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真恋姫無双二次創作 ~盲目の御遣い~ 第丗話『交叉』

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真恋姫無双二次創作オリ主呉ルート最新話です。
オリジナルの主人公及び恋姫、作者独自の解釈によるキャラの変化、etc、そういったものに嫌悪感などを覚える方はブラウザバック推奨です。

感想、意見、その他諸々、コメントして下さると一層の励みになります。

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2015-05-26 01:04:15 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:9357   閲覧ユーザー数:7108

 

―――日が昇る前に、目が覚めた。

 

ここ数ヶ月はずっとこの調子だ。寝起きの自分を撫ぜるのはいつだって、降り注ぐ陽射しの暖かみではなく、透き通る夜露の冷たさを残す涼風ばかり。どうにも、深く眠れない日が多い。

 

「すぅ~……」

 

寝床から出て髪を束ね直すと、悪天候で肌寒さを感じない限りは、いつも城壁の上(ここ)に来る。ここに来て、地平から太陽が昇るのを肌で感じ取り、肺腑の隅々まで緑と土の匂いを行き渡らせて初めて、目覚めきっていない意識がやっと覚醒する。”過去(こちら)”に来た頃からずっと続けている内に、それがすっかり習慣になっていた。

 

「ふぅ~……」

 

何事も長所と短所、利点と欠点が漏れなくある訳で、”慣れる”という事とて、その例外ではない。

あの頃は爽やかに感じられていたこの匂いも、今では何処か、酷く生々しく感じられてならなくなっていた。物語の中でしか知らなかった世界。少なからず、夢見ていた世界。余りに遠くに感じていた景色は、いつの間にか、手を伸ばせば届いてしまう場所にあって。だからこそ見えてくる”(あら)”というものは、確かに存在していた。それこそ、綺麗な薔薇には鋭い刺があるように。

 

「…………」

 

陽炎に揺れる土瀝青(アスファルト)の匂い。行き交う自動車の排気の匂い。決して快くはない筈のあの匂いを、何処か恋しがっている自分がいる。日に日に薄れていくその不快感に、何処か恋焦がれている自分がいる。その度に、どうしようもなく嫌気が差す。逃避を選ぼうをする自分を、許せなくなる。

この世界に来て痛感したのは、命は余りに呆気なく散るという事実。”あの世界”でだって日常的に起こっている事なのに、誰もがそれを”識らない”。

遠いのだ。”殴る”が。”斬る”が。”刺す”が。”撃つ”が。”狙う”が。”射る”が。”奪う”が。誰より、何より、近くにあるのに、遠いのだ。

 

――♪

 

旋律が始まる。提琴(バイオリン)の上を、弦がゆるりと奔る。唯一”あの世界”を留めているそれに縋るように。

奏でる曲は、何処か”夜”だとか、”月”だとか、”影”だとか、そういったのを彷彿させるようなものが増えたように思える。昔から好きではなかった。今でも好きではないし、積極的に弾いたりした事は、つい最近まで無かった。唯一、そういった曲ばかりを弾いていた時期はあるが、その頃の記憶は、決して良いものではない。

 

(……亡くす事には、やっぱり慣れたくないな)

 

自己防衛の為なのか、人は重ねて傷を負うと、その悲しみや苦しみに”慣れて”しまう。やがてそれは”麻痺”となり、”免疫”となり、やがてそれは感傷にすら届かなくなってしまう。

 

(嫌だ)

 

大事な人を亡くしたら、それを悲しみたいし、苦しみたい。悲しまなければならないし、苦しまなければならない。悲しめなくては、苦しめなくては、まるで。

 

「―――人の上に立つってのは、そういう事よ。いい加減、割り切りなさいな」

 

演奏を止め、声のした方を振り返る。ここ数ヶ月ですっかりと馴染んた”世話係”の気配が、そこにはあった。

 

「お早う御座います、詠さん」

「はい、お早う。……あんた、ま~た面倒な事、考え込んでたでしょう」

 

辟易。その一言に尽きる表情で、詠は両手を腰に付け、溜息混じりにそう言った。

 

「朝食の時間よ。お腹が空いてるから後ろ向きな考えばかり思い浮かぶのよ。さっさと食べちゃってくれる? 月も待ってる事だし」

「よく解りましたね。そういう事を考えているって」

「解るわよ、あんたが考えそうな事くらい。ここ最近で嫌というほど思い知らされたもの」

 

