No.827337

同調率99%の少女(6)

lumisさん

 生徒会メンバーである三千花、和子、三戸に鎮守府を見学させた那珂こと光主那美恵。彼女たちは鎮守府と艦娘に触れて様々な思いを胸にした。そして、いざ高校と鎮守府の提携を目指すために、校長との打ち合わせに臨む。
※ここからしばらくは艦これ要素の薄いほぼオリジナルキャラと展開が続きますのでご了承ください。艦娘=武装した人間説を取っているため、彼女らの本当の日常生活を見てみたいという方々に楽しんでいただけたらと。


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2016-01-28 20:07:13 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:460   閲覧ユーザー数:459

=== 6 学校の日々3 ===

 

--- 1 交渉に向けて

 

 鎮守府に見学に行った翌週から、那美恵たち生徒会メンバーは通常の生徒会業務をする傍ら、鎮守府見学の報告書を作成し始めた。主に書記の和子と三戸が写真・動画を選んで文章を書き、レビューを副会長の三千花が、最終レビューを生徒会長の那美恵が担当して作業する。

 文章力などは三千花が得意ということもあり強いため、最初のレビューでは三千花が内容は別として全体的な構成をチェックし、肝心の内容のほうは那美恵が艦娘としての立場を踏まえてチェックするという流れである。内容的に足りなそうな点は、那美恵が提督や五月雨にメールで確認し、もらった回答をそのまま書記の二人に伝えて完成度を高めていった。

 

 生徒会の仕事である程度書類の作成能力は付いていると本人たちは思ってはいたが、それはあくまでも学生同士のレベルでの話である。そのため不安を感じた那美恵と三千花は、無理を承知で西脇提督にも第三者からの視点として内容を見てもらうように依頼することもあった。(なお提督はさらに明石や妙高など、歳の近いほかの人にも見せてチェックしてもらっているが、それは那美恵たちがあずかり知らぬところである)

 

 立場の違う大人がそれぞれ密かにチェックした甲斐あり、報告書は無事に完成した。完成した報告書は改めて提督に見てもらい、那美恵はその後迎える校長先生との打合せに向けて提督と話す内容のすり合わせをする予定を取り付ける。

 

 

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 完成した報告書を手にし、那美恵と三千花は教頭経由で校長先生に、再び鎮守府Aの西脇提督と話をしてもらえないかどうか交渉しに行くことにした。放課後に職員室に赴き、教頭に相談することにした。

 

 那美恵は自身が艦娘になってからすでに2ヶ月ほど経っており、ある程度活動していることを教頭に伝えた。そして和子たちが作成した報告書も教頭に見せて反応を伺う。

 教頭は報告書や那美恵が隣の鎮守府や東京都からもらっていた写真をしばらくじっと読んで見入っている様子を見せた後、顔を挙げて那美恵に微笑み、よく頑張りましたね、の一言を発した。

 

 もともと教頭は、鎮守府が国に関わる組織という前提のために乗り気で那美恵に協力的だった。だが学校の意思は校長の決定が全てなので、それ以上は言えなかったのだ。

 それから今回教頭は意外な事実を口にした。実は教頭の孫娘も、別の鎮守府で艦娘をしているというのだ。最初に那美恵が交渉しに行った時に教頭が自身の身の回りのことを話さなかったのは、那美恵自身がまだ着任してまもないということで、様子を伺うためでもあった。

 那美恵が艦娘として実績をあげたことで、教頭は那美恵が単なる興味本位や浮ついた気持ちで艦娘制度に関わり、学校との提携を望もうとしているわけではなく、本気で望んでいるのだということを確認した。最後に教頭は、君たちを値踏みしてるのは私だけではないはずですよ、と一言ポツリとつぶやいて那美恵たちとの打合せを締めきった。

 

 那美恵たちは学校内に頼れる協力者を教師陣の中に得たという心強さを感じることが出来た。

 あとは校長を落とすのみだと、意気込む那美恵と三千花。

 

 教頭へ話の取り付けに成功し、職員室を後にした二人。

「まさか教頭先生のお孫さんも艦娘だったとはね……。」と三千花。

「うん。世間は狭いっていうべきなのかな。意外な形で艦娘って世の中にいるんだね。あたしだけが特別なんて思わないでよかったよ。」

 那美恵も頷いて相槌を打ち自身の感じたことをも明かす。

「なんか私、気が楽になってきたわ。」

「およ?どうしたみっちゃん。かなりノリノリぃ~?」

 両腕を挙げてグッと背伸びをして今の気持ちを吐露する三千花を、屈んで下から見上げる那美恵。

「いやさ。私が変に現実的に考えすぎたのかなって思ってさ。うちの学校でも艦娘制度に関われる下地がすでにできていたのかと思うと、まじめに考えてた自分がちょっと馬鹿らしく思えてきてさ。」

「ん~。でもあたしはみっちゃんに相談して、みっちゃんから考え聞けてよかったと思ってるよ。みっちゃんの真面目な考えや見学の時の協力がなかったら、多分教頭ですら落とせなかったと思ってるもん。」

 

「あんた……その落とすって言い方やめときなさいよ。あと、ありがとね。私がなみえの歯車の一つのよーに役に立てたのなら光栄だわ。」

 わざとらしくなみえの両頬を軽くひっぱり、感謝を述べる。

「い、いひゃいいひゃい~」

 

「でもまだよ。まだ校長っていうラスボスがいるから、最後まで気が抜けないじゃない。……まぁなみえのことだから大丈夫だとは思うけどさ。」

 なんだかんだ言って自分を信じてくれる親友に対し、エヘヘと笑って那美恵はそれ以上の言葉を発しなかった。その後生徒会室に戻った那美恵たちは書記の二人に教頭とのことを話し、先行き好調の状況を伝えた。

 

 

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 那美恵らが教頭に話を取り付けた後、教頭は那美恵たちから話を聞いたこと、自分は協力する意思があることなど校長にその旨伝える。教頭自身の熱意ある説得の甲斐あり、校長は穏やかな雰囲気で頷き鎮守府Aの提督と再びの打合せに承諾した。

 打合せが決まったことは教頭から直接那美恵たち生徒会メンバーに話が伝えられた。そののち提督からも打合せについて同じ内容が伝えられる。大人たちの準備も整った。

 打合せは3日後の15時からに決まった。その日は平日だが校長の計らいにより那美恵と三千花はその時間の授業は免除され、校長・教頭・提督の打合せへの同席が許可された。

 

 

--- 2 交渉

 

 交渉日当日、15時少し前に那美恵と三千花は校舎を出て校門前で提督らを待っていた。ほどなくして那美恵たちの高校の校門を通る部外者の影が4人あった。その姿が見えた時、那美恵はそのメンツに少し驚きを示した。

 

「あれ?提督だけじゃないんだ。」

「あぁ。メンツは多いほうがいいと思ってね。3人連れてきた。」

 そう言って提督が向けた視線の先には、工廠長の明石、重巡妙高、そして秘書艦五月雨の姿があった。

 

「今回は微力ながら皆さんの役に立てるよう振る舞いますね。光主さん、よろしくお願いいたします。」

 非常にゆったりした話し方で、物腰穏やかに自己紹介する妙高。

 那美恵は妙高とは面識がなかった。提督の談によると、年齢は提督より上で既婚者、実質的には影の秘書艦でその実見えないところで頼っている女性なので、同席してもらうことにしたという。今回は五月雨の代わりに秘書艦という名目での同席だ。

 

「那珂ちゃん…と、ここでは那美恵ちゃんね。よろしくね。技術的な説明ならお任せください!」

 明石は艦娘の装備や戦闘面でもし質問された場合の技術的な説明をするための要員としての同席である。なおかつ国が直接提携して艦娘制度にかかわっている製造業の有名な会社の社員ということで、ハクも期待してのことだ。

 

「那珂さん! 私も那珂さんの学校の役に立てるよう、精一杯頑張りますね!」

 五月雨は初期艦として、学校提携の前例の当事者として、それから純粋に艦娘の実務である深海凄艦との戦いに従事する担当者としての立場での同席だ。なお、この日のために五月雨の中学校へは提督が話をつけている。中学校側からは弊校の例が参考になって、他の学校との提携が進んで最終的にはお国のためになるなら喜んで早川皐を貸し出します、という快い承諾を得ていた。もちろん同時間帯の授業は免除である。

 

 

--

 

 那美恵と三千花は4人を校長室にまで案内した。コンコンとノックをし校長から一言あった後、那美恵はドアを開けて提督らを中に入れた。

 

「校長先生、鎮守府Aの提督方をお連れ致しました。」

 普段とは違い、丁寧な言葉遣いで案内する。

 

「はい。ありがとうございます。」

 校長は那美恵の祖母とまではいかないが、綺麗に歳を取った初老の女性という雰囲気を醸し出している。那美恵に丁寧にねぎらいの言葉をかけると、校長は提督に近づいた。提督は軽く会釈をした後挨拶の言葉を発した。

