張る。

 

「こちら、東の詰所。今、空間を繋げて通信を試みています」

 

『は?!』

 

「そちらの状況は?」

 

厳しい表情でマジカは石に話し掛け、返事を待つ。通信が繋がっている相手は南の王国の誰からしい。

相手から多少躊躇したような気配が伝わったが、意を決したような声で名乗る。

『こちらは王国の竜騎士団だ』と。

その音を聞いて、レオンは驚いたような声で黒い石に向かって叫んだ。

 

「竜騎士団!?ってことは師団長?」

 

『へ? 待てお前はレオンか?』

 

レオンと師団長がアワアワと言葉を行き交わせている合間に、マジカは難しい顔で考える。

混乱気味のふたりを遮るように、マジカは「そっちに闇系というか、暗闇系のドラゴンがいるか」を問い掛けた。

 

『ああ、黒竜のタマゴなら此処にある。避難させようとしていたところで…』

 

「多分そのタマゴが通信の媒介になってる。…しばらく、そのタマゴから離れないでください」

 

『了解した』と頷くような気配とともに、師団長がタマゴに触れたのか先ほどよりも声がクリアに聞こえてきた。

マジカが持っているのは魔石と呼ばれるもので、その魔石の中でも闇の精度が高い石だ。

暗闇、とは不思議なもので、真っ暗な場所に何があるかは予想が出来ない。

真っ暗な場所では天井があるのか壁があるのか道があるのかそれすらわからない。あるべきものが見えなくなる。

それ故「暗闇」は空間を操るとされた。

空間を操る、つまり暗闇と暗闇を繋げれば空間を超え別の場所へと出れるという話だ。

超理論といわれてしまえばそれまでだが、現にマジカは「剣を黒い穴に突き刺し、別の場所に出た黒い穴から切っ先を出す」ということを行っている。

暗闇から暗闇を繋げているのだ。

これの応用で、マジカは己の持っている闇の魔石と指定した範囲の中にある"暗闇"に、音を繋げた。

 

(繋がるなら魔術団だろうと思ったが、竜騎士団に繋がったか。やっぱ竜の方が力強いな)

 

おかげで魔石同士で繋ぐよりは音も鮮明で、力が多少安定する。

とはいえ制御が難しいのは変わりない。暗闇は扱い方が複雑で、資質があっても動かしにくいのだ。

暗闇は闇だ悪だなんだとホザく馬鹿もいるが、突き詰めていけば力のひとつ。ならば他の力と変わりないはずだ。

闇だろうが何だろうが、ただの力。ならば理論上、資質さえあれば扱いきれる。

そうマジカが考える合間にレオンは師団長と会話を続けていた。

 

「魔王?」

 

『多分、魔王。だと私の相棒が言っていた』

 

街や城への被害もさることながら、魔王の気に当てられたのか竜騎士団のドラゴンたちが揃って恐慌状態に陥り、竜騎士団はそれを宥めるのに精一杯で援護にも支援にも回れない。

唯一師団長の相棒ドラゴンだけがすぐに混乱から立ち直ってくれたため、師団長は早々に行動に移れたようだ。

『私の相棒はしっかりしてるから』と少し自慢げに嬉しそうに語る師団長。

まあ、真っ先に行ったのが「タマゴの保護」なのは流石は竜騎士というところか。

話を聞いていた先輩たちが話に混ざる。

 

「了解した、こちらから援護に回る」

 

『…無理はしなくていい。こっちは危険だ』

 

「なんのための竜騎士だよ、こういうときすぐ駆け付けるためだろ」

 

笑いながら先輩は周囲に指示を飛ばす。流石に全員で行くわけにはいかないが、竜騎士隊に分乗して向かうつもりらしい。

バタバタと詰所が慌ただしくなる中、マジカの持っていた魔石がピシッと音を立ててヒビ割れた。

同時に通信に大きなノイズが走り、声が途切れる。

 

「っ!」

 

魔石がパリンと砕け散り、あたりに破片をばら撒いた。

そのままマジカもその場に倒れ込む。「マジカ!?」とレオンがマジカに駆け寄り身体を揺するが気を失っているのか返事はない。

オロオロするレオンに先輩魔術士が「魔力の使いすぎで気絶しただけだ、少し休めば元気になるよ」と肩を叩いた。

その言葉にレオンは安堵し、倒れたマジカを抱えあげた。

 

「マジカはおれが看てるから、師団長たちのことお願いします!」

 

キリっとそう宣言したレオンの頭を撫で、任せた、と先輩たちは笑う。

ヨロヨロと多少危なっかしい足取りで、レオンは部屋へと向かった。

王国のほうに自分が行っても邪魔になるだけ。

なら、ここでできることをしよう。

倒れた友達の介抱くらいなら、おれにもできる。

 

部屋に辿り着いたレオンは、マジカをベッドに横たわらせ濡らしたタオルを額に乗せた。

一息ついてレオンは椅子に身を沈ませる。大丈夫かなと不安げに、窓の外へと目を向けた。

 

■■■■

 

バタバタした日からしばらくして、レオンたちは体躯が大きくなっていた。

「ちびっこを危険なとこには行かせられません」と言われ、ならでっかくなったら問題ないすよね?と意地で成長を果たしている。

そんな成長したレオンたちは現在、肩を並べて森の中を歩いていた。

大きくなったよ!と報告したら、よし仕事だ、と見回りに回されふたり揃って森の中へ放り込まれている。

 

少し不満げに頬を膨らませるレオンと笑うマジカ。そしてそのふたりの間には相棒がいた。

相棒は小さく愛らしいプチドラゴンから、大人ふたりを背中に乗せても平気なくらいに大きくなっている。

「もう部屋に収まらないだろ」という理由で寝室を引き離されレオンは半泣きになったが、当の相棒はというと広く快適な竜小屋に移され、正直満更でもないと思っている。

それでもいまだにレオンの頭の上はお気に入りなのか、すきあらば片手をポンとレオンの頭の上に乗せ満足げな顔をしていた。

マジカとしては、鋭さを増したドラゴンの爪が友人の頭の上にあるのは若干心臓に悪いのだが、以前ほど恐怖は感じなくなっている。

 

「…にーちゃんたち、大丈夫かな…」

 