反董卓連合以来、彼女と董卓()は名前を捨て、真名を名乗って白夜の世話係として働いている。付き人とはいえ、藍里は元より文官としての職務もあり、実は四六時中白夜の傍についているという訳ではない。……本人はそうする気満々だったりするのだが、猫の手も借りたい現状では戦力は一人でも多いに越した事はない。その為、事情が事情故に城内に限られるのだが、最近の白夜の周囲には月か詠のどちらかが必ず待機している日が殆どとなっていた。

 

「有難う御座います、詠さん」

「あ~もうっ!! そこでなんで感謝するかなぁっ!! そういう所がほんっと腹立つって言ってるのにっ!!」

 

決して口は良くないが、彼女が悪意を持って発言している訳ではない事は、この数ヶ月を共にしてよく解っていた。流石に現状に納得しきれていないのであろう、世話係に就いてから暫くの間は常に毒づき続けていたが、それは結果として常に直言極諌。今では少なからず白夜を認めるようになったのか、どこか言動が丸みを帯びてきたように感じられるが、その心情の変化を齎した出来事に関しては、またいずれ語るとしよう。

兎角結果として、白夜が何より仲間に求めているものを真っ先に与えたのは、図らずも詠だったのである。この事実を彼女に伝えたなら、間違いなく嫌な顔をするであろうが。

 

「いいから早くしなさいっ!! あんたが食べない事にはいつまで経っても片付けられないのよっ!!」

「はい。解りました」

 

今にも地団駄を踏みそうな詠の言葉を受け、提琴を鞄にしまい込むと、白夜は今日初めての微笑みを浮かべ、下へ降りる階段へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

今回の事の発端は、ひと月程前に遡る。

俺がいつものように、大陸中を放浪しながら鍼術の武者修行(鍛錬)に励んでいる最中で、とある時期を境に、とある地域で、とある人物に関する噂をよく耳にするようになった。

 

「態々、こんな遠くまで来て下さってねぇ。あたしらにも分け隔てなく話しかけて下さるのさ」

「俺の作った肉まんをよ、「美味しい」「美味しい」って言いながら、旨そうに食ってくれるのさ。柄にもなく照れちまったね、あの時は」

「”天”の話をよくして下さるけれど、驚かされてばかりだね。街に来て下さると、今や引っ張りだこだよ」

「おにいちゃんね、いっつもおはなししてくれるんだよ。こないだのつばめさんのおはなしは、すごくかなしくなっちゃったけど、すごくおもしろかったの」

 

行く先々で、老若男女が口を揃えて、その人物を褒め称えていた。誰もがその名を知り、誰もがその名を呼び、誰もがその名で笑った。知らないと言えば真顔で驚かれ、それはそれは誇らしげに、その人物の”輝かしい遍歴”を語られた。まるで自慢の親や兄弟を紹介するかのように。

そして同時に、”彼”は生まれついて目を患っており、常に隣に付き人がついて回っているとも聞いた。それを聞いて、俺が黙っていられる筈もなく。

 

「”天の御遣い”、か」

 

翌朝、俺は早速、江東へと進路を取った。そして、

 

「――もう一回聞くけど、あんた、”華佗”って名前でイイんだよな?」

「あぁ。俺は華佗。”五斗米道(ゴッドヴェイドー)”の華佗だ」

「ん……まさか、なぁ?」

 

幸先が良いとはこの事か。到着して情報収集を始めるや否や、話しかけた巡回の兵士、太史慈と名乗った彼女は、かの”御遣い”直属の部隊に所属していると言うのだから驚いた。鉈のような双剣を腰に差し、女性にしては長身である体躯をして随分と大きい弓を背負った彼女は、それまでに出会って来た人々と同じように、それはそれは嬉しそうに”彼”の事を語ってくれた。

 

「俺の名前に何かあるのか、太史慈さん?」

「いや、そういや白夜(旦那)が探しているって言ってた医者もそんな名前だったような気がして……」

「? 御遣い殿が、俺を?」

 

御遣い殿に会う為の便宜を図ってやる、との事で城へ向かう最中、首の後ろで鎖状に編み込んだ髪を手遊びにいじりながら、彼女は考え込むように虚空を眺めてそう言った。

何とも奇妙な話である、と思った。正直な話、俺の名もさる事ながら、五斗米道の知名度は然程高くはない。俺が様々な地を練り歩き、その地にいる患者を治して回っている生活を繰り返しているのは、その名を広めるが理由の一つでもある。そうしている内に人々の口を伝って広まり、御遣い殿の耳に届いた、という可能性も考えられなくはない、が。

