No.802652

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第八十六話

ムカミさん

第八十六話の投稿です。


西涼編が続きます。

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2015-09-17 00:53:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3692   閲覧ユーザー数:2851

 

漢王朝の領土、その北西端の平原。

 

そこにもうもうと砂煙を立ち昇らせる集団が二つ。

 

片方はそのほとんどが歩兵で構成された、しかし非常に数の多い、五胡の侵略部隊。

 

片方は騎兵のみで構成された、馬旗を掲げるそこそこの兵数の防衛部隊。

 

戦端が開かれてから如何程の時間が経過したことか。

 

損害状況を見れば馬軍が優位に戦を進めているように見えて、その実戦況は五胡が優位な状態。

 

戦闘開始より愚直に前進を続けており、馬軍はそれを止めることが出来ていなかった。

 

「鶸ちゃん鶸ちゃん!これ、ちょっとまずくない?!」

 

「分かってる!分かってるけど!

 

 こうも敵が多いと騎兵の機動力が活かしきれないのよ!」

 

兵を引き連れるように馬軍の先頭を疾駆する馬岱と馬休。

 

二人は一向に良くならない戦況に冷や汗を浮かべながら話す。

 

今回、馬騰に指名されてこの地の戦に出て来たのはこの二人。

 

各々が部隊を引き連れ、いつものように五胡を蹴散らして帰るだけ、と。出陣時点では二人が二人ともそう思っていた。

 

ところが、である。

 

いざ敵軍と対面してみれば、目の前には平原を埋め尽くさんばかりの兵、兵、兵。

 

一体どこからそれだけの数が出て来たのか、と驚くほどの大軍勢なのであった。

 

さりとて二人も領土の防衛のために出向いている身、簡単に退くわけにはいかない。

 

そこで馬休が指示した戦法、それが西涼の騎馬隊の機動力を活かした一当て離脱、ヒットアンドアウェイの戦法だった。

 

パッと見で敵戦力を計ったところ、敵方に騎兵が非常に少ない。故に選んだその策。

 

それは功を奏したと言えるのか、確かに接触の度にジワジワと五胡の軍を削ってはいる。

 

だが、五胡の方はそれを意にも介さず、削れた箇所にはすぐに後方から兵が補充され、全体の前進の歩みを止めるどころか緩めることすらしなかった。

 

気が付けば領土の境界を越され、内地にドンドンと踏み込まれ。

 

馬休・馬岱共に焦りが募り始めてきていた。

 

「全体反転!もう一度当てるよ!今度こそ止めてやる!!」

 

「私達も反転します!!馬岱隊に続き、五胡の軍を削ります!!」

 

もう何度目になるのか分からない部隊反転。

 

次こそは止める。この一撃で止められるかも知れない。

 

そう信じ、敵に部隊を当てる。そしてすぐに離脱。

 

接触の度合に応じて確かに敵兵は数を減らしている。

 

しかし、敵部隊に穴が空くには至らない。

 

「くっ……!母さまか、せめて翠姉さんさえいれば……!」

 

馬休が歯噛みして漏らす。

 

もしもこの場に二人の内どちらかがいれば、それこそ同じ戦法を取ろうとも鎧袖一触、敵軍の一部が吹き飛ぶ光景が展開されただろう。

 

己の部隊と、何より己の力の無さに俯いてしまいたくなる。

 

それでも、それだけはさせじと馬岱が馬休を叱咤激励しようとした。

 

「それは言っても仕方ないじゃん、鶸ちゃん!

 

 ここよりもっと大きな動きがあるかも知れないからって二人とも出られないんだか……ら…………え?」

 

横に並べた馬から馬休に振り向いて放たれる馬岱の言葉は、しかし途中で途切れて間の抜けた声へと変わる。

 

馬岱の顔は今ちょうど敵軍とは反対側、つまり馬軍の元々の位置の後方へと向けられていた。

 

「ちょっと蒲公英?どうした――――砂塵?ちょっと、嘘でしょっ?!」

 

馬休の中で一つの仮説が立つ。

 

少ない騎兵。止めない前進。それはこの挟み撃ちのためだったのでは、と。

 

「~~~~っ!!全部隊、撤退準備っ!!」

 

馬休は即断する。

 

例え防衛に失敗しようと、決してしてはならないことがある。

 

それは、全滅。

 

最悪、一人だけでもいい。生き延び、馬騰にこのことを知らさねばならない。

 

だからこそ、馬休はタイミングの早い判断ながら、撤退を決めた。

 

そして自分たちがすべき事を簡潔に指示する。

 

「後方部隊を強行突破します!生き延びた者は必ず母さまに報告を!

