No.790664

同調率99%の少女(1)

lumisさん

それは、人間たちの物語。
那珂がうちの鎮守府(仮名:鎮守府Aとしています)に着任した頃の話。
なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、
艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

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2015-07-20 09:31:47 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:562   閲覧ユーザー数:560

=== 1 出会い ===

 

=目次=

 

--- 0 回想前、川内型の3人

--- 1 生徒会長

--- 2 できて間もない鎮守府

--- 3 那珂との出会い

--- 4 着任

--- 5 提携ならず

--- 6 嫉妬する同僚

--- 7 発揮された実力

--- 8 幕間:裸の付き合い

 

 

--- 0 回想前、川内型の3人

 

 トラック泊地支援の特別任務から1ヶ月ほど経ったある日。慌ただしかった特別任務の余波もすでに収まり鎮守府の様子は落ち着いていた。特別任務では夕立が死亡を懸念するほどの轟沈を経験するなどいくつか問題もあったが、夕立も無事生還し、それらは無事解決していた。

 

 ある日、提督は川内型軽巡洋艦を担当する3人を呼び寄せた。

 

 

 鎮守府の本館内および敷地内に放送音が響く。

「これから名を呼ぶ方々は、執務室に来てください。那珂、川内、神通」

 

 那珂は特に仲の良い軽巡や駆逐艦の子と本館裏の広場で雑談、川内・神通の二人は工廠に隣接する出撃用水路のとなりの演習用のプールで練習していた。

 

 しばらくして執務室の扉がノックされ、3人が入ってきた。

「どうしたの?司令官?」と川内。

「なになに?あたしたちにご用事?」と那珂。

「あぁ、突然呼び出してすまない。外の動きも落ち着いたし、時間のある今のうちに話しておきたくてね。今回は真面目なお話なんだ。ちょっと外に行こうか。」

 

 そう提督は言い、総秘書艦席にいた五月雨にあとの執務を任せる合図をして川内たち3人を連れて執務室から出て行った。

 

 提督が3人を連れてきたのは、本館となりにある倉庫……のとなりにある、資料館。資料館はたまに一般公開され、一般市民が見学できる施設になっていたが、その日は休館日で扉はしまっている。鍵を開けて裏口から入り、3人をある部屋に連れてきた。

 

「ここって資料館だけど、何するの?」

 ここまで一切説明なしで来たので川内が当たり前のことを尋ねた。

「この部屋って立入禁止なはずですが?」

 資料館の管理を担当したことのある神通は、招かれた部屋が普段は秘書艦たちですら立入禁止な部屋であることを指摘した。

「こんな密室でナニするつもり?わかった!きっと4ぴ」

 よからぬことを口走りそうになった那珂の頭を川内がはたいて強制的にセリフを止めた。

 

 

「ここはさ、ある理由で使われなくなった艤装を保管しておくところなんだ。」

 そう言って提督が指さした保管スペースには、何人かの名前と艤装、それに関する資料と思われるフォルダが書棚にあった。それを順に目で追っていくと、そこには那珂の名前があり、艤装はなかったが資料がいくつか書棚に置かれていた。

 

「あ、あれって私の担当艦じゃん!なんであるの?」と那珂。

「!?」

 純粋に質問する那珂とは違う反応を見せる川内と神通。

 

「ここはね、殉職した艦娘たちの艤装や資料を保管しておく場所なんだ。那珂には着任時にも話したけど、那珂には前任者がいたんだ。」

「あー、知ってるよ。って、前の人死んだの?」

 那珂がさらに質問をして、ふと川内と神通のほうを見ると、二人は苦痛を顔に浮かべている。

 

「これから話すことは、必須ではないけど那珂には知っておいてほしいこと。川内と神通には、トラウマを掘り起こすようでつらいかもしれないけど、忘れてほしくない出来事だ。」

 と提督が言うと、川内が声を荒らげて言った。

「忘れるもんですか!!あたしは光主さんのこと絶対忘れない。」

「……私もです。」

 川内が口にした"光主さん"。その人は、鎮守府Aの初代那珂を担当した少女だった。本名を知っている通り、川内と神通は彼女のことをプライベートでも知っていた。というか、同じ学校の先輩であり、同じ艦娘部所属だったのだ。

 

「光主さん?って誰?」

「那珂、あんた同じ学校の人なのに知らないわけないでしょ。」

「内田さん、那珂はあのときまだ入学してなかったから……」

いきり立とうとする川内を、神通は川内の本名を呼んで諌めて止めた。

 

「あ……そっか。知らなくて当然かぁ。光主那美恵ってうちの生徒会長で、うちの学校の艦娘部の部長だった人よ。」

 川内が那珂に説明をする。

「ふーん。あたしの前の那珂の人って生徒会長だったんだぁ。」

「えぇ。彼女は艦娘としても生徒会長としても、常に全力で活動なさっていました。私達の一番身近な尊敬できる人です。」と補足する神通。

 

 同じ学校の生徒同士である程度補完しあったことを確認し、提督が続きを話し始めた。

 

--- 1 生徒会長

 

 光主那美恵はある高校の生徒会長を勤めていた。彼女は学校の成績良く、スポーツも万能で性格は少々軽いところはあるが明るく嫌味がない。校内でも男女ともにそれなりに人気がある、非の打ち所がないまさに文武両道、パーフェクトに近い少女だった。彼女は祖母が大昔にある小学生集団の指導者、のちにアイドル活動をしていたことを知り、自身もアイドルを目指すべくまずは身の回りのことから完璧にと努力を重ねていた。

 が、同じことの繰り返しで機械的に過ごす毎日、そろそろ新しい要素を欲していた。

 

 そんな彼女が艦娘のことに興味を持ったのは、となり町で鎮守府Aが開設され、そこで艦娘の募集が行われていることを耳にしたからだ。これまでも日本全国には多くの鎮守府と称する、艦娘の基地が設置されていたことは知っている。彼女らが深海凄艦と呼ばれる正体不明の謎の怪物と戦っていることも。が、内陸では影響はなかったため、興味を持つ必要がなかった。

 なので本当にたまたま、偶然、自身が興味を持つタイミングと鎮守府Aで艦娘の募集がされたタイミングが合わさったのだ。

 

 興味を持ったことに対しては妥協なしで本気で取り組む彼女は、鎮守府Aにまずは見学に行くことにした。

 

 那美恵が鎮守府Aに見学申し込みの連絡をすると、電話に出たのは非常に若い声だった。彼女自身と同じ年頃、もしくはもっと若い娘だろうか、那美恵は声の主に少し興味を持った。その後見学の予約を取り付け、当日となり町にある鎮守府Aに足を運んだ。

 

 

