No.796937

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第八十三話

ムカミさん

第八十三話の投稿です。


久々の他国話ですね。

2015-08-18 01:05:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3972   閲覧ユーザー数:3073

 

一刀達が洛陽における件の諸々の後処理をしていた頃。

 

時を同じくして大陸の西側、成都でもまた、この件を受けて動きがあった。

 

 

 

その日、朝の成都の調練場には幾人かの武官が揃っていた。

 

構成は主に将。が、その中に珍しく男が一人。

 

彼は今、趙雲との仕合の真っ最中だった。

 

「はっ!せいっ!せやぁっ!」

 

「ぐっ……!だらぁっ!!」

 

趙雲の激烈の攻めを男は完全に防御に徹することでどうにか捌こうとしているところ。

 

初めこそ割と打ち合えていたものの、趙雲がギアを上げたところからこのような一方的展開が続いている。

 

そして、その均衡もやがて終わりを迎えることになる。

 

「はっ!はあぁぁっ!!」

 

「ぅ……ちぃっ……!!」

 

「ふっ、貰った!はあぁぁぁあぁぁっ!!」

 

それまでの連撃よりも少しばかり力の籠った趙雲の一撃に、男は防御を僅かに崩される。

 

そこを見逃してくれるほど趙雲は甘くなど無い。

 

勝負時と見るや、趙雲は渾身の一撃をもって襲い掛かる。

 

自力の下回る男は、最早敗北待つのみであった。

 

カァンと小気味の良い音を立てて男の手から得物が弾き飛ばされる。

 

その行方を見守りながら、男は口を開いた。

 

「……ちっ、俺の負けですわ。最初はいけると思ったんだがなぁ。

 

 さすが趙雲将軍、完敗です。勝機の欠片も見いだせやしませんでしたわ」

 

「ふっ、お主もなかなか……これで完全に我流と申すのだから、全く大したものだ。

 

 まこと、お主がまともに敵に回らなかったことに安堵するというものよ」

 

趙雲が男を褒める言葉、それが仕合終了の合図となった。

 

そこへ真っ先に飛び込んできたのは蜀の筆頭武官、関羽。

 

関羽は二人の下へと着くなり、男を叱責する。

 

「おい、口が過ぎるぞ!

 

 我等の鍛錬への参加を許したとは言え、貴様はまだまだ実力不足!

 

 星とまともにやりあって勝てるわけがないだろう?!」

 

「そうは言いやすがねぇ……俺は感じたことを言ったまでですぜ、関羽将軍」

 

「だから、それを慎めと言っているのだ、周倉!」

 

関羽の怒声が響く。

 

そこからも分かる通り、男の正体は周倉。

 

現在は関羽の部下として蜀に身を寄せているのであった。

 

「大体貴様、その言葉使いはいい加減何とかならんのか?

 

 いくら山賊上がりと言えど、貴様も今や我等将官に類する武を持つ武官なんだぞ?」

 

「ちっとは直してるつもりなんですが、まだ足りねぇですかい?」

 

「ああ、全く足りん」

 

「にゃはは~。愛紗は相変わらず厳しいのだ!

 

 でも、愛紗?周倉は山賊じゃなくってギゾクっていうものだって鈴々は聞いたのだ!」

 

関羽に遅れて張飛もその場へとやってくる。そして会話に口を挟んできた。

 

その内容に関羽はフンッと苦い顔と共に鼻息を漏らす。

 

「例え何をしていようが、賊は賊だ。

 

 大体、そのような活動をするのであれば、軍に入れば良かったのだ」

 

「愛紗よ、それは視野が狭いと言うものだぞ?」

 

「む?どういうことだ、星?」

 

関羽に対し趙雲が苦言を呈する。

 

関羽はムッとした表情を隠さず、不満も顕わに星に食って掛かろうとした。

 

が、それを止めたのは仕合を見物していた将の最後の一人、厳顔だった。

 

「民の中には軍というものを全く信用しておらん者もいるということじゃ、愛紗。

 

 勿論、桃香様の軍には信を置く者が格段に増しておるがの」

 

「軍を信用しない?何故で――あ……」

 

「そうじゃな。愛紗も気付いたのじゃろうが、以前までの軍の中には民を守ろうなどせん輩もおったからのぅ。

 

 幸か不幸か、そのような連中は今の乱世、早々に大陸から退場したようじゃがの」

 

