No.845540

38(t)視点のおはなし その8

jerky_001さん

事実上のクライマックスのつもりで書いたエピソードです

2016-05-02 00:58:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:495   閲覧ユーザー数:491

私の名は38(t)戦車。

運命の因果に囚われ、かつて全てを失った因縁の地、東部戦線を連想させる雪の大地で、

かつてと同じ仇敵、T-34の血族に追い立てられ追い詰められた、不甲斐の無い戦車で御座います。

壁や柱が所々崩れ、ともすれば恐怖映画の舞台にも御誂え向きな趣の廃教会の中。

大洗戦車道チームの乙女達は、ある者は疲弊し損傷した車輌を懸命に修理し、

ある者は暖を取るべく、甲斐甲斐しく温かい食事の準備に勤しみ、

ある者は絶望的な状況を打破する為の策を必死に捻り出そうと腐心しておりました。

先刻、河嶋殿と角谷殿によって遂に明かされた、此度の戦車道復活の真相。

大洗女子学園廃校の危機を回避する為の、苦肉の策だったという事実を知った皆様はしかし、

事実を隠蔽し続けた生徒会の面々を攻め立てるでも無く、悲観に暮れ蹲るでも無く、

むしろその事実を知ったからこそ、より奮起し、決して諦める事無く、

各々が出来得る限り、勝利の為の努力を続ける事を選択したのです。

 

普段の私で有れば、彼女達の奮闘に感銘を受け、更に奮起していた事でしょう。

しかし、私は知っています。冬の戦場において、敵となるのは戦車だけでは無いという事を。

車輌の整備が終わり、敵車輌配置把握の為に周辺偵察に出かけていた面々が戻り、

今後の作戦も概ね決まり、それでも尚、降伏勧告の期限までは、まだ一時間余りの猶予。

十分では無い食事の蓄えが底を尽き、手持無沙汰なまま只々寒さに耐えるだけの時間が続き。

「寒いね…」

「お腹すいた…」

「やはりこれは八甲田…」

「学校、なくなっちゃうのかな…」

意欲十分だった筈の乙女達の士気が見る間に萎え衰え、口を突いて出る言葉は弱気な色に染まり、

次第に周囲が陰鬱な雰囲気に傾きつつ有るのが、手に取るように解ります。

「気候」と言う大きな敵が、一度は灯った筈の乙女達の闘志を、今正に呑み込もうとしていました。

 

「おい、もっと士気を高めないと」

状況を憂えた河嶋殿から、西住殿への催促。いくら何でも、それは無茶振りでは…。

西住殿、暫し考え込んだ後、何かを思い立って、皆の前へ。

すぅっ、と一息ついて。

あっああんあんっ、あっああんあんっ、何を思ったか、突然あんこう踊りを踊り始めます。

あわや西住殿まで、寒さの余り気が触れて仕舞われたので御座いましょうか。

「逆効果だぞぉおいっ!?」

突然の突飛な行動に、最初は面食らう皆様。ところが、元来恥ずかしがり屋だと言う

西住殿の思い切りに、心動かされたあんこうチームの皆様が加わり、

次第に他の皆様も加わり、踊りはやがて大きな輪となります。

その輪の中にはもちろん、河嶋殿も、小山殿も、そして角谷殿も。

いつの間にか、意気消沈していた乙女達の顔にも、不思議と笑顔が戻っておりました。

その瞳にはもう、迷いの色は一つも御座いません。

 

降伏勧告の猶予が近づき、プラウダからの連絡役を確かな決意で追い返し。

攻撃再開を前にして、乙女達は決意を新たに出撃の準備を進めております。

決死の作戦の大きな要となるのは、事も有ろうに私達カメさんチーム。

敵の包囲網から可能な限り砲火を引き付け、主力とフラッグ車の離脱する時間を稼ぐ。

それはかつて、私が果たす事の出来なかった役目。

仲間も、誇りも、忠誠も失ったあの大戦での戦いの、雪辱戦の様で御座います。

武者震いとも臆病風とも判断の付かぬ震えを堪える私を駆るべく、

河嶋殿も小山殿も、覚悟の籠った表情で作戦開始の時を待ち構えております。

 

