No.817110

終わらない夢

大和泉さん

冬コミに出す本のサンプルです

2015-12-04 21:32:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1035   閲覧ユーザー数:1035

 
 

 

 

【終わらない夢】

 

 

 鼻をすする音にことりが反応する。

「海未ちゃん、風邪でも引いたの?」

「少し鼻風邪気味の様です」

 海未なりに日頃の練習の疲れと帰宅してからの作詞で夜更かしをして充分に休養が取れていない自覚があり、健康管理が出来ていないと自分の至らなさに猛省する。

「ゴメンね、そうとは知らずに衣装の修正をお願いして」

「構いませんよ、今回の衣装はにこや花陽よりも私の方が扱いに慣れていますし、私でしたらことりの家に遅くまで居ても問題ありませんから」

 有り難い事に遅くなる相手がことりの家だと分かってさえいれば園田家では何も言われる事はなく、むしろ、ことりの家であればお泊まりの許可すら簡単に下りるくらいに信用されている。

「それよりも早く仕上げてしまいましょう」

「うん」

 一応、リーダーで幼なじみでもある穂乃果が自分も手伝うとは言ったが、裁縫が不得手という理由で助っ人として招集される事は無く、結果として一番融通の利く海未だけがことりの部屋に応援として駆けつけていた。

「海未ちゃん、ちょっと試しに着てみて」

 海未は自分用に作られた青を基調とした和服をベースにした衣装に袖を通して手慣れた手つきで帯を締めて両腕を大きく動かして肩の稼働域を確かめる。

「どうですか?」

「クル~って回ってみてくれるかな?」

 ステージにおいて衣装というのは大きな要因を持ち、ことりが作る衣装は評判が良く、ファンがミューズの良さを語る上では欠かせない要素にもなっていた。

 ことりの指示通りに海未は制服のスカートの上くらいまでの丈の無さがの衣装を身に纏った状態で軽く回ってみせる。

「ううん、もっと激しく回って欲しいの」

 ステージで踊りながら歌うのだから大きく動いた時の状態を確かめたいらしく、いつも笑顔のことりとは違ってかなり厳しい目で動きをチェックしていた。

「じゃあ、次は新曲のダンスをしてみて」

「まだ完全にマスターしていませんが、それでもよろしいですか?」

「うん、シワの寄り方とかを見るだけだから」

 その程度で良いのならと海未は新曲を脳内で再生させつつ声に出ない程度に口ずさみながら踊ってみせる。

(あぁ、もしもは……欲しくないのさ、もっとが好きエンジェル)

 まだたどたどしい部分もあるが、海未はことりが望む以上にキレのある動きをしてみせる。

「ど、どうですか?」

「もうちょっと続けて」

 海未なりに衣装のチェックをするには充分に動いたと思って問いかけたがことりは継続を希望していた。

 しかし、海未はすぐに気付いてダンスを止めた。

「え~っ! 止めちゃうの?」

「ことり、気付いていますか?」

 不満そうなことりに向かって海未は少し冷ややかな視線を向ける。

「何を?」

「目つきが変わっていますよ」

「あっ」

 無自覚の内に衣装担当の厳しい視線から可愛い女の子を愛でる視線になっており、指摘されたことりは少しばつが悪そうに視線を逸らす。

「それで問題などはありましたか?」

「ううん、海未ちゃんのキレのあるダンスでも問題は無かったから大丈夫」

 取り繕う事を諦めたのか海未の質問に普通に答える。

「では、他の衣装もやってしまいましょう」

「うん」

 突然の海外でのライブ依頼にメンバーの大半は賛同的であったが、制作陣としては短期間での作詞作曲に衣装の作成と浮かれてばかりは居られない。

 もっとも、今回は以前からアイディアを書き留めていたおかげで作詞作曲は通常よりも早くに仕上がったが、衣装だけはそういうもいかない。

 しかも、今回は海外でのライブということで日本らしさを出そうと和のテイストを入れたおかげで普通の衣装よりも手間取っていた。

 海未の家が日本舞踊の家元ということで協力を得る事は出来たが、それでも実際の衣装の作成を誰かに丸投げする事など出来るはずもなく、衣装担当のことりとメンバーの中で誰よりも和服の取り扱いに慣れている海未が応援に駆けつけていた。

 しかし、どうしても不慣れな素材である為に試着して動いてみてると思っていた以上に腕の稼働域が悪く、下手に動かすと大きくシワが寄る事が判明するとことりはすぐに修正の為に全員の分を持って帰る事にしたが、その様子を見ていた海未は作詞も終わっているので手伝うと申し出た。

