No.786046

戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ六

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-06-27 04:03:50 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1884   閲覧ユーザー数:1628

 

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ六

 

 

 堺に在る天主教の教会。

 その礼拝堂で久遠と祉狼達ゴットヴェイドー隊はルイス・エーリカ・フロイスと名乗る少女と会話を続けていた。

 というか、エーリカが宝譿の事を誤魔化そうと、一方的にペラペラと自己紹介をしていた。

 エーリカの母が日の本の人間で日本語は母親から習った事を述べると、家紋から家名が『アケツ』ではなく『明智』だと詩乃が推理し、エーリカは自分のルーツが判ったととても喜んだ。

 そして…………。

 

「処でその人形…」

 

「ああーー!え、ええと、そ、そう!こ、この女の子は猛獲といいます!私が乗ってきた船の密航者なのですが、私が保護者となりこうして傍に置いているのです!」

 

 久遠が話を戻そうとすると、今度は美以(子孫)を持ち出した。

 猫の様に首を掴まれぶら下げられた美衣は、エーリカの手刀で気を失っており白目を剥いて手足をダランと垂れている。

 

「ほら、美衣。ちゃんとご挨拶なさい。」

 

 聖女の様に優しく語り掛け、脳天に手刀を叩き込んだ。

 

ズビシッ!

「ギニャァア!」

「ほら、美衣。ちゃんとご挨拶なさい♪」

 

 エーリカの容赦の無さにひよ子達は少し尻込みをする。

 美衣はエーリカに相当厳しく躾けられているのか、意識を取り戻して涙目になりながらも頭を下げる。

 

「美衣の真名は美衣なのにゃ………」

「港で積み込む前の果物の箱に盗み食いをしようとして入った所で眠ってしまい、そのまま船に運び込まれてしまったのです。密航が目的では無かったので情状酌量という事で海に捨てられずに済んだのですが…………なにぶん落ち着きの無い子ですから、私が面倒を見る事になりまして………」

 

 エーリカの疲れた顔がその苦労を物語っていた。

 初めの頃は美以に優しく口で言い聞かせていたが効果が無く、次第に厳しくなって行き現在に至ったのだった。

 

「美衣は船の中でネズミをたっくさんつかまえたにゃ♪みんながほめてくれたじょ♪」

 

「猫だな。」「猫ですね。」「「猫だねぇ。」」「猫か………」

 

「美衣は猫じゃないにゃっ!人間にゃっ!」

 

 聖刀はテンプレな遣り取りを微笑んで見ていたが、ふと疑問が浮かんだ。

 

「さっきこの美衣ちゃんは南蛮大王って言ってたけど、王様が日の本に来ちゃって南蛮は大丈夫なの?」

「それは…………」

 

 エーリカは聖刀や久遠達を手招きして顔を寄せ合い、美以に聞こえない様に小声で話し始める。

 

「(美以は南蛮大王と名乗っていますが、あの子の部族は南蛮の地で『幻の民』と呼ばれる程数が少ないのです。密林の中で暮らしていると云うのもあるのでしょうけど………)」

「(え?それじゃあ、今の南蛮に住んでいる人達って…………そうか、北の益州、東の交州、西の天竺から移り住んだ人達が今の南蛮の住人なんだね。)」

 

 聖刀の推測通り千三百年の間に猫耳南蛮人はその居住地を奪われ、その結果数も極僅かとなっていった。

 祉狼、聖刀、昴の三人は椅子に座って飴を舐めている美以を眺め、頭の上にパヤパヤが居ない事に今更ながら気が付く。

 何か物足りないその姿が、猫耳南蛮人の未来を象徴している様で時の流れの無情さを感じずにはいられなかった。

 

「処でその人形だが、何故人の言葉を話すのだ?」

 

 久遠がエーリカの隙を突いて、話題を力技で切り替えた。

 

「…………………………………な、何の事でしょう?に、人形が言葉を話す筈有りませんよ♪」

「普通の人形ならね。でも、僕達三人は宝譿の事をよく知っているんだ。」

 

「俺っちは兄ちゃん達を知らないけどな。」

 

 いつの間にかエーリカの頭の上に戻っていた宝譿がまた口をきいた。

 エーリカはこれまでの努力が無駄になって涙を流して項垂れる。

 聖刀は宝譿に顔を寄せ仮面をずらし、宝譿にだけ素顔を見せて語り掛ける。

 

「そうか…………でも、僕の母上の事は知ってるんじゃないかな?真名は華琳って言うんだけど♪」

「兄ちゃんが大将の息子………………なるほど顔立ちが似てんな♪だけど俺が知ってる大将には養子しか居ないし、しかも全員女の子だったぜ?」

「僕は違う歴史を辿った別の世界から来た人間でね♪僕の父上の奥さんには風母さんも居るんだ♪」

 

「……………………風か……………懐かしいな………………」

 

「僕の話を信じてくれるの?」

「人形の俺が喋るんだぜ?そんなのもアリだろ♪」

「ありがとう♪でも、なんで宝譿はこの人と一緒に居るんだい?」

「俺は波長の合うやつと引かれ合うみたいでな。風が逝っちまってからは殆ど寝てたが、たまに波長が合うやつが近くに居ると目が覚めんだ。それでも話が出来るほど合うやつは居なかった。そんな俺が流れ流れてこの間目を覚ました時は南蛮で古物商の棚に並んでたぜ。そんで目の前に居たのがエーリカだ。ここまで波長が合うやつは風以来だったな♪何しろ体まで動くんだ♪その場でエーリカの頭の上に乗っちまったよ♪」

「お陰で私は危うく泥棒にされる所でした………」

 

 頭上で繰り広げられる会話に、エーリカはその時を思い出して更に涙を流した。

 

「聖刀兄さん、俺達はまだこの人に自己紹介をしてないんだが、もうしてもいいだろうか?」

 

 聖刀は仮面を着け直してから振り返る。

 

「そう言えばそうだったね♪ねえ、久遠ちゃん。エーリカちゃんには本名でいいよね♪」

「そうだな。その宝譿といい、猫といい、何か因縁めいた物を感じるしな♪では先ずは我から名乗ろう。我が名は織田三郎久遠信長だ。」

 

 久遠の名前を聞いてエーリカは目を開いて驚いた。

 

「あなた様が織田久遠信長様………」

「ほう、我の名を知っているか。」

「はい、まだ日の本に来てひと月も経っておりませんが、織田様の噂はこの堺でよく耳に致しますので。」

 

 エーリカはこれまでと違い落ち着いた様子で答えた。

 

「私が堺に来た頃に『デンガクハザマの天人』と呼ばれる人を夫にして戦に勝ったと聞きました。最近も城を一晩掛からずに攻め落としたとも。」

「デアルカ。………堺に入る時は長田三郎と名乗った。この意味が判るか。」

「要らぬ騒動を避ける為でございましょう。」

 

 エーリカが言外に暗殺から身を躱す為と匂わせて要るのを読み取り、久遠はニヤリとする。

 

「ふふ、聡いな♪では、噂の我が夫を紹介しよう。」

 

 祉狼の横に寄り添い、腕を絡めた。

 

「華旉伯元祉狼。最高の腕を持つ医者でもある。堺では北郷伯元と名乗らせている。」

 

「北…郷………」

 

「ん?どうかしたのか?」

「い、いえ……予想と違い可愛らしい少年なので………そちらのマスカラを着けている方が織田様のご夫君かと思いました………」

「ます……から?………ああ、仮面の事か。この者は祉狼の従兄だ。名を北郷聖刀という。」

 

「(北郷………ふたり……)」

 

