No.827578

自己増殖性ラビュリントス 02「支配者」

「もし、深秘録参戦者以外がオカルトボールを手にしたら」というifをもとに描いた、東方深秘録のアフターストーリー的連作二次創作SS(SyouSetu)です。

!注意!
このSSは一部の幻想住人にとってアレルゲンとなる捏造設定や二次創作要素がふくまれている可能性があります。
読書中に気分が悪くなったら直ちに摂取を停止し、正しい原作設定できれいに洗い流しましょう。

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2016-01-30 00:35:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:990   閲覧ユーザー数:990

02 支配者 -Dominator-

 

 

 第一次都市伝説(オカルト)大戦。月面・外界の両者から同時介入を受けて勃発したこの未曾有の大異変は、仙霊・純狐による月都包囲網の解除により、主要な災禍については一応の収束をみた。尤も、私自身が関与したのは飽くまで宇佐美菫子による大結界破壊の抑止のみで、その後の月都解放については無関係である。強いて言うなれば『浄化』を自称する機械蜘蛛の危険性を逸早く察知し、また、報復可能性を憂慮し機械蜘蛛への直接攻撃以外の手段を用いた脅威の排除、即ち里人への迅速な避難誘導と危険区域の指定、近隣妖怪の武力行使による強制退去を行った程度ではある。これらの処置によってかの機械蜘蛛による人間・妖怪の死亡者をゼロにした事は結果論でいえば貢献といえるやもしれないが、これは聖人である以前に幻想郷に住まう一個人として当然の義務であるので、殊更私が讃えられる要素とはいえない。ごく軽傷とはいえ、里人に怪我人3名を出してしまった事を寧ろ責められるべき立場である。私の王としての至らなさ故に不利益を与えてしまった人里在住の山本さんご一家には謹んで心よりの謝罪を申し上げたい。先日ご退院なされたそうなので今度菓子折り持っていきます。さて長々と己を自省していても仕方がないので本題に入ろう。

 私は今、少なくとも幻想郷内ではある場所にいる。ここが果たして何処なのか?それを本来ならば敵である私に悟られる程、また悟られて無事に還す程、この狡猾なる大妖怪の思慮は浅くはなかろう。それを知る事、知ろうとする事に利益はない。境界の管理者、八雲紫。透き通るような肌に艶やかな長髪を靡かせたこの見目麗しい淑女はしかし、博麗大結界の創設にすら関与するという幻想郷屈指の大妖怪である。妖怪であるのが惜しくすら思うが、それは彼女という一個人の尊厳を貶める極めて差別的かつ傲慢な感想といえる。寧ろ同じく長命を抱く者として、彼女の美貌が恒河の砂粒を数えるより永く続くことを慶ぶべきではないだろうか。さて話が少々逸れてしまったので再び本題に戻ろうと思う。

 

 この私、道士にして神霊、仙人にして聖人、求道者にして達人、神に寄りて人で在り、人類の救世主たる聖剣王、豊聡耳神子は今、八雲紫に招かれて『ここ』にいる。『ここ』に至る道筋は幾重にも結界が張り巡らされており、およそ一般の人妖が偶然辿り着けるような領域ではない。何かの奇跡が多重結界の深度それ以上に度重なった事で仮に辿り着いた者がいるとすれば、それは致し方ない事だ。誰しもに、空から墜ちてきた隕石に直撃して死ぬ可能性はある。宇宙的に運が悪かったと思って人生を諦めて欲しい。寧ろ運がよかったと思って大往生して欲しい。『ここ』は、そういった領域だ。

 湿度も温度も感じられない、和とも洋とも中ともつかぬ、不可思議なほど現実感のない古びた木造の館。両脇に扉も窓もない。体内時計から逆算するに、刻は恐らく夜半の過ぎか。暗く長いだけの廊下を数分ばかし歩き、ようやく目的地と思しき大扉を前にすると、案内役の式神はポンと姿を消した。本人は既に扉の奥。どこまでも用心深い女だ。愛想だけの莫迦女より余程良い。

 私は扉を開け、威風堂々たる風格を纏いながら足を踏み入れた。『賢者達』が待つ広間へと。

 

 

 豊聡耳神子をまず出迎えたのは、道を塞き止めるように鎮座した威圧的な長机。そこに配された椅子の多くは空席だった。どうやら、余程この私と遭うのが厭だと見える。なる程、妖怪賢者ともなれば、我が身可愛い臆病者が多いというわけか。生物として優秀な判断だ。聖人の招致を受けてなお、好き好んでこの席についた酔狂者は、八雲紫を含め僅か5名。全員が机の対岸で、彼女と相対している。何れも、彼女の見知った顔。