厳顔の説明に関羽も納得を示す。

 

自身もまた、以前は各地の軍のあり方に疑問を持ち、劉備や張飛と共にわざわざ義勇軍を立ち上げたのだから。

 

「申し訳ない、確かに私が間違っていたようだ。

 

 だが、星?お主は前からそれを理解していたというのか?」

 

「ん?ふふ、ああそうだ。

 

 何故ならば、私もまたこやつと同じような考えを持っていたと言えるのだからな」

 

趙雲は周倉を親指で示しながらサラリとそんなことを言い出す。

 

真っ先に反応したのは指し示された周倉だった。

 

「へぇ、趙雲将軍がですかい?

 

 ですがあんた、俺とは全く違いやせんか?しっかりと劉備さんに付き従ってんじゃあねえですかい」

 

「ははは、確かにそうだ!

 

 何、”同じような”というだけであって”同じ”では無かったということだ。

 

 私は大陸のどこかには我が武を、我が身の全てを捧げるに値する軍があるはずだと、各地を旅して回ったのだ。

 

 結果、桃香様とお会いすることが出来た。当初は共に白蓮殿の下で働く者同士であったがな。

 

 だが、その後に再会し、桃香様に、その理想に、可能性を見た気がしたのだよ」

 

「旅、ですかい。なるほど、そりゃあ俺とは違うわけだ。

 

 俺ぁそんなこと考えずに、気に入らない野郎をぶっ潰すだけっしたからね」

 

「ふっ、それも中々の選択だと思うぞ?

 

 何より、聞けばそこいらの賊のように民を襲うことだけは決して無かったそうじゃないか。

 

 愛紗はともかくとして、私は十分に評価しているさ」

 

ある意味意外とも言える趙雲の高評価。

 

そこに交わされた会話には皮肉が込められていたわけでも無かった。

 

しかも、厳顔は納得したように首を縦に動かしているし、張飛も感心したような表情を醸している。

 

そんな皆の様子に関羽は毒気を抜かれてしまったようだった。

 

「はぁ……まあいい。

 

 それよりも、星。そろそろ時間だ」

 

「ん?もうそんな時間か。了解した。支度するとしようか」

 

関羽に答えて、趙雲は調練場の後片付けに移る。

 

つまり、調練は終了、次の仕事の時間が迫っているのだった。

 

「にゃにゃ?もう軍議なのだ?

 

 愛紗、今日は何を話し合うか聞いてるのだ?」

 

「いや、私も詳しくは分からん。

 

 ただ、朱里や雛里からは大事な用件とだけ聞いてはいるのだがな」

 

「まあ、大方の予想はつくじゃろ。じゃが、儂ら武人が為すべきことは、いつでも出られるよう準備と心構えを怠らぬことだけじゃ」

 

厳顔の言葉に、皆神妙な顔で頷いていた。

 

 

 

 

 

「さて。では行こうか、星、鈴々、桔梗殿。

 

 周倉、私が戻るまでは――――」

 

「あいしゃ~~~っ!!今日は朝からピッチピチのおさかなが取れたじょ~!」

 

後片付けを済ませ、調練場を去ろうとした将達の下にテンション高く飛び込んでくる小さな人影。

 

上も下も最小限の、しかし非常にモフモフとした衣を纏い、獣耳を生やした(?)少女。

 

長めの薄緑の髪を元気よく揺らして駆け寄ってくる幼子にすら見えるその少女の名は、孟獲。そう、あの南蛮王・孟獲なのである。

 

「みぃ、今日は塩焼きじゃなくてもっと美味しいお魚料理が食べたいにゃ!

 

 料理する人に頼んで欲しいじょ!」

 

見たままの印象通り、野生児な孟獲が何故ここにいるのか。

 

それは予てより蜀が推し進めていた南蛮制圧を成し遂げたが故であった。

 

 

 

諸葛亮を中心に、主に平原よりもメンバーをもって行った蜀の南蛮制圧。

 

鬱蒼と茂る木々や亜熱帯の気候にさんざ邪魔をされ、最低限風土病にだけは掛からぬよう注意して歩き詰め……

 

ようやく相見えた南蛮の者たちは、しかし噂に聞いていたような恐ろしい者たちでは無かった。

 

孟獲が南蛮の王であることは間違いない。が、それが従える兵は、兵と呼べるかすら怪しいしろもの。

 

