No.746032

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十八話

ムカミさん

第五十八話の投稿です。


今年最後の投降ですね。

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2014-12-26 10:44:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5934   閲覧ユーザー数:4349

 

将の鍛錬、部隊の調練、共に順調。黒衣隊の人員補強、新参調練も問題無し。

 

目下一刀が受け持つ武官仕事は表裏問わず順風満帆の体をなしていた。

 

 

 

この日も一刀は今後の鍛錬計画の上方修正を脳裏で思い描きながら廊下を歩いていた。

 

と、一刀の視界前方に例の漫才コンビ、風と稟が入る。

 

いつものように声を掛けようとするも、どうも様子がおかしい。

 

何事かと思い近づいていくとその理由が判明した。

 

稟が相当に落ち込んでいるようで、どんよりとした空気を纏っていたのである。

 

「風。稟はどうしたんだ?」

 

「お~?これはこれは、お兄さんではないですか~。

 

 稟ちゃんはちょっと事が思い通りに行かなくて黄河の底まで沈みきっているだけなのですよ~」

 

「風の中で稟はどれだけ沈んでるんだよ……

 

 いや、にしても珍しいな、稟が落ち込んでいるのは。何があったんだ?」

 

「それがですね~。昨日まで風達、河北四州の小から中規模の街での施策に周っていたんですが~。

 

 稟ちゃんが導入しようとした策があまり上手く回らなかったのですよ~。

 

 華琳様にも満足いく結果を報告することが出来ず、二重に落ち込んでいたというわけです~」

 

「俺の有り難い助言を聞き入れようとしないからだ。自業自得だぜ、姉ちゃん」

 

「ぐふぅっ!?」

 

「これ、宝譿。稟ちゃんに追い打ちを掛けてはめっ、ですよ~」

 

まるで漫画の如く吐血する稟が見えるかのようないつもの光景だったが、何気に気になることを風が言っていた。

 

敢えて2人の漫才は無視することにして、一刀は風に詳しい説明を求める。

 

「稟の施策が上手くいかなかった、とはどういうことだ?

 

 稟の実務能力は陳留、許昌と見てきたが相当に高いものがあるだろう?」

 

「いえ~、確かにそうなのですが~。

 

 稟ちゃんはいきなりその地の方々の動き全てを策に組み込んでいたのですよ~」

 

「陳留や許昌で効果があることは証明されているはずです。南皮でも効果が出てますし、それを各地の規模に合わせて手を加えた実績十分の策なのに……

 

 協力具合が芳しく無く、想定していた半分の成果も出ない有り様でした……協力してもらえれば様々な面での状況向上は間違い無いはずですのに……」

 

「あ、あ~、なるほどな……稟、そのやり方だとなるべくしてなった結果と言えるかも知れないぞ?」

 

風と稟から為された説明を聞き、一刀は納得を示す。

 

一刀の評価に風は分かっていたかのように頷いているが、一方で稟は困惑をその顔に貼り付けていた。

 

「ど、どうしてなのですか!?事前に何度も確認したので、策の内容に問題は無いはずです!」

 

「確かに、稟の策には問題は無かっただろう。今までの稟を見ていればそこには疑いを持っていない」

 

「では何故!?」

 

「事は複雑なようでいて、その実単純だ。結果を左右したのはずばり、”人”だ」

 

「ひ、人、ですか?」

 

「より正確に言えば感情、かな?ちょっと歩きながら話そうか」

 

一層の困惑に見舞われる稟。一刀は歩き出しながらその疑問に答えるべく話の筋道を立てる。

 

その上で稟と、それから風にも話を振って細かい確認を取りながら自説を解説していく。

 

「稟が今回用意した策、きっと多くの人員を動員することで成り立つものだろう?