「よう聖人。悪いね、集まりが悪くて」真紅の翼を背負う魔王。

「天魔とか何してんのよ、あいつこそ来なさいよ、全く」純白の翼を背負う幻魔。

「まあまあ。山の皆は忙しいのよ、きっと」物腰柔らかに佇む雪の淑女。

「そういう貴女は暇そうですわね、この季節」玉飾りを纏う蠱惑的な妖獣。

「ではどうぞ、自由にお掛け下さいまし」そして境界の管理者、八雲紫。

 5名のうち何名が『賢者』で、何名が己と同じ賓客か。それを考える意味はない。ここに座す時点で、何れであろうと格の違いに相違なし。全員の顔をひとしきり確認すると、豊聡耳神子は目の前の、長机のちょうど中心にある椅子を躊躇いなく引き、どかりと尊大に腰掛けた。

「レミリア・スカーレット。幻月。レティ・ホワイトロック。ドレミー・スイート。そして八雲紫。お呼びに預かり光栄だ。上宮之厩戸豊聡耳神子である。なお今名を呼んだ順は単なる右から順であり、諸君らの間のヒエラルキーその他には興味がないし言及する気もない」

「おいこいつなんかハラ立つぞ」

「天文学的確率で気が合ったなクソガキ。私も同じこと考えてた」

「あら仲が良いのね、羨ましいわ」

 レミリアと幻月ががなり立てる横で、涼しく佇むレティがからかう。ドレミーは興味ないとばかりに大欠伸をし、その横で薄ら笑う八雲紫の心中は見えぬ。肘掛を大きく使い、飽くまで尊大に振舞う神子はだが内心、気圧されつつあった。彼女らが『ここ』にいる事に異論はほぼない。皆、普段より只者でない事は重々に承知した者たちだ。彼女に畏怖を抱かせるのは魔王の怒気でも幻魔の覇気でもない。2者のみの敵意が巻き起こす超自然級の怒気と覇気とが殺意を孕んで渦を巻く異常空間にあって、他3名は皆余りに平穏。ともすれば、平時よりも日常に近い平静。常軌を逸した超越者ども。

 何より恐るべきはこの者ら、欲が読めぬ。欲が無いのではない。読めぬのだ。10の欲程度では到底足りぬのだ。彼奴らを成す欲の量が規格外なのだ。欲深い、などと安い言葉で貶せる次元の話ではない。棲む世界が、否。存在そのものが、根底から枝葉に至るまで一切合切の格が違う。そういう存在なのだと、理解できぬことを理解するほかない。

「まあまあ、歓談はそこまでにして。本題へと入りませんか」

「うるっせーぞ紫ババア。まずはこの逆モヒカン野郎に年功序列の礼儀ってものをだな」

「なーにーがー年功序列だクソガキ。お前も大概新参だろ」

「どーっちでもいいでしょう、どーでもいいわぁ。いつまでこんな下らない話をしてるつもりなの」

 心底どうでもよさげに、ドレミーが大きく溜息をつく。緊張の糸が切れたように、神子に現実感が戻ってきた。ここはいわば敵地なのだ。呑まれている場合ではない。無意識に溜まっていた肺の空気を一気に吐き出し、神子はずいと長机に身を乗り出す。

「彼女らの言う通りだスカーレット卿。先に言ったろう。私は君らのヒエラルキーには心底興味がないし組み込まれるつもりも毛頭ない。いいから本題へ入れ。――オカルトボールの件、だろう」

「あらよくご存知で。耳が早いのね」

「耳の良さだけが取り得なものでね」

レミリアはばつが悪そうに浅葱色の前髪をかき上げ、ぐいと親指で幻月を示した。幻月は舌打ちし、レミリアを睨み返す。

 

「簡単に言えばそう、前回もひどかったじゃない?都市伝説大戦。で、今回も何が起こるかわかったものじゃあない。だから本来なら、今度はサッサと収束させるべきなんだけども……だ。このバカったら耳どころか手も早くってね。早々に嗅ぎ付けて、ボール使って遊び呆けてたのよ。で、ブザマに負けて奪われた。全く碌なもんじゃあない。そいつが負けた相手もなかなか厄介ごとの火種でね。ま、それは後で話すとして……で、面倒だからあんたを呼んだのよ。前回の経験者ってことでね」