 

 行きます!!」

 

最早、負け戦。己の力・知恵共に及ばなかった、それが結果。馬休はそう考える。

 

ならば敗軍の将の責任として自らが血路を開くべし。

 

決意を胸に、馬休は誰よりも早く馬を駆け出させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻る。

 

先の報告よりこっち、一先ずの結論として進路を曲げずに部隊を進めていた華琳達の下へ追加の報告が届けられていた。

 

桂花以下各将は部隊各所に再び散って、いざと言う時に迅速な動きを取れるよう準備している。

 

つまり、直接報告を受けたのは華琳と一刀の二人だけであった。

 

「報告します!

 

 砂煙の正体は戦の模様!一方は馬旗を掲げた部隊!もう一方は旗がありませんでしたが、見たところ五胡の軍ではないかと!」

 

その内容はある意味で事前の不安が的中したものだが、ある意味ではそれが裏切られたものでもあった。

 

「五胡の動きは予想以上に活発だった、と分かったわけだが。

 

 馬軍――馬騰は既に五胡に当たっていたのか。

 

 馬軍からは誰が出ているか、それと戦況、その二つは判明しているか?」

 

「申し訳ありません、誰が出ているのかまでは分かりません。

 

 ですが一つだけ、将は二人いるのですが、どちらも馬超では無いことだけは確かです。

 

 それと戦況ですが、どうやら馬軍が五胡の物量に押されているようです!

 

 所見ですが、五胡の練度はそれほど高くない模様!一方で馬軍は熟練の騎兵を引き連れ、五胡を少しずつ削っておりました!

 

 そのため、損害状況は五胡の方が悪いと思われます!」

 

一刀の確認に報告に来た兵がすぐに答える。

 

ちなみにこの兵、桂花が選出した黒衣隊からの出兵の一人である。

 

一刀が要求しそうな情報も先に添えて出してきた辺り、さすがと言えよう。

 

そして、その内容から考えられるに、馬騰もいないのだろうと予測された。

 

”あの”孫堅と肩を並べる馬騰がいて、ただの物量だけの部隊に押され続けるようなことは無いはずだと考えられるのだから。

 

「馬軍の主要部隊じゃない、のか?馬超どころか馬騰もいないようだな。

 

 だがどちらにせよ、戦況は悪い、と。

 

 どうする、華琳?下手をすればその五胡の大軍とやらとぶつかってしまうかもしれない。

 

 さすがに火輪隊と言えど、入念な前準備も無しに大軍勢を相手には出来ないぞ?」

 

一刀の言葉を聞き、華琳は意味深な笑みを浮かべた。

 

「あら?今の言い草、貴方は私に今からでも引き返せ、と言っているように聞こえるわね?」

 

「実際、その意を込めて言ったんだがな」

 

「冗談でしょう?この状況、むしろ天は私に味方していると取ったわ。

 

 報告を聞く限り、馬軍は敗走に追い込まれた訳ではないのでしょう?ならば話は単純なことよ。

 

 私達が馬軍に協力し、五胡を迎撃する。

 

 これから馬騰を勧誘しにいくのだから、丁度良い手土産にもなるしね」

 

満面の笑みでそう宣う華琳。

 

対照的に一刀の顔には苦笑が浮かんでいた。

 

溜め息を吐いて軽くボヤいてから、真面目な顔を作って一刀は華琳に簡単な推測を話す。

 

「はぁ。危険性が高いから言わなかったってのに。

 

 確かに、火輪隊が馬軍に加勢すれば戦況を盛り返せる可能性はある。

 

 が、如何せんこっちも少数だ。焼け石に水である可能性も十分にある。

 

 そうなってしまうと目も当てられない。飛んで火にいる夏の虫状態だ。

 

 そんなところに華琳を行かせるわけにはいかない、とそう言いたいんだが……」

 

「却下ね。五胡の部隊が現れたことについて貴方とは見解の相違があるみたいだけれど、今は向かい風では無いわ。追い風よ。

 

