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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二話

ムカミさん

第百二話の投稿です。


まだもう少し拠点回が続きそうですね。

2016-02-26 00:40:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2784   閲覧ユーザー数:2258

 

許昌の街並の中にぽっかりと開く空間がある。

 

整地され、所々に骨組みだけの立方体を組み上げたような構造物やこれまた骨組みが剝き出しに見えるアーチ状の構造物などが点在するその空間。

 

一刀が以前に献策し、その効能が華琳たちに認められて採用された結果作られた”公園”である。

 

街の民たちはこの公園を良く利用していた。

 

大人は主に憩いの場として、子供は有り余る元気を存分に発散できる場所として。

 

様々な文官や工兵たちが試行錯誤の結果作り出したその落ち着いた空間は、民たちの間ではリラックスするのに丁度よい場所としても評判となっている。

 

許昌の街の新規性を象徴するものの一つとしても知られており、民が待ち合わせに利用することも多々ある。

 

今、公園内にある一本の木の前で佇む女性も、そんな待ち合わせの途中なのだろう。

 

時折周囲を見渡しては太陽を見上げているのは、或いはお相手は遅れているのかも知れない。

 

手持ち無沙汰なのか自らの大きなお団子髪をいじってみたり、ちょっと気合を入れておめかしをしたような高めの庶民服を整えて見たりしているその女性。

 

どうしてか道行く人の中の、彼女に視線を止める割合が多いような感じを受ける。

 

それは女性にも僅かな違和感として染み込み始めていた。

 

(……?何でしょうか?何か私の服装におかしなところでもあるのでしょうか?)

 

気になり自身の服を見回してみるが、特におかしなところは見られない。

 

周囲の人々と見比べてみても――――

 

(…………あっ……)

 

ふと女性の中で一つの結論が出る。

 

それは自身の纏う服。庶民の間では一張羅のように扱われているそれを着ているその女性は、やはりどうしても注目を集めてしまうのかも知れない、と。

 

仕方が無いか、と小さく溜め息を一つ。それで周囲の視線には多少諦めることにした。

 

それから暫し、女性は待つ。待ち続ける。

 

幾十、幾百もの人が公園の前を通り過ぎ、公園内の人々も入れ替わり。

 

そんな折だった。ふっとまるで何かにそう命じられたかのように、公園内が無人となる瞬間が訪れる。

 

夕方ならばともかく、日もまだまだ高いこの時間には珍しいその光景に、女性は妙な悪寒を感じた。

 

(これは……いよいよもって何かが変です。彼が来ないのも……

 

 もしかしたら……!)

 

ふと女性は何かに気付いたように顔を上げた。

 

そして自らの勘に従い、そのままその場を去ろうとする。

 

が、彼女のその判断は既に遅きに失していたのだった。

 

いつの間にやら、女性は粗い目の人の網によって周囲を囲まれていたのである。

 

「…………えっと、どうかされましたか?」

 

困惑したような表情と声色で女性は自らを囲む男たちに尋ねる。

 

それから誰が答えてくれるのかと探す振りをしつつ、さっと抜け道を探った。

 

「いや~、貴女、随分と待ち惚けを食らっているようでしたのでね。

 

 お相手の男性の方、もしかすると我々が知っている方かも知れないと思いまして」

 

女性の正面に位置する男が薄い笑みを浮かべてそう応じる。

 

いかにも親切心から声を掛けましたといった体を装っているが、しかし女性は背筋に先程よりも強い悪寒が奔った。

 

「確かに私は待ち合わせをしておりました。

 

 けれど、私が待っていたのは女性のお友達ですよ?」

 

咄嗟に口から出まかせを言う女性。

 

これに対し、思わず感心してしまったような声が女性の背後から聞こえて来る。

 

と、女性は庶民らしからぬ動きで振り向いた。

 

すると目に入ってきたのは丁度先程の死角の位置に立つ男。

 