 

「ご無沙汰しております。鎮守府Aの西脇です。」

「お久しぶりね、西脇さん。3ヶ月ぶりくらいかしら? どうぞおかけください。」

 提督らをソファーに座るよう促す。提督らはお辞儀をしてソファーの前に立つ。座る前、自己紹介する前に校長を気遣う話題を振る。

「だんだん気候が変わっていて暑くなりましたが、お身体にお変わりはありませんか?」

「えぇ、おかげさまで無事に過ごしております。西脇さんは?」

「はい。本業ともども健康に気をつけて過ごしております。あの、お話を始める前に私どもの担当者を紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願い致します。」

 

「……じゃあ妙高さんから。」

 提督が促すと妙高は半歩前に出てお辞儀をして自己紹介をし始めた。

「はい。私、鎮守府Aの秘書艦を務めております、重巡洋艦妙高担当、黒崎妙子と申します。本日はよろしくお願いいたします。」

 次に明石が同じような作法で自己紹介をする。

「私は工作艦明石担当、明石奈緒と申します。鎮守府Aの工廠長を担当させて頂いております。それから私、○○株式会社より派遣という形で鎮守府業務に携わっております。」

 そして最後に五月雨こと早川皐が挨拶をした。

「私は駆逐艦五月雨を担当しています、○○中学校2年の早川皐と申します。」

 

 最後の人物の紹介に疑問を持った校長は提督に尋ねた。

「そちらの女の子は……何か特別な担当されているのですか?」

「いえ。ただこの五月雨は初期艦という、国に認定された鎮守府Aの最初の艦娘です。以前お話しさせていただいたかと思いますが、鎮守府Aと初めて提携していただいた○○中学校様の生徒でして。ご参考までに同席させたいのですがよろしいでしょうか?」

「えぇ、かまいませんよ。」

 

 それぞれの自己紹介が済んだので、校長に促されたとおり提督らはソファーに座った。

 

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 2~3当り障りのない話題で会話してその場の雰囲気を潤した後、提督は本題を切り出し始めた。

「御校の生徒さん、あちらにいらっしゃる光主那美恵さんに艦娘になってもらって2ヶ月ほど経ちました。」

 提督に言及され、那美恵は校長に向かって会釈をする。

 

「その間いくつかの出撃任務に携わってもらいました。いずれも怪我なく無事に任務遂行し、優秀な戦績を上げてもらいました。我々としては彼女の参加で非常に助かっております。彼女の活躍は他の鎮守府や防衛省でも少しずつ話題にあがるようになっております。おかげさまで市や県からの依頼だけでなく、企業・団体からの依頼任務も徐々にではありますが増えてきました。」

 まずは那珂となった那美恵のこれまでのことを報告し褒める。そして一拍置き、提督は言葉を続ける。

 

「それでですね、我々としても引き続き光主さんには艦娘として働いてもらいたいのですが、何分私どもの鎮守府はまだ小さく、人が集まっていないために、任務を請け負ってもなかなか数少ない彼女たちでは捌き切れないのが現状でして。那珂を始めとして他の艦娘たちの功績のかいあって、おかげさまでだんだん我が鎮守府も知名度があがってきております。そのため懸念しているのは、今後任務が増えることによる、艦娘たちの普段の生活への支障なんです。これは今現在、とくに那珂として活躍してもらっております光主さんに強く当てはまることでして。もし、このままの人数で任務が増えますと、私どもだけでは艦娘たちの普段の生活の支援が行き届かなくなる恐れがあります。私個人としても、艦娘になる人たちの普段の生活が第一と考えております。そのために艦娘が普段の生活で所属している学校様や企業様に協力していただけるよう、提案させて頂いております。つきましてはバックアップに協力していただけないか、本日お願いに伺った次第であります。」

 

 交渉事に慣れていないために途中早口になりつつも必死に、慎重に提督は校長を説得しに言葉を選んで進める。一方の校長は提督から手渡された資料と、教頭経由で那美恵たちから受け取った鎮守府見学の報告書を数ページ読むために提督から資料へと静かに視線を動かした。

 沈黙が続く。さすがの那美恵も今回は口を挟むタイミングや雰囲気ではないために、黙って提督と校長の雰囲気を見守るしか出来ない。

 

 しばらくして校長が口を開いた。

「西脇さんのお気持ちや熱意は確かに伝わりました。……前回来ていただいたときよりも、言葉がしっかりなさっていますね。この2~3ヶ月で、きっとうちの生徒がお役に立てる何か出来事があったのかしら。」

「へ?あぁ、えぇ。光主さんはさすが生徒会長もされているだけあって、恥ずかしながら彼女から学ぶところは私にも多々ありまして。」

 提督は照れくさそうに、正直にありのままの今の気持ちを伝えた。すると直後、提督には校長の頬が少し緩んだように見えた。

 

「西脇さんのことはわかりました。あとは……。」

 提督の心境を確認した校長は言葉の最後のほうで言いかけて一旦止め、那美恵のほうを向いた。

「光主さん、ちょっとこっちへいらっしゃい。」

 校長は那美恵を呼び寄せた。那美恵と三千花は教頭とともに、校長・提督らのいるソファーとは離れたところに立っていた。そのため那美恵は返事をしたのち、校長のとなりまでしずしずと歩いて近寄った。

 

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「はい。」一切のふざけはなしにあっさりとした返事をする那美恵。

 

 那美恵がとなりに来たのを確認し、校長はその少女にある質問をした。

「率直な気持ちを聞かせてね。光主那美恵さん、戦いは怖くない? ……それから、戦いは楽しい?」

 那美恵は途中までの質問なら聞いた瞬間に答えようと口から返事を出しかけたが、一拍置いて校長の口から発せられたさらなる質問のために、それを飲み込まざるをえなかった。言葉を脳が解析し終わって単語の意味を理解した瞬間に冷や汗が出る。校長の真意がわからなくなり、那美恵は急いで考えを巡らせる。

 

 戦いは怖くはない。艤装の影響もあるため、深海凄艦という化け物と対峙してもそれなりにやれる。しかし、楽しいかと言われると、正直のところわからない。どう答えるのが校長にとって正解なのか?校長が経験していないと思われる戦いの思い出に沿えるような、否定的な回答をすればいいのか、それとも真逆のことで、楽しい・世界のために戦えるというポジティヴな意思表示をすればいいのか。

 そもそも、今まで自分は深海凄艦との戦いに何を思ってきたのか。那美恵はそこから思い直す必要と感じた。艦娘の目的は、世界中の海に蔓延った深海棲艦を撃退する、それが仕事である。鎮守府に協力するとか運用を手伝うなどそういったことは、深海凄艦との戦いという仕事のための単なるお膳立ての一要素でしかないのかもしれない。艦娘の仕事は1にも10にも化け物との戦いなのだ。それが自分達の覚悟を決めた唯一の仕事のはず。

 そう心の中を見つめなおすと、那美恵は途端に深海棲艦や戦いについて恐怖心が湧き上がってきたのに気づいた。そして那美恵の口からは、当初頭にあったこととは逆の言葉が出て、自分の正直な思いを明らかにしていた。

 

「……怖いです。よく考えたら深海凄艦との戦いは怖くて仕方ありません。心から戦いが好きな人なんて、あたし含めて今の日本にいるはずがありませんし。」

 

 

 出始めた那美恵の言葉をゆっくりと何度も頷いて噛みしめるように聞く校長。

「そう。でもあなたは艦娘になって、この2ヶ月近く戦ってこられたのよね?怖いはずが、なぜかしら?」

 

「それは……。」

 つまった言葉、それをどう言おうか那美恵は考えた。その時、ある存在が頭に浮かんだ。尊敬する祖母、そして提督の顔だった。決して向かい側に提督がいるからとかそうわけではない。

 

 那美恵の祖母は92歳の大往生であった。祖母の大活躍は70~80年以上も前の出来事で、当時を詳しく知るものはもはやほとんどいない。それでも最近あったことのように熱く・目を輝かせて明るく語る祖母のことは、本人とその話両方ともに孫娘の那美恵は大好きで、それが自分自身のことであったかのように深く思い入れがあった。

 当時の大人たちが苦戦する中、子供であった那美恵の祖母たちは機転を効かせて大人を助け、戦いを勝利に導いた。問題児も多かった(彼女の祖母自身も勝ち気で目立ちたがり屋など問題も多かった)という当時のその小学生を、クラスメートたちを率先してひっぱって指揮していったのが彼女の祖母だった。

 那美恵の完璧を目指す信念、そして誰かを引っ張ったり、アイドルのように振る舞って世間を明るく賑やかにさせたいという思いの根源は、祖母にあった。

 