 五胡の部隊が単独で現れ、私たちの前に立ちはだからんとしていたのであれば、帰還の選択肢もあったのでしょうけれどね」

 

弱めながら提案した一刀の案を華琳は即答で否定した。

 

尤もこの話題になった時点で、それも華琳からそれを振ってきている時点で、華琳が引き返す可能性を一刀は半ば以上諦めてはいた。

 

「分かった。なら、五胡の迎撃に向かおう。

 

 但し、これだけは言っておく。もしも少しでも無理を感じたら、すぐに華琳は退かせる。

 

 その判断は桂花にしてもらう。それでいいか?」

 

「ええ、構わないわ。その代わり、全力で迎撃に当たりなさい。

 

 中途半端は許さないわよ?」

 

「そうと決まれば、元よりそのつもりだ。

 

 第一、桂花と詠がいて、部隊の中に華琳と月がいる状況で、二人が二人とも全力で当たらないなんて、天地がひっくり返っても無いことだな」

 

「ふふ、それもそうね。

 

 それじゃあ、早速皆を集めましょうか」

 

「だな。すまないが、頼んだ」

 

「はっ!お任せを!」

 

報告に来ていた兵にそのまま仕事を頼む。

 

暫しの待ちを経て手短に軍議を済ませ、部隊再編を行うことになるだろう。

 

(いざと言いう時のための装備は整えてきているが……最悪、ここで吐き出す覚悟が必要か。

 

 華琳の言う通り、馬騰に恩を売れるのは大きい――はずだ)

 

心中で打算や計算を繰り返しながら、一刀もまた待ちのひと時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、一刀と恋が先鋒に。吶喊部隊を率いて一当てして。あんた達の役目は分かってるわよね?

 

 加勢とは言えこっちは全体でも少数。だからこそ舐められないよう示威行為も兼ねて一当て目で派手に敵を蹴散らしなさい。

 

 一当てしたらそのまま帰隊。その際に馬軍が前線に張り付いているのなら拾ってきなさい。その後の攻撃に巻き込まないように。

 

 本隊は、月、あんたに任せるわ。対麗羽戦で見せたという馬術による機動力と十文字による遠距離弾幕を。

 

 但し、弾幕は一刀たちが吶喊する前と終わった後に。

 

 秋蘭は月の部隊に加わってちょうだい。あんただったら十文字の連射速度にも飛距離にも引けを取らないでしょうし。

 

 それから、梅と春蘭。あんた達は本陣で華琳様の護衛よ。全体の兵数の関係上、護衛に割ける人数はごく少数になるわ。

 

 あんた達の負担はちょっと大きいけれど、だからと言って華琳様の御身には何も起こらせないように」

 

同道している将を全て集めてから情報と今後の方針を共有し、それを基に桂花と詠が策を練った。

 

それを桂花が纏めて指示として話している。

 

桂花も詠も各々の能力と火輪隊の特殊性を熟知しているだけにその采配の決定は非常に早いものだった。

 

無茶を申し付けられたわけでは無いだけに、誰からも異論は上がらない。一部、若干不満そうな、それでいて満足そうな複雑な顔はあったのだが。

 

「全て決まったようね。ならば、すぐに出発しましょう。

 

 五胡の連中は待ってなどくれないわよ」

 

華琳の号で部隊が進路を曲げて動き出す。

 

そして戦場へと向かいながらそれぞれの配置を変えていき、会敵後即座に戦闘へと移れるよう準備も整える。

 

斥候からの続報は入ってきていないが、先の報告を聞くにこの短時間で馬軍が全滅、或いは総崩れになっていることは無いだろう。

 

だが、窮地に陥っている可能性はある。

 

なればこそ、急遽決めた救援とは言え、火輪隊も急ぎ駆け付けねばなるまい。

 

戦闘へと移る前に馬たちが疲れ過ぎないよう、速度に気を付けながら一刀たちは平原をひた走る。

 

そうして暫く馬を走らせていると、やがて前方に大きく広がった集団を視認出来た。

 

「皆、敵軍が見えたぞ!馬軍の所在を確認しつつ、事前に通達した通りに策を遂行する!