「本当に、良いんですか?」

危険な作戦を前に生徒会の皆様の身を案じる西住殿を前に、快く返事を返す河嶋殿と小山殿。

「西住ちゃん!」

そして、総員出撃を前に、角谷殿は。

「…私らをここまで連れて来てくれて、ありがとね」

西住殿をまっすぐ見据えて、そう、一言。

それは、角谷殿がずっと、本当に伝えたかったであろう一言。

自らの行いに悩み、悔やみ、それでも自らの使命と責務に阻まれ、言えずに居た一言。

「よかったですね、会長」

「最後の最後で、本当の気持ちを伝えられて」

西住殿からの返事を待つ事無く車内へ戻った角谷殿を、河嶋殿と小山殿は優しく見守ります。

「…最後とか不吉な事ゆーんじゃないっ、かーしま」

何時もの飄々とした口調に戻った角谷殿。車内に束の間、くすくすと響く笑い声。

 

ああ、そうか。

角谷殿は、ようやく諦める事が出来たのですね。

諦めるという事を、諦める事が。

最初から救いなど無いと諦め、待ち受ける運命を在るがままに受け入れるのでは無く。

最後の最後まで、僅かな可能性を掴み取る為に戦い続ける事を。

だからこそ、全ての気負いを捨て、自らの本当の気持ちを告げることが出来た。

それならば。

角谷殿が、皆様がより苦難な道を歩むのであれば、その道程を手助けする一助となりたい。

しかし、私に何が出来る?

非力な火砲と、貧弱な装甲しか持たぬ、軽戦車たる私に。

 

「小山、行くぞ」

角谷殿の合図を切欠に、エンジンが燻りから目覚め、私を先頭に車列が一斉に進み始めます。

「…突撃!」

エンジンが回転数を上げ、教会跡から一気呵成に飛び出すと、間髪入れずに敵からの砲撃。

待ってましたとばかりに降り注ぐ砲弾の雨を縫い、一列縦隊を組み、狙い澄ました様に飛び込むのは。

そう、敵隊長車率いる守備部隊。

何かを叫びながら身振り大きく慌てふためく敵隊長を遠くに見据え、

最も守りの分厚い場所へと敢えて突撃して行きます。

予想だにしなかった行動を前に敵の反応が遅れたのを見逃さず、牽制の為の行進間射撃。

「河嶋!変われ!」

そう叫ぶと、今までは名ばかりの車長の座を死守していた角谷殿が、遂に砲座へと付き。

「小山!ちょっと危ないけど、ギリまで近づいちゃって!」

前方の敵車列から尚も降り注ぐT-34/85の砲火を物ともせず、全速力で肉薄。

 

「来るぞ!」

敵の砲塔の動きを読み切り、合図と共にその一撃を済んでで躱し、さらに肉薄、ゼロ距離射。

私の37mm砲弾が、装甲厚の薄い砲塔ターレットの僅かな隙間を縫う様に撃ち込まれ、

敵車輌が、あのT-34が、沈黙、白旗。

俄かに信じられない程の快挙を喜ぶ暇も無く、一次包囲網を突っ切って、

続く包囲網を突き破るべく、速度を落とす事無く前進。

二次包囲網からの応戦と、後方からの追撃、その両方から挟撃に遭い、砲火は更に

苛烈さを増しながらも、決して速度を緩めず。

「正面の四輌、引き受けたよ!」

ここからがいよいよ真骨頂。

前方の二次包囲戦力を一手に引き受け足止めをし、その隙に本隊は敵包囲網を脱出。

何処かへと姿を眩ませ潜伏中の敵フラッグ車の居場所を突き止め、討ち倒す。

その為には、一秒でも長く、前方の包囲部隊を釘付けにしなければいけません。

 

「小山!ねちっこくへばりついて!」

車列から打って出て全速力、深雪をかき分けて突き進む私。

「河嶋!装填速めにね!」

前方に待ち構えるIS-2を前にも乙女達はまるで怯む事無く。

「西住ちゃん!いいから展開してっ!」

そう叫ぶと、名残惜しそうに緩やかな軌道を描きながら、本隊が地平線の向こうへと離れて行きます。

逃がすまいと砲塔を本隊へと向けようとしていた敵の車列をかき乱すが如く、渦中へと飛び込み、砲撃。

T-34/76の転輪をぶち砕き、そのままIS-2の背後へ続け様に一撃、しかしこれは弾かれ、無傷。

「失敗ぃ、もう一丁!」

砲手の時とは見違える様な、河嶋殿の素早い装填により、すかさず一撃。T-34/76の後部排気管が爆散。

「もう一丁!」

小山殿の華麗な運転技術の元、急制動と共に振り向き様、一撃。砲塔ターレットに直撃。白旗。

雪原をまるで舞踏でも踊るかの如く駆け抜け、敵を翻弄し、砲火を縫う様に肉薄と離脱を繰り返します。

一撃。転輪破壊。一撃。履帯破壊。角谷殿の的確な射撃が一糸乱れぬ勢いで撃ち込まれ、敵は混乱状態。

苛立ちを露わにしたT-34/76の砲撃が脇を掠めながらも、更に肉薄。一撃。白旗。

 

T-34、何するものぞ。

砲が貧弱であれば、通用する距離まで近づけば良い!

