No.753581

艦これファンジンSS vol.23「バンド・オブ・シスターズ」

Ticoさん

もよもよして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで艦これファンジンSS vol.23をお送りいたします。今回は妙高姉妹のお話で、舞台は2-5攻略となります。なので、利根がこれまで旗艦だったというのも、今回は妙高姉妹で攻略というのも、「うちの鎮守府」で実際にあったことです。

仲良し四人姉妹ということなら金剛姉妹が有名どころですが、それとは違った形の姉妹の絆を書いてみたいと思い、今回筆を執ってみた次第です。最初は姉妹の立ち位置やお話を引っ張るエンジンをどうするかで苦労しましたが、主人公に羽黒をもってくることで、かえってお話自体を引っ張ってくれたように思えます。

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2015-01-25 11:16:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1179   閲覧ユーザー数:1162

 爆音と共にいくつもの水柱が海面にたちのぼる。

 その合間を、彼女はすべるように駆けていた。姉妹でお揃いの青い衣装は、波しぶきですっかりぬれてしまっている。だが、いまはそんなことに構っている暇はない。

 目をこらし、波の向こうに見える敵影をきっとにらみつける。

 鋼の艤装を操り、搭載された砲がうなりと共に旋回し、いままさに自分達に砲撃を浴びせている敵に狙いをつける。

 はっと息を呑んで声にならない気合が口から発せられるのと同時に、彼女の砲が一斉に火を噴いた。ややあって敵の周囲に次々と水柱があがり、そして、放った砲弾のひとつがあやまたず敵に命中し、爆炎があがるのが見えた。

 その戦いざま、その鋼の艤装からして、彼女はただの女の子ではない。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 雷巡チ級が波間に沈んでいくのを確認するや、彼女は周囲を見回し、声をあげた。

「――砲撃を続けてください! 姉さんたち、被害はありませんか?」

 声がかすかに震えている。自分でも情けないほど気弱な性格が、指揮をまかされているいまこの場面では、なんとももどかしくて仕方がない。

「この程度の砲撃、飢えた狼にはかすりもしないわよ!」

「わたしの戦がこの程度でてこずるはずはない!」

 姉たちが応答を返してくる。

 元気がみなぎるその声を聞いて、彼女は安堵の息をついた。

 と、そんな彼女の油断をついたかのように、至近に水柱があがった。

 息を呑んで身構える彼女の横に、姉の一人が寄せてきて応戦の砲撃を放つ。

「気を抜いてはだめよ。この警戒線を突破するまでが戦いなのですから」

 相変わらず落ち着いた、それでいて凛とした声。

 その声にうなずきを返しながら、彼女は内心で思わずにいられない。

 どうして三人いる姉のいずれかでなく、よりによって自分が旗艦なのか、と――

 重巡洋艦、「羽黒(はぐろ)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断され、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 彼女たちの活躍により、徐々に人類の哨戒線は押し返しつつあるが、それでもシーレーンの回復には程遠い。海を航行する船団には艦娘の護衛が必要であるし、また、一度深海棲艦の中枢部を撃滅しても、その名の通り海の底から湧いてくるのか、敵はいつのまにか勢力を盛り返して攻撃をしかけてくる。

 勢力圏をひとたび確保した海域でも艦娘による戦闘哨戒は依然として必要であったし、そのための戦力派遣はいまや鎮守府の定例任務になりつつあった。

 

 深海棲艦の残骸が浮かぶ海域を後にして、羽黒は深々とため息をついた。

 単縦陣だった戦列は輪形陣に組みなおして、旗艦である羽黒を仲間達――というより、半分以上は姉妹艦なのだが――を取り囲む。おかげでくるりと首を回せば皆の様子がみてとれた。砲撃戦で多少煤けているが損傷を負ったものはいないようだった。

「緒戦を敵殲滅で突破できるなんて幸先がいいわね!」

 先頭を行く艦娘――波打った長い髪に朗らかな雰囲気をまとった足柄(あしがら)が鼻息を荒く声をあげると、

「無理に殲滅せずとも突破を優先すれば、短時間で進行できたんじゃないか?」

 そう言葉を返したのは、長い黒髪をサイドにたばねた、真面目な顔立ちがいかにも軍人然とした艦娘、那智(なち)である。

「あら、那智姉さん。どうせなら敵は撃滅したほうが気分がいいじゃないの」

「それは否定しないが先の戦いでお前は前に出すぎだ。いつものことだが」

 足柄が頬をふくらませるのに、那智がじとりとした目で答える。

「だって、羽黒を守るためにはあの位置に出ないと牽制にならないわ」

 足柄がなおも反論するのに、那智がやれやれと頭を振る。

「旗艦を守るのも大事だが、旗艦の指示を守ることはより大事だ――羽黒が前に出ろと命令したわけじゃないだろう」

「敵の頭を押さえてくれって指示は出てたわよ?」

「隊列を乱すなとも言ってただろう」

 足柄と那智は、そう言葉を交わすと、二人とも首をかしげ、そして二人して羽黒の方にちらりと目を向けた。

「えっ、あの、ええっと」

 目線を向けられた羽黒はどう返答したものか、うろたえてしまった

 さっきの戦闘で自分がどんな指示を出したか、ついさっきのことなのにまるで記憶にない。これが初陣というわけでもないし、戦闘が怖いわけでもない。

 それでも、自らも戦いながら指示を出すという体験は、羽黒にとって初めてのことであり、出していた指示が的確だったか、整合性があったかと問われると自信がない。

「――戦闘中の指示はチェックしていましたが、どちらも出されていますね」

 陣形の最後尾をついてくる、眼鏡をかけた理知的な面立ちの艦娘がそう言う。普段は事務方として鎮守府につめている、軽巡の大淀(おおよど)である。戦闘直後だというのにさっそく手元のボードに何か熱心に書き込みをしている姿は、単なる前線勤めの艦娘には醸し出せない別種の迫力がある。