--- 2 できて間もない鎮守府

 

 那美恵は電車に乗り、となり町で降りた。駅や町中では鎮守府がどうのこうの艦娘がどうのこうのという触れ込みや雰囲気はない。まだ町の人は自分らの町で鎮守府の運用が始まったことに気づいていない人がほとんどである。

 腕に付けたスマートウオッチで地図とルート案内を確認した。40年以上前の骨董品に近い物だがまだ運営会社もあるので使える。祖母からもらったそのスマートウオッチを彼女は非常に気に入っていた。那美恵は物持ちがよい。

 鎮守府Aがあるという場所まで来た。

 そこには○○建設という看板とともに、ところどころ工事中になっていた。発注元は防衛省鎮守府統括部となっている。まだ工事中なのかよ!と那美恵は突っ込んだが、ちゃんと案内がされていた。工事中の区画と区画の間を抜け、本館と思われる町の町民会館くらいの小規模の建物の前に辿り着いた。そこが鎮守府Aの中心地と判断した。

 ちなみに道路を挟んだ向かいには本館よりも立派そうな建物がある。そちらは直接海に面していた。何か港だろうか。那美恵はそれ以上の興味を示さなかった。

 決して長くも広くない表門から建物までの道を通り、本館と思われる建物の前まで歩いてきた。開けていいのかどうか那美恵がマゴマゴしていると、本館と思われる建物の右手裏から一人の少女がやってきた。紺の制服を着ている。自分と同じ学生なのだろうか。それともここの職員の人?などと、那美恵の色々疑問はつきない。

 彼女は那美恵に気づくと、トテトテと走って近づいてきた。

「もしかして、見学の方ですか!?ようこそ鎮守府Aにいらっしゃいました!私、秘書艦の五月雨っていいます。これから鎮守府の中を案内しますね!あと提督にもぜひ会ってください!」

 可愛らしい声の少女。この少女があの電話の主だと那美恵は気づいた。彼女が艦娘だ。しかも秘書艦。

 初々しくて頼りなさげに見えるが、きっと彼女は凄腕の艦娘に違いないと、那美恵は勝手に想像する。

 

 

 那美恵が来た鎮守府Aは、開設されてからまだ2~3ヶ月しか経っていない。所属する艦娘はまだ7~8人足らずでそのうち五月雨と同じ学校の生徒が3人いて計4人、他の学校の学生が1人、通常の艦娘が2人という構成だ。

 

 鎮守府内を案内される間、五月雨と那美恵は自身の学校のことについても会話していた。

「へぇ・・・光主さんの高校ってとなり町なんですかぁ!近くていいですね~私なんかそのさらに2駅行ったところの中学校なのでここへの勤務ちょっと大変なんです。」

 不満を漏らしているはずなのだがまったく不満気ではない。くったくのない笑顔で五月雨は言う。彼女の本名は早川皐(はやかわさつき)という。

「早川さんの中学校からだとそのくらいかかるよね~。ところでさ、あなたはどういう艦娘なの?」

 

 その質問に五月雨はすぐに答えた。

「実は私、ここの鎮守府の最初の艦娘なんですよ!提督と一緒にここに配属になったんです。いわゆる初期艦というやつです。」

「え!?最初は提督と二人っきりだったの? じゃあ何かも大変でしょ~?」

 那美恵はそれを聞いたら誰もが思うであろう疑問を投げかけた。

 それに対して五月雨は答える。

 

「はい!最初のうちはなんとかやれてたんですけど、私だけじゃ辛くて、そうしたら提督がうちの学校と提携するようにしてくれて。学校で仲良い皆を誘って艦娘部を作って、今は時雨ちゃん。あ、時雨ちゃんは本名も時雨って言うんですよ!夕ちゃん、真純ちゃん。この三人と仲良く分担してやってます。あと一人いるんですけど、まだ艤装の配備が間に合っていなくてなんていう艦娘になるのかわからない友達もいます。

 友達いると言っても秘書艦は私だから結局私のお仕事と責任になっちゃうんですけどね~。あとは黒崎先生。先生は羽黒っていう艦娘なんですよ!まだうちの鎮守府には来てないんですけどね。」

 必要以上のことをペラペラしゃべりまくる五月雨。他の学校の生徒や新しい人が来るのが相当嬉しい様子を見せている。

 

 

 その後那美恵は提督と会い、真面目な話、鎮守府Aを取り巻く環境、今の状況、今後の予定を聞いた。提督はあまりパッとしない人だったが、話しぶりや熱意は伝わってきたので印象はよいと那美恵は感じた。

 提督は普段はIT企業に勤務しているため、鎮守府と本業の仕事は5:5で来ている。今は自分と秘書艦五月雨と時間を分けあって鎮守府内の管理をしているが、将来的には秘書艦を役割ごとに分割して回せるようにしたいと那美恵に今後の目標も話す。そのためには採用する艦娘を増やしたいとのこと。

 なので那美恵が艦娘になってくれるなら大歓迎という状況。もちろん艤装との同調試験があるから本当に入れるかどうかは誰にも分からない。

 

 艦娘制度には学生艦娘という、学校と鎮守府が提携して人員を一気に集めて教育し戦力とする運用があった。提携した学校には国から補助金が出て、その学校の知名度なども上がる。学生艦娘にはそれなりの制限もあるが学校と鎮守府2つに守ってもらえる。なるほど人を集めるという点に関しては学校単位なら普通に募集するよりも人が集まりやすいかもしれないと、彼女は納得した。

 那美恵はこの鎮守府の様子を聞いて、協力したいと思うようになった。ここなら学校以上に大きなことができそうだと。

 

 彼女はもし自分が艦娘になれなかったときのことも考え、今後自分の学校でも艦娘を増やして鎮守府Aに協力しようと思い、提督に自分の高校と艦娘制度として提携して欲しいと願い出た。

 

 学校と鎮守府が艦娘制度で提携するには、その学校に艦娘部の設立が必要となる。そして3人以上の人員と、顧問の先生には職業艦娘あるいは艤装の技師免許を持ってもらう必要がある。

 那美恵は生徒会長をやっているので、どうにか学校側に掛けあってみると提督に約束を取り付けた。

 後日、学校には提督も赴いて学校側と話をするとのこと。

 

 

--- 3 那珂との出会い

 

 学校との提携の話を進める一方で、那美恵は一応普通に艦娘の試験を鎮守府Aに受けに言った。たまたま、新しい艤装が配備されたのだ。軽巡洋艦那珂、川内の艤装だ。

 学校が鎮守府と提携するにしろしないにしろ、艦娘に興味を持ち始めたので自分を試す意味も込めて、試験を受けに行った。

 

