No.790057

Baskerville FAN-TAIL the 14th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2015-07-17 14:41:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:534   閲覧ユーザー数:534

「おねーサマ〜〜〜」

これから寝ようかと思ってベッドに入ったグライダ・バンビールの部屋に、妹のセリファ・バンビールが入ってきた。

姉であるグライダのぬいぐるみを大事そうに抱え、目をうるうると潤ませている。

「いっしょにねてもいい?」

今にも泣きそうな顔でぽつりと呟くように訴えるセリファ。その顔を見たグライダは、

「だから言ったじゃないの。あんなの見たら、絶対こうなるって」

「でもぉ」

「でもじゃない。自業自得よ」

わざと冷たくあしらって蒲団をかぶるグライダ。しかしセリファはうつむいたままトコトコと彼女のそばに歩いていき、蒲団ごと彼女を揺さぶった。

「おねーサマ〜〜」

今度は涙まじりの声だ。文字通り泣いて頼んでいる。それに加えて容赦なくゆさゆさ揺さぶられポカポカ叩かれているのに限界を感じたグライダは、

「あー、もうわかったわよ! 今回だけだからね!」

セリファの方を振り向いて蒲団をめくってやる。すると今まで泣いていたのがピタリと泣きやみ、照れくさそうに笑うとぬいぐるみを抱えたまま一緒の蒲団に潜り込んだ。

「ありがと、おねーサマ♪」

セリファはグライダにピタリとくっついてようやく穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

そんな事があった翌朝。朝食をとりながら、グライダは言った。

「セリファ。返すのは一人で行きなさい。いいわね?」

「……は〜い」

少し寂しそうに口を尖らせたセリファが答える。

かたわらには、レンタルビデオのテープが三本ほど。だが、問題はそのジャンルだ。

そのどれもが年齢制限付のホラームービーばかり。しかも総てが雑誌の評論で「掛け値なしに怖い」というコメントだったものばかりだからだ。

外見は十歳そこそこにしか見えないセリファだが、実は本当の年齢は十九歳。姉のグライダとは双子の姉妹なのだ。

年齢的には(一応)問題はないのであるが。

「ったく。お化けとか苦手なくせに、こういうビデオばっかり借りてくるんだから……」

いつもの事なのであるが、それでもため息をつきつつ妹を見る。

「……見たかったんだもん」

セリファは頬を膨らませてじろっと睨む。

だが迫力や恐さはなく、むしろ微笑ましい印象しかない。その顔を見たグライダも、

「だったら、せめて夜一人で寝られるようになってから借りてきなさい」

ホラービデオを借りてきては、夜一人で眠れなくなりグライダに泣きつく。これもいつもの事だ。

セリファはしゅんとしたまま、黙々とパンをかじっていた。

一足先に食べ終わったグライダは、椅子に腰掛けたまま新聞を大きく広げていた。

「へぇ。この間オープンしたテーマパーク。『早くも五十万人突破か』だって」

感心した様子で眺める新聞記事には、このシャーケンの町の外れの埋め立て地に作られ、先月末にオープンしたばかりのテーマパークの特集記事が載っていた。

「テーマパーク……。人界に来て初めて知ったものの一つね」

あと片づけをしながら呟くのは、同居人のコーランだ。彼女はここ人界ではなく魔界の住人。そして魔界にはこういった施設はないそうだ。

「子供はスポーツ。大人はカジノが多いわね、向こうじゃ」

コーランが、魔界での生活を思い出してため息をつく。

カジノといっても、行なわれるのは賭博ばかりではない。劇場・映画館・ショッピングモールなどのインドア系統の娯楽施設が固まっている場所を、魔界では「カジノ」と呼ぶのである。

