No.839417

とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:一

neoblackさん

東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

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2016-03-27 15:02:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:554   閲覧ユーザー数:554

 電灯はない。月明かりのみが畳を照らす。雲間が晴れ、するすると伸びる柔い光が、足をそろりと撫でる。

 今日も今日とて訓練を欠かさない廷兼郎は、道場で立禅を行っていた。

「廷兼郎、ちょっといい?」

 廷兼郎の訓練は基本的に邪魔しない方針の網丘が、神妙な面持ちで道場に入ってきた。

 立禅を解き、畳の上に座る。ただ事ならぬ様子に、廷兼郎も不安が募る。

「何かあったんですか?」

 正座で向き合った網丘だったが、それでも言い難そうに目を伏せていた。

 

 あまり動じることの無い網丘が、このような態度を取る事は珍しい。

「いえ、こればっかりは、廷兼郎に相談しても……」

 ここまで来ておきながら、何を言ってるのだろう。と突っ込んでいては話が先に進まない気がしたので、廷兼郎は押し黙って先を促すのみだった。

「今回ばかりは、字緒も勝てないかも」

「僕は超能力者《レベル5》が相手だって、立派に戦ってみせます! 信じてください!」

「いや、そうじゃなくてね。ウチんとこの計画、切られそうなんだ」

 切られるとは、何を指しているのか、廷兼郎は素直に首を傾げた。

「何が?」

「予算が」

「どこの?」

「ここの」

「……マジで?」

「マジ」

「……そら勝てんわ」

 ショックのあまり、関西弁が飛び出した廷兼郎であった。

 

 

 

「宣誓!! 我々は、スポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々競い合うことを、ここに誓います!!」

 九月十九日。能力者の祭典が始まる。総参加学生百八十万人以上となる体育祭の開会式である。

 未だに厳しい残暑が残る日差しの照りつける、巨大なグラウンドの中、所狭しと学生が詰め込まれた芝生の上で、字緒廷兼朗は直立不動のまま瞑目して佇んでいた。

 十五校の校長によるスピーチリレーや、各方面から寄せられた五十通の電報が続き、いい加減だれてくる生徒が大勢だったが、廷兼朗は最初から最後まで、鉄の棒でも背中に差し込んだように、見事な姿勢を保っていた。

 それは校長たちの言葉が琴線に触れたからでも、電報の内容に感動していたからでもない。これから始まる競技に向けて、内功を練っているのだ。

 気息を整え、丹田に溜めた気をゆっくりと回転させ、増幅させる。最大のパフォーマンスで身体を操作するため、入念に準備を施している。

 

 『能力者同士の大規模干渉データ』を収集するという目的を持つ大覇星祭では、普段はとかく制限されがちな能力の使用が、大いに推奨されている。

 多少の干渉制限は存在するが、あくまで一般客への被害を防ぐ意味合いでしかない。つまり無能力の廷兼朗は、この大規模な能力者による祭典において、殆ど意味のない存在と言える。

 それでも、廷兼朗の気合いは十分だった。むしろ反骨精神を刺激され、普段以上の気息の充溢ぶりを、自身でも感じていた。

 そのテンションを後押しするかのように、彼の所属する長点上機高校は出場する競技スケジュールを予め決めておいてくれた。

 それはご丁寧に、開始から終了まで出突っ張りのスケジュールが設定されていた。各競技会場の移動時間まで秒単位で計算し尽くされた、機能美さえ感じる予定だった。難と言えば、移動時間以外にインターバルが設定されていないことくらいだろう。

 厚生労働省に問い合わせたら文句が来そうな実働時間は、長点上機高校からの廷兼朗への期待度を意味している。それは単純に、競技で良い成績を納めることではない。大覇星祭の主役はあくまで能力者であり、目的も能力者のデータを取ることである。

 

 廷兼朗が所属高校から期待されているのは、能力者のデータ収集をなるべく邪魔しない形で、長点上機高校の生徒を勝利へ導くことである。

 要するに、体のいい『露払い』を任せられている訳だが、これにはのっぴきならない事情がある。

 学園都市では、能力開発の企画が色々と進行している。中でも有名なのは、幻の絶対能力者《レベル6》を生み出そうとした『絶対能力進化《レベル6シフト》』だろう。

 樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用は元より、多くの研究所と研究員が協力・提携して行われた大規模計画である。

 残念ながら樹形図の設計者が、原因不明の攻撃により破壊されてしまったため、計画は無期凍結となり、その後関わっていた研究員の起こした不祥事により、完全な中止となった。

 『対抗手段《カウンターメジャー》』計画は、はっきり言ってマイナーな計画である。その計画の中心が無能力者《レベル0》な時点で、学園都市における計画の重要性は推して察するべきである。

 当然、下りる予算はそう多くない。学費や生活費に関しては、提携している長点上機学園が持ってくれている。とはいえ、一人のモニターに対して最新機材を用意し、インストラクターを招き、能力者との模擬戦を組むのは、経費としては馬鹿にならない。

 決して優遇されているとは言えない『対抗手段』計画だが、その計画への協力を条件に特待生として長点上機学園に通学している廷兼郎にとって、『対抗手段』計画の頓挫は、自分の食い扶持の消滅に直結している。

 廷兼郎は、裸一貫で能力者と戦う覚悟はとうに出来ていたが、何の社会的保障のないまま、学園都市で暮らしていく自信はなかった。

 

 世知辛い命題を突きつけられていた廷兼郎と網丘だったが、そんな彼らに、狙い済ましたようなタイミングで、ある申し出が入った。

 長点上機学園の執務室に呼び出された二人に与えられた依頼とは、『長点上機学園を優勝させろ』というものだった。

「先生、それは、どういう……」

 事態を飲み込めない二人に対して、廷兼郎の担任を務める教師は、淡々と説明してくれた。

「知っていると思うが、我が長点上機学園は大覇星祭において、優秀な成績を収めている」

「はい。去年は優勝したそうで」

「我が生徒たちは、第一線で活躍できる有望な人材であるため、学園の優勝は必然である。勿論、目指すは連続優勝だ」

 この担任独特の話し方である。最初に正論を言ってから、むき出しの本音を切り出す。

「君にはその連続優勝を、さらに盤石なものとするために働いてもらう」

「盤石とは、具体的にどのような?」

「君は、超能力者に対抗するため、非常に優れた運動能力を有しているが、あくまで無能力《レベル0》だ。大覇星祭においての注目度は皆無と言っていい」

「まあ、能力者のための祭典ですから」

「その注目度の無さと運動能力を生かして、長点上機の生徒を勝たせるんだ」

「勝たせるということは、僕は活躍するなということでいいのですか?」

「不満かね?」

 担任の図るような言葉に、廷兼郎は挑むような笑顔を返す。

「むしろ期待していただいていると、解釈します」

 大方の話を理解した網丘が、廷兼郎の後に続く。

「ここで働きが認められれば、当然、予算の申請が通りやすくなると考えてよろしいのでしょうか?」

「勿論。働き如何では、我が学園の裁量で追加予算を付けさせていただきます」

 つまり学園都市執行機関への予算申請を待たずに、予算が下りると言うことである。それを聞き、網丘が廷兼郎をぐっと見つめる。

 あとは廷兼郎の返事次第だが、担任も網丘も、あえて聞かずとも明瞭に察することが出来た。

 

 金を出すから仕事をしろ、という単純明快で余計な感情の入り込む隙間も無い依頼を、廷兼朗は快く引き受けた。


 
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