ふうとため息を吐いて、レオンが小さく呟く。

魔王襲撃の際のゴタゴタで、竜騎士がひとり行方不明となっていた。

竜のタマゴを避難させる最中に狙い撃たれ、そのまま落下し消息が掴めなくなっている。

大陸のどこかに落ちたならばまだ探しようがあるのだが、落ちたのが海の近くだったため、大陸内にいるのか、海に落ちて流されたのか一切不明。

それがレオンを世話してくれていた"にーちゃん"だというのだから、レオンとしてはすぐにでも探しに行きたいのだろう。

無事だった師団長に「こっちで探すから大人しくしてろ」と釘を刺されては動きたくとも動けない。

元々この東の大陸のほとんどを覆う大きな森は「風隠の一族」が取りまとめていた。

そのため森に関してはそちらに一存していたのだが、最近様子がおかしいらしいのだ。

 

「変わったこと、ないよなあ」

 

ため息混じりにレオンはボヤく。

確かにピリピリしてはいるのだが、妙なものは見当たらない。

しかしガサッと草を掻き分け別ルートに入ったレオンの足元が突然ピシャっと濡れた。

「うお!?」と声を上げレオンが足元を見るとそこには水たまりが点在している。

 

「あれ?雨なんか降ったか?」

 

「…最近は、ないな」

 

マジカもレオンと同じように怪訝そうな顔で顎に手を当てた。

辺り一面、水でもぶっかけられたかのような痕跡が残っている。どう考えても不自然だ。森の中でいきなり水が湧いたわけではないだろうし。

首を傾げながらレオンは水たまりに屈み込み、ちゃぽんと指を突っ込んでその指を口に運んだ。

そんなレオンの行動にマジカは「!?」と声にならない悲鳴をあげる。

 

「なにしてんだ馬鹿!」

 

得体の知れない水を無用心に舐めたレオンに、マジカの容赦ない叱責とビンタが飛ぶ。

ヤバい水だったらどうすんだと、蒼白になりながらマジカはレオンの頭をグリグリと圧迫した。

「お前の相棒馬鹿だぞ止めろよ!」とマジカがレオンの相棒を怒鳴りつけたが、当の相棒は「無理ー」とぷいとそっぽを向いてマジカから視線を逸らす。

 

「お前らなあ…」

 

「悪い悪い、でも変なもんじゃなかったぞ?」

 

ほら元気!とパタパタ手を動かし全く反省の色を見せないレオンにため息を吐きながら、マジカはもう一度レオンの頭を叩いた。

叩かれた頭を撫でながら、レオンは先ほど舐めた水に感じた違和感を考える。真水にしてはなんというか…。

塩っ辛い?

 

「塩水ってか、海水か?ちょっと磯臭い」

 

「海水って、マジかよ。ヤバいな」

 

頭を掻いてマジカは水がかかった木々に目を向ける。

この水が海水であるならば、放っておいたらこの辺りの木々が全て枯れてしまうからだ。

 

海水や塩水は塩分が含まれている。

植物は根から水や養分を吸収しているのだが、植物に塩水を与えると、元々植物が内包している水分が濃度の高い海水・塩水のほうに吸い取られてしまう。

また塩水には植物に対し毒性を示す傾向があり、根の性質を壊す。

つまり、塩水は植物に必要な水分を抜き取り、根を破壊し、枯らしてしまう性質があるわけだ。

これを塩害というのだが、どうやらこの辺り一面にある木々はその被害にあっているらしい。

原因はわからないが、この現象が広まればこの森そのものが枯れ果ててしまう。

 

「森の中がピリピリしてんのは、このせいか?」

 

住処が消えつつあるならばピリピリするのも仕方ないかと推測するマジカだったが、レオンは首を傾げた。

確かに木々が枯れつつあるという危機感もあるのだが、まだ他にギスギスした空気も漂っているのだ。

こっちの原因は、わからない。

とりあえず早急に報告をしに戻ろうとレオンは相棒に跨った。

マジカも乗せようと声を掛けたが「もうちょい調べてみる」と断わられる。

 

「わかった、じゃ、すぐ戻るからなー」

 

パサッと周囲の大気を揺らしながら相棒が羽ばたき、レオンたちはふよんと浮き上がった。

空高く飛び上がったレオンたちはそのまますごい速さで消えていく。

「相変わらず速えなー」と見上げるマジカはふうとひと息漏らして、被害にあった範囲や被害の大きさを調査し始めた。

それはかなりの広範囲に渡っており、少しばかり森の奥へと行ってしまうのだが、それはまあ別の話。

 

■■

 

先輩たちもマジカの出した結論と同じなのか、森の保護の方面で動くらしい。

ピリピリしてるのは森が枯れそうだからで、それを解決すれば森も一族も落ち着くだろうと。

そっちのほうは先輩たちに任せレオンはマジカを迎えに再度相棒に跨った。

 

で、到着したものの、

元の場所に戻ってきたはずなのだが、マジカの姿が見当たらない。

相棒が場所を間違えるはずはない。相棒は方向感覚に優れている頭の良い子だから、絶対に間違えない。

マジカがどっか行ったと断言し、レオンは辺りを見渡した。見える範囲にはいないようだ。

調べるとか言ってたから奥のほうへ行っちゃったのかなと呆れたように頭を掻いて、レオンも奥へと歩みを進める。

 

ガサッと草を掻き分け、探索を始めたレオンだったが人の気配を感じ歩みを止めた。

マジカかとも思ったが、それにしては足音が重い。ドスドスとした大きな足音に耳をすませば、すぐにその足音の持ち主が姿を現した。

 

「ん?ヤー や ター ?」

 

「へっ?」

 

それはアロハのような派手なシャツを身につけた巨体の持ち主で、レオンに気付くとそいつはよくわからん言葉で話し掛けてくる。

意味がわからず固まるレオンに呆れたような表情を向け、そいつはふうと息を吐いた。

戸惑いつつもレオンが名前を聞くと、「ワン は ニラーハラー!」と胸を叩いて、多分、名乗った。

聞き取れたのは「ニラーハラー」という単語。多分これが名前なのだろう。

名前に聞き覚えはない。というか、こんな濃い性格というか特徴的な喋り方のやつを忘れるはずはない。

じゃあ、こいつは何だろう。

よくわからない言葉に四苦八苦しながらレオンが意思の疎通を図り、ニラーハラーの主張をまとめると、

 

「この森はとても素晴らしい」

「しかし風通しが悪い」

「だからとりあえず、この森は海にする」

「生き物はみんなニライカナイに連れてく」

 

ということがわかった。

レオンがうまく聞き取れていないのか、主張に若干の矛盾を感じる。

この森が良いものだと判断しているのに、それを海にする、とは。

レオンが混乱していると、相棒がポンとレオンの頭を叩く。

「?」とレオンが相棒を見上げれば、相棒は厳しい目をニラーハラーに向けている。

すごく機嫌が悪い。戸惑うレオンに、相棒はニラーハラーの言葉がわかったのか軽く要約しながら語ってくれた。

・この森は良いものだが、風通しが悪く荒らしてるヤツがいて気に食わない

・だからいっそのこと全部洗い流し、とりあえず真っさらな海にして綺麗にする

らしい。

 