「緒戦の指揮ぶりを見る限りでは、指揮判断に統一性があったかは疑問が残ります」

 大淀が眼鏡に太陽の光をきらりと反射させる。羽黒は思わず身をすくめた。怖い。

「ひょっとして、大淀さん、その手元のボードって――」

 不思議そうな足柄の言葉に、目を丸くして那智が続く。

「――まさか採点表ではあるまいな?」

 その問いに、大淀はこともなげにうなずいてみせた。

「当たらずと言えども遠からずです」

 大淀の答えに、足柄と那智がひきっと顔をひきつらせた。

「ちょっと! 羽黒は初の旗艦なんだから手加減しなさいよ!?」

「そうだぞ。戦いは結果がすべてだ。緒戦は勝ったのだから問題ない」

 慌ててまくしたてる二人に、羽黒は思わず気恥ずかしさを感じて苦笑いを浮かべた。羽黒自身はというと、事務方の年季を数えると鎮守府最古参の大淀がついてくると知った時点である程度の覚悟はできていたが――それでも自分の指揮に点数がつけられていると思うと、やはり居心地はいいものではない。

「元はといえば那智姉さんが、指示がどうこう言い出したのが――」

「お前がそれに言い返してきたのがだな――」

 口をとがらせて不平を口にした足柄を、那智がとがめる。

「あ、あの、二人とも、わたしのことはいいですから……」

 微妙にややこしくなりそうな空気に、羽黒が恐る恐る仲裁しようとした時、

「まあまあ、ともかく被害を受けた子がいなかったのはなによりじゃないかしら」

 それまで黙っていた姉が、穏やかだが、しっかりとした声をかけてきた。

 短く切り揃えた髪、ちょこんとした愛らしい眉に、たおやかな面立ち。

 羽黒たちの中では一番上の姉、長女に当たる妙高(みょうこう)である。

「戦闘で相反する指示が出ることはしばしばあるもの。そんなに気にしちゃだめ」

 妙高の言葉に、足柄も那智も神妙な顔をしてうなずく。

「あ、あのっ」

 羽黒は、たまらず妙高に問いかけた。

「先ほどの戦い、わたしの指示、どうだった……でしょうか……?」

 訊ねながらも声が小さくなっていってしまう。

 そんな羽黒に、妙高はくすりと微笑んでみせた。

「そうね、もっと声は大きく張り上げたほうがいいかもしれないわね」

 その指摘に、一番痛いところを突かれて羽黒はうなだれた。

「はうう……やっぱりですか」

「みんなに聞こえるようにしないと、せっかくの指示も通らないわよ」

 妙高の言葉に、足柄が肩をすくめてみせる。

「まあ、戦闘で気が高ぶり過ぎないように気をつけるわ。だいじょうぶよ、羽黒の指示はちゃんと聞き逃さないようにするから」

「そうだな。旗艦を支えるのも部下の役目、妹を助けるのも姉の役目だ」

 那智もそう言葉を続けて羽黒にうなずいてみせる。

 姉達の気遣いに、羽黒は胸がほっこりあたたまるのを感じた。

 なんだかんだで皆、自分を心配してくれているのだ。

 その思いにこたえねば、と羽黒が気を引き締めたそのとき。

「ねえねえ、次は夜戦あるのかなあ」

 なんともマイペースな声があがる。

 首元に巻いたマフラーを潮風にたなびかせた艦娘があくびを噛み殺す――軽巡洋艦の川内(せんだい)である。

「せっかくの照明弾も夜偵も使う機会がないんじゃなあ」

 川内がそう言って、興味津々といった眼差しで羽黒を見つめてくる。

 見つめられた羽黒は、笑みを浮かべて答えようとして――思わず顔がひきつった。

 夜戦でも自分が指揮をとることを考えると、今からちょっと気が重い。

「が、がんばります……」

 羽黒の答えに、川内がにやりとした笑みを返してくる。その笑みに夜行性の肉食獣の凄みを感じて、羽黒は思わず息をついた。

 自分を気遣ってくれるとはいえ、目上の姉が三人に、採点の鬼に、夜戦マニア。

 正直、自分が指揮を執るには少々重たいメンバーだ。

 本来なら、妙高あたりが旗艦を務めるのが適切なはずだろう。

 そもそも、いつものこの任務は、ここにはいない別の艦娘の指揮が常だったのだ。

 それでも――と羽黒は思う。

 荷は重いかもしれないけれど、やってみよう。あの人と約束したのだから。

 

 

 話は数日前にさかのぼる。

 会議室での作戦ブリーフィングを終えた羽黒は、岸壁沿いのベンチに座っていた。

 寄せては返す波をぼうと見つめながら、およそ途方にくれていた。

「なんじゃ、こんなところでほうけておるのは誰かと思ったら、羽黒ではないか」

 不意に声をかけられ、羽黒が振り返ると、一人の艦娘が立っていた。黒髪をツインテールに結んだ、闊達な印象の艦娘――航巡の利根(とね)である。

「利根さん……」

「話は聞いたぞ。沖ノ島沖の戦闘哨戒に出るそうじゃな」

 利根はそう言いながら、羽黒の横にどかっと腰をおろした。

「しかもおぬしが旗艦だとな――提督も思いきったことを考えるものじゃ」

 それを聞いて、羽黒はなにやら申し訳なさでいっぱいになった。おそるおそる利根の顔をうかがうと、特にいつもと変わった様子はない。それを見て、羽黒はようやく安心することができて、胸中を言葉にすることができた。