「日頃は和服を着る事が無いから全然気付かなかったよ」

「そうですね、こういう袖の付いた服では普通は日舞くらいしか踊りませんから今回の修正は仕方ないのかも知れませんね」

 畑違いの素材に手を出した事で今までとは大きく違った印象を与える事は期待は出来るが、その分今までのやり方との違いが落とし穴になっていた。

「日本人なのに和服の事を全然知らなかったよ」

「そうですねぇ、現代においては七五三のあとは成人式まで和服に触れる事はありませんし、良くても夏に浴衣を着るくらいですからね」

 同世代よりもはるかに着慣れている海未ですら和服に袖を通す時は気持ちが引き締まる思いがする程に日常とは少し違っていた。

「私が成人式に出る時には海未ちゃんに着付けをお願いしても良いかな?」

「それは構いませんが、それよりも着付けを覚えてみませんか? 卒業してデザインを学ぶのは結構ですが、着付けのスキルを持っていて損はありませんよ」

「うん、そうだね」

 それまでは洋服にしか意識が向いていなかったが、今回の件で和服に対して意識が変わってきており、和風の素材を扱う事もあるかも知れないと思考の幅が広がっていた。

「それに自分がデザインした衣装を着付けられない様では……」

「……が、がんばるよ」

 ことりは両手で拳を作って頑張る姿勢を見せると海未は小さく咳払いをする。

「大丈夫?」

「問題ありません」

 海未は自らに言い聞かせる様に凛とした口調で答えるとこういう態度になるとテコでも動かない事をことりは知っていて苦笑する。

 手直しの作業は雑談をしながらでも殆ど手を止めなかったせいでことりが思っていたよりも早めにゴールが見えてきた。

「もうすぐ終わりそうだね」

「ええ、あとはこっちくらいですから」

「じゃあ、ちょっとお茶でも淹れてくるね」

「お願いします」

 部屋を出たことりはキッチンでお湯を沸かしてお茶に準備を始める。

(海未ちゃん本当に大丈夫かな?)

 苦しそうな表情はしてなかったが、何度か咳をしていてその都度タブレット型ののど飴を口にしていた。

 海未の心配をしながらキッチンに何か喉に効きそうな物が無いかと探す。

(これなんかどうかな?)

 効くかどうかは分からないが、ことりは茶色い瓶を手に取る。

 

 

 紅茶をトレイに載せてことりは自分の部屋に戻ってきた。

「お待たせ」

「いえ、こちらももうすぐ終わります」

 明日に試着して貰ってチェックをしなければならないが、先程の海未で試した通りであればそんなにシワは寄らず、出来たとしても微調整程度で終わるだろうというのがことりの見立てであった。

「はい、こちらも終わりましたよ」

 海未は最後に糸をハサミで切って終了した事を告げる。

「ありがとう」

 海未がまた手に針でも持っていなければ抱きついてしまいそうな程に感謝していた。

「いえ、いつもことりには衣装で負担をかけていますからこれくらいは」

「お茶を淹れてきたから」

「はい、では頂きます」

 いつもの海未であれば裁縫道具を片づけてから一息をつくが、せっかく温かい物を出して貰っているのだからと針を針山に戻すとすぐにソーサーごとティーカップを受け取る。

「疲れていると思うから砂糖たっぷりのミルクティーにしてみました」

「ありがとうございます」

 ティーカップから立ち上る湯気を見るとそれだけで気持ちが落ち着いてきて一口啜ると喉から全身にミルクティーの甘みが行き渡る様な気がした。

「はぁ、落ち着きますね」

「良かった」

 ことりなりに衣装担当としての責任もあり、既に作詞が終わっているからといっても海未に迷惑をかけてしまった事に少なからず申し訳ないと思っていたが、作業も終わって目の前で一息をつく姿を見てそういう気持ちも少しは払拭していた。

「本格的な紅茶ですね」

「よく分からないけど、お母さんがお中元やお歳暮で頂いたりするから」

「なるほど」

 紅茶の専門的な知識がない海未でも安いティーパックの物ではない事はすぐに分かった。

 少しずつ口に運んでいたミルクティーを飲み干すと海未はこれ見よがしに大きなため息をつく。

(ん?)