そんな時、突然呼び鈴が鳴った。グライダが慌てて応対に出る。

「あら。クーパー」

そこにいたのは、グライダ達と親しいオニックス・クーパーブラック神父であった。

いつもと変わらぬ笑顔に神父の略式礼服姿でそこに立っている。

「どうしたの、クーパー。こんな朝早く」

クーパーは少しだけ迷ってから、グライダにこう言った。

「突然で申し訳ありませんが、セリファちゃんをお借りできますか?」

「え?」

何事かと思ったグライダが疑問に思うのも当然だ。親しいとはいえ単刀直入にこれでは。

そんな彼が言うには、さっきグライダが見ていた新聞に載っているテーマパークの入場券が手に入ったので、よかったら……というお誘いである。

グライダはそれを聞いて手放しで喜びの声を上げる。

「そりゃ助かるわ。あたしとコーランは、これから出かけなきゃならないし。クーパーがセリファを見ていてくれるんなら安心だわ」

「あの。ボクは子守ではありませんよ」

その物言いに、さすがのクーパーも苦笑いしている。

「ねーねーおねーサマ。おねーサマは行かないの?」

セリファは彼女の服をくいくいと引っ張っている。そんなセリファを見て、

「あたしとコーランは、今日は仕事」

ボソッと言ったグライダにセリファがしがみつき、

「セリファ、おねーサマといっしょがいい〜」

と駄々をこねるが、

「今日の仕事はゾンビ退治よ。お化けを恐がるセリファを連れて行ける訳ないでしょ」

「でもぉ」

「でもじゃない」

グライダはセリファをじろっと見つめる。

見つめられたセリファはうつむいてむくれたまま「うん」とうなづいた。

「今日はクーパーとテーマパークへ行ってきなさい。今人気があって、チケットなんてなかなか取れないらしいんだから」

新聞記事の中身をそのままセリファに言うと、ようやく彼女も納得した。

 

 

クーパーとセリファは、シャーケンの町の外れにあるテーマパーク「ユーロスタイル・エキスパンド」へと到着した。

 