「――どうしてこれまで通り利根さんが旗艦じゃないんでしょうか……」

 それが羽黒の不安であり、困惑の原因であった。羽黒が沖ノ島沖に行くのはこれが初めてではない。危険な海域ではあるが、何度も通いなれた場所でもある。

 ただ、普段は利根が旗艦として、羽黒・妙高・那智の姉妹を連れて、そこに軽巡を二人加えていくのが常であった。利根の放つ水上機隊は少数と言えども制空権を確保するのは充分だったし、なにより利根の何事も前向きで稚気のある性格は、前線の指揮官としてはなかなか向いていたように羽黒には思う。

 それを、今回は利根をはずし、代わりに足柄を入れ、妙高型の四姉妹を中心として攻略に当たるという。姉妹艦で組ませるのは羽黒にも分からなくはない。姉妹艦はお互いに仲が良いことが多く、それだけに意思疎通もやりやすい。

 分からないのは、姉妹の中でも一番引っ込み思案で、押しの弱い自分が旗艦に選ばれたことだ。指揮官としては那智が向いているだろうし、経験というなら足柄は鎮守府でも重巡最古参だ。姉妹のまとめ役ということなら長女の妙高が誰よりも適役だろう。

 それなのに。

「どうしてわたしが旗艦なんでしょうか……」

 羽黒の声はしゅんとしおれてしまう。利根はそんな羽黒を見て、顔をしかめ、

「これこれ、行く前からやる気をなくしてどうする。そんなことではとても指揮官なぞつとまらんぞ」

 利根は、羽黒の肩をぽんとたたくと、快活な声で言った。

「のう羽黒よ。旗艦にとって一番だいじなものはなんじゃと思う」

 その問いに羽黒は利根の顔を見つめ、そしてうつむき、ふるふるとかぶりを振った。

「わかりません……ごめんなさい」

「うむ、では教えよう。それはの、あきらめないことじゃ」

「あきらめないこと……?」

 繰り返す羽黒に、利根はうなずいてみせた。

「もちろん、作戦の指示を出すスキルや、部隊を前に引っ張っていく指導力、なんてものもあるのじゃが、ここ一番でどーんと構えておくのがだいじなのじゃ」

 利根はそう言って、自分の胸をとんとたたいてみせた。

「なんとしても作戦を成功させる、あるいはなんとしても鎮守府に生還する――その決意と信念がだいじなのじゃ」

 その言葉をかみしめるようにうなずく羽黒に、利根は微笑んでみせた。

「およそ勝ち戦なら、指揮官というものはいてもいなくてもどうってことはないのじゃがの。負け戦やピンチの時にこそ、部隊を引っ張っていく力が旗艦には求められるのじゃ。その時、指揮官がうろたえておっては部隊の者も不安に思うじゃろ?」

 そう問いかけられ、羽黒はうつむいてしまう。

「それがわたしにできるでしょうか……」

「なあに、心配はいらん。おぬし、姉妹で行くのじゃろ?」

 利根は、実にあっけらかんとした口調で言った。

「いよいよとなったら妙高なり誰ぞなりに指揮を渡してしまえばよい」

 そのアドバイスに、羽黒が思わず目を丸くするのに、

「それぐらいの気楽さで考えてよいということじゃよ。姉妹艦でそろって行く意味、最古参の足柄をつける意味が、そのあたりにあるのではないか?」

 そう言って、利根はにやりと笑ってみせた。

 その笑みにつられて、羽黒はようやくほっとしたような笑みを浮かべた。

「そうですね……姉さんたちなら、安心して頼れますね」

「そうじゃそうじゃ、どうせおぬしの姉たちなら世話焼きじゃろうからな」

「ふふ、その言いようはあんまりです」

 羽黒がそう言って笑うと、利根もくつくつと笑った。

 ひとしきり笑った後で、羽黒が立ち上がり、ぺこりと利根に頭を下げた。

 その顔には、さっきまでのこわばりが、いくぶんかまぎれたようだった。

「ありがとうございます、利根さん。わたし、がんばってみます」

 

 羽黒がベンチを後にしてしばらく利根は海を眺めていた。

 しばらくあって、カツカツと足音が近づいてくる。

 誰が来るのかちらりと見やった利根は、ベンチに座ったまま軽く敬礼して、そうして再び海に向き直った。

「――まだあれは空元気半分といったところじゃの」

 海を見やりながら利根がぽつりとつぶやく。その言葉に凛とした声が応えた。

「空元気も元気のうちさ。少なくともさっきすれ違った羽黒は、会議室で見たときよりは幾分か表情はましになっていた。ご苦労だったな」

「おぬしから言葉をかけてやってもよかったのではないか?」

「わたしではかえって萎縮してしまう。彼女の指揮を務めたあなたが適任だ」

 利根の問いに軽くかぶりを振って、彼女はそう答えた。長い黒髪を流し、武人風の雰囲気をまとった艦娘――艦隊総旗艦の長門(ながと)である。

「今回の発案は提督じゃな?」

 利根の問いに長門がうなずいてみせる。

「ああ。艦娘の戦力改編の一環だ。これからは重巡が、水雷戦隊を率いて任務をこなすことも出てくるだろう。指揮経験のある艦娘は一人でも多くほしい」

「正直、我輩は不安じゃ――」

 両腕を伸ばして伸びをしながら利根が言う。

「――羽黒は能力は高いのじゃが、いまひとつ自分に自信を持てていない節がある。指揮官の役目は、部下に自信を与えることじゃ。自分に自信を持てない者が、他の者に自信を与えることなどできぬ。そうじゃろう?」