なんと、小さな孟獲よりも更に小さな女の子三人。たったそれだけ。

 

そんなでありながらも、劉備ら一行を発見した孟獲は威勢よく戦いを挑む。

 

だが、それはもう至極あっさりと、関羽の一撫で程度の一撃で孟獲は一度目の敗北を喫した。

 

若干ならず拍子抜けした様子でどうすべきかを問う関羽に、意外にも諸葛亮は孟獲を解放すべきだと話した。

 

一同は驚くも、捕らえた孟獲に聞こえぬようになされた諸葛亮の説明を聞いて納得を示し、孟獲は一度解放される。

 

その時、諸葛亮はこう言ったそうだ。

 

「孟獲さん。私達はここから動かず、逃げも隠れもしません。

 

 どうぞ気の済むまで挑戦しにきてください」

 

普通ならば罠を疑うこの発言。しかし孟獲は実に単純にそれを信じ込んだ。

 

それから数日。

 

関羽を始め、張飛や趙雲に武のみで制されること三度。

 

諸葛亮と龐統に知のみで制されること三度。

 

なんと初めの一度と合わせて計七度、孟獲は蜀の面々に呆気なくひっ捕らえられていた。

 

そして七度目の捕縛時、遂に。

 

「うぅ~~…………参ったにゃ……みぃの負けにゃ……」

 

孟獲が降参の意を口にする。

 

ここに劉備の南蛮制圧が為ったのであった。

 

 

 

それから成都へと連れてこられた孟獲は、瞬く間に劉備たちに懐いた。

 

今さっきの発言や行動からもそれは分かるだろう。

 

まるで振っている尻尾を幻視出来そうな孟獲を見て、関羽は気付いたようにこう言った。

 

「そうだ、美以。お前も軍議に出るんだ。

 

 どうせお前のことだ、聞いておらんのだろう?

 

 ご飯はその後でだ」

 

「にゃ?みぃが軍議に?それが終わったらご飯なんだにゃ?

 

 分かったにゃ!それじゃあ、いっくにゃ~!!」

 

関羽の言葉を聞き、理解するや旋風のように調練場から駆け出していく孟獲。

 

関羽たちもまた彼女を追いかけるようにして調練所を後にする。

 

その間際、関羽は先ほど言いかけていた言葉の続きを周倉に残していった。

 

「ああ、周倉。先ほどの続きだが、お前は私が戻るまで部隊の調練の指揮を執っていてくれ。出来るな?」

 

「へい、任せてくだせぇ」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

それだけ言い残すと、関羽は張飛、趙雲、厳顔と連れだって城へと戻っていく。

 

一介の武官に過ぎない周倉にはこういった軍議への参加資格などは持っていないのであった。

 

 

 

「…………ちっ、俺も念のために参加しておきたかったんだが……

 

 出来ないもんは仕方ねぇか。やるべき仕事だけこなしておくとしよう……」

 

他に誰もいなくなった調練場で周倉がポソリ。

 

それは当然、誰の耳にも届かず、ただ空気に溶けて消える。

 

それも大して気にせず、周倉は自身でも言った通り、己の仕事をこなすべく調練場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍議室には蜀の文官、武官の主だったメンバーが軒並み顔を揃えていた。

 

重要な用件と聞いているだけあって、その場の空気はピンと張りつめたものがある。

 

そんな空気に臆することなく、一同が揃ったことをグルリと見回して確認してから諸葛亮が軍議を開始する口上を述べ始めた。

 

「皆さん、急な事にも関わらず、一人として欠けることなくお集まり頂きありがとうございます。

 

 前置きは省かせていただきまして、早速本日の本題に入りたいと思います」

 

諸葛亮の言葉に、一同の顔が一層引き締まる。

 

「皆さんもご存知だと思いますが、先日、魏の曹操さんが洛陽に部隊を向け、陛下の御身を確保した、と噂が流れています。

 

 結論から申し上げますと、それは事実で間違いありません」

 

「なんという奴らだ!それはつまり、陛下を拉致したということか?!」

 

既に話半分で知っていた情報とは言え、確定であるとないとでは大きく違う。

 

それが確定したとあって、関羽が魏に対し激昂の声を上げる。

 

関羽の叫びに口火を切ったように、蜀の他の面々からも同様の声が多々上がり始める。

 

が、それを徐庶が大きく手を叩いて止めた。

 

「皆さん、静かにしてください!まだ朱里の説明は終わっていません。

 

 全ての説明が終わった後、質問ならば受け付けます。

 

 それ以外の事は、申し訳ないですが軍議が進まないのでこの場では慎むようお願いします」

 

徐庶の諌められ、場は潮が引くように静まり返った。

 

それを見届け、徐庶の礼の意味を込めた頷きを取ってから諸葛亮が説明の続きを口にする。

 

「それから、こちらの噂を耳にした方はいらっしゃるでしょうか?

