No.810166

紫閃の軌跡

kelvinさん

第79話 緋を纏うものたち

2015-10-26 13:53:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2270   閲覧ユーザー数:2071

~帝都ヘイムダル ガルニエ地区~

 

課題を終えたリィン達は導力トラムに乗り、ガルニエ地区へと到着した。時間的には約束である17時前であり、トラムを待っていた女学院の生徒達が降りてくるリィン達に視線を向けたが、そのままトラムに乗り込んだ。それを見送る様にトラムを見つめるリィンら。

 

「リィンの妹と同じ制服だったね。」

「ああ。同じ女学院だからな」

「聖アストライア女学院……貴族のお嬢様が通っている有名な中等・高等学校だよね。」

「帝都にあるとはいえ、平民には縁のない場所だな。貞淑・清貧をモットーにしているのは好感が持てるが。」

「あれ、意外に詳しいんですね?」

「べ、別に一般知識程度の事を言ったまでだからな?」

 

男性とか平民の身分の人間にとっては縁のない場所というのは確かだろう。その学院の基本理念に対して“高嶺の花”と思わざるを得ないところがあるのは男子の性であろう。……その実情を少しでも垣間見た人間にとってしてみれば、そんな理想など机上の空論同然なのだが。

 

「とりあえず、正門前で待たせてもらうか。」

「あ、ああ……そういう指定だからな。」

「う~ん、流石に緊張しちゃうよね。」

「?そういうものなの?」

「まぁ、異性でないと解らないことがあるってことですよ。」

(……理想と現実って皮肉だよね。)

(だな。)

 

……彼等の想像を壊すのも気が引けたので、アスベルとルドガーは敢えて黙ることにした。話題は自ずと女学院絡みの話になる。

 

「そういえば、ラウラとセリカはここに入る気はなかったの?」

「一応候補として勧められはしたが、武術の授業がないと聞いてな。その時点で候補から外れた。」

「私は高等教育に関して一応修めていますし、武術の事を考えると候補には入らなかったですね。」

「ふふ、血は争えんということか。」

「ラウラとセリカが女学院に入ったら、とんでもないことになりそうだよね。」

「ああ……目に浮かぶな。」

 

ラウラやセリカのような“かっこいい”部類に入る女性というのはやっぱり同性からすれば憧れの的のようなものだ。ラウラは首を傾げ、セリカは苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、国を変えたとはいえ知り合いが何人かいるし。素晴らしい学院だと聞いている。あのアルフィン殿下やエルウィン殿下も在籍なさっているそうだからな。」

「……エルウィン殿下って、誰?」

 

ラウラの言葉を聞いて、フィーから唐突に放たれた言葉に、一同は冷や汗を流した。これには流石のマキアスも肩を竦めた。

 

「フィー、帝国出身じゃないとはいえ、君な……」

「はは……エルウィン殿下はユーゲント皇帝陛下の娘さんだよ。アルフィン殿下と並んで『天使のように愛らしい』って人気があるんだよ。というか、アルフィン殿下は知ってるんだ?」

「ん、知り合い。良く連絡を取り合ってる。」

「なあっ!?い、一体どういう繋がりで皇族と知り合ったんだ!?」

「ま、ちょっとしたきっかけってところかな。」

「確か、フィーちゃんとは同い年のはずですね。」

 

……“百日事変”と“影の国”。その繋がりを知るのは、当事者以外では数えるほどしかいない。最近ARCUSの番号を渡したようで、同い年ということからもあるのだが、互いに切磋琢磨できる仲間として連絡を取り合ったりしてるそうだ。士官学院では厳密な同年代の人がいないだけに、アルフィンの存在はフィーにとって大きな意味を占めているのかもしれない。

 

「(記憶が確かなら、ソフィアと同学年のはずだけど……)―――三つ子の弟君がおられて、そちらはセドリック殿下だ。エレボニアの皇太子でもある。」

「ふむふむ。そういえば、前に雑誌でなんとか皇子って人を見かけたね。ユーシスのお兄さんぐらいの歳で、濃い金髪だった。」

「あ、それはオリヴァルト皇子だね。」

 

フィーはその辺りというか、その当の本人と面識があるが故に、ちょっと悪戯をするかのような感じがあったのかもしれない。

 