「そのとおりだな――だからこそ、提督も姉妹艦で固めたのだろうが……」

 言いよどむ長門の言葉に、利根がじとりとした目線で応える。

「その様子ではおぬしもアレじゃな? 姉妹で固めるのはかえって危ういと思っているのではないか? あるいは、羽黒が旗艦を務めるなら、まったく関わりがない艦娘と組ませたほうがかえってうまくいくのではないかと。どうじゃ?」

 利根の問いに、長門は表情を変えない。それを見て、利根がため息をつく。

「――まあ、判断が難しいところじゃがの。姉妹艦は確かに仲がよいし、意思疎通もやりやすい。我輩だって筑摩には頼りやすいし、頼られやすい。じゃがの、仲がよいのが災いして、相手にもたれかかってしまうこともある……我輩も――筑摩には結構わがままを言うておるしの」

 利根の言葉に、長門が薄く笑んだ。それを見て利根が頬を赤らめる。

「あーっ、笑ったな! いいのじゃ、我輩にも多少自覚はあるのじゃ!」

 ぷんすか腹を立ててみせる利根に、長門がふうと息をついて、言った。

「この場合、羽黒がもたれかかるのは構わない。問題は、羽黒の姉たちが世話を焼いてるつもりでかえって羽黒に甘えてしまうのが問題だ――そういうことだろう?」

 長門の言葉に、利根はこくりとうなずいてみせる。

「まあ、妙高がついておるからだいじょうじゃとは思うがの――足柄も那智もああ見えて結構わがままな方じゃからな。どうなることやら」

 

 沖の島沖の戦闘哨戒任務。

 その作戦目標は、最深部の敵本隊の撃滅である。深海棲艦の本隊は戦艦タ級を含め、戦艦クラスが三体も揃っている強力な打撃部隊であり、これを放置していては南洋諸島海域の喪失につながりかねない。

 これまでの作戦から、この敵本隊をたたくには二つのルートが割り出されていた。

 ひとつは敵の防衛線正面から攻略する南ルート。ここには敵の機動部隊が配置されていたが、比較的航路が開かれており、こちらも空母や戦艦を含めた重装備の部隊で攻略を図ることができた。ただ、戦艦や空母の出動となると必要な物資量が途端にはねあがる。深海棲艦は叩いても叩いても勢力を盛り返してくるので、敵を押さえ込むにはどうしても継続的に戦力を投入せねばならない。自然、南ルートでの作戦遂行は兵站の面で負荷がかかることになる。

 そこで開拓されたのが、もうひとつの北ルートである。ここは敵の防衛線も薄いのだが海流と磁気の関係で航路は迷いやすい。そのための解決法が、廃棄されたガイドビーコンを検出する機器を艦娘が装備し、高速編成で昼夜を問わずに突破する方法である。このルートは重巡以下の艦娘しか投入できなかったが、見方を変えれば反復攻撃を行うに際してはコストが軽くて済む。

 いまでは、北ルートを重巡主体の編成で攻略するようになっていた。物資消費の観点からそれが望ましいという判断によるものだが、実際に任務に当たる艦娘にとっては別の悩ましい問題が発生することになった。

 昼夜を問わない敵中突破作戦。

 ということは、道中、夜間に敵の防衛線と接触する可能性も高いということだった。

 

「――電探に感あり。数は五ないし六」

 大淀のあげた報告に、羽黒たち一行に緊張感が走った。

 すでに日は暮れていて空には星が輝いている。三日月で月明かりはあまりない。

 羽黒はきゅっと胃のあたりがひきつるような感覚をおぼえた。

 会敵するならそろそろだ、と予感はしていたが、敵と遭わずに進めるならそうしたいところだった。なにしろ夜戦なのだ。昼間の砲撃戦よりも指揮はとりにくいし、事故も起こりやすい。

 羽黒が懊悩している一方で、元気いっぱいな艦娘もいる。

「やったあ! 夜戦だあ! ねえ、夜戦だよね!」

 川内がわくわくを隠し切れない目の輝きで羽黒を見つめてくる。

「まだ敵と決まったわけではありません」

 大淀が冷静そのものの声で水を差すと、川内が不満げな顔で口をとがらせ、

「でも敵と出くわすならいつもこのへんじゃない」

 川内の言葉に、羽黒はこくりとうなずいた。

 彼女も沖ノ島沖には何度も来ている艦娘だ。これが初の任務というわけではない。

「意見具申!」

 足柄が声をあげる。

「安全に突破するためにも敵の頭数は減らしたほうがいいわ。先手必勝、こちらから仕掛けましょう」

 その言葉に川内も、

「いいねえ! やるなら積極的に行かないと主導権は握れないしね!」

 そう二人が言うのをとがめたのは那智である。

「待て。我々の目的は最深部の敵本隊の撃滅だ。夜戦で暴れるならそこで存分に戦えばいいだろう。ここで無用な危険を冒す必要はない」

 那智の声は積極論の二人をにらみつけるかのようだった。

「防衛陣突破を優先にして、敵との戦闘は最小限にすべきだ」

 その言葉に、足柄も川内も黙り込む。

 とはいえ、那智の意見に賛成したわけではない。

 わずかな月明かりが、足柄の、川内の、そして那智の顔を照らしている。

 三人とも――いや、大淀も羽黒を見つめている。

 皆、羽黒の判断を待っているのだ。

 羽黒は――考えあぐねて黙りこくってしまった。

 目標は敵本隊の撃滅。だから本来はここの敵は素通りしたいところではある。

 だが、相手もそう簡単に通してくれないだろう。

 なにしろ視界の効かない夜戦だ。どんな形で敵に遭遇するか分からない。

 突破を優先にして動いたところで、敵の阻止にぶつかれば不利な形で戦端を開くことになるかもしれない――ならば、先手必勝でしかけるべきか。だが、そうなると主導権はこちらにあるとはいえ、まともに相手と戦うわけで損害も覚悟せざるをえない。

