No.791801

現(うつつ)の庭の本物川 【承】

山畑槐さん

家出少女ハルは、見知らぬ街で不思議な男"本物川"と親交を深めていく。

※登場する人物、団体は本物川さん以外は実在しません。
 役所の公務員「拓さん」はたくあんさんとは何も関係ありません。
 本物川は本物川さんです。

2015-07-25 13:09:28 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:654   閲覧ユーザー数:653

目が覚めて、肌触りに違和感を感じる。

いつもの寝具ではないその感触に、今、自分の状況を明確に思い出す。

 

家を飛び出して、見知らぬ街に行き着いて、変な人に出会って、その人の所でご厄介になることになった。

 

大雑把に整理すると、そんな感じだ。

 

おかげで心身や貞操を損なうことなく朝を迎えることができたようだ。

「あっハルちゃんおはよう~、今お洗濯もの干してる所だから。

 着替えある?無かったら私のがあるからね。」

 

この部屋の主である咲が声をかけてくる。

 

「あ、おはようございます、ありがとうございます大丈夫で……す……?」

 

今まさに目の前でモーニングコーヒーを啜っている金髪スーツの男―本物川と、その目の前で干されている自分の下着。

 

恥ずかしがることでもないのかもしれないが、なんとも居心地が悪い。

 

「やあ、おはよう。」

「お、おはようございます。」

 

本物川が全く意識していない以上、自分が恥ずかしがるのは馬鹿馬鹿しい。そう自分に言い聞かせて挨拶を返す。

 

「なかなか可愛いパンツだな、ハル。」

 

一発殴ったら落ち着いた。

「さて……ハルには僕の仕事を手伝ってもらいたいと思うんだが、いいかな?」

 

洗濯の終わった咲が出してくれた、朝食のフレンチトーストをパクつきながら、本物川が言う。

 

「お仕事……って、何されてるんですか?」

 

すると本物川はキリリとした表情に変わって言う。

「探偵です。」

「探偵かなぁ?」

「探偵です。」

 

咲は探偵であることに嫌疑があるようだが、本物川は全く表情を崩さずに同じフレーズを繰り返す。

何でもいいが、本物川は美形顔なのでシリアスな顔で見つめられると心臓に悪い。

 

「いかがわしいお仕事でなければ……お手伝いしますけど。」

「それは大丈夫!公共事業だから。」

 

咲によく分からない太鼓判を押され、朝食を終えた本物川と私は、車に乗り込んで出発した。

本物川が車のウンチクを話していたような気がするけれど、興味が無いので聞き流した。

・・・・・

 

「さて、午前中の仕事はこれで終わりだな。」

「はぁ……」

 

朝一番で赤ちゃんを引き取り、子守をしながら迷子のペット探し。

その後にドブさらいをして遺失物の指輪を探し出し、昼前に赤ちゃんを返して終了。

 

私はと言えば、赤ちゃんのオムツを替えたりミルクを飲ませたりしていた以外は、餌をまいたり水を流したりするだけの簡単なお仕事でした。

 

「いやー、やっぱりこの3つは探偵仕事の花形だなぁ!」

「花形では……ないと思いますよ。」

「でも探偵と言ったら子守り!ドブさらい!ペット探し!だよね」

 

それ自体に異論は無い。

確かに、映画やドラマの中での探偵はこういった仕事ばかりしているように思える。

……と、言うよりも、あまりにテンプレな探偵のイメージ通りなため、現実感が薄いのだ。

もしかして昨日の夜に、道端で眠りながら見ている夢なのではないか、そんな気さえしてくる。

 

「それじゃお昼の前に市役所に行くよ」

「市役所?」

「こちらは市民生活サポート課です。」

「当部署は、市民の皆様の様々な問題を解決するためにあります。」

「しかし昨今のアウトソーシング化により、実業務は外部委託することとなりました。」

「そこで各種市民サポートを『本物川用務店』に発注しているのですね。」

 

「拓さん、僕の連れてきた人全員にその説明するのやめてくんないかな。」

 

市役所に出向き、職員の人と本物川が何かの書類のやりとりをして、

何の仕事なんだろうかと覗きこんだところで、職員の人が流れるように説明してくれた。

 

立て板に水の話し方と本物川のセリフから、何回も同じ説明をしているのだろう。

 

「ていうか……用務店……?」

「本物川探偵事務所です。」

 

朝と同じキリリとした顔であるが、その顔をすること自体が間抜けな感じに思えてくる。

 

「人々が本物川君に騙されないように、真実を伝えるのが私の使命ですよ。うちの下請けですからね。」

 

「ぐぬぬ」

 

「とりあえずミステリアスな部分は全部吹き飛びました。」

「それはよかった、では本物川君、次の仕事だけど。」

 

そうしてまた仕事の話を始める二人を見て、

私はなんだか本物川に親近感を覚え始めるのでした。


 
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