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真恋姫無双幻夢伝 第七章7話『五丈原の戦い 下』

この章ラスト!決着はいかに!?

2015-03-07 17:05:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1695   閲覧ユーザー数:1568

   真恋姫無双 幻夢伝 第七章 7話 『五丈原の戦い 下』

 

 

 翠の馬が戦場を駆ける。その行く手を防ごうとした者は、ことごとく蹴散らされていく。

 

「どけっ!」

 

 彼女の槍が躍動して、魏軍の兵士の腹を貫く。そして翠が槍ごと振り回し、その兵士は腹から血の雨をまき散らしながら宙を舞った。兵士の血が彼女の頬につく。

 どんな戦いでもそうだった。西涼の馬が駆けると、敵の陣形はいとも簡単に崩れ、敗者はちりぢりになって逃げて行く。彼女たちは常に勝者の余裕を持って戦ってきた。

 ところが、この魏軍は怯えるどころか、新しい兵士が次々と挑んでくるではないか。翠はともかく、部下の騎兵は、盾を持って襲ってくる敵兵に手を焼き、その度に走る速度が遅くなる。

 出口のない迷路を走っているようだ。まるで追い立てられる獣のように。

 

「ちくしょう!いったん退くぞ!」

 

 戦闘開始から半刻(1時間)、彼女は手綱を引いて、馬首を味方の陣に向けた。一度、体勢を立て直すしかない。

 まだ対岸の味方が動いたという報告はない。頼れるのは自分たちだけだ。

 

(何度でも突撃してやる!李靖!お前に負けたと認めさせるまで!)

 

 翠は固く決意して、手綱をピシリと鳴らした。

 だが、彼女のその思いは、本当に意外なところから打ち砕かれることになる。

 

「お、おい!どうしたんだ?!」

 

 馬が動かない。いくら手綱を動かしても、馬の脚はそこに留まったままだ。

 周りを見ると、部下たちの馬も動きを止めて立ち尽くしている。彼女たちは馬がとても辛そうな表情をしていることが分かった。

 

「過信したな、馬超」

 

 突然、声がかかる。振り向いたそこには、憎き敵である李靖の姿があった。複数の騎兵を引きつれて、こちらを眺めている。

 

「李靖!!」

「叫んでも馬の脚は動かないぞ」

 

 口角を上げている彼の表情を見ると、この状況は彼の策略のせいのようだった。

 

「あたしたちの馬に何をした?!」

「したのはお前らだろう。馬にも疲労というものがある。よく考えてみろ」

 

 周囲から無数の敵兵が取り囲んできている。焦りの色が汗となって背中を伝う。“疲労”と聞いて、彼女には思い当たる節があった。

 

「“渡河”したことか…」

「そうだ。お前たちの馬は船に慣れていない。精神的にも肉体的にも、その負担は予想以上に大きいはずだ。それにだ…」

 

と、アキラが答えている間にも、彼女たちを取り巻く魏軍の包囲は着実に狭くなってきていた。翠は平静を装いつつ、彼を睨み続ける。

 

「戦場を長躯したことや敵陣を駆けずりまわったことも、そうだとは気づいていないのか」

「なっ!あれもだって言うのかよ!?」

 

 わざと太鼓を鳴らさなかったことや、犠牲を強いても抵抗を続けさせたことも、彼らの馬を疲れさせる策であった。普段から馬の訓練を欠かしていない彼女たちは、一刻(2時間)の戦闘でも馬は疲れないものだと信じている。しかし中原に比べて西方は河川が少ない。河を渡るのは初めてだという馬も多いはずだ。

 月から聞いた情報が役に立った。

 手負いの獣のように、汗だくになりながらこちらを睨み続ける翠に、彼は降伏を促す。

 

「もうあきらめろ。その状態では戦えまい」

「黙れ!あたしたちを見くびるな!」

 

 彼女は槍を持ちなおし、手綱で強く馬の背を叩いた。この会話の最中に体力を回復した彼女の愛馬は、彼女の念に応えるように、アキラに向かって駆け出した。

 

「覚悟しろ!」

「まだそんな余力が!?」

 

 彼は愛刀の南海覇王を抜き、胸元で彼女の槍を受け止めた。しかし彼らしくも無く不覚を取った。正面から受け止めてしまい、彼女の槍の衝撃が体の芯に伝わってくる。

 彼は苦痛に顔を歪める。

 

「ちっ!お前ら、下がれ!」

「李靖!!」

 