 

 そういった策は稟も言った通り、人々の積極的な協力があればまず良い成果を上げられるはずだ。

 

 だが、その協力をするかどうか、人々はどうやって判断する?稟はその辺りの認識が甘かったと言える」

 

「策全体の概要とその効果は周知したはずです。ここ許昌でも良策だと判明しているならば、民は協力してくれるではないですか」

 

「いや、そもそもの地盤が違う。稟って、案外経験不足?」

 

「風達は華琳様の下に就くまでは大陸各地を回っていた、というのは前にお話ししたかと思いますが~。

 

 実は身を軽くするために仕官の募集にはまず触れてこなかったのですよ~。旅の資金は主に飯店などでの日銭を貯めていましたので~」

 

「なるほどね。それでも風は凛の失敗の原因を分かっているのか」

 

「そこは風の得意分野ですからね~」

 

「言われてみればそうだったな。素直にさすがだと言っておこう。

 

 さて、稟。さっきの問いの答えなんだが。人は誰しも完全に合理的な判断を下すことはまず出来ない。

 

 勿論理性的にその方向に持っていくことは出来る。だが、大多数の人々にとって、判断基準はそこでは無い。

 

 そうだな……例えばだ。稟が魏領内のとある街に住んでいる一人の民だったとしよう。

 

 その街に桂花の施策があったとすれば、これには稟も惜しみなく協力するだろう?」

 

「それは当たり前のことです。桂花が優秀であることは分かっているのですから」

 

「それじゃあ、もしそこに諸葛亮の策が持ち込まれたらどうだ?

 

 周知された策の内容は確かに街の為になるもの。諸葛亮自身も街とその民の為を思って策を持ってきたと言っている。

 

 本来あるはずもないことだが、仮定の話と割り切って考えてみてくれ。稟はこれに素直に協力出来るか?」

 

「それは……難しい、ですね。どれほど善意を表に出されても、裏があるのではないかと疑って――――ぁ……」

 

「気付いたか。まあ、要するに今回稟が訪問した街の人々は、今の例えと似たような心境だったということだ。

 

 加えて言えば、麗羽の治世は腐り切っていたとまでは言わないが、お世辞にも善政、仁政と言えるものでは無かった。

 

 当然民は支配層に対する不信、不満を募らせているだろう。

 

 これじゃあ、人々に策に協力してもらうのに最も大切な要素、”信用”なんてあったもんじゃない。

 

 時間を掛けなければ築くことも難しく、にも関わらずそれを崩すのはたった一瞬の言動で十分。そんなあまりに脆いものだ、”信用”というものは。

 

 まあ、それでも裏技が無いこともないんだが、基本的に滞りない施策には築き上げてきた信用が必要だろうな。

 

 ”支配層”に対して積もり積もった不信、不満は首がすげ変わってもそのまま持ち越される場合が多い。ま、そうほいほいと協力してはくれないだろうよ。

 

 陳留や許昌の民は華琳の善政を良く知っているからこそ、その配下からの施策に理解を示し、協力を惜しまなかった。そこが違うということだ」

 

「完膚なきまでに私の失態です……」

 

一刀の説明によって失敗の原因は判明したが、それ故に稟はがっくりと肩を落とし、しょげてしまった。

 

とは言え、風の話によれば2人ともまだ仕官経験が足りないとのこと。

 

学問を修めるに当たってひたすら理論的なところを辿ってきたのであろう稟にとっては、ある意味仕方のないミスであったと言えるだろう。

 

案外、零辺りがその含みを持たせて今回の件を稟に任せたのかも知れない、と思うのは一刀の考えすぎだろうか。

 

「ちなみに、一応の成果は出せたのか?それとも、ほぼ以前と変わらないような状態のままか?」

 

「多少は効果が出ましたよ~。どこにも本心から街を案ずる人たちは少なからずいらっしゃるようで。

 

 せめてその倍程度の方たちが協力してくだされば、成果報告としての体をなせたのですけどね~」

 

風の試算は妥当だと分かっているだろう、稟はまたもや肩を落とし込んでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでお兄さん。どちらに向かわれてるんですか~?」

 

重くなった空気など関係ないかのように、風がマイペースに問う。

 

周囲に左右されない、風の長所であり短所でもある特徴だ。

 

「ん?あぁ、なに。ちょっとさっき言った”裏技”を使いに、な」

 

イタズラでも企んでいるかのようにウインクで返す一刀。

 

それに対する稟と風の反応は異なるものだった。

 

「先ほども仰っていましたが、裏技とは一体何なのですか?」

 