 エーリカの顔から一瞬だが表情が消えた。

 しかし、直ぐに微笑んだので久遠は特に気にしていない。

 

「も、申し訳ありません。マスカラ…いえ、仮面をされている理由が気になったものですから………お怪我をなさっておいでなら失礼かと思いまして………」

「怪我はしておらんらしい。」

「らしい?」

「我も仮面の下を見た事は無いが………この狸狐の様になりたくなければ気にしない事だな♪」

「リコ?」

 

「わ、私が狸狐だ!」

 

 狸狐が聖刀の腕に抱きついて、エーリカを睨んだ。

 但し、これは昴がやらせている事で、聖刀に女性を近付けさせないという役目を引き継ぐ為の実地訓練である。

 私情もかなり含まれるが…………いや、私情をお役目という名目で正当化しているが、エーリカを必死に威嚇する。

 容姿でも武力でも敵わない事は狸狐も自覚している。

 なので狸狐は己の持っている唯一の武器を繰り出した。

 

「私は聖刀さまに全てを捧げた肉奴隷ですからっ!」

 

「……………そ、そうですか…………わ、わかりました…………」

 

 エーリカは笑顔に冷や汗を浮かべて聖刀から三歩下がる。

 狸狐は勝った。

 人として何か大事な物と引き換えに。

 

「私は竹中半兵衛詩乃重治と申します。詩乃とお呼びください。私もエーリカどのとお呼びしても宜しいですか?」

「はい♪是非に♪」

 

 詩乃が自己紹介をすると、ひよ子と転子も後に続く。

 

「私は木下藤吉郎ひよ子秀吉です♪ひよって呼んでください♪」

「蜂須賀小六転子正勝。ころって呼んで下さいね♪」

 

「はい♪ひよ♪ころ♪宜しくお願いします♪」

 

「それじゃあ、次は私♪孟興子度。通称は昴よ♪」

「はい♪……………?……あの……男性の方………なのですか?」

 

 昴を男と見破ったのは、桐琴に続いて二人目だ。

 この事でエーリカの評価は更に上がった。

 

「エーリカどの。そちらの昴さんも『田楽狭間の天人』のひとりで、男性に間違い有りません。ですがよくお気付きになりましたね。」

「ええ………何故と問われると説明しづらいのですが…………勘…の様なものですね。」

「勘ですか………」

 

 詩乃はエーリカの祉狼、聖刀、昴に対する反応が気になった。

 

(………男性だからでしょうか?………何か違う様な………)

 

「わたしは貂蝉ちゃんよぉ~~ん♪よろしく~~♪」

「私は卑弥呼である。宜しくしようではないか♪がっはっはっはっはっ♪」

「ヨ、ヨロシクオネガイシマス…………」

 

 エーリカが貂蝉と卑弥呼にたじろぐ姿を見て、詩乃はやはり男性に対して警戒心が強いのかもと心に留めておいた。

 

「エーリカ。我がここに来た目的は南蛮商人を紹介して貰おうと思ってなのだが、出来るだろうか?」

「それでしたら、私が乗ってきた船の船長をご紹介しましょう。その代わり、私もお願いがございます。」

「うむ、これも商談という訳だな。申してみよ。」

「はい、私は足利将軍にお会いして話をしなければならないですが、どなたか(つて)をお持ちの方をご紹介願えますか?」

「うん?公方に会いたいのか?ならば我と共に来い♪堺の後は(みやこ)に往き公方に会わねばならんのだ。」

 

 久遠が足利将軍に会う目的は上洛の前に繋がりを持つ為だが、もうひとつ聖刀を元の世界に戻す手掛かりになると見ている足利家御家流『大三千世界』の話をする為だ。

 

「では、契約成立ですね♪早速船長の所に向かいますか?」

「よし♪では行こう♪」

 

 久遠の即決にも慣れたゴットヴェイドー隊は全員椅子から立ち上がった。

 エーリカは美以の所へ行き、屈んで微笑み掛ける。

 

「美衣、お出掛けしますよ。」

「おでかけにゃ♪」

 

 嬉しそうに椅子から飛び降りた美衣を、昴が後ろから抱き上げた。

 

「美衣ちゃんは私が抱っこしてあげる♪」

「ねえねえ、昴ちゃん♪私にも抱っこさせて♪」

「ひよの次は私にも♪」

 

 ひよ子と転子が目をキラキラさせて昴に頼み込んだ。

 二人とも子供好きなので我慢が出来なくなったらしい。

 

「ひよ、ころ、私達は仕事でここに居るのですよ。」

「ははは♪構わん、詩乃♪この方が周囲から警戒されん。所でエーリカ。」

「はい。」

「お前はその人形を頭に乗せたまま出掛けるのか?」

「………………どこに入れても気が付くと頭の上に居るので、堺ではすっかり有名人になってしまいました………頭に乗せていないと今日はどうしたのかと訊かれるくらいですので………」

 

 エーリカはさめざめと涙を流して諦めの表情で出口へと向かった。

 

「……………デアルカ………」

 

 

 

 

 エーリカの紹介で南蛮商人との繋がりを得た久遠は、鉄砲と弾薬を中心に交渉した。

 勿論、砂糖黍の種も忘れてはいない。

 その後、宿にエーリカ、美衣、宝譿を招いてささやかな宴会を催した。

 ささやかと言っても彼らが泊まっている宿は『信濃屋』という尾張出身の者が経営している宿で、主人が久遠の正体を知っているので出てくる食事もそれに見合った物が用意された。

 

「ごちそうなのにゃ♪こんなにおいしいご飯は堺に来てからはじめてなのにゃ♪」

「美衣!もっと静かに食べなさい!」

「良い♪宴とは賑やかにするものだ♪」

「ほら、美衣ちゃん♪蟹があるわよ〜♪」

 

 房都に居る美衣が蟹好きなので、昴はこの美衣にも勧めて釣ろうとしていた。

 

「カニにゃ♪カニ大スキなのにゃ♪」

「また、昴ちゃんが美衣ちゃんに!私もあげるよ♪はい、あ〜ん♪」

「ひよ!それイカのお刺身!美衣ちゃんの腰が抜けるからダメーッ!」

 

 賑やかに宴は進み、途中エーリカが夜風に当たってくると中座した。

 そして貂蝉と卑弥呼も立ち上がる。

 

「ん?二人も酔ったのか?」

 

 二人が悪酔いをした所を見た事が無い祉狼は心配になって立ち上がろうとする。

 

「んふふ♪大丈夫よ♪ちょ〜〜〜っとお月さまを眺めてくるだけだから♪」

「私たちを見た月が光を失うまでの僅かの時間だ♪」

 

 詩乃は卑弥呼の言った言葉が江東の二喬を歌った物だと気が付き、むしろ『月に叢雲、花に風』ではと心の中で突っ込んだ。

 

「気分が悪いなら俺が…」

「祉狼は久遠ちゃん達の相手をしなきゃ駄目だよ♪」

 

 微笑みながら聖刀が、立ち上がり掛けた祉狼を捕まえて座らせた。

 その間に貂蝉と卑弥呼に頷いて、エーリカの所へ送り出す。

 

 貂蝉と卑弥呼が庭に出ると、エーリカが立ったまま月を見上げていた。

 

「ふむ、結界も張ってあり、準備OKといった処か。」

「さぁて、腹を割ってシックスパックなお話をしましょうか?」

 

「貂蝉様、卑弥呼様、何故お二人がこの外史にいらっしゃるのですか?」

 

 その声は確かにエーリカの物だが、込められる魂は先程までとは完全に別物だった。

 いや、魂その物が在るのかさえ疑問に思える程、無感情で無機質だ。

 

「答えてあげてもいいんだけどぉ〜」

「それは貴様にでは無いなっ!」

 

 卑弥呼はエーリカに向かって掌を突き出し、空中に在る何かを握り締める。

 

「ぐぬぅううぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ぐぅうっ!」

 

 その拳は触れていないのに、エーリカは体をくの字に折って男の声で呻いた。

 

「「その声はっ!」」

 

 バシィィィイッ!