ゆっくりと話を整理して、レオンはニラーハラーに槍を向ける。

善意なのかもしれないが、やろうとしていることが無茶苦茶だ。洗い流すということはつまり、ここに住む生き物全てを殺すのと同意。

実行させるわけにはいかない。

ニラーハラーを睨み付け、レオンが啖呵を切ればニラーハラーは呆れたように手を広げ笑った。

 

「ヤーには無理があるさ〜!」

 

その言葉とともにニラーハラーの背後に海が現れ高波が襲いかかってくる。

「いっ!?」と相棒の背に乗り高波から逃げようと試みたが間に合わず、ざばんとレオンは波に飲まれてしまった。

 

■■■

 

波が引きレオンがびしょ濡れになりながら身体を起こせば、すでにニラーハラーの姿は無い。

プルプルと水を払いながらレオンは相棒の姿を探した。

少しばかり離れたところに水浸しで目をくるくるさせている相棒を発見し、レオンは慌てて駆け寄り様子を探る。

相棒に大きな怪我はなく、水流に巻き込まれ気を失っただけのようだ。安堵の息を吐きながら、レオンは相棒を気遣うように撫でた。

先ほどの技を思い返すに、森を海水で水浸しにしたのはニラーハラーであったらしい。

 

「うっお、大丈夫か?」

 

途方に暮れていたレオンに驚いたような声が掛けられる。

顔を回せばそこにはマジカが立っており、心配そうな顔で駆け寄ってきた。

騒ぎを聞きつけて見に来てくれたらしい。

「おれは平気」とレオンは相棒に目を向ける。そんなレオンにマジカは「相変わらず相棒優先だな」と呆れたように笑い、タオルを取り出し渡してくれた。

 

「自分のことにも気を回せよ」

 

笑われて微妙な表情となるレオンだったが、素直に差し出されたタオルを受け取り己の顔を拭く。

大きな相棒を運ぶのは不可能だ。目が覚めるまで待つしか無い。

「竜呼び出来んだろ、竜小屋まで先に行ってそこで呼べば…」とマジカは提案したが、「こんな状態の相棒を放置しろと?」とレオンは鋭い目を突き刺した。

「デスヨネー」とレオンの普段見せないような怖い顔を見てカタコトになりながらマジカは剣を振るい火の剣を起動する。

「よっ」とマジカは周囲の地面を炙り乾かしてから、そこに座り込んだ。笑いながら手招きしレオンを呼ぶ。

相棒が起きるまで付き合ってくれるらしい。

ストンとレオンもマジカの横に腰を下ろし、再度相棒を優しく撫でた。

そんなレオンに苦笑しながらマジカは何があったのかを問い掛ける。レオンはニラーハラーのことをマジカに話した。

レオンの話を聞いてマジカは心底面倒臭そうな表情になり「高波操る相手にどう立ち回ればいいんだ」と頭を抱える。

 

「ああでも変なことも言ってたな。"森を荒らしてるやつがいる"って」

 

「荒らしてる?…のは、ニラーハラーって奴じゃないのか?」

 

マジカの問いは最もだが、ニラーハラーの口ぶりから考えるにニラーハラーが動き始める前から森が荒れていたようだ。

つまり、森がピリピリしていたのはニラーハラーとは別の理由があるらしい。

怪訝そうな表情を浮かべながらマジカは「森の一族の奴に話を聞いた方が良さそうだな」と頭を掻いた。

そういえばと、思い出したようにマジカはレオンに向き直る。

 

「…お前は、報告に行ってすぐ戻ってきてニラーハラーって奴と会ったんだよな?」

 

「そうだけど…?」

 

質問の意図がわからず首を傾げるレオンだったが、マジカは不思議そうな顔をするだけ。

マジカはしばらく思い悩んでいたようだが曖昧な言葉で濁し話題を終わらせた。

追及しようとしたレオンの言葉は、相棒がちょうど目覚めたため呑み込まれる。

安堵の表情を浮かべ、相棒の無事を確認したレオンはマジカとともに背に跨り報告のため詰所へと帰っていった。

 

レオンの後ろに乗りながら、マジカはぼんやりと思い出す。

レオンと別れて塩害の調査をしていたとき、マジカはレオンに良く似た人影を目にしていた。

竜を模したような衣装に身を包むのは竜騎士としてはよくあること。それに遠目だったため本人かどうかの確認は出来なかったが、雰囲気が良く似ていた。

放浪するようにフラフラと、壊れたように歩く竜騎士らしき人影の傍には不思議なことにドラゴンがいない。

どこからどう見ても竜騎士なんだがな?と不信に思ったマジカがよく目を凝らしてみると、その人影の傍に一応"何か"は存在していた。

いたのはモヤモヤした真っ黒い影。

虚ろな様子で影に話し掛ける姿はホラーそのもので、マジカがあまりの不気味さに目を逸らした隙にその人影はその場から消えていた。

 

幻でも見たのだろうかとマジカは再度首を傾げる。

それを確認するため先ほど問い掛けたのだが、恐らくマジカが人影を目撃していた時間、レオンはニラーハラーと対峙している。

ならばあれはレオンではない。

何だったんだろうなとマジカは頭を掻いた。もしもあの人影が生きている人間だったとしたら、あそこまでの心神喪失状態になるなんて、と考えマジカはレオンに問う。

 

「……もしも。竜騎士かドラゴンが相棒を失ったら、どうなる?」

 

「へ?なんだ急に。…そうだな、人によるからなんとも言えないけど」

 

おれだったら生きる気力なくして廃人になるか後追って死ぬ、とレオンはきっぱり宣言した。

新しい相棒を探すという心理にはならないらしい。

「おれの相棒はこいつだけ!」とレオンはニコニコしながら惚気を始める。

その惚気話を聞き流しながらマジカは「ドラゴンのほうは?」と相棒に目を向けながら聞いた。

 

「んー、ドラゴンによるっぽいけど。相棒は "暴走するかも" ってさ」

 

相棒を失う悲しみは、人も竜も変わらないらしい。

ただ竜の場合、感情が高ぶり己の力を制御出来なくなる可能性が高い。簡単な話、悲しみと怒りで暴走し街一個破壊する。

それを聞いたマジカはレオンに「…お前長生きしろよ死ぬなよ?」と冷や汗を流しながら忠告した。

「善処する」とケラケラ笑い、「ああでももし相棒が殺されたなら、その犯人は骨の一欠片もこの世に残さないってなるから、おれも暴走するっちゃするか」とレオンは相棒の背をポンポンと叩く。