どうにも考えが及ばず疑問を呈するばかりの稟に対し。

 

「ほうほう。お兄さん、やっぱり中々えげつないですね~」

 

歩みを進める方角から察したらしい風は一刀に彼女なりの賞賛を送っていた。

 

一刀はどちらに対しても、付いてくれば分かる、のスタンスを通して歩き続ける。

 

やがて辿り着いたのは許昌の街中でもある意味で有名な建物の前だった。

 

「着いたぞ。ここだ」

 

「へ?あ、あの、一刀殿?どうしてここに?」

 

「信奉だとか崇拝だとかの感情は時に一瞬で生じることがある。そういったものは一時的なものであることが多いけど、信用の代替としてはひとまず使えるだろう。

 

 一時的な効果が切れる頃には策による成果が出て、それにより信用を高める人が増えるはずだ。そうなれば後は簡単だろうさ」

 

「彼女達は人心掌握術に長けてますからね~。零ちゃんも言ってましたよ~?

 

 あの3人は敵に回したくないけれど、味方であればあまりにも強力だ、って」

 

会話から推察される通り、3人が訪ねようとしているのは『数え役萬姉妹』が許昌滞在中に詰める家屋だった。

 

扉の脇には護衛の兵が立っていて人の出入りを制限しているが、一刀達のように将の位を持つものは顔パスで通される。

 

会釈する兵に一刀は労いの意を込めて手を挙げて応えてから扉を開く。

 

「沙和か人和、いるか?」

 

「あ、一刀さん!稟ちゃんに風ちゃんも!お久しぶりなの~!」

 

「お久しぶりです、一刀さん、稟さん、風さん。どうかされたんですか?」

 

事務所ともなっている入ってすぐの部屋には沙和も人和もおり、何事かを話し合っていたようだった。

 

2人共揃っているとは都合が良い、と早速本題に入る。

 

「次の興行の話を持ってきた。華琳の方からまだ指示が無ければ、そっちに行ってもらいたい」

 

「今のところは何も言われてないから大丈夫なの~。人和ちゃん達は疲れてない?」

 

「私達は大丈夫です。今回はそれなりに休暇を取れましたし。

 

 仮に少々疲れていたとしても、舞台に上がればそんなものは吹き飛びますから」

 

「根っからのアイドルだな。でもまあ、なら良かった。それで――――」

 

「あ~っ!一刀だ~っ!」

 

「あっ、本当だ!久しぶりね、一刀!な~に?ちぃに会いに来てくれたの~?」

 

声を聞きつけたか、奥の休憩室から天和と地和が飛び出してくる。

 

2人共騒がしいほどの元気の良さは健在で、人和の言ったことの確かな裏付けになった。

 

「悪いが地和、全員に、だ。丁度良い、2人も聞いておいてくれ」

 

「ちぇ~っ。それで、何の話?」

 

「次の興行のことだ。至急行って欲しいところがあってな」

 

「おぉ~、やっと来たんだね~。どこどこ~?」

 

「冀州を始めとする河北四州だ。以前はどうか知らないが、『数え役萬姉妹』としては新たな土地だな」

 

一刀に告げられた興行先に三姉妹はワッと盛り上がる。

 

「やったやった~!!新しいお客さんの前で歌えるんだ~!!」

 

「ふっふっふ……遂に来たわね。ちぃの圧倒的な魅力で全員虜にしてやるわ!!」

 

「新しい土地。新しい客。望むところよ。ここは初めの掴みが肝心だわ。

 

 こんなところで失敗なんて出来ないわね。姉さん達、気合入れていきましょう!」

 

『お~っ!!』

 

元々大陸中で有名な歌手になりたいと思っていた3人である。

 

その活動が魏領内に限定された今でも野望の火が消えることは無い。むしろ、”天の御遣い”という後ろ盾を得て一層煌々と燃え上がっていたのだ。

 

そこに飛び込んできた新たなステージへのチケット。

 

これでは3人に興奮するなと言う方が無理というものだった。

 

「まあ一度落ち着け、3人とも。それで興行の詳細なんだが、天和達は基本的にはいつも通り歌って踊って民の心を癒してやってくれ。

 

