No.820860

風の話

01_yumiyaさん

ロビン中心。独自解釈、独自世界観。だいたい捏造を通り過ぎた何か。捏造耐性ある人向け

2015-12-25 23:31:40 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1067   閲覧ユーザー数:1025

「【誰も彼もが弟ばかりを気にかけて、私を認めるものなどいなかった。何もかもを疎ましく思っていた。それなのに私を1番認めていたのは、他でもない憎い憎い弟だった】ってとこかな」

 

ふうと息を吐き出して、戯曲のようだと目を瞑る。

ボクは再度息を吐き出しながら、こつんと石の壁に寄りかかった。

石壁の冷たさを身体で感じとる。

 

いかに優れた人間でも、時には我を忘れるものだ。その人が優秀であればあるほど、起きる騒ぎは派手になる。

そんな騒ぎから始まった風隠の森のゴタゴタは、ある程度の方向性が決まり始めたようだ。

まだまだ問題はあるのだが、そこらへんは当人たちが解決すること。赤の他人が口を挟む事案ではない。

ならば自分はお役ご免だろうと、彼らから離れまたふらふらと出歩くことにしたのだが。

 

「なあ、」

 

ああそういえば、最近恨み辛みを語る黒いうさぎを見かけたな。

あのうさぎと某所に出た兄妹の両親の幽霊は似たようなことを口走る。ならばやはりあの幽霊は悪霊の類なのだろうか。

 

「おーい、」

 

もともと化けて出てくる幽霊なんか己の欲を満たすことのみ考える。生前からそうだった場合、タチの悪い物体になり果てるだけか。

霊魂の類が生者に干渉するとロクなことにならないのは世の常というもの。

案の定、全てを無にするくだらない話と化していた。

 

「だあもう!」

 

ぼんやり逃避をしていたら、ガシャンと鉄格子を蹴られる。

驚いてそちらに顔を向ければ、憤慨したような表情でこちらを睨む人がいた。

 

「なあ!外の人間ってメシ食わないのか?せっかく用意したのに!」

 

檻の向こうから焦れたような声を漏らし、澄んだ黄緑色の髪をした青年が問う。

ボクは呆れたような表情で両手をゆっくり上げ返した。

 

「…これでどうやって食えと?」

 

両手をがっちり縄で拘束されたまま、ボクは檻の中でため息を吐く。

相手は不機嫌そうな顔でむうと腕を組んでいた。

 

ああ、こんにちは。

名乗り遅れました。

ロビンと言います。一応、狙撃の名手をやってます。

ただいまこちらは地下牢らしき場所で、見張りっぽい誰かと会話中です。

どうすればいいんでしょうね。

とりあえずまあ、どこの世界も地下牢ってジメジメひんやりしてるんだなと思いました。

 

両手を拘束され、狭っくるしい檻の中。おまけに見張りが付くとは、ひとりに対し過剰すぎる気もする。

警備が厳重すぎないかと問えば、「外のひとは何しでかすかわからないから、このくらいでも足らない」と厳しい視線を向けられた。

 

「ホントはもっと見張り増やしたいんだけどさ、今みんな忙しいから…」

 

むうと露骨に不機嫌を露わにし、彼は腕を組んでそっぽを向く。

「忙しい?」と問えば「おまえの仲間のせいだろ!」と怒鳴られた。

思い当たる節が一切ないボクは、素直に首を傾げる。

 

「…仲間なんていませんが」

 

「嘘つくなよ。同じ時期にこの竜人の郷に入ってきて、こんな武器持ってんのに」

 

カリュウドめ!と、そう言って彼は、ずいと鉄格子の前にボクの弓矢を突き付けた。

そう、

どうやらこの武器とボクの職業が、彼の逆鱗に触れたらしい。

 

 

遡ればほんの数時間前。

世界が見知らぬ場所に繋がったと風の噂に聞いたから、観光気分で入り込んだ。

やることもなくなったし必要もなくなったからと気紛れで。

とんと足を踏み入れれば、そこは不思議な場所だった。

 

第一印象は森厳な場所だと思った。

しかし妙な威圧感などなく、天使が住まう神殿とも、お偉様が住む城とも違う、高貴だが生活感のあるところ。

そしてなにより、この場所は澄んだ風が流れていた。

ここが風の生まれるところ、そう言われたら信じてしまうほどに。

 

気持ちのいい場所だなと思わず目を細めると、背後からガサリと物音がした。

音のした方に振り向いてみれば、そこには若葉のような淡く澄んだ髪色の青年がひとりいて、驚いた表情を浮かべている。

第一村人発見と、軽い気持ちで挨拶しつつ近寄れば、警戒を露わに若干距離を取られてしまう。

不思議に思い立ち止まると、若葉色の彼は鋭い目付きでボクを足元から頭のてっぺんまで観察する。

ジロジロ見られて居心地が悪くなり「あの、」と口を開けば、若葉色の彼がそれを遮った。

彼はボクの持つ弓に目線を固定したまま口を開く。

 

「おまえは、カリュウド、か?」

 

「? はい」

 

急に問われ素直に肯定すれば、彼は更に目付きを鋭くしすっと構えの体勢をとった。

刹那、その場から彼が消えたかと思うとボクの目の前に刃が迫る。

「いっ!?」と音を漏らしながら、ボクは命の危機を感じ取りなんとか必死に刃を避けた。

応戦しようとも思ったが、相手の動きが速すぎて矢を番える暇がない。避けるので精一杯だった。

 

「うっわ!?」

 

「知ってるぞ、カリュウドってのは獲物を狩って生きてる人間だ!」

 

おまえの獲物はオレたち竜人なんだろ!?と叫び、彼は更に動きを速め攻撃の威力を増す。

狩人だからと敵対され、わけのわからないまま防戦一方。情報の処理ができていない頭でボクはひとつの単語に反応した。

 

"竜人"?