笑うレオンを見ながら、マジカは竜騎士は竜も人間も思考回路がヤバいということを再認識した。

 

「ああ、でも」

 

「まだなんかあんのか」

 

「いや、…もしも相棒が死んだとしとも、傍に竜のタマゴや仔竜がいたら、廃人になる暇も後追う暇も犯人消す暇もなくなるかもなあ」

 

そんなことよりその仔の面倒みなきゃって思うよ。

そんな言葉でレオンは締めくくった。

竜の騎士ならば相棒の死を引っ張りつつも、遺された竜を放っては置けない。

そう語るレオンの背が、先ほど見た人影と重なった。

もしかしたらという想いを秘め、マジカは口を紡ぎ流れる下界の景色に目を落とす。

少し、調べてみるか、な。

 

■■■■

 

詰所に戻ってきたレオンたちは、レオンの相棒を休ませている合間に今後のことを相談した。

一度、森に住む一族の状態を確認したほうがいい。

 

「…あいつらなあ…下手に干渉しようとすると、マジギレしてくるからなあ…」

 

風隠の一族は基本的に "余所者は近付くな" 気質であり、自分たちのテリトリーだけで生活しているのだ。うっかり過度な干渉をすると痛い目をみる。

まあ、あの一族も鬼ではないため一度懐に入っちゃえば結構友好的になるのだが、それは知らないようだ。勿体無い。

 

いままで王国側と森側が互いに不干渉でも問題なく過ごせていたため放置していたが、ニラーハラーの騒動が起きている今、不干渉でいるのは難しい。

ニラーハラーは森を海にしようとしているのだ。森の住人だけではなく街の人間も巻き込まれる恐れがある。

被害を出さないためにも、森側と協力体制もしくは連絡の取れる状態にしておきたいのだが、

 

「確か族長筋は、結構歳のいったナントカ流の始祖とその息子ふたりがいるはず」

 

「…名前は?」

 

「……さあ…?」

 

一族に対する把握度はこのレベルである。不干渉を貫き切った結果がこれだ。

大まかな情報は入っているものの、詳細などは一切ない。

そもそも族長がいるであろう場所すら知らないのだ。

しばらく悩んだふたりは「とりあえず行くだけ行ってみよう」という結論に達し、族長のいそうな場所に当たりを付けた。明日にでも向かう予定だ。

"族長"が話の通じる相手ならいいなと淡い想いを胸にふたりは自室へ戻り就寝の準備をはじめる。

窓の外では、死ぬほど不機嫌そうな風が吹き荒れていた。

 

■■■

 

次の日、計画通りレオンとマジカは森の奥へと向かう。

相棒の調子も回復したようで、ふたりを背に乗せたままぐんぐんと奥へ進んでいった。

一応当たりを付けた場所へと降り立ち、レオンは辺りをぐるりと見渡す。

こんな奥深くまで来たのは初めてだった。

ピリピリとした空気は変わらず、むしろ警戒色の濃い風が刺すように肌を襲う。

 

「…アウェー感ハンパねえー…」

 

露骨に自分たちを襲う敵意に冷や汗を流しながら、レオンはボヤくように音を漏らした。

心地の悪さを払拭するように、レオンは大きな声で「族長にお話しがあって来たんですけどー!」と要件を伝えた。

伝わったのか、すぐに大気の動く気配がして大きな扇を持った人影がレオンたちの前に現れる。

 

その人物はどうやら凄く機嫌が悪いようだ。眉間に深い溝が刻まれていた。

白っぽいトゲトゲした長い髪に、高い沓を履き袂の長い衣服を身につけている。

そしてその人物は、鼻が高いというか長かった。

風隠の一族の族長筋は特徴的な外見をしていると聞いたが、もしやアレだろうか。

ジロジロと眺めていたのがバレたのか、その人物は心の底から不快そうな表情で扇を叩きレオンを睨み付けた。

その音に驚きレオンはビクンと身体を跳ねさせる。しまった怒らせた。

オロオロするレオンに呆れつつも、マジカは会話をしようと足を一歩前に出す。が、それは扇で牽制されそれ以上近付くことが叶わない。

 

「…あー、族長サンは?」

 

「私だ」

 

マジカの問いに目の前の男性が初めて声を落とした。

その声を聞いてマジカは怪訝そうな表情で「族長さんは年配の方だって聞いてたが」と警戒を露わに問い掛ければ、目の前にいる人物は心底機嫌悪そうに目を吊り上げる。

 

「私は風隠の族長、オロシ。この森の一族を束ねし者」

 

「…ああ、そうだそれだ。長男の名前」

 

合点のいったようにマジカはポンと手を叩く。得体の知れない人間が族長を騙っているのかとも思ったが、代替わりしただけらしい。

しかし代替わりしたなんていうデカい情報がこちらに入ってこないなんて有り得るだろうか?

マジカが不審げな表情を見せると、オロシはそれを鼻で笑い「森を荒らすだけでは飽き足らず、ここまで来るとは」と扇で小気味好い音を奏でた。

どうやらオロシはレオンたちを「森を荒らしてる犯人」「かつ族長の命を狙いに来た不届き者」と判断したらしい。

まあ確かに、がっつり武装した人間が、炎気を纏う竜を連れて、森の奥深くまで来てるのだから、そう思うのも無理はないだろう。

レオンたちを"敵"と判断したオロシは有無を言わさず扇に毒気を混ぜた風を乗せ、「死ね」と言わんばかりに勢いよく送り込んできた。

殺気増し増しのオロシから目を逸らさずマジカはレオンに声を掛ける。

 

「いくぞ!」

 

唐突な攻撃に戸惑っていたレオンも戦闘態勢となり相棒に指示を送りながら返事を返した。

 

「よっしゃ!」

 

敵対意思を見せたふたりにオロシは牙を剥きながら怒鳴り散らす。

 

「何者であろうと、我が一族を脅かす者は許さぬッ!」

 

大きな風を巻き起こすオロシを見て、「言動は族長そのものだな」とマジカは判断を下した。

権力を得たいだけの輩であるならばこういった台詞は出てこない。

演技という可能性もあるが、その割には本気で森と一族を守るために動いている。

動いているのだが、不思議なことにオロシには余裕がない。必死すぎるともいう。

まるで、「守る人間がいないから自分がやらねば」とでも言いたげな雰囲気。

 