 彼女の槍がブンブンと音を立てながら、彼に打ち下ろされる。彼はまだ体勢を整えてきれず、かわし続けるしかなかった。彼の指示を受けた魏軍の兵士たちもそれを見守るばかり。

 しかし彼女の優勢もすぐに終わった。力尽きた彼女の愛馬が、前脚から崩れる。

 

「うわぁ!」

 

 前に一回転して地面に放り出される。そして地面に背中から叩きつけられた衝撃で、手から槍を離してしまう。

 アキラはすぐに馬から降りると、倒れた彼女の元に駆けた。そして動けない彼女の首元に剣を当てた。

 

「終わりだ、馬超」

「………」

 

 翠は太陽を背にしたアキラに見下ろされる。彼女は強烈な不快感を持った。

 

「…そんな目で、あたしたちを見下ろすな!」

 

 彼女はそう叫ぶと、素早く剣を抜いて振り回す。アキラは後ろに飛び退いた。彼女は立ち上がろうとするが、座ったまま動けない。足をくじいてしまったらしい。

もうおしまいだ。それでも彼女は叫ぶことを止めなかった。

 

「お前たちはいつもそうだ!あたしたち遊牧民を蔑み、虐げ、そして重税を課していじめる。だから母上やあたしたちは立ち上がった!お前たちと対等になるために!」

「………」

 

 敵味方関係なく、静かに彼女の話を聞いている。遊牧民を代表する彼女の嘆きは止まらない。

 

「なにが文化だ!なにが身分だ!お前らの豊かさなんて偽りだ!あたしたちをもっとよく見ろ!どこが違うっていうんだよ!」

 

 彼女の目から涙があふれ出す。その涙は、彼女が守ってきた全ての者たちの感情の塊なのかもしれない。

 天下万民からずっと虐げられてきた汝南の君主であるアキラには、彼女の言葉に共感するところがあった。しかし彼は剣を持ち直して、彼女に近づく。

 

「もっと早く、お前と話すべきだった」

「ち、ちくしょう…!」

 

 アキラの剣が彼女の頭上に振り上げられる。彼女は涙を流し続ける目を瞑った。

 ところがその時、翠の耳に彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「お姉さまー!」

「蒲公英?!」

 

 新たな騎馬隊がこちらに駆けてくる。先頭の騎兵がアキラに向かって攻撃してきた。

 

「くっ!」

 

 アキラは彼女から目標を変えて、その騎兵に向き直る。その騎兵が彼の隣を駆け抜けるのと同時に、彼の剣がその騎兵の腹を切り裂いた。

 

「お姉さま!こっちに!」

 

 その隙に、後続の蒲公英が馬上から翠に手を伸ばす。翠は力を振り絞って立ち上がると、その手を掴んで馬に飛び乗った。

 

「待て!」

 

 彼の声は届かない。彼女たちは西に進路を取って、魏軍がひしめく平原を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

「稟、馬超は見つからないか」

「はい。韓遂は自害しているところを確認しましたが、彼女と馬岱の足取りは依然として不明です」

 

 夜になって長安城に戻ってきた彼らは休まずに、事後処理に没頭している。任務を終えて帰ってきた月と恋もそこにいた。

 アキラは鎧を脱ぎながら、彼女たちの報告を聞いている。

 

「馬超軍の残存部隊はどうなった?」

「指導者を失って、今はちりぢりですよ。もう心配はないかとー」

「あのぅ、アキラさん?」

 

 月が彼と風の会話に割り込んできた。曇った表情で彼に尋ねる。

 

「中立してくれた遊牧民さんたちは、どうなりますか?」

「約束通り、元の領地に無地に帰そう。もう反乱に加担しないことが条件だがな」

「わぁ!良かったです」

 

 彼女の愁眉が開いた。アキラは微笑んで、彼女の頭を撫でる。

 

「よく頑張ったな、月」

「へぅ~」

 

 月は顔を真っ赤にする。その隣から、恋が無言で自分の頭を差し出してきた。アキラは声を漏らして笑いながら、彼女の頭を撫でる。恋が気持ちよさそうに目を細めた。

 

「あのー、お兄さん」

「私たちも…」

「ちょっと、いい?」

 

 風と稟を押しのけて、小蓮が彼女たちの前に割り込んできた。

 

「やっと帰ってきたわね。言ったとおり、話があるの」

「分かった。悪いがちょっと席を外してくれ」

 

 稟と風の表情がこころなしか、むくれる。

 