 ことりはそのため息に妙な違和感を覚える。

「ことりっ!」

「は、はいっ!」

 それまで完全に一息をついて脱力をしていた海未だったが、急に呼ぶので思わず脊髄で反応して答える。

「ことりはどうしてイタリアなんかに行こうとしたのですか?」

「えっ?」

 今から半年前の事を急に思い出したかの様に聞かれてもどう答えて良いか分からずに驚くしか出来ない。

「私がろういう想いをしていたか分かっているのれすか?」

 何を言っているのかは分かったが、呂律が回っていない事にも気付く。

「え、え~っと……」

 海未の質問にどう答えて良いかを考えると同時に身体を温めて貰おうと入れた隠し味のブランデーで酔っている事に大きな後悔をしていた。

「ことり、そこに座りなさい」

「は、はいっ!」

 ことりは海未が指差す正面に正座をする。

「私がどれだけことりの事を愛してるのか分かっていますか?」

「え、え~っと……」

「分かりませんか? これだけ言ってもまだ分かりませんか?」

 酔ってしまった海未にはまともな理屈は通じず、ただひたすらに言いたい事だけを言い始めていた。

「それなら仕方がありませんね」

 そういうと海未は制服のジャケットを脱いでリボンを外してブラウスのボタンに手をかける。

「――うっ、海未ちゃんっ?」

 ことりは咄嗟に見てはいけない気がして右手で自分の両目を覆い隠す。

「……そうですか、こんな身体は見たくありませんか」

 ことりの仕草を見た海未は拒絶されたと思ってブラウスを胸元まで開けて手を止めた。

「やはり、希や絵里みたいに大きい方が良かったのですね」

 ことりとしては大小の問題ではなく、酔った勢いでの行動を後で海未が知れば自身を追い込みかねないと思って傷口が広がらない様にと思っての事であるが、今の海未にはそんな想いは通じない。

 ことりはこの事態を引き起こしたのは自分でどうにか収めないといけないと思い、腹を括って行動に移す。

「海未ちゃんっ!」

「何ですか?」

「これでどう?」

 ことりは海未の両頬を両手でがっちりとホールドすると間髪入れずに唇を奪う。

 突然の事に海未は目を見開いて驚いて思考が完全に停止する。

 時間にして僅か数秒の出来事ではあったが、暴走気味だった海未の思考を停止させるには充分で唇が離れた後も呆然とするしか出来なかった。

「私も同じ気持ちだよ」

「……そ、そうですか」

 吐くだけ吐いた想いをことりは受け止めて海未が思っても居なかった答えを返していた事で想いが完全に飽和状態になっていた。

「海未ちゃん」

「……は、はい」

 海未の意識は唇に集中して呆然とした状況でことりは耳元に囁く。

「これってさ、おたがいの願いが呼んだ出会い、かな?」

 それは海未が書いたばかりの新曲の歌詞の一部で自ら書いた歌詞を耳元で囁かれて二つの意味で赤面してしまう。

「強く抱きしめて」

 再び歌詞の一部を引用して囁くと海未はもうどうにでもなれと思いながらもことりを強く抱きしめる。

「う、海未ちゃん、ちょっと痛いよ」

「我慢して下さい、これが私の想いの強さです」

 そう言われてしまうと何も言えなくなり、ただただ黙って海未の想いを受け止める。

 海未は日頃から自らは抑えようとしているが、喜怒哀楽がハッキリ出るタイプだが、ことりが知りたいと思っていた部分を思わぬ形で見る事が出来たのは幸運だった。

 海未の想いの強さを感じていると次第に抱きしめている両腕の力が弱まってくるのが分かった。

 次第に解放されていくとことりはこのまま押し倒されてしまうのだろうかと心の準備をしていると耳元に海未の呼吸が聞こえてきた。

(寝息?)

 ミルクティーの中に入れていたブランデーは海未を酔わせるのに充分だったが、酔い潰すにも充分だった。

「海未ちゃ~ん、こんな無防備な姿で寝てると色々しちゃうよ~」

 耳元で囁いてみるが、寝息以外の返答はなく、完全に酔い潰れているのが分かった。

 ことりは以前に一度だけ作詞をしたことがあったが、その時に改めて海未の作詞のセンスが自分とは段違いに凄いと思った。

 そして、今改めて海未の作った歌詞を思い出すと様々な想いが込められていたのではないかと想像してしまう。

 海未は優等生ではあるが、決して器用なタイプではなく、むしろ不器用なタイプかも知れない。

 そんな海未が存在しない架空の想いを書く事が出来るだろうか?