 

 各員指示に従い、走りながら準備せよ!」

 

一刀は後ろに振り返り、声を限りに張り上げる。

 

火輪隊が少数とは言え、それでも500からの人数はある。

 

それはそのまま馬の頭数でもあり、それだけの馬が速度を出して走れば当然砂埃が凄いことになっていた。

 

従ってこの場合、先頭に近いごく一部のみが視覚で得た情報はそうして後方の者に聴覚でもって受け渡す。

 

これを受けて桂花と詠が各所に指示を出し始めた。

 

一刀は隣を並走する恋に目配せをする。恋もその視線に気づき、一つ頷いた。

 

二人の役目は吶喊。

 

馬軍がいる位置を確認する必要はあるが、基本的にはこのまま速度を緩めず、否、速めた上で突っ込み、痛撃を加えることが肝要。

 

二人は二人とも、武はある。付く兵も精強そのもの。だが、如何せん数の差は甚大故にどうしても危険は伴う。

 

アイコンタクトで確認したのは互いの覚悟なのであった。

 

「董卓隊!あと一里進んで静止、射撃開始!但し初めは牽制のみ!馬軍の所在が判明の後、本格的に攻撃を開始!

 

 北郷隊、呂布隊!そのまま吶喊!馬軍を見つけ次第報告のこと!」

 

言葉を絞った簡潔な指示が後方から伝わってくる。

 

それに従って部隊が二手に別れようとした時だった。

 

「……む?!前方より部隊接近!あれは……馬旗か!」

 

奥にいる五胡の大軍に目を奪われる中、比して少数の部隊が火輪隊の方へと向かってきているのが確認される。

 

一刀からの情報により、瞬時に桂花は対応を変化させるべきだと考えた。

 

しかし、その内容を思考しきる前に馬軍を観察していた一刀から次なる情報が発せられる。

 

「まずいな……馬軍に敵性感情が見られる!

 

 桂花!ここは一度部隊を止めるべきだ!」

 

「あ~っ、もうっ!!考える時間くらいちょっとは取らせなさいよねっ!!

 

 全軍、進軍を停止せよ!!将は皆前面に!!華琳様と梅のみそのままで!!」

 

急を要され、桂花は即断する。

 

それが適切かどうか、改めて自己検証する時間は無い。

 

今はただ、直感に近い己のその判断が正解に近いことを信じ、祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?ちょっと鶸ちゃん!あっち、止まっちゃったよ?!」

 

「一体何を……っ!?くぅっ……」

 

後背に現れた部隊に対し、掠めるように一当てし、逃走を図ろう。

 

そう考えていた馬休は、しかし馬岱が言った通りの光景を目の当たりにして予定通りに動くべきかどうかを悩む。

 

こうして近づいて見れば分かる。

 

予想通り、今馬軍の正面に存在する部隊は全てが騎兵の部隊。

 

やはり挟み撃ちが狙いだったのか、と考えた矢先、その騎兵部隊が足を止めてしまった。

 

緩める、では無く、止める。それは騎兵部隊の利点を殺す所業。

 

そこにどんな狙いがあるのか、馬休には読み切ることが出来ない。

 

ここは破れかぶれであっても強引にいくべきか。それとも衝突を避け、初めから完全に背を向けてでも進路を逸らして逃走するか。

 

時間が無い中、悩む、悩む。

 

そうして馬休が頭を捻り続けている間も、馬岱は前方の部隊を観察して状況を教えてくれていた。

 

「あ、部隊の中から何人か前に出て来たよ!でも強くなさそうなのも……

 

 ん~?前に出て来た人たちが何か話し合って……あ、あ!何か二人だけまた進み出て来たよ!」

 

「二人だけ?!どうして?!」

 

「え~?そんなの蒲公英にも分っかんないよ~!」

 

「さっきから不可解な行動ばかり……あっ、まさか、妖術で攻げ……き……」

 

「わぁ……」

 

混乱の最中に陥った馬休の言葉が途中で途切れる。同時に馬岱の口からも感嘆の言葉が漏れて出てきていた。

 

その理由は前方から近寄ってくる二人にあった。いや、正確に言えばその二人が跨る馬に。

 

近づいてくる二人を乗せて走る二頭は、片方が真っ赤な体躯、そしてもう片方が真っ白な体躯という馬の多い西涼であろうとも珍しい馬たち。

 

歩くよりも先に馬に乗る、と言われる程馬と生活が密着している西涼の民だからこそ、遠目からでもよく分かる。

 