 

 曹操さんが洛陽に攻め入る直前、民の間に広まった噂なのですが……

 

 曰く、現在洛陽では皇帝が真に幽閉され、その名を利用されている。洛陽では暴政が蔓延っている」

 

この報に場がざわつく。

 

どうやら多くの者がこの噂に関して知っていなかったということだった。

 

知っていたのは文官、或いはその仕事に一枚噛むことの多い黄忠のような武官だけ。

 

それをこの質問で確認してから、諸葛亮は説明を続ける。

 

「私達はこの噂を耳にしてから、その真偽をまず確かめるべく洛陽を含め、各地に間諜を飛ばしました。

 

 ですが、情報が集まりきる前に曹操さんに動きが……当時は余りに早い対応に雛里ちゃんと一緒に舌を巻きました。

 

 しかし、その後の情報収集と合わせ、今では私達はある一つの結論に至っています」

 

一度諸葛亮は言葉を切る。

 

集った面々は、その結論とやらを早く申せ、との視線を諸葛亮に浴びせている。

 

ちなみに、既にこの時点で話に付いていけていない、否、付いて行こうともせず、孟獲は舟を漕ぎ始めていたのだが、誰もそこを気にする余裕など無かった。

 

一拍の後、諸葛亮は諸将の意を汲み、その口を開く。

 

「先の噂は魏が意図的に流したもの。つまり、皇帝陛下の略取は何から何まで全て魏の策略だったというものです」

 

衝撃的なその発言に、場は再び騒然となる。

 

が、先ほどの徐庶の言もあってか、誰かが無意味な叫びを上げるようなことは無い。

 

それに、説明はこれで終わりでは無い。

 

諸葛亮は未だ騒然としている一同に向かって、最後の項目の説明に入る。

 

「それから、魏が陛下をその手中に収めてから暫くすると、大陸中の民たちの間に、またもとある噂が立ちました。

 

 そちらは、魏の曹操が皇帝陛下を洛陽から救い出し、許昌にてその身を直接お守りしている、というものです。

 

 ですが、これにもまた、私たちが調べた限りでは不審な点がありました」

 

ここで諸葛亮は龐統に説明をバトンタッチする。

 

以降の説明は実際にその任の責任者でもあった龐統から為されることとなる。

 

「こちらの噂に関しては、その広まりの起点及び出所を探りました。

 

 それで分かったのですが、どうも幾つかの邑から同時多発的に噂が広まったようです。

 

 そして大本の出所はいずれも不明でした。何処かで聞いた話、誰かに聞いた噂。いくら辿ってもそれしか出て来ず、ある程度辿ると途端にその先が途切れてしまうそうです。

 

 その事実から、私達は先ほど朱里ちゃんが言った仮定を確信に変えました。

 

 つまり、偽の情報が多々ある中、ほとんど唯一確かなことは、陛下の御身は現在、魏の許昌にある、ということです」

 

軍議場のざわめきは相も変わらず、どころか龐統の説明によって勢いが増したほど。

 

その中から今後を問う声が上がる。

 

「そこまでの事は理解したわ。

 

 でも、朱里ちゃん、雛里ちゃん?いくら魏が権謀術数の果てに陛下の御身を確保したのだとしても、そこに御身がある限りは迂闊に手を出せないのではないかしら?」

 

黄忠のこの指摘には、一同

確かにとでも言いたげに首を縦に振る。

 

が、龐統の語りはこの問いにも詰まることは無かった。

 

「確かに、通常はその通りだと思います。ですが、こと今回に限って、魏の対応には様々な付け入る隙があると言えるんです。

 

 まず一つ目ですが、先ほど申しました、現在民の間で広まっている噂の事です。

 

 実はこの噂、魏の領内では真しやかに囁かれているのですが、我等の領民の間ではあまり信じられておりません。

 