 そんな事を思っていると自意識過剰かも知れないが、ことりは自分へ向けられたものではなかったのかと想像する。

 気付かないことりが鈍いのか、気付かせなかった海未が巧みだったのかは分からないが、ことりは前者だと思っていた。

「……ことり」

「は、はいっ!」

 いきなり名前を呼ばれて返事をしたが、よくよく見てみるとそれは寝言で海未はまだ寝息を立てたままだった。

「……何処にも行かないで下さいね」

 その言葉にことりは目を丸くして驚くとすぐに悲しそうな表情になる。

「ゴメンね、つらい思いをさせちゃったね」

 留学の出発直前に海未がここに来て本当に留学するのですか?と聞いてきた事を思い出す。

 しかし、ことりは今からそんな事は無理だと答えたのも思い出す。

 結果的には穂乃果が空港で引き留めてくれたが、今思えば穂乃果だけで止めただろうかと思い出す。

 その前に海未の言葉があったから思い直したのではないかと振り返る。

 あの時から思っていたが、穂乃果の行動は暴挙とも言える行動だったが、あれは穂乃果にしか出来ない行動で実際に行動したのは穂乃果だったが、海未は間接的に引き留めてくれた様な気がした。

「もう何処にも行かないよ、ずっとずっと海未ちゃんと一緒に居るからね」

 そう思いながらも酔っぱらった時の記憶が残っていたら海未はもう生きてはいけませんと言いそうな気がしたので今回の件は黙っておくしかないと思ったが、もう少し踏む込んだスキンシップを増やしても良いかもしれないと思っていた。

「とりあえず、この状態を何とかしなくちゃ……」

 脱ぎかけた海未の制服をどうにかしないと起きた時に無かった事にも出来ないと思って最後まで脱がせたいと思いながらもボタンをかけてリボンを結び直す。

 元に戻すとホッと一息をつくが、生殺しの状態にもどかしさを募らせる。

 

 

 目が覚めた海未はすぐに不覚にも眠ってしまった事を詫びるが、ことりは自分に非がある事を告げる。

「ゴメンね、海未ちゃんの風邪気味かもしれないと思ってミルクティーにブランデーを少し入れたんだけど、海未ちゃんがあんなにもアルコールに弱かったとは知らなくて」

「いえ、それなら仕方ありません」

「本当にゴメンね」

「ことりが私の身体の事を思ってしてくれた事ですから」

 一言で言えばそれは過失で誰にも非がないと思っていたが、海未はそれとは別に木になる事があった。

「それは構わないのですが、寝てしまう前に私は何か変な事を言ってませんでしたか?」

「う、ううん、何も言ってないよ」

 夢と現実を混在しており、ことりは心の中で冷や汗をかきまくりながらも何事とも無かったかの様に振る舞って押し通す。

「それなら良いのですが……」

「何か聞かれちゃイケナイ事でもあるの?」

「そ、そんな事はありません、私がことりに隠し事などする訳がありませんから、何を聞かれても平気です」

 海未は少し顔を赤らめながらも強がって見せるが、全てを知っていることりにはその強がりは通用していない。

(ウソつき)

 心の中でそう呟きながらも隠したいと思う気持ちが分からないでも無いのであえて強がりを受け容れる。

「でも、海未ちゃんがあんなにアルコールに弱いなんて知らなかったよ」

「私は未成年ですからね、アルコールを口にする機会などありませんでしたからね」

 当然と言えば当然の見解で未成年の内にアルコールを口にする機会が無いのが普通である。

「もう飲まない方が良いかも」

 そう言いながらも心の中で言葉を付け足す。

(私の前以外ではね)

 いつか隙を見ては一服盛ってやろうという思いが密かにあったが、当然黙って居る事にした。

「この事はメンバーには内緒にしておいて下さいね」

 知ると悪戯してしまいそうなメンバーの顔が脳裏を過ぎる。

「うん」

 当然、ことりはそんな大事な事を誰にも教える気はない。

「では、これ以上遅くなると家の者に心配をかけてしまいますので帰りますね」

 海未が立ち上がって部屋を出ようとした瞬間、ことりは不意に呼び止めたくなったが、すぐに我に戻って別の言葉をかける。

「玄関まで送るね」

「ありがとうございます」

 いつもの様に玄関まで見送っていると海未が急に振り返る。

「ことりだけで衣装を持っていくのは大変そうですから明日は家にいて下さい、穂乃果も連れて来ますから三人で持っていきましょう」

「う、うん」

 帰って欲しくないという想いが伝わったのかと思ったが、そうではなく事務的な事で少し拍子抜けしてしまうが、いつもの笑顔で海未を見送る。

「私も風邪には気を付けますけど、ことりも気を付けて下さいね」

「うん」

 社交辞令の様な言葉ではあるが、今のことりにはその言葉がとても温かく感じられた。

 海未を見送って再び自室に戻るとそこには少し前まで海未が居た痕跡を見て入口に立ったままで少し動けなくなっていた。

「愛しい夢はまだ終わらない、か」

 まるで夢の跡の様な光景に呆然としてしまう。

 海未の本音をあんな形で知らなければこんな想いをせずに済んだのにと思いながら大きなため息をつく。

「はぁ」

 しかし、いつまでも呆然としていられる訳もなく、気持ちを切り替えてテーブルの上のティーカップを片づける。

 

 
 

 
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