どちらの馬も類を見ないほどの良馬だ。

 

しかも、それだけでは無い。

 

整えられた毛並み、輝かしい毛艶、そして騎手を信頼した従順な動き。それらを見ればどれだけ二頭を大切に扱っているかも伺える。

 

要するに、二人は二頭の馬の素晴らしさに一時見惚れてしまったのである。

 

「…………はっ!?こ、こんなことしている場合じゃぁ――っ!?」

 

「うっ……あの二人、ちょっとやばいかも……?なんだか、おば様を相手にした時みたいな感覚が……」

 

馬休と馬岱が馬に見惚れている間も前方の二人は距離を詰めて来ていて。

 

我に返った馬休が対応を急ぎ決めようとした矢先、今度は全く異なる理由から硬直してしまう。

 

その理由は隣で微かに震える馬岱の口から語られたものと同じもの。

 

馬上の二人の纏う雰囲気に只ならぬものを感じたが故であった。

 

(まずい……まずい、まずいっ!!直感を信じるなら、あれらは母さま級の化け物かも……

 

 そしてこの距離は……最悪だ……避けて通ろうにも、通過するときに隊の横っ腹に絶対に当てられる……

 

 かと言って正面突破も逆に蹴散らされそうで……

 

 一旦下がろうにも後ろは五胡の歩兵の大軍……どうしよう……どうすればっ……!!)

 

額に脂汗を浮かべ、必死になって頭をフル回転させる馬休。

 

が、どうにもいい案が浮かばず。途方に暮れかけた時、三度相手が不可解な行動に出た。

 

「止、止まっ……た……?」

 

「みたい……だね……?」

 

前方の二人はまだ随分と距離もある地点で馬を止めてしまった。

 

そして白馬に乗った者――この距離までくればそれが男だと分かる――が更に数歩だけ馬を歩ませ。

 

大きく息を吸い込むと、よく通る声が馬軍全体に届けられることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火輪隊の部隊前面に軍師も含めた将のほとんどが集まる。

 

前方をこちらに向かって走ってくる馬軍は、こちらの動きを見て若干迷っているように速度が落ちていた。

 

ここはその迷いに上手く付け込んで一気に相手を説得するのが得策だろう。

 

そう考えた桂花はそれを為し得る人選を考えた。

 

「一刀、恋。あんた達だけで馬軍に近づいて、こちらに敵意が無いこと、加勢に来たことを伝えて説得してきなさい。

 

 ただし、無理だと判断したらすぐに戻ってくること。

 

 もしもの時でも、あんた達の馬だったら馬軍にも走り負けはしないでしょう?」

 

「ん、まあ大丈夫だろうな。恋もそれでいいか?」

 

「……ん」

 

一刀も恋も異論は申さない。

 

時間も押しているとあり、すぐに二人は馬を出した。但し、速度は出さない。

 

飽くまで移動は緩やかに、相手を刺激しないように。

 

そうして彼我の距離の半分を詰めた辺りで、念のための余裕を取って馬を止めた。

 

「恋、ちょっとここで待っててくれ」

 

「……ん」

 

一言断りを入れてから、一刀は更に数歩だけ馬を歩かせる。

 

そして声を張り上げ、話し始めた。

 

「西涼の部族連合が盟主、馬寿成殿配下の軍と見受ける!

 

 鉾を収められたし!我等は敵では無い!」

 

始まった一刀の話に正面の馬軍がざわつく様子が伺える。

 

どういったことを考えて敵意を向けて来たか、詳しいところは分からない。

 

だが、わざわざ反転して向かってきているのであれば、恐らくは五胡の奇襲とでも勘違いしたのか。

 

なればこそ、その誤解を解くべく一刀は話を続ける。

 

「我等はとある任にて近くを通った曹魏が一部隊なり!

 

 五胡の急襲ありとの報を受け、助太刀にはせ参じた次第!

 

 従ってこちらにはそちらに対する敵意は無い!

 

 再度申す!鉾を収められたし!我等は味方である!!」

 

言い終え観察していると、一刀の言葉に馬軍は動揺を隠せない様子。

 

だが、そんな中でも時間が無いことだけはしっかりと頭にあったのだろう。先頭の二人が何やら短く話している。

 

ここまで近づけばよく分かるが、片方は青を基調とした、もう片方はオレンジを基調とした、馬超と似た服を着た娘たち。

 

最早確信する。彼女たちは馬家の縁者だ、と。

 

すぐにその内の片方、青い娘が一刀同様に少しだけ進み出てから問いを返してきた。

 

「いかにも、我等は馬寿成が軍なり!五胡が軍が侵攻もまた事実なり!

