No.776635

姉の独り言

夏乃雨さん

『艦隊これくしょん』に登場する扶桑姉妹の姉の方、扶桑姉様の散文詩っぽい二次創作ものです。

以前、某所で上げていましたが、いろいろあってこちらに。

2015-05-11 12:25:16 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:421   閲覧ユーザー数:413

 

 私の記憶はスリガオ海峡で途切れた。ぼんやりとする意識の中で妹の声が聞こえていた。「我..ヲ..。各艦ハ..省....シ、.ヲ.撃..シ」

 みんな、ごめん。ごめんね…。早く、逃げて。でもその声は誰にも届かなかった。

 それが、昔の最後の記憶。

 私たちは日本海軍の期待を背負っていた。日本の雅称を与えられた私。千年の都の地の名を授けられた妹。でも。現実は残酷だった。はじめての設計だったからたくさんの欠陥があった。欠陥が見つかるたびに改装を繰り返していた。妹は「艦隊にいるほうが珍しい」なんて言われていたわね。私たちはその名にこめられたものとは裏腹にほとんど何も出来ないままで長い時間をすごしていた。

 私たちを作ったときの経験は伊勢型・長門型、そして大和型で生かされた。そう思うことにした。そう思わないとやってられなかった。

 でも、それも過ぎたこと。戦艦らしく砲雷撃戦で逝くのだから、悪くはないのかもね。でも、西村艦隊のみんなを、乗員のみんなを助けられないのだけは、悲しい。悔しい。そんなことを沈むまでの短い間に思っていた。

 どのくらい経ったのだろう。

 気がつくと私は不思議な世界にいた。これが冥土というものかしらと思っていたけど、何か少しちがう。街には見たこともないくらい高い建物があり、人々はみんな小さな四角い物を見ていたり、それで話をしていた(後でそれはスマートフォンという小型の通信器だって教えてくれた)。時雨や最上もいたけど、昔とはちょっと違うみたい。私も少しちがうような気がする。

 そして、提督がいた。

 「わが鎮守府へようこそ。戦艦扶桑。歓迎します。」

 提督や先に来ていたみんながあの戦いから70年近くが過ぎたこと、私たちは艦娘として生まれ変わったことなどを教えてくれた。妹はこの鎮守府にはまだ来ていなかったけど、すぐに妹も着任できるようにすることを約束してくれた。そして、提督は約束を守ってくれた。

 「姉様、ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

 再会と同時に泣きじゃくる妹。この娘や西村艦隊を守れなかったのは私なのに。私は妹をそっと抱きしめてあげた。もう、妹を一人ぼっちにしてはいけない。……私は、もう、沈まない。

 あの日。深海棲艦との戦いが一つの山場を迎えていた。私の受けた傷は沈むようなものではなかったのだけど、進撃の決断を下した提督は私が(また)轟沈することを覚悟していたみたいね。だから、私が大破しながらも帰ってきたとき、提督の目尻が少し光っていた。

 その日の夜、提督は私を執務室に呼び出した。

 黙っていれば私はそんなことを知らなかった。でも、提督は言わずにはいられなかったみたい。正直な人ね。

 上に立つ人というのはある程度のウソも必要。そうでなければ足元をすくわれるし、部下も不安になる。だから、ウソがつけない人は上官として失格。でも、かつての長い長い軍艦としての勤務の中で見聞きした

 この人のそばにいてあげたい。こんなことを思うのは、私が艦娘として本当に人の姿を得たからなのかしら。

 今日は休日。秘書艦の仕事もほとんどなかったから、鎮守府の艦娘用テラスで提督と二人でコーヒーを飲んでいた。私はコーヒーカップを少し置いて、提督に聞こえるくらいの声でつぶやいた。

 「提督……いい天気ですね……」

 「ん? ああ、そうだな。今日は少し冷えるがな。」

 そういうと提督も飲みかけのコーヒーを置いた。提督は多分気付いていない。この言葉の意味を。哲学とか歴史とか社会科学の本だけでなくて、もう少し文学も読んだほうがいいと思うわ。でも、そんな提督だから言えるのよね。

 また、私はカップに手を向けた。提督も空を見ながらカップに手を伸ばす。よそ見していた提督の手はカップから少し外れて、私の手と、触れ合った。

 「あっ!……」

 私と提督の声も重なった。これって、随分古典的なシチュエーションよね。そんなことを思っていら、後ろからバタバタと走りよる音が聞こえてきた。ああ、この展開は……。

 妹の目がギロリと提督に向けられる。やっぱりね。

 「セ、セクハラじゃないぞ! というか、手が触れただけだろ?」

 「問答無用!!!! 海軍精神注入棒で修正してあげるわ!!!! そこに直りなさいっ!!!!」

 「か、勘弁してくれぇぇぇぇ!」

 ふふふっ。妹も少し照れ屋さんだからすなおに感謝できないのよね。こういうのを最近では「ツンデレ」っていうみたい。もっとも秋雲がいうには「贔屓目に見ても山城さんはツン99%、デレ1%じゃないんですか」だって。そうかもね。でも、「欠陥戦艦」と呼ばれていた頃よりもずっと丸くなっているし、結構、提督に感謝していることも私には打ち明けてくれる。だから、山城も見た目ほどきつくはないのよ。

 空が青い。深海棲艦と戦うのが今の私の勤め。それに提督は私たち姉妹をペアにして優先的に出撃してさせてくれる。でも、最近はこんなちょっとした毎日のドタバタが楽しくなっている。赤城・加賀がボーキサイトを盗み食いして提督が頭を抱えたり、天龍が「フフフ、怖いか」と言ってから龍田におどかされてシュンとしたり、川内が夜になると「夜戦! 夜戦!」と大騒ぎして他のみんなから怒られたり……。昔は何も出来ないのに空だけが青いのが恨めしかった。今は、こんなにいい天気の日にみんなの日常や、山城と提督の追いかけっこを見ているのが本当に大切な時間なのかなって思っている。ずっと、こんな毎日がつつくといいな。でも、そろそろ行かないと本当に提督が死んじゃうわね。

 「山城」

 「姉様!」

 妹が抱きついてきた。

 「間宮に行きましょうか。」

 「はい。姉様。私、抹茶パフェ食べたいです。」

 この娘を連れて行きながら、ちょっとヤキモチ焼きな妹にばれないように、提督と決めたハンドサインを送る。

「テ・イ・ト・ク・マ・タ・ア・ト・デ・ネ」

 

 
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