服装こそ周囲の男たちと大差ないのだが、醸し出す雰囲気は明らかに違っていた。

 

男は女性の動きを見て思わずといった失笑を漏らす。

 

そして、その男が女性に向かって口を開いた。

 

「随分としおらしく、そして可愛らしい演技をなさるのですね。

 

 ですが、背後を取られたと感じた時の動き、あれはダメです。庶民にあんな動きは出来ません」

 

「…………」

 

男が言葉を紡ぐほどに女性の表情は困惑した庶民のそれから戦場に立つ将兵の剣呑なものへと変化していく。

 

「潜入は上手く”成功していた”のですから、もっとなりきっておくべきでしたね。

 

 尤も、今となってはそれも無駄なことではありましたが。

 

 いやあ、またしてもしてやられましたよ……ね、周泰さん?」

 

「っ!!」

 

既に正体がバレている。しかも、そのまま不意打ちで捕らえにくるのではなくわざわざ緩やかな包囲の上で正体を知っているなどと告げられたのだ。

 

間諜として屈辱的な仕打ちではあるが、それ以上に周泰にはその意図するところが読めなかった。

 

故に、油断なく男の一挙手一投足に注意を向けながら、低い声で誰何した。

 

「あなたは何者ですか?

 

 どうやらあなたもこちら側の人間のようですが……そこらの間諜などとは一線を画した集団のようですね……」

 

「いえいえ、貴女の潜入に誰一人気付くことも出来ない、ただの未熟者の集まりですよ」

 

「こうやって包囲しておいてその物言い……もしかして、煽っていたりしますか?」

 

「そんなつもりはありません。純粋に自身の未熟を嘆いているだけです」

 

互いに丁寧語を用いた会話は、一見落ち着いたやり取りに見える。

 

しかしその実、互いに一瞬だろうと隙は見逃さんと互いの視線が交錯していた。

 

「っと、そういえば誰何されていましたね。

 

 というわけで、遅ればせながら名乗らせてもらいましょう。

 

 私は北郷一刀。”天の御遣い”と言った方が覚えがよろしいでしょうか?」

 

「っ!!北郷、一刀……っ!」

 

一刀の名を聞き、周泰はギリリッと歯軋りした。

 

悔し気なその表情に対し、一刀は特に何の感慨も無さそうに淡々と返す。

 

「はい。お久しぶりです、周泰さん。

 

 こうして対峙するのは二度目、ですね。

 

 またしてもこちらが出し抜かれていたわけですが……」

 

「……間諜は得た情報を持ち帰り、託すまでが任務です。

 

 これを為せない者は何を上手く運ぼうとも無価値に過ぎません」

 

受け答えする周泰の額には冷汗が滲む。

 

何せ、状況は彼女にとって最悪の一言だった。

 

動きにくい服装、隠し持てる程度の得物のみで敵地のど真ん中にて包囲され孤立。

 

しかも包囲網の中には現状で敵う可能性が相当に低い化け物が一人。

 

順当に考えれば自分はここで捕らえられ、拷問なりの後に始末されるだろう。

 

仮に捕らえられたとしても、周泰は何の情報も漏らさない自信はある。

 

しかし、”周泰”という駒を失うことで呉の損失がどの程度出ることになるのか。そこが恐ろしかった。

 

手前味噌となるが、周泰は自他共に認める呉一の間諜。そして、実力も高い部類の武将でもある。

 

国としてこれだけ大きく重要な駒をあっさりと失う。そんな事態だけはどんな手段を用いてでも避けたかった。

 

「ところで……私の待ち合わせ相手について心当たりがあるというのは、ただの鎌掛けですか?」

 

口を動かしながら、周泰は気付かれぬよう袖口に仕込んだ暗器を取り出す。

 

心の中でその技術の一端を教えてくれた親友に感謝の念を浮かべながら。

 