妙な態度のオロシを見て眉をひそめるマジカだったが、オロシの技でレオンが混乱し襲いかかってきたことで思考は中断された。

「あっさり混乱するとか馬鹿だろお前馬鹿だろ!」と叫びつつレオンの一撃を弾き返し、マジカはオロシに顔を向ける。

終わったら仕返しにレオン殴り飛ばそうと決意して、マジカは剣に光と闇の属性を乗せた。

以前暗闇の力を使った通信で倒れてから、これはマズいと魔力を上げたが「闇」と「邪」の属性は頻発に使えるほどには至れなかった。

扱えるのはいざという時のみ。

ここが使いどきだろうと判断し、マジカは相反する属性を重ねて刃を作る。

やはり不安定だ。舌打ちしながらマジカは誰に聞かせるわけでもなく小さく呟いた。

 

「…根本からやり直すか」

 

光と闇のハイブリッド。それに至れれば扱いにくい属性だろうと自在に操れるだろう。

暴発しないように力を制御しつつマジカは切っ先をオロシに向けた。

 

マジカの放った一撃は、見事オロシの動きを止める。

膝を付くオロシに刃を突き付けながら、マジカは「敵対する気はないっての」と説得力のない言葉を放った。

案の定オロシは警戒したままマジカを睨み付ける。不穏な空気を感じ取りレオンが割り込むが、マジカの怒りはレオンに移動した。

 

「うるさい黙ってろ混乱してオレに切りかかってきたのはどこのどいつだこの大馬鹿野郎」

 

「おぼ、覚えてねーし!」

 

アワアワと首を振るレオンは相棒に助けを求めたが、相棒はぷいとそっぽを向いた。

突然揉め出したレオンとマジカを見て目を丸くしながらオロシが「おい…」と口を挟む。が、物凄い剣幕でマジカに「邪魔すんな!」と怒鳴られ大人しく地面に腰を下ろした。

気付けばマジカはレオンを正座させ、説教をかましている。ここぞとばかりに的確にダメ出しし、レオンを涙目に追い込んでいた。

 

「……さて、次はあんただ。えっとオロシだっけか?」

 

急に名前を呼ばれオロシは一瞬呆けた表情を見せたが、すぐ我に返り先ほどと同じような顔を作る。

気難しげな表情のオロシを見てマジカは「話聞くの骨が折れそう」とうんざり思ったが、その予想とは裏腹にオロシはゆっくりと口を開いた。

オロシが何かを喚びよせるような仕草をすれば、地面がぽこっと隆起してそこから蛇のようなドラゴンの仔が現れる。

 

「此奴はルートンという大樹竜の仔だ。大自然の…植物のドラゴンなんだが、最近此奴の亜種が出てきた」

 

オロシはむすっとした表情のまま手元にいるルートンを撫でた。

この竜はドラゴンではあるのだがタマゴではなく球根から産まれ、大地に根付いて大きくなる。本当に大樹のように育つらしい。

その竜の反転したバージョンが現れた。大樹竜の癒し浄化する性質とは逆の腐らせる性質を持つ生き物。植物と竜の特性すら反転し、植物要素が強くなっている。

「森が穢れたから反転したものが出てきた。森に住むものはそんなことしない。汚したのは外の奴らだ」と。

そのため"外の奴"であるレオンたちに敵意を向け喧嘩を売ったらしいが、マジカとしては心当たりがない。

首を傾げるマジカを見てさらに目付きを鋭くするオロシだったが、ルートンに擦り寄られ多少表情を柔らかくした。オロシはルートンを撫でる。

性質が植物に近いからなのかルートンの表情はほぼ変わらない。が、どうやら撫でられて嬉しいのか、双葉の付いた尻尾が左右に揺れていた。

オロシの主張を聞いていろいろと説明する必要がありそうだと頭を掻くマジカだったが、視線がついルートンに向かう。

あまり見ないタイプのドラゴンだ。地中に埋まっているためか、空は飛べないらしい。

珍しいなとマジカがルートンを眺めていたら、その視界に見慣れた姿が滑り込んだ。

 

「うわあああああ!なにこいつなにこいつ可愛い!」

 

叱られ大人しく正座していたはずだが、ドラゴンを見てトキメキメーターが跳ね上がったらしい。レオンがルートンに飛びついてきた。

キラキラを通り越して蕩けた目を向け、ハートを乱舞しながらレオンはルートンを撫で回す。

突然凄い勢いで撫でられたルートンは、無表情ながらも驚き怯えたとわかる反応を示した。

かぷん、とレオンに噛み付いたのだ。

 

「痛っ……く、ないなあ。甘噛みよりちょっと強い感じ?」

 

ドラゴンの世界にも箱入り育ちといったものがあるのだろうか。植物ドラゴンだから温室育ちか?

ルートンは思い切り噛んだつもりでも実際は(レオン曰く)甘噛み程度であるらしい。

まあそもそもレオンは、身体に穴が開く程度ならば "甘噛み" とカウントし、幾度となく相棒に噛まれた傷を "愛情の証" とのたまうレベルではあるのだが。

"あれ?"と首を傾げるルートンに心射抜かれたのか、レオンはハタから見たらヤバい人にしか見えない奇声を発しながらルートンを更に撫で回した。

それがマッサージとなったのか、はじめは"いやー"と体をよじっていたルートンが徐々に大人しくなり、最終的にはレオンの腕の中でうっとりと身を任せている。

呆気にとられていたマジカの視界に赤い何かが風切り音を鳴らしながらレオンの顔面に襲いかかった。

スパァン!と良い音を響かせ、レオンは目をくるくるさせながらバタンと仰向けに倒れこむ。

レオンを襲った赤い何かは見慣れた尻尾。

目の前で別のドラゴンとイチャイチャされて、超絶機嫌の悪いレオンの相棒が腹いせに尻尾を振るったらしい。

レオンをぶん殴ったあと、つんと後ろを向き背中で怒りを語る相棒に気付いたレオンは慌てて駆け寄り言い訳を並べ立てる。

が、レオンは突然視線をあらぬ方向へと向け、怪訝な表情を浮かべた。

そんな態度が気に食わなかったのか、再度振るわれた相棒の尻尾でまたもやレオンは吹き飛ばされる。

 

「…なんだこれ」

 

「オレに聞くなオレも理解してない」

 

ここまでの茶番に取り残されたオロシとマジカは、そろってため息を吐き出した。

 

■■■

 

レオンの奇行のおかげか、オロシの態度が若干軟化したらしい。

まあ認識が「敵」から「変な奴ら」に変わっただけのようだが。

それに関しては是が非でも訂正したいところだが、今は会話が優先だとマジカはオロシに向き直る。

それに気付いたオロシが笑いながら先制を仕掛けた。

 

「…貴様はあっちに混ざらなくて良いのか?」

 

「あいつと一緒にすんな」

 