オリヴァルト・ライゼ・アルノール……母親が平民のため、皇位継承権から外れた人物。エレボニア帝国の規則のために仕方がない部分がある……それ以上にこの人物の評価は人によって両極端だ。その実を知る身分としては、色々複雑でもあるのだが。昨年の『アルセイユ』『カレイジャス』による帝都凱旋+エレボニア帝国とリベール王国の首脳会談を実現させた立役者として、“放蕩皇子”の異名に恥じぬよう精力的に活動している。

 

それの代表的なというか、最近起きた出来事だと……とある平民の結婚式に『カレイジャス』で乱入するという破天荒ぶりを発揮した。だが、そういった貴族・平民を分け隔てなく接する姿勢は本人の出自も相まって好印象を与えているのも事実であった。ちなみに、そのとある平民というのは……バリアハートでの宝石絡みでの実習課題の時に関わった男性でもある。なんと、アルフィン皇女もそれに同席し、さらには皇子自身が神父役を務めたそうだ。彼のお付きからすると胃薬必須ものだが。

 

そうして話し込んでいると、アリサ達B班の面々も正門前で合流する塩梅となった。

 

「あ、もう来ていたのね。」

「そっちこそ、お疲れ様。」

「ええ、お疲れ様です。」

「早いな、そっちは。大方アスベルとルドガーが手伝ってくれたのか?」

「今回ばかりはサポートに徹したよ。流石に先導してばかりというのもよろしくないからな。」

「フッ、そのような余裕な言葉を一度は言ってみたいものだな。」

「こ、この男は……」

 

ユーシスとマキアスに関しては“いつものこと”というか、根は同族なのかとフィーとラウラが話すのを見て、アリサらB班の女性陣は彼女らが和解したことに気付いたようだ。それに対してはラウラとフィーが揃って詫びを入れる形と相成った。……そうして鳴り響くのは17時を知らせる大聖堂の鐘。つまりは約束の時間となるわけなのだが……女学院に行けと言われただけで、案内とかの仔細は伝えられていない。すると、門が開いて姿を見せたのは意外な人物であった。

 

「兄様?」

「え……ソフィア!?どうして……って、ここに通っているんだし、何もおかしくはないか。」

「え、ええ……他の皆さんもお揃いのようですけれど……」

「ふふ、おおよそ一週間ぶりぐらいかしら。」

「はは、ちょっと事情があるんだけれど……」

 

リィンの妹であるソフィア・シュバルツァーその人であった。正門の前に自分の兄はおろか他のⅦ組メンバー全員が揃っているということに戸惑いを隠せない。どうして彼らがここにいるのか……少し考え、ソフィアは頼まれたことを思い出しつつ、リィンらに尋ねた。

 

「ちょっと待ってください。兄様たち、ひょっとして……17時過ぎにいらっしゃる14名のお客様、でしょうか?」

「ああ、ちょうどⅦ組全員で14人に……って、ええっ!?」

「ひょっとして、私達を呼んだのはソフィアさんでしょうか?」

「…いえ、私の知り合いです。(ああ、もう……悪戯好きというか何と言うか……こんな不意打ちを仕掛けてくるなんて……!!)」

「え、ええと、ソフィア?」

「コホン、失礼いたしました。トールズ士官学院・Ⅶ組の皆様、ようこそ聖アストライア女学院へ。それでは、案内させていただきます。」

 

ソフィアは丁寧に返しつつも顔を背けて放たれた言葉に、それが聞こえた面々は揃って冷や汗をかいた。どうやら、ソフィアを弄って遊ぶのが楽しくて、そのように仕向けたのだろう。…その人物の大方の予想は付くのだが。ともあれ、ソフィアの先導で女学院へと案内されることとなった。

 

女学院という半ば隔絶されたような場所ゆえにⅦ組の面々は新鮮に映るようで……すれ違うたびに色々言われる……マキアスに対する言葉がなかったのは黙っておくことにした。それとは逆に女生徒の中で一番話題に上ったのは……セリカやラウラ以上にリィンであった。

 

『ソフィアさんの隣にいるのは……ひょっとして、リィン様では!?』

『間違いありませんわ。ああ、一度でいいからお話してみたいですわ。』

『リィン様……(うっとり)』

「……う、流石に居心地が悪いな。皆、ソフィアと同い年だったりするのか?」

「……知りませんっ。」

 