「いえ。つい数日前のことですが、そこの林中にて一人の間諜を捕殺しましてね。

 

 時機的に見て、貴女への接触を図る連絡員ではないかな、と思いましたので」

 

「…………」

 

この場において沈黙は肯定になる。それは理解していても、周泰にはそれ以外に取れる行動は無かった。

 

どんな反応を取ろうとも綻び一つが肯定に繋がる。しかし、今の周泰では綻びの一つも出さずに切り抜ける自信は無かった。

 

ならば、初めからそちらは気に掛けず、包囲網の突破に全ての力を注ぐべきだと考えたのだ。

 

「さてさて。周泰さん、実は我々、貴女に対して少し用件を持ち合わせておりましてね……」

 

「用件、ですか……?」

 

敵である北郷が一体何を、とまで思考して、ふと気づく。今の状態が不自然であることに。

 

(さっき、北郷は私の正体に探りを入れる様子も無く、確信を持って話し掛けてきていた。つまり、少なくとも今朝、いいえ、昨夜の時点では私の正体は割り出されていたはず……

 

 にも関わらず、急襲では無く包囲……そして今も特に襲い掛かって来る気配は……)

 

無い、と周囲を確認して改めてそう思う。

 

それに気付いた上で見回してみれば、周りのどの男にも周泰の一挙手一投足に警戒は示していても周泰自身に殺意を向けてはいない。

 

一刀だけならば隠しているとも取れるだろうが、こうも皆が揃ってそうだと分かると――

 

(目的は私の捕殺じゃ無い……?)

 

捕獲して情報を引き出す、或いは単に捕殺するにしても、急襲して身柄を確保してしまえば良いだけの話。

 

ところが、現状で一刀が取っている行動はそのどちらでも無く、いずれかが目的だとしても合理性に欠けるもの。

 

ならば何が真の目的なのか、となるが、周泰にはそれが分からない。

 

(だったら……)

 

ここは乗っておくべき。それが周泰が凝縮された思考で導き出した結論だった。

 

「……聞きましょう」

 

「おや?……いや、失礼。てっきり一度くらいは拒否されるものと思っておりましたので。

 

 しかしこの理解の早さ、こちらとしても手間が省けて助かります」

 

一刀が思わず上げた驚いたような訝しむような声に周泰は眉を顰めた。その為、一刀は言い訳を口にする羽目となった。

 

少々ペースを乱されてしまったか、と感じ、一刀は軽く咳払いをして話を戻す。

 

そしてなるべく友好的に見えるように、しかし隙だけは見せぬよう注意しながら、一刀は周泰に用件の内容を告げ始めた。

 

「周泰さん。今のこの大陸、このままで良いと思いますか?」

 

「……?ど、どういうことですか?」

 

「魏、呉、蜀……今や大陸の誰もが知る三大国家。

 

 この三国が大陸を三分し、拮抗しているために表面上は平和を保ってはいますが……」

 

ほんの僅かな切っ掛けで、また戦乱の世に戻り兼ねない、と、隠された言葉を周泰も正確に読み取った。

 

「我々は――いえ、この言い方は少し語弊がありますか。きっと貴女方も、そして劉備も、ですが――民の平穏を何より大切にしたいと考えます。

 

 その為の如何なる努力も惜しまない所存です。勿論、その代わりとして様々な代価は頂いていますが、ね。

 

 こんな時代です、賊の類が発生して民を苦しめるのはどうにも避けようがありません。

 

 その多くが困窮によって発生して後戻り出来ず、我等は国軍としてこれを排除する他ありません。

 

 しかし、です。国同士の衝突となれば、それも今の三国に限るならば、話は別だ。

 

 それぞれが何かしらの明確な目的を持ち、そこへ向けて邁進するが故に衝突してしまう。

 

 ではこの衝突を避ける、或いは早々に終わらせるにはどうすれば良いのか?