ふたりが視線を送る先には、レオンと相棒とルートンが仲良く談笑している。

機嫌を損ねた相棒と謝罪を繰り返すレオンの間を取り持ったのはルートンだった。

ルートンはぽこぽこと地面を移動し、不機嫌そのものの相棒にぽてとくっ付き "あったかい" と擦り寄ったのだ。

元来、子犬やら子猫やらの幼体は愛くるしさで保護欲を掻き立てさせるものだが、幼ドラゴンもそうらしい。

見事にそれにハマったレオンと相棒は、現在有耶無耶のまま喧嘩を終わらせ、ふたりでルートンを愛でている。

あいつらはもう放っとこう、とマジカはため息を吐きながらオロシに情報を話した。

こちらは不可侵のまま森に手を出してはいないこと。森を海にしようとしている奴がいたこと。そいつが「森の空気が悪い」と言っていたこと。

 

「つまり、元々森の様子がおかしいから変な奴が湧いたらしいんだが、心当たりはないか?」

 

「私には弟がいる。つまり跡継ぎ候補がもうひとりいるだけの話だ」

 

「? あんたが跡継いで族長になってんじゃないのか?」

 

マジカの疑問にオロシはぷいと顔を背ける。

そんなオロシの態度を見て、マジカは怪訝な表情を浮かべた。

もしやこいつは周りの意見無視して勝手に族長やってんじゃないだろうか。

 

ここの族長は森に住む一族を束ねる存在だ。

そんな最高権力的な地位に息子だからというだけで勝手に収まったのならば、そりゃ森全体が荒れる。ピリピリするに決まっている。当然空気は悪くなる。

「馬鹿なの?」と言いたげなマジカの表情に対し、オロシはふんと鼻を鳴らしそっぽを向いたままだった。

ギスギスしてる原因こいつじゃねえかとマジカが呆れ返っていると、のほほんとした様子でルートンを抱きかかえたレオンが近寄ってきた。

ルートンを地面に降ろしながらレオンは笑う。

 

「いいんじゃねーの?ちゃんと "族長" やってんだろ?」

 

ついさっき戦ったばっかじゃん、とレオンはルートンの頭をポンと撫でた。

こくりと頷いてルートンはぽこぽことオロシの傍に寄っていく。

レオンの言葉でマジカは思い出した。オロシが "一族を束ねる者" として"森を脅かすもの" を排除しようとしていたことを。

オロシはきちんと族長の「森を守る」という使命を果たそうとしていたのだ。

ただ権力のみを欲し役目を蔑ろにする馬鹿息子ならば問題だが、オロシは真面目に族長やっている。

つまるところ、なんら問題はない。

それに気付いたマジカは首を傾げた。

 

「じゃあなんでいまだにギスギスしてんだ?」

 

「そこで弟が出てくる。…なあ、あんたの弟って優秀だろ」

 

疑問系ではなく断定するように言葉を発し、レオンはオロシに顔を向ける。

忌々しげに眉間に皺を寄せ、オロシは無言で顔を背けた。オロシのこの態度からして、レオンの予想は当たっているのだろう。

つまり、長男を族長にすべきか、優秀な弟を族長にすべきかで派閥が発生し荒れているらしい。

「よくわかったな」とマジカが問えばレオンは「竜騎士団で師団長たちがそんな感じだったんだよ」と笑いながら語った。

努力型の真面目なタイプと、天才肌の派手なタイプ。このふたつのタイプが比較に出されるとき、悩んだり暴走するのは決まって真面目なタイプだ。

「自分よりあっちのほうがリーダーに向いてるんじゃないか」と悩むなら可愛いものだが、そういうタイプは追い詰めすぎると「自分は真面目にやってるのに皆あっちばっかチヤホヤする、自分も頑張ってるのに」から転じて「もう知るか全員死ね」と大爆破を起こしかねない。

追い詰めた周囲にも責任があるのだが、そういう輩はしれっと責任逃れして「急にキレた」扱いをし、真面目なタイプが悪人にされて終わる。

基本的に真面目に生きてる人間は貧乏クジを引かされるのだ。

その不満が積もりに積もって大爆破しただけじゃないかなとレオンはケラケラ笑った。

 

「弟とちゃんと話しろよ。天才肌なら多分 "どっちが族長であるべきか" ってのはわかってるだろうから」

 

天才肌の人間ならば、人の向き不向きを判断するのが上手いことが多い。今回の話ならば、族長は兄・自分には向かない、とすでに判断を下している可能性が高い。

なんせ、族長になるため一生懸命勉強をしている兄の姿を、彼は幼いころからずっと一番近くで見てきたのだから。

だからきちんと話し合えば収まるところに収まるだろうとレオンは思う。

しかしオロシはむすっとした顔で「無理だな」と吐き捨てた。

 

「バタバタしてたときにうろちょろされたから『邪魔だから出てけ』と怒鳴ったら、そのまま家出した」

 

つまり弟は現在行方不明らしい。まあ時々噂を聞くから元気に生きてはいるようだが。

森の空気がギスギスしていた要因が他にもあった。これだ。

ハタから見たら、オロシが邪魔な跡継ぎ候補の弟を追い出したようにも見える。というか本人以外は多分全員がそう思っている。

話を聞いたマジカが再度「馬鹿なの?」という眼差しをオロシに向けた。その眼差しに気付いたオロシが「なんだと?」と睨み返し、不穏な空気がふたりの間に広がる。

間を取り成しながらレオンは話題を変えようと割り込んだ。

 

「あー、えーっと、そうだ!ニライカナイって知ってるか?」

 

「…私は、知らんが…。忍びの里の…月の一族か、その中に知ってる奴がいるはずだ」

忍者いるんだ、この森。

割と魔窟だよなとレオンは思考を放棄しつつ「ニラーハラーに対抗するなら情報あったほうがいいと思ってさ」と月の一族の居場所を聞いた。

しかしオロシは「余所者には教えられない」と言う。どうやら忍びの里との密約で居場所の譲渡は出来ないようだ。

「あそこの奴らは警戒心が強いからな」とオロシは目を彷徨わせた。ある程度の権力とある程度の信頼がある場合、あっちから勝手に売り込みにくるらしい。

微妙な表情を浮かべたレオンに、オロシは「傭兵でしか身を立てられない土地もある」と苦笑を返した。

 

「この世は水・土地・気候に恵まれた地域ばかりではない。作物の育ちにくい場所や気候の厳しい場所などいろいろある」

 