 羽黒が考え込んだのは、ほんの束の間であったが――

 それでも、思考がぐるぐると回って決められない。

 我知らず、羽黒は救いを求めるかのように妙高をちらと見やった。

 夜闇の中で自分の視線に気づいたはずはないが、妙高が口を開いて、言った。

「どちらにも理はあるわね」

 妙高はそう言い、続いて、

「ただ、先にこちらが相手を見つけたのは大きいかもしれないわ」

 その言葉は、羽黒にはまるで助け舟であった。

 こくり、とうなずくと、羽黒は声をあげた。

「全艦隊、梯形陣をとってください。こちらから仕掛けます」

 その言葉に、川内が思わず口笛を鳴らした。

 

 大淀の電探を頼りに、羽黒たちは「敵」に向かって近づいていった。

「間もなく砲戦距離――」

 そう報告する大淀の言葉に、羽黒は思わず唾を飲み込んだ。

「砲雷撃戦、準備してください」

 そう指示を出すと、続く皆が艤装を鳴らす音が聞こえた。

 月明かりにうっすらと影が見える―――と、大淀が不審そうな声をあげた。

「おかしいわ……敵が動いていない?」

 その言葉に、羽黒は、ハッと息を呑んだ。

「川内さん、照明弾撃ってください!」

「了解!」

 川内の声に足柄が続けて、

「攻撃は?」

「控えてください!」

 羽黒はそう声をあげた。次の瞬間、川内の砲が火を噴き、影の頭上に束の間の明かりが煌々と照らされた。

「なんだあれは――」

 那智が目をこらしながら、不審そうな声をあげる。

「岩礁に船が乗り上げている……?」

 照明弾に照らされた船の残骸は新しいものではなかった。

 古びた色合いから、以前沈んだものが海面に引き上げられているかのように見える。

 まるで――何者かが置いたかのように。

 それが意味するところを察して、羽黒の背に寒気が走った。

 そして、次の瞬間、妙高の鋭い声が響いた。

「三時の方向! 発砲炎!」

 目を向けた先に、ちらちらと赤い光が見え、遅れて砲撃音がいくつも響く。

 敵にわき腹を突かれた――電探の反応は、深海棲艦の罠だったのだ。

 水柱が次々と羽黒たちの周囲に上がる。

 波が大きくゆれ、水しぶきが容赦なく降り注ぐ。

「このっ! やられっぱなしじゃないわよ!」

 足柄が砲を構え、撃った。

「ばかっ、攻撃命令は出てないぞ!」

 那智が舌打ちして言うと、足柄は、

「いいのよ! これで敵の攻撃はわたしに集まる! その隙に離脱を!」

 はたして続く砲撃は足柄の周囲にいくつもの水柱をあげた。

 その中に爆炎がまじるのが見え、

「んにゃ、んにゃあ!」

 足柄が悲鳴をあげるのが聞こえた。

「――ばかを言うな! お前だけに任せられるものか!」

「そうだよ! わたしも夜戦にまぜてもらわないと!」

 そう言って、那智が、川内が、砲撃を始める。

「―――――ッ!」

 羽黒は、目の前で展開される事態に、うろたえた。

 そんな羽黒に、妙高が寄せてきて、声をかける。

「羽黒、指示を出しなさい」

「姉さん、でも」

「いま指示を出さないと、敵との殴りあいにもつれこむことになるわ」

 その言葉に、羽黒は言わんとするところを察して、うなずいた。

「全艦隊! 砲撃そのまま! 主機増速! 大淀さんと那智姉さんは足柄姉さんを守って牽制射撃! この場から離れることを優先して!」

 羽黒の大きく張り上げた声に、妙高が満足げにうなずく。

 と、そのとき、敵の発射炎のひとつがひときわ大きく瞬いた。

 砲撃の轟音と共に、砲弾の飛来音が羽黒の頭上から降ってくるのが聞こえた。

「えっ――」

 羽黒がすんでのところで舵を切ったのは、練度の賜物か。

 次の瞬間、羽黒がさっきまでいた場所を大きな水柱があがった。

 敵に――電探射撃をしているやつがいる。それも、羽黒を狙って。

 顔を青ざめさせた羽黒を――かばうように妙高が前に出た。

 続いて妙高が砲撃を始める。主砲も副砲も火を噴く。

 まるで、狙うべき目標はここだと言わんばかりに。

「――妙高姉さん!」

 羽黒の必死の声に、妙高がちらとこちらを振り向いた気がして。

 次の瞬間、妙高の周囲にいくつもの水柱があがった。

 

 

