No.804647

星空になにを想う

イラストにお話をつける、というコラボ企画に参加した作品です。
至誠さんの作品「全自動星空」(http://www.tinami.com/view/747993 )から着想を得ています。

2015-09-27 15:03:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1430   閲覧ユーザー数:1426

 

「……野良犬?」

 部屋の隅から、僕らと同じように星空を見上げる一匹の犬。

 その首には飼い犬の証である首輪は無い。

 隣に座る純夏も、僕の声に犬へと視線を向けた。

 まぁ、このプラネタリウムのボロさだったら犬が入ったっておかしくはないか、と上へと視線を戻そうとすると、純夏(すみか)が口を開いた。

「ここさ、潰れちゃうんだってさ」

「……まぁ、そうだろうね」

 路地裏のボロい掘建て小屋でひっそりとたたずむプラネタリウム。

 入場料50円。入り口に固定されている貯金箱に勝手に入れるシステム。

 星を映し出す機械の電源も純夏が入れた。

 もちろん僕たちの他に客はいない。

「ね、稔(みのる)。ここ、どう思う?」

「どうって……そうだな。建物はすごくボロいけど、機械は結構しっかりしてるやつっぽいし、天井は綺麗な円形になるように幕も張ってあるし、作った人のこだわりは感じる……かな」

「ふふ、さすが。そういうところをちゃんと評価してくれる人だから好きよ」

「ばっ……! 好きとか、人……前じゃないけど、恥ずかしいって」

 一応いつ誰が入ってくるか分かんないし!

 純夏は僕のそんな反応を横目に満足した表情を浮かべ、再び上に視線を戻した。

「……私ね。昔この近くに住んでたの。ここのおじいちゃんにはすごく良くしてもらった」

「へぇ、そうなんだ」

 通りでこんなマイナーなところ知ってるはずだ。

「そのおじいちゃんね。この前、亡くなったの」

「——!」

 沈黙が小屋の中を包む。

 真っ昼間、小屋の外からは街の音が遠くに聞こえる。

 そんな中に在るこの小屋の中には、静寂と幻想的な星空。

 なんだろう。不思議な非現実感が僕を包んでいるように感じる。

「この小屋もおじいちゃんの四十九日までは残しておくって家族の方から聞いたんだけど、その後は壊しちゃうんだって」

「そう……なんだ」

「うん、それで今日がその四十九日」

「……」

 なんて言っていいか分からなかった。

 純夏は感情を殺すように淡々と言う。

 悲しいんだろうけど、どうしようもないという諦めなのかもしれない。

 きっと僕にも何か言って欲しいわけじゃなくて、ただ聞いて欲しいだけなんだと思う。

「あの犬ね。私が昔ここでよく見た犬によく似てる。でもその犬なわけは無いから、きっとその子供、……ううん、孫……かも」

 犬は、僕らが話す間もまっすぐ星を見上げていた。

 微動だにしない。

「あの犬、これからどうなるんだろうな?」

 言ってから、あまりに他人事な発言だったと後悔したが、純夏は気を悪くした様子は無く、表情も変えなかった。

「……忠犬メーラ。——小犬座の神話って知ってる?」

「いや、知らないけど……」

「イカリオスっていう人がね、葡萄酒を農民達に振る舞うんだけど、飲んだ農民達はあまりに酔っぱらったから毒を盛られたと勘違いしてイカリオスを殺しちゃうの。その娘が、飼い犬のメーラを連れて父のイカリオスを探すんだけど、見つけたのは一本の葡萄の木。メーラがその木にすり寄るのを見て全て悟った娘は自殺しちゃうの。忠犬のメーラも死ぬまでそばにたたずんでた、って話」

「悲しい……話だな」

「うん。でも、あの犬を見てたら何か思い出しちゃって」

「……」

 もし、おじいさんの家族の人が飼う事にならなければ、保健所に連れてかれてしまうかもしれない。

 視線を犬の方へやると、やはり微動だにせず、星を見上げている。

 まるで何かを悟っているかのように。

「……」

「……」

 二人と一匹の無言の時間が流れる。

 犬の表情は無表情なようにも、何かを悟っているかのようにも見える。

 ああもう……。

「あの子、うちで飼う!」

 ……親には文句言われそうだけど。

「——え? ……稔、本気?」

「もちろん、おじいさんの家族の人が飼わないなら、だけどね」

「うん……ありがとう」

「馬鹿、泣くなって」

「な、泣いてない」

 純夏は上を向いて視線を星空へと戻した。

 街の夜は明るすぎて星はほとんど見えないから、ここが無くなれば、あの犬が星を見られる場所は無くなってしまう。

 純夏にとっても、ここの星空は大切だったんだと思う。

 だから——。

「あの子も連れて、一緒に海とか山とか、星見に行こうな」

 ここは——思い出の場所は無くなっちゃうけど、これから一緒に思い出を作っていこう。

 そんな想いを込めて、僕は星空を見上げたまま言った。

 うん、とほとんど息だけの声で頷く純夏。

 その時、まるで返事をするかのように、くぅん、と初めて犬が鳴いた。

 思わず犬の方を向く。

 犬は星空を見上げたままだ。

 けど、さっきまでと同じその表情は、まるでここにお別れを告げているように見えた。

 

 

 
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