 そして提督。鎮守府を出れば普通の男性である。世が世なら那美恵は彼と絶対出会うことはなかったであろう。そんな人物西脇栄馬と触れ合った2ヶ月弱、基本的には頼れる大人だが、この人は自分がついていないとダメかもしれないと、思えるような面を那美恵は提督に少なからず見いだしていた。

 それなりに清潔感ある身なり・普通にアラサーのおじさん・やや挙動不審な点もあるがいいとこお兄ちゃんと言ってあげてもいい話しかけやすい雰囲気の男性である提督、西脇栄馬。IT業界に勤めてるそうだが、言葉の端々に文系の匂いがし、様相に似合わぬ熱い思いを語るときもある提督。自分と似たところがあるかも……と那美恵はなんとなく思っていた。フィーリングが合うなぁと感じるときもあった。自分に似てないけど似ている。

 そう思いを馳せられるゆえ、那美恵は提督自身にところどころ欠ける要素を、自分が補完してあげて彼の完璧を自分が演出したい・支えてあげたい・尽くてあげたい、引っ張っていってあげたいと思うようになっていた。

 その根底にあるのは理屈ではない、心の奥から沸き上がる感情。

 

 頭に浮かんだ二人に対する気持ちが那美恵が艦娘としてこれまでやってこられた原動力だったと、落ち着いて考えた彼女の頭で浮かんでまとまっていた。言葉に詰まって数分にも感じられた約1分弱の後、那美恵は校長に答えを告げた。

 

「……それは、恐怖よりも強い憧れと譲れない信念と、誰かのために尽くしたいという気持ちがあるからです。あたしは戦うために戦ってるわけじゃないですし。普段の生活を大切にしたいし、誰かのその生活をも大事にしたいから。心に強く思うからこそ、自分が信じるもののために心を熱く燃やせるから、だから怖くても平気なんです。あたしは戦えるんです。」

 

 

 そこまで言って、那美恵は突然提督のほうを向いて尋ねた。

「ねぇ提督。うちの鎮守府に配備される艤装ってちょっと特殊なんでしょ?」

 突然話を振られた提督は、あぁ、といつも那美恵に返す口ぶりで返事をし、艤装のことならと明石の方を向いて合図をする。

 

「光主さんが艤装について触れられたので、少しだけ補足させていただきます。艤装は、インプットされた膨大な量の情報により、一般的な機械よりも人間に対して高度で身近な存在となっています。いわばそれ自体が人を選ぶ生き物みたいになっています。ですので同調といいましてそれを扱える、簡単にいえば艤装とフィーリングの合う人を見つけないといけないんです。さらに鎮守府Aに配備される艤装は、新世代の艤装のテストも兼ねておりまして、それは人の思いによって、艤装の性能を変化させる機能を実装しているんです。未だテスト段階ですので他の鎮守府には知られていませんが、より装着者と一体化させて、その人の強い思いを実際の力として具現化とさせることができるんです。ですので、光主さんが持つ強い思いは、大げさかもしれませんがきっと技術の発展、しいては世界の平和へとつながると思います。」

 技術大好きな明石は自分の得意分野ならとペラペラ解説するが、その内容を理解できた学校側の人間はいなかった。明石の話を聞いて校長はそうですかとだけ言い、那美恵がこれから紡ぎだす言葉を聞くために彼女に視線を戻した。那美恵は校長が戻した視線を受け、せっかく解説してくれた明石の話を受けてうまく話をつなげなければと思案し、回答を再開する。

 

「校長先生、あたしは最初こそは単なる興味でしたけど、着任してからのこの2ヶ月、思いはきちんとしたものになってきてると実感しています。そしてその思いは、うちの鎮守府の艤装によって、実際に深海凄艦を倒す力として、あたしやここにいる五月雨ちゃ……さん、他の艦娘仲間たち、それから提督を助けてくれました。きちんと心に思えば、うちの鎮守府ではそれが力になる。だから怖くても戦えるんです。」

 

 那美恵は深呼吸をした。そして微笑みながら続ける。

 

「あたしはこうして艦娘として今日まで無事にやってこられたけど、それはあたし一人の力じゃない。あたしは一人でなんでも出来てきたと思っていましたが、それは周りの密かな支えがあったからこそなんだと気づきました。あたし一人ではどうしようもできない状況でも仲間がいれば解決できるかもしれない。これからも怖い思いはするかもしれないけど、仲間が集まればやりきれる。あたしには仲間が必要なんです。うちの学校からも艦娘として一緒に戦ってくれる仲間が欲しいんです!」

 

 那美恵はこれぞと思って用意してきた策を使う間がなかった。校長に対しては提督のほうが効果てきめんだったのだ。結局素直に自分の感じたまま思ったままのことを話すしかなかった。事前に那美恵は提督に話をすり合わせようと言い、マイナスになる部分は書かないから言わないでとお願いをしていたが、提督はバカ正直に、策を弄するのは嫌いだと言い結局那美恵のその願いだけは聞き入れなかった。この校長に対しては、提督のような誠実さでないと立ち向かえないと那美恵は気づいた。

 

 那美恵は口から自分に似合わぬセリフを吐き出し続けながら頭の片隅でこうも思っていた。

((結局あたしは提督を自分色に染めて影響を与えるつもりが、逆に提督の影響を受けてバカ正直になってきてる。こうして、学校は違うけど後輩の五月雨ちゃんのいる前でアホみたいにまじめに自分の思いの丈を吐き出しちゃってる。そりゃ真面目な会議の場ではあたしだって形だけはちゃんと振る舞うけど、こんな素直になっちゃうのは本来のあたしじゃない。真面目ちゃんはあたしのキャラじゃないんだよぉ。ちっくしょ~提督めぇ。いつか絶対、あなた……をあたし色に染めてやる。))

 

 

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 那美恵からも思いや考えを聞いた校長は最後まで彼女の言葉を噛み締めてじっくり味わうように、頷いて聞き入っていた。その様子は最初から最後まで変わらぬ校長の態度である。そして校長は那美恵の言葉を評価した。

「そうですか。光主さんの気持ち、大変よくわかりました。あなたのお気持ちは本物のようですね。」

「え?」

 那美恵は聞き返す意図ではないが、一言だけ声に出していた。

 校長は数秒の間を作り、再び口を開いた。

「私の考えでは、正直申しましてあなた方を化物と戦わせることに反対です。そのための許可など学校として生徒に承認することはできません。」

「!!」

 ピシャリと校長は反対の意思を示した。那美恵と提督はビクッとするが、その後の校長の言葉によりこわばらせた態度をわずかに和らげる。

 

「……でもそれはお二人の言葉を聞くまでのことです。あなた方のお気持ちを聞けて、私は考えを改めようと思いました。」

「校長……!それじゃあ!?」

 那美恵が乗り出そうとすると、校長はその反応を気にせず言葉を再開する。

「えぇ。ですがその前に、私はみなさんに正直に言わなければいけないことがあります。あなた方の気持ちだけ聞いて私のことを話さないのは卑怯ですものね。それに今この時が、きっと話すべき時なのだと思ったのです。光主さん、私が時々みなさんの前で話すお話、覚えていますか?」

 校長が件の話に触れてきた。那美恵は考えていた対策をどうするか瞬時に思い出し始める。が、那美恵の行動を待つ気はない校長は話を続けた。

 

「あの話はね、実は私の体験談ではなくて、私の憧れの人たちのことなの。」

「憧れ……の人ですか?」

「えぇ。それはあなたもよくご存知で、尊敬している人よ。」

 校長のその言葉に那美恵は一瞬眉をひそめて自身が考えていたことの正解を確認しようと脳裏に思い浮かべる。校長がわずかに口元を緩ませて言及した人物は、那美恵の想像通りの人だった。

「それはね、あなたのお祖母様のことです。」

 校長の口からはっきりと実体験ではない、その体験の主のことを聞いた那美恵は唾を飲み込み、校長の話の続きを待った。

 

「あなたのお祖母様とその世代の方々の経験は、今の私たちにとってもおそらく大事なことだから、どうしてもどんな形であっても伝えたかったのです。」

「おばあちゃんの経験が……ですか?」

「えぇ。ようやくあなたたちに話すことができます。」

 

 校長はかつて起こった事件の当事者である那美恵の祖母たちから伝え聞いたことを語り始めた。

 

--- 3 校長の語りと祖母の記憶

 

「第二次大戦から70年あまり、日本において世界で初めて人ではない外的要因との本物の戦いがあったそうです。」

 

 その言葉を皮切りに校長が語った内容は、那美恵の知らぬ祖母の姿が垣間見える内容だった。

 

「あなたのお祖母様方は、その戦いに関わった大事な経験と記憶を持つ人達でした。当時は愛称もつけられるほどの伝説の小学六年生集団として人々から注目されるほどだったのに、全てに片がついた後、何故かある時期を境にパタリと人々の間から存在の記憶は途絶えてしまったのです。何があったのか、何があったがためにあなたのお祖母様たち彼女ら経験した事件が封殺されてしまったのか。そして彼女らがその後どういう人生を送ったかは、光主さん。少なくともあなたのお祖母様のことはあなた自身がよく知っているわね。」