 

 されど汝、魏国が助太刀と申すが、そが真なる証拠はあらんや?!」

 

「貴公がそを望むとあらば、我が身をば証拠とせん!

 

 我が得物はこの者に預けん!

 

 徒手空拳にて我が接近することを許可されたし!」

 

「……許可せん!但し、僅かなりとも約を違えんとせば、汝らが命、無きものと思え!」

 

「英断、感謝する!」

 

やり取りを終え、一刀は宣言通り恋に刀を手渡す。

 

「…………一刀……」

 

「大丈夫だよ、恋。向こうもきっと馬鹿じゃない。分かってくれるさ。

 

 恋は絶対に動いちゃダメだよ?恋が下手に動いちゃうと、大変なことになっちゃうから」

 

「……ん。恋は一刀、信じる」

 

「ありがとう。それじゃ、行ってくる」

 

丸腰になった一刀はそのままゆっくりと馬を進ませる。その視線も前方の話を交わした女性から逸らさない。

 

馬を走らせたり視線を彷徨わせたり、そういった相手を刺激しかねない行動は全て慎んで粛粛と距離のみを詰めた。

 

やがて一刀が馬軍に辿り着けば、先ほどの二人はさらに少しだけ前に出て待ち構えていて。

 

「貴方は一体何をもって証拠とするのですか?」

 

挨拶も素っ飛ばして青い娘が本題から入ってきたのだった。

 

「私の服に触れていただければ、少なくとも私が誰か、そして曹魏の者だということは分かりましょう」

 

馬軍背後の五胡はこうしている間も待ってなどくれるはずも無い。

 

一刀もそれを分かっているだけに、初めから本題であることを良しとした。

 

証拠を示すとなれば、やはりこれが一番楽だろう。

 

そう考え、最早一刀の正装兼普段着として定着した聖フランチェスカ学園の制服の上着を脱いで渡す。

 

それを目の前の二人は恐る恐る受け取った。

 

一刀の制服を手に少し距離を取り、一刀に注意を向けながらそれを検分する。

 

すぐに二人の口からは驚きの声が上がった。

 

「ちょっと、何これ?!絹みたいだけど……これ、そうじゃない……

 

 なんだかとっても不思議な感じがするよ、鶸ちゃん?」

 

「…………大陸の服じゃ、ない……?それにこれ、白く光る衣……魏の者……

 

 まさか……」

 

そこで青い娘は己の持つ情報と先ほどの対話から察した様子。

 

「あなたは例の……天の、御遣い……ですか?」

 

目を見開き、一刀に問う。

 

青い娘のその言葉に、オレンジの娘も驚きを見せる。

 

一刀はしっかりと頷いてから二人に向かって答えた。

 

「仰る通りです。これで少なくとも私共が魏の者であることはお分かりいただけたかと。

 

 ついでに言えば、あそこまで出てきているのは呂奉先です。

 

 今、我等の下には董卓軍がいること、聞いたことはあるのでは無いでしょうか?」

 

「あ、あれが、呂布……確かに、なにか恐ろしいものは感じましたけれど……

 

 ですが、それを伝えて一体何を……?」

 

「私と彼女、言ってしまえば現状の魏国で最大の武を誇る二人ですが、それがこうして無防備に貴女方に身を晒していること。

 

 それをもって我々に敵意が無い、ということを信じて頂きたく」

 

その言葉を受け、青い娘は考え込む。

 

桂花が一刀たちを選んだ理由は今話したものとは勿論異なっているのだが、馬軍の二人はそんなことは知り得ない。

 

一刀の言葉通り、最大戦力を失うリスクをもって、行動で示したのだと考えてしまう。

 

それが故になのか、青い娘は暫し――と言っても状況が状況だけに長い時間では無かったが――考えた結果。

 

「分かりました。貴方を信じることにします。

 

 皆の者!この者たちは味方であると判明した!