装甲が貧弱ならば、躱し続ければ良い!

敵の数が多ければ、装填を速めて手数を増やせば良い!!

何と言う事でしょう!河嶋殿は、小山殿は、角谷殿は、私以上に、私の扱い方を心得ていらっしゃる。

彼女達の持つ才能が、此処に至って歯車が噛み合うかの様に互いを補い合い、

私の秘めたる力をこれ以上無い程、十二分に引き出してくれている。

ほんの数刻前まで、かつての仇敵に怯え、震えていたのが、何とも馬鹿馬鹿しい。

私は只、彼女達の力を信じるまま、身を任せれば良かったので御座います。

彼女達と共になら。彼女達の秘めたる力を信じれば。きっと、何所までも行ける。

どんな強大な敵も、どんな理不尽な運命も、きっと覆せる!

 

 

 

ここは大洗女子学園、馴染みの戦車倉庫。

小山殿の号令の元、クレーンに吊るされた黄土色のパーツが、

ゆっくりと私の上へと降ろされて行きます。

私は今、大掛かりな改修を受ける為に車体上面のパーツを殆ど撤去され、

ほぼシャーシのみの状態で、再び組み上げられるのを待ち受けておりました。

強化の為に今取り付けられようとしているパーツの名は、ヘッツァー改造キット。

戦車道連盟公認の、正式認可を受けた強化改修用キットで御座います。

生徒会によりとうとう公表された廃校危機を前に、多くの生徒から集められた義援金で購入した、

決勝戦に向けた戦力強化案の一環。

 

そう。私達は、準決勝を勝ち進み、決勝戦への夢の切符を手に入れた。

強豪の中の強豪にして、前回の戦車道全国高校生大会優勝校。

T-34の血族を有する、プラウダ高校に勝利する事が、出来たので御座います!

恥ずかしながら私は、雪辱のT-34/76二輌撃破の直後、横合いから直撃弾を真面に喰らい、

行動不能と相成りましたが。

しかし、M3とB1bisの捨て身の護衛と、八九式の人機一体の走りと、Ⅳ号とⅢ突の決死の追撃が、

不可能に等しいと思われた、奇跡の様な勝利を、手繰り寄せる事に成功したので御座います。

そして倉庫の奥には、先刻漸く発見された三式中戦車と、遂に修復の完了した、ポルシェティーガーの姿。

此処に来て遂に、旧・大洗戦車道最後の八勇士が、揃い踏みしたので御座います。

驚く事に、かつては偏屈で知られたあのポルシェティーガーは、へそ曲がりな様子も成りを潜め、

決勝戦の大舞台へ参戦に意欲を見せております。

頑なだった彼の心を変えたのは一重に、自動車部の皆様の献身のお陰で有りましょう。

 

大洗女子学園。ここはなんと素晴らしい学び舎なので御座いましょうか。

信頼の絆に結ばれた素敵な乙女達を育み、奇跡の様な出来事を何度も実現して見せ、

かつては頑なだった私の友の心までも変えてしまわれた。

決勝戦の相手は、西住殿のかつての母校にして、名実共に堂々たる、高校戦車道最強校、黒森峰女学園。

隊長の西住まほ殿共々、練度も保有戦力も比類無き圧倒的戦力。

しかしそれでも、ここにいる誰一人として、もはや勝利を諦める事は有りません。

戦車に通れない道は無い。

彼女達が愛する学び舎の存続を願い、その為に奇跡の如き大会優勝を望むのであれば。

私は彼女達の困難な道を切り開くべく、両の履帯を駆り、突き進んで見せましょう。

 

私の名は38(t)戦車。

そして今ここに、駆逐戦車ヘッツァーとして生まれ変わり、

乙女達と共に最後まで戦い抜く覚悟で御座います。

 

つづく


 
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