 

「はい。」那美恵はすぐに返事をした。

 

「私が光主さんのお祖母様を知ったのは、昔の教師の先輩がその当時の事件を知って、調べた中で紹介されたときでした。その時は私もまだ教師として若かりし頃だったので、その事件のことはまったく知らずとても新鮮なもので熱心に聞き入りました。ただその時私はお祖母様やご学友の話を、ご老人たちの語るあやふやな体験談として捉えていました。」

 説明の最中、自身の思いを正直に白状する校長。

 

「そのまま時は流れ、私も教師としていくつかの学校で経験を積み、気がつけば40代になっていました。今からおよそ20年前のことです。あなたのお祖母様の話は普段の仕事の忙しさで記憶の片隅に行っていました。今にして思えば、このまま思い出すことなんてきっとないだろう。そう思っていた矢先、あることがきっかけでふと思い出しました。いえ、思い出さざるを得ませんでした。」

 那美恵は静かにコクリと唾を飲み込んで聞き入る。那美恵がチラリとソファーの向かいに視線を移すと提督たちも真剣に耳を傾けて聞く姿勢を崩さないでいる。

 

「そのきっかけは、今から30年前に初めて姿を現した、深海棲艦と呼ばれることになる突然変異の海の怪物です。」

 自身らが知っている単語が出てきたので那美恵はもちろん、提督や明石たちも目を見張った。

「深海棲艦……」

 那美恵が言葉を漏らすと校長は言葉なくコクリと頷いた。

 

「実はわたしは、深海棲艦と戦うことになる艤装装着者と名乗る人たちを遠目で見たことがあるのです。」

「あの!それってまさか初期の艦娘ですか!?」

 居ても立ってもいられなくなった明石が身を乗り出して勢い良く尋ねた。

「えぇおそらく。」

「……でもあの当時……まだ一般には……」

 自身の知識と照らしあわせてブツブツとひとりごとを言う明石。校長は明石のことを気にせず言葉を続けた。

 

「深海棲艦が初めて確認された30年前から時代は経てその10年後、私は教職者研修の一環で、海上自衛隊のある基地の敷地内で行われた、米軍後援、防衛省と総務省・厚生労働省の共同プロジェクトとされるある活動の開幕式に出席しました。私達教職者の他にも別の職種の代表と思われる集団もその開幕式に参加していたようでした。私達の前、式の舞台の中央には男女、歳もバラバラでゴテゴテと機械の塊や銃と思われる物を身につけて立っていました。中にはどう見ても小学生にしかみえない年端もいかない少女・少年も混じっているように見えました。 あの当時私たちは何が何やらまったく理解が追いつかずただ参加していただけでしたので何が起こるのだろうと式を最後まで見ていたところ、私たちはとんでもない発言を政府の人間から聞きました。そんな武装した少年少女たちが、海に現れた怪物を退治にしに行くというのです。私たちは唖然としました。非難の声すら上げられないほど驚いた我々でしたが、その瞬間私の頭には昔聞いた、封殺された事件と関わった小学生集団の話が頭に蘇りました。」

 その話に那美恵や提督は驚きを隠せないでいる。明石はさきほどの独り言をまだ続けて、校長の口にする話に何か思いを巡らせている様子をしていた。

「それが……最初の艦娘だったんですか?」と那美恵。

「えぇ。当時説明を聞いたときは、"艤装装着者"と聞きました。まだ艦娘という表現はない頃ですね。そんな彼ら彼女らが海に身を乗り出して海の上を滑っていく姿も私たちは目にしました。不思議な光景でした。きっとその場に居た誰もがこれから起こることを何から何まで不思議に思ったことでしょう。昔ゲームや漫画で見たような怪物が本当に現れる事自体理解の範疇を超えていましたので、参加していた面々には正しい理解をできた人間などいなかったことでしょう。そんな中、私の頭の中では違う思いが大部分を占めようとしていました。なぜ国は、あんな若い少年少女を怪物との戦場に送り込むのだろうと。第二次大戦以降争いらしい争いを一切経験してこなかった日本で育った私達一般市民には、到底納得いく想像や回答を見出すことは出来ませんでした。ただ一つの手がかりといいますか、何かこの状況に一石投じるにはあの事件の話を再び聞くしかないと思い浮かべました。」

 

「また……おばあちゃんに話を聞きに行ったんですか?」

「えぇ。今度は最初は私一人で光主さんのお祖母様にお話を伺いに行きました。何度か足繁く通いやっと私は彼女たちと話をさせていただけるようになりました。私はまず深海棲艦のこと、艤装装着者の事を話しました。光主さんのお祖母様方は深海棲艦のことをご存知だったようで、話はスムーズにつながりました。どうやらお祖母様を始め封殺された事件の関係者の一部には深海棲艦と艤装装着者の話は伝えられていたようなのです。どういう意図で事件の関係者に話したのかはわかりかねますが……あなたのお祖母様やその後聞きに行った元ご学友の方々は、揃って一つだけ心境を吐露してもらえました。」

 

「それって……」那美恵はそうっと尋ねる。

「昔(の自分たち)を思い出すようだと。そして彼ら彼女らが活躍した未来、自分たちと同じ運命を辿りはしないかと心配なさっていました。きっと自分たちの頃と当時の艦娘となった少年少女たちを重ねたのでしょうね。」

 祖母が艦娘(艤装装着者)と深海棲艦のことを自分が生まれる前から実は知っていた。そのことに驚きを隠せない那美恵。

 

「そして少しずつお祖母様方から当時の話を聞き出すことが出来ました。大変な事態になっているにもかかわらず感慨深く思い出に浸った様子を見せるあなたのお祖母様は、気が強そうでハツラツとしたご様子で、その表情は非常に勝ち気でエネルギッシュでした。お年を召したとは思えないものでしたよ。昔を思い出してそのようなご様子で語った時のお姿が、お祖母様が小学生だった頃の戦いの中でみせていた姿の一片だったのかもと思いました。その後語っていただけた話によると、お祖母様はもともとクラスメートの数名が事件に巻き込まれたのを聞いて、自ら進んで関わったそうです。身を隠しながら紛争をすり抜ける毎日、ただの小学生である自分たちに何ができるかわからなかった。決意したはいいけれど、もどかしかったそうです。当時大人たちは統率に欠け敵の目をかいくぐって勝手に他地方に逃げたりバラバラに立ち向かって死傷者を出したりと、子供ながらに不甲斐ない様を見て感じていたそうです。その時、どこからか謎の機械を持った男性……いえ、性別すら不詳の人物が現れて不思議な機械を託していったといいます。誰も思い当たるフシがない人物だったそうで、大人たちは不審がったそうですが、お祖母様たち子どもたちは藁にもすがる思いでその人を信じてその機械の使い方を実戦で学び続け、大人たちの危機を救って少しずつ認められていったそうです。危険だとわかっていたけれども壊された自分たちの日常生活を取り戻すために、周りの人々を救うために耐え忍んだといいます。ただまぁ子供だったのでカッコつけて目立ちたいとか、そういった子供らしい欲もあったとか。」

「アハハ……なんだか他人事とは思えないです。さすが私のおばあちゃんといいますか。そっくりですね。」

 校長の最後のセリフに那美恵は注目して軽い口ぶりになって反応した。シリアスな話ではあったが、那美恵の反応に釣られて校長もにこやかな表情をして那美恵に返した。

「フフッ、そうね。でもどちらかというと、あなたがおばあちゃんに似てるというべきかしら。」

「うっ……そ、そうですよね~!」おどける那美恵。

 

「その後、お祖母様たち小学生から拡大して中学生・高校生と協力者は広まっていき、全員が一丸となって奮闘したおかげで、人外を撃退し、被害はその地域だけで済んでそれ以上は広がらずに事件はかたがついたそうです。と、ここまで話しましたが、光主さんは大体はご存知ですよね?」

「ええと、はい。でも知らないところも結構ありました。というかあたしがおばあちゃんから聞いた時は小さい頃だったので……多分忘れてたこともあったかと。」

「そうですか。それではこれから続けることも光主さんにとってはご存知のこと半分、初めて知ること半分かもしれませんね。」

 そう那美恵に対して言葉をかける校長。そして続けた。

 

「ようやくすべて撃退して事件が片付きました。その地域だけとはいえ、大勢の人が怪我をし死んでいき、その爪あとは多大なものであったそうです。その後国や県から表彰されると思っていたところ、真逆の対応をされたそうです。その地域の学生全員に精神分析の検査がなされ、人外の敵が残していったものなど事件の痕跡あるものはすべて政府やアメリカが没収していきました。アメリカの手回しで国際的なニュースにこそなりませんでしたが、国連の安全保安局まで通じて持ちこまれて、秘密裏に議論が設けられ事件が起きた日本のその地域には徹底した言論統制、そして不必要に話題に触れた者に対しては弾圧に近い処罰がくだされたそうです。そのせいでその事件から1年ほど立つ頃には、人々の記憶からなくなり、完全に闇に葬られた形の事件となりました。」