 一般常識や最低限の学問知識の筆記試験、運動能力の試験そして、艤装との同調試験があった。筆記試験も運動能力の試験もなんなく合格し、那美恵はいよいよ本物の艤装を目にし、同調と呼ばれる、いわばその機械とフィーリングが合うかどうかの最終試験を行うことになる。

 

 那美恵は艤装に使われている技術の仕組みをまったく知らないが、次の内容のように簡単に教わった。

 艤装には海上で多彩な活動ができるように様々な機能や情報がインプットされている。その情報を人体に伝達させてあたかもなにも装備をせずに直接行っているかのようにスムーズに高度な活動できるようにするために、その艤装からの伝達を受け入れられる健康的な精神や性格の持ち主である必要がある。深海凄艦と呼ばれる化け物には、同調を通して放つ武器でしか、致命傷を与えられないということ。

 昔のアニメや特撮にあった、パワードスーツやヒーロースーツと同じか、と那美恵は考えておくことにした。中の仕組みや技術的なことには大して興味がない。彼女にとって大事なのは、今艦娘になれるかどうかだけだ。

 

「それでは○○番、光主那美恵さん、艤装を装備してください。」

 鎮守府Aの技師だか整備士の人が案内する。那美恵はまず川内の艤装を装備した。整備士が艤装のスイッチを入れる。艤装の稼動状態が高まるとともに、那美恵の身体に軽い電撃のようなものが走った。とても恥ずかしい感覚だったが、彼女はそれを我慢した。

 

 同調率の結果が出された。軽巡洋艦川内の艤装との同調率は、91%。十分すぎるほどの合格圏内だ。その時点で試験を終えても良かったのだが、彼女はまだ試していない那珂の艤装も試したかったので整備士に申し出た。

 

「あの。那珂の艤装も試させて下さい!」

 整備士は承諾し、次は軽巡洋艦那珂の艤装との同調試験が始まった。

 

 エンジンがかかってないにもかかわらず、不思議な感覚を覚え始めた。なんだこの感覚はと。そして整備士がスイッチを入れ艤装との同調が始まった。

 

 

ドクン

 

 さきほどの川内の艤装よりも、はるかに強い電撃のような感覚が全身を駆け抜けた。腰が砕けそうになったが、耐える。身体が燃えるように熱くなり、艤装をつけていないかのような一体感を覚えた。あとで下着を替えなければと思った。

 その直後、整備士が声を上げて驚いた。

 

「うわっ!98%!?なんだこの数値・・・やべぇ!」

 那珂の艤装との試験結果は、さきほどの川内の艤装をはるかに超える合格圏内であった。その異常に高い数値を確認した整備士は近くにいた係員に話をし、誰かを呼びに行った。那美恵はその光景を特に気にせず、試験を終えて待機室に戻る準備をする。

 ちなみに他にも受験者はいたが、他の受験者は合格圏内の同調率を示せず不合格だった。結局のところ、艦娘になるには最後にこの同調という相性をチェックする試験があるため、あまり自由に人を増やせない存在なのである。

 

 

 係員と整備士から光主那美恵の那珂との同調率を聞いた提督は同じく驚いていた。そばにいた五月雨も口に手を当てて驚きを隠せないでいる。

「98%!?すごいな・・・他所では改二の艤装でやっと95,96%だというのに、彼女はそんな数値なのか!」

「あの人、すごい相性ってことですよね!私はついこの前の定期チェックで91%が最高でしたもん。」と五月雨。

 

 同調の試験の結果等は大本営にも報告するようになっており、その旨報告して、提督は光主那美恵を軽巡洋艦那珂として迎え入れることを即決した。

 

 光主那美恵は那珂として鎮守府Aで活動することが決まった。

 

--- 4 着任

 

 着任が決定し、那美恵は提督から直々に合格の連絡を受けた。その日は学校で午前の授業が終わり、お昼を食べている最中だった。生徒会とは関係ない普段仲の良い友人たちとしゃべりながらお昼を食べていると、那美恵の携帯が鳴った。

 

「はぁい。」

「もしもし。私、鎮守府Aの提督の西脇と申します。こちら光主さんの携帯電話でしょうか?」

「あ、西脇さん?はいそうです光主那美恵です。」

 相手は鎮守府の総責任者ということと、電話越しということで普段のノリは控えめに提督に挨拶をする。

 

「光主さん?この前受けていただいた試験ですが、あなたは合格です。正式な案内は後ほど致します。あなたには軽巡洋艦の艦娘、那珂として着任してもらうことになるから。これからよろしく頼むよ。」

「ホントですか!?やったー!こちらこそ~!よろしく西脇さん!」

 

 その電話でのやりとりを聞いていた友人たちは興味津々で那美恵に尋ねてきた。

「ねぇねぇなみえちゃん。電話の人誰?彼氏?」

「えー、どうだろ~?将来そうなるかも~な人かな~」

 那美恵の普段のノリをわかっているのか、友人たちは冗談だと捉えて話を進める。

「なにそれw ね!ね!どんな人?何歳?」

「うーんとね。33とか言ってたかなぁ」

「うわっおじさんじゃん!で、どういう人なの?」

「うーん、ある意味、社長職な人かなぁ。あたしその人のところに挨拶しにいくの。」

「えー!玉の輿!?マジで?」

「挨拶に行くとか結婚かよ~」

 

 キャハハと、黄色い声を上げて那美恵の話を聞いて笑って楽しむ友人たち。

 あえて艦娘とか、鎮守府などとは言わずに話を進める那美恵。本当は話したかったのだがまだ着任しておらず、艦娘部を立ち上げるための準備もこれからというところだったので、状況をわきまえて伏せることにした。

 

 

--

 

 那美恵は連絡された日に鎮守府Aに赴いた。その日は正式な着任日ではないが、事前の準備で書類なり確認すべきことがあるため那美恵は呼び出された。

 

 その日は執務室ではなく、小さな会議室に西脇提督、五月雨、時雨、那美恵の4人が集まった。

「これから軽巡洋艦那珂の着任に向けた準備をします。必要書類はのちほど書いてもらうとして、那珂含めて川内型の艦娘には制服が支給されるから身体測定をしてもらうよ。」

「はぁ、制服ですか。……って身体測定?えー提督に測ってもらうの~?」

 もちろん冗談で言ったのだが、那美恵は両腕で自分を抱きしめるような仕草でイヤンイヤンと上半身を左右に振り、おちゃらけた。

 