 

「何とも、人が好いのだな、御遣い殿は」

「へへっ、だろ? ”あの人”は最高の主さ。なんせ田舎育ちの俺なんかを隊の二番槍まで引き立ててくれた上に、最近じゃあ街に出かける時も護衛も任せてくれるようになってさぁ」

 

悩み込む表情から一転、快活な笑顔を輝かせると、再び太史慈は件の彼について嬉しそうに語り出す。その表情を見て、少なくとも人柄の良さを感じ取る事は出来た。何せ、彼女が語るその様が、何処か重なって見えたのだ。

 

(俺も、”師匠”の事になると、つい熱くなってしまうからなぁ)

 

だからこそ、これほど彼女を笑顔にさせる”彼”を、俺は素直に好ましく思う事が出来た。そして、それだけに、

 

「――旦那の目、あんたの力で、治るといいんだけどなぁ」

「……そうだな」

 

俺に出来る事があるのなら、その為に全身全霊を尽くさねばなるまいと、改めて心に固く誓う。

部隊結成の際の演説、人伝でありながら、血沸き肉踊るものがあった。その御遣い殿、間違いなく心に熱き情熱の炎が煌々と揺らめいている事だろう。間違いない。

と、そんな事を話していた時だった。

 

「―――あら、楓ちゃん?」

 

”更に都合の良い展開”が向こうからやってきたのは。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「うん、今日も美味しいです、月さん」

「へぅ……有難う御座います、白夜様」

 

所変わって、白夜の私室。白夜、月、詠の三人は朝食を摂っていた。

湯漬けの米に、溶き卵とたっぷりの青菜の(タン)。微塵切りの筍と磨り潰した海老の蒸し焼売。目覚めの悪さと、早朝の肌寒い気温を慮ってくれたのだろう、暖かく消化の好い献立は難なく喉を通る。無論、味の加減は抜群である。白夜が素直に感想を述べると、月はふにゃり、と辺り一面を柔らかくしてしまいそうな照れた笑顔でそう答えた。

そんな、まるで新婚夫婦のような(本人たちにそのような自覚はないがろうが)会話を毎朝のように交わしている二人を見せつけられて、詠は湯を啜りながら心中で盛大に溜息を吐きつつも、静かに安堵していた。第一に、月が以前のような笑顔を見せてくれるようになったからである。

元より争いを好まぬ穏やかな気性の娘であるし、こういった職に就けたら、みたいな事を幼少期に言っていたような記憶もある。単純に向いているのだろう、施政に携わっていた時よりも表情が生き生きしている気もする。悔しいが、自分には出来なかった事だ。その点に関しては、素直にこの男を認めざるを得ない。

 

(というか、一度こうと決めたら梃子でも動かない所とか、本当にそっくりなのよね。腹立たしいくらい)

 

先日、月から”とある相談”を受けた。本人は至って真剣で、だからこそ自分も最後まで真面目に聞いたし、真面目に答えた。だが、

 

(うぐぐぐぐぐ……)

 

『白夜様にね、笑顔でいてもらいたいの』

それは半ば”告白”なのではなかろうか。本人にその意図はないのだろうけれど、そうに決まっているはずなのだけれど、それでも奥歯が軋むような音を立てそうになるほど強く噛み締めるのを止められない。不機嫌になっているのがあの子にばれていなければ良いのだけれど。

以来、月は料理に洗濯、掃除に裁縫と、こいつの身の回りの世話を自ら精力的に買って出ている。今では自分の給金での買い物でさえ、こいつに飲ませるお茶の葉だったり、食べさせる料理の材料だったりする始末。

そして何より、困った事に。

 

(”それに同意してしまう程度には”、僕もこいつの事を認めているという事実が、一番むかつく)

 

ここ数ヶ月、こいつの日々は多忙を極めていた。

部下となった者たちの家々を巡り、親族に会っては挨拶して回る。新たな政策を練り上げては皆に説き、着々と実行へ進める。空いた時間があれば街へ降り、住人たちと交流を図る。何一つとして妥協せず、怠惰せず、それでいて慢心せず、冗長せず。正直、同じ立場に立たされたなら、誰もがそこに少なからず胡座をかく事だろう。だのに、この男は決して自分に、それを”是”としない。

