No.744110

王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-

sizurikaさん

第07話 駆け引き 

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2014-12-17 16:44:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:321   閲覧ユーザー数:321

王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-

 

 

 

作者:浅水 静

 

 

第07話 駆け引き

 アーダベルトは、この村に来てから同じ宿にずっと滞在していた。大衆食堂の二階も宿として貸し出していて、利便性は良いのだが夜は酒場になる為に、静寂を好んでこちらの宿に決めたのだ。

 

 部屋を頼む際、一番奥まった部屋を頼んだ。

 

 それには理由があった。歓迎できない来訪者の訪問を察知する為に。

 

 今のように。

 

 この一ヵ月半ほどの間、一度たりともこんな朝早く、それも夜も明けきらない内から宿屋の仕度人がベットメイクが来た事は無い。それも複数人で。

 

(……足音は二人)

 

 アーダベルトは、外して置かれていたベルトタイプの皮製のシースから双剣を二本とも引き抜いた。

 

 通常、剣を納める鞘は皮だと錆びる危険性があるが、この双剣の材質であるブルーメタルの最大の特徴は、高熱で焼入れし鍛錬する事で錆びなくなると言う事だった。その鍛錬の際、元々藍色の地金が赤みを帯び赤紫に変化する。赤色の度合いが高ければ高いほど高品質、業物の証だった。

 

 アーダベルトは、扉の戸先側の壁に背を当てて、外の者に気付かれないようにゆっくりと息を吸った。

 

 戸先側、つまり扉の開閉口側の壁に陣取ったのは、強引にドアを蹴破って押し入ってくる者であれば、アーダベルトは容赦せずに殺めるつもりであったからだ。吊元側、蝶番のある扉の陰になる部分に立ってしまうと勢いで扉が開いた場合、挟まれて身動きに制限が掛かる可能性がある上、いざ戦闘になった場合、出遅れる危険性が高くなる。

 

 アーダベルトに人を殺めた経験は無い。だが、最悪、そんな未来もあるだろうとは常々、思いを巡らす環境にはあったのだ。そう、父が死んでから。

 

(“グレイフの書”か……厄介な……)

 

「アーダベルト、起きてるか?

 ニコラウスだ。あとロミーもいる」

 

 ノックの音に次いで聞き慣れた声がアーダベルトを安堵させた。

 

 ゆっくりと部屋の中央まで戻り、下を向いて大きく息を吐き出した。視線の先にある自分の膝は震えては――いない。だが、今にも抜け落ちそうな脱力感に支配されていた。

 

(覚悟が出来ていると自分では思っていても……こんなものか)

 

 アーダベルトは自嘲気味に笑いながら双剣をシースの上にに置き、「今、開けます」と言って扉に向かった。扉を開けるとニコラウスとロミルダは、どこか見覚えの有る顔付きをして立っていた。

 

 その顔を見た途端、アーダベルトは扉を閉めに掛かった。

 

「ちょっ、ちょっと待て、アーダベルト!話を聞けって!」

 

「騙されませんよ。二人とも“あのお嬢様”を紹介した時の顔と同じ顔じゃないですか……。

 また、厄介ごとですね?

 そうなんですね?

 そうでしょう?」

 

 ニコラウスとロミルダは互いを見遣って、そしてアーダベルトに向き直ると同時に大きく頷いた。

 

 力の限り二人に肯定されたアーダベルトは、頭を抱えながら扉から手を離し部屋の中に踵を返す。

 

「アディル君、一先ず、これに目を通してくれるかな?」

 

 ロミルダが差し出したのは、筒状に丸められ封蝋がされた手紙だった。紙の材質は一般的に出回っているブラーミー(イラクサ)から製紙した物のようだ。現在、木材を原料とした製紙は王国では、ほぼ無くなったといって良い。多少、質が落ちるとは言え、年に六度も刈入れの出来るブラーミーの繊維質から製紙する事で、数に限りのあり、育成に時間のかかる木材より数段、大量に供給出来るのだ。

 

 とは言え封蝋され家紋の印璽がなされた手紙といえば“信書”という事になる。

 

 アーダベルトは手を伸ばしながら、「どなたからですか?」と聞くと代わってニコラウスが「うちの御館様からだ」と答えた。

 

(……ディングフェルダー伯フェリクス様)

 

 「うっ」と漏らし、受け取りを一瞬躊躇したがそういう訳に行かないのは、アーダベルト自身が生れてからずっと浸かって来た貴族社会の風習を良く理解している故に出来なかった。事実、平民の立場で領主から直々の信書の受け取りを拒否するなど不敬極まりなく、縛り首も当然の事である。

 

 この部屋には、テーブルと椅子が二脚しか無かったので二人に勧め、アーダベルト自身はベットに腰掛け受け取った信書を開封した。

 

 手紙の中身は、まず先日の娘エルドガルドの突然の不仕付けな申し出への詫びと、改めて明後日に案内と護衛を正式に依頼する内容だった。褒賞を用意するとも書かれていた。平民に対する手紙とは思えないほど、実に作法に法った礼儀正しい文章と達筆で、それだけでもフェリクスの教養の高さを物語たるものだった。

 

「なぁ、アーダベルト……一体どうなっているんだ?」

 

 手紙を読み終わった事を確認してニコラウスが聞いてきた。

 

「それは、こっちの台詞です。何故、お二人がこの手紙を?」

 

「実は親父殿が直接、ディングフェルドベルクから早馬で持参したんだ。多分、内容は同じだと思うがお嬢様の護衛の依頼だった」

 

「ブルメスター卿が直々にですか!?確か、この前のお話では領庁でディングフェルダー様の下、政務補佐をなさっていると……こういった事、良くある事なのですか?」

 

「いや、俺の知っているかぎり、後にも先にも初めてだ」

 

 ニコラウスの答えにアーダベルトは考え込んだ。ずっと黙っていたロミルダが焦れた様に「アディル君の方は何か気付いたことある?」と聞いてきた。

 

「横紙破り……過ぎますね。

 前にも言ったようにお嬢様がわざわざ出向く必要も無い。採取を誰かに依頼すれば良い事です。そもそも、採取量のたかが知れている実地採取などしなくても苗を聖公国から大量に輸入すれば良い事です。

 それを多少、腕は立つかもしれませんが成人前のハンター見習いに依頼するなど道理が立ちません。こんな横紙破りをする位なら、数名程度であれば諸侯軍の栄え抜きでも家臣でも使える筈です。

 となると目的は……。

 私かもしれません」

 

「だろうな」とニコラウスは即答した。

 

「それって、アディル君を家臣にでもしようと今のうちにツバ付けておくって事?」

 

 ロミルダは、自分の口から出た言葉であるにも拘らず、半信半疑で困惑気味に聞いた。まだ成