ああそういえば、

確かに彼は耳のカタチが

人間と違、う…ッ!?

 

つい意識を彼の耳に向けた結果、反応が遅れ彼からの攻撃を避けきれず。

ズダンと大きな音を響かせ、ボクは地面に倒された。

起き上がれないように押さえつけられ、覚悟しろとばかりに据わった眼を見て思わず叫ぶ。

 

「っなんの話!?」

 

ボクの必死な声に彼の動きがぴたりと止まった。振り下ろされた刃も同時に止まり、目の前ギリギリで留まる。

うわああああああ、危な、危なかったあああああぁ!

 

「…?」

 

「ていうかここどこ!?」

 

「?」

 

ボクが叫べば彼は首を傾げ「竜人の郷だ、知らないのか?」と更に首を傾げた。

迷い込んだだけだから知らないとボクが半分本当で半分嘘の言葉を紡ぐと、彼は更に更に首を捻る。

そんなに捻ったら倒れそうだなと思ったのも束の間、チッとボクの頬に熱が走った。

 

「ひぎゃ!?」

 

「あ、悪い」

 

首を傾げすぎて体勢が崩れ、彼の腕に付いた刃がボクの頬を切り裂いた。

なんでそんなとこに刀付けてんのこのひと危ないでしょ危ないでしょ!?日常生活にも支障でるでしょ!?

ボクが頬から一筋の赤い血を流しながら涙目でのしかかっている相手を睨むと、彼は眉を下げつつ頭を掻いて高らかに宣言した。

 

「…保留!」

 

「へっ!?」

 

そう言い彼は、どこからともなく縄を取り出しきゅっとボクの両手を縛った。

混乱から抜け出せないボクを尻目に彼はボクをひょいと担ぎ上げ、とことこ歩き出す。

現状を把握する暇もなく、ボクは牢屋に放り込まれた。

 

 

 

そして今に至る。

保留とは言っていたが、牢屋に放り込まれた際茫然としてしまい彼からの問いかけを無視しため心象は悪化したらしい。

目を吊り上げて怒鳴られた。

 

「おまえはやっぱあれかあいつらの仲間か!」

 

「…あいつらって誰ですか…」

 

警戒も疑いも消え失せてはいないらしいが、竜人はボクの答えを聞いてくりんと首を傾げる。

どうにもラチがあかないのでぽつりぽつりと言いくるめつつ情報収集を行った。

いきなり襲われたためどうなることかと思ったが、元来この竜人は話好きで人懐っこい性格らしい。

見張りとして暇していたのもあってか、こちらから話しかけれは嬉々としていろいろ喋ってくれた。

 

どうやらこの竜人はリントと言うらしい。竜人の郷を守る!とニコニコしながら名乗られた。

外の世界はヤバいらしいから、そんなトコで暮らしてる人間はヤバい人なのだろうと思い、リントは誰かが入ってきたら追い返すつもりで普段からあのあたりをウロウロしていたようた。

まあ実際外の人が来たのは数百年ぶりらしいが。

 

「ライシーヤがどっか行ってたからオレがパトロールしてた!『今日も異常なし!』って」

 

リントはえへんと胸を張る。

どうコメントしていいのかわからず、とりあえず「凄いですね」と言えば嬉しそうに微笑んだ。

異常が出たのはここ最近、そう言ってリントは語りだす。

 

・最近魔皇が竜人の郷に現れ、自分の理想郷のためにここを土台にするだの竜人たちを血肉にするだの言い始めた。

・竜人たちはふざけんなと徹底抗戦しているが、魔皇軍が続々入り込んでくる。

・他の場所に応援に行こうとしたらまた見知らぬ人間発見。

・魔皇と同時に入ってきて、弓を所持しておりカリュウドだと認めたため「魔皇軍の遠距離部隊」と認識。捕獲。←イマココ

 

得意げに語るリントに、ボクは頭を抱えた。死ぬほどタイミングが悪かったらしい。

リントは外の人間を追い出すだけに止めようと思っていたが、魔皇と対峙し「マジヤベェ」と考えを改め魔皇軍は撃破の方向へとシフトしたのだが…。

 

「…おまえ、抵抗まったくしなかったし、態度なんかヘンだし、本当に魔皇軍かな?って。でもカリュウドだし」

 

「だから迷い込んだだけですってば」

 