気が気でないお年頃というか、ソフィアの焼きもちの感情が表に出るぐらい、女学院の生徒からすれば社交界の話題ともなっているリィンは魅力的なのだろう。これにはアスベルも思わず笑いというよりは同情を向けたくなった。代わりたいとは微塵も思わないが。そんなこんなでソフィアに案内された場所というのは、

 

―――“Rosen Garten(薔薇の庭園)

 

「屋内庭園……ですか?」

「本学院の薔薇園になります。こちらに、本日みなさんをお招きした方がいらっしゃいます。」

「成程、どうやら“やんごとなき身分”の方らしい。」

 

ソフィアは曲がりなりにも皇族の分家の娘。その方からして各上となると、紛れもなく“皇族の本家”であることはすぐに解った。ソフィアが扉を開いてその方に声をかけると、中から響く声……その声を聞いたリィンはソフィアに問いかけた。

 

「ソフィア、もしかして……」

「……ご想像通りかと。さぁ、どうぞ中へ。」

 

招かれたⅦ組一同。薔薇が咲き乱れ、蝶が優雅に飛ぶその庭園で、彼等を待つように立っていた人物が一人。年齢は見るからにソフィアと同じぐらいであり、濃い金髪が特徴的な人物。スカートのすそを摘み上げ、会釈をする。

 

「みなさん、ようこそ。私はエルウィン、エルウィン・ライゼ・アルノールと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね、トールズ士官学院・Ⅶ組の皆様。」

「あれ、姫様。アルフィン殿下はどちらに?」

「そこにいらっしゃますわ。」

「え?」

 

その少女―――エルウィン殿下があいさつした後に、ソフィアがここにいたはずの“もう一人”の人物―――アルフィン殿下の所在を尋ねると、エルウィン殿下は笑みを浮かべて手を差し伸べるような感じでその方角を指した。その方角―――リィン等に向けられた……その更に後ろをソフィアが振り向くと、確かに目的の人物がいた。

 

「ふふっ、ご協力感謝いたしますわ。」

「まぁ、これぐらいは……」

「アスベル、苦労人だな……」

「それを言わないでくれ。」

「姫様、何やっているんですか!?」

 

驚かせがたいがために、アスベルの右肩に乗っかっていた。あまりの行動力にリィンらは冷や汗が流れ、ソフィアは叫ぶ羽目となった。……で、軽い御茶会ということになったのだが、ソフィアはご機嫌ななめであった。エルウィン殿下とのやりとりでも変わる気配無く、これにはⅦ組一同冷や汗が流れた。

 

「まぁ、それはともかく……ユーシスさん、セリカさん。それにステラ“お姉様”もお久しぶりです。」

「殿下こそ、ご無沙汰しております。」

「ますます磨きが掛かったご様子ですね。」

「……“お姉様”?」

「殿下、ここは公の場ですので、その呼び名は……」

「ふふ、失礼しました。」

(あ、そういえばステラは“そういう立場”だったな……)

 

この中にいる面々の中で、ステラの身分絡みの事を確実に知っているのは本人を除けばリィンだけだ。そんな他愛もない会話をしているとエルウィン殿下はリィンの方を向く。

 

「リィン・シュバルツァーさん。噂はかねがね妹さんからお聞きしていますわ。それと、エリゼさんからも」

「エリゼとお知り合いなんですか?」

「はい。同い年でもありますし、仲良くさせていただいております。アルフィンの紹介で、ということではありますが。」

「成程、そうでしたか。ソフィアからも良き友人に巡り合えたと伺っております。“兄”としてお礼を言わせてください。」

「に、兄様。」

 

妹の友人が“皇族”でありながらも、対等の形で接していることに関して、リィンは率直に礼を述べた。だが、というか……ある意味予想していたと言わんばかりに溜息を吐いたのはエルウィン殿下であった。

 

「予想通りというのが、何とも……ね、お姉様?」

「ええ……アルフィンの言う通りでしたか。リィンさん、お願いがあります。今後、妹さんに倣って“リィン兄様”とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ええっ!?」