 幻月は眉間に皺を寄せながら、だが反論する気配はない。どうやら負けたというのは本当らしい。

「なら何故私なのだ。寺の化け狸や聖白蓮はどうした。連中ならば妖怪であるし、腕も立つというものだ」

「あー、聖ちゃんはお寺で手一杯、ってことらしいのよ。『賢者』サイドに介入する気はないみたい。誘ってはいるんだけどね?ほら、私基本的に冬しか出てこないから。人手が足りないのよ。まーでもまあ、仕方ないっていえば仕方ないわねえ。こっち側に立つと、場合によっては妖怪と敵対しなきゃあならない事もあるし。知ってる?易者の件とか。あの巫女ったらおっかないわよねー。ま、こっちが動く前に自発的にやってくれるから、手間が省けていいんだけどね。化け狸さんは単純に、そういう管理者側に立つのが面倒らしいわ。消去法的に、貴方がいちばん手っ取り早くて都合が良いのよ」

 レティの語り口は物静かだが、神子のプライドをズシリとひと目盛り、下にズリ下げるような含みがあった。不快でないと言えば嘘になる。だが、それに食って掛かるほど神子は愚かではない。

「なる程。それで私に声を掛けたというわけか。良い判断だ。では聞かせて貰おうか。幻月、君は誰に負けた」

 それは神子がもっとも気にするところであった。幻月は並の妖怪ではない。こと戦闘に関して言えば、この場の中でもレミリアと同等か、或いはそれ以上。その幻月を下した存在が、此度の都市伝説大戦に参戦している。脅威である。彼女を下せるほどの強者とあれば、必然的に絞られてくる。神子は数名、幻想郷でも屈指の妖怪を思い浮かべた。だが幻月の口から出たのは、そのいずれでもない名だった。

 

「あんた、『博麗太郎』って、知ってるか」

 

 博麗、太郎。神子はざっと、神霊廟で見た欲の記憶を整理した。幻想郷のアカシックレコード。そこにその名は無かった。博麗……というからには、あの博麗か。名からして男であろうが、太郎。この幻想郷であってすら、昨今ともなれば平易過ぎて目立つ名だ。はて。

「聞き覚えがないね。私は幻想郷の欲をすべて見てきたが、そんな名はなかったと記憶している。一度聞けば、厭でも忘れられぬとは思うのだが」

「そうでしょうね。貴女は知り得ませんわ。だって貴女が見たのは、幻想郷の歴史ですもの」

 八雲紫が割って入る。神子は少しぎょっとした。その声には幽かに、八雲紫に最も似つかわしくない感情が――焦りの色が見て取れたからだ。

「博麗神社、初代当主。幻想郷が記憶する、最初の『博麗』。でも、居るのですよ。その『さらに上』に一人。博麗神社の、いえ、幻想郷そのものの創始にすら関与する、しかし名も伝えられぬ存在……『第零代目・博麗神主』。人々が『博麗太郎』と呼ぶ存在です」

「第、零代目、博麗神主……?」

 にわかには信じられぬ話だ。まず神子が見た幻想郷の記憶自体、辿れる範囲に限界がある。博麗神社のなりたちはそのひとつだ。未だ神子にとっても謎が多い。その初代当主の、そのまた、更に先代。零代目。完全に認識の外側、非常識の内側。博麗大結界が常識を分かつ境界ならば、頭の中に幻想郷がもうひとつできたような感覚だ。ジョークかとすら思いかけたが、八雲紫の反応はいつになく真剣だ。

「私だって信じられないけどさ、でもマジらしいんだよ。ババアが言うに、私が負けたそいつの人相はソックリだった。実際そう名乗ってたわけだしね。正直私も実在すら疑ってたフシはあるんだけども。……『博麗太郎』っていうのはさ、まあ言っちゃえば『こっち側』の人妖が、便宜上使ってる通り名みたいなもんなのよ。管理者側のね。普通、名乗る?そんな名前をよ。この私によ。要は狂人か、それかホンモノ。そこにつけて私の負けよ。あいつ、わけわかんないぐらい強かった。私の都市伝説(オカルト)は最強だったっていうのによ!全くハラ立つわ!ただの狂人に、私の都市伝説が負けるはずがない!なんたって必殺よ必殺!」

「まー、まー。どうどう」

 興奮する幻月を、にこやかにレティが制する。その薄く閉じた瞼の裏で、凍てつくような視線が八雲紫を射抜き、彼女をも言外に制していたのを、神子は見逃さなかった。神子は敢えて口を挟まず、黙してレティに主導権を渡した。