そんな土地に産まれると傭兵として他国に出稼ぎに行くことが多い。彼らは戦うことしか出来ないからだ。

ならばとオロシが「森を守るならこの森に住んでいい」と提案したら忍者が数人住み着いたらしい。

そんな事情があるならば、月の一族への接触はオロシに任せた方がいいだろう。

「じゃあ、」と口を開いたレオンをオロシは真っ直ぐ見据え、よく通る声でこう言った。

 

「…此処は私たちの森。私たちが住む場所だ。…私たちに任せてくれないか」

 

己が住む場所だから、落とし前は自分でつける。

そんな意思を含ませたオロシの言葉にレオンとマジカは顔を見合わせた。

騒ぎの規模を考慮すると自分たちも動くべきではあるのだが、直接的にターゲットにされている森の長がそう言うのであれば合わせるほうがいいだろう。

しかし何もしないわけにはいかない。マジカが迷っていると、横からレオンがあっさりと「じゃあ任せるか!」と笑顔を返していた。

口を挟もうとするマジカを遮って、レオンはどんどん話を進めていく。

 

「補佐が必要なら合図くれれば相棒と一緒に来るから、変な意地張らずに呼べよ?」

 

そいつにSOS出せば伝わるから、とレオンはルートンを指差した。

オロシが視線を落とすとルートンはぴるぴるとやる気満々な態度で尻尾を振っている。

 

「こいつは育ててくれるあんたのことが好きみたいだから、大丈夫だろ」

 

「…別に私の竜ではないし育てているわけではないのだが」

 

水を撒くとどこからともなく現れる、通いの野良猫みたいな状態らしい。

オロシの説明にキョトンとした表情を返し、レオンは「まあいいか」と笑う。

じゃあ帰るかとレオンはオロシに背を向けた。

「ついでに森の外の人間とも交流するの考えといてくれ、連絡とれねーのメンドい」とレオンが思い出したように声を掛ければ、オロシは「…考えておく」と曖昧な返事を寄越す。

その返事に満足したのか、レオンはへらっと笑ってマジカを促し森の中へと歩みを進めた。

すぐには変わらないだろうが、多分いつかは開けるだろう。

 

■■■

 

オロシと別れ、レオンたちはテクテクと森の中を進む。

しばらく歩いてオロシの姿が見えなくなったころ、レオンはピタリと足を止め近くの木に背を預けた。

多少不機嫌なマジカに顔を向けレオンが首を傾けつつ笑うと、頭を押さえながらマジカが口を開く。

 

「あー…聞きたいことがある」

 

「おー」

 

構わないとレオンは手をヒラヒラさせながら相棒に耳打ちし、こくりと頷いた相棒はひゅんと空高くに舞い上がった。

現在地を知るために偵察に行かせたのだろうか?

さらに怪訝な顔をするマジカだったが、とりあえず説明しろと息を吐く。

聞きたいことは、ふたつ。

ルートンはただのドラゴンではないのかということと、何故自分たちは歩いているのかということ。元々レオンの相棒に乗って来たのだ。帰りも乗って帰ればいい。

マジカの問いに人差し指を立てながら、レオンは「まずは竜の話」と語り出した。

 

「えっと、確信したわけじゃないんだけどな?あの仔はこの森と連動してる気がする」

 

化身とかそんな大層なものではないのだが、おそらくあれは大樹竜の名の通り、その地に根付きその地と同化する存在。

あの仔が小さいのは、現状森自体が荒らされピリピリしていて若干弱っているから。長が代替わりした影響もあるかもしれない。

多分森が綺麗になれば増えるしデカくなるんじゃないかな、と仔竜を思い出し破顔しながらレオンは説明した。

 

「んで、その森と同調してる竜がスゲー懐いてたから"オロシは大丈夫"だと思った」

 

マメに森の世話してんじゃないかなあいつ、とレオンは笑い「森自体に好かれてるならまあ大丈夫だろ」とオロシのいた方向へ顔を向ける。

植物は世話をしたらしただけ、素直に恩恵を返してくれるもの。

育てている植物を見ればその人の人となりがよくわかる、鏡のような存在なのだ。

レオンの説明に呆気に取られながらも納得したのか、マジカは頭を掻いて頷いた。顔には「こいつの竜に関する妙に鋭いカンは当たる」と書いてある。

 

「…わからんけどわかった。んじゃ次だ。…何でオレたちは歩いてんだ?」

 

「んー…」と空を見上げてレオンは目を細めた。

と、突然目を見開いたかと思うと笑みを浮かべ、軽く手を上げ合図を送る。

「は?」とマジカが漏らした声はバサバサと枝葉にぶつかる大きな音に掻き消された。

最後にドスンと大地を揺らし、大きな塊がレオンたちの目の前に落ちてくる。

 

「おー、やっぱいたか」

 

「は?…はァ!?」

 

驚愕の声を響かせるマジカと相反して、レオンはへらりと微笑みその塊を軽く揺すった。

目の前に落ちてきた塊は人間で、歳はレオンたちより同じか少し下くらいだろうか。

白色の、光の加減で薄っすらと緑色が混じるふわふわした髪を持ち、緑色の外套を身に付け、

そしてその人物の顔には、妙な仮面が付いていた。

事態を飲み込めず混乱するマジカの横に、「ただいまー」とレオンの相棒が降りてくる。

そんな相棒を見て、マジカはひとつの仮定に辿り着いた。

 

「…お前、この人を木の上から叩き落としたのか…?」

 

恐る恐るマジカがレオンの相棒ドラゴンに問えば、「そうだけど?」とごくあっさりとした態度で返される。

危ねえだろ!と声には出せず顔を引きつらせるマジカが元凶であろうレオンに目を向けると、ちょうど落ちてきた人間が目を覚ましたようだった。

唸りながら身体を起こし、ぼんやりとしたその人は思い出したように叫び声を上げる。

 

「っ!紅き竜が!我に頭突きを!」

 

ほらなんかパニくってんじゃねーか。

これはドラゴンを叱るべきか、指示を出したレオンを怒るべきか。

ため息を吐きながらマジカは、混乱しているその人を落ち着かせようと近寄って行った。

 

■■■

 

仮面を付けているため判断しにくいが、その人はいまだに落ち着きなく目を泳がせている。

叩き落としたのはこちらなのだからとマジカが「なんかその、悪い」と謝罪すれば、その人は首を振り口元を困ったように結んだ。

なんで人を突き落とすような真似をしたのかとマジカがレオンを問い詰めると、レオンはキョトンとしながら答える。

 

「え?だってさっきからずっとおれらのほう見てたから」

 

話掛けにくるわけでもなく、近寄ってくるわけでもなく、見張るように木の上から見られていたらしい。

それに気付いたレオンは不思議に思い、話を聞こうと無理矢理落っことしたようだ。

見張られるのは確かに機嫌の良いものではないが、やり方が雑すぎる。

呆れるマジカを尻目に、レオンは仮面を付けた青年に「おれらに何か用?」と問い掛けた。

 