一種の強欲。一種の傲慢。ある意味で、どうしようもないほど人間臭く、そして同時に、どうしようもないほど”無味無臭”。それはまるで、砂粒で荘厳な楼閣を建てるような、気の遠くなる時間の積み重ね。積み上げて、積み上げて、ひたすらに積み上げて、だのに風が吹けばいとも容易く崩れ去ってしまうほど脆いそれを、この男は欲しいと願い、叶うと信じている。

何故、この男はこうまで”他人優先”なのか。誰かを大事にしたい気持ちは解る。大切にしたい気持ちは解る。だがそれは、それを感じられる自分がいてこその思考だ。自分がいて初めての思考だ。だのに、この男は、ともすれば平然として、自分を投げ出す。聞けば、あの呂布()に対して自ら名乗りを上げ『これ以上殺すな』とのたまったと言う。それも『部下を殺されたくないから』だというのだから、殊更に呆れた。

 

(……やっぱり、話に出てきた、”あの人たち”)

 

彼の育ての親。以前、少しだけ聞いた事がある。自分に”命”を吹き込んでくれた老夫婦。あの提琴(弦楽器)懐中時計(時を刻む絡繰)の贈り主。

理解できなくもない。その生き様に憧れる気持ちも。その言葉を信じる理由も。”天”は僕らの世界と比べて、余りにも平穏なようだ。少なくともこいつが生きていた国は。

そして、何が一番厄介なのかと言えば、こいつがその価値観の差異を理解した上で、この大陸の不条理と不平等を理解した上で、それでも尚、断固として諦めない、その姿勢。

 

(こいつにとっては、僕達でさえ”守るべき人”なんだ)

 

確かに、僕達はこいつに救われ、こうして生かされている。こいつが僕達を守ろうとする事に、何ら不思議もない。施政に関して完全に蚊帳の外にされているのも致し方ないだろう。だが。

 

(気に入らない)

 

そう、実に、気に入らない。何故か明確に述べろと言われれば答えに迷うが、兎にも角にも気に食わない。決してこれは嫉妬だけではない。間違いなく、僕はこいつに対して憤怒している。

だからこそ、僕は声を荒げて、こいつの間違いを正してやる。思いっきり頬っ面をぶん殴ってやる。そう改めて固く誓い、今日は何を教え込んでやるべきかと、この城の書庫にある蔵書から相応しいものは何かと考えつつ、月の焼売に舌鼓を打っていると。

 

コンコンコン

「――食事中済まない、主よ」

「ん、華雄さん。どうされましたか?」

 

控え目に三度戸を叩く音に北条が口元を拭い入室を許可するや否や、華雄が室内へと入ってきた。

以前なら来訪を知らせるどころか、許可など待たず遠慮なしにどかどか入って来ていた彼女のこの変化も、ここに来た当初は盛大に驚いた。

それどころか何とこの女、北条にあれほど大事にしていた真名を明かしたという。華雄の真名は董卓軍でも月以外は誰一人として知らなかった。元よりそういう一族の生まれらしいし、気にもしていなかったのだけれど、男に呼ぶ事を許したというのは、やはり驚きを禁じえない。

 

「主に客人だ。例の医者だぞ」

「……本当ですか?」

「「?」」

 

例の医者? 何の話だろうか。見れば月も不思議そうな顔をしている。僕達が聞いていないという事は、その客人はそれほど重要な人物なのだろうか。

 

「解りました、直ぐに行きます。月さん、ご馳走様でした」

「あ、いえ、お粗末様でした。行ってらっしゃいませ」

 

とうに食べ終わっていたらしく、飲みかけのお茶を飲み干すと、北条は華雄の後に続いて部屋を出て行った。最近の北条の護衛は付き合いの長い諸葛瑾(藍里)か、”一番槍”である華雄か、最近になって頭角を現してきた太史慈という娘が入れ替わるように担当しており、日によっては周泰(明命)が何処からともなく見守っているという。

 

「詠ちゃん。ちょっとだけ残ってるけど、お代わり、要る?」

「月の手料理を余らせる訳にはいかないもの。貰うわ」

 