ボクが言うと「"面白い獲物がいるから狩ってみないか?"と騙されたカリュウドかもしれないしなあ」と値踏みするようにリントは己の顎に手を当てる。

ボクの「迷い込んだ」という説明はガン無視する方向らしい。人の話聞いて。

そもそもドラゴンだの竜人だのは生態系の上位に位置する生物だろうに、何故そこまで狩人を敵視し疑うのか。

 

「…外には竜伝説があるんだろ?竜の肉食ったら滋養強壮にいいとか、不老不死になるとか、チカラが得られるとか…。竜は計り知れない量の宝を溜め込んでるとか、骨も皮も鱗も武器防具に使えるとか」

 

そういった伝説のせいでドラゴンは狙われ無駄に襲われることが多い。

それは竜人も変わらない。寿命が普通の人間よりも長いせいか「竜人の肉でも不老不死になる」だの「神秘の力を得られる」だの。

だからこの郷に篭っているのだと彼はボクを睨みつけた。

 

「外だと竜の鱗は珍しいんだろ?まあオレは鱗ないけどさ」

 

「…?」

 

そりゃまあ竜人は耳のカタチが違う程度で、ほぼ人間と変わらない。

リントはボクと同じような目をしているが、他の竜人にはドラゴンと同じような目のものもいるという。

とはいえ違いなどそのくらいだ。鱗なんてないだろう、ほぼ人なのだから。

…見えないところにあるなら知らないけれど。

ボクが首を傾げると、リントはにへっと笑って腕を身体の前でクロスした。それに呼応して彼の額にある宝玉が輝き、力を解放するかのようにリントは腕を開く。

と、

 

ぽんと音がしたかと思うと

今までリントが立っていた場所に

ドラゴンが1体浮かんでいた

 

呆気にとられていると、そのドラゴンはボクに向けて「ギャオ!」と大きく鳴く。

その声の反動であたりに埃やゴミが舞い散った。

 

「…!?」

 

まだ反動が残るボクは目をパチクリさせながらそのドラゴンを見つめた。

するとまたぽふんと音を立て、ドラゴンがいた場所に笑顔のリントが現れる。

 

「なっ!オレには鱗なかっただろ?」

 

正直確認している余裕はなかったのだが、ボクはこくこくと頷いた。

そんなボクの反応にリントは満足げに笑う。

 

なるほど "竜人"…。

どうやら竜人は必要ならば自由に変身できるらしい。

…、あれ?

リントには「変身した」という自覚はないようだ。「ドラゴンに変身するんですね」と言ったら「ヘンシン?」と首を傾げられてしまったのだから。

変身というよりはそれをするために適切な姿になっただけ、というか。

気分的には「服の着替え」と同じ感覚だろうか。動き回りたいときは動きやすい服に、くつろぎたいときはそれ相応の服に。

つまりあれだドラゴンコーデ(生)かな。もしくはヒトコーデ(生)。

 

どちらが主体なのかはわからないが、リントが腕に剣を付けている理由はわかった。

あれ、ドラゴンのときの翼とカタチや位置が同じだ。

竜人というものは人のカタチと竜はカタチで共通する風貌を持ってるのかな。それは外見だったり、武器だったりと様々なようだが。

 

面白いな、彼らに少し興味が出てきた。

もう少し話をしてもいいかもしれない。

 

 

 

「…そういえば、ここは外界とは切り離されているんでしたっけ」

 

「だってわざわざヤバいところになんて行かないだろ?」

 

不可解そうな顔でリントは言った。

切り離されているというよりは入口が閉じられている、に近いのかもしれないが。

リントは外に行ったことはないという。というか大半の竜人は外に出ないようだ。

 

それなのに、竜人たちは、外の世界はヤバいと、さも当然のように、言った。

見たことがないだろうに、知らないだろうに、何故か常識のように。

魔皇が現れる以前より、この郷は外界から隔離されているのに。

 

(これではまるで

竜人たちを郷に閉じ込めるために

悪い噂を語り誤解させ

外界に興味を持たせないようにしているみたいじゃないか)

 

ボクがじっと見つめると、リントはくりんと首を傾げる。

隔離されていることに疑問すら抱かず、純粋に郷を仲間を守ろうと狭い郷の中を駆け巡る元気な風。

彼にとっては現状で十分なのだろう。彼の世界は郷の中だけ。

しかし、

 

「…風を、閉じ込められるわけ、ないだろうに」

 

自然でない行いは、自然でない混乱を生む。

風は世界を駆けるもの。広い世界を巡るもの。

それをひとところに閉じ込めるなんて道理から外れる。じわじわと崩れて壊れて、最終的に周囲を巻き込んだ大惨事へと変貌するに決まっている。

 

現に、森の中に風を閉じ込めた風隠の一族は、親子揃って周囲を巻き込む大きな騒ぎを引き起こした。

 

風を無理に閉じ込めようとしても、暴発を引き起こすだけ。

それを鎮めようと抑えつければ、抑えた分だけ風は弱まってしまう。

抑えれば抑えるほど、風の力は弱くなる。

 

閉じ込めれば爆発。抑えつければ弱化。放っておくとどこに行くかわからないし、帰ってくるとは限らない。

風とはそういうものなのに。

何故ここの守護者は、風を閉じ込めているのだろうか。

 

 

 