 

 空気の爆ぜる音が響いた後、エーリカは地面に崩れ落ちた。

 

「くっ!貂蝉っ!」

「ごめんなさい〜………逃げられちゃったわ……」

 

 貂蝉が両手を天に(かざ)して見上げる先、光の玉が北東へ向かって飛んで行った。

 

「まあ良い。元より今ので捕らえられるとは思っておらんからな。それよりも、この娘だ。」

「エーリカちゃん、大丈夫〜?」

 

 倒れたエーリカを助け起こすと、エーリカは数回頭を振ってから二人を見上げた。

 

「…………貂蝉様、卑弥呼様、何故お二人がこの外史にいらっしゃるのですか………」

 

 先程と同じ質問だが、今回の物には感情が込められていた。

 

「その問いに答える為に質問を返すが、お主はこの外史初めてか?」

「いえ、この外史は………………………?………剣丞どの?……どうして剣丞殿がいらっしゃらないのですっ!?」

「やはりな………この外史、乗っ取られておるぞ。」

 

 エーリカは驚愕の表情で卑弥呼を見上げた。

 

「乗っ取られた!?一体誰が何の為に………」

「それを探る為にもうひとつ質問しよう。お主の管理者としての役割は何だ?」

「私の役割は鬼を使い………織田信長を本能寺で……いえ、ザビエルを………ザビエルを追い………………ザビエルッ!」

 

 エーリカは卑弥呼と貂蝉に迷子の様な顔で縋り付く。

 

「じゅ、順を追ってお話します………私は始まりの外史で明智光秀として本能寺で織田信長を亡き者にする事と、鬼を使い北郷一刀に連なる新田剣丞殿を外史から排除する事が与えられた役割でした。私は役目を果たせず、外史も新たなる外史を生み出す苗床へと昇華しました。そして私は新たに生まれたこの外史で………私はポルトゥス・カレでザビエルに出会ったのです!」

 

「フランシスコ・デ・ザビエルか。この時代であれば不思議では無いが、始まりの外史では居なかったのか。」

「ザビエルは私が鬼を増やす時に使った名前。言わば私がザビエルでも有るのです。」

「成程、入り込む役は空いておったか。乗っ取ったのはそのザビエルで間違い無かろう。」

「しかも、そのザビエルの正体………さっきの声でなんとなぁ〜く判っちゃってるけどぉ、似顔絵なんか有るかしら?」

「はい。これがそうです。」

 

 エーリカが懐から紙を取り出して見せると、そこには現代でも教科書に載っているフランシスコ・ザビエルの肖像画が描かれている。

 但し、髭が生えておらず眼鏡を掛けたその男は………。

 

「やっぱり于吉ちゃんだったのねぇ。」

「正しくは于吉の影であろう。奴の本体はまだあの外史で足留めされておるからな。」

 

 卑弥呼の言う『あの外史』とは黒外史の事である。

 于吉は黒外史の中から影を飛ばし、その影が独自にこの外史で暗躍しているのだ。

 

「乗っ取った奴が判った所でもう一度尋ねる。エーリカよ、お主のこの外史での役割は何だ!」

 

 

「それは…………ザビエルを追い、日の本を鬼の国となるのを阻止する事ですっ!」

 

 

 エーリカの力強い宣言に卑弥呼と貂蝉は満足そうに微笑む。

 

「私は始まりの外史で剣丞殿に言われました。明智光秀である前に、ルイス・フロイスである前に、エーリカはエーリカだと…………私はエーリカとして、この外史を生きます!」

「うむ、良い答えだ♪」

「エーリカちゃん♪頑張りなさい♪」

 

「はい♪」

 

 エーリカは子供の様な笑顔に涙を浮かべていた。

 

「さて、奴の狙いが何なのか………まあ、鬼を使った碌でもない事であろうが、それを暴くのもお主の役目だ。我らも出来る限り協力しよう。しかし………」

「エーリカちゃんがまた操られない様にする為に、管理者としての記憶を封印する事になるけど?」

「構いません。私は演者ではなく、人として生きたいのですから♪」

「宜しい!では、結界を解いたその瞬間から、お主は管理者ではなくなる!」

 

パァアアーーーーーーーーーーンッ!

 

 風船が破裂する様な音と共に三人を包んでいた結界が弾け飛び、周囲から虫の声が聞こえて来た。

 

「………………………………………………え?」

 

 エーリカの顔から今までの希望に満ちた強い意思を感じさせる笑顔が消えて、戸惑いの表情で貂蝉と卑弥呼を見る。

 

「エーリカよ、祉狼ちゃん達がお主を待っているぞ♪」

「宴はまだまだこれからよ~ん♪」

 

「は、はい。酔いも覚めましたので、部屋に戻ります。」

 

 エーリカの中の管理者は眠りに着いていた。

 しかし、エーリカの顔はこの庭を訪れる前よりも何処か晴れやかだった。

 貂蝉と卑弥呼はエーリカを見送ってからまた星空を見上げる。

 

「貂蝉よ、気が付いておるか?」

「ええ。エーリカちゃんが言った『どうして剣丞殿がいらっしゃらないのですっ!?』よねぇ。」

「この外史は本来、剣丞ちゃんの為に用意された物だった。」

「なのに現れたのは祉狼ちゃん、聖刀ちゃん、昴ちゃん………」

「于吉の影、ザビエルの仕業……………ではないな。」

「吉祥ちゃんが何かしたのねぇ…………吉祥ちゃんの鏡が発動してるもの。」

「廻廊が繋がっておれば直ぐにでも問い質してやる物を!」

「わたしたちを送り出すのに準備がいいとは思ったのよねぇ~」

 

 夜空に浮かぶ小さな雲が月の姿を隠し始めていた。

 

 

 

 

 三日後。

 思いの外、商談が上手く纏り一日余裕が生まれた。

 明日は京に向けて出発するので、今日は全員で堺見物をしようと久遠が言い出した。

 エーリカの案内で小物屋、家具屋、武器屋、定食屋と巡って、今は南蛮茶屋へとお茶をしに来ている。

 

「エーリカ!おかしたのんでいいにゃ!?おかしたのんでいいのにゃ!?」

「ひとつだけですよ。甘い物を食べ過ぎると虫歯になります。」

「風にもそう言ってやりたかったぜ。飴ばっかり舐めてるから虫歯どころか糖尿になっちまってよう………」

「宝譿…………ですから外出中は喋らないで下さい…………」

 

 美以と宝譿に振り回されるエーリカ。

 その姿を貂蝉と卑弥呼は笑って見ていた。

 

「ええええええっ!?こ、このお店でお茶を頂くんですかぁ!?」

「この机や椅子ってさっきの家具屋さんに有ったのと同じですよ!」

「久遠さま……………私達は外で待っていますので、どうぞ皆様でお茶を楽しんで下さい………」

「ならん。我はお前たちとゆっくり語りたいのだ。一緒に来い。」

「久遠。外に縁台が有るぞ。そこならひよ達も気兼ねなくお茶が飲めるだろ♪」

「デアルカ…………では縁台で寛ぐとしよう♪」

「「お頭ぁ♪ありがとうございます!」」

「祉狼さまが気を回して下さるなんて………日々の教育が実を結びつつ有る様ですね♪」

 