『訪れる者に楽しさを 家路の者に幸せを』

開放された門の上に、凝った銀色の字でそう書かれていた。

「あの文は、バイブルの一説をもじっているんですね」

門の上を指さしたクーパーがセリファに説明する。

「本来の文は『訪れる者に安らぎを 立ち去る者に幸せを』なんです」

セリファはうんうんとうなづいて聞いている。もっとも、彼女の口の中には、さっき買ったポップコーンがたっぷり詰まっているので、喋りたくても話せない。

ポップコーンをモゴモゴと噛み砕き、やっとの事で飲み込んだセリファが、

「ねーねークーパー。セリファ……ジェットコースターにのりたい!」

開口一番そう言うと、勢い良く園内へ走り出した。

が、そこでこれまた勢い良く転んでしまい、手に持っていたポップコーンもぶちまけてしまう。

「大丈夫ですか」

すぐ傍にいたテーマパークの係員が駆け寄り、セリファを抱き起こす。それから持っていたホウキとちりとりで、せっせとこぼれたポップコーンを掃き取っていく。

「バーナム!?」

その係員を見たクーパーは目を丸くして驚いていた。

顔見知りの武闘家バーナム・ガラモンドである。普段と違うテーマパーク係員の制服を着込み、ボサボサの髪もきちんと整えている。

「何だ。お前らも来たのか」

係員にあるまじき言い方であるが、辺りをはばかった小声なので心配はない。

「バーナム。どうして貴方がここに?」

するとバーナムは別になんて事はないという感じで、

「ああ、金が無くてな。求人広告見て来たら、採用された」

しかし、クーパーの聞いた限りでは面接は難しく、係員の教育も徹底しており、普段乱暴で荒っぽい言動の彼が合格するとは思えなかった。

「俺はやる時にはやる男だよ」

珍しくカッコつけてそう答えるバーナム。

「ああ、そうそう。一つ忠告しとくぜ」

急にまじめな顔でポップコーンを掃除しながらバーナムが言う。

「このテーマパーク内で失踪事件が起きてる。それも十件二十件じゃねえ。気をつけな」

先月末にオープンしたテーマパーク内での失踪事件。しかも十件二十件ではない。

という事は、短い期間に立て続けに事件が起きている計算になる。

「どこからそんな話を?」

「このテーマパーク内じゃ、結構有名な話だぜ。経営上層部が躍起になって口止めしたり伏せてるみたいだがな。バレるのも時間の問題だな」

バーナムは最後のポップコーンを掃き終わると、

「それでは、今日一日ユーロスタイル・エキスパンドでお楽しみ下さい」

バーナムは被っていた帽子を取り、一礼して二人を見送った。

普段のバーナムとはかけ離れた仕種なだけに、クーパーは違和感と笑いを隠すのに苦労していた。

苦労した理由はもう一つ。バーナムは自慢げにああ言っていたのだが、実はクーパーの方は、既にその情報を入手していたからである。

昨夜、ポストの中に入っていた封筒に、このテーマパークのチケットと、仕事——バスカーヴィル・ファンテイル——の内容が書かれた手紙が入っていたからだ。

それは、このテーマパークで起きている失踪事件の被害状況だ。いつ、どのテーマパークで、何人の人間が消えたという事が事細かに。

しかし、クーパーはこの一件を己の胸にしまっておく事にした。

今回は何かの組織の壊滅やモンスターの掃討などではない。

手紙には被害状況しか書かれておらず、どのような任務なのかがさっぱり分からないからだ。

普段なら、警察組織を上回る情報網と量で、綿密に調べ上げた資料と目標を定めてくるのだが、今回に限ってはそれがない。

それを怪しんでいるのだ。

「ねーねークーパー。どうしたの?」

手を繋いで歩くセリファが、不思議そうな顔で見上げている。彼は気を取り直すと、

「セリファちゃんは気にしなくていいんですよ。どれから乗りますか?」

「ジェットコースター!」

セリファは、ニコニコ笑顔のまま元気良く答えた。

「じゃあ、どのジェットコースターに乗りますか?」

クーパーは、テーマパークの地図を広げて、セリファに見せる。彼女は地図を隅々まで見回してから、

「これ!」

小さな指で指したのは「マンションズ・オブ・ゾンビーズ」と書かれた、いわゆるお化け屋敷だった。

このアトラクションでも、何人かの行方不明者を出している、と手紙にはあった。

「ジェットコースターじゃないですけど、これでいいんですか?」

クーパーが念を押して訊ねる。セリファは元気にうなづいた。

(お化けが苦手なのに、行きたがるんですよね。恐いもの見たさ、でしょうか)

クーパーは地図を折り畳むと、

「それじゃ行きましょうか」

セリファの手を引いて、ゆっくりと歩き出した。

そうして着いた「マンションズ・オブ・ゾンビーズ」の前には、それなりの人だかりができていた。

しかし、入場までに何時間も待つような人数ではない。二人は並んで待つ事にする。

ここは二、三人乗りの小さな乗物に乗ってゾンビ達の待つ屋敷の中を探検するというシチュエーションのアトラクションである。

ここにいるだけでも恐いのか、セリファがクーパーにしがみついてくる。

「大丈夫ですか、セリファちゃん」

気遣ってクーパーが声をかけるが、彼女は完全にやせ我慢をしているのが見え見えの態度で、

「セリファ、だいじょーぶだもん」

そう言いつつも、クーパーの腕にしっかりとしがみついている。

そんなやりとりをしているうちに二人の順番がやってきて、小さな乗り物に乗り込んだ。

 

 

その頃、傭兵ギルドの仕事でやってきた古ぼけた館の中で一つの戦闘が簡単に終わっていた。

「アンデッド・モンスターを殲滅するには、四肢を分断するしかない、だったな」

もはや「死体」とは言えない程にバラバラになった足元の元ゾンビを見下ろして呟くのはロボットのシャドウだ。

「けど、死体だからねぇ。やっぱり気持ち悪いわよ」

鼻をつまんで辺りを見回しているのはグライダだ。

そもそもゾンビというアンデッド・モンスターは弱い部類に入る。

弾力のない腐った肉を纏っているので、基本的に動きは緩慢。

生前の生き物の強さに比例するのだが、ドラゴンのゾンビを作っても、より早く飛べるようになったり、ブレスの威力が上がるかといえばそうでもない。ほとんどの場合そういった「種族独特の強み」が失われてしまうのだ。