「…いつ、我に気付いた?」

 

「相棒に愛のビンタもらったとき」

 

レオンの返答を聞いて「う」と言葉に詰まり目を逸らす仮面の青年。

この態度を見るに、かなり早い段階でレオンは気付いたのだろう。

あからさまに動揺する青年に、レオンは「敵ならとりあえずぶっ飛ばすけど」と小首を傾げた。

まあ監視されていたのと似たようなものだから、レオンが彼を敵対者だと認識するのもおかしなことではない。

すぐさま殴り掛からないのは「森の住人かも」と判断に迷っているからだ。微妙な立ち位置のオロシと仲良く会話していた、外部の人間であるレオンたちを監視するのは理解出来る。

首を傾げながら返答を待つレオンに視線を彷徨わせながら、仮面の青年は小さな声で名乗った。

 

「我、は、風隠の戦士、ハヤテ…」

 

先ほどあんたらが喋っていたオロシの弟だ、とハヤテは観念したように正体を明かす。

ハヤテの名を聞いて、レオンたちは驚いたように目をパチクリさせた。

行方不明だと言われていた弟が目の前に現れたのだ、驚くのも無理はないだろう。

 

「その弟サンがなんでオレたちを見張ってたんだ?」

 

「…我の兄を、害する連中ではないかと、疑った」

 

「…へ?」

 

ハヤテの言にマジカが戸惑いの音を返した。

確かハヤテは跡継ぎ争いの渦中に、兄に「出てけ」と言われ家出したはずだ。自分を追い出した兄を恨みこそすれ、心配する義理などないと思うのだが。

首を傾げながらマジカがハヤテにそう問えば、今度はハヤテがキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「我は外敵と闘って森を護り、兄は長として森そのものを護り導き育てれば良い」

 

勿論森を護る兄は我が護ると宣言し、したりと頷きハヤテは胸を張った。

ああだからオロシと接触した自分たちを見張っていたのか。

ようやく理解したマジカが頭を掻きながらハヤテを見れば、ハヤテの顔には「良い考えだろう!」と自信満々な文字が書いてある。

良い判断だとは思う。思うのだが、どうやらハヤテはそれを誰にも言わず勝手に行っているらしい。

つまり、ハヤテ自身がきちんと己の意思を語らないまま動き回るせいで、真意が森の住人にも肝心の兄にも伝わらず、跡継ぎ騒ぎが拗れまくっている。

話を聞いたマジカはハヤテに彼の兄に向けたものと同じ類の視線を送る。ハッキリと「兄弟揃って馬鹿なの?」と描かれていた。

 

「…お前ら兄弟はもっとちゃんと話し合え」

 

ここまでのことを聞き取るのに多大な苦労を要した。

ハヤテの喋り方が独特すぎて理解が追いつかないのだ。喋り方もだが、一言っただけで十語った気になっているハヤテに問題がある。

それでもオロシはだいたい把握するという。兄弟だから理解出来るのか、付き合う期間が長いため慣れたのか。

そもそもオロシがハヤテの言を理解してしまうため、ハヤテの会話能力が著しく低いのかもしれない。

兄弟って本当面倒臭えなとマジカは頭を掻いてため息を吐いた。

しかし先ほど会ったオロシは、ハヤテの言い分を理解していないようだったのだが。

 

「自分が族長に、ってのに意固地になりすぎて見えなくなってんじゃねーかな」

 

まあ結局のところ、この兄弟に必要なことは顔を合わせて話し合うことのようだ。

そうレオンが笑えばハヤテは少し狼狽えながら目線を泳がし手をモジモジさせた。

被害の大きい騒動の渦中に内々の問題を引っ張り出すのは嫌らしく、現状はまだ顔を合わせるのに若干戸惑いがあるらしい。

ぷるぷると首を振ったあと、ハヤテはレオンたちを真っ直ぐ見据え、よく通る声でこう言った。

 

「…此処は我らの森。我らが住む場所。…我らがやる」

 

己が住む場所だから、落とし前は自分でつける。

そんな聞いたことのある台詞を発して己の胸を叩くハヤテ。そんなハヤテを見て、レオンとマジカは顔を見合わせ苦笑した。

この兄弟は、そっくりなのだ、と。

笑いながらレオンが「お前の兄貴も同じこと言ってたわ」とハヤテの頭をぽんと叩いて教えれば、ハヤテは驚いたような顔をしたあと嬉しそうに微笑んだ。

森を守るふたりに同じことを言われてしまったのならば、レオンたちが介入する余地はない。

 

「なんかあったら言えよ?…お前の兄貴は意地張って救援要請寄越しそうにないから」

 

レオンがそう言えばハヤテは「違いない」と苦笑し了承の意思を伝えた。

ハヤテはパトロールに戻ると立ち上がり、外套を翻し木の上へと消えていく。

ぽんぽんと枝を渡り風のように去るハヤテを見送りながら、レオンたちは「おれらも帰るかー」と相棒の背に乗り込んだ。

風を切って空を渡りながら、マジカはレオンに話し掛けた。

 

「…ちょっとやりたいことがあるから、しばらく別行動な」

 

「りょーかい。おれもいろいろ調べてみるよ」

 

詰所に帰ってきたレオンたちは、各々のすべきことに向けて行動を開始した。

マジカと別れ相棒とふたり歩くレオンは、相棒から不思議な話を耳にする。

ハヤテと話をしているころから、微妙にソワソワと心ここに在らずといった様子だった相棒がようやく口を開いてくれたのだ。

相棒からの話を聞くにつれレオンの歩みの速度が遅くなり、最終的には立ち止まる。

表情を固まらせたレオンが事実か否かを確認すると、相棒はこくりと頷いた。その瞬間レオンは大慌てで駆け出し、帰ってきたばかりだというのに構わずレオンは空へと戻った。

相棒の話が事実ならば、

竜騎士であるレオンには、

やらねばならないことがある。

 

「竜を苛めた奴がいるなら、おれの出番だよな!?」

 

レオンのそんな叫びが、木々に木霊し

茜色の空に照らされ一際紅く染まる竜と、その背に乗った竜騎士は風の誘うまま前へと翔けていった。

 

 

■■■■■

 

さて、

次回に続くとしか言いようのない話ですが、

こればっかりは仕方ない。

 

この森は人を迷わせる気質があるのか、

いくつもの道が複雑に絡み合い

入り組んでいます。

 

さ、

それでは森のもうひとつの道へ行きましょうか。

 

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