様々な場所を見て、様々な人に会って、ボクは不思議に思ったことがあった。

それは、風の気質が高いものほど、閉じた世界を作りたがること。

風隠の森や、忍の里。そしてこの竜人の郷も。どこもかしこも閉鎖的。

ああ南の緑の森だったか、あそこも風気質の高い場所だったはず。そしてあそこもエルフが篭って暮らしていたような。

閉じた世界など肌に合わないのは己でも理解しているだろうに、何故だか揃いも揃って世界を閉じる。

まるで大事なものを護るように。

 

(自覚してるのか無自覚なのかはわからないけど、本能的にそうしようと動くのかなあ…)

 

風は自由なものだと知っているから。

風は離れたら帰って来ないものだと知っているから。

一度離れたら、もう二度会えない可能性が高いと気付いているから。

離れないように、無くさないように、いなくならないように。

大事なものを閉じ込めるのかもしれない。

「護りたい」から「閉じ込める」

どうやら風の気質が高い者ほど、その思考に陥りやすいらしい。

 

オロシさんですら、弟を突き放したが森から完全に追い出したりはしていない。本気で追い払うならば、大陸そのものから追い出すだろうから。

ああ、ハヤテさんも無意識下でそれをやっているのかもな。

なんせボクは彼の兄を頻繁に連れ出していたのだから。

本能的に「兄を盗られる」という危機感を感じ取ったため 、わざわざ言葉にしたのかもしれない。

だから大事な兄を自分の目の届く場所に縛り付けるために「族長」にしようと、森から出さないようにしようとしているのかもしれないな。無意識に。

ボクとしては特に他意もなく、再度暴発されたら大変だからと息抜きさせるためにあちらこちらに引っ張りまわし、時には生の声を聞かせるために他国の人間を連れて行っただけなのだが。

ボクはぼんやりと、今まで森に連れて行った人たちを思い出す。

 

クロムは真っ直ぐで一途な人間だった。意思も硬く熱い人。

故に一度躓いたら冷えて固まってしまう人。

鉄は熱い内に打て?それはそれができる人がやるから強くなるだけのこと。馬鹿なド素人がそれをやれば金属はただ割れるだけ。

だから彼の説教が必要だった。きちんと叩いて整えられるから。同時に彼も躓いてる人への手の差し出し方と、他国について知れただろう。

 

スノーは彼と立ち位置が同じだった。頼ることに抵抗を覚え、ひとりで全部やろうとしてしまう人間。優しさと冷たさを持った人。

故に行き詰まっても頼り方がわからない人。同じ立ち位置にいない人間が助言するなんて無理な話。

だから彼が必要だった。同じ目線で苦労を分かち合えるから。同時に彼もよい話相手、相談し合える人を得た。

時間のズレはボクが幾度か行き来しなんとか揃えた。以前聞いた話だが、スノーが単独で彼に会いに来たらしい。雪うさぎ持って。

ならば時間のズレは正しくなった。まあ合わせるために多少の弊害が出てしまったようだけれど。

 

クレイは命令と己の気持ちにズレが出てしまった。だから上手く動けなくなった人。しっかりとした堅い人。

故に周りを頼らず悩んで悩んでひとりで道を決めた。それは第三者から見れば身勝手だと映るだろう。

だから彼に会わせたかった。同じだったから。周りを頼らなければこうなると彼に教えたかったから。

 

それにクレイは長い間仮面で素顔を隠していたからか、表情の作り方を知らず気持ちがあっさり顔に出る。

それは彼にとって見慣れた姿。彼の大事な弟が、頻繁に同じような表情を向けていたのだから。

見慣れた姿に多少怯んだのか、彼は口数が少なかったが、彼は気付いただろう。

己のよく知る弟が見せた数々の表情の意味を。

 

答えは直接渡さない。気付くことと考えることが大事なのだから。

すぐに答えを欲しがるなんて馬鹿のすること。つまらない馬鹿のする行為。

 

 

しかしスノーさんに会わせたのは失敗だったかな。ボクの秘密を気付かれた。

ボクに興味なさそうだったから、問題ないと思ったのだけれど。

ひとことめには反発して、ふたことめには「森が」と口に出す人だったから、ボクなど視界に入ってないだろうと好き勝手やらせてもらったのだが。

まさか気付かれていたなんて。

 

まあいいか。

これで風隠の森といくつかの場所と縁を結んである。風の通る道を広げられただろう。

風は閉じ込めるものじゃない。

世界を駆け巡るものなのだから。

 

…あとは族長問題か。

さっき言ったように今は当人たちが決めなくてはならない場面。弟ひとりが宣言してもどうにもならない時期まで来ている。

悪意があるものが見れば「兄が弟を脅して言わせた」とも取れるし、「先代が目をかけていた弟を族長にすべき」という先代派もいるだろうから。

だから彼は弟の言葉を鼻で笑った。

 

「今更口先だけでどうにかなると思うな」と。

 

性質は違うがあの兄弟はどちらも非常に聡い。

兄は思考型。考えて考えて考え抜いて答えを弾き出す。

弟は直感型。理屈ではなく本能で最良の道を弾き出す。

ふたりが協力すれば楽だろうに。どうやらふたりとも「互いと共にある」という考えには至らないらしい。

ふたりの族長という形にしてもいいだろうに。

 

