No.834443

鳥海の話 その2

クサトシさん

鳥海の話 その1の続き
その1 http://www.tinami.com/view/830537
その3 http://www.tinami.com/view/835987

2016-03-01 03:27:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:375   閲覧ユーザー数:375

 

 

ようやく掴んだ手を引き寄せようとした時、ふと思った。

あなたがいなくなったら、あの人は私を見てくれるのかな。

手が、手から手首、手首から腕へ、腕から肩、肩から首へとするりするりと動いていく。

首に手がかかった瞬間、彼女は、

 

 

吐いた。

ここ数日、同じ夢ばかり見ていた。食べたものや空気を吸い込むことさえ、全てを拒絶していた。心が押し潰されてしまいそうになり、動くたびに体がすり削られていくような感覚があった。

衰弱しきっている鳥海は、ふらふらと立ち上がり、何度か壁に体をぶつけは倒れ、起き上がっては不安を煽るような足取りでトイレへと向かった。

震える手になんとか力を込め、洗面台にしがみ付くようにして、口をゆすぎ、顔を洗った。顔を上げると、やつれた自分の顔が鏡に映っていた。まじまじと見つめた後、もう一度吐いた。荒くなっている呼吸を整え、落ち着かせた後、キッと自分が映る鏡を睨んだ。

(摩耶はもういない。)

ぶつぶつと何かを唱えるよう、彼女は自分の寝床へと戻っていった。それから、暫くして彼女の部屋から悲鳴が聞こえた。

 

 

廊下を歩く二人の男女がいた。女性は、男の数歩後ろを保ったまま、後に続く。女性の方に一度視線を向けて、男性が口を開いた。

「妙高、鳥海の様子はどうだ。」

妙高、と言われる女性が、男性との距離を少し詰めてから答えた。

「はい。順調に回復しているかと。愛宕からは、以前のように体調が優れなかったり、何かに怯えることも無くなり、訓練にも積極的に参加している、とのことです。」

「そうか。」

顎に手を当て、何かを考えるような仕草をし、

「暫く様子を見ることにしよう。まだ彼女には時間が必要だろう。」

「了解です。」

会話が終わり、静かな足音だけが廊下に響く。

互いに沈黙していたが、妙高は少しもどかしい表情をしていた。恐る恐る妙高が口を開く。

「あの、提督。お急ぎのところだと思いますが、一つ宜しいでしょうか。」

「ん。ああ、構わない。」

妙高をちらと見て、そのまま歩き続ける。

「その、笑わないで欲しいのですが。」

ふむ、と軽く頷き、

「内容によるな。」

むっと妙高の顔が変化したが、こほんと咳払いをし、妙高はそのまま続ける。

「鳥海が怯えていたことについてですが、彼女は妖精を見たのではないか、と考えているのですが、」

「ないな。」

「えっ。」

提督はどう思われますか、と聞く前に即答された。

「妖精を見て、怯える、ましてや悲鳴をあげる、というのは想像できないな、と。」

「やっぱり馬鹿にしてます?」

なんでそんな質問をされてるのかが分からない、といった表情で、

「いや。」

と、淡々と答えた後、何か思い出し用に男性はふふ、と笑みを浮かべた。やっぱり馬鹿にされてる、と男性に聞こえないよう妙高は呟いた。そんな妙高を気に留める所か、気にせず男性は続ける。

「我々の言う妖精が、不可視で不可思議であり、君達に力を与える未知の存在と言っても、妖精と聞いて、恐怖の対象だと思うのは、何か違うだろう。しかし、どうした。」

「いえ、単純に彼女が妖精が見えるようになったのではないか、と少し思っただけです。」

「それと言い辛いのですが、恐怖する理由については、その妖精が彼女、摩耶にそっくりだった、とか。」

男性の足が止まった。

「妙高。」

「はい。」

男性が振り向き、目線が合う。決してそれから目を逸らすことがないように務めるのが今の妙高にとっては精一杯の対応だった。

やはり余計だったか、と少し後悔もしたが、何も言われようとも、何をされようとも妙高は覚悟の上だった。

「面白いことを言うな。」

しかし、男性の表情は先程の表情より少し生き生きしているように見えた。男性は歩き始め、一人ぶつぶつと考えていることを声に出していく。

そして、急に、何か思いついたように、顔をあげ、妙高を見た。

「しかし、彼女に詮索はしないでくれ。時期が来たら私が聞く。先程も言ったが、彼女には時間が必要だ。」

「はい。」

「それと、妖精の話もだ。鳥海は、近くの島に流れ着いていた。そして、私が一番恐怖してるのは、君達を失うことだ。」

「もし、今回の事件で沈んだはずの鳥海が海の上にいたのが妖精の仕業だとしたら、ぞっとするよ。上は躍起になり、君達は君たちでなくなるだろうな。」

「・・・はい。」

目的の場所に着いたのか、男性は部屋の前で立ち止まり、ドアノブに触れた。。

「妙高、ありがとう。久しぶりに楽しい会話をした気がするよ。」

「いえ。大したことでは。」

目線を少し逸らしつつ、楽しい、って何だろう、と妙高は思った。

「少し、あいつと会話していた時の事を思い出したよ。」

返す言葉が見つからなかった。

「それと、」

「あの海域に関して、今、友軍を募っている。最大戦力で叩く予定だ。上からの許可も降りた。君達にも声を掛ける。準備をしていてくれ。」

「はい。」

 