「……仕方ありません。行きましょう、風」

「お兄さん、また来ますからねー」

「うん?お、おう」

 

 彼女たちと一緒に、月たちも部屋を去った。アキラは椅子に座ると、小蓮に顔を向ける。

 

「それで、話っていうのは」

「どうして、シャオを助けたの?」

 

 唐突な質問に、彼は言葉を失った。小蓮は話し続ける。

 

「アキラってば、シャオのお腹を蹴飛ばしたぐらいだから、最初は本気で倒しにきたでしょ?なのに、なんでシャオの顔を見た途端に許しちゃったのかなって」

「…なぜ、そんなことを聞く」

「聞きたいからよ!もしかして、本当に捕虜交換に使う気なの?」

 

 彼は黙り込む。小蓮は心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

 

「なに?どうかした?」

 

 目の前の彼女の顔が、彼の頭の中の“あの人”の顔とまた重なる。じっと見つめるアキラの視線に、彼女はとうぜん気が付いた。

 

「ねえ、シャオの顔になんかついてる?」

「……いや」

「じゃ、なんでシャオの顔を見ているわけ?もしかして一目ぼれ!」

「…いいや」

 

 なによーと頬を膨らます彼女に、彼はようやく答えた。

 

「よく、似ていたから」

 

 シャオはピクリと体を震わす。そして静かに尋ねた。

 

「アキラって雪蓮姉様のこと、好きだったの?」

「ああ」

「じゃあ、さ、その雪蓮姉様とシャオが似ているから、もしかしてそばに置いてくれたの?」

 

 彼は彼女から目を逸らして言う。

 

「……そうかもしれない」

 

 突然、彼女は彼の頬を叩いた。パチンと大きな音が鳴る。

 

「ばっかじゃないの!?」

 

 彼女は激昂した。

 

「シャオはお姉様の代役じゃない!シャオはシャオよ!そんな同情なんていらない」

「…シャオ……」

「シャオのこと、ちゃんと見てよ!」

 

 彼女は部屋を飛び出そうとした。彼は立ち上がって追いかけようとした時、彼女は扉の近くで振り返る。その目からは大粒の涙がこぼれていた。

 その表情とは裏腹に、彼女は微笑んで言い放った。

 

「覚えていなさい、アキラ!もっと、もーっと魅力的な女になって、雪蓮姉様を追い越しちゃうんだから。その時、後悔することね!」

 

 彼女はそう言って部屋を走り去っていった。彼は呆然と立ち尽くし、そして彼女の言葉を口に出す。

 

「ちゃんと見てよ…か」

 

 彼は翠も似たようなことを言っていたことを思い出した。彼は苦笑いを浮かべ、ため息をつく。

 

「やれやれ、今日は怒られてばっかりだ。俺もまだまだだな」

 

 翌日、小蓮の姿はどこにもなかった。置手紙も残さず、彼女は去った。数日経っても戻ってこなかった。月や恋は大いに心配したが、アキラは彼女を追いかけもしない。彼らが汝南に戻ってきた頃には、彼女のことは各自の心の中に固く封じられていた。

 

 

 

 

 

 

 彼らがまだ長安にいた時、華琳の病状はやっと快方に向かっていた。

 

「華琳さま、書類をここに置いておきますよ」

「ありがとう、季衣」

「華琳さま、おかゆをお持ちしました」

「流琉もありがとう。そこに置いておいてもらえる。後で食べるわ」

 

 寝床からはまだ離れられないが、華琳は体を起こして政務を行っていた。春蘭や秋蘭が征伐した方面も片が付き、魏の国内は再び平穏さを取り戻していた。

 桂花が華琳の寝室を訪ねてくる。

 

「あの、華琳さま。大変申し訳ないのですが、謁見してもらえないでしょうか」

「あら?珍しいじゃないの。あなたは私が仕事をするのを嫌がっていたと思うけど?」

 

 桂花はバツが悪そうに頷く。

 

「ええ、それは勿論、お体に障りますから。寝床で政務を行うなんてありえませんからね!」

 

と言って、華琳の代わりに、手伝っていた季衣たちを睨み付ける。2人は小さくなって身を寄せ合った。

 華琳は2人を庇うついでに、桂花に尋ねた。

 

「それで、誰が会いに来たの?」

「それが…」

 

 桂花は華琳に近づいて耳打ちした。

 

「襄陽の劉琦からの使者です」

「……なんですって?」

 

 

 

 

 


 
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