(凄いのは弟が「兄が族長」兄が「私が族長」と言い、方向性は一致しているのに不思議とそこから先に進まないことだよなあ…)

 

弟は言葉が足らず、兄は性根が捻くれている。意見は一致しているのに、何故だか話し合いが平行線を辿っていた。

まあ当然といえば当然か。互いに歩み寄らない限り、道が交わるはずもない。

兄がもう少し素直になれば、弟がもう少しきちんと説明できれば、進むだろうと思うのだが。

 

そんな兄弟のことをぼんやり思い出していると、彼らを探している剣聖の姿が脳裏を掠めた。

昔は師匠を治すためのクスリだか龍のウロコだかなんかを探してたと聞いたが方向転換したのだろうか。それともその話は全て嘘だったのだろうか。

となるとあの書物の内容は、全てただのお伽話と判断したほうがいいかもしれない。

以前ボクがピラミッドで見付けた、沼地に関する滑稽な書物たちのように。

くっそ、全部洗い直しか。

 

ヒエンが探しているのは「風の名を継ぎし者」らしいが、誰のことだろう。彼が反応したのは弟のほうだったが。

師をあそこまでリスペクトしているのだから、先代の意志を継ぎ弟のほうに目をかけるのだろうか。

その弟が族長に兄を推していると知ったらヒエンはどうするのだろう。

 

(族長関連で1番最悪なのは、ナナワライさんもどっちを後継にするか悩み、愛弟子が「風の名を継ぎし者」と判断し連れてきたほうを後継に決めることかな)

 

さすがにないと思いたいが。

展開として最低最悪なのは、ヒエンが風の名を継ぎし者=ハヤテと認識し、ハヤテが言うからオロシを族長に、と動いた場合か。

だってそんな態度で接したらオロシさんはほぼ確実にへそを曲げるから。

また機嫌が悪くなり騒ぎが起こるだろう。

 

相変わらず面倒臭い人だ。

この場にいない族長に、ボクは小さく忠告を紡いだ。

「嫉妬にご用心。それは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食にして弄ぶ」

落ち着いてると冷静な人なのにな、と少し笑った。

 

 

兄弟とか家族って面倒臭いものだな、とボクは重い溜息を吐く。というか仲良い兄弟なんか居たっけ。

首を傾げるボクの耳に、かしょんと小さな音が響いた。

不思議に思いそちらに顔を向けると、鉄格子の隙間から、ボク用にと置かれていた食べ物の乗った皿に手を伸ばしているリントの姿が目に入る。

まあ腕の刃が引っかかり、届かなかったみたいだが。

やっぱあれ邪魔なんじゃないだろうか。

 

「…」

 

「…」

 

ボクに見られているのに気付いたのか、リントはバツの悪そうな表情を浮かべ、ぷいと視線を逸らす。

お腹減ってるのかな。

そう思い、拘束された手で苦労しながらも皿をリント側に押してみた。

これで届くかな。

ボクが首を傾げると、リントは驚いたような表情でボクを見つめ一瞬躊躇ったあと皿に手を伸ばす。

小さな果実を口に運び、美味しそうに咀嚼したあとぽつりと言った。

 

「おまえは、悪いやつじゃ、ない、のか?」

 

突然そんなことを言われてボクはきょとんとリントを見つめる。

…え?

今ので好感度上がったの?

呆気に取られているボクから軽く目を逸らし、リントは頭を掻いた。

暴れるわけじゃないし、暴言吐くわけじゃないし、食べ物わけてくれるし、悪いやつではなさそうだ、と小さく呟く。

 

「…外のやつらがみんな、おまえみたいだったら仲良くできるのに」

 

「…いい人のが多いですよ?」

 

竜人とボクではまた違うだろうけど、竜人だからと奇異の目で見る人間の方が少ないだろう。

「ヤバい」のはほんの一部。

その一部の人間のせいで、外界全てが悪いもののように扱われるのは少しばかり悲しいから。

 

「そうですね…、ボクの知り合いにはこんな人がいますよ」

 

少しだけ、外の世界を話すことにする。

ウーフーという名の拳王は、師匠のカタキを無事討って、大事な奥義を取り戻した。今では彼は師範となって、己の師匠と同じように弟子たちに稽古をつけているという。

師匠と同じように人のためになりたいと。

カタキがどうなったかは知らないが、彼の性格だとトドメをさせたか怪しいところ。奥義を取り返したあと見逃した可能性のほうが高い。

 

壱という名の忍者は、御庭番となって護りについた。里から出て行った兄者を追って多少のイザコザがあったようだが、全てを理解し受け入れて、己の道を歩きはじめた。

抜忍となった兄者を恨んではいないらしい。むしろ思慕の情が増していた。

 

「郷から出て行ったのに?」

 

「いろいろあったんじゃないですかね」

 

本人に聞いたら「忍がペラペラと喋るわけない」と怒られてしまったので、兄者のほうに聞きに行ったら「…別に」とさらりと躱される。

しかし「彼女は衣装色っぽくなりましたよね」と軽く振ったら凄まじい殺気を放ちながら睨まれ「あれは背中が空きすぎだろう」と地獄の底から響くような声を絞り出された。

そのまま「なんであんなに露出増えてんだ」と静かに、しかしかなりの怒気を纏わせながらの愚痴に付き合わされる羽目になる。おにいちゃんは、いもうとぶんがとてもせくしーになって、とてもしんぱいみたいです。

かなりの長期間愚痴を聞かされ精神的にめっちゃ疲弊したので、そのことを壱にチクったら何故だか少し嬉しそうな顔をされた。

女性はわからない。

 

「あとは、そうだな…、面白い言い回しする方がいまして」

 

手繰りし糸で織る布は?