 祉狼達の遣り取りを聖刀も笑って見ていた。

 

「ほら、狸狐は僕の隣においで♪」

「そ、そんな!恐れ多いです!私は立ったままでも構いませんので…」

「狸狐。」

 

 聖刀は座った縁台の空けた場所をポンポンと叩く。

 

「は、はい………では、お言葉に甘えます…………♪」

 

 狸狐は恐縮しながらも嬉しそうに聖刀の隣に座った。

 

「高いっ!」

 

 店の中から昴の声が聞こえて来た。

 

「そりゃしょうがないわよぉ。材料だって良い物使ってるんだからぁ。」

 

 何事かと祉狼達が店内を覗くと、昴が新たな漢女と(いが)み合っていた。

 その漢女は店員らしく、ごつい身体をメイド服で覆っている。

 

「どうしたんだ、昴?」

 

 祉狼が訊くと、昴が店に並べてある焼き菓子を指差して眉尻を吊り上げた。

 

「このお菓子の値段が高いと言ってるのよ!材料費と手間を考えたら確かにこれくらいにはなるわ!でもね!肝心のお菓子がむぐぅっ!」

 

 聖刀が雛の御家流の様に一瞬で移動して昴の口を押さえた。

 

「昴、堺での騒動は厳禁だよ。」

「むぐぐ………ま、聖刀さま!私は今、華琳さまのお気持ちがよく判ります!これだけの材料が有りながらむぐーーーっ!」

「やっぱり、その事か…………母上が屋台で食事をしない様に気を配っていた父上たちの気持ちが判るなぁ………」

 

「聖刀ちゃ~ん、どしたの?」

「何やら昴が荒ぶっていた様だが?」

 

 貂蝉と卑弥呼が店内に入ると店員のメイドガイと目が合った。

 

「んまあ♪素敵なオネエさま方♪」

 

 メイドガイはポージングで貂蝉と卑弥呼を迎える。

 

「あぁ~ら♪あなたもなかなかなモノよぉ~♪」

「うむ♪メイド服が良く似合っておるわ♪がははははは♪」

 

 こちらもポージングで返す。

 三人がポージングの応酬を繰り広げ始め、ここが何の店か判らなくなってきた。

 

「カステイラが甘くて旨いな♪」

「久遠さま、お茶も美味しゅうございますよ。」

「ひよ~、通りが平和だね~♪」

「そうだね~、ころちゃん♪」

 

 久遠達は他人の振りを決め込んだ様だ。

 

「エーリカ。さっきから美以の世話ばかりでお菓子を食べてないんじゃないか?」

「ええ………まあ………ですが美以から目を離せなくて………」

 

 エーリカはフォークで切り取ったカステラを美以の口に入れてあげていた。

 

「よし、俺がエーリカに食べさせてやろう♪」

「はい?」

 

 祉狼は慣れた手つきでカステラを一口分切り取り、エーリカの口元に差し出した。

 

「はい、あ~ん。」

 

「え、え、ええ!?…………で、では…………♪」

 

「「「「あ………………」」」」

 

 久遠達四人が気付いた時には、祉狼の差し出したカステラをエーリカが口に入れた所だった。

 

「甘くて美味しいだろう♪」

「は、はい♪その…………とても美味しいです♪」

 

「そうか♪良かった♪」

 

 祉狼の笑顔にエーリカが落とされた瞬間だった。

 

「祉狼っ!!我にもっ………そのっ……」

「は?何を言ってるんだ、久遠?」

「久遠さま。祉狼さまにははっきりと申し上げないと伝わりませんよ。で、久遠さまの次は私に…」

「詩乃ちゃん、ズルい!私もお頭にあ~んしてもらいたいですっ!」

「ひよの次は私も………」

 

「(やれやれ………天然の誑しとは始末に悪いぜ………)」

 

 エーリカの頭の上で宝譿が溜息を吐いた。

 

 こうして休息の一日を平和に過ごした一行だった。

 

 

 

 

 翌日。

 エーリカ、美衣、宝譿を伴った久遠とゴットヴェイドー隊は京へと旅立ち、途中一泊して次の日の昼前に到着した。

 

「ここが………日の本の都なのか?」

 

 祉狼は荒れ果てた街を見て自分の目が信じられなかった。

 祉狼もそうだが聖刀、昴、そしてエーリカも愕然と京の荒れた街並みを眺めている。

 日の本の都と言うからには堺よりも大きく美しい街だと想像していただけに、その落差は非常に大きかった。

 

「はい………誠に残念ながら………京がこの有り様なのは、今から百年ほど前に京を戦場に十年間続いた応仁の乱と呼ばれる戦が発端です。将軍家継嗣争いもこの乱に関わりが有るなど様々な要因が重なり将軍の権威は失墜し、更に戦が日の本全土に波及して今も続く下克上の世となりました。その為、誰も京の再興に力を注ぐ余裕の無いのが現状です。」

 

「久遠ちゃんから今の将軍家には実権が無いって聞いてたけど、まさか都までこんな有り様だとは思わなかったよ………」

 

 聖刀の呟きをエーリカが聞き咎めた。

 

「武士の棟梁である将軍に実権が無いのですかっ!?」

 

 久遠は深く溜息を吐いてから答える。

 

「甲斐の武田と越後の長尾の喧嘩を仲裁するくらいの権威は残っているな。頭ごなしに止めさせる力は無いという事だ。」

「そんな…………」

 

 エーリカの落胆振りに、祉狼が心配をして肩に手を置き話し掛ける。

 

「エーリカが将軍に何を伝えたかったのかは判らないが、俺達で良ければ力になるぞ。」

「し、祉狼どの………」

 

「こら、祉狼っ!お前はエーリカに甘過ぎではないかっ!?」

 

 久遠は嫉妬を露わにして祉狼を怒るが、祉狼には久遠が何故怒っているのか全然判っていなかった。

 

「いや、聖刀兄さんの奥さんに匈奴の姫が居るんだが、その人が故郷を離れて異国の地で暮らすのは心細いと言っていたからな。エーリカもそうだと思うんだ。」

「う……………確かにそうだが……………祉狼も……そうなのか?」

 

「俺には久遠が居るだろう♪それにひよ、ころ、詩乃も居る♪」

 

 久遠の顔が怒りからデレたニヤケ顔に変わる。

 ひよ子達も顔を赤くしてモジモジしていた。

 

「そ、そうか?うむ、そうかそうか♪」

「も、もう、お頭ったらぁ♥」

「はっきり言われると照れるけど………嬉しいよね♪」

「祉狼さまのあの笑顔は卑怯です……そうと判っていても抗えないのですから………」

 

「エーリカ、俺には聖刀兄さんと昴、貂蝉と卑弥呼も居る。狸狐も居る。尾張に戻ればもっと沢山の支えてくれる人が居る。みんながエーリカの力になってくれるさ♪」

 

 エーリカは祉狼の言葉と笑顔に励まされ、希望を見出した。

 

「はい♪ありがとうございます、祉狼どの♪ここで立ち止まってはいけませんね!」

 

 エーリカが拳を握り毅然と立ち上がって久遠に振り返る。

 だがその時、通りの向こうから男の野太い怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「おうおうおう!ようやく見つけたで、姉ちゃんよぉっ!!」

 

 瞬間、祉狼は声のした方へ駆け出していた。

 

「はぁ………祉狼さまの牡丹は一向に改善されてませんね………」

 

 詩乃の呟きに久遠達は苦笑して祉狼の後を追う。

 祉狼が駆け着けて目にしたのは、ひとりの美しい女性を二十人程の大小を腰に差した男達が取り囲んでいる所だった。

 