 で、沙和に頼みたいことだが、河北四州での興行でやってもらいたいのは募兵促進では無いんだ。

 

 先日始めた稟達の策への協力、これを呼びかけてほしい。方法はいつも通り沙和と人和に任せる。

 

 ちなみに今回はそうそう民の命の問題に直結するものじゃない。だから、募兵の時のように熱に浮かされただけの者を弾くような選別はしなくていい。

 

 例え熱狂からくる一時的なものでも、協力の約を多数から得られれば後はなるようになるだろうからな」

 

「はいは~い、分かったの~」

 

「余計な気を回さなくていいようですし、それなら簡単です。任せてください」

 

頼まれた2人は一も二も無く気持ちの良い返事をしてくれる。

 

その返事を受けて真っ先に4人に頭を下げたのは稟だった。

 

「私の失態で、すいません。どうかよろしくお願いします」

 

「風からもお願いします~。稟ちゃんを説得出来なかった点は風の失態でもありますからね~」

 

続けざまに風も稟の隣で頭を下げる。

 

マイペースに何だかんだと言いつつも、やはり軍師として責任を感じていたのだろう。

 

「なんかよく分かんないけど、ちぃにまっかせなさい!」

 

「お姉ちゃんも頑張るよ~!」

 

「……何となく事情は分かりました。姉さん達も言っている通り、私達にお任せください。

 

 それでなんですが、一刀さん。実は先程沙和さんと話していたことなんですが、今後の活動の為に少し予算を追加して頂けないでしょうか?」

 

「予算を追加?ん~、出来ないことは無いが、理由に依るな。

 

 まさかとは思うが、一報亭でのシュウマイ代で足が出る、とかだったら絶対に出ないぞ?」

 

一刀の確認に人和も、まさか、と苦笑する。

 

ちなみに後ろでひどい、だとかそんなことする訳が無い、だとか騒いでいるがここは一旦スルーして要望に至った理由を話した。

 

「河北四州はまた別になりますけど、以前からの魏領内では既に幾度も公演をした街もあります。

 

 このままでは飽きが来る方も出てしまうのではないかと。なので衣装を新しくしてみたり、舞台演出を凝ったものにしてみることを考えました。

 

 今は興行の旅費代を国に出して頂き、その他生活費は興行の売り上げで賄っていますが、それらをしようとするとどうしても今のままではお金が足りないんです」

 

「あぁ、なるほどな。確かに姉妹の求心力が落ちるのは魏にとっても痛手となり得る。

 

 そういった理由ならば問題無いだろう。この後にでも華琳に掛け合ってくるよ。ちなみに、新しい衣装の案とかはもう煮詰まっているのか?」

 

「ありがとうございます、一刀さん。はい、その辺りは既に沙和さんと」

 

「新しい衣装もと~ってもかわいいの~!でもでも、本当に作れるかは二の次にしていたから、ちょっとお高いものになっちゃったなの~」

 

「作れるのならばそんなに悪いことでは無いだろう。天和達は目立ってなんぼ、そこに妥協する必要は無いんだからな」

 

「さっすが一刀!分かってる~!」

 

衣装にかかる金に対して理解を示す一刀の言葉を聞いて地和が歓喜の声を上げる。

 

人和が何か言いたそうに口を開いたが、その口は何も発することなく閉じられた。

 

とにかく衣装その他に金を掛けようとする地和をずっと諌め続けてきたが故の反射的行動だったが、一刀がそれを認許すると言っている以上、地和に言うことが何もないと気づいたからだった。

 

「っと、要件はそれだけだ。突然で悪かったな」

 

「いえ。こちらも助かりました。予算の件、お願いします」

 

「ああ、分かってる。3人は今や魏の秘密兵器のようなものだからな。

 

 丁重に扱いこそすれ、要望をばっさり切って捨てることは無いよ」

 

それだけ言い残して一刀は席を立った。

 

それに天和が少し残念そうな顔をする。

 

「え~、一刀もう帰っちゃうの~?」

 

「ごめんな、天和。この後も仕事があるんだ。

 

