No.749029

一ノ月

さん

一緒に正月を過ごし、そしてキドの誕生日を祝ったキド(♂)とカノ(♀)の話。

2015-01-05 10:55:24 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1322   閲覧ユーザー数:1318

小学生の頃、何月が一番好きかと話題になった事がある。

カノは、とても嬉しそうな顔で言ったものだ。

【僕は、1月が一番好き!】

俺は、彼女の言葉を今もはっきりと覚えている。

 

 * * *

 

今日は寒い。なんといっても12月だ、しかも今、外は雪が降っている。寒くないわけがない。

だが、俺の隣人は今も笑顔で餅でも食っているんだろう。容易に想像出来る。まぁ、そういう俺も、姉の作った餅を食っているのだが。因みに雑煮だ。彼方は多分、汁粉だろう。彼奴は、甘味が好きだから。

 

 

時刻は23時58分、つまり午後11時58分だ。深夜だ。眠い。だが、俺は起きていた。テレビの音は聞こえているが、声は聞き取れていない。姉は横で笑いながらテレビを見ている。

過去に一度だけ、【眠ければ寝れば良いのに…】と言われた事がある。だが、俺は寝ない。どうせ、後二分で叩き起こされるのだから。

だがしかし、眠い。目の前がボヤけてきた。

「…」

カクッ

「…」

カクッ

♪~~♪

ビクッ

携帯電話の着信音に目が覚めた。予想通り…というより、予定通りだ。送り主はカノ。これも予想通りで、予定通り。

「もしもし」

《もしも~し。カノだよ。あけましておめでとう》

「ああ。あけましておめでとう」

テレビでも、有名人達が年明けを笑顔で迎えているのが見えた。

「しかしお前、年賀状も書いたんだろ?何で態々電話なんだ?」

《年明けの初めての挨拶を、キドと交わしたいからだよ》

何でもない事のように言う。毎年の事だ。それでも、思わず聞かずに入られない。

「…サンキュ」

《うん!》

礼を言えば、やっぱり嬉しそうな声。俺も嬉しくなる。

《じゃあ、朝にね》

「あぁ」

《迎えに行く》

「普通は逆なんだがな」

《女の子は準備が長いの。だったら、長い方が迎えに行くのは当然でしょ?》

「…分かったよ」

此奴にかかれば、男の面目もプライドも形無しである。まぁ、俺はそこまでのプライドは持ち合わせてないし、カノの言い分も尤もであるので問題ない。プライドなんて、いざという大事な時に発揮出来れば良いのだ。

 

 * * *

 

冬の寒さというのは、眠くても無理矢理目覚めさせられるものだ。カノが迎えに来た時は未だ眠かった頭が、外に出て数秒でスッキリした。

で、スッキリした後で見る彼女の姿は、やはり綺麗だった。可愛い系の彼女は、着物を着ていてもどこかしら可愛らしさが残るが、それでも綺麗だった。思わず魅入ってしまう。

「…何?どうしたの?」

俺の視線に気付いたカノが、首を傾げて訊いてきた。

「お前が転ばないように注意してるんだよ。着物だと歩き辛いだろう」

特に今は、昨晩に降った雪が積っている。万が一にも転んだら色々と大変だ。

だから、この言い訳は本音だ。半分は。まさか「お前に見惚れてた」とは言えない。そんなガラじゃない。

そんな俺の様子に何を思ったかは知らないが、カノは嬉しそうな笑みを向けてきた。

「良いでしょ、コレ。綺麗でしょ!」

あぁ、綺麗だ。お前が。

「汚せないな」

「うん!」

気恥ずかしいからと何も言えない自分に自己嫌悪を抱く事も多いが、カノはそんな俺の心情も分かっているような節がある。そんな彼女につい甘えてしまうが、いつか素直に言えれば良い。

今は、手を握る手に力を入れる事で応えた。カノは、やっぱり嬉しそうだった。

 

 

パンパン!