あるのは体をバラバラにでもしないと倒せないというしぶとさくらい。

しかし、そのしぶといアンデッドも、それなりに修業を積んだ聖職者の手にかかれば、あっという間に操る魔力から開放されて元の死体に戻ってしまう。

だからアンデッド・モンスターは、死体に対する畏怖の念もあり、よほどのマニアか物好き以外扱う事はない。

その『物好き』が妙にゾンビを大量に使役しているという通報を受けたので、警察だけでなく、戦闘力を持つ傭兵ギルドの出番となったのである。

さらに今回は助っ人として魔術に長けたコーランと物理的攻撃力に優れたシャドウも加わっている。戦闘が文字通りあっという間に終わったのはそのためだ。

「どうやら館の中に対聖職者用のトラップを色々仕掛けてたみたいだけど、今回聖職者は誰もいないのよ」

館の主人を足蹴にし、床に描かれた不気味な紋様をチラリと見てコーランが淡々と言う。

「さて。警察の方も来た事だし、さくさくと喋ってもらいましょうか?」

この三人が異様に突出してしまったので、警察がずいぶん遅れてやってきた。

後ろを見れば、警察の責任者らしき人物と、傭兵ギルドのリーダーが何やら深刻な顔で話し合っている。

「コーランさん」

傭兵ギルドのリーダーに呼ばれた彼女は、二人のそばに行く。

「魔族のあなたにお聞きしますが、通常、こうしたゾンビはどうやって作りますか?」

いきなり警察の人間にこう言われては、さすがのコーランも面食らう。

確かに魔族がこうしたアンデッドと縁のある事は知られている。だがそれは遥か昔の話でしかない。今の魔族は多少能力が高いだけで人間と大した違いはないのだ。

でも、その偏見が今もこうして生きている事にわずかに肩を落とした彼女は、

「私も死霊魔法(ネクロマンシー)は専門外なんで詳しくは分かりませんが、どこからか死体を調達し、それに魔術をかけるのが普通でしょうね」

コーランは一般的と思える方法を述べた。

「ですが、ここにはそういった設備がないんですよ」

そういった設備とは、魔法陣や死体を保管する倉庫などの事だ。

もちろん出合い頭の人を殺害し、その場で魔術をかけて……という方法もない訳ではないが、ゾンビにするための魔法は割と大がかりな「設備」がいるし、儀式に必要な時間もかかる。

