No.854393

紫閃の軌跡

kelvinさん

第85話 つかの間の一時(第五章 動き始めた意志~西ゼムリア通商会議~)

2016-06-21 16:33:55 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2837   閲覧ユーザー数:2569

~近郊都市トリスタ~

 

テロリスト―――<帝国解放戦線>による騒動はあったものの、一応無事に終わった七月の特別実習より一週間が経った。八月となり茹だる様な暑さがトリスタの街を包み込んでいた。

 

本来、士官学校は軍人を育成するという観点から年末年始以外の長期休暇は存在しない。例外と言えばⅠ・Ⅱ組の貴族生徒。彼らは将来の領地運営の勉学という名目で各々の実家に帰ることが多く、この時期学院に残っている貴族生徒はほんの一部である。

 

そして平民と貴族…厳密に言うと更に色んな身分が混成しているⅦ組の面々はというと、全員が士官学院に残っている状態であった。というのも、七月の特別実習を終えて第三学生寮に着いた時にサラがこんなことを言ったからだ。

 

『あ、そうそう。来週は全員一週間ほど予定を開けておいて頂戴ね。Ⅶ組の皆に大事な話があるから♪』

 

この中で言えば帰省対象の貴族生徒はリィン、ユーシス、セリカ。そして貴族ではないにしろステラもその対象に含まれるであろう。だが、各々会いたい人物は既に会っている状態なので帰省する必要はないと言った。ユーシスに至っては

 

『居心地の悪い実家に態々帰る阿呆などいない』

 

と言う始末であった。あと、外国人(リベール出身)という観点からアスベルとラウラに対して帰省の話は来ていたが、双方共に断っている。とまぁ、元々帰る予定などなかったわけで特に問題はなかった、ということだった。

 

そして一週間後―――八月の初旬。Ⅶ組の面々が集められた場所、もとい集合指定場所はトリスタ郊外にあるトリスタ国際空港の発着場であった。

 

「さて、約束通り全員集合ね。まぁ、元々全員帰る予定がないと聞いたときは事がスムーズに運ぶと思って安心したわ」

「偉くご機嫌ですね、教官」

「まぁ、バレスタイン教官の事だ……大方口煩い人間が近くにいなくて羽を伸ばせるからだろう」

「あはは……(間違ってないというからなぁ)」

 

物凄く笑顔を浮かべるサラを見て苦笑するエマ、それを見たユーシスが辛辣な発言を言い放ち、それを聞いたリィンは苦笑しつつもその発言が物凄く的を得た発言であることを心の中で呟いた。それはともかくとして、集合場所をここに選んだ理由が気になり、マキアスが尋ねた。

 

「にしても、サラ教官。何故集合場所がここなのでしょうか?」

「確かに。国内便でももうちょっと遅めの時間じゃないと出ていないもんね」

「国際便にしても、始発便は8時だし……もしかして、時間を間違えました、とかいうオチじゃありませんよね?」

 

トリスタ国際空港―――元々の目的はヘイムダル国際空港が遠方あるいは国外からの来賓による関係で定期便が運航できない時の為の臨時対応空港という名目で設置された経緯がある。そのためのキャパシティー確保の観点から現在は国内の定期便、国際便は現状リベールおよびレミフェリアへの直行便のみの運航となっている。鉄道よりかは若干割高だが、それでも搭乗率は国内便で7割、国際便で平均約8割という状態だ。気軽に帝国へ足を運べるというのは遠方からすれば歓迎すべきところなのだろう。

 

マキアスのみならず、声を上げたエリオットやアリサは勿論の事、他のⅦ組の面々は疑問に思っていた。何故始発便すら出発しない6時集合という時間に設定したのか。ふと空を見上げたアスベルが何かを見つけ……サラの疑問がすんなり解決した。そして、そのことを更に伝えるように言い放った。

 

「ああ、成程。サラ教官、この時間にこの場所を指定した理由は解りましたよ」

「えっ!? アスベルは解ったんですか?」

「―――ああ、納得したわ。確かにこんな時間じゃねぇと迷惑が掛かっちまうからな」

 

ルドガーの言葉に続くように段々大きくなる機関音。その音に気付いた他のⅦ組の面々も空を見上げる。そう、そこにいたのは朝日に照らし出されて神々しい雰囲気を纏うかのような白き翼。次第に大きくなるそのシルエット―――それは紛れもなく飛行船……いや、『戦艦』といっても差し支えの無い部類の代物。

 

「これは……」

「うん、『アルセイユ』だね」

「ちょっと待ってくれ、フィー。僕が見た『アルセイユ』はここまで大きくなかったぞ!?」

「う、うん。もう少し小さかったような気がするんだけど」

 