「ま、博麗太郎がどうこうは今は一旦、置いておきましょう。色々、ね?センシティヴなあれこれも含むのよ。とかく大事なのは今、オカルトボールが再び流布していて、凄く強い奴が揃えつつあるということ。まあ何が起こるか知らないけれど、碌なことには……」

 

 バァン!神子の真後ろで突如、大扉が蹴り開けられた。虚を突かれ、神子は咄嗟に剣の鞘を掴み、椅子から飛び退いて振り向いた。

 

「アーアーアー、止してくれよ。遅れたのは謝るからさ。私は善良かつ清廉潔白な賓客だよ?全く物騒だなァ、あンた」

 神子の眼前にいたのは、最も予期せぬ妖怪であった。矢印のパターンを模った奇妙な着衣。黒髪に入った紅白のメッシュからは目出度さなど微塵も感じられず、ニタニタと嗤う口の端から零れた舌先が、あからさまな不敬と反骨を感じさせる。少なくとも、王たる己に相対する者のして良い態度ではない。だが、するのだ。奴は、そういう存在なのだ。

「キキキキキ、何だよその目は。よもや、ビビってるワケじゃあないンだろ?なァ聖徳王様よォ……」

 生粋の叛逆者にして、妖怪すらも忌み嫌う逆賊。非理法権天の破戒者。天道を喰らう非道の化身。天邪鬼、鬼人正邪。場の空気が急変した。警戒心と、害意が渦巻いている。神子だけではない。この場のほぼ全員が、この異物に対して強烈な拒否反応を起こしている。それが肌で解った。

「あらあら正邪ちゃん。遅かったわねぇ」

 その中で唯一。にこやかに異物を出迎えたのは他でもない。冬将軍、レティ・ホワイトロック。

「……おい姐御。コイツ呼んだのお前か」

「そうよぉ」

「全くどういう神経してるのよ、貴女。ふざけてるの?」

「ふざけてないわよー。寧ろ当然でしょう?オカルトボールの異変なんだから、天邪鬼さんが専門家だわ」

 ざわり。空気が更に凍り付いた。これまで誰も、解っていながら触れなかった事に、この女は平然と触れた。オカルトボールの元凶。そも、前回の異変で宇佐美菫子が持ち込んだのは『オカルトボール』ではない。『外界のパワーストーン』だ。それをオカルトボールとしてプログラムし、『外界にも幻想郷にも存在し得ない』パワーストーンを混入し、正しく『都市伝説大戦』としての体を整えたのは。

「稀神サグメ。月人だろ?」

 ニカリ。正邪の凶悪な笑みが、止まった時間の中で唯一、動いているような錯覚すら感じられた。

 そのとおりだ。今回の異変は前回と同じなのだ。同じく、オカルトボールが流布しているのだ。言霊系の霊的システムの中でも最上位、都市伝説の具現。根も葉もない噂の実現。即ち事実が定義を生むのではなく、定義変化による事実の逆転改編。そんな巫山戯た芸当ができる者など、古今東西、奴をおいて誰が居る。天津神の力と天邪鬼の力、それぞれを高次元に操る頭脳。舌禍の女神、稀神サグメ。月の賢者である。

 状況からみて、月都、ないしサグメ個人による介入が再度、発生している可能性は極めて高い。月との情勢が不安定な今、摩擦は極力避けたいというのが『賢者』らの本音だ。故に暗黙のうち、今回のオカルトボールは幻想郷内の問題のみで完結させる手筈であったのだろう。鬼人正邪を招致するとは即ち、月都(サグメ)までもを異変解決の範疇に含む事を意味していた。

「なる程。しかし驚いたな。スカーレット卿、君にも敵に回したくない相手がいるのか」

「当然でしょ。あいつらと全面戦争なんざまっぴら御免だわ」

「仕方ない仕方ない、こいつ前にコテンパンに負けてるし」

「うっさいゲンゲお前黙ってろ」

「ハハハ厭だね黙らないよ。でもまあ、クソガキの言い分はそのとおりだな。だいたい、この時期好き好んで月とやりあおうだの、そんな酔狂なバカが何人もいてたまるか。どこぞのババアひとりで充分なんだよ」

「あら誰のことかしら。ウフフ」

 八雲紫は扇子で口を隠し、わざとらしく視線を逸らして笑う。ドレミーが露骨に舌打ちした。

「……一応釘だけ刺しておくけれど。異変に乗じて妙な気は起こさないでくださいよ。管理者権限において現在より、全槐安(かいあん)通路のセキュリティレベルを5まで引き上げます。それに伴い、準夢世界に類する空間のレベルも3に設定されます。各位、槐安通路を利用したい場合は私に直接申し出るように」