 東の空が白み始める。

 三時間もの撃ち合いの末、羽黒たちはどうにか逃げ出せていた。

 日の光に照らされると、艦隊の被害状況が明らかになった。

 皆、服は黒く煤けていて、顔に疲労の色が濃い。

 一番損傷の度合いがひどいのは、真っ先に砲撃を始めて真っ先に敵に狙われ、その後も撃たれ続けた足柄だった。艤装の半分が使い物にならなくなり、ひしゃげていた。

 その次に損傷を受けていたのが妙高だった。こちらは羽黒をかばおうと砲撃を続けた結果、集中的に狙われたのだ。やはり艤装がゆがみ、黒い煙を吹いていた。

 判定で言えば、二人とも中破だが、大破・轟沈していてもおかしくない状況で、よく無事だったといえる。

 もっとも、艦隊の他のメンバーも小破判定の状態で、無傷なものは一人もいない。

 皮肉なことに、艦隊で最も損傷が軽微なのが羽黒だった。妙高がかばったのもさることながら、他の艦娘の砲撃が旗艦を守ろうと懸命に牽制したおかげである。

 そのことに、羽黒は内心で忸怩たる思いだった。

 皆を守る指示を出すべき自分が、逆に皆から守られている――

「そら、動くな、じっとしてろ」

「んにゃ、痛いってば!」

「薬が傷にしみてるだけだ。我慢しろ」

「うう、玉のお肌が……」

 那智が足柄の傷の手当をしている。足柄はされるがままながら、涙目だった。

 艤装に守られた艦娘は素体にまで怪我を負うことはあまりないが、それでも傷の手当てまでしなければならないことが、先ほどの戦いが苛烈だったことを物語っている。

 羽黒も、妙高の手当てをしている。その腕に包帯を巻く間、妙高は痛みに顔をしかめることもなく、表面上は静かな表情だった。

「ごめんなさい……」

 我知らず、羽黒は小さな声でつぶやいていた。

 そんな羽黒に、妙高はそっとささやいて、言った。

「どうして謝るのです? 皆、無事に切り抜けられたではありませんか」

「でも、妙高姉さんも、足柄姉さんも怪我をして……わたしがもっと早く敵の罠に気づいていれば、もっと早く指示を出していれば、こんなふうには――」

 うなだれる羽黒の頭を、妙高がそっと抱き寄せた。

「……悔やむのは鎮守府に帰ってからいくらでもできるわ。いまは、これからどうするかを考えること――それが旗艦の役目ですよ」

「これから……」

 羽黒が言葉を繰り返したとき、那智が大きく声をあげた。

「意見具申する!」

 那智の目が、ひたと羽黒を見据えて、言った。

「大破したものは幸いにしていないが、全員の損傷が目につく。このまま最深部に進んでも勝てるとは思えない――撤退したほうがいい」

 その言葉に、猛然と足柄が反論する。

「ちょっと待って! わたしはまだ戦えるわよ!」

「その身体で、か?」

「そりゃ砲の半分は使えないけど……でも、動けなくなったわけじゃない!」

 そう言って、足柄が手を挙げて、声をはりあげた。

「意見具申! 進撃すべきよ! 少しでも勝てる望みがあれば賭けてみるべきよ!」

「戦いは博打じゃないぞ!」

「やってみなきゃわからないのは同じよ!」

 ぐぬぬ、と那智と足柄がにらみ合う。

 そんな二人を見つめてから、羽黒は川内と大淀の様子をちらと見た。

 川内は、自分自身の傷の手当をすませるや、照明弾などの夜戦装備の準備に余念がないようだった。搭載した夜偵が無事なのを見てにやりと笑い、戦意充分といったところ。

 大淀はといえば、手にしたボードになにやら書き込んでいるようだった。いまこの瞬間の羽黒の行動も、採点されているのだろうか。それとも昨夜の電探の判別ミスについて、深海棲艦の行動をつづっているのだろうか。

 羽黒は再び那智と足柄に目を向けた。

「皆、疲れきっている! これじゃ戦果は望めない。引き上げるべきだ!」

「あら、那智姉さんはあれしきで疲れたの? わたしはまだまだやれるわよ!」

「万が一のことがあったら、旗艦である羽黒の責任になるんだぞ!」

「このままおめおめ逃げ帰ってもあの子の責任になるわよ!」

 那智が足柄の耳を引っ張り、足柄が那智の頬をつねる。

 そんな様子を見て、羽黒は、思わずため息をついた。

 妙高が気遣わしげな顔で、そっとささやく。

「――もし、あなたが決められないのなら、代わってあげましょうか?」

 その言葉に、羽黒は、ハッと息を呑んで、しかし、次いで、かぶりを振ってみせた。

「いいえ……ここで投げ出したら、逃げたのと同じです」

 うつむきながらも、羽黒はきっぱりとそう言った。

 羽黒の脳裏にあったのは、出発前に見た利根の顔だ。

 いままで沖の島沖哨戒を率いてきた利根なら、こんなときどうしただろう。

 ――涙を見せるでない。

 ――中破程度なら、まだぎりぎりまで戦えるのじゃ!

 かつて言われた、利根の言葉が、不意に胸のうちにうかびあがってきた。

 そう、那智と羽黒がいがみあってるこんなとき、あの人なら、きっと。

「――喧嘩する元気があれば、まだまだ戦えるはずじゃな?」

 その言葉は、記憶の中の利根の声を借りて、羽黒の声としてすっと出てきた。

 それを聞いて、那智と足柄がぽかんとした顔で見つめてくる。

 羽黒は赤面しながらも、咳払いし、言った。

「ええと、利根さんなら、きっとそう言うだろうな、って思ったんです。そして、あの人なら、ちゃんと結果が出るまではたぶんあきらめなかっただろうな、って――」

 羽黒の言葉に、妙高がうなずき、足柄と川内がにやりと笑みを浮かべ。

 そして那智が天を仰いで、ふうと息をついた。

「だがこのまま挑んでも勝算は薄いぞ。策はあるのか」

 那智の問いに、羽黒は微笑んでみせた。

「わたしにはありませんけど、考えてくれる人ならこの艦隊にいます」

 羽黒はそう言って、ボードに書き込んでいた大淀に目を向けた。

 皆からの視線が集まるのに、大淀が目を丸くしてこちらを見つめてくる。

 羽黒は彼女に頭を下げて、言った。

「大淀さん、もし良い作戦があれば、教えてください」

 そう請われた大淀がしばし黙った後、

「――わかりました。最善の策を考えてみましょう」

 彼女が眼鏡を指でつっと押し上げる。そのレンズに朝日の光が反射してきらめいた。

 