 

 答えは単純なものです。相手方の目的を潰すか、変えさせるかすれば良い。飽くまで自国の目的達成を目指すなら、ね」

 

ここまでの話を聞き、周泰の額には知らず冷汗が浮かぶ。

 

彼女の直感はこの後のことを察している。だが、本能が気付きたくないと警鐘を鳴らす。

 

気付いたとて何も出来ないからと気付かない振りをさせる。

 

狭間で揺れ動く理性に翻弄され、周泰は逡巡してしまって動けない。

 

それでも、一拍の間を置いて続けられた一刀の言葉は、容赦なく彼女に襲い掛かった。

 

「もうなんとなく、私の言いたいことが分かったのではありませんか?

 

 まあ、どちらでも良いことです。

 

 単刀直入に言いましょう。

 

 周泰さん。貴女にはひっそりと裏切ってもらいたい」

 

「っ!!何を馬鹿なことをっ!!私がそんなこと――――」

 

「何も今すぐと言っているわけではありません。

 

 私が要求するのはたった一度、それも見方によっては呉の方々を守るため、と取れる裏切りです」

 

「……意味が、分かりません。

 

 具体的にどうしろと言うのです?」

 

「具体的に、と言われましても、まだ私にも分かりませんよ。”その時”が来なければ、ね。

 

 ですから、乗る振りで情報だけ引き出そうとしても無駄です」

 

「くっ……!」

 

自らに余裕が無くなっていることに周泰は果たして気付いているのだろうか。

 

言動の目的を事も無く言い当てられて悔し気に下唇を噛む彼女の様子を見るに、気付いてはいなさそうであるが。

 

「まあ、今は”振り”でも構いません。諾と答えて頂ければ、それで。

 

 ”その時”を来させられれば、きっと貴女の方から裏切りを申し出てくれると信じておりますから。

 

 尤も、その時は我々も確信を得たいので、それなりの手土産を持参して頂きますがね」

 

「――――っ!!」

 

再度、馬鹿にするな、と叫び掛け、しかし寸でのところでこれを堪える。

 

乗せられている。そのことに気付いたからだ。

 

が、だからと言って一刀の言葉は止まらない。

 

「代価はこの場で先払い、それと”その時”の後払いの二分割で。

 

 先払いは貴女の命、後払いは呉の将その他の命。

 

 どうです?悪い話では無いでしょう?」

 

「どこまでも……っ!」

 

「ふむ?足りませんか?

 

 でしたら、先払いに情報、現状での魏国の戦力情報をお付けしましょうか?」

 

「……………………」

 

怒りに煮え滾っていた周泰の瞳は、しかし一刀のこの言葉で呆然としたものへと変えられてしまった。

 

驚きに全身がフリーズしているが、どうにか喉から質問を絞り出す。

 

「どう、して、貴方はそこまで……?一体何が目的なのですか?」

 

「私はただ、民の負担を極力低減したいだけですよ。

 

 それは自国の民のみならず、呉の民も蜀の民も。皆同じ、大陸の民なのですから。

 

 それを為すために、貴女の些細な協力がそれだけの価値があると踏んだだけです」

 

「…………それ、は――」

 

本心からなのか、と問おうとして周泰は止めた。

 

この場で口だけで返される言葉に意味など無いと悟ったからだ。

 

それから周泰は長らく黙り込む。

 

一刀の言葉に対して熟考しているのだろう。

 

恐らく罠を疑い、しかしその手口が見えない、読めないために黙考の時間が長いのだ。

 

何せ周泰から見れば破格どころでない好条件なのだから。

 

かと言って、いくら考えたところで諾以外の変事を周泰は出来ない、と一刀には分かっていた。

 

否と答えれば、この包囲網は瞬時に彼女の敵と化す。

 

そうってしまえば以前は一刀を相手に逃げ切れた周泰と言えど、初めから包囲され、しかも一投足の距離に一刀がいるのでは捕殺されるのは必至なのだから。

 

やがて顔を上げた周泰の答えは、果たして一刀の予想通りのものであった。

 

非常に、本当に非常に、不服そうな表情であったのだが。

 

 

 

 

 

あの後、周泰はまるで要人のように、或いは囚人のように、一刀たちに貼り付かれた状態で魏の戦力情報を手にし、一同の監視の下許昌を去って行った。

 

街外の地平に消えていくその姿を目にしながら、隊員が一刀に尋ねる。

 

「隊長、本当によろしかったのですか?