 女子高生が苦手なのか、それとも若い子にそういう冗談を言われることが苦手なのか、提督は照れながら反論する。

「そ、そんなわけないだろ……。本当にやっていいなら、やってあげるけどいいのか~?」

 かなり精一杯の冗談で那美恵にノってきた感じがする提督。無理しちゃって……と那美恵は思った。そんな提督の様子を五月雨と時雨はジト目で無言で睨みつけている。

 それに気づいた提督はゴホンと咳払いをして続ける。

 

「君の身体測定は五月雨と時雨にやってもらうから。終わったら3人で執務室に来てくれ。」

 そう言って提督はそそくさと会議室から出て行った。

 

 

 女3人だけになった会議室で那美恵の身体測定が始まる。が、3人共気恥ずかしいのか、なかなか始める一声を出せないでいる。さすがに那美恵も恥ずかしく、普段のおちゃらけた雰囲気が急になくなった。

 

 最初に五月雨が口を開いた。

「それじゃあ、光主さんの測らせていただきます。ええと、改めて。五月雨っていいます。秘書艦やってます。」

「時雨といいます。さみ……五月雨とは同じ学校の同級生です。」

「私は光主那美恵といいます。これから那珂になります。よろしくね、二人とも!」

 

 年下の女の子に自分の体型を測られる妙な感覚を覚える那美恵、学校が違うとはいえ学年が上のいわゆる先輩の体をお触りして彼女の体型を測る五月雨と時雨、三人ともなんとなく無言で作業をした。

 

 身体測定が終わり、執務室に戻った3人。提督は那美恵に書類を書かせ着任に向けて準備を進めさせる。那美恵が書類を書き終わったら、提督は秘書艦の五月雨と一緒に大本営(防衛省艦娘統括部)まで行き那美恵の着任の届けを出しに行く。時雨は出かけている間の代理の秘書艦として鎮守府にいてもらうために、五月雨から引き継ぎを受けていた。

 

--

 

 その後3~4日ほどして、那美恵の体型にあった艦娘那珂の制服ができあがった。鎮守府Aに届けられ、鎮守府から那美恵へと連絡が行った。翌日に那美恵は鎮守府に行き、制服を受け取って試着する。

 那美恵が更衣室で着替え、会議室に行くと、そこには先日身体測定を手伝った五月雨と時雨の他、二人の同級生の顔もあった。プラス、提督や他の艦娘も顔を見せている。人が少ないので、みんながみんな新しい艦娘の事が気になっているのだ。

 

 誰ともなく声が漏れる。

「うわぁ~華やかな制服!」

「どぉーかな、みんな?」

 初めて着る学校以外の制服に戸惑いつつも、軽くポーズを決めたりスカートをたくしあげてクルッとまわったりとちょっとしたアイドルばりの仕草をする。着て数分後にはもう着こなしている様子だった。

 

「光主さん、すごく似あってます。ポーズもなんだかアイドルみたいに決まってます。」と艦娘の一人。

 五月雨たちとは制服が異なる中学生と思われる学生艦娘の子は、しゃべりこそしないがその艦娘の言葉に同意している様子で、コクコクと頷いている。

「そりゃあたし、もともとアイドル志望ですもの。こういう着こなしもしっかりやるよん。」

 那美恵の言葉に皆アハハとにこやかに笑って反応する。その笑いには納得の意味がこもっていた。

 

「私の五月雨も制服ありますけど、可愛さが全然違いますよ~いいなぁ~」

 と五月雨もちょっとうらやましげに感想を言う。

 

 那珂の制服にそれぞれの反応を見せる艦娘たちに提督は解説をし始める。

「元になった軍艦那珂とその姉妹艦はね、150年ちかく前の第二次世界大戦で、日本海軍の軍艦のうちでもかなり活躍した軽巡洋艦らしいんだ。それにちなんで那珂や姉妹艦の艤装装着者の制服は明るい色で華やかなデザインにしたんだそうだ。○○っていう有名デザイナーのデザインらしい。

 見た目の美しさもそうだけど、機能性にも優れていて、艤装の機能を補助する小型チップを入れる専用のポケットもたくさんついているんだ。」

 那珂の制服の説明書を読みながらその場にいる皆に説明する提督。

 

「艦娘専用の制服があるのってうらやましいっぽい~そういうかわいいの着たいよ~」

 悔しそうに不満を漏らす夕立。白露型は初期艦である五月雨以前の連番の姉妹艦は服装自由となっている。そのため夕立たちはとくに考える必要もない学校の制服で来ている。

 

「いいじゃない夕ちゃん。思い切って可愛い服で来ちゃえば。私なんか制服固定されちゃってるもん~」

 友達たちが学校の制服できてるのに自分だけが艦娘指定の制服なことに不満を持っている五月雨であったが、それは夕立からすると、学校以外の制服を着れるだけでも逆に羨ましい存在なのである。

--

 

 そして那珂の着任日、生徒会の仕事は副会長らに任せて早めに鎮守府に来た那美恵は更衣室で那珂の制服を着、ロビーに皆と一緒に集まった。まだ建物のところどころが建設途中の鎮守府Aでは、着任式などをするための講堂もないため、一番広いロビーで行うことになっていた。

 

 

「なんかドキドキするー」

「君は生徒会長やってるんだっけ。普段は今の俺みたいに前に立って何かする立場だから今日は逆だね。」

 那美恵は提督と軽い雑談をする。

 

 ロビーには五月雨たち他の艦娘もいる。各自プライベートの予定もあるため、何人かは不参加だ。

 

「ねぇ提督。なんでロビーなの?会議室でもいいんじゃない?あっちのほうがいいと思うんだけどなぁ。」

見学時に会議室があるのを知っていた那美恵はなぜ会議室ではなくロビーを着任式の場に選んだのか提督に尋ねた。

「本当はさ、執務室で着任証明書渡してハイ終わり、でもいいし、会議室でやってもいいんだけど、俺はこういう儀式を通じて雰囲気とか、気持ちを大切にしたいんだよね。それにロビーでやるのは、これからその人がこの鎮守府に通って艦娘として活動し始めるというスタート地点になるからさ。だから本人が嫌がらなかったら、こうして着任式を開いているのさ。光主さんみたいにノってくれる娘は大歓迎だよ。」

 提督は嬉しそうに言う。提督の言うことが示すように、鎮守府Aでは今までほぼ全員にこうして着任式をやって気持ち新たに艦娘の仕事を彼女らができるよう、計らっているのだった。初期艦である五月雨以外、時雨たちは全員こうして着任式を開いてもらっている。

 

 頃合いになり、本館のロビーにてささやかながらも、本人らの気持ち的には大規模な、艦娘那珂の着任式が執り行われた。

 

 