 

「弱い者虐めはこの俺が許さんぞっ!!」

 

 

 突然現れた祉狼に、女性と男達が振り返る。

 

「ああっ!?ガキがいきなり現れてなに言うとんのやっ!?」

 

 

「そこの綺麗な女の人!あんたならこの男の人達が千人居ても軽く叩き伸めせるだろうが!そんな事をして何が面白い!」

 

 

 男達の目が点になった。

 自分たちは刀を持ち、腕にも自信は有る。

 相手の女は素手。

 このガキは阿呆かと思った。

 しかし、女性の方は面白い物を見つけたと目を輝かせる。

 

「ははははは♪そなたの言う通りじゃ♪しかし、此奴らが更に弱き民を脅し暴力を振るう。それは叩き伸めさずにはおられんだろう?」

 

「何っ!?あんた達は悪人だったのかっ!?そんなに弱そうなのに…………」

 

「なんじゃと!ごるぁああああああ!」

 

 キレた男達が祉狼に向かって斬り込んで行く。

 

「悪人ならば容赦はしない!この華旉伯元祉狼が全員悔い改めさせてやる!」

 

 祉狼の拳が氣を纏って光り、襲い掛かる男達を次々と殴り倒す。

 これを見た女性は更に笑い出した。

 

「はははははははは♪言うだけの事は有るな♪余もひと暴れするか♪」

 

 女性も拳を握って手近な男達を殴り飛ばし始めた。

 二人の暴れる姿をエーリカは息を飲んで見入る。

 初めは助太刀に入ろうとしたのだが久遠に止められ、何故止めるのかと抗議を口に出す前にその意味が判った。

 女性の方は情け容赦の無い一撃で、殴られた相手は重症確定。

 しかし、祉狼の攻撃を喰らった男は嘔吐して倒れるが、その後は清々しい顔をして意識を失っていた。

 エーリカは勿論、久遠達も知らないが、これは母の二刃…いや、『見捨てない人二号』の技『カタルシス・ウェイヴ』だった。

 

「さあ、ひよ、ころ。祉狼さまの補佐に行きましょうか。」

「うん♪頑張るよお~♪」

「あの女の人、もう少し手加減してくれないかなぁ………あれって殴られた人が骨折してるよねぇ…………」

 

 詩乃、ひよ子、転子がのんびりと前に出るので、エーリカは慌てて三人を呼び止めた。

 

「危ないですよっ!下がってくださいっ!」

「「「これがゴットヴェイドー隊の仕事です♪」」」

 

 三人が倒された男達を介抱し始めたので、エーリカは益々混乱する。

 

「ゴ…ゴットヴェイドー?」

 

「いい発音だ、エーリカ♪」

 

 戦っている最中にも関わらず、祉狼はエーリカの発音を聞き逃さなかった。

 そんな中、昴だけが祉狼の戦いを見ていない。

 

「ん?どうした、昴?」

「久遠さま!誰かがこちらの様子を伺っています!」

「何………解るのか?」

 

 久遠も経験からその手の気配には敏感なのだが、感じ取ってはいなかった。

 

「かなりの距離ですが…………幼女様が見ています!」

 

「……………………デアルカ………」

「スカートのプリーツは乱さない様に!白いセーラーカラーは翻らせない様にしなければっ!」

「聖刀…………こいつは何を言っている?」

「昴がこんな風になるって事は、本当に遠くから見られているのは間違いないよ。でも、こちらに対して害意は無さそうだ♪多分誰かさんを護衛する為だろうね♪」

「デアルカ♪」

 

 久遠と聖刀は祉狼と一緒に戦っている女性が最後のひとりを殴り飛ばしたのを見て小さく頷いた。

 祉狼がその女性に再び話し掛ける。

 

「おい、もう少し手加減してやれ。」

「こいつらの悪行を思い出して頭に血が昇ってしまったわ♪」

「そうか…………で、何をしている?」

 

 女性は男達の懐から財布を抜き取っていた。

 

「此奴らが民から奪った銭を取り返しておるのじゃ。」

「そ、そうか……………俺はここに来たばかりだからそこはあんたに任せる。」

「うむ♪任されよう♪しかし、そなた程の者がこんな寂れた京に何の用か?」

 

「その者は我の夫だ。京に来た目的は公方を詣でに参った。」

 

 前に出て来た久遠を女性は値踏みして、ふっと笑った。

 

「ふむ、では案内(あない)してやろう。付いて来るがよい。」

 

「ちょっと待て!」

 

 女性が踵を返して歩き出そうとしたのを祉狼が呼び止めた。

 

「あの人たちの治療が終わってからだ。」

「は?」

 

 女性は耳を疑った。

 

「お頭ぁ!この人鼻血が止まりませんよぉ!」

「判った!」

 

 祉狼は女性の事は久遠に任せて患者へと走って行ってしまう。

 

「…………お主の夫殿は変わり者じゃな。あんな悪党は放っておけば良いだろうに。」

「我もそう思う。だが、夫の我儘を聞いてやるのは妻の甲斐性であろう♪」

「ふ♪抜かしよる♪」

 

 数分後、祉狼は治療を終えて、全員を道端へ綺麗に並べて寝かせた。

 検非違使が来たらさぞかし気味悪がるだろうが、久遠達は無視して置き去りにする。

 

 

 

 

 一行は女性に連れられ立派な構えの城館へとやって来た。

 しかし、門は朽ち果て苔むしており、壁や堀もその役目を果たせるとはとても思えない状態になっている。

 

「ここが二条館じゃ。さあ、入るがよい♪」

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

 ひよ子、転子、詩乃、狸狐が驚きの声を上げるが、女性は気にせず門の中へと入って行く。

 そして久遠も平然と女性の後に続いた。

 

「どうしたんだ?ほら、早く中に入ろう♪」

「し、祉狼さま!ここは二条館といって公方様の住まわれる城館です!勝手に入れる場所ではございません!」

「あの人が入っていいと言ったじゃないか、詩乃。」

「あの方が何者か判らないのに、はいそうですかと入る訳にはいかないと言っているのです!」

 

「ここで立ち話をされるのも困りますなぁ。出来ましたらお早く門内にお入りいただくと助かるのですが♪」

 

 聞き覚えの無い声に振り向くと、いつの間にか新たに見知らぬ女性が立っていた。

 

「「「「ひゃあああああああああああああっ!!」」」」

 

 驚く詩乃達を他所に、その女性は祉狼を門内へと追い立てる。

 

「ささ、お早く。後ろの四名様は特に目立ちますので。」

 

 聖刀、貂蝉、卑弥呼、エーリカの事を言っていると詩乃も気が付いて、言われるままに歩みを進めた。

 全員が門内に入り門扉を閉じた所で、街中で出会った方の女性が振り向く。

 

「余が足利参議従三位左近衛中将源朝臣義輝である♪」

 

「やはりな♪」

「「「「………………………………………」」」」

 

 久遠は予想通りといった態度で不敵に笑ったが、詩乃達は開いた口が塞がらない。

 

「?…………あの………あの方は何と仰られたのでしょうか?」

「すまん。俺にも判らなかった。」

 

 今のエーリカには母親から教えられた日の本の知識しか無く、祉狼もまだ教わっていないので義輝の言った意味が理解出来ない。

 

「つまりあの人が将軍様って事だよ♪」

 

 聖刀の説明に祉狼は納得し、エーリカは驚き再び義輝を見た。

 