「準夢世界……ってお前それ夢幻世界のパスもレベル上がるじゃん!ちょっと勝手に何すんのよ!」

「そうですね。コードを改変する場合は承認が必要になりますので、管理者にそうお伝え下さい」

「あああーまた夢月に怒られるうううう……覚えてろよババア……」

 

 幻月が頭を抱えて机に突っ伏す。それと同時に長かった喧騒が途切れ、場を支配していた殺気がするりと解けていく。その顛末を、鬼人正邪の極めて不愉快な笑顔がジッと見つめていた。

「アーアー、喧嘩は止しなよ皆々様方。賢人同士の争いというのはみにくいものだ。まるで愚者に見えるぞ、ヒヒヒ」

「――余り調子に乗るなよ、新参者」

射殺すような紅魔王の瞳孔がぎらつく。

「おお怖い怖い!怖くて二度と来たくなくなっちゃうね!……どうせ今日はまだ、顔見世程度なんだろ?あんまりカッカすんなよ……祭りはまだ始まったばかりだぜ早漏諸君。ここで潰し合っちまってどうすんのよ……ヒヒヒ。役者は揃ったんだ。まァ仲良く行こうじゃあねえか。私は平和主義者なのだ」

「二枚舌が……どこまで表だ、その台詞」

「どこまで表かわからぬから天邪鬼なのだ。私は私を貴様と呼ばぬ。貴様は白いを黒いと騙る。表があるから裏がある。なァ、隠し事タップリで行こうぜぇ……そのほうが悲しいからな。ギヒヒ!ヒントをやろう!今のは裏だぜ、表の裏だ!」

 余り認めたくはないが、鬼人正邪の言い分はその実、的を射ていた。これ以上の問答は無駄だ。神子はぐいと背凭れに身体を預け、カンと一打、勺で肘掛の木材を突いた。

「話はすべて理解した。勝手で悪いが今宵の結論を出させて貰おう。『博麗太郎』の撃破。全オカルトボールの蒐集。月と地上を『落としどころ』に落とす。――諸君らが私に望むファクタはこの3点。過不足無く相違無いな?」

「問題ない。それ以上は期待しないし、それ未満は必要ない」

「オーケイ、了承した。私は諸君らをいっさい信頼しない。諸君らも私をいっさい信頼するな。我が身は剣。主に振われ、邪を斬り悪を刺す聖剣である。故に剣の一閃で以て諸君らに応えよう。くだらん与太話はここらで仕舞いだ。次に用あらば、剣として我を呼べ」

 

 神子の一声をうけ、6名の顔がピタリと一斉にこちらを向き、ニタリと笑った。おぞましい空気だった。神子はただ無心に、澱んだ空気を受け流した。彼奴等が何を考えているのか。それを考えるのがまず無駄なのだ。連中は人間では無い。故に、彼奴等と対するに人心は不要。心を喰らう妖には、温なき刀身で以て応ずるのみ。唯、人の護刀としての己の本分でのみ、この身を振えばそれで良い。神子の決心は極めてシンプルであり、故に、海千山千の妖怪らもまた、これを受けた。

 そこから先の会話は覚えていない。会話すらなかったかもわからぬ。必要がないからだ。神子はかくもおぞましき館の前に居た。三歩踏み出せば最早、八雲紫の助力なくして、この館へ戻る事は二度と叶うまい。ここはそういう領域だ。ここへ一歩踏み込み、出た時点で、己もまた人に非ず。往きは怖いが帰りは良い良い。神子は歩を進めた。剣として、この大異変に向き合う為に。

 

 

「――おっと、もうお帰りかい?」

 

 ざわり。研ぎ澄まされた聖剣の刃が、ごく一瞬、恐怖に染まった。立ち止まり、背後へ六感を集中する。未だ館はそこにある。そして門の前に、不愉快な笑み。振り向かずとも解る明確な不快感。鬼人正邪。

「……何用だ」

 神子は一歩も動かず、背を向けたまま、刀の鞘に手をかける。抜かば一閃、前後一周断ち斬り殺す。先刻のそれとは一切が違う、明確な個へ向けた殺意の警告。だが、鬼人正邪は構わず接近する。