 

 我が名において命じる!敵意を収め、この者たちに道を開けよ!」

 

青い娘の宣言により、ようやく馬軍から敵意が霧散していった。

 

改めて向き直り、青い娘はようやく挨拶を口にする。

 

「あ、すいません。色々と追われていて忘れていました。

 

 私は馬休。西涼部族連合が盟主、馬騰の次女です。それでこちらが――」

 

「はいは~い、蒲公英の姓名は馬岱だよ~!

 

 馬騰の姪、ってことになるね!」

 

「ご存知かも知れませんが、私は北郷一刀です。

 

 本来であれば助太刀致す旨の使者を遣わしておくべきでしたが、如何せん時間が無いものと判断しまして……

 

 っと、そうだ。もうあまり時間も無いでしょう。五胡撃退に当たり、当方は既に策を立てております。

 

 馬軍にまだ戦闘を行う余力は残っておいででしょうか?

 

 よろしければ、少しばかり手助けを頂けると――」

 

「だ、大丈夫です!助太刀に来ていただいただけでなく、全てを任せきりだなんて、それでは馬家の名が泣きます!」

 

「では少しばかりお力をお借りすることにします。

 

 一先ず、双方の軍を合流させましょう」

 

「はい、そうですね」

 

先程から見るに、馬休がこの部隊の指揮官なのだろう。

 

彼女の承諾を得て、一刀は元来た道を戻り始めた。

 

その瞬間、反転したその視線の先、恋もその後ろの皆も、安堵の息を吐いているのが見て取れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、馬休と馬岱には一刀と恋――北郷と呂布の部隊に付いて、初めの一当てに協力してもらうわ。

 

 その他、全体の流れなどはこちらに任せてもらってもいいかしら?」

 

「はい、構いません。元々私は軍師ではありませんので。

 

 よろしくお願い致します、荀彧さん」

 

二部隊が合流を果たし、互いに簡単に自己紹介を交わした後、対五胡の大まかな流れを桂花から説明されていた。

 

やはり一刀の想定通り馬軍の指揮官だった馬休も桂花の策に異論は唱えない。

 

そうして策が決まれば、そこからすべきことはただ一つしか無い。

 

「よし、それじゃあそろそろ始めようか。

 

 随分と気分よく侵攻してくれたみたいだが、ここらで奴らにはご退場願うとしよう」

 

全く気負った様子も見せず、一刀は至極自然体のままそう告げる。

 

「……ん」

 

そして、それは恋も同様。

 

そんな二人を見て――否、他の魏の部隊の面々も、その兵数の差に気後れしている様子など微塵も無いことを見て。

 

「鶸ちゃん……」

 

「うん……」

 

馬休も馬岱も、魏軍に何等かを感じたのであった。

 

「恋、上手くいけば一当てで終わりだ。全力で行くぞ」

 

「……ん。一刀、”あれ”使う?」

 

「ああ、そのつもりだ。向かいながら、”練る”。

 

 月、秋蘭、俺たちが離脱したらすぐに始めてしまってくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「うむ、任された」

 

今回の主役はどちらかと言えば月たちとなる。

 

一刀の仕事は恋と共に出頭のパフォーマンスを決めきること。

 

「皆の者!行くぞ!吶喊部隊、我らに続けぇ!!」

 

『おおおぉぉぉぉぉっっ!!!』

 

役割をしっかりと頭に叩き込み、一刀と恋が先陣切って駆け出す。

 

部隊の兵達も遅れじとそれに続き、馬軍も疲れを押して並走する。

 

それが五胡撃退戦の開始、馬軍にとっての仕切り直しであった。

 

 

 

 

 

 

 

そこからの一連の光景を、馬休も馬岱も忘れることは無いだろう。

 

『全力で当たる』と言った一刀と恋が五胡の部隊に当たった瞬間、怪物にでも襲われたかの如く敵兵が吹き飛ぶ。

 

”削る”という表現よりも”抉る”という表現を使いたいくらいの豪快な一撃。

 

その部隊が離脱すれば、直後敵に襲い掛かるのは間断なき矢の雨。

 

飛距離も連射間隔も共に申し分無し。

 

しかも、そうやって弾幕が張られる傍らで、一兵一兵部隊長クラスらしき敵兵を狙撃する矢も存在していて。

 

四半刻とせず盛大に損耗した五胡の部隊は、堪らずといった様子で逃げ帰っていくのであった。

 


 
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