「光主那美恵殿、あなたを鎮守府Aの軽巡洋艦艦娘、那珂としてここに任命し、着任を許可致します。

 これからあなたには深海凄艦との戦いに参加していただくことになります。怪物との戦いはあなたにとってつらいものになるでしょう。ですがあなたは一人で戦うわけではありません。ここに、そしてここに今いない人もいますが、あなたには同じ艦娘の仲間がいます。うちは激戦区の鎮守府ではありませんが、ここにも深海凄艦の魔の手は迫っています。

 どうか日々精進し強くなり、仲間たちとともに、暁の水平線に勝利を刻みましょう。我が鎮守府に、そして俺の仲間たちにどうか力を貸してください。」

 

「はい。頑張ります。これからよろしくお願いいたします。」

 真面目な着任式、普段のおちゃらけは一切なしに真面目に取り組む那美恵。その雰囲気と表情を一番近い位置で目の当たりにした提督には、彼女から本気が伺えた。

 

 

--- 5 提携ならず

 

 一方で那美恵の高校では、なかなか艦娘部の発足と鎮守府との提携の話が進まないでいた。学校側がそれほど乗り気ではないのだ。原因の一つに、職業艦娘にさせられる、志願する女性教員がいないのと、技師免許を取得したいと願い出る教員もいないのだ。もう一つは、生徒を戦いに巻き込みたくないという校長の考えがあった。

 大昔、那美恵たちの学校の近くにあった小学校(20xx年現在ではすでに廃校になって久しい)では、ある集団との戦いに生徒が巻き込まれた。撃退はしたが、その小学校で苦い思い出をした経験者の一人とされるのが校長だった。

 そういう苦い体験を言われては提督も無理に学校側を誘い続けるわけにも行かず、提携の話は消えそうになっていた。那美恵と提督は、そういう反応を示す校長らを説得出来るだけの材料をまだ用意出来ていなかったということも、その現状を生み出す一要素になっていた。

 

 那美恵は納得がいかなかった。せっかく艦娘になれたのに、活躍して自分の学校の知名度をあげたり、補助金をもらって学校のために尽くしたいと思っていたのに、それがかなわない。

 本当のところは、戦うヒロインとかアイドルとかそんなことを想像していたが、今はそういう個人的な思いは優先させるべきではないとして那美恵は真面目に前者の気持ちでどうしようと考えあぐねていた。

 

 

 那美恵は生徒会長の立場を利用して、部発足のために署名を集めるようとも考えたが、まだなりたてで活躍していない以上はたんに署名を呼びかけても、心からの署名収集にはならない。学校内では自分に人気があることは自覚していたが、それを笠に着てやりたくはない。人気や職権濫用はダメだ。

 

 しばらくは普通の艦娘として、学校とは切り離して考えて艦娘の活動をすることにした。

 

--- 6 嫉妬する同僚

 

 那美恵は生徒会の仕事も忙しかったが、その合間や休日で鎮守府Aにある演習用のプールで訓練を続けた。提督からは休日の鎮守府勤務は学生は禁止と言われたが、どうしてもと願い出た。熱心な那美恵に心打たれたのか、提督は自分も休日出勤するその付添という形で那美恵を出勤させることにした。

 

 演習用のプールで海上を進む練習、砲雷撃する練習、その他立ち居振る舞いを何度も練習する日々が続いた。

 もともと運動神経がよく、アイドル目指しているためダンスの心得があるなど、立ち居振る舞いの自信やセンスがあった那美恵は、自身の能力を活かしてあっという間に鎮守府Aの艦娘の中でもトップクラスの艤装の操縦の実力者になっていた。

(とは言え那珂を入れてもまだ10人もいない集まりである)

 

 

--

 

 鎮守府Aの最初の軽巡洋艦である五十鈴こと五十嵐凛花は、那美恵と同じく自分の学校で艦娘部が作れなかったため、普通の艦娘として所属している身だ。あとから入って自分を超える実力を発揮し始めた那珂に嫉妬していた。

 

((なんなのよあの子・・・。私の方が先に入って軽巡として司令官に大事に思われてたのに、なんであんなにメキメキと上達できるのよ。納得行かないわ。))

 

 五十鈴は提督のところに行き、那珂について聞くことにした。提督と秘書艦である五月雨以外には、着任した新艦娘の試験結果等の詳細は知らされていない。そのため五十鈴は那珂がとんでもない同調率とセンスの持ち主であることを知らなかった。

 

 

 執務室には提督だけがいた。そのため五十鈴はすぐに質問し始めた。

 

「ねぇ司令官。なんで那珂ばかり訓練施設使わせてるんですか! わ、私はいいとして五月雨たち他の子だって使いたいでしょうし。ちゃんと配分考えて下さい!」

 実はそんなに那珂に専有されてもいないのだが、使用頻度は確かに多かったため、五十鈴はあえて誇張して言うことにした。でないと理由付けに困るし、単に嫉妬していることが提督にバレてしまうことが恥ずかしかった。

 

 そんな五十鈴の裏の気持ちを知ってか知らずか、提督が答えた。

「そんなに使わせてたっけか? だとしたらすまなかった。五十鈴、君にも早く強くなってもらいたいからね。今度からきちんとみんなが使えるようにするよ。」

 

 素直に謝ってきた提督に、五十鈴はドギマギして横髪をクルクルといじりつつ言葉を返す。

「わ、わかってくださったなら、いいです……。」

 

 五十鈴に謝ったあと、提督は思い出したことがあり、五十鈴に熱い口ぶりで説明し始めた。

「そうそう、君には言ってなかったが、那珂はちょっとすごい子でね。彼女は早めに実戦に出してみたいんだよ。実はね、同調率の試験が98%で合格だったんだ。」

 その数値に五十鈴も驚いた。なんだそのとんでもない数値は。自分でさえ92%程度だったのに、おかしいと。

 

「それ、本当なんですか?信じられないわ……。って! それが那珂って人に訓練施設を使わせる理由ですか!? 私……たちのことはどうでもいいんですか!?」

「いやいや、どうでもいいとは言っていないぞ。ただ……」

 続けようとする提督の言葉を遮って、五十鈴は思うところがあるのか、提督に提案をした。

「あの、司令官。那珂と演習させて下さい。いわゆる練習試合というやつです。」

 

 なんだかんだで自分のほうが(わずかだが)経験があり分があると五十鈴は考えていた。以前提督から、うちの鎮守府に配備される艤装は特殊であり、自分の気持ちしだいで性能を発揮できると教えられていた。同調率が違っても艤装さえ使いこなせばどうにかなる。新人である那珂を見返せるというもくろみだ。

 その裏では、実力を見せて司令官に振り向いてもらおうという気持ちもわずかにあったりする。

 

 まだ人が少ない鎮守府なので仲違いされると困るが、駆逐艦達に対するよい刺激にもなるだろうと考え、提督は五十鈴と那珂の演習を許可した。

 