「ほほう♪田楽狭間の天人殿も現し世の人と同じで知識に差異がお有りなのですなぁ。ああ、それがしは細川与一郎藤孝。通称は幽。公方様のお傍衆を努めております♪」

「そこまで情報を掴んでいるんだ。凄いねぇ♪」

「いえいえ♪それ程までに噂が鳴り響いているという事ですよ♪」

 

 聖刀と幽の腹の探り合いに久遠は小さく頷いて義輝に向き直る。

 

「我は織田三郎信長。通称は久遠だ♪」

「久遠か。余の通称は一葉である♪」

 

 互いにニヤリと笑った後、久遠は祉狼に自己紹介する様に促した。

 

「俺の名は華旉伯元。通称は祉狼。よろしく、一葉♪」

 

 祉狼が微笑むと一葉の口角がヒクッと反応した。

 

「ははは。名なら先程名乗っておったぞ。」

「しまった!偽名を使うのを忘れていた!」

「ぷふっ♪はははははは♪正直な奴だのう♪それでは余を『綺麗な女の人』と呼んだのも世辞では無いと思って良いのかな?」

「うん?一葉は綺麗だろう。それに武力も愛紗伯母さんに匹敵するくらい強いしな。」

「…………おばさん………」

 

 一葉は笑顔のまま蟀谷(こめかみ)に血管を浮かべた。

 

「ああ♪武神と呼ばれるとても綺麗で優しい人だ♪」

 

「武神か♪うむ、天上の武神ならば伯母でも歳は関係ないな♪」

 

 一葉は祉狼に綺麗だと言われた上に武神の様だと言われ舞い上がっている。

 

「僕は北郷聖刀。さっき言ってた通り、田楽狭間の天人のひとりだよ♪で、どこまで僕達の事を知っているのかな?」

「そうですな。人相風体はあちらのお二方も合わせまして、先程一目見て確信する程度は。まあ、祉狼どのに関しましては情報不足だったと実感しておりますが………」

 

 幽は言外に一葉と祉狼を会わせたくなかったと匂わせている。

 聖刀は一葉の祉狼を見る目の色に気付いていたのでこの話題は深く掘り下げない事にした。

 

「しかし、異人の方までいらっしゃるとは聞いておりませんでしたなぁ。」

 

「我が名はルイス・エーリカ・フロイス。母から頂いた日の本の名は明智十兵衛と申します。」

 

 エーリカが礼法に則った所作で名を告げると、一葉と幽は感心した。

 しかし、

 

「美以は南蛮大王孟獲なのにゃ!」

「俺は宝譿ってんだ。よろしくな♪」

 

 エーリカは一瞬で美以を昴へ放り投げると同時に頭の上の宝譿を掴んで胸元に突っ込んだ。

 そして何事も無かったかの様に跪く。

 

「おお!何という早業!そして腹話術!」

「うむ!見事である!」

 

 幽と一葉は更に感心した。

 

「あ、ありがとうございます……………私は足利将軍義輝様にどうしてもお伝えしたい義がございましてポルトガルより参りました。」

 

「許す。今の芸の褒美だ。申してみよ。」

 

 

 

 

「は、はい………私はひとりの罪人を追ってポルトガルより日の本に参りました。罪人の名はフランシスコ・ザビエル。天主教の司祭だった男ですが、悪に染まり外法を用いて地上に悪魔を呼び出して世に害をなす者です。」

 

 エーリカの語り出した話は祉狼達も初耳なので聞き逃すまいとエーリカを見る。

 

「ザビエルの目的は悪魔を使いこの世を滅ぼす事。そしてその為に日の本を悪魔の苗床に選んだという情報を、我ら天主教の騎士団が命懸けで手に入れました。」

「命懸けで?」

「はい………ザビエルを捕らえようとした騎士団は返り討ちに会い全滅………情報を持ち帰った騎士も法王とポルトガル国王の前で息を引き取りました。私は法王とポルトガル国王の命を受け、日の本へ逃亡したザビエルを追って来たのです。」

 

 エーリカは懐から飾りの付いた封筒を取り出し幽へ差し出す。

 

「こちらがポルトガル国王からの親書となります。」

 

 幽が受け取り封を開いて内容を確認する。

 

「ふむふむ、成程…………………」

 

 詩乃達は息を飲んで幽が手紙を読み終えるのをじっと待つ。

 

「何が書いてあるのかサッパリ判りませんな♪」

 

 ひよ子と転子がずっこけた。

 

「ポルトガル語の文字は読めませんが、国王の署名は以前に見た貿易の許可を求める書状と同じ。詳しい内容は通詞(通訳者)に任せるとしまして、こちらは本物と見て宜しいでしょう。」

 

 幽の言葉に頷き、一葉はエーリカに問う。

 

「お主の役目は理解した。しかし『悪魔』とは何じゃ?人を堕落させる比喩か?」

 

「悪魔とは異形の怪物。膂力強く、敏捷性、体力……どれもこれも、普通の人間では太刀打ち出来ない程の力を持っています。その悪魔は人間を依り代として現世に顕現します。判っている限りでは薬を使い外法を施して人を悪魔に変える。悪魔に殺された者に外法を施してまた悪魔にする。悪魔が女性を襲って悪魔の子を孕ませる。」

 

「エーリカ!その悪魔とは角や牙が生えていて、爪が剣みたいになった奴の事かっ!」

 

 祉狼は燃える瞳でエーリカに問い掛けた。

 

「祉狼どの!?悪魔を見た事が有るのですかっ!?」

「有る!日の本ではその悪魔を鬼と呼んでいる!俺は見ていただけだが昴は何体か倒してもいる!」

 

 エーリカは驚愕の目で昴を見た。

 昴は美衣を抱いて喉を撫でながら周囲を気にしていたので、突然注目されて戸惑う。

 

「え?鬼の話?うん、何体か誤って殺しちゃった。その後で小夜叉ちゃんに蹴られるのがまた良いんだけど♪」

「コヤシャ?」

「尾張には鬼退治の特殊部隊が居て、小夜叉はその棟梁の娘さんだ。」

「幼女よ!」

「それはもういい。」

「よくないわよっ!いえ!幼女は良いモノよ!それに一葉様にお会いした時から幼女の視線を感じるのよ!あっ!見つけたっ♪」

 

 昴は遠く離れた木の上に居る二人の幼女を見つけ出した。

 その距離は約200m。

 

「ほう、良く見つけたの。あそこまでは百十間は在るのだがな♪」

 

 一葉は面白がって昴に教える。

 

「あれは余の護衛として雇っている雑賀の者だ♪」

「雑賀という事は、鉄砲か。」

 

 久遠の言葉にひよ子が驚く。

 

「鉄砲!?あんな遠くから届くんですかっ!?」

「届くどころか当てるぞ、烏は♪」

「烏?」

「あやつの通称だ。」

 

「あ、烏ちゃんって言うんですね♪ヤッホー、烏ちゃん♪」

 

 昴はニコニコと手を振るが、傍で見ていると虚空に向かって手を振っている怪しい人にしか見えない。

 

「あはは♪赤くなって可愛い〜♪」

「………………そこまで見えるのか………」

 

 一葉でもそこまでは見えないらしく、昴と烏の目の良さに驚くのを通り越して呆れていた。

 

「公方様、話がそれておりますぞ。」

 

 幽にボソリと言われて一葉は即座にエーリカへ振り返った。

 

「エーリカよ、お主の使命は判った。余としてもそのザビエルという外道は即刻捕らえて首を刎ねてやりたいと思う。しかし、お主が見て嘆いた通り幕府はこの有り様じゃ。今直ぐ軍勢を率いて鬼退治を行う事は出来ん…………力無い公方で済まぬ。」