 

 何もわざわざこちらの戦力情報をくれてやらなくても」

 

しかし一刀はこれに笑って答えた。

 

「今この時に限って、”現状の”戦力情報なんてほとんど意味が無いよ」

 

「と言いますと?」

 

「将は今、急激に力を伸ばしている。各々のその伸び方予測は最も身近で接している俺にも分からないくらいだ。

 

 一般兵の兵数も、これからもまだまだ三姉妹が興業に出ることを考えれば、予測なんて早々付いたものじゃ無い。

 

 大きい方へと外れ得る不確定要素が多いんだから、敢えてこの情報を餌にしてやったってことさ」

 

「なるほど。やはり隊長、中々、いえ、かなりあくどいですね」

 

「性格的にそうでもなけりゃ、こんな仕事はやってられないだろ?」

 

「……仰る通りで」

 

部隊や任務の性質を改めて考えれば、隊員は苦笑でそう返すしかないのであった。

 

「さて、と。お前たち、各々の任務に戻ってくれ。

 

 念のため、周泰の他にもまだ敵がいないか、何人かは見回ってくれ」

 

「はっ!隊長はどうされるので?」

 

「俺は――」

 

隊員の疑問に一刀が答えようとするのと、背後から足音が近づいてくるのは同時だった。

 

「飛び入りのお客様のご対応だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この一連の出来事を、一刀を追うことで目撃した人物が二名いる。

 

今度はこれを、彼女達の目線で見てみよう。

 

 

 

件の二人――零と菖蒲――は久々に休暇が重なったということで並んで街を散策していた。その時である。

 

「あれ?あの、あそこにいらっしゃるのって、一刀さんではありませんか?」

 

菖蒲が二人が歩く通りの向こうに佇む一刀の姿を捉えた気がして零に声を掛けた。

 

「一刀?こんなところに?

 

 あいつは今は桂花のところでの仕事の最中だったはずよ?」

 

「ええ、ですからちょっとおかしいな、と」

 

「ん~……へぇ、確かに一刀みたいね。一体何をしているのかしら?

 

 丁度暇だし、探ってやるのもいいわね」

 

「もう、零さんは……

 

 素直に一刀さんに聞けば――あっ」

 

菖蒲の言葉が終わる前に一刀が移動を開始する。

 

「面白くなってきたじゃない?追うわよ、菖蒲!」

 

「ちょ、ちょっと、零さん!」

 

軍師の性か、零はノリノリで一刀の秘密を探らんとばかりに行動を起こそうとし、それを菖蒲が追う形となる。

 

が、それもすぐに止まることとなった。

 

というのも、一刀の向かった先が、すぐそこの公園であったからである。

 

そこで一体何をするのだろう、と二人がこっそりと覗いていると、周囲にいた男たちと示し合わせたように動き、公園内にいた一人の女性に囲むようにして接触した。

 

「……あの方、一体誰なのでしょうか?