 

--- 7 発揮された実力

 

 提督から、同じ軽巡仲間である五十鈴との演習があると聞かされた那珂は、実質初めての戦闘に胸の鼓動の高鳴りを感じていた。戦いは特に好きでも嫌いでもなかった那美恵だが、今は那珂。世界を救うために戦う艦娘なのだ。ただの○○高校生徒会長ではない。肩書や立場がはるかにすごいことになるこれからに鼓動の高まりが止まりそうにない。

 

 その初めての活動が五十鈴との演習だ。彼女のことまだよく知らないので好きでも嫌いでもないが、熱いところもある那美恵は、この演習を通じてきっと仲良くなれると思い込んでいた。

 

 演習日当日は土曜日。五月雨達も学校が早く終わるためかなり早い時間には鎮守府に出勤し、訓練施設の中の演習用プールの脇にみなで集まっていた。

 

 本館よりも立派な工廠で五十鈴の艤装と那珂の艤装がギリギリまで整備されている。光主那美恵と五十嵐凛花は提督に連れられて工廠の前まで来た。

 

 

 凛花はチラチラと那美恵を見ている。というより、睨みつけている。

((なんだろう~やりづらいなぁ~なんであたし睨まれてるんだろう・・・))

 ほぼ話したことが無いため、那美恵が凛花の思いには気づくはずもない。ただ単に意味もなく睨みつけられている。

 

 艤装を身につけて同調を開始する。そして演習用プールへと続く水路に身を乗り出すと、二人とも沈まずに水面に浮いた。さながら船のように。

 その瞬間、那美恵は軽巡洋艦艦娘那珂、凛花は軽巡洋艦艦娘五十鈴に気持ちを切り替えた。

 

 本当の戦闘ではないため、積まれた砲弾には弾薬の代わりにペイント弾が入っている。爆破時の影響範囲を再現するため、ペイント弾は相手に命中して破裂したときに、同じ程度の範囲に飛び散るような設計になっている。

 それから、この頃の鎮守府Aではまだ教育の環境が整っていなかったのでまだ那珂には教えられてなかったが、使われる艤装は精神を検知する艤装そのものである。

 

 

 

 五十鈴とは真向かいの水面に浮かぶ那珂。先日からの心のワクワクが止まらない彼女は、試験の時に感じた以上の一体感を持ち始めていた。

 

 深呼吸をして呼吸を整え終わると同時に、提督から演習開始の合図が出される。

 

 

「てっー!」

 

ドゥ!!

 

 先手を打ったのは五十鈴であった。

 五十鈴はまっすぐ那珂目指して進んで10mを切ったところで単装砲を打ち込んだ。那珂は身を低くしてそれを右に避け自身も単装砲を撃つ準備をする。

 

 五十鈴は那珂が右(五十鈴から見て左手)に避けるのを横目で確認するのと同時に下半身をねじって身体をこれまでの進行方向とは逆にし、その最中に右腰についていた魚雷発射管から魚雷を、那珂がこれから到達するであろうポイントめがけて発射した。

 

 一方の那珂は五十鈴の初撃を回避し終わる頃。五十鈴が予想した通りのポイントに到達したので五十鈴はニヤっと笑ったが、その前に那珂の4基の魚雷発射管には3本の魚雷のエネルギー残量がないように見えた。

 

ドドドォォーン!!

ドパーン!!

 

 

 水中で魚雷同士が衝突した音が聞こえた。何本か偶然にも相殺されたのだ。

 魚雷はダメだったが、単装砲を持った右手がすでに那珂の方を向いている。一方の那珂の単装砲はまだこちらを向く準備ができていないようで、明らかに五十鈴のほうが引き金を引くタイミングが早い。

 

 しかし五十鈴が撃つより早く、那珂はなぜか残りの1本の魚雷を宙に向けて撃った。そして次の瞬間、その魚雷が水面に触れる前に片足をかけたのだ。五十鈴はあっけにとられて引き金を引くのを忘れた。

 

 

 艦娘の兵装が持つ魚雷は実弾形式ではなく、20xx年ではすでに実用化されてかなり経っている、高圧縮の光と熱のエネルギー弾形式だった。そのため普通は足など人体が触れたらその部分は焼けただれて溶けてなくなるか、吹き飛ぶ。しかし艦娘の艤装はエネルギー弾への防御対策もされており、あたっても実弾が当たったかのごとくその部分に傷がつくか、破損して表面の素材が吹っ飛ぶ程度だ。

 もちろん演習用なので魚雷も安全面を考慮されて、低温の爆風しか起きない程度に威力が抑えられてるが、それでも爆風に当たれば煽られて身体も吹き飛ばされる。

 

 

パァン!!!

 

 破裂音とともに爆風が巻き起こる。

 魚雷に足をひっかけた那珂が上空へ吹き飛ばされるのが誰の目にも見えた。

 

 

 予想外の行動に五十鈴の思考と対応は追いつかない。五十鈴の身体は那珂を狙うために当初の進行方向とは逆を向いており、方向転換の影響で身体が斜めになっていた。

 それは、上空からでは面積が広いただの的と化しているのに本人はまったく気づいていなかった。

 

 那珂は引き金を引きかけていたすべての14cm単装砲を、その広い的めがけて打ち込んだ。

「それーっ!!」

 

 

ドン!ドン!ズドン!!ドン!!!

 

 

 それは艤装の設計上制限された数を超える量とスピードだった。普段とはケタ違いの轟音が演習の場に響き渡り、提督や五月雨たちは思わず耳を塞いだ。

 

 バッシャーンと那珂がよろけながら水面に降り立つ。一方の五十鈴は身体の半分以上にペイント弾のペイントがかかっていた。

 

「そ、それまで!」

 提督が終了の合図を出して試合を終了させた。

 

 那珂の砲雷撃の様子を見ていて提督と五月雨は気づいた。艤装の動的性能変化が起きたのは那珂のほうだ、と。のちに提督がそう名付けるようになる、精神状態を検知してその性能を変化させる艤装の機能は、演習前から気持ちが高まっていた那珂に答える形になったのだ。

 

 那珂は水上でくるりと一回転し、ポーズを決めてニコッと笑った。その笑顔は提督に向いていた。

「イェイ! ええと……那珂、スマイルってところかな?」

 

 

 一方、体中がベトベトになった五十鈴は水面に倒れて浮かんでいた。何が起こったのか一瞬理解できなかったが、負けたと悟った。相手、那珂の砲撃の量はあきらかに通常の量を超えており、艤装の扱いも負けたと気づいた。喪失感極まりなくぼーっとしている彼女の顔には、べっとりと白いペイントがついていて間抜けな美少女っぷりを演出していた。