まぁ、どうせ後でまた相談されるのだろうし、今は世話係としての仕事を片付けてしまうとしよう。さて、今日はどうやってあの男を扱き倒してやろうか。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「貴方、ほんっとぉ~~~~~~~にっ、医者なのね?」

「あ、あぁ」

 

なんとも純粋な眼差しをする王だなぁ、素直に思った。

丁度、俺の真正面。物珍しそうな目でこちらを玉座から見下ろす女性。町で出会い、太史慈の真名を呼んだ女性。孫策と名乗った彼女は、俺を”医者”の”華佗”であると知るやいなや、いきなりこの部屋へと連行した。

孫策伯符。”御遣い殿”のみならず、この国の最上に位置するような人物が平然と街を出歩いているのだから、治安の良さが窺い知れる。

 

「で、どうしていきなり俺は玉座に通されたんだ? 自分で言うのもなんだが、普通は幾つか手順を踏んで、もっと時間がかかるものだと思うんだが」

「ん、それがね、”華佗”っていう医者が見つかったら是非会いたい、って白夜が言ってたのよ。貴方の事なんじゃないかな~って思って。楓ちゃん、お手柄よっ!!」

「”御遣い殿”が、俺を」

 

どうやら太史慈さんの記憶は確かだったようだ。ぐっと親指を立てて突き出す孫策殿に、太史慈さんは照れ臭そうに頭を掻いていた。

 

「しかし、どうして白夜が医者を? ”目”を診てもらいたかったのかしら」

「俺はそうさせてもらえたら、と思ってここに来たんだが」

 

ついでに、”天”の医術について話を聞かせてもらえたら、程度の期待もあった。町で聞いた”御遣い殿”の話は、素人である俺が人伝に聞いても興味を唆られるものばかりであった。もし、俺が未だ知らぬ医術の知識を持っているのであれば、それを是非、知りたいと思う。

 

「それにしても貴方、本当に医者なの? 見たところ、薬も道具も持ち歩いていないようだけれど」

「あぁ、俺の医術はこれだけで行うからな」

 

そう言って、白銀の腕甲から、俺の相棒を取り出す。

 

「鍼?」

「あぁ。五斗米道(ゴッドヴェイドー)の医術は患部を切除したり、薬で治す事は殆どない。この鍼で人体の経穴(つぼ)を刺激して、身体が治ろうとする力を後押しするんだ」

 

そうする事で、麻沸散(まふつさん)を使った手術に耐えられない子供や老人でも無為に危険を冒す事なく治療に専念出来る。それこそが五斗米道(ゴッドヴェイドー)の医師を志した最大の理由だ。

無論、この方法は万能ではない。施術が必要な患者には手術を行うし、治しきれない幹部は摘出したり切除する他にない。だが、無くさずに済むのなら、それに越した事はないだろう。たかだ指一本、されど指一本。人体は真、精緻に汲み上げられた一つの芸術品なのだ、とは師匠の言葉である。

 

「例えば、そうだな……孫権さん」

「――へっ? 私?」

 

突然の来訪者である俺を見定めに来たのか、玉座の間には大勢の孫呉の将達が勢揃いしていた。その中、じぃっとこちらを眺めていた彼女から微かな”澱み”を感じて、俺は目を凝らした。

 

「な、何? 何でじっとこっちを見ているのよ?」

「ふむ……腰と、肩か? 机仕事のし過ぎなのかな、最近”重い”と感じる事がないか?」

「え、えぇ、それは、感じてはいるけれど」

「ずっと同じ姿勢で居続けると、筋肉が凝ったり、骨格が歪んだりする事で血流が乱れ、本来なら澱みなく流れていくべきものが溜まってしまっているのさ。だから自然と重く感じるようになる」

「……へぇ、そんな事まで解るのね」

 

説明に納得がいったのか、思い当たる節があったのか、孫権さんは少なからず納得して、警戒を解いてくれた。

 

「これ、実は結構辛いのよ。どうしたらいいのかしら?」

「患部を暖めながら揉みほぐしてやると良い。後は適度な運動だな。なんなら、ここでその経穴(つぼ)を突いてもいいが」

「それは、直ぐに出来ることなの?」

「この鍼で俺の気を流し込むだけだ。なんなら、天井の梁を数えている間にでも終わる」

「そ、そうなの……じゃあ、お願いしてもいいかしら」

「よし、任せてくれ」

 