「い、いえ…どうかお顔をお上げください!まだ…まだ希望は有ります!」

 

 項垂れる一葉にエーリカは恐縮していたが、今は立ち止まらず一歩でも前に進むべきだという思いが急に心の底から湧いて来た。

 

「祉狼どの!先程は私に力を貸して下さると仰って下さいました。それはまだ有効ですか?」

「それは俺の、いや!俺達の台詞だ♪頼ってくれるか?エーリカ♪」

「はい♪」

 

 エーリカは祉狼に、そして一緒に居る仲間達に心からの笑顔で応えた。

 

「所でエーリカ。鬼についてひとつ質問が有る。」

「はい。」

 

「鬼にされた人を元に戻す方法は無いのか?」

 

 真摯な顔で訊ねる少年の顔にエーリカは天使を見た。

 

 悪魔は人間よりも数倍の戦闘力を持っているので、先ずは自分の命を守る事を考え、次に悪魔を倒す方法を考えるのが普通だ。

 元の人間に戻そうと考える余裕など無いのが実状である。

 目の前に現れた悪魔が元は人間だとしても襲い掛かって来られれば、縁もゆかりも無い相手ならば悪魔として倒す事に躊躇わないだろう。

 しかし、ザビエル討伐に向かった騎士団は、戦闘の最中に悪魔に殺された騎士が悪魔になって復活し、先程まで戦友だった者に襲い掛かって来たとエーリカは聞いている

 果たして、悪魔になってしまった戦友を元に戻したいと思わなかった者が居るだろうか。

 彼等彼女等は僅かな希望で正気に戻れと呼び掛け、絶望しながら元戦友を斬り捨て、そして食い殺されたに違いない。

 

 目の前の少年は、先程の悪漢達を懲らしめた後は怪我を治療してあげる程の慈愛の心を持っている。

 祉狼ならば騎士団の無念を晴らしてくれるのではと思えた。

 

「残念ながらその方法は解っていません…………」

「そうか…………」

「ですが私は祉狼どのならば、いつかその方法を見つけ出せる気がします♪」

 

「俺が見つけ出す………そうか!俺が自分で治療法を見つけ出せばいいんだな♪」

 

「はい!悪魔にされた…いえ、鬼にされた人達を救う為、また鬼として殺された人達、鬼に殺された人達の無念を晴らす為にも、是非お願い致します!」

 

「ああ♪何としても人に戻す方法を探し出すっ!」

 

 力強く拳を握り締め、祉狼はエーリカに誓った。

 その姿に感動したエーリカは思わず祉狼を抱き締めてしまう。

 

「エスチ・エ・メウ・アンジョッ!(我が天使)」

「うわっぷ!」

 

「「「「「「「ああああああああああああっ!!」」」」」」

 

 久遠、ひよ子、転子、詩乃、一葉、貂蝉、卑弥呼が悲鳴を上げた。

 

「この金柑頭っ!祉狼に何をしておるかっ!!」

「ちょ、ちょっとエーリカさんっ!はしたないですよっ!って言うか、お頭から離れてくださぁあいっ!」

「そうですよエーリカさん!お頭を抱きしめるなんてずるいですずるいですずるいですぅうっ!!」

「…………このままではエーリカさんも祉狼さまの愛妾になると言い出すのではないでしょうか………」

「何だと?その話、もう少し詳しく聞かせよ。」

「エーリカちゃん!そこまで頑張らなくてもいいじゃないぃいいいっ!」

「ぐぬぬぅ!封印が仇となったかぁあああっ!!」

 

 ひよ子と転子がエーリカを祉狼から引き剥がそうとするが、エーリカの意志の力か、その腕はびくともしなかった。

 

「エ、エーリカ?ちょ、ちょっと…」

「よう、少年♪」

 

 祉狼が押さえつけられているおっぱいの谷間から宝譿が顔を出していた。

 

「宝譿!」

「いいか?男だったらこういう時は素直にこの柔らかさを堪能するんだ。」

「そ、そうなのか?」

「はっはっはっ♪俺も居心地が良くて頭の上に戻れなくなっちまったぜ♪風にはこんな楽園が無かったからなあ♪」

 

 不意に祉狼はエーリカの腕から解放された。

 そして宝譿も胸の谷間から引きずり出されて、鬼の様な形相のエーリカに首を絞められる。

 

「ほ・う・け・いぃいいい!」

 

「はっはっはっはっ♪今の俺様は漲ってるからそんな力じゃ凹みもしないぜ♪」

 

 

 

 

 久遠達はエーリカを宝譿に任せて、祉狼を取り囲んでから一葉に向き直った。

 

「一葉。我がここに来た目的は二つ在る。エーリカは堺で世話になり公方に会わせる約束をして連れて来たに過ぎなかったが………どうも聞き流せる話では無くなったし、目的のひとつにも関わる事になるだろう。これは立ち話で済ませられる事では無いので後でじっくりと話すとしよう。なのでもうひとつの目的を言う。」

 

 久遠は祉狼、聖刀、昴を一度見てから言葉を続けた。

 

「足利家御家流『三千世界』の事を教えて欲しい。」

 

「うむ、良いぞ♪」

 

「………………………………………………………なに?」

 

 一葉があっさり承諾したので久遠は思考が止まってしまった。

 

「別に隠す必要は無いからの。『三千世界』が在ったればこその足利幕府じゃ。日の本でこれ程名の知れ渡った御家流は他に在るまい♪」

「名前はな。今の時代、どれだけの人が見た事が有るかなどお前が一番知っておろうに。」

「余はいつでも使う気は有るのだが、邪魔する奴がおってなぁ………」

 

「当然です。『三千世界』はおいそれと使ってよい御家流ではございません!」

 

 幽が聞き分けのない子供を叱る様に一葉を諌めた。

 

「これじゃ。後生大事に仕舞っておいて、いざという時に使えなんだらどうする?たまには使わねば宝の持ち腐れぞ?」

「だからと言って今日の様な三好衆の足軽相手に使うものでもございますまい。」

「しかし、これからは鬼退治やザビエルとやらを狩るのには使わねばなるまい♪」

「先程、祉狼どのが鬼を人に戻す方法を探すとお優しい事を仰ったのに、公方様がそれを蔑ろにされるとは……いやはや征夷大将軍がこれではザビエル某が鬼を蔓延らせるまでもなく日の本は最早悪鬼羅刹の支配する地獄でございますなぁ。」

「ふむ、ならば余は悪鬼羅刹ではないの。何しろ日の本を支配しておらんのじゃからな♪」

「おお、それもそうでした♪あっはっはっはっはっ♪」

「あっはっはっはっはっはっ♪」

 

 二人の遣り取りを久遠達はジト目で眺めていた。

 

「(ねえ、詩乃ちゃん………これがお上の方々の会話の仕方なの?こ、怖いよぅ………)」

「(祉狼さまの素直さが今ほど貴重で輝いて見えた時は他に有りませんね………)」

 

「では話を戻すか。『三千世界』の話をするのは構わんが、先に理由を聞いておこう。」

「うむ、先程も『田楽狭間の天人』の話は出たが、祉狼達が何処から来たかまで聞いているか?」

「そこまでは聞き及んではおらんな。」

「それがしが聞いた噂では天界やら神代の国と言われてますな。ですが、祉狼どの、昴どのの名から察するに大陸であろうと推測はしておりますぞ。」

「祉狼達は三国志の時代、しかも、我らの知る歴史とは違う三国が同盟を結んで大陸を治めている世界から来たのだ。」

 

 一葉と幽が真顔になる。

 それは疑っているのではなく、その意味を理解したからだ。

 