神社に、軽快な音が響く。両掌を打ち、合わせ、1年の礼と、今後の願いを思う。俺の頭に自然に浮かぶのは、隣にいるカノの事。

また、1年一緒にいれた。俺の好きな笑顔が見れた。

いつも素直な気持ちをくれる彼女に応えたい。俺も、素直に彼女への気持ちを言いたい。

コレが、俺の今年の課題だろう。

 

 

「わあ!大吉だって!」

カノが嬉しそうに一枚の紙を見せる。飛び上がらんばかりの勢いに、転ばないか心配になる。

「落ち着け、一緒に見るから!」

「フフッ」

隣に並び、持っていた紙…御神籤を見る。

「えーと…《恋愛 想い人との進展があるでしょう》…だって!わあ!どうしよう!」

カノは少し読んだだけで飛び上がって喜ぶ。俺は恋愛の部分しか読めなかった。

「いいから落ち着け。転ぶ」

「ヘヘッ、ごめん」

照れ臭そうに笑い、大人しくなったので彼女の手をとり、歩く。

「キドは御神籤、ひかないよね」

彼女の質問とも云えない言葉に、俺は応えない。

別に、神や御神籤を信じていないわけではない。寧ろ信じているからこそ、何が書かれているのか不安で嫌なのだ。情けない気もする。誰にも言っていない。カノには知られている気がするが、何か言われた事はないので積極的に話題に出したりはしない。

それよりも、俺が気になるのは己の御神籤よりカノの御神籤だ。

『想い人との進展がある』…どう受け止めれば良いのだろう。俺は、カノが好きだ。カノは、俺にまっすぐに好意を向けてくれる。つまり、俺達は両想いだ。

だが、俺は彼女に愛情を伝えた事がない。カノはそれでも何も言わないし、俺の気持ちを分かっているような顔を見せる事がある。

これは果たして付き合っているのだろうか?常々言いたいと思っていた。言える時があるのなら…。

「ねぇ、キド」

「何だ?」

「神様に、何をお願いした?」

「ソレ、言っちゃいけないヤツだろ」

呆れ気味に言う。カノは口が堅いが、こういう類いのモノに対しては途端に軽くなる。彼女にとっては、そんなに重要じゃないからだろう。御神籤は所詮、遊びだ。

「僕はね、【家族やキドと過ごさせてくれてありがとうございます。今年もお願いします】って祈ったの!」

まただ。此奴は、こうも簡単に俺の心を浮き立たせる。

「ありがとう」

頭に手を乗せれば、彼女は綺麗な顔で笑った。

あぁ…本当に此奴は…

「綺麗だ」

「え?」

「着物、似合ってる。綺麗だよ」

訊き返す彼女に、ハッキリと言った。スルッと言葉が零れたのだ。

「漸く言えた…」

言いたくて、でも恥ずかしくて口に出来なかった。無意識にカノの背に腕を回した。着物のせいか抱き辛いが気にする余裕はなかった。

「俺も、同じ事を思ったよ」

「何の事?」

「参拝の事だよ」

去年も今年もその先も、カノといたい。

「カノが好きだ。だから、今年も俺の側にいてくれ」

「!うん!」

カノの、涙ぐんだような嬉しそうな声が聞こえた。

元日の翌日と言えば、1月2日だ。目の前に、美味しそうな馳走が並んでいる。姉が作ってくれたのだ。

傍にはカノもいて、先程から燥ぎまくっている。

「それじゃ二人共、席について」

俺達が素直に座ったのを確認してから、姉は手を合わせる。ソレを見て、俺達も同じようにする。

「せーの、いただきます!」

〔いただきます!〕

こんな風に食前の挨拶をするのは既に習慣になってしまったが、クラスメイトはやらないらしい。それを聞いて恥ずかしくなった記憶がある。

 

【ねぇ、コレやだよ。みんな、やらないよ】

駄々を捏ねると、姉は悲しそうな顔をした。

【なぁ、私達は何を食べて生きてる?野菜や、肉や、魚、果物だろ?それ等は皆、生きてるんだ。店にあるのしか見た事ないから、分からないかもしれないけど。肉にされた豚や牛や鶏も、魚も野菜も果物も、皆、元は生きていたんだ。私達と同じように】

【おれたちと同じ…】

【そう。私達は、命を殺して生きてる。『いただきます』という言葉はね、殺して食材になった動物達に『貴方の命をいただきます』という意味なんだよ】

だから、食べる前には『いただきます』、食べた後には『ごちそうさま』と言わなければならないのだと教えられた。

 

「ん~…やっぱり、姉ちゃんの料理って美味しい!」

カノが料理を頬張り、幸せそうな笑顔で言う。

「これだけ美味しそうに食べて貰うと、作った甲斐があったなぁ」

姉も嬉しそうだ。だが、俺はカノの料理も好きだ。

彼女は、俺や姉の誕生日にはケーキを作ってくれる。ホールケーキだが店の物よりも小さく、余す事がない。今年も、持ってきてくれたようだ。

 