 

 零さんはご存知ですか?」

 

「私も知らないわね。少なくとも城内の文官にはいない顔よ」

 

「武官も同じです。尤も、武官の中に女性は将にしかいないのですが」

 

「侍女?いえ、違うわよね。それにあの服装……ただの庶民?でも、それにしては良い服を……

 

 ………………う~ん、分からないわ」

 

様々な推測を立てども、どれもピンとは来ず、零はお手上げ状態。

 

菖蒲の方は、零が分からないのなら自分に分かろうはずもない、と状況の推移だけを静かに見守っていた。

 

二人が見守る中、一刀たちは暫し女性と話した後、連れ立って公園を発つ。

 

一刀が斜め後ろを歩き、周囲を男たちがそれとなく固める様子は、まるで要人警護のそれ。

 

これが新たなヒントとなって零の頭に新たな推測が生まれる。

 

「一刀が出ていって直接警護するほどの重要人物……?

 

 どこかの有力君主……いや、無いわね。機を見るに敏な者は皆我等かさもなくば呉なり蜀なりに帰属を示しているんですもの。

 

 今更残っている程度の者はそこまでして引き込みたいようなものでも無いわね」

 

「……このところ、一刀さんは私達武官の戦力強化を第一に行動されています。

 

 或いは、新しい将候補の方、とかではないでしょうか?」

 

「無いとは言えないけれど、仮にそうだとすれば少なくとも私には打診があるはずよ。今後の戦力に大きく関わることなんだから。

 

 これでも今ではこの魏で桂花に告ぐ文官にはなっているのだし」

 

「言われてみれば、確かに……」

 

「ともかく、もう少し見てみるわよ。

 

 このまま分からずじまいでは私の軍師としての名が廃るわ!」

 

菖蒲も意見を出しつつ色々と話し合ってみるも、やはり納得いく結論には達しない。

 

そのまま二人は尾行を続行することにした。

 

 

 

その後一刀たちが向かったのは調練場。

 

そこでは先ほどの警護態勢を片時も寸分も緩めることの無いまま、一刀自らが女性に丁寧に説明を行っていた。

 

内容は詳細までは明確に聞こえないが、明らかに魏の戦力情報。

 

こうなってくると、二人は先ほど否定した案が或いは正解なのかも知れないと思い直し始めた。

 

と、同時に。

 

「本当に新戦力なのだとしたら、どうして私には……

 

 いや、そもそもこれは本決まりなの……?

 

 だとしても、どこまでがこのことを……?華琳様……一刀……桂花……」

 

ぶつぶつと零が沈思モードに入り、しかも負のオーラを放ち始めた。

 

それは、かつて零が不幸体質の持ち主だとされていた時分によく発していたものと同じもの。

 

能力を認められつつも、蔑ろにされている感への憤りと反発から生じるものだった。

 

「あ、あの、零さん?……零さん!」

 

「ひゃっ?!ちょっ、な、何よ、菖蒲?吃驚するじゃない」

 

「私達だけで考えていてもきっと結論は出ないと思います。

 

 ですから、一刀さんに直接聞きましょう。きっと、一刀さんなら答えてくれるはずです」

 

「ん……確かに、それが一番かもしれないわね」

 

「はい。ですから、今は待ちましょう」

 

零の状態を良くないと見ての菖蒲の提案。

 

これは零の頭を冷やすのに十分なものだった。

 

「そうね……

 

 ごめんなさい、菖蒲。ありがとう」

 

「いいえ……」

 

言葉少なでもきちんと伝わる互いの想い。

 

同郷で育った仲が育んだこの絆が、また別の思わぬ形で活躍することになるのは、これまた先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま暫くを調練場で過ごした後、一刀たちは他のどこを廻るでも無く、女性を城門まで送り届けてそのまま去るのを見送っていた。

 

そこにもまた違和感を抱く。が、ここまで来れば一々その違和感を分析するでなく、今の状況の直接の原因となっている人物に斬り込んだ方が手っ取り早い。

 

「一刀っ!」

 

とまあそんなわけで、待つのは飽きたとばかりに零が飛び出す。

 

固まっていた男たちはその直前に散らばり始めていたが、一刀がまだ動いていないのをいいことに零は一直線にそこまで歩み寄った。

 

「やあ、零。それに菖蒲も。奇遇だね、こんな所で会うなんて。

 

 でも今日は演習の予定は無いぞ?」

 

「あんたねぇ……この私に惚けようとしても無駄よ?