何処か躊躇いがちながらも、孫権さんはそう言ってくれた。皆も興味深そうにこちらへの視線を強める。五斗米道の医術を広めるいい機会だ。しっかりと治療して見せるとしよう。

 

「はぁああああああああああああああッ!!」

「――え?」

 

鍼を取り出し、額の前に翳す。

 

「唸れっ!! 穿てっ!! 砕けっ!! 貫けっ!! 病魔覆滅っ!! 必殺必治癒っ!!」

「え、ちょ、ちょっと、華佗っ!?」

 

目を閉じ気迫を込めながら、鍼を天を衝かんばかりに掲げる。

そして、高らかに口上を述べ上げながら狙いを定めて、

 

「元気にっ、なr―――たわばっ!!」

 

鍼を刺そうとした瞬間、俺の身体を衝撃が襲い、視界がぐるりと何回転もした後、上下が逆転した世界で、孫権さんの傍らに髪を団子状にした女性が立っているのが見えた。彼女は確か、甘寧さんだったか。

 

「……済まん。どうにも貴殿のそれが医療行為に見えなくてな。つい、主の身に危険を感じて、手が」

「あ、あぁ、いや、気にしないでくれ。割とよくある事なんだ」

「……よくあるのに、直さないのね」

「どうにも未熟者でな、こうしないと正確に出来ないんだ。面目ない」

 

今までにも何度か患者を怖がらせてしまった事はあった。師匠のように静かな集中力を発揮できたなら、このような誤解を産む事もないのだけれども。

精進あるのみか、と甲の緒を引き締め直した、その時だった。

 

 

 

 

 

「―――何やら賑やかですね、皆さん」

 

 

 

 

 

 

その声は、余りに自然に耳朶を叩いた。

 

 

床の上で大の字に四肢を投げ出す自分の両足側。

 

 

ゆっくりと閉じる扉の音を背に、かつりかつりと左右に揺れる白い杖。

 

 

歩み寄ってきた彼は、俺の傍で量の膝をついて、

 

 

「初めまして。お目にかかることが出来て光栄です、”神医”殿」

 

 

思わず呆気にとられてしまうような穏やかな笑顔で、そう名乗った。

 

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

久しぶりの短期更新。私自身も(°д°)←こんなんになっております。やれば出来るもんやなぁ……じゃあ普段からやれよって感じですが(笑)

さて、いよいよ節目の30話。ここからオリジナル要素全開になる訳ですが、キャラ崩壊は大丈夫でしょうか(一番心配)。どうしてもゲームと違ってテンポは良くないですし、何より私の文体は”こう”なので、華佗のあの熱苦しさがどうなるのか自分でも予想だに出来ません。

さて、今後のネタバレにならない程度に初登場しました太史慈の紹介をば。

 

太史慈・真名『楓』

身長170前後。長い黒髪をポニーテール上に束ね、更にそれを三つ編みにしている。得物は双剣と長弓。農作業や狩りで使っていたものを武器として使えるようにしたものである為、銘はない。手に馴染むものが一番という彼女の考えから。

一人称『俺』。母子家庭に育ち、父親は幼少期に自警団の職務中に死去。最期まで野盗から街を護り切った父を心より尊敬している。

恵まれた体格から農作業などの力仕事を手伝って母親の分まで生計を立てていたが、”天の御遣い”たる白夜に興味を持ち、連合軍以降に行われた募兵に一念発起し、参加。父親譲りなのか守りの戦いに長け、彼女が殿を務めた行軍の死傷者の数は著しく低いという。北条白夜愛好会(ふぁんくらぶ)会員番号一桁なのが自慢の一つ。

育ちが育ちだけに女扱いに慣れておらず、しかししっかりと憧れは持っている為、普通に女性扱いする白夜の言動に日々舞い上がって緊張してしまい、毎晩自室で反省という名の自己嫌悪に陥っているとかいないとか。未だに真っ直ぐに顔を見て話せないのが目下の悩み。

 

はてさて、オリキャラ2人目。今後どのように掘り下げて行こうか楽しみであります。ちなみにですが、私は公式で登場した武将がなるだけ登場させる積もりでいるので、そのつもりで。無論、孫呉の登場人物は漏れなく出す予定です。どうぞお楽しみに。

それでは、次の更新でお会いしましょう。でわでわ。

 

 

 

 

…………要らない肉を引き絞りつつ『血界戦線』のコスプレを真剣に考え始めている今日この頃。

 

 
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