 青空を見ていた五十鈴の視界に顔が飛び込んできた。那珂だ。手を伸ばして五十鈴が起き上がるのを手伝った。

 

「……私の負けね。いいわ。認めてあげる。あなた面白いわね。」

「やっと笑いかけてくれた~!五十鈴ちゃん演習前からずーっと睨んでくるんだもの。怖い人だと思ったよ。でもあなた良い人ね。これから仲良くしてね!」

「えぇ、こちらこそ。この鎮守府でたった二人の軽巡で、私の初めての軽巡仲間だもの。」

 

 プールサイドまで戻ってきた二人は握手をして改めてお互いを認め合った。その様子を提督は納得した様子で温かく見守っている。五月雨たち駆逐艦の子らは、自分らより高性能・高可用性の艤装に選ばれた、歳が近い身近な先輩が二人もできたので二人を取り囲んで全員で喜びを表しあっていた。

 

--- 8 幕間:裸の付き合い

 

 演習が終わり、五十鈴はペイント弾により体中ベトベト、那珂はそれなりに動いたので汗をかいていたのと、演習用プールに浸かったので身体の感覚が気になっていた。なので艦娘に対して認められた入渠と呼ばれる、休憩をとることにした。

 

 入渠には2種類の意味がある。艦娘が装備する艤装・兵装のメンテナンスという機械的な作業と、艦娘の心身のケアを図る運用だ。

 職業艦娘と呼ばれる艦娘以外は定期的な給与は出ない(出撃手当など、不定期・一時的な金は出る)ため、その分の艦娘のメリットとして、鎮守府内の施設の充実、あるいは鎮守府の置かれる町の地域の民間施設・商業施設との提携により、それらの施設で破格の優待を受けられるようになっている。

 大きな鎮守府では鎮守府内に入浴施設、商業施設、果ては美理容施設が整っているが、鎮守府Aはできたばかりでそのたぐいの施設はなく、当分はそういった施設が敷地内に作られる予定もない。

 これから那珂たちが行こうとしている施設は、艦娘なら無料で入れる優待がある。

 

「ねぇねぇ五十鈴ちゃん。近くのスーパー銭湯行こうよ。確か線路挟んだ駅の向こう側にあるはずだよ。」と那珂。

「行きたいのはやまやまなんだけど……あたしペンキがべっとりなんだけど!このまま町中歩くのは勘弁よ!」

 誘っておいてなんだがそりゃそうだ、と那珂は頷いた。

 

 その様子を見かねて提督が言った。

「五十鈴、せめて工廠の中の特殊洗浄水で洗い流してから出かけなさい。」

 ペイント弾を扱う以上は最低限、洗い流せる設備はあるのだ。

 

 そう言って提督は工廠を離れた。後ろには五月雨を始めとして時雨たちもついて本館へと戻っていった。工廠には(整備士を別として)那珂と五十鈴が残るかたちとなった。

 

「洗い流すの、手伝うよ?」と那珂。

 

 その後ペンキを洗い流し、外にでるのに恥ずかしくない程度の格好になった五十鈴は那珂と二人でスーパー銭湯に行く準備をした。その際、提督から五月雨たちも連れて行ってくれとお願いされたので、駆逐艦4人を連れて計6人編成でスーパー銭湯へと出撃していった。

 

 

--

 

 夕方に差し掛かろうとする時間の少し前、スーパー銭湯にはまだほとんど人がおらずほとんど6人の貸切状態と化していた。衣類を脱いで全員浴場に入る。

 

「あれ、凛花ちゃん?女同士なんだから隠さなくてもいいじゃない!」

 と、那美恵は凛花が前を隠すために胸元からたれかけていたタオルを剥ぎとった。

「!!!なにすんのよ! 返してよタオル!」

凛花は顔を真赤にして怒る。

 手ですぐ隠されてしまったが隠しきれてないそのボリュームに、負けた……と那美恵は心のなかで舌打ちをした。

 そんな那美恵は前を隠そうともしない。一方で皐たちは全員隠したまま。さすがに中学生には羞恥心もあって酷かと思い、那美恵は彼女らのタオルは剥ぎ取ろうとはしなかった。

 

 身体を洗ったり湯に浸かり、会話をする。

 

--

 

 そのスーパー銭湯は4~5種類のお風呂があり、那美恵たちはそれぞれ湯に浸かっている。たまたま那美恵は移動した先の湯に、夕立こと立川夕音が一人で入っていて二人っきりになった。

 那美恵も夕音も普段はストレートヘアで肩の下、二の腕の中間付近まで長い。二人とも頭上で束ねてタオルでくるんで縛ったり、専用の髪留めをして湯に浸かる。

 ふと、那美恵は以前夕音がオシャレしたいと言っていたのを思い出したので、それについて話してみた。

 

「そういやさ、夕音ちゃん。」

「はい?」

「この前オシャレしたいって言ってたよね?もしするとしたらどのへん?今イメージあるのかな?」

 

 那美恵がそう尋ねると、夕音はタオルでくるんだ髪が崩れないように抑えながら頭を左右に揺らした後、こう答えた。

「んーとね?服でもいいんだけど、別の服着てくるとね、出撃するときにそのお洋服破けたら補償しなくちゃっていけないからって提督にいちいち言わなきゃいけないんです。そーいうの面倒っぽいから、やるとしたらヘアスタイルにしよっかなって思ってるの。」

「髪型かぁ~夕音ちゃんはどんな髪型にしたい?」

「んー。ストレートはそのままにしたいかなって。」

「ストレートはそのまま? そーなるとワンポイントつけるくらい?」

 那美恵がそう言うと、夕音はタオルで包まれた髪を端から少し引っ張り出し、那美恵に髪型のイメージを伝える。

 

「前か横髪をね、なんかこう……ピンっとハネさせたら変わってて面白いっぽい?」

 那美恵はふぅん、と相槌を打った。すると夕音が那美恵に聞き返してきた。

「那珂さんはあたしやさみより短めだけど、そのままストレートにするんですか?」

「え?あ~。考えたことなかったなぁ。」

 那美恵は髪留めで湯より上にある自身の髪をところどころひっぱったりかき分けたりする。その様子をじーっと夕音は眺めている。するとなにか思いついたような表情になり、那美恵に近づいて密着してきた。

 

 

「那珂さん最初に制服着てきたときさ!アイドルっぽかったから、アイドルっぽいヘアスタイルにしてみたらどーですか?ストレートより絶対よさ気っぽい!」

「……そっか。何も普段の髪型で艦娘やる必要なんてないんだよねぇ?」

「そーそー。せっかくあたしたちすごいことやれるんだし、普段とは違うオシャレして艦娘やりたい~」

 夕音からの意外な提案に、まったく考慮に入れていなかった艦娘としての姿を考え始める那美恵。

 