「館の中にも屋外の周辺にも、それらしき跡はありませんでした」

その警察官の報告を聞いたコーランは、少し首をひねって考え込んでいた。

「シャドウ。この館の主の事、詳しく調べられない?」

「調べるも何も、出撃前に渡された資料にある通りではないのか?」

シャドウは自身のメモリーのデータを一瞬で呼び出すと、

「イナ・ブラッシュ。元ブラッシュ警備会社取締役。昨年ゾンビの技術を応用した警備兵を作成しようとして反対に合い、無理矢理実行しようとした為に更迭された……」

資料の文句を一字一句違えずに話す。その時、コーランの頭に閃いたものが。

「警察や他の傭兵ギルドのメンバーは、会社の方の捜索にあたってるの?」

「はい。幸い支社はほとんどないので助かってますが。現在の所、ゾンビに関するものは何も出てきていません」

その警察官の報告に、コーランも渋い顔をする。そこにグライダが、

「警備会社だったら、自社ビルだけじゃなくて、警備を任されてる倉庫とか、そういうトコも怪しいんじゃない? 何かこっそり使ってそうじゃない」

「ま、そういうセンもありよね」

コーランは二、三度うなづくと、

「ここはもう終わりだから移動しましょう。ここから一番近くて、その会社がからんでる場所とか建物とか、どこになります?」

すると、その警察官は間髪入れずに、

「ユーロスタイル・エキスパンドですよ。あのテーマパークの」

あっさりと答えを言った。

「あそこの警備システムはブラッシュ警備会社のものですし、いくつかのアトラクションの提供もしている筈ですよ」

一同はその警察官の言う通り、そこに向かう事にした。

『ゾンビの邸宅へようこそ。君達が来るのを心待ちにしていたのだよ。……そう。我々の仲間になる君達をねぇ!』

オーバーアクション気味の低い声がエコーを伴って辺りに響く。それだけでセリファはクーパーにしがみつき、目を固くつぶってガタガタと震えている。

「大丈夫ですよ、セリファちゃん。まだゾンビは出てきていませんから」

さすがのクーパーも苦笑いしてセリファの背をポンポンと叩く。

周囲の風景も作り物と分かっていても、妙にリアリティに富んでいるので、実際にゾンビ(作り物)が出てきてもかなり恐いだろう。

そんな事を考えた時、いきなり乗り物ががたんと大きく揺れた。何と、前にレールが続いているにもかかわらず、いきなり別のレールに入って、本来のアトラクションの風景があっという間に消えてしまった。

クーパーは周囲を警戒するが、周囲は真っ暗だ。気配らしい気配も探る事はできない。

セリファも何かおかしい事に気づき、しがみついたままクーパーに訊ねる。

「クーパー。おばけやしきは?」

「分かりません。乗り物の故障かもしれません。しばらく様子を見ましょう」

彼女を心配させまいと、セリファをそっと抱きしめて静かに言うクーパー。

その時、異様な臭いに気がついた。これは何らかの腐敗臭だ。

これは機械の故障ではない。明らかに意図的に「連れ込まれた」。クーパーの勘がそう語っていた。

やがて乗り物が静かに止まった。辺りは相変わらず暗い。目が慣れて多少見えるようになったが、さっきよりはマシというレベルに過ぎない。

しかし目は見えずとも嗅覚と聴覚は遮られていない。さっき感じた腐敗臭がより強さを増した。何かをひきずるような音も聞こえてくる。

「まさか……」

クーパーは自身の勘が当たった事と、それによって起こる事態に微かな頭痛を感じた。

「クーパー。なにかいる」

セリファもクーパーと同じ方向を見つつ、彼にしがみつく。彼女のか細い腕が自分の腕に絡みつき、ガタガタという震えまで伝わってくる。

「その名の通りお出ましですか」

暗闇に慣れた視界に見えるのは、おぞましい姿のゾンビ達だった。

「やあぁあぁあぁあぁあん!!」

案の定、セリファの悲鳴が辺りに響く。その声が聞こえたのか、ゆっくりと緩慢な動作でにじり寄ってくる。

「セリファちゃん。しっかり掴まっていて下さい!」

クーパーは彼女を抱えて乗り物から飛び下りた。それから、元来たと思える道をひた走る。だがゾンビの方は四方八方からわらわらと沸いて、襲いかかってくる。

クーパーも聖職者のはしくれ。こういったアンデッド・モンスターを無に返す術も心得ている。使用頻度は高くないが、それなりの力量は持っていると自負している。

しかし、いくらなんでも数が違いすぎる。

ゾンビを全滅させるより、クーパーの体力が尽きる方が間違いなく先だろう。

圧倒的な数の暴力。クーパーとセリファは瞬く間にゾンビ達に取り囲まれた。

セリファは恐怖のあまり気を失ってしまった。クーパーはそんな彼女をかばいつつ、脱出のチャンスを図ろうと周囲を警戒する。

ゾンビというアンデッド・モンスターに自我はない。作った者の命令を忠実にこなす兵隊なのだ。

数の力で勝てない以上、作った者を探して倒すしか勝ち目がない。

クーパーは首から下げたアミュレットを軽く握り締め、短く呪文を唱えた。

彼の周囲半径二メートルを覆う結界ができる。これで時間を稼いで、その間に……。

そう思った途端、突然脱力感が襲ってきた。

「これは……」

膝をつきそうになるのをぐっとこらえ、誰か、自分に魔法をかけた者がいないか周囲を見回してみる。

すると、足元の床に異常を見つけた。床一面に描かれている不気味な模様は、神の力を感じるとそれを使った者の力を吸収する紋様だった。

宿った神の力を開放しただけであり、クーパー自身が強力な術を使ったわけではないので本人のダメージは軽い。

もし対アンデッド用の術を使っていたらおそらく意識を失い、セリファともどもゾンビの餌食になっていただろう。

(このテーマパーク内で失踪事件が起きてる)