 

「うん、今日も美味しい!やっぱりお前も料理上手だよな」

「ヘヘッ、ありがとう!」

姉に誉められ、カノは嬉しそうだ。何となく居心地が悪い。

「キド!どう?美味しい?」

「美味いよ。ありがとう」

「良かった!」

姉に誉められた時よりも嬉しそう…いっそ、幸せそうとまで言えそうな顔だ。まぁ、これは俺の誕生日ケーキなのだから、本人に誉められて嬉しくないわけはないのだが。

12月と1月は、腹が一杯になるまで食べる機会が多い。クリスマスと正月に加え、俺の誕生日もあるのだから大変だ。財布の中を見るのが怖い。何となく申し訳ない気分になる。だが、目の前で騒ぐ女子二人は気にしたりはしないのだ。

今だって、楽しそうにしてる。カノが俺に笑いかけてくれる。

「さ、キド。行こう!」

「姉さんとはもう良いのか?」

「うん!」

『行く』とは、俺の部屋へだ。男の部屋だ。此奴は少し、危機感を持った方が良いと思う。

 

 

「キド!誕生日おめでとう!」

俺の部屋で、カノが言って差し出したのは赤いリボンで飾られた紙袋だった。

「サンキュ。開けるぞ」

「どうぞ、どうぞ」

毎年の事だが、あげる側のカノの方がソワソワしている。ソレを視界の端に留めながらリボンを解き、中に入ったプレゼントを出す。

最初に目に入ったのは、可愛らしい子猫の写真だった。上の方に『スケジュール帳』と書かれている。パラパラと捲ってみる。各々の頁に、様々な種の子猫の写真が載っている。糸の栞と、猫の絵が描かれたペンもある。

「キドって動物好きでしょ。どうかな?」

確かに、俺は動物が好きだ。特に猫が好きなので、このプレゼントは嬉しい。実用性があるという点も、ポイントが高い。

「ありがとう、カノ」

「喜んでくれたら、嬉しいよ」

カノの顔は、俺よりも幸せそうだ。

「また、二人でこの日を迎える事が出来て嬉しい」

僕、この日が一番好きだから。…その言葉でずっと前の記憶を思い出した。

 

小学校で、友人と雑談を楽しんでる時だった。数人の友人の中にはカノも俺もいて、口を開いたのは女子だった。

【ねぇ、何月が一番好き?】

8月は海に行けるから好きだとか、桜が好きだから3月や4月が好きだと言う中で、カノが好きだと言ったのは1月だった。

【雪が好きだし、御馳走食べられるし、お年玉貰えるし!】

カノの言葉に、皆が笑った。でも、カノの話は終わりではなく、【それにね…】と言葉を続けた。

【1月は、キドの誕生日があるんだよ!キドが生まれてくれた日!僕が一番好きな日なんだ!】

 

「今も、この日が好きなのか?」

幼い日を思い出し、自然と質問が口から零れ出た。彼女は、躊躇いなく「うん!」と肯定した。更に質問を重ねようとしたが、その前にカノは質問の答えを教えてくれた。

「今日、1月2日は、キドの誕生日だもん!キドが生まれてくれた日が、一番好き!」

本当に、此奴は変わらない。高校生の今も、小学生の時から何一つ変わらない。

カノの体を抱き寄せ、彼女の唇に自分のソレで触れた。殆ど無意識の行動だった。カノは目を見開きキョトンとしている。

「カノ、ありがとうな」

「え、あ、うん?」

困惑しているのがよく分かる反応だ。なんだか可笑しくて、声を出して笑ってしまった。

「俺の一番好きな日は、5月10日だ。お前の誕生日だからな」

「あ…うん」

頬を染めて、俯く。

「お前が俺の存在を喜んでくれるように、俺もお前がいてくれて嬉しいよ」

ありがとう…そう、礼を言って頭を撫でれば、彼女はギュッと抱き着いてきた。

「ありがとう、嬉しいよ。ありがとう、生まれてくれて、傍にいてくれて」

「それは俺の台詞だよ。ありがとう」

「ヘヘッ」

何故かお礼合戦のようになった。でも、それで良いと思った。

俺達は、長い時間抱き締め合っていた。


 
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