帝都市民であるマキアスやエリオットは実際に『アルセイユ』を見ているので、フィーの言っていることに反論するのも無理はない。だが、フィーの言っていることも間違いではなくれっきとした事実なのだ。それを説明しはじめたのは、この中ではその事情に詳しい人間―――アスベルであった。

 

「間違ってはないよ、エリオットにマキアス。二人が見たのはアルセイユ級巡洋艦一番艦の『アルセイユ』。そしてこの艦はその後に作られた次世代艦―――ファルブラント級巡洋戦艦の一番艦『アルセイユ』なんだ」

「せ、戦艦!?」

「ええ!? でもアリシア女王は軍拡に否定的って聞いたことがあるんだけれど」

 

確かに、エリオットが言い放ったその認識も間違ってはいない。十二年前ならばこのような艦一つをとっても諸外国からすれば『侵略を目論んでいるのでは』と少なからず疑念を抱かせる要因となる。その為、この艦は現状外交の為の移動手段―――言うなれば王族専用の飛行船という位置づけで運用されている。そして乗り場に到着した『アルセイユ』を見つめているⅦ組の面々を見下ろす形で、甲板に姿を見せたのは一人の王族であった。

 

「久しぶり、とは言い難いかなⅦ組の諸君。先日はとても楽しませてもらったよ」

「あっ……」

「シュトレオン殿下」

「ま、何はともあれ早速乗り込んでくれ。細かい話はそれから話すとしよう」

 

少年―――シュトレオン・フォン・アウスレーゼ宰相の招きに応じる形で『アルセイユ』に乗り込んだⅦ組の面々。まず一行が案内されたのは『アルセイユ』の艦橋であった。徹底的に洗練されたデザインと十二分なパフォーマンスを発揮するためにZCF(ツァイス中央工房)の技術の粋が集められたのが手に取る様に解る……そんな印象を強く感じた。

 

「すごい……」

「これが航空導力技術の結晶……」

「一度目にしたから解ってはいたけど、やっぱり時代の先を行っているわね」

「しかし、軍艦である以上こういったのは国家機密になると思うのですが……」

 

艦橋の案内の後、一行は会議室に通された。驚嘆とも言うべき声があちこちから上がる中、マキアスはシュトレオン宰相に対して率直な疑問を投げかけた。軍事的運用も視野に据えている以上、帝国人の目に触れさせていいものなのかと率直に感じていたのだろう……その質問にシュトレオンは笑みを零した。

 

「気にしなくてもいい。一応国家機密のところはあるけれど、そこらは君らが目に触れられない様な場所にある。ま、他にも色々理由はあるんだが……さて、今回Ⅶ組の面々を呼んだ理由は簡単。先月の働きに関して君らを労おうと思ってな」

「先月?」

「ひょっとして、特別実習の?」

「ああ。事情や経過はどうあれ君らは我々を守ってくれた……で、オリヴァルト殿下にその辺りを相談した所、今回の事を快諾してくれた。ま、君達にとってはちょっとした慰安旅行みたいなものと考えてくれていい」

 

士官学院自体短い休暇期間に入っており、元々Ⅶ組のカリキュラム自体も実戦主義を意識しているので余裕がある……とりわけ問題はないと判断し、理事長のオリヴァルト皇子もシュトレオン宰相の申し出を受けたのだ。そして説明は続く。

 

「さて、ここにいる何人かは一度リベールの自治州―――元帝国領で特別実習をしているだろうから承知とは思うが、リベール王国について説明させてもらう。ここはアスベル辺りにでもやってもらおうかと思ったが、それだと流石に暇なので俺から説明する」

「いや、暇って……宰相の仕事はどうしたよ」

「問題はない。今日のスケジュールの為に三週間分の決済を終わらせたからな…面倒だったが」

 

面倒とは言いつつも、遊撃士の仕事に関わるうえで報告書を纏めなければいけないので、それを理解しているアスベルもシュトレオンの言動にはジト目で見つつ容赦ない口調で述べた。この一連のやり取りにはⅦ組の面々も冷や汗をかくほどだ。そんなことはさておき、シュトレオン宰相は説明を始める。

 

「リベール王国―――十二年前まではほんの小国であり、他国よりも少しばかり導力技術に優れていた程度の国だった。その状況を一変せしめたのは、七耀暦1192年に起こった<百日戦役>だな」

「その出来事は歴史でも習ったのですが、詳しくは教わっていませんね」

「僕もそんな感じかな。常勝の帝国軍が大敗したってことぐらいしか書かれていなかったし」

 

今から十二年前に起きた『一方的な因縁を吹っ掛けられたことによる戦争』。どうやら、帝国人―――平民の側であるマキアスとエリオットからすれば、かなり情報統制された状態で市井に広まっているのが現状であった。だが、統制されているのは貴族の側も同様であった。

 