 

 あんたのことだから分かってるんでしょう?」

 

零はこう言い、菖蒲もまた言葉を発さないまでも苦笑を浮かべて一刀を見つめている。

 

元より分かってはいたが、やはり誤魔化せはしないか、と肩を竦めると、一刀は切り出す。

 

「彼女のこと、だよな。二人とも、目撃したのは偶々か?」

 

「えっと、その……はい。私達の休暇が重なりましたので、街を散策していた時に。それで気になってしまいまして」

 

一刀の言葉は詰まる所尾行の発端を問うもの。

 

それだけに答える菖蒲の声には申し訳なさが多分に含まれるものとなっていた。

 

「いや、気になるのも当然だと思うよ。

 

 零にも菖蒲にも、何も連絡なんて行ってなかっただろうから。それぞれ文官と武官の上位に位置するにも関わらず、ね」

 

「申し訳ありま――」

 

「全くよ!それで?あの娘は一体どんな人材なの?」

 

再度謝ろうとする菖蒲の言葉を遮って零が一刀に問い質す。

 

こうしてどんな場面でも押しの強いところは零のいい所でもあると一刀は思っている。

 

だからか、一刀は特に気にする様子も無く説明を始めた。

 

「彼女はある間諜が遠方地で偶々見つけた新たな将となるに足る可能性を秘めた者なんだ。

 

 俺自身が前から言っているけど、今は少しでも武官の層を厚くしたいところだ。

 

 だから、彼女を引き入れようと案内してたってわけだ」

 

「でも帰られたように見えますが……?」

 

「ああ。どうやら将とかそういうのはやっぱり肌に合わないってことだそうでね。

 

 それに自分が混ざれるに足る実力は持っていないって言われて固辞されたんだよ」

 

苦笑を浮かべて一刀はそう告げる。

 

これに菖蒲が意外そうに反応した。

 

「一刀さんであれば、実力の方は徐々に付けていけばいい、と仰るかと思ったのですが……」

 

「勿論、それは伝えたよ。

 

 でも、残念ながら彼女の意志は固かった。

 

 生死が係ることだけに、無理に引き留めるわけにもいかないからな」

 

一刀の説明に菖蒲は、確かに、と納得を示す。

 

一方で零はここまでは同様に納得を示しつつも、まだ謎は残っているとした。

 

「武官が、況してや将が増す事態にはならなかった、というのは分かったわ。

 

 けれどそれは、結果的には、という言葉がくっついたものよ。

 

 そもそもの話、どうしてこの情報が私の耳には届かなかったのかしら?」

 

「ん~、いくつか理由はあるんだが……総合的に言えば、まだその段階じゃ無かったってことだな」

 

これにはさしもの零もどういうことかと視線で問わずにはいられなかった。

 

「上手く事が運んだ時は、今日の案内を皮切りにして魏の現状を色々と伝えていこうとしていたんだ。

 

 そこに至ってから報告を上げようと考えていた。徒に可能性の低い報告を上げて、やっぱり駄目でした、では済まないからな」

 

「ああ、なるほど、そういう……

 

 でも、そんな不確定な中での動きにしては厳重では無かったかしら?」

 

「万が一、なんてのは発生させたく無かったからな。

 

 結局無駄足にはなってしまったが、それこそ結果論だな」

 

一刀の返答に零は何事かを考え込む。

 

そこに一刀は更なる理由を重ねて言った。

 

「それに、零にはあの二人のことを頼んでいるだろ?