 それも偏に桃香様のお人柄のお陰かと思われますが、民の間では劉性を持つ桃香様に助けを求めず、魏の助力のみを乞うとは考えられない、と。

 

 これは先の噂が完全に浸透しきる前に魏が行動に移したことも影響しているものと考えられます。

 

 魏領外の民は基本的に洛陽の暴政を、忠義から魏が陛下を救い出したということを、あまり信じていないようなのです。

 

 更に、これは魏にとっても何等かの不測の事態が発生したのか、陛下が許昌に入られてから何の音沙汰も無いのです。

 

 それこそ、陛下を傀儡にするにしても利用するにしても、陛下に魏を認めさせるような声明を出させてしまえば、民意を得、我等とて易々とは動けなくなってしまいます。

 

 にも拘らず、魏は今まで沈黙を守っており……その意図は不明ですが、ここまで来れば恐らくこのまま声明は出さないつもりなのでしょう。

 

 相変わらず許昌の情報はほとんど得られていませんが、陛下がいらっしゃることだけは事実。

 

 であれば、陛下の身に何が起こるか分からない許昌より、我らがその御身を救い出さねばなりません」

 

再三のどよめき。

 

今度は龐統の真意を量ってもいるのだろう。

 

仮にも陛下が坐す街へと軍を向けようというその言葉。

 

通常時であれば乱心をすら疑うその判断は、だが他の軍師の表情から偽りや冗談の類では無いことが読み取れてしまう。

 

それを裏付けるように、今度は徐庶がその判断についての補足と準備についてを話し始める。

 

「雛里も申しております通り、我等は許昌に攻め込むべきと考えます。ですが、そこに大きな問題がいくつか存在します。

 

 皆さんもご存知でしょうが、魏には北郷及び呂布という恐ろしい武芸者がおります。

 

 また、魏の兵数にしても我等よりも遥かに多く、まともに正面からぶつかっては逆にこちらが潰されてしまいかねません。

 

 更に、以前からちょくちょく話題に上がっております通り、魏の主な情報などはほとんど入ってこない状態ですらあります。

 

 差し当たって我々が今、取るべき行動、それは諸兵力の増強、そして側面から挑んで許昌から陛下を救い出す奇策・妙策の立案。

 

 これらが整い次第、許昌に向けて打って出ます」

 

「し、従って武官の皆さまにはいつでも出られるよう、準備の方をお願い致します。

 

 それと、北郷さ――北郷や呂布に対抗出来るよう、鍛錬も徹底してください。

 

 策の方は私たちが考えますので、心配なさらないでください。

 

 ただ、その…………どちらにしても言えることがあります。

 

 言うは易し、行うは難し…………これから暫くの間、我々は苦難の道を歩むことになるかと思われます」

 

全員が言い終え、諸葛亮を始めとする軍師たち―諸葛亮、龐統、徐庶、そして姜維の四人―は劉備に確認の意を込めた視線を向ける。

 

それに対し、劉備は普段とは真反対とも言える引き締まった表情での頷きにて答えた。

 

その表情を崩すことなく、劉備がその口を開く。

 

「皆さん、私達はつい先日、美以ちゃんを迎えて南蛮を併合、蜀の危険の一つを取り除くことに成功しました。

 

 けれど、まだまだ不安要素はたくさんあります。曹操さんの魏のことは、中でも一番大きなことだと私は思っています。

 

 杏ちゃんの言う通り、これからもきっと私達にとって困難なことは続くと思う。けれど!

 

 私自身は特別何かを出来るわけでは無いんだけど……でも、皆が笑って過ごせる国を作りたいとは思うの!

 

 だから、皆さん。これからもどうか、私に皆さんの力を貸してください!」

 

劉備、つまり君主がこういった場でも部下にお願いの形を取る。

 

どこまで行っても華琳や一刀とは違う道を行く、と。私はあの人たちとは違うのだ、と。

 

そう言った意志も込められているようにすら思う、その態度、行動。

 

されど、そんな劉備だからこそ、関羽を始めとする逸材を多く惹きつけもするのだろう。

 

「何を仰います、桃香様。

 

 我等は桃香様の剣であり盾であり。手にも足にもなり、桃香様の理想のため、この身を捧げましょう!」

 

関羽の返答は劉備のお願いに対して間髪入れずになされた。

 

それに呼応し、各々が口々に返答する。

 

その何れもが、当然だ、と。承諾を表していた。

 

「皆……ありがとう!