入口でバーナムが言っていた言葉が蘇る。

もしかしたら、数々の失踪事件の原因はこれか。クーパーはそう確信すると、

「これは……急がないといけませんね」

気を失ったセリファを抱え周囲を見回す。

しかし、操っている本人らしき者の姿は見つかっていない。

 

 

クーパーが結界を張って、ずいぶん時間が経った。効力はまだ続いており、半径二メートル以内に近寄ろうとする者は、容赦なく消滅していく。

ゾンビに襲われたからといって、その犠牲者もゾンビになるわけではない。生きながらに肉を引き裂かれ、喰われるだけだ。ゾンビと吸血鬼などの違いはそこにもある。

だが、結界の効力も無限にある訳ではない。残された時間は少ないのだ。

「……どうやら、向こうからやってきたようですね」

遠くから、ゾンビ達とは明らかに異質な姿形の人型がやってきた。ガチャン、ガチャンという金属音が次第に大きくなってくる。

結界ギリギリにまで近づいてきたのは、古めかしいデザインの甲胄だ。全身くまなく覆われた甲冑姿に、クーパーは明らかな違和感を感じた。

神父にして剣士であるクーパーは、他人の気配を読む事もできる。

自分たちの周囲を覆うゾンビ達はともかく、その甲胄の人物からも、何の気配も感じられなかった。ただ、その人物の持つ灰色の剣だけは、膨大な魔力を発している。

(甲胄を着たゾンビが、魔法剣を持っているのでしょうか)