「うーんそうだね~。髪型でいい案あったら今度教えて。夕音ちゃんたちくらいの若い子の流行知りたいし~。」

 那美恵が最後に茶化すように言うと、夕音もそれに乗った。

「うん!例えばポニテとかお団子ヘアとかウェーブとか、那珂さんの髪の量なら大丈夫っぽい? その時は那珂さんたち高校生のヘアスタイルやファッションも教えて!」

 

 ところで近づかれたとき那美恵は気づいたが、この立川夕音、五十嵐凛花より劣るが、胸のボリュームが中学生4人の間じゃ一番、そしてもしかしなくても那美恵自身よりでかい。肉付きも程よい。

 この娘、栄養全部胸に行ってるんじゃねーのと、どうでもいい感想を那美恵はひそかに抱くのであった。

 

 

--

 

 ノーマルタイプのお風呂に全員で浸かっているときのこと。

 

「ねぇ、凛花ちゃんはどこの高校なの?」

 と那美恵に対し、答える前に凛花は質問で返した。

 

「……その前にさ、あなたさっきからふつーに本名で私の事呼んでるわよね。艦娘名で呼ばないの?」

「えー、鎮守府を出たらあたしはお互いを本名で呼び合って仲良くしたいなぁ。だから全員の本名を提督から聞いておいたんだよ。よろしくね、皐ちゃん、時雨ちゃん、夕音ちゃん、真純ちゃん。」

 そう呼ばれた4人は「はぁ」と勢いのない返事で返した。

 

 皐は駆逐艦五月雨、時雨は駆逐艦時雨、夕音は駆逐艦夕立、真純は駆逐艦村雨担当だ。4人共同じ中学校の同級生である。もう一人白浜貴子という子がいるのだが、彼女は艦娘部の部長でありながらまだ同調で合格できる艤装に巡り合っていないため、鎮守府には来ていない。

 仲間はずれは可愛そうだなぁ、と那美恵は感じていた。

 

「んでさ、凛花ちゃんはどこの高校?」

「私は○○高校よ。」

「うっそ!?結構名門のところじゃない!凛花ちゃんすごいねー」と驚く那美恵。

「……そうでもないわよ。ふつーよふつー。」

 謙遜してるのか、凛花はそう答えた。

 

 お互いのことを話し合うと、意外と境遇は似てるのだなと那美恵は思った。五十鈴こと凛花も学校で艦娘部を設立して学生艦娘を集めて活動したいと思っていたが、学校側に拒否されてしまった。そのため普通の艦娘として鎮守府Aに応募し、五十鈴として採用されたのだ。

 彼女が話すことによると、やはり顧問になるべき教員が、職業艦娘になったり艤装の技師免許を取るのを渋っていたのだ。

 

「そういえば、皐ちゃんたちは艦娘部作れたんだよね?先生の協力あったの?」

 話題を皐たちにふる。すると時雨が答えた。4人の中では一番しっかりしてそうな子だと那美恵は感じた。

 

「うちは最初にさみが、ええと皐が初期艦として艦娘になって、うちの学校に相談をもちかけたんです。で、たまたま先生の中に職業艦娘になってもよいという黒崎先生という先生がいらっしゃるんですが、その人が職業艦娘の試験を受けに行ってくれたんです。無事なれたのでうちの学校で艦娘部が作れたというわけで。

 僕達はもともと友達で、さみがやるなら自分たちも揃ってやりたいね、って話し合って部に参加したんです。」

 それに続いて村雨こと真純が言う。

「ですから私達って、さみと黒崎先生が揃っていなかったらこうして艦娘にならなかったかもしれないんですよ~」

 

 皐たちの学校にはやる気ある人が揃っていた。生徒がやる気あっても教師がやる気ないとダメなのだな、と那美恵は痛感した。うちの学校もどうにかせねばと密かに思いを強める。

 

 

--

 

 那美恵はふと、皐たちにこんな質問をしてみた。

「ね?みんな。みんなは何回出撃したことある?」

「私は4回です。」と皐。

「僕は2回です。」と時雨。

「同じく私は2回よ。」と五十鈴。

 続いて夕立と村雨が答えた。

「あたしは1回!」

「私も1回です~」

 皐は初期艦五月雨として最初からいるだけあって、今のところすべての出撃任務に加わっている。その次に一番の仲良しの時雨、違う学校だが唯一の軽巡だった五十鈴が続く。

 

「ね?深海凄艦と戦うのって、怖くない?」

 それは艦娘として戦う少女たちにとって、根源とも言える、第三者が抱く当然の質問だった。

 皐は時雨たちと顔を見合わせて、そののち答え始めた。

「私も最初は怖かったです。けど、同調していざ深海凄艦と会って戦ってみると、その怖いっていう感じがあまりしなくなるんです。きっと艤装が私達のそういう怖いって感情をうまくカバーしてくれるのかなぁと思います。

 ……まったく怖くなくなるわけじゃないですけど、そういう気持ちの部分でも艤装に守られているから、艦娘っていうただの少女でも戦えるんだなぁって思います。不思議に出来ていますよね~。」

 

 一番経験がある皐の言葉は、彼女のぽわ~っとした雰囲気に似合わず、那美恵の心になんとなく重く響くものがあった。それは時雨たちも那美恵と同じ気持を抱いているように見えた。

 その後皐から話をさらに聞くと、彼女は鎮守府A着任以前、初期艦研修で限りなく本物に似せたダミーの深海凄艦と数回模擬戦闘をしているとの過去の経験を明らかにした。採用されて実戦にいきなり挑むことになりやすい普通の艦娘や学生艦娘とは異なり明らかに利がある。頼りなさげに見える皐が艦娘五月雨として普通に戦えるのは、初期艦として艦娘としての経験が一歩抜きん出ているおかげもあるのかと、那美恵は思った。

 

 

 

 その後6人は思い思いの会話をし、心身ともにリラックスして疲れを癒やした。

 

 スーパー銭湯を出て鎮守府へ戻る道すがら、6人は駅に隣接しているデパートでお菓子などを買い込み、鎮守府へ戻った。その日は6時過ぎまで鎮守府内でおしゃべりをして6人は家に帰っていった。

 提督は最初のうちは同じ部屋で6人の様子を見て時々会話に参加していたが、付き合いきれないと言って部屋から出ていき鎮守府内の見回りをしに行った。

 提督は責任者であるため、全員が帰らないと鍵を閉められないので最後まで残るはめとなった。

 


 
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