 華琳への口利きのこともあるし、天和も一日でも早く新しい衣装が出来た方がいいだろう?」

 

「ちぇ~っ。でもでも~、また来てね?」

 

「ああ。また皆の顔を見にでも来るよ」

 

苦笑を漏らしつつそう応じ、ようやくその場を後にした。

 

稟と風もまた一刀に続いて家屋を出て、一刀と共に城へと戻る道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城に着くとそこからはまた別々の仕事がある。

 

一刀は着いて早々、稟と風と別れ、とある部屋へと向かう。

 

そこにあると知らなければ素通りしてしまうような配置の部屋。防音性を頼んだ二重扉のその奥。

 

一刀にとっては最早お馴染みの情報統括室である。

 

既にして中には桂花の姿があり、黒衣隊員から上がった報告であろう竹簡を読んでいた。

 

「すまん、桂花。待たせたか」

 

「いいえ、問題ないわ。丁度私も情報を整理しておきたかったところだったし。

 

 それで、今日ここに呼んだ理由だけれど、あんたのことだからもう分かっているんでしょうね」

 

「まあな。出していた隊員が帰還していることは知っている。劉備――蜀の件で情報が届いたんだろうと予測はつくよ。それで、どうだった?」

 

一層真剣味を増して一刀が桂花に問う。

 

その問いに対し、桂花は溜め息を一つ吐いてから答える。

 

「あんたの予想が当たりもし、外れもし、といったところね。それも、どちらかと言えば悪い方向に、というのが頭を抱えるところなのよ」

 

「それは……あまり聞きたくは無い内容のようだな」

 

「それでも聞きなさいよね。

 

 まず、新たに参入した将だけれど、かなりの数に上っているわ。中でも危険なのは武官の方では黄忠と厳顔、文官の方では徐庶、だそうよ。

 

 他にも厳顔と共に魏延、それと関羽隊に連れてこさせた姜維。それにあの公孫賛も劉備に匿われて傷を癒していたらしいわ。

 

 前々からあんたが警戒すべしとしていた黄忠と徐庶、残念ながらずばり的中よ」

 

その報告を聞いても一刀は残念に思うよりも、やはりか、といった気持ちの方が強かった。

 

未だにこの世界がどういったものなのか、判然としない。それでも、ある程度は正史なり三国志なりに沿っていることは自身の目でも確認してきた。

 

だからこそ、ここに来ての徐庶の参入にはさすがに多少なりの驚きを禁じ得なかった。

 

「徐庶がここで、か。念のためにと網を張っておいたけど、まさか本当に引っ掛かるとはな。

 

 それで徐庶に関する報告内容は、っと……あ、すまんな、桂花。え~、なになに……

 

 諸葛亮と龐統の同門、2人から頼られる程に能力高し、尊敬の眼差しまで混じっている様子、常に冷静に状況を分析して物事に対処、要注意、か。

 

 ん?備考……お菓子がおいしい?」

 

一刀も自身と同じ場所に目が留まったことに桂花はまた溜め息を一つ。

 

基本的に一刀が育てた黒衣隊員が記す情報は完全に無駄と言えるものはほとんど無い。

 

その分、余計に今回の報告の無駄成分が際立ってしまっているのだった。

 

それに若干ならぬ呆れ成分を声に混じらせて桂花が苦言を呈した。

 

「それに関してはあんたから仕置きしておいてくれない?いくらなんでもいらない情報すぎるわ」

 

「だな……会えたらキツく言っておこう。武官の方は……黄忠も厳顔も得物は飛び道具か。ん?厳顔の武器の詳細は不明?」

 

「らしいわね。誰も厳顔の本気の戦闘を目撃出来なかったそうよ。

 

 戦にでも出陣してくれればその正体も割れるのでしょうけど。当分は警戒対象とすることで保留ね」

 

暗器ならばともかく、飛び道具とまで判明しておきながらの詳細不明。

 

そこに一刀は不気味さを感じた。

 

が、今そこを深く考えようとしたところでこれ以上の情報はないわけである。つまり、どうしようも無い。

 

仕方が無いと考え、頭を振って切り替える。

 