 

数日後――

鳥海は訓練所から宿舎へと帰路につく途中、声をかけられた。

「よお、鳥海さん。」

「あら、天龍さん。こんにちは。」

「今日も訓練?」

「ええ。私はまだ皆さんの役に立てるどころか足を引っ張る状態、現にあの艦隊には選ばれませんでしたし、それに・・・」

このままじゃ提督は、と鳥海は少しどんよりとした目で俯いたまま、喋らなくなった。

それを見兼ねてか、頭を掻きながら天龍が鳥海へと近づき、声をかける。

「鳥海さーん。なあ、鳥海さん。鳥海さんってば。」

声をかけるだけじゃダメだ、と思い、肩を叩き、それでもダメだったので両手で肩を掴み、軽く揺さぶった。

「あ、ええ。ごめんなさい。どうかした?」

ハッとして、天龍を見ると、鳥海を見るなりにやりと笑い、肩から手を離した。

「いや、やっと鳥海さんらしくなったな、って思って。」

「そ、そう?」

「そっ。あの事故から帰ってきて、初めて訓練所来た時、なんかおかしかった。って、病み上がりだったから仕方ないんだろうけど。なんって言うかなー。摩耶が混じってる、いや摩耶になろうとしてたっていうか。何か自分を変えたい、みたいな、こう不思議な感じがして・・・。」

ふと、ちらと見た鳥海が自分が話しだした後にまた俯いたを見て、しまった、と慌てた。

「あ、いや、すんません。」

「ううん、いいの。そうね。あの時の記憶は、私もあまり覚えていないのだけど、きっと摩耶になろうとしていたのかも。もう戻ってこないから。」

「鳥海さん・・・。」

急にふふ、と鳥海は笑い出し、

「もしかしたら、摩耶の幽霊が乗り移っていたのかも。」

「いや、そんな・・・。」

天龍は、その言葉にどう反応すればいいか困ったが、鳥海が少し元気を取り戻したような表情に少し顔が緩んだ。

それから、宿舎の方から誰かがこちらに走ってくるのが天龍には見えた。

「よう、龍田。一体どうした。」

「よかったあ。鳥海さんもここにいたのね。」

「私に、用ですか。」

「ええと、」

話しにくそうな話題なのか、ちらと天龍を見ると、くい、と顔でいいから話せ、とでも言いたげな合図を出した。呼吸を整え、

「さっき連絡があったんだけど、出撃したあの艦隊があるじゃない。」

「ああ。摩耶のやつか。」

「あの艦隊が敵艦隊の撃破に成功したんだけど、」

「お、流石。やるじゃねえかあいつら。」

天龍の声を無かったかのように、さらに話し出す。

「その際、再構築された艦が、」

嫌な予感がした。一呼吸おいて、龍田が続ける。

「摩耶さんだったの。」

天龍がそれを聞くなり、先程の笑みが消え、恐る恐る鳥海の方へと目をやった。

「そう、ですか・・・。」

鳥海は下唇を噛み、険しい表情していた。そして、

「すいません。ちょっと宿舎に戻りますね。少し状況を整理させえて下さい。」

「え、ええ。」

苦しそうな表情で笑顔を作り、そのまま宿舎の方へと鳥海は走っていった。

龍田が声を掛けようとしたのか追いかけようとしたのか、手を伸ばしたのを天龍が静止した。首を振り、後を追うことは不粋だと。その場で彼女が走り去っていくのを見ることしか出来なかった。

 

 

(どうして、どうして、どうして!)

走りながら、鳥海は苛立ちを隠せずにいた。宿舎の自室へと戻った後、

「どうしてよ!」

怒りが部屋に轟いた。

「あら、どうしたのかしら。酷く顔色が悪いみたい。」

部屋からクスクスと笑うような誰かの声が聞こえた。今、怒りに身を任せた鳥海が出しているとは思えないような小馬鹿にするような声。しかし、鳥海以外誰もそこにはいない。

誰もいないはずの自身の後ろを睨み、鳥海は言った。

「鳥海ィ・・・。」

睨んだ先には、鳥海がいた。目は光を吸込むかの如く、黒く染まり、服はボロボロで所々焼き切れていた。まるで攻撃を受けてすぐの状態だった。そして首筋に、手で締め上げられたような跡があった。

すう、と浮いている鳥海が動き、鳥海の後ろへと周り、背中から抱きつくようにして腕を絡ませ、囁いた。

「次は一体、何をするのかしら。」

ふふ、と笑い、鳥海の心を覗くかのように目を細め、その表情には笑みがこぼれていた。

「ねえ、摩耶姉さん。」

 

 

 


 
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