「そんなことが……まったく知らなかったです。おばあちゃんはそんなことまで語ってくれませんでした。」

 苦虫を噛みつぶしたような険しい顔になっていた那美恵の吐露に校長は頷いたのち述べた。

「おそらくですが、孫娘のあなたには戦いの辛い面までは聞かせたくなかったのだと思いますよ。」

 校長の言葉は、那美恵自身も今にして思えばそうだったのだろうと想像できるところであった。祖母の密やかな気遣いを想像して今は亡き祖母に心の中で感謝する那美恵だった。

 

「お祖母様やご学友の方々は悔しかったそうです。単に活躍をひけらかしたいわけではない。自分たちの存在を通して初めての人外との接触や辛い事件を知って欲しかった。私に語る時もその声色の変化でわかりました。トラウマにも近い感情を抱かせてしまったことに私は申し訳なく思いましたが、それでもお祖母様方は話してくださったのです。関係者の大半の人が精神的に病んだり弾圧に耐えかねて密かに引っ越して行方をくらます中、唯一のちのちに残る形で夢を叶えて精力的に活躍をなさったのが、光主さん、あなたのお祖母様なのです。」

「……はい。知ってます。」

「封じられた栄光を蒸し返すのは一旦諦め、自身の夢だったアイドルを目指して奮起して数年かけてアイドルの下積みからのし上がったそうです。一世を風靡したとは言えない、それなりの人気でもって活躍した普通のアイドルだったそうですが、それでも光主さんのお祖母様は念願叶って掴み取った夢を徹底的にやりぬいたそうです。そして彼女も年を取り、アイドルから舞台女優に転身し、50代で引退したそうです。それなりの地位と名声を手にしたことで、非常に充実した引退後の生活を送ったそうです。」

 校長の語る祖母像を那美恵は半分ほどは本当に知らなかった。祖母があえて語らなかった点もあるのかと、校長の言葉を聞いて初めて気づいたのだった。

 

「彼女が50代になる頃には政府もだいぶ人が入れ替わり、封殺された事件を知る者・関係者への弾圧をする者はもはやなくなっていました。お祖母様は様子を見て事件の真相を語ろうとしたそうですが、誰がどこで見聞きしているかわからない、平和一色なその時代、あえて語っていらぬ遺恨や災いを呼び覚ます必要もないだろうとして事件のことは胸にしまったそうです。しかしその事件のことを連想してしまう出来事が今から30年前に発生したのです。」

 そこまで校長が語って触れた話を聞いて、那美恵や提督の頭の中で話の糸がつながったと感じた。

「それが……深海棲艦の出現と初めての艦娘なんですね。」

 那美恵が発言する前に提督が口にして正解を求めた。校長は頷いて続ける。

「えぇ。すでに70代の高齢になっていた彼女のもとにどこからか話を聞きつけた記者や元政府の高官と名乗る人物が度々訪れたそうです。私と同じように考えた人がいたということなのでしょうね。なんらかの参考にしようとした、しかし彼らは心のどこかで彼女らの関わった事件を不審に思い、信じていなかったのでしょう。聞きに来る人達の中の態度に現れるそういう気持ちに気づいたあなたのお祖母様や、催促されて仕方なしにお祖母様が紹介した元ご学友とその世代の方々は、語ろうとしていた口を再び閉ざしてしまったそうです。」

「そんなことが……。」

 那美恵は校長の語る祖母と祖母のまわりの出来事に驚きを隠せないでいる。校長は那美恵の相槌を受けて語りを再開する。

 

「あなたなんか生まれてない頃ですよ。西脇さんだってまだ学生の頃の話でしょうし。」

「あ……はい。恥ずかしながらそんな昔にはまったく興味がなかったですし存じ上げませんでした。」

 提督が自身の当時の境遇を白状すると、近い世代の妙高や明石も頷く。フォローとばかりに明石は補足した。

「一般に艦娘……艤装装着者のことが知られるようになったのはその20年前の開幕式からもっと後の時期だったはずです。ですから提督や妙高さんらがご存じないのも無理はないかと思いますよ。」

 

 明石の解説に相槌を打って校長は再び口を開いた。

「そういう態度の悪い前例があったために、最初私はお祖母様たちに断られていたんです。でも熱意を持ってあなたのお祖母様や当時のご学友の方々に頭を下げてお願いして回りました。これからの世代の子供達に教えるべき、伝え継いでいくべき世の中の真実、その好例だと説得してね。私達の思いが通じたのか、重い口を開いて丁寧に語ってくれました。その戦いであなたのお祖母様をはじめ、多くの人の心に深い悲しみや怒りといった遺恨、そして被害者を残したこと、封殺されて語ることすら許されなかった思いを語っていただけました。彼女らの中には心に溜め込みすぎたために心身を病む方もおり、心の中では辛い記憶であっても吐き出して誰かに知っておいてもらいたいという本音があったそうです。ですから私はそういう気持ちを汲んで、我々教師が実名は伏せてこの事件の真相と、ここから見い出せる命や絆、日常生活の大切さを、深海棲艦と戦うことになるかもしれないこれからの子どもたちに説くことの決意を表しました。同じ境遇にはさせない・あなた方に辛い思い出を蒸し返させない、未来は必ず私たちが守りますと。私がそう言ったときのお祖母様方は今でも忘れられないくらいの満面の笑みでした。すごく安心したという表情を浮かべていらっしゃいました。」

 

 那美恵は、祖母が決して語らなかったいくつかの事実を校長から聞くことができた。校長は那美恵の祖母らの体験を自分の手柄かのように捉えていたのではなかった。むしろ那美恵の祖母らを守りながら後世にまでその話を伝えるために、陰ながら支えていたのだ。祖母がその体験を話すときは明るく楽しそうに話していたが、実のところ話すのも辛いこともあったのかと、那美恵は気軽に考えて憧れて話をせがんでいた自分を恥じた。

 

 

「ですが私にとっては実感のない借り物の体験談であり、本当の記憶ではありません。ですから当事者がどういう思いで戦いに携わったのか、推し量ることはできても正しい理解はきっとできていないでしょう。多分、今回も同じです。」

 那美恵はなんとか言葉を紡ぎ出そうとするが、それが出てこない。那美恵たちがリアクションできないその様子は校長の語りをさらに続けさせる要素になっていた。

「その当時のことを聞いた時ですら、私たちにとっては理解の範疇を超えたとんでもない出来事でした。ですからその当時の教師は貴重な記憶をとにかく語り継いで事件を風化させないことで守ってきました。それと同時に深海棲艦と戦おうとする艤装装着者になろうと安易に考える子どもたちに命の大切さを説いてきました。私達の役目は今後も変わらないでしょう。ですが私達が語り継ぐのにはいずれ限界が来ます。だから30年前からの深海棲艦の出現、20年前から始まった艤装装着者と深海棲艦との戦い。艤装装着者……艦娘たちの戦いの記録・記憶も、次の世代の誰かが同じように語り継いで守っていかなければならないと思うのです。もしかしたら深海棲艦根絶後に、光主さんのお祖母様方が経験したような弾圧めいたことが繰り返されるかもしれない。次世代にまた戦いがありその時また子どもたちが安易に危険に身を乗り出すかもしれない。そう考えると怖いとは思いませんか?」

 那美恵たちはもはや言葉なく頷いて同意を示すのみになっている。

 

「お祖母様や私の世代ではやりきれなかったことを、光主さん、あなただけではなく西脇さん、そしてそちらのお三方、あなた方の世代が担うべきなのだと思います。光主さん。私はね、ただむやみに反対していたのではないのですよ。あなたは生徒会長として、あの方のお孫さんとして評判負けすることなく、学内外で評判良いのは知っています。あなたは大変出来る方です。いつかあなたもお祖母様のように何らかの大事に巻き込まれるか憧れるかして、関わる未来が待ち受けているかもしれない。あなたがあの方のお孫さんだということを知った時、なんとなく感じていました。でもそれがまさか私の任期中、あなたの高校在学中になるとは思いもよりませんでした。あの人のお孫さんが、軽い気持ちで艦娘と深海凄艦の戦いに関わっているのだとしたら、傷ついたり下手をすればあなたが戦死してしまった時に、あの人やご両親に申し訳が立たないと思っていたからです。」

 

 一呼吸置いて、校長は続けた。

「ですから私は語り継いだ記憶と私の信念に従って一度は拒みました。でも……先ほどのあなたと西脇さんのお気持ちを聞いて、私はあなた方を信じて託してもいいかもしれないと思いました。ですから私が過去にあなたのお祖母様から伝え聞いたこと、そして深海棲艦と艦娘のことを話しました。」