その言葉を紡げはリントはくりんと首を傾げた。

比喩表現だと教えればさらに首を傾げられた。意味がわからなかったらしい。

 

「どういう意味だ?」

 

「こればっかりはご本人に聞いてください」

 

リントはむうと頬を膨らませる。答えを教えて貰えず若干不機嫌になったらしい。

解釈がいくらでも取れる言葉だ。意図は当人にしかわからない。

 

「もし会うことがあったら声をかけるといいですよ。多分リントさんと同い年くらいだと…あ、寿命違うのか…。でも多分話合うと思います。面白いお兄さんもいるし」

 

そうボクが言うと、少しばかり目に困った色を浮かべつつ曖昧な返事を返してきた。

外は危険という認識はまだ覆らないらしい。とはいえ多少興味は出てきたのかもしれないな。

なんか、ボクの話を待つようにキラキラした目を向け始めた。

…なんというか、リントはボクらより年上なのに絶妙に幼い感じがするのは何故なのだろうか。

竜人は寿命が長いというより、成長がゆっくりなのかな。

 

 

他には、とボクは今まで旅した様々な場所について話した。

南の王国や北の海、西の砂漠について軽く話す。雪の世界や沼地について話せば、リントは驚いた顔を向けてくる。

年中安定した気候のこの郷では有り得ない土地柄であるらしく、上手く想像が出来ないのか始終「???」と目をパチクリさせながらこちらの話を聞いていた。

だからボクはゆっくり語る。

ボクらの世界の悪いところも好いところも全部ひっくるめて。

彼らにとっての"外の世界"のことを。

 

「そういえばもうすぐ大会がありますが…」

 

「?」

 

そこまで言って気付いた。

竜人たちには参加資格すらない酷い大会だったことを。

郷に篭っているから、という理由があるのかもしれないが、参加資格すら与えられていないのは流石に酷すぎる。

まあ主催が主催だから仕方ないのかもしれないが。魔王だの魔皇だのなんてどいつもこいつも自己中だ。

 

だからボクは言葉を飲み込み誤魔化して、話題を変えた。

首を傾げられたがするりと流す。

のんびり話して世界を1周どころか2周3周4周したあたりで、リントがダンと石畳を叩いた。

 

「っオレのとこも!竜人の郷も!いいところなんだぞ!?」

 

鼻息荒く大きな声でそう宣言され、今度はボクが目をパチクリさせる。

どうやら謎の対抗意識を燃やされたらしい。

ボクがにこりと笑って小首を傾げれば、リントは派手な身振り手振りを交えつつ竜人の郷について、仲間たちについて意気揚々と語り出した。

目をキラキラさせながら、楽しそうに。

ボクはその話に相槌を打ちながら、わからない箇所は質問しながら聞いていく。

ライシーヤという竜人が郷を護ってくれているだの、

インとヤンというなんか凄い竜人が、よくわからないけど郷のバランスを保ってくれているから意味わからないけど平和になってるだの、

リザドという竜人が自分たちを世話してくれただの、

ククルとベーマスという竜人の友人たちとよく遊ぶだの、

まだ幼竜だったときにはこの3人でアマノジャクという小さな悪魔を追いかけまわして遊んだだの、

そしたらリザドに「全員わんぱくすぎる」と多少呆れられただの。

それはそれは細やかに話してくれた。

 

「んでさ、最近ライシーヤがどっか出かけてさ。そのスキをついて魔皇が入り込んだっぽいんだよ!」

 

ああ、確か初めのほうに言っていたな。「ライシーヤがどっか行ったから自分がパトロールしてた」って。

守護者が持ち場を離れるのはいいのだろうか。

 

「だってほんの一瞬だぞ?」

 

ボクが問うと憤慨したようにリントが腕を組む。

…竜人の"ほんの一瞬"と外の人間の"ほんの一瞬"に、多少どころではないくらいの差がある気がするが口には出さない。

ここと外が繋がった理由はわかった。

守護者が持ち場を離れたから結界が弱まり穴ができたのか。

問題は「何故守護者が持ち場を離れたか」かな。

 

「さあ? …ああでも帰ってきたライシーヤがリザドとなんか話してたな」

 

オトナな話って感じでカッコよかった!とキラキラした目で言われた。

…いいのだろうか、こんなんで。

苦笑しつつボクはゆるりと思考を回す。

 