動かなくなった甲胄を油断なく見据える。

どうやらこの結界が切れるのを気長に待つ作戦らしく、ゾンビ達も動くのをピタリと止め、その場に立っている。

持久戦になれば、間違いなく勝ち目はない。せめて、愛用の刀があれば、文字通りに道を切り開けるのだが。

「……ふにゃ?」

間の悪い事に、気を失っていたセリファが目を覚ましてしまった。

「うにゃ〜〜、まだいますぅ〜〜〜!!」

クーパーにしがみついたまま泣き叫ぶセリファ。こうなると、彼がいくらなだめても何の効果もない。

そうこうしているうちに、とうとう結界の効力が切れてしまった。待ち兼ねたとばかりに、ゾンビ達の行軍が再開される。

「いやぁあぁあぁあぁん!!」

セリファはさっき以上にクーパーにしがみつき、喉が割れんばかりの絶叫が周囲に響く。

その時だ。

セリファの全身が淡く輝きを放ち始め、その光を見たゾンビがぎこちなく動きを止める。

その直後、まるで爆風のように鋭い風がセリファを中心として巻き起こり、クーパーを含めて周囲の全てが吹き飛ばされる。

その衝撃で周囲のゾンビ達は身体を崩しながら勢いよく吹き飛ばされていく。

「くっ……」

クーパーも吹き飛ばされて床をゴロゴロと転がったが、床に伏せてこれ以上飛ばされるのをこらえる。

「セリファちゃん、止めなさい!」

クーパーには、この爆風の原因が分かっていた。極度の恐怖と緊張感が原因で彼女の持つほぼ無限の魔力が抑えを失い、周囲に放出されているのだ。

それが風という形をとった圧力となり、問答無用で周囲の物を吹き飛ばしているのだ。

しかし、魔力というのは精神力に直結した力。このまま爆風が出続ければ、魔力が枯渇して、彼女の精神が崩壊しかねない。

「セリファちゃん!!」

爆風に負けない大声で彼女に呼びかけるが、トランス状態にも似た今の彼女の耳には届いてないようだ。

クーパーは伏せた状態で、前進を始める。伏せていても、ものすごい圧力が彼を襲う。

だが、このまま黙って放っておく事はできない。目の前で彼女を死なせる事は、聖職者のプライド以上に、自分が許せなかった。

クーパーは何度も何度も彼女に呼びかけながら、少しずつ前進していく。

その間も放心状態で立ち尽くし、魔力を放出し続けるセリファ。

やがて、クーパーは彼女の足首を掴んだ。

「セリファちゃん! セリファちゃん!!」

枯れそうな声の限り、呼びかけを続ける。

セリファの身体にしがみつくように立ち上がり、骨も折れよと抱きしめて力一杯叫んだ。

「セリファちゃん、もう大丈夫です!」

すると、彼女から吹き出ていた圧力がすーっと収まっていき、セリファの身体ががくんと崩れ落ちる。

膝がつく寸前で抱き止めたクーパーは、手首をとって脈の有無を確認し、安堵の笑みを浮かべる。

いつの間にか周囲は明るくなっていた。いや、セリファの起こした爆風で、建物の壁という壁が吹き飛び、床に幾重にもひびが入っていたのだ。

あちこちに散らばるゾンビを見て、半狂乱で逃げ出す目撃者。だが、逃げ出したのは、それだけが原因ではなかった。

吹き飛ばされて倒れていた筈の甲胄がゆっくりと起き上がっていたのだ。手には相変わらず無気味な剣を持って。その意味も分からぬ恐怖感もあったのだろう。

クーパーはセリファをそっと地面に寝かせると、そばに落ちていたセットの模造刀を手に取り、鞘から抜いた。

無論本物ではなかったが、そうと見紛うばかりの木刀。

クーパーは床の紋様が壊れているのを確認すると、それを真一文字に構える。

「Peu.tu ! Peu.tu ! Peu.tu !」

バイブルの一説を原語のまま唱え、刀の背に手を添えて目を閉じる。

「Hurreh Csilm, Mihnifa Lhcsh...」

クーパーの言葉は更に続き、やがて模造刀の刃がうっすら輝き始めた。

「Urreh Csilmmi, Hnifal Hcsra !

 Ahn Egi Kcolmi, Ebankredloh Raap !

 Egilie Hhcoh et Uartsadr Unth !

 Cawmas ni Etfalhcssel Lat !」

常人には何を言っているのか分からない、力を持った聖なる言葉が強く静かに続いていく。

それにつれ刀の輝きが増していき、同時に甲胄の人物がじりじりとあとずさる。

己が生まれ持つ魔法を剣に込める古式剣法。それに対し、今クーパーが使っているのは、唱えた魔法を剣に込める新式剣法と呼ばれる。

しかも込めているのは、普通人間にはきちんと発音する事すら困難な「神の言葉」とされるバイブルの言葉。

どう考えても戦いのためとは思えない。そんな魔法——いや、言葉が彼の口から紡ぎ出され、刀に宿っていく。

クーパーはそれにもかかわらず姿勢を低くしたまま、刀の切っ先を相手に向けて地を蹴った。まるで一本の矢のように一直線に飛び込んでいく。

「Hcaneg il Iehthcanell Its !!!」

クーパーがバイブルの言葉を叫びながら剣を振り上げる。甲胄の人物が力一杯剣を振り下ろす。

バキィィン!

鈍い音がしてクーパーの模造刀が真ん中から綺麗に折れる。しかし、灰色の剣も真ん中から綺麗に折れていた。

魔法を宿したとはいえ、木刀が金属の剣を叩き折ったのである。

すると、甲胄の動きがピタリと止まり、ガラガラと音を立てて甲胄が地面に落ちる。

何と甲胄の中はもぬけの空。まるで最初から何も入っていなかったように。

しかし、真っ二つになった剣からは、ドス黒いオーラの様なものが立ち上り、勢い良く天に伸びていく。

それは今まで剣が殺めてきた人々の魂である。そう確信したクーパーは、

「剣にこもっていた数々の怨念も、これで天に往けるでしょう」

天を見上げていた視線を、すっかり邪悪な気配が失せた剣へ下ろした。

この剣は意志持つ剣“インテリジェント・ソード”。

こうして意志を持つ剣はその「意志」も様々で、中には持った者の意識の総てを乗っ取って殺戮の限りを尽くす物もあるという。

殺めるごとにその魂を貪欲に吸い取り、その剣の邪悪な意志はさらに強まる。恐ろしい剣である。

だが、肉体や意識を持たないただの甲冑を乗っ取って動ける剣があるとまでは考えなかった。それだけ剣が持っていた「意志」が強かったのだろう。

「……クーパー」

後ろでか細いセリファの声が。クーパーが振り向くと、おぼつかぬ足取りでセリファが立っていた。

慌てて彼女に駆け寄ったクーパーが、しっかり抱き止める。セリファの方も彼の身体をぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫ですか。怪我はありませんか」