「校長先生……。」

「光主さん、あなたはきちんと意識し、周りに良い影響を与えて過ごしてきたんですね。3ヶ月前に西脇さんと一緒に私を説得しに来たときのあなたとは、まるで違うとひと目でわかりました。」

 

 珍しく照れまくり、恥ずかしそうに那美恵はつぶやいた。

「そ、そうなんですか……?」

「えぇ。私はこれでも何百人・何千人の生徒をこれまで送り出してきたんですよ。生徒の些細な違いくらいわかります。この2~3ヶ月の間の艦娘の経験は、あなたにとって本物になれるよい経験だったのですね。」

 

「エヘヘ。ちょっと恥ずかしいです……。」

 那美恵は照れ隠しになにか言おうとしたが言葉が出てこない。校長はゆっくり目を閉じつつ語り、そして開いてまっすぐ那美恵を見る。

「憧れた人のお孫さんが、彼女と同じように戦いに加わり、記憶を紡いでいく……。運命と言ったらかっこよすぎかしら? 光主さんのお祖母様が打ち明け私たちが語り継いできた記憶はもう本物の歴史に乗ることのない失われた記録になってしまうでしょうが、あなたたちのは違います。世間に艦娘のことがある程度知られている現在、ありえないと思えてしまう戦いを本当に経験している当事者なんです。歴史に残り得る戦いだから、あなたたち自身でしっかり決着をつけてそして語り継いでいって下さい。世界中の海が荒らされているのですからね。」

 

「はい。あたしは西脇提督のもとで、やりきってみせます。」

「校長先生、俺…いや私も、彼女たちが安心して安全に戦い、そして無事に帰ってこられて心休める場所にできるよう努めます。あと、語り継ぐのもお任せ下さい。ですので……」

 提督が校長の返事を急くと、その前に校長が一言を発した。

 

 

--- 4 待ち望んだ言葉]

 

「西脇さん。鎮守府Aとの提携、承知いたしました。」

 

「!!」

 待ち望んでいた言葉が、那美恵や提督たちの耳に飛び込んできた。

 

 

「私達があなた達の関わる戦いで携われるのは、もはやこれしかないのだと痛感しております。事件の記憶を語り継いで子どもたちに命の大切さを説くならば、今こそ私達教育に携わる者たちは艤装装着者、艦娘になる学生たちを私達が持つ権威・権限で守ることなのだと思います。西脇さん、戦いに従事するかもしれない学生たちを守るその制度に、我が校も加えて下さい。よろしくお願い致します。本校から協力させる生徒の身の上のことは、本校が責任をもって引き受けます。」

 

「校長先生!こちらこそ、よろしくお願い致します!!」

 提督はソファーから立ち上がり、深く頭を下げて校長に感謝の意を表した。提督が立ち上がった後、すぐに妙高や明石そして五月雨も同じように立ち上がって頭を下げた。

 

「私や西脇さんを始めとして今生きている日本人はほぼ全員が、戦いを経験していない世代です。ですからうかつなことを言ってしまえば、150年前の太平洋戦争や70~80年前の戦いを経験された方からすれば的外れで逆鱗に触れかねない実態の伴わぬ言葉になってしまうかもしれません。これから戦いに関わる方々の意識を削いでしまうかもしれません。戦いには怪我も死もついてまわるはずです。特に深海凄艦という化け物と戦うのです。ですから私からあなた方にかけてあげられる言葉は、無理はしないで、自分たちの命や生活をまず大切に、ということです。」

 

 校長の言に反論して、というよりフォローするかのように明石が説明しだした。

「あのですね!艤装は装着者の安全を守るために長年改良されてきています。その結果死亡事故は今ではほとんどなくなりましたのでそこは安心していただけたらと!」

 

 そういう明石に対して校長は頭を横に振り、彼女の言を指摘し始めた。それは当たり前の内容だった。

「明石さん、そうはおっしゃいますがね。私は艤装という機械のことは正直全然わかりませんけれど、人の作るものに絶対とか完璧はありえないと思いませんか?」

「そ、それは……そうですけれど……。」

 反論できずに言いよどむ明石。

「私はですね、学生には常日頃、完璧を目指す・信じるのではなく最高の妥協点を見出して物事と付き合っていけと説いています。私達人間が欠点だらけなのです。そんな私達から創りだされる物だって欠点はありえます。明石さんには申し訳ないですが、その艤装もきっと同じはずです。」

 技術者として、人間として痛いところを突かれ続けている明石は言い返せずに校長の言葉を受け止めた。明石の表情を伺いつつ校長は言葉を続ける。

 

「なるべく怪我しない、極力死なないためにも、自分とその艤装の限界を知って、過信しないで付き合っていってほしいのです。そうでないと、過信してしまったその人には不幸しか待っていない。そんな気がするのです。」

 

 技術畑で育ってきた明石、そして提督は本業での経験上それをわかっていた。そのため言い返すことはできなかった。二人とも自身らの経験を頭に思い浮かべていた。エンドユーザーに若干の違いあれど顧客に不安をいただかせない・気持よく目的を達成してもらうために、プログラムも機器であっても相当な時間をかけてテスト、そしてバグ取りをする。特に明石は、装着者の命に関わる機器を製造・管理を担当する重要な立場の会社の人間なので、まだ入社数年しか経っていない彼女とはいえ、その数年揉まれた経験でやっと身にしみて理解できるようになっていた。

 

 

--

 

「西脇さん、約束してください。光主さんやこれから艦娘になるかもしれない子供たちをどうかその一番身近な立場の人間として、あなたの権威や権力でもって守ってあげて下さい。そしてこれから艦娘になるであろう人には、きちんとその目的を理解し意欲のある子たちだけを迎え入れて下さい。そうでないと後々つらくなるのはその子らだけでなく直接の責任者である西脇さん、あなたもなのですよ?」

「は、はい……。」

 提督は30をすぎてまさか学校の先生から叱咤されるとは思わず、額の汗を拭いつつ頼りなさげな声で返事をするしかできなかった。

 

 校長は那美恵、そして那美恵の近くによっていた三千花の方を向いて二人にも叱咤する。

「光主さん。学校の生徒会の仕事も普段の学生生活も大変でしょうけど、あたなが選んで進む道だからしっかりやり遂げるのですよ? 弱音は吐くのはかまいません。でもそれは、もっとも心から信頼できる人の前でだけになさい。あなたの普段のキャラクターは、そうではないのでしょ?」

「あー、エヘヘ。はい。」

 普段の自分を見透かされたかのように言われ、那美恵は困り笑いしかできないでいた。校長はニッコリと微笑んで那美恵を見、そして次は三千花に視線を移した。

 

「……それから中村さんでしたか。」

「はい。」

「副会長として、会長の補佐引き続きよろしくおねがいしますね。光主さんが安心して艦娘として戦えるよう助けてあげて下さい。」

「はい。わかりました。なみえとは親友ですので、もとよりそのつもりです。」

 そういう三千花の目は、強い意志が見て取れる引き締まった表情の一部であり、凛々しいものになっていた。三千花が那美恵の親友だということを知ると、校長はニコっと笑い三千花に言った。

「そうでしたか。光主さんのお友達でしたか。でしたらそれ以上は申しません。きっとわかっているでしょうから。」

「あの……校長先生のお話、大変感銘を受けました! だから、私は校長先生のように那美恵のしてきたこと、これからすることを、周りの人に伝えていこうと思います。」

 三千花から決意を聞くと、校長は静かに頷いた。

 

 そして校長は提督の方に視線を戻し、提督に再び依頼の言葉を発した。

「改めまして西脇さん。わが校と提携していただけますよう、よろしくお願い致します。」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。」

 

 提督と校長は強く握手をし合った。

 

 

--- 5 大団円]

 

 握手をするために立ち上がっていた提督と校長が校長室のソファーに腰掛けると、空気は一気に変わり、全員の緊張の糸がほどけたように開放的になった。

 

「なみえーー!!よかったじゃない!」

「うわぁ!みっちゃん!?」

 急に三千花に抱きつかれ、驚きを隠せない那美恵。親友がそんなに感情を露わにするのは珍しかったからだ。一方で提督は先程までの硬い表情から打って変わって安堵の溜息をついていた。そして側にいた五月雨たちと喜びを分かち合っている。

 

 那美恵と三千花は提督のほうに向き、今後のことに触れた。

「提督、これからうちの学校と、よろしくね!」

「あぁ。こちらこそ、うちの鎮守府のこれからに協力してくれ。期待しているよ。光主さ……いいや。那珂。」

「うん!任せて!」

 