 

 これからも皆で力を合わせて頑張って、蜀を強く、豊かな国にしていきましょう!」

 

『はっ!!』

 

これが劉備の選んだ、彼女らしい君主の像。

 

変わらない?否、変わっている。

 

魏へこちらから攻め入ることに、劉備はチラとも反論を差し挟んでいない。

 

南蛮制圧を通してか、温厚さをそのままに強かさも備え、曹操の大きな敵とならんと劉備を成長していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏、ちょっといいですか?」

 

「?はい、大丈夫ですけど……?」

 

軍議が終わってすぐのこと、徐庶が姜維を呼び止めていた。

 

徐庶はそのまま姜維を連れて城にある一室へと入る。

 

何の用だろう、と姜維は頭を捻る。

 

特別大きな失態はしていない。軍師としての仕事を頑張る傍ら、武官としての鍛錬も怠っていない。

 

姜維にとって、こうして個人的に呼び出される理由に思い当たる点は無いのであった。

 

そんな姜維の戸惑いなど知らず、扉を閉めてから徐庶は姜維に呼び止めた本題を話し始めた。

 

「定軍山での件なのですけど、本当に助かりました。

 

 今まで機会が巡ってきませんでしたので遅くなってしまいましたが、改めて礼を言わせてもらいます」

 

「い、いえっ、そんなっ!私は偶々知った情報をお話しただけですしっ!」

 

「それでも杏のお陰で私のみならず紫苑さんや桔梗さんも桃香様の信を損ねることが無かったのは事実です。

 

 大本の目的は達せられていましたし、あの戦いは蜀にとって有益なものとなったと言えるでしょう」

 

定軍山の件。それは徐庶たちが退き際に話していた内容。

 

夏侯淵と典韋の誘き出しには成功したものの仕留めるに至らなかった徐庶たちは、黙っての行動のこともあって報告内容に苦慮していた。

 

そこに蜘蛛の糸を垂らしたのが姜維なのであった。

 

姜維は邑へ出た際に民から耳にしたという山賊の話を徐庶に伝えた。

 

そして、これの討伐を以て今回の目的としてはどうだろう、と。

 

徐庶はその案を採用、賊を瞬く間に壊滅せしめ、晴れて真っ当な出兵理由を得るに至った。

 

南蛮遠征から帰還した後、報告を受けた劉備はその内容に大層喜んだ。

 

それもそうだろう、彼女の領内の民の安全をまた一つ確保したという報告なのだから。

 

こうして徐庶にとっては事なきを得た、と言える結果となったのだが。

 

徐庶の中にはとある疑問が生まれていた。それは。

 

「ところで、杏。あなたに一つ聞きたいのですが。

 

 私達も邑へと赴いたことはありましたが、そのような噂は耳にしたことがありませんでした。

 

 あなたはどのようにして例の話を聞き及ぶに至ったのですか?」

 

「あ……それはですね……」

 

問われ、姜維は若干困ったように力ない苦笑いを浮かべる。

 

が、徐庶の訝しむような表情に慌てて詰まった言葉を繋げていった。

 

「私はまだ、その、武人としての雰囲気なんてものが備わっていないようでして。

 

 ですので、良くも悪くもまるで邑の一員のように溶け込むことが出来たのです。

 

 例の賊はあまりあちらの方へは出向いていなかったようですから、本当にちょっとした、とても小さな噂話だったんですよ」

 

「なるほど、そうでしたか……

 

 どこへ行ってもスルリと溶け込むことが出来る。杏、あなたのそれはある意味で強力な武器かも知れません。

 

 いつかその能力、利用することも考えた方がいいかも知れませんね」

 

納得を示し、徐庶は軽く助言を呈する。

 

これを受けて姜維も神妙に頷く。

 

現状、師として仰いでいる徐庶がこう言うのだ、姜維もその可能性を考慮する必要があるのだろうと納得した故であった。

 

「さて、そろそろ私達も執務室に急ぎましょう。

 

 朱里も雛里も頑張ってくれていますが、まだまだ大変です。

 

 杏、あなたにも存分に働いてもらいますからね?」

 

「は、はいっ!頑張りますっ!」

 

 

 

 

 

南蛮平定、領内安定。蜀は順調に国力を伸ばしつつある。

 

脅威。魏にとって蜀がそう呼べる日も近いのであった。

 


 
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