 

 余計な負担を、それも無駄になる可能性が多分な負担を掛けることに抵抗があった、というのも理由の一つだ。

 

 ところで……あの二人はどうだ?零の邪魔にはなっていないか?」

 

「ちょっ!?あ、あんた、その言い方はっ……あぁ、そうか、そうだったわね。あんただもんね……」

 

一刀の尋ねてきた内容、その言葉の選び方に瞬間動揺を隠せなかった零だが、すぐに納得したように溜め息を吐いた。

 

軽く咳払いを挟んで気を持ち直すと、零は質問に答える。

 

「お二人とも十分すぎるほどに仕事をこなしてくださっているわ。

 

 私がお教えする内容もすぐに理解されるし、不明点を問うことを恥とは思っていらっしゃらない。

 

 意外という者もいるかも知れないけれど、私の感想は異なるわ。

 

 流石は現皇帝と前皇帝。それが素直な感想よ。

 

 蕙は元よりその能力を期待していたのだけれど、三人揃って即戦力として不足なんて無いわね。

 

 どうして洛陽で謀反を起こされて為政の椅子を乗っ取られたのか、不思議なくらいよ」

 

零の答えに一刀は満足気に頷いた。

 

「そうか。それは良かった。

 

 謀反に関しては、あの二人の生来の性格的なところに大きな要因があるんだろうと思う。

 

 三人の能力的なところとは問題が別だった、と考えるべきだろうな」

 

確かに、そうかもしれないわね、と零も同意を示した。

 

件の二人、協と弁は先日、一刀にこう申し出ていた。

 

雑務でも何でもいいから何かしらの協力をしたい。全てを押し付けてしまうことになる魏国に、せめて少しでも貢献したい。

 

一刀を通じてこれを知った首脳陣は大いに悩むこととなった。

 

王朝を畳むことを既にして決意していると言えど、二人は現皇帝と前皇帝に他ならない。

 

中途半端な扱いは許されない。かと言って、重要な政務を受け持ってもらおうにも、魏の制度は一刀によって大陸のその他の土地とは相当に毛色の異なるものとなっている。

 

つまり、十中八九、協や弁にはちんぷんかんぷんな内容も多々含まれているのだ。

 

どうしようかと悩んだ末、最終的に決まったのが、零に預けて魏の新たな制度について学んでいってもらおう、というもの。

 

君主たる華琳や文官第一位の桂花は、その地位故に抱える仕事も半端なものでは無い。

 

文官第二位の零とて相応の仕事を抱えてはいるのだが、さすがにこれ以上下位の者への預けとなると不敬とも取られかねないと判断されたのであった。

 

一連のやり取りに当の本人は、気にしなくていいのに、と言うのだが、華琳たちからしてみればそれは出来ない相談だったのである。

 

斯くして零の下で再び政務に携わることになった二人は、零の言の通り着々と実力を身に付け、しかもとても活き活きとしていたのであった。

 

「っと、話し込んでしまったな。

 

 俺はそろそろ次の仕事に向かおうと思う」

 

「あ……。すみません、一刀さん。引き留めてしまって」

 

「そう言えば、あんたは仕事の途中だったのよね。

 

 私たちはまた散策にでも戻ることにするわ」

 

「そうか。それじゃ、またな、零、菖蒲」

 

「はい、また。お仕事頑張ってください」

 

「しっかり働きなさいよ。あんたも十分に魏を左右出来る人物なんだから」

 

挨拶を交わし、一刀は城への道を歩み出す。零と菖蒲はこれを見送ってから、再びどこへともなく連れ立って歩き出すのだった。

 

 

 

こうして一刀はさりげなく会話を誘導して区切りを付けさせることで、会話を終わらせた。

 

その内容の大部分を嘘で覆い、真実を悟られないようにして。

 

その真なるところを知るのは、隊員たちを除けば桂花ただ一人。

 

重要な仲間を欺くことに多少の罪悪感は抱くも、気にし過ぎてはいられない。

 

それが隊の役割。宿命。

 

いずれこの欺きを自国の利へと繋げれば良いことだ、と。一刀は自らにそう言い聞かせ、罪悪感を押し殺すのだった。

 


 
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