 提督と声を掛け合ってニコニコしていた那美恵はふと思い出したことがあり、妙高の隣にいた五月雨に向かって言った。

「あーそういえば五月雨ちゃん。」

「はい?」

「ここで!あたしが!話したこととか!あたしの態度は!ぜーーったいに!時雨ちゃんたち他の子には言わないでよぉ!?」

 那美恵は、顔を五月雨におもいっきり近づけて目が笑ってない笑顔で釘を挿す。

「アハハ……はい。もちろん言いませんよ~。」苦笑いしながらたじろぐ五月雨。

 皆に今回の恥ずかしい自分の様を知られたくないための念押しだが、基本真面目で口が固い五月雨のことだからこれで大丈夫だろうと、那美恵はひとまず安心することにした。

 

 続けて五月雨が気になったことを口にした。それは一同がすっかり忘れていたことでもあった。

「ところで、これから那珂さ……光主さんたちはうちの学校の時と同じように、顧問になる先生と、艦娘になってくれる生徒を探すことになるんですよね?」

 

 五月雨の素朴な疑問に真っ先に表情を変えて反応したのは那美恵だ。

「あ。そうだ!顧問になってくれる先生も探さなきゃいけないんだ!!」

 自分としたことが、艦娘になってくれる生徒と校長のことだけしか考えていなかった!と、那美恵は我ながら呆れた。

 

 その様子を見てフフッと笑みを漏らした校長は教頭を近くに呼び寄せ伝えた。

「教頭先生、後日臨時で職員会議を開きます。さしあたってはのちほど先生方に、鎮守府Aと提携する旨、簡単に伝えておいて下さい。正式な案内は私から会議の場で改めて伝えます。艦娘部の顧問になる意志のある先生を再び募りましょう。」

 そして校長は提督の方を向き、提携に際して必要な書類や手続きの確認を求めた。提督は防衛省からもらっていた学生艦娘制度の別の資料を取り出し、校長に見せて確認してもらうことにした。

 

 

 提携を決めたことで、那美恵の高校は以後、自身の学校から艦娘を輩出したときにその学生の普段の生活を支援するための規則や運用を設けることが推奨される(義務ではない)。それは鎮守府としては直接関与しない部分のことである。

 そして鎮守府は大本営(防衛省)と総務省・厚生労働省にこの事を連絡し、補助金申請書類を学校の代わりに提出し、与えるところまでを提携の業務とする。

 

 

--

 

 打ち合わせが終わり、那美恵と三千花は提督たちを案内して校長室を出て玄関へと向かった。

 

「今日はありがとう。俺の力だけじゃこの交渉は絶対成り立たなかったよ。那珂……いや光主さん、君の本当の思いや周りの方々との関係性に助けられた。」

「アハハ、なんか改まって言われるとはずかしーね。ううん、どーいたしまして。」

「それにしても君のお祖母さんがあんな経験をされていたなんてね。今回は興味深いお話を聞かせてもらったよ。」

「エヘヘ。あたしも知らなかったおばあちゃんの話が聞けたからよかったと思ってるよ。」

 提督が先刻の打ち合わせ時の那美恵の祖母の話題に触れる。提督の言に那美恵がやや固めの笑い顔をしていると、提督の言葉に五月雨や明石たちが乗ってきた。

「そーですよねぇ!校長先生の言葉じゃないですけど、光主さんが艦娘になったのって、なんだか運命っていうのもうなづけますよね!私そういうの好きです。」五月雨は素直な興奮で目を輝かせて弾んだ声で言った。

「こちらの校長先生もすごいです!だって初期の艦娘をご存知なんですよ!20年前当時はまったく知られてなかったはずのプロジェクトの開幕式に招かれていた一人だったなんて恵まれすぎてますよ!うちの会社でも当時の艤装装着者関連の出来事を見聞きしてる人いないのに……。校長先生にお話また伺いに来たいですね~。提督、今度私もまた同行しちゃいけませんかね?」

「明石さんは絶対暴走してしゃべりまくるからダメ。」

「え~~純粋に私は知識欲と技術欲なんですけどね~~。ま~いいですけど。」

 明石も五月雨とは違う意味、自身が胸に秘める欲でもって興奮で胸を踊らせながら提督に詰め寄る勢いで喋る。が提督は明石の自身への付き添いという名の乱入を未然に防ぐためピシャリと拒絶した。提督からの警めに明石は口を尖らせてスネてみせるも、すぐに思考を切り替えて話題を締めるのだった。

 校門までの僅かな距離、校庭など回りには体育の授業のために他の生徒がおり見ているが那美恵らは一切気にせず打ち合わせ時の事にすれて会話をして歩を進め、そして校門まで来た。別れの言葉の前に再び軽く雑談をする。

 

「それじゃあ、またな。ほんっとありがとう。」

「だから~。いいって別にぃ。あたしのほうこそ提携してもらえて助かるんだから。感謝を言いまくりたいのはあたしのほうなんだよ?提督にはいつかお返ししないとね~。那珂ちゃんとしてイロイロサービスしちゃおっかなぁ~?」

「君のことから変なよからぬこと考えてるんじゃないか不安になってしまうなぁ。せめて次こちらに来た時の案内はしてもらいたいな。」

「うん。まっかせてよ。あたしがまた懇切丁寧に案内してあげるよ?また皆で来てよ。艦娘部絡みなら学外の人でも問題ないでしょ~し。」

 両手を後ろで組み前かがみになって上半身を近づけ、那美恵は意地悪そうに上目遣いで提督を茶化した。

「ハハッ。あぁ、その時はまたよろしく頼むよ、那珂。」

 すると提督は那美恵の口ぶりに苦笑しつつも言葉を返し、そしてちょうどいい位置にあった那美恵の頭に手を添えておもむろに軽く撫でた。

 

 

「!!」

 提督のゴツゴツとした手が那美恵の頭をそうっと2~3度左右往復する。それに合わせて那美恵の髪が僅かにたゆんで乱れる。予想だにしていなかった目の前の異性の行為に那美恵は瞬時に目を点にして顔をゆでダコのように真っ赤にした。そして提督を上目づかいで黙って見上げる、というよりも睨みつけた。まさかそんなことをされるとは思っていなかったため、完全な不意打ちであった。

 

 那美恵が今まで見たことないような照れ具合をしたのを目の当たりにし、提督はうっかり五月雨や夕立らにするように自然にしてしまったことに気づき、那美恵にすぐに謝った。

「あ……すまない!うっかり。」

「う、ううん……わざとじゃないんなら、いい。気にしない……でいてあげる。」

 睨んではみたが那美恵の態度は照れによって非常に柔らかいものであった。心臓の鼓動は破裂するのかと思うほど早まっていた。片手はスカートをギュッと掴み、もう片方の手では胸元に手を当てて密かにセーターを握りしめる。那美恵は顔が熱くなり心臓や心がふつふつと燃えるような思いを沸き上がらせていた。

 左後方では三千花もその突然の出来事を間近で見て唖然としていた。それ自体にも驚いていたが親友が本気の本気で照れていることにも驚きを隠せないでいた。10数年も付き合いがある間柄であったが、三千花は目の前の那美恵の軽さ・おちゃらけさよりも遥かにしおらしさ・こいつもこんなに乙女チックに振る舞えるんじゃんとツッコみたくなるような生娘のごとく恥じらう様を見たのは初めてだった。普通に恥じらう程度であれば今までも見たことがあったが、この場で親友の身に起こったことは、初めての春ゆえのことなのかもと感じていた。

 

 当事者とその周辺がドギマギして微妙な間の沈黙を作っているその端で、見ていた妙高が提督に諫言する。

「提督、その……子どもたちの頭を撫でるの、お控えになったほうがよろしいかと思いますよ?家族以外の人に頭触られるの嫌な子いるでしょうし。……五月雨ちゃんはどう?」

 急に振られた五月雨は照れつつも、提督のその仕草についてフォローする。

「あぇ!? ええと私は……嫌ではないので~アハハ。」

「まぁ五月雨ちゃんの歳ぐらいだったらまだいいかもしれませんけど、さすがに光主さんくらいの高校生の娘を撫でるのはどうかと。」

 普段であれば軽口を叩く那美恵は顔をまだ少し赤みを帯びさせ、言葉を出せないでいた。そんな那珂を見て妙高は素で気にかけていた。傍で見ていた明石が妙高にまぁまぁ、とだけ言ってなだめ、そして那美恵の代わりに軽口を叩く。

 

「提督、私の頭はどんどん撫でてもいいですよ? むしろ撫でてくれると新装備開発のグレードがアップする特典が付きますよ。」

 明石が本気なのか悪乗りなのかわからない口ぶりで提督を茶化すと提督は

「いやいや。さすがにあんたにはやらないぞ?どんなプレイだよ。」

と一蹴する。その場には苦笑いが広がったが妙高の視線はまだ温かくはなく、それにすぐに気づいた提督は一言謝した。妙高がフゥ…と一つため息をついて表情を柔らかくして口の両端を緩やかに伸ばして上げたのを見て、提督や他のメンツはようやく雰囲気が落ち着いて戻ったと察した。