「つれないなァ、有益な情報を君にあげようと思ったんだよ。これから数多の都市伝説に立ち向かう、君にね」

「不必要だ。私を誰だと心得る」

「君を君だと解っているから進言するのじゃあないか。君は『前回』の参戦者だ。だから『今回』を識る必要がある。道理だろう」

「……何を知っている」

「ルールその1。オカルトボールは手渡しで譲渡できる」

 

 パシリ。柄を強く握り込んだ神子の右手に、冷たく丸いモノが触れた。

「――――――――!?」

「なァーに驚いてるんだよ。わかったろ。これが新しい『ルール』だよ。『今回』のな」

 神子は汗を滲ませた手で、それを掴み取る。黒紫の宝珠。それは紛れもなく、オカルトボールそのものであった。

「ルールその2。オカルトボールの所有権は放棄できる。ルールその3。決闘の勝者にオカルトボールは全譲渡される。ルールその4。全オカルトボールの所有権を失った場合、ボール由来の都市伝説の影響はすべて解除される。――全て解るな?手にした今なら」

 鬼人正邪はぺらぺらと、今しがた神子の頭に流れ込んできた『ルール』を読み上げた。可能な限り、嫌悪感を催す抑揚で。

「何故私にこれを渡した」

「私の都市伝説は戦闘向きじゃあ無いんでね。その点お前のほうが面白そうだろう」

「何故隠していた」

「言ったろう。表があるから裏がある。表がなければ裏もない。沈黙こそ原初の絶対真理(トートロジー)なのだ。――うまく使えよ?大事なタマだぜ。タマ無しがタマ取られちゃあ、シャレにもならねえよ。ヒヒヒヒ!」

 鬼人正邪はケタケタと嗤い、じりと神子の間合いに踏み込む。神子はすぐにオカルトボールを仕舞い、再び鞘と柄を握った。((斬|や)れる。()るか。神子の天才的な脳神経が、かつてない速度で新たなリンクを繋ぎ始める。

「私は私で勝手にやるさ。あの連中もどうせそうだろ。お前も精々楽しみな、都市伝説使い(オカルティスト)の先輩さん」

 下卑た嘲笑を夏の夜に響かせ、鬼人正邪はずかずかと猫背で神子の領域を横切った。不遜不敬。握り込んだ柄をぴくりとも動かせぬまま、その無防備極まりない背を見送った。人ならざる者どもの異常性。己の心は未だ、人の範疇でしかない。神子は大きく息を吐き、足を踏み出した。館はもう、そこに無い。かわりに二ツ、彼女の背後に無骨な影。赤き影は剣を携え、青き影の左掌には炉。その身に魂は無く、魄も無く。

「久方ぶりだな。今回も世話になる」

「有難き」

「御意の侭に」

 並び従う怪魔人を列ね、剣王はもう振り返らない。その道は王の歩むべき覇の道か、剣の斬り開く蛇の道か。

 

 

 ● ● ●

 

 

 世界が陽の赤に染まる黄昏時。里外れの林道で、蘇我屠自古は露骨な害意を感じ取った。周囲にいつの間にやら人気はなし。暖色の空にそぐわぬ不気味な静寂。ボウガンを構え、樹を背にし、気配の方をちらと見やる。妖でも魔でも人でもない、もぞもぞと大脳を撫でる不気味な感覚。根無しの怪異が放つ特有の臭い。間違いない。都市伝説使い(オカルティスト)だ。クラウンピースのそれとは規模がまるで違う。――持っている。二ツ以上。

「……隠れてねえで出て来いよ。やってやるさ」

 引鉄に指をかけ、不意討ちを警戒し、挑発する。ぞわり。周囲を漂う邪気が、いっそう濃くなった。ザクリ、ザクリ、ザクリ。枝葉を踏み折り、こちらへ近寄る音。距離が近づく。3間。2間。1間!屠自古の霊脚が青白く閃き、それと同時に敵も足下を踏み砕いて跳躍!刹那の後、2者は一寸の距離で互いの武器を突き付け膠着状態に突入!男の武器は大幣(おおぬさ)である。紅白の神社正服を纏った細身の男。鼻から上は陰陽魚を大きく記した覆面で隠され、その素顔は窺い知れない。

「蘇我屠自古。都市伝説使い(オカルティスト)だ。名乗れ」

「博麗太郎。故あって宝珠を蒐集している者だ。お前のそれも頂戴する」

 カサリ。殺気にあてられ失神していた仔鼠が、正気に戻って一目散に逃げ出した。同時に屠自古は引鉄を引き、博麗は大幣を打ち振った。

 

 

【03につづく】


 
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