「兄上から話を聞いたが、正規軍だけでなく領邦軍も相当の被害を受けたらしい。とはいえ、一体何が原因だったのかまでは俺も知らない」

「俺も似たような感じかな」

 

この中でその事情を知っているのはアスベル、ルドガー、セリカ、ステラ……そして説明しているシュトレオンぐらいである。このことは二国間の国際条約に触れかねないことなので、その話題を適当に切り上げた上で説明を続ける。

 

「まぁ、結果として広大な領地と莫大な賠償金を得、それに胡坐をかくことはせず、元帝国・共和国出身であった人達と対話を続けた結果…今やリベール王国はエレボニア帝国、カルバード共和国と並ぶ『西ゼムリア地方の三大国』の一角となった。そして<百日戦役>で磨かれた導力技術の最先端を往くのがこの艦―――ファルブラント級巡洋戦艦というわけだ」

 

侵略を是とするのではなく、強大な軍を保有する二国と同等の力を持つことでパワーバランスを保ち、対話を以てエレボニアとカルバードの対立を諌める……これが現在のリベール王国の方針である。大国となったからには相応の力と責任が必要不可欠。王国の民と土地を守る立場として、シュトレオン宰相はそう述べた。

 

「リベール側としては、戦乱を徒に煽るようなことはしたくないが、最近は不幸にも周囲は何かと慌ただしいからな……ユーシス・アルバレアといったか。君の父上は中々に過激な遊びがお好きなようだ」

「っ……その節は、本当に申し訳ありませんでした殿下」

「過ぎたことであるし、彼自身が招いた結果だ。別に君が謝る必要は毛頭ないし、それに対して責を感じることなどない」

 

別に謝罪を求めての発言ではない。ここ最近の貴族派の動きはリベール側にも及んでいるのが現状であり、シュトレオン宰相の発言はその辺りに対する皮肉も含んだ上でのことだろう。それを理解しつつも自分の身内がしでかしたことに対して謝罪せずにはいられなかったのだろう……その謝罪を素直に受けつつ、説明は続く。

 

「ま、気難しい話はするつもりもないから楽にしてくれて構わない。ところで、エマ・ミルスティンと言ったかな」

「え? あ、はい。私がどうかしましたか?」

「いや、実はさっき部下から『猫が紛れ込んでいた』という報告があってな。ルドガーに確認したら君ならば対処できるだろうということで伝えさせてもらった。食堂で部下たちに懐かれているだろうから、その猫の対処は任せてもいいかな?」

「あ、はい。す、すみません。(もう、あの子ってば……!!)」

 

そしてシュトレオン宰相から伝えられたことにエマは冷や汗を流しつつ、内心その猫に対する怒りを滾らせ……後で強く叱ろうと決意させたのは言うまでもなかった。

 

「それに、今月は多かれ少なかれ君らも忙しいことになるかもしれないからな」

「今月と言うと……」

「『西ゼムリア通商会議』ですか」

「ああ。常任理事故君らの特別実習先は知っているが、それは聞いてからのお楽しみと言うことで頼む。君らとは直接関係ないが、今月末の会議には私も出席する運びだからな」

 

西ゼムリア通商会議―――クロスベル新市長であるIBC(クロスベル国際銀行)総裁ディーター・クロイスが提案した国際会議。名目上は経済会議ではあるが、それにとどまらず安全保障などといった総合的な議論が交わされることは想像に難くない。今回の会議の開催地であるクロスベル自治州、“三大国”であるエレボニア帝国・カルバード共和国・リベール王国とレミフェリア公国、さらには

 

「会議の保障という意味合いで、遊撃士協会とアルテリア法国がオブザーバーが入る形となる。中々に激しい会議が想定されそうだがな」

「……成程、“鉄血宰相”ということですか」

「ま、その辺は学生である君らに言ったところで『愚痴』になるから、これ以上は慎んでおくが……帝国の情勢は厳しさを増す一方だ。君らも十分に気を付けてくれよ。アスベル、済まないがこの後ブリッジまでついて来てくれ」

「―――ああ、了解した」

 

通商会議もさることながら、“革新派”と“貴族派”の対立が深まる帝国内でいつそれが爆発するか解らないご時世。それに備えておくような含みを持たせた発言を投げかけつつ、シュトレオン宰相はアスベルに声を掛ける。それで大方を察したアスベルは頷き、シュトレオン宰相と共にブリッジに上がることとなった。

 

 

第五章ですが、かなり変則的な更新というか碧の面々との時系列調整というか、色々やっていきます。で、いきなりオリ要素ですが、ちょっとした絆イベントです。

 

通商会議も国家間のパワーバランスというか、クローゼがブーストかかってかなりパワーアップしてますので、原作崩壊待ったなしと思います…それは今更だったか(ぇ

 

あとは、まぁ、原作(碧・閃)ではチョイ役だった人もスポットは当てていく予定です。


 
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