 そして提督らは校門を一歩、二歩とまたいで歩道に出た。那美恵と三千花は校門の手前の校庭側に立っている。

「じゃあまたねー提督!またあとで鎮守府行くからー!」

「あぁ。次の任務は五十鈴や時雨たちでなんとか回すから、那珂は自分の学校の艦娘部設立に専念してくれていいぞ。」

「ありがと!」

「それじゃあまた後日こちらに伺うけど、その時はよろしく。…あぁ、それとこの前質問してきたことな、大本営から回答来たぞ。条件付きでOKだと。詳細はあとで教えるから。」

 提督は思い出したことを別れ際に口にした。それは見学時に那美恵がしていた質問への回答であった。那美恵はそれに大きく頷いて承知する。それを別れの合図と受け取り、提督ら4人は高校の校門から離れ歩道を歩いていった。那美恵と三千花は提督らが見えなくなるまでそこで見送った。

 

「最後に提督が言ったことって、艤装のこと?」

「うん。どうやら学校に持ってきてもいいみたいな言い方だったよね~。すべてがうまく事が運びそう~」

 踵を返して校舎へ戻る那美恵と三千花。那美恵の足取りは非常に軽いもので傍から見る浮き足立っているようだった。それを見て三千花は一言発する。

「ねぇ、なみえ。」

「うん?なぁに?」

  親友の表情を見た途端、三千花は言おう・尋ねようと思っていた言葉を飲み込むことにした。親友の見せた笑顔があまりにも眩しく、あえて触れるのは野暮なことだと気づいたのだった。

「うーえっとさ、まぁ、いろいろよかったね、順調で。」

「ん~~? たま~にみっちゃんの言いたいことわからんときあるけど……まいいや。うんうん、順調そのものだよぉ~~。早くわこちゃんと三戸くんにも伝えたいねぇ。」

「うん、そうだね。」

 三千花と那美恵は軽いやりとりをしながら、校舎に入っていった。

 

 

--

 

 那美恵と三千花が校舎に戻って提督らが帰ったことを伝えるために校長室に戻ると、そこにいたのは校長のみだった。

「校長先生、西脇さんたち帰りました。」

「そう。お見送りご苦労様でした。それでは授業に戻りなさい。」

「「はい。」」

 

 那美恵と三千花は挨拶をして校長室を出ようとする。ふと那美恵は立ち止まり、校長の方を向いておそるおそる声をかけた。

「あの……校長先生?」

「はい、なんですか?」すでに椅子に座っていた校長は顔を上げて那美恵に視線を向けた。

「ええとあの~。祖母のこと、あたしが知らないことたくさん教えていただきありがとうございました!今思えば、おばあちゃんからもっと色々聞いておけばよかったなぁと思いました。そうすればおばあちゃんのこと、小さい頃にもっともっと好きになれたかもです。でも、今日の打合せで聞けてもっと好きになりました。」

「フフッ。お辛い記憶でも、孫娘のあなたにとっては大事なお祖母様の一部ですものね。私もいつかあなたに話してあげられたらなと思っていたので、今日の打合せは良いきっかけでしたよ。」

「あのぉ……またいつか、おばあちゃんのことお話聞きに来てもいいですか?」

「えぇ構いませんよ。」

 校長の許可を得て那美恵はパァッと表情を明るくして満面の笑みになる。

 

「「失礼しました。」」

 那美恵と三千花は退室の挨拶をして、今度こそ校長室を退出して教室へと戻っていった。

 

--

 

 校長と提督の交渉は無事に終わった。那美恵たちは残りの授業に戻りそして放課後、生徒会室にて書記の二人に結果を伝えた。

 

「マジっすか!?うおおーさすが会長!!」

 書記の二人、三戸と和子も喜びに沸き立つ。

「二人ともほんっとにありがとー!二人の報告書がなかったら絶対うまくいってなかったよぉ~!」

「よかったぁ……会長と提督のお役に立てたのなら、私達も協力した甲斐がありました。」

 那美恵は三戸と和子の手を握ってブンブンと振り喜びを伝えた。和子は握られていない方の手で胸をなでおろして静かに喜びを表した。

 

「きっと会長と提督さん、すんごい巧みな交渉術で校長を打ち負かしたんっすね?あ~~俺もその場にいたかったなぁ!」

 三戸は腕を組み虚空を見ながら言った。交渉の内容が気になったのだ。そんな三戸の暗黙の催促にビクッとする那美恵、そしてそんな那美恵をチラリと意地悪そうな視線を送る三千花。

「うん。那美恵の言葉、すっごかったわよ。西脇提督も見とれちゃうほどだったよ~」

「みっちゃぁん!!」那美恵は口をとがらせて三千花を睨みつける。

「アハハ。ごめんごめん。」

 友人のことだから多分言わないとわかってはいたが、那美恵は語気を荒らげて半泣き状態で軽く怒って三千花を制止した。なぜ会長が怒るのか、書記の二人はサッパリ変わらずに?な顔で二人を交互に見渡すのみであった。

 

「な、何かあったんすか?」気になる三戸。

「うーん。那美恵の名誉のためにもノーコメントってことで。」

「……何かあったんですね。まぁ細かいことは私達も聞きませんけど。」

 一応形だけはノーコメントを貫く三千花だが、その言い方ではさすがにナニかあったのですと言わんばかりなので、和子は気づいたが察するだけにしてそっとしておくことにした。

 

 頬をぷくーっとふくらませてふくれっ面で三千花を睨みつける那美恵だったが、すぐに冷静になり、口を開いた。

「わこちゃんありがと。そうしてくれると助かるぅ。……さて、でもこれで終わったわけじゃないよ。むしろこれからだよ。」

 

 那美恵へのからかいはほどほどに、三千花も気持ちを切り替えて頷く。書記の二人もそれに続いた。

「えぇ。艦娘になってくれそうな人を集めなきゃいけないのよね?」

「うん。やっと、これから○○高校艦娘部が動き出すんだよ。みんな、生徒会の仕事もあるけど、できたらあたしにきょうry

 

 那美恵の言葉を途中で遮って、三千花や三戸、和子は彼女にその意思を伝えた。

「なみえ、私はあなたに協力し続けるよ。あなたがもういいって言うか、死ぬまで協力してあげるんだから。覚悟しなさいよね?」

「うちの高校から会長以外にも艦娘が……くぅ~なんかワクワクする!俺も全力で協力しますよ?」

「私もです。艦娘部がうちの高校の伝統になれば、学校もきっとさらに良くなりますし。私達も有名になれるかもしれませんよ?」

 

「そうなったらなみえ。おばあちゃんと同じ夢、歩めるかもよ。小さいころからの夢だったでしょ?」

 

「……うん。そーだね。でもそのためにあたしはまだまだ那珂としてあの鎮守府で活躍しないといけない。夢のために戦うにせよ、世界のために戦うにせよ、あたし一人の力じゃ続けられない。一緒に戦ってくれる仲間が必要なんだもん。夢は戦いが終わってからでもいーかなって、さっき校長が話してくれたおばあちゃんの話で思ったの。もちろん艦娘の活動する間に、努力に見合うだけの報酬として、アイドルや女優になれればっていうのが、今想像するベストかなぁ。」

 三人にそう語る那美恵の表情は僅かに憂いを含んだ、どこかさみしげな色を見せる笑顔だった。

「会長だったら、艦娘やりながらアイドルってのもふつーに実現できそうでおっそろしいなぁ~。そうなったら俺ら、アイドルの知り合いってことだし。」

 三戸はアイドルという言葉に乗って想像をしてみるのだった。

 

 和子は今後の展開について那美恵に確認した。

「会長。それで艦娘部設立に向けて今後はどうしましょう?」

「そうそう。それだよわこちゃん。今日は始まりの始まりってだけだしね。」

「俺達だけですぐできそうなことってないっすかね?」と三戸。

 那美恵はうーんと唸りながら3~4秒して答える。

「先生たちのほうの都合もあるだろーし、今は何もないかな。」

 

 その日は校長を説得して鎮守府Aと高校が提携できる決まった日なだけであり、艦娘部設立はこれからが本番だということを改めて意識した4人。夕方にかかるその日のその時間、それ以上の進展はなかった。やることはないがために、那美恵と三千花はまだ冷めやらぬ興奮の発散のしどころを見出せないででいる。これ以上話していても冷静になれないと判断し、一息ついてクールダウンするために帰宅の途につくことを決めた。

 帰路、久々に生徒会メンバー4人で一緒に帰り道をのんびりと歩む。どうしても興奮収まらない那美恵は3人を途中にあるカラオケ店に誘い、しばし気分を発散させた後帰宅した。

 

 その日の夜、那美恵はまだ興奮が冷めていなかったため、中々寝付けないでいた。そのため翌日は珍しく寝坊し、慌てて朝ごはんを口にして飛び出す光景が繰り広げられるのだった。


 
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