「他に特筆すべきことは無いか。そう言えば、魏延が参入したということだが、どうだったんだ?」

 

「そっちが悪い方向での予想外れよ。

 

 間諜に出してた兵の報告によれば、魏延は劉備に心酔しており、例え唆そうとも裏切る可能性は皆無、ってことらしいわ。

 

 なかなかどうして、求心力が強いわね、劉備は。その点だけは華琳様にも匹敵するんじゃないかしら?」

 

「人徳の王だとか大徳だとかいう言葉で伝わっているような人物だからな。

 

 それに、あの人柄も人受けがいいだろう。納得や理解が出来ないほどのものでは無いな」

 

「そうね、あんたの言う通りよ。でも、今はその話は置いておきなさい。

 

 取り敢えず新たに入った蜀の情報はこれだけ。引き続き別の連絡要員を出して諜報を続けさせているわ。

 

 それから孫家の建業の方だけど、こちらも隊員が帰ってきているわ。今までに比べれば上々ね」

 

その報告には一刀も少なからず驚かされた。

 

何せ、今までの孫家の堅さを思えば今後の情報はまず期待出来るものは入ってこないものと考えていたからである。

 

とは言え、桂花の渋い顔を見れば、そのことがただ良かったとも言い難い様子。

 

事実、直後の桂花の言葉にはプラスの成分はほぼ含まれていなかった。

 

「ちなみに、情報は持ってきてくれたけれど、良いものでは無いわ。むしろ、嫌な部類ね」

 

「……具体的には?」

 

「建業では孫堅と黄蓋の下、武官・文官の区別無く幹部級の者に猛特訓を強いているそうよ。

 

 その中にはあの周泰も含まれている。それと、どうやら周泰の他に甘寧も間諜寄りの将みたいよ。

 

 将の中に2人も捕殺に長けた者がいるなんて、黒衣隊ですらのあの失敗率も分かるってものだわ」

 

「それがあの孫堅直々に更に鍛えられている、か。これは……かなり厄介なことになりそうだな……」

 

「更に、呂蒙と太史慈。どちらも武官らしいのだけど、それらを孫堅直下に召集。特に太史慈の方は孫策と同等との噂らしいわ。

 

 武器は太史慈が双戟、そして呂蒙が恐らく暗器。いずれも特殊ね。警戒が必要だけれど、対策が難しいわね……」

 

「戦闘の型の予測が付かないな……普遍的に対処出来るような鍛錬を課すべきか……?」

 

「その辺りはあんたの方でなんとかしておいてちょうだい。それとあともう一つ。

 

 どうやら孫堅はもう一人召集する予定らしいわ。孫堅や黄蓋の口振りから察するに、古参の将。

 

 恐らく、黄蓋に並ぶ宿将・程普。察するに、孫堅は総力戦も辞さない覚悟を持っているようね」

 

桂花の語った報告内容。それを一刀は咀嚼し、熟考する。

 

実力未知数の将が多いとは言え、孫策を基準に孫家のほとんどの将の実力はある程度推測することが出来る。

 

だが、どうにも孫堅、黄蓋、程普が怖い。特に、孫堅。彼女の恐ろしさの一端を、一刀は既に味わっている。

 

連合の折、孫堅はたったの一瞥で一刀の実力を見抜いた様子だった。

 

それがただの勘にしろ僅かな所作からバレたにしろ、明らかに確信を持たれていた。

 

様々な意味で相当の実力差があるが故にバレバレだった。それが単純且つ最悪の想定。

 

そして、否定したくとも否定材料が全く無いものだった。

 

「……今までと変わらず孫家には最大警戒。蜀は引き続き情報を集めつつ、状況に応じて対処を考える。これが隊の方針といったところか。

 

 孫堅……正直、俺や恋でも勝てないかも知れない。何か実力を測れる機会でもあればいいんだがな……」

 

「それは私達も思っているところよ。戦の情報が入れば黒衣隊には全力で情報収集にあたってもらうわ。

 

 隊の方針はあんたの言う通りでいきましょう。頼むわよ」

 

「ああ、分かってる」

 

 

こうして、静かに。実に静かに、重要な話し合いは幕を閉じたのだった。

 


 
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