「うん。すっごくねむいけど、だいじょーぶだよ」

ずいぶんとぼやけた声で静かに答えるセリファ。

「ありがと、クーパー。クーパーね、すっごくかっこよかった」

照れくさそうに笑うと、そのまま眠ってしまった。クーパーはその背に優しく触れる。

ようやく現場に駆けつけたグライダ達が見たのは、瓦礫の中で優しく抱きあう二人の姿だった。

 

 

これを発端として、ブラッシュ警備会社を隠れ蓑に人々を誘拐してゾンビに変え、それで警備兵を作るというイナ・ブラッシュの計画は阻止された。

そして、その現場となった「ユーロスタイル・エキスパンド」は客足がぱったりと跡絶え、あっという間に閉園にまで追い込まれた。

クーパーが破壊したあの剣は、彼の予想通り“インテリジェント・ソード”。

しかも斬った生き物をゾンビにしてしまう呪いのかかった魔剣で、イナ・ブラッシュがひょんな事からこの剣の封印を解いてしまったところからこの計画を思いついたらしい。

食堂のテレビから流れるニュースを聞いていたグライダは、

「しっかし、アンデッドで警備兵ねぇ。不気味以外の何者でもないと思うけど」

露骨に「何考えてんだか」と言いたそうにため息をつくと、

「アンデッドなら給料いらないから。まさしく経営者の願う『給料のいらない従業員』」

コーランが淡々と言うと、

「……不景気、なんでしょうかね」

クーパーが寂しげに呟く。

「不景気だよ」

ふてくされて背もたれに寄りかかったバーナムが、

「あと二日待ってくれりゃなぁ。そうすりゃ給料入ってから辞められたってのに」

不機嫌な顔でブツブツ言っている。

「あそこがぶっ潰れたのが原因で、あっさりクビ切られたもんなぁ。おかげで給料ねえもん」

がっくりとうなだれるのも無理はない。手にしかけた金が消え失せたのだから。

「だからこうしてあんたにおごってやってんじゃないの! 感謝しなさい、感謝」

グライダがぎろりと睨んで抗議すると、間髪入れずにバーナムが鋭く言い返す。

そんな二人のいつものやりとりを眺めるクーパーのポケットには、帰ってきた時に届いていた手紙が入っていた。

『大変申し訳なかった。肝心のターゲットの資料を同封するのをうっかり忘れていた』

こんな出だしで始まる「バスカーヴィル・ファンテイル」からの手紙だったのだ。

仕事の内容は、イナ・ブラッシュが自宅倉庫から持ち出した、『生き物をゾンビに変える剣』の破壊である。

それにまつわる資料などもあったのだが、今となっては無用の長物だ。

「でも、何であんな物騒な剣が家の倉庫にあったのかしらね」

「さあ? 先祖が魔術師だったのかしらね?」

コーランが当てずっぽうで言ったものの、グライダの問いに答えられる者は誰もいないだろう。

一方セリファは珍しくグライダではなくクーパーの隣に腰かけ、黙々とご飯を頬張っている。

「クーパー、すっごくかっこよかったんだよ」

にこやかな笑顔でグライダに説明する。

「セリファ、クーパーのこと三番目にすき」

笑顔で指を三本立てるセリファ。それを聞いて一瞬あっけにとられたグライダが、

「じゃあ、一番と二番は?」

すると、セリファは今以上の笑顔で、

「おねーサマが一番で、コーランが二番!」

それを聞いたクーパーが、苦笑いして悲しげに呟いた。

「三番目ですか……」


 
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