オトナな話、か。

つまりは深刻そうな空気だったということだろうか。

リントが言うように竜人は敵に狙われやすい。

それを守護する立場にいるなら、彼は外部からの攻撃を認識していたのではないだろうか。

護られているなら内部は平和そのものだろうが、外と隣接する壁はそうではない。

毎日のように攻撃され疲弊した、ならば逃げ出したとしても帰っては来ないだろう。

ライシーヤは出掛けたが帰還している。

ならば、毎日のように攻撃され己の力が足らないと認識し、新たな力を求めて持ち場を離れた、が最有力か。

 

そして、帰還した際深刻そうな空気だったならば、それは「あまりよくないもの」であった可能性が高い。

 

たとえば、力は得られるが怒りや憎悪を増大させてしまうような代物。

ボクらの世界にもそこら中にある、闇のなんたらや暗黒のなんたらと同じようなもの。

力は得られる、強くなれる。しかし人格が変貌するレベルで影響力をもったもの。

 

(ああこれヤバいかもなあ…)

 

リントに悟られないように、ボクはそっとため息を吐く。

影響を押さえつけ、力をモノにできれば大成功。

影響を受けたが、郷の生き物を護り続けられればまだいいほう。この場合、「ライシーヤがなんか変…」と郷の生き物たちに泣かれる羽目になるだろうが。

影響を受け、怒りや憎悪に飲まれ、周り全てを破壊しはじめたら最悪だ。竜人の郷そのものが襲われる。

憎しみはさらなる憎しみを生むのだから。

簡単な話、元は「竜人たちを狙う敵全員排除」だったのが「ぬくぬくと守られるばかりで我の苦労を理解しない竜人ども全員排除」に魔変換される可能性すらあるわけで。

何故そんなものに手を出したのかと問われれば、彼はそこまで追い詰められていた、と判断出来るわけで。

 

(…割と詰んでるかもしれない)

 

まだボクは郷にいる全員と会ったわけではないし、まだ郷の外を彷徨く関係者がいるのかもしれない。

リントの話が竜人の郷の全てではないのだから、結論を出すのは早計ではあるのだが。

現状落ちているピースを組み合わせ、出来上がる絵はこんな形。

 

(…そろそろ、)

 

そろそろこの檻から出て、周囲を見て回ったほうがいいかもしれない。

積極的に介入する気はないのだが、全員の動きと新たな人材を確認したい。

 

 

ボクは少し目を濁らせる。

リントは「おまえは悪いやつじゃないかも」と言ってくれたが、本心を上手く隠して裏で動くボクが良いやつであるはずがない。

自分のためにやりたいように、好き勝手やってるだけなのだから。

だから、またボクは嘘をつく。

 

「…いろいろ喋ったから、少し喉が渇いちゃいまして。これ貰っていいですか?」

 

言いながら目の前にある果物の乗った皿を視線で示す。

「いいぞー、ってそうか、手を使えないんだっけ」とにこにこ笑いながらリントは鉄格子の隙間から手を伸ばし、ひとつの小さな果実を摘んだ。

笑顔のまま果実を「あーん」とばかりに差し出してくるリントに対し一瞬固まる。どうやらオススメの果実を食べさせてくれるつもりらしい。

いやあの普通に犬食いしようと思ってたんですけど。なんでこの人ナチュラルにこんなことすんの。結構話はしたけど初対面なんだけど。

 

あの、

えっと、

うん、…。

 

リントの差し出す手に身体を寄せ、果実を口の中に落としてもらう。にこにこ笑顔に勝てなかった。

口に含んだ果実を噛みつつ、少しリントから離れた。なにこれ何プレイ?

 

「美味いだろ?」と笑顔で聞いてくるリントにはボクは答えない。

逆に身体を折りたたみ、うずくまるように縮こまった。毒を浴びた時のように、多少痙攣しながら。

"なるべく苦しそうに"見えるように。

 

「? …!!」

 

そんなボクを見て、リントはおそらくこう判断する。

"竜人の食べ物が、人間には毒だったのかもしれない"と。

そう考えた場合、ついさっきまでにこやかに会話していた相手が対象ならば、リントは

 

「っ大丈夫か!?」

 

と、勢いよく扉を開けて、檻の中に、入ってくるだろう。

とてもとても、心配そうな表情で。

 

凄まじい罪悪感と「この人こんな騙されやすくて大丈夫か」という気持ちが混ぜこぜになりつつも、慌てながらボクの前にリントが屈み込んだのを見計らってボクはゆっくり身を起こした。

そのままボクは笑顔を作り、リントの目の前で両手を括っていた縄をするりと外す。

 

「…へ?」

 

「…縛られるのって、趣味じゃないんですよね」

 

肉体的にも精神的にも思想的にも。

全てにおいてボク自身がなにかに縛り付けられるなんて反吐が出る。

にこりと笑うボクと対比して、ぽかんと口を開くリント。八重歯を無防備に晒していた。

 

そんなリントを尻目に、

ボクはひょいと立ち上がり

開いた扉の外に出て、

かしゃんと念入りに鍵を掛けた。

 

「へっ!?」

 

「追って来られたら困りますしー」

 

鍵を掛けた音で我に返ったリントが、慌てて扉に手をかけるがガタガタ揺れるだけで開かない。

なんとか開けようと引っ張ったり押したり噛みついたりしているようだがビクともしない。

そりゃそうだろう、竜人の郷にある牢屋なのだから。竜人を閉じ込められるように強度設計してあるに決まっている。

背後がガタガタうるさいが、ボクは床に放置されている弓矢を拾い上げ、声をかけた。

 