「ひ、姫様!?」

「その、妹さんから話を聞いている内に他人事は思えなくて。こうしてお会いして、気持ちが抑えられなくなったというか……私にも兄がおりますし、すぐに慣れると思うのですが…」

「いや、その、流石に畏れ多いというか……!」

 

エルウィン殿下の提案に思わず驚いてしまうリィンとソフィア。皇族の方からそのように呼ばれること自体とんでもないとやんわりと答えようとしたリィンであったが、それをバッサリいくかのように答えたのはソフィアであった。

 

「 い い か げ ん に し て く だ さ い 」

「ソフィアのケチ。ちょっとぐらいいいじゃない。」

「それぐらい認めてあげるのも、妹としての度量ですわよ?」

「アルフィンも い い か げ ん に し て だ さ い 」

「あっ、はい」

 

皇族相手でも容赦ないソフィアの物言いに周りの面々は冷や汗をかいた。それで煩く言わないのは、エルウィン殿下とアルフィン殿下がソフィアのことを友人と認めているからに他ならないのだが。というか、いい加減話が進まないと判断したのか……エルウィン殿下は本題の方に移る。

 

「さて、みなさんをお呼びしたのは他でもありません。“とある方々”との会見の場を用意したかったからなのです。」

「“とある方々”ですか?」

「それは一体……」

 

疑問の声に答えるような感じに庭園の中に流れるメロディー……リュートの調べの音。というか、特徴的な奏で始め方からしてそこに姿を見せた人物は思い当たる節が一人しかいない。そのリュートを奏でた人物……その青年は“とある異変”で身に纏っていた格好で姿を見せたのだった。

 

「ご無沙汰しております。」

「お久しぶりです。」

「やぁ、久しぶりだねソフィア君にリィン君。まぁ、楽にしてくれたまえ。」

「相変わらずだね。」

「つーか、その恰好ってことは、また帝都内でも練り歩いたのか?」

「それは実行しようとしたけど、止められてしまってね。」

(やろうとしたのかよ……)

「あはは……はぁ」

 

その人物を知る面々からすれば慣れた光景なのだが、見知らぬ人物からすれば“奇怪な人物”に映ってしまうのは致し方の無いことだが。しかも、その一番の身内であるステラに至っては苦笑というか引き攣った笑みというか……諦めたような表情であった。

 

「えと、どちら様でしょうか?」

「フフ、ここの音楽教師さ。本当は“愛の狩人”なんだが、この女学院でそれを言うと洒落にならないからね。乙女の園に迷い込んだ愛の狩人……う~ん、ロマンなんだが。」

 

そうやって髪をかき上げる……どこかしら“怪盗紳士”に似たような独特の物言いでペースの主導権を握る青年に一同冷や汗が流れたが、そこにツッコミを入れたのはアルフィン殿下と……Ⅶ組にとっては先月以来に会うことになった人物であった。

 

「ていっ」

「そぉい」

「あたっ!?」

「“お兄様”、それぐらいで。皆さん引いていらっしゃいますし、何より他の方の紹介が出来ませんわ。」

「まったくだ。そういうところはオリビエらしいっちゃらしいが。」

「ふ、流石は我が妹に我が親友。ツッコミの腕もさることながら、息ぴったりじゃないか。」

「え……」

「ま、まさか……」

「フッ……オリヴァルト・ライゼ・アルノール。通称“放蕩皇子”さ。そして、僭越ながらトールズ士官学院の理事長を務めている。よろしく頼むよ、Ⅶ組の諸君。」

 

そう、リュートを持った人物こそ……リベールでの異変に協力したエレボニアの“異端児”的存在。オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子その人であった。さらには……

 

「Ⅶ組の面々とは先月以来だから紹介は簡潔にするが……リベール王国宰相にしてトールズ士官学院常任理事、シュトレオン・フォン・アウスレーゼだ。で、もう一人紹介する人物がいる。」

「!?貴方は……!?」

「た、確かリベールの……!?」

「ふふっ……初めまして。リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。よろしくお願いいたしますね、トールズ士官学院・Ⅶ組の皆様。」

 

シオンことシュトレオン・フォン・アウスレーゼ、そしてクローゼことクローディア・フォン・アウスレーゼという“三大国”の一角にして次代を担う二人の登場であった。

 


 
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