「成程、それで『三千世界』か。」

「祉狼は我の夫となり、昴も尾張で嫁を娶ったのでこの日の本に残ると言ってくれた。しかし、聖刀はかの国の皇太子であり、帰りを待つ奥方がおる。我は奥方の為に何としても聖刀をかの国に送り届けたいのだ。」

 

 一葉は顎に手を当てて深く考え込んでいた。

 

「久遠の気持ちは判る。余も力になりたい。なれるものならな。」

「それはどういう意味だ?」

「『三千世界』とは異世界より銘刀宝剣等の武具を呼び出す技じゃ。それを知っておるから余に訊きに来たのじゃろう。だがな…………」

「だが?」

 

「余にもどうやって異世界と繋がるのかまるで解らん。」

 

「………………なんだと?」

 

「意識を集中すれば異世界を感じる。しかしそれは余にとって目蓋を開くのと何ら変わらん。そして武具を呼び出すのも目に見える物に手を伸ばすのと同じなのだ。目に見える物が在って手を伸ばして掴む。お主は他人から『何故そんな事が出来るのか』と問われて答えられるか?」

 

 久遠は一葉の言いたい事を理解した。

 自分にとって当たり前の事を他人に説明する事の難しさ、理解されない虚しさは久遠も幼少の頃から何度も経験した事だ。

 

「……………デアルカ………」

 

「話はまだ終わっておらぬぞ。余の口からは説明出来ぬが、傍で見れば何か解るやも知れんぞ♪」

 

 久遠は沈みかけた意気が再び浮かび上がった。

 

「確かに………聖刀、どうだ?それで何とかなりそうか?」

「そうだね…………見てみない事には何とも言えないけど、貂蝉と卑弥呼も見てくれれば可能性は高くなると思うよ♪」

「しょうねぇ~、見ればきっと何か掴めると思うわよ。」

「うむ、外史を繋ぐ御家流か。興味が有るわい♪」

 

「しかし、三国志の世界か……では、祉狼が先程申した武神とは誰じゃ?」

「愛紗伯母さんか?関雲長という名前だが…。」

 

 一葉の目が輝く。名も知らぬ武神と思っていたが、関羽と聞かされ一気に舞い上がった。

 

「聞いたか、幽♪余はかの美髪公に匹敵するそうだぞ♪さしずめ余は『今雲長』と言った処か♪」

「ああ、はいはい。どちらかと言うと『今元譲』の方が合っていると思いますが…………祉狼どの、あまり褒めると付け上がりますので程々にお願い致します。」

 

「良し♪では早速『三ぜ「早速ではございませえええええええええええん!!」」

 

 幽が一葉の耳元に口を寄せて怒鳴った。

 

「…………………なにをする………余のみみがきこえなくなるではないか………」

 

 一葉が右耳を押さえて涙目になっていた。

 

「そんな聞き分けのない耳など石でも詰めてしまいたい処ですな、まったく。公方様は呼び出された宝剣をどうなさるおつもりですかな!?」

「呼び出しておいて只引っ込めると云うのも何だしの。あの庭木を薪に変えるくらいはしようかと………………………うむ、止めておこう。」

 

 幽が洒落にならない顔をしたので一葉は思い直した。

 

「明日にでも山に行くとしよう。それでも良いか?」

「我に異存はない。ではもうひとつの目的の方を話し合いたいのだが、これは二人きりで頼む。」

「うむ、では場所を変えるか。幽、その間客人の持て成しを………ふむ、その前にひとり紹介しておこう♪」

 

 一葉は屋敷の陰に隠れている気配に気付き声を掛ける。

 

「出て参って良いぞ♪客人に挨拶をせよ♪」

 

「は、はい………」

 

 現れたのは楚々とした、深窓の令嬢という言葉がそのまま形になった様な少女だった。

 

「お初にお目に掛かります。わたくしの名は足利義秋。通称は双葉と申します。」

 

「ふたばっ!?」

 

 祉狼が驚きのあまりつい大声でその名を呼んでしまった。

 

「は、はい!申し訳ありません!」

 

 双葉は隠れて見ていたという後ろめたさから反射的に謝ってしまう。

 

「い、いや、す、すまん…………脅かすつもりは無かったんだ………ただ、その………名前が俺の母さんと同じだったからつい………驚いてしまって………」

 

 双葉は祉狼達が二条館に入って来てからずっと物陰から様子を見ていて、祉狼の物怖じしない姿に姉の一葉の様な強さを感じて興味が引かれていた。

 しかし、目の前で狼狽える姿は同い年くらいの少年と素直に受け取れ、ともすれば幼い子供の様にも見え愛おしく思えてくる。

 先程エーリカに抱き締められた姿を見た時は男女の睦合いの様で心臓が高鳴ったが、今は違う意味で鼓動が早くなる。

 

「ご、ご母堂様と同じ…………な、なにかとても嬉しいです♪」

「じ、字はどう書くんだ?っと、すまん、まだ名乗ってなかったな、俺は華旉伯元、通称は祉狼だ。」

「祉狼さま………♪(そう)の葉と書きます♪ご母堂様は?」

「二つの刃で二刃だ…………字は違っても母さんを呼び捨てにするみたいで何か呼びづらいな…………」

「そうですか…………ではわたくしの事は『ふたは』とお呼びくださるのはどうでしょう?」

「そんな、名前を読み違えるなんて、失礼だろう………」

「いえ♪祉狼さまだけが呼んでくださる特別な名前の様でわたくしは嬉しゅうございます♪」

「そ、そうか?なら双葉(ふたは)と呼ばせてもらう。」

「はい♪」

 

 この遣り取りの間、あまりにも二人だけの空間が出来上がっていて誰も声を掛けられなかった。

 

「(ど、どどど、どうしようころちゃん!エーリカさんに続いて公方様の御妹君までお頭の事を好きになっちゃったよぅ!)」

「(どうするって言っても私だってどうしていいのか分かんないよ!)」

「(祉狼さまが口説かれている訳ではないのでどうしようも有りませんよ…………それに公方様ご自身も祉狼さまを大層お気に召していらっしゃる様ですし………)」

 

「「(私達どんどん立場が落っこちてくよぅ~!)」」

 

 ひよ子と転子を見ていた狸狐は、二人がどんどん自分に近付いて来る様な気がしていた。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

エーリカ:キャラ崩壊を起こしていますね。

美以(子孫)、宝譿とのトリオがここまでになるとは書き始める前は思っていませんでしたw

そして管理者ではなくなり、明智光秀という呪縛から解放されましたので今後はどんな風になるか、自分でも楽しみです。

ポルトガル語を調べるのが大変でしたw

 

美以:扱いが酷くてすいません。基本タフな子なのでつい無茶をさせてしまいます。

 

宝譿:今後は定位置が変わるかもw

 

一葉:またひとり牡丹が…………次回は『大三千世界』をしてもらうつもりです。

 

幽:出すのが楽しみだったキャラですw

特に一葉との掛け合いが楽しいですw

 

双葉:戦国恋姫が出た当時に、二刃と読みが被って焦った記憶がありますw

祉狼だけが『ふたは』と呼ぶ事で決着させました。因みに昴は『双葉さま』、聖刀は『双葉ちゃん』と呼びます。

 

ザビエル(于吉の影):于吉のクローンだと考えて頂くと判りやすいかも。こいつが今回の敵役。真の目的はまだ秘密です。

 

 

次回は京~近江小谷城の予定です。

 

 

追記

凪&梅の声優、五行なずな(北見六花)さんが入籍&ご懐妊されました。

おめでとうございます。

 

 


 
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