「じゃ、弓矢返してもらいます」

 

「いやいやいや!何すんだよ、開けろ!」

 

返事をする代わりに笑顔を返せば、折れんばかりの力でリントは鉄格子を掴む。

「外のやつにもいいやつはいるんだ、って思ったのに」と涙目を向けられた。うわあ、罪悪感すごい。

若干怯みつつ「話も聞かず取っ捕まえたのはそっちでしょう?」と笑顔を作ったまま目を逸らし言えば、ギリと歯を食いしばりながら睨まれる。

おお…敵意すごい。

かなり怯みつつ、リントからの敵意を逸らすためボクは言葉を紡いだ。

 

「…ああそうだ、これ、美味しかったです」

 

そう言って抜け出す際に少し失敬させてもらった、先ほど食べた小さな果実をリントに見せた。

甘酸っぱい、いちごみたいな感じかなあ。とても好きな味。

これは本当。そう頭の中で呟いて、ボクは果実を口の中に放り込み、足を出口に向かわせる。

リントは「だろ?」と一度嬉しそうな顔をしたが、ボクの行動を見てきょとんと目を開き、一瞬の間を置いてから大きな大きな声で叫んだ。

 

「ちょ待、…!、…おま、おまえなんか、大ッッキライだーーーー!!」

 

リントの怒声を背にボクは、ゆっくりと外に向かう。

嫌い宣言されました。次もし出会ったら問答無用で殺されそう。

残念、と軽く笑ってボクはトンと歩みを進めた。

忙しいとか言ってたから、他の竜人はここにはいないだろうが一応警戒しながら。

 

まあうん、

早めに他の竜人見付けて、それとなく教えて、リント解放してもらおう…。

あの人放っといたら、泣きそう。

 

いまだに聞こえるリントからの罵声に涙色が付いてきたのを耳で感じとり、ボクは困ったように頬を掻いた。

 

 

 

あっさり外に到着し、脱獄成功。

澄んだ風を身体に感じながら、ボクはぐっと伸びをする。

とはいえゆっくりしている暇はない。他の竜人を探さなくては。

できればあまり好戦的じゃない人がいいなあと、ボクは小さく言葉を風に乗せた。

 

そのあとは、上手く隠れられそうな場所でも探そうか。

この郷の行く道が気になる。

しばらく隠れて様子を見てみたい。

 

あとはリントの行く末か。

あの人はどの道に進むのか。

守護者の意思を継ぎ、同じように郷を護るのか。

守護者に疑問を持ち、相反するのか。

郷から出て外に飛び出し駆け抜ける風となるのか。

リントは異様に"強くなること"に固執していた。

 

「…望んでいるものを手に入れて何の得があるんだろうな。束の間の喜びでしかないのに」

 

夢泡沫のようにすぐ消えてしまうのに。

力を手に入れても、人生狂ったら意味がないのに。

糸を紡いで1本の糸へと縒っても、無慈悲に切り離されてしまうのに。

そんなものを必死に追って、いったい何になるのだろうか。全て無駄になってしまうのに。

なんせこの世界は不条理に満ちているのだから。

 

「…救いを与えるだけでは十分じゃない。その後も支えなくては意味がないんだけどねぇ」

 

ふうとボクは息を吐き、手頃な木に狙いを付けてトンと跳ねた。

ひょいと手をかけ枝の上に身を隠す。

まあ布を織る段階に至っていない人間がどうこう言うのはスジ違いかと、空を見上げた。

ボクが彼と同じ質問をされたら、おそらく答えられない。

紡げる言葉はたったこれだけ

「布なんか織っていない」

だって糸を手繰るそばから斬られてしまうのだから。ボクが紡いだ糸はゴミになる。

諦めたようにボクは息を吐き、懐から紙を取り出した。

それにはふざけた文章が羅列されている、意味のない言葉が綴られた紙。

これで誤魔化されると思っているのかと、ボクはそれを冷めた目のままビリビリと破り棄てる。

紙切れはそのまま風に消されて行った。

 

「望みなしと思われることも、あえてやれば叶うことが稀にあるとはいうけど」

 

どうやらボクは叶うことはないらしい。

何もしなくても騒ぐだけで願いが叶う人間もいるというのに、どうやらボクは違うらしい。

頑張っても苦労しても、報われることはないらしい。

最後の一切れを風に棄て、ボクは一切心の込もらない音を奏でた。

 

「不運万歳。運の女神に見放され、最低の境遇に落ちたなら、あともう残るのは希望だけ。不安の種もなにもない」

 

そのはずなのだけれど。

ボクはボクなりに今を調べて、それなりの道を描いている。

最低の境遇に堕ちた何もない状態から、世界の輪郭を整えている。

なのに気紛れで、ボクの世界を邪魔される。

 

不思議だよね

最下層に堕ちたはずなのにまださらに堕とされる

不安の種しかない

 

あの言葉は世界がきちんと働いているから言えることなのだなと、ボクは薄く笑った。

 

ねえ

せめてこの希望だけは

盗らないでくださいね?

 


 
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