「前方に戦艦タ級発見!」

 陣形の先頭を務めていた那智が声をあげる。

「今度は電探の見間違いではなかったようですね」

 ほっとした様子の大淀に、羽黒がうなずいてみせる。

「じゃあ、皆さん、打ち合わせどおりに――どうかご武運を」

 羽黒の声に、艦隊の陣形が大きく変わる。

 那智が率いる妙高と足柄の隊と、羽黒が率いる川内と大淀の隊。

 それが二手に分かれ、敵を挟み込むように動いていく。

「それじゃあ、もうひと働きしましょうか!」

 足柄がそう声を張り上げると、那智が応える。

「大淀も思い切った作戦を立てる――中破の我々が囮役とはな」

 その言葉に妙高がくすりと笑みをこぼす。

「重巡クラスの砲でないと戦艦はひきつけられません――行きますよ!」

 妙高の声と共に、三人が一斉に砲撃を始めた。

 砲が一斉に火を噴き、その目標は戦艦群――戦艦タ級と、随伴する戦艦ル級二体へと飛んでいく。深海棲艦の周囲に水柱が上がるや、怒りに満ちたかのような咆哮が一帯に響き渡り――次いで、深海棲艦の砲撃が一斉に放たれた。

 妙高たち三人の周囲に大きな水柱がいくつも立ち上る。

 海面が大きく荒れ、水しぶきが猛烈に三人に降り注ぐ。

「十門の主砲は伊達じゃないのよ! そら、もっと撃ってきなさい!」

 足柄のかけ声に、那智が応える。

「いまは半分しか使えないだろう! こちらでカバーする!」

 水柱をかいくぐりながら妙高が声をあげる。

「ここで退くわけにはいきません! みんな、攻撃を続けて!」

 三人が猛然と砲撃をしかける間、羽黒たちは迂回して戦艦の視界外から回りこんだ。

 羽黒の目には、姉達三人が猛烈な砲撃にさらされているのが見える。

 作戦上必要とわかっていても、助けに行けないのはもどかしい。

「――役割を忘れてはだめですよ」

 歯噛みする羽黒に、大淀が静かな声でいい、それに川内が応える。

「夜戦じゃないけど、存分に戦わせてもらうよっ!」

 二人の言葉に羽黒はうなずき、すうと息を吸うと大きく声をあげた。

「目標――敵随伴駆逐艦! 砲撃開始!」

 三人の砲が火を噴き、深海棲艦の随伴艦を狙い始める。

 重巡の三人が囮役となって、戦艦を引きつけ、羽黒たちは随伴艦を狙う――まずは敵戦艦群を裸にするのが第一段階。そこから敵が予想通りに動ければ第二段階だ。

 まずは小型艦を仕留めなければ――そのためには、羽黒の砲が必要だ。

 川内と大淀の砲撃が牽制するのにあわせて、羽黒は慎重に狙いをつけた。

 羽黒の砲が火を噴き、敵の駆逐艦を挟叉する。

 はっと息を呑んで、素早く砲の角度を修正し、再射撃。

 次の砲撃は狙いあやまたず敵の駆逐二級に命中し、爆炎が大きく上がった。

 その間に、川内と大淀の砲撃がもう一体の駆逐二級を仕留めている。

 随伴艦が撃破されて、唸りをあげながら軽巡へ級がこちらへ向き直る。

 その敵をにらみつけ、羽黒は艤装の砲を再び放つ。

 いま砲撃戦を繰り広げている姉達を助けるには、まず眼前の敵をしとめるしかない。

「全砲門、撃てーっ!」

 羽黒はあらん限りを振り絞って、声を張り上げた。

 

 猛烈な砲撃戦がどれほど続いたのだろうか。

 那智は息をあげながら、ふと敵の砲撃が散発的になっているのに気づいた。

 見ると、敵戦艦群が回頭し、こちらから離れていくのが見えた。

 作戦の第一段階がうまくいったか――そう思い、ほっと一息つこうとして、ぱちんと自分の頬をたたく。まずは損害確認だ。

「足柄! 妙高姉さん! 無事か!」

 そう声をあげて見回すと、

「んにゃあ……もうダメ」

 足柄が情けない声で応え、

「わたしはなんとか――那智、あなたも損傷してるわよ」

 妙高から静かな声で指摘され、そこで那智はようやく自分も中破してるのに気づいた。

「これしき、どうということはない……足柄は大破か」

 那智の言葉に足柄が苦笑いを浮かべる。

「――みんな、だいじょうぶですか!?」

 別行動だった羽黒たちが寄せてきて声をあげる。

 那智はごらんの通りだと肩をすくめてみせた。

 三人の様子を見て、羽黒が口を押さえ、涙目になってみせる。

 そんな彼女に、那智はふっと笑んでみせた。

「気にするな。作戦通り、無事に囮役を務めたぞ。これからが、本番なのだろう?」

 その言葉に、大淀がこくりとうなずいてみせる。

「ええ、間もなく日が暮れます。敵戦艦群を追撃し、夜戦でこれを仕留めます」

 その言葉に、妙高がうなずきかえす。

「足柄は戦闘参加できないけど、それ以外はどうにか戦えるわ――格上の戦艦相手でも夜戦なら勝ち目はあるわね」

 妙高の指摘に、羽黒がきっと表情を引き締める。

「――川内さん、夜偵の発進準備をしてください。敵を追撃します」

 羽黒の言葉に、川内が掌に拳を打ち付けて歓喜の声をあげた。

「任せて! 待ちに待った、夜戦だ!」

 その一言で、一同に再び戦意が満ちる。

 決戦は夜。戦いは、まだ終わらない。

 

 単縦陣に組みなおした一同は、撤退した敵戦艦の後を追った。

 先行した夜偵が敵の位置を知らせてくるのを、川内が逐一報告する。

「さあ、わたしと夜戦しよ!」

 川内がそう言い、照明弾を放つ。

 煌々とした明かりが敵の位置を照らし出す。

「――突撃してください!」

 羽黒が声をあげると、川内を先頭に艦娘たちが主機を最大に上げて敵に肉薄する。

 深海棲艦が砲撃を放つが、夜闇にまぎれたこちらにはなかなか当たらない。

 敵の至近から砲撃と、そして雷撃を次々に繰り出す。

 那智と妙高の砲撃が命中し、戦艦ル級が爆炎をあげた。

 そこへ川内の雷撃と大淀の砲撃があやまたず追い討ちをかける。

 お供の戦艦ル級が沈められて、敵旗艦の戦艦タ級が怒りの咆哮をあげた。

 その砲が次々に火を噴き、近づいていた妙高たちを狙う。

 水柱があがり、爆炎が立ち上る。

 戦闘の轟音に混じって、那智達の悲鳴が聞こえた。

 だが、いまの羽黒には損害を確かめるすべはない。

 いまの自分にできることは――敵をしとめることだ。

 羽黒の艤装がうなりをあげる。

 夜の海面を駆けて、羽黒は戦艦タ級に迫った。

 戦艦タ級がこちらを振り向く。

 人型に似たその顔に、驚愕と怒りの表情が浮かぶ。

「――――っ!」

 羽黒は声にならない声を張り上げ、至近距離から砲撃を浴びせた。

 それと刺し違いになるように戦艦タ級も砲撃を放った。

 羽黒とタ級が同時に爆炎に包まれる。

 艤装がきしむ痛みに耐えながら、羽黒はとどめの魚雷を放った。

 爆炎の向こうに爆発音が響き、戦艦タ級の断末魔がとどろいた。

 

 損害と戦果を確認できるのは夜が明けてからだ。

 東の空が白み始める中、羽黒たちは全員が海上にあった。

 深海棲艦の残骸が浮かぶ海面に、もはや敵の姿はない。

 戦列から離れていた足柄が近づいてくるのを、羽黒たちは出迎えた。

「みんな、ボロボロじゃないの」

 一行を見た足柄の第一声がそれだった。

 那智、妙高、そして羽黒が大破。艤装が完全にひしゃげている。

 川内と大淀も砲撃をもらったのか、艤装から煙を吹いていた。

「それでも、勝ったぞ」

 煤だらけの顔で、那智がにやりと笑って言う。

 そんな那智を見て、足柄がくすりと微笑んでみせる。

「撤退しなくてよかったじゃない。勝てたでしょう?」

「だが勝算の少ない戦いだった。よく勝てたものだ」

 那智はそう言うと、羽黒と大淀に顔を向け、うなずいた。

「大淀の作戦を使うと決めた羽黒の判断が功を奏したな」

 那智の声には誇らしげな色がにじんでいた。

 それを聞いて、羽黒は頬を赤らめて、うつむく。

「そ、そんなことはないです。みんなががんばってくれたから……」

 そう言う羽黒に、妙高はそっと声をかけた。

「撤退しようかという話になったときに、皆の手を引いたのは、羽黒――あなたの一言ですよ。旗艦であるべきときに、あなたはちゃんと旗艦の務めを果たしたのよ」

 妙高が手を伸ばし、羽黒の頬をなでた。

「あきらめず、くじけず、皆を引っ張っていく――よく、頑張りましたね」

 妙高のその言葉に、羽黒の目に涙が浮かんだ。

 泣きそうになって、しかし、羽黒はそれをこらえて、手で目尻を何度も拭う。

 そんな彼女を、妙高が、那智が、足柄が、優しい眼差しで見守っていた。

 ――姉妹達から少し離れた位置に、大淀がたたずんでいる。

 憮然とした様子の彼女に、川内が寄せてきて、

「どうしたの? 勝ったのに不機嫌そうな顔をして」

「採点ボードが壊れてしまいました」

 大淀はそう言って、砲弾を受けたのか、ボードの破片を手に振ってみせた。

「帰還してから報告書をあげるのは手間なんですけれどもね」

「その採点ボードだけど、結局、羽黒さんの点数つけていたの?」

 川内の問いに、大淀はふっと笑んでかぶりを振ってみせた。

「いいえ。『羽黒さん以外の妙高型艦娘』の採点です。旗艦が初めての艦娘がうまくこなせるはずがありません。採点するなら三回は務めてから。それよりも、サポートする立場に当たる艦娘がちゃんと立ち回れるかが今回の主なチェック対象でした」

 そう言って、大淀は肩をすくめてみせた。

「でも、あまり参考にならないかもしれませんね。旗艦と部下というより、可愛い末っ子と世話焼きのお姉さん達ですから、採点しても報告にならないかも」

 大淀の言葉に、川内はすっと目を細めてみせた。

「わたしは――悪くなかったよ。このメンバーなら、また沖ノ島沖に来てもいい」

 川内と大淀の目が、輪になって笑みを交わす妙高四姉妹に注がれる。

 羽黒が涙をぬぐいながら笑みをこぼす。

 那智と足柄が羽黒に声をかけようとしてお互いに競い合う。

 そして妙高が穏やかな笑みで妹達三人を包み込むかのようだった。

 戦いを経て、より強まった姉妹の絆。

 その彼女達を、昇ったばかりの朝日がまばゆく照らしていた。

 

〔了〕


 
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