No.789574

そういうわけだから最後は・・・。について

H@さん

そういうわけだから最後は・・・。について書きました。

文章訓練中です。><

2015-07-15 02:06:04 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:229   閲覧ユーザー数:229

そういうわけだから最後は・・・。について書きます。

 

そういうわけだから最後は、暗殺依頼にばかり頼ることもできなくなるので、それでまた別人でまったく別の理由でやはり邪魔な人物で外見だけはそれなり良いタイプをしきりに勧め出すと思います。

 

でもそれは、ずっと前に書いたと思いますが、最終的には両方とも邪魔なのです、ただしその邪魔の度合いが違うだけだと思います。

 

どちらかと言うと殺意を抱いている相手よりは、別人で後から現れて来る方がまだましだとおそらくこの計画を企んでいる人々は思っているはずです。

 

だからあの有名な『恵庭OL殺人事件』のように片方はどうやら集団にレイプされた感じで焼死体になっていましたが、結局冤罪のごとく殺害された人物の会社の同僚の小柄な女性が殺人犯だと確定されてしまって16年もの懲役となってしまいましたが、―あと3年くらいで出て来るそうですね―もしかしたら無実かもしれないのに、冤罪になるくらいには憎まれていたタイプだったんだと思います。

 

それは、事件記録にはないけど、多少は、男たらしだったとかそんなこともあったのかもしれません。ただ殺害された女性よりは憎まれている度合いが低かったんじゃないかと思います。その他には口が上手いとか、弁が立つとかで、この子だったら余計なことは言わないと周囲を安心させるところがあったんじゃないかと思います。

 

なので、こういう組み合わせを強制的につくる場合は、おそらくまだ不安で十分納得が行かないうちは、くっつけた二人を比較検討してみて、より憎い方がそれほど憎くない方に殺害されるように、あるいは恵庭事件のように冤罪と言う形ですれすれの線で殺害したかのように見えるように様々な細工をして、濡れ衣を被せてでっち上げて両方をそれぞれ違った形で闇に葬り去ろうとすると思います。

 

恵庭事件の場合は少なくとも一人は永遠ではなくて一時的に世間から消えますが、殺害された方は永遠ですから、その差別は限りなくすごいと思います。―そして脳に悪霊を憑依させられている可能性も大だと思います―だって、そんなことちょっと正気の沙汰ではできないですからね―

 

ちょっとここで話が他にそれますが、そういう風に考えると『富江Bigining』という映画は、二人主要な役割の女性が出てきて、二人とも死ぬようなのですが、そういう意味では互角的な立場、つまり、その二人を煙たいと思っている人物達からみて、その二人を比較してみるとそれほど差がないという意味だと思います。うまく二人とも相殺し合って欲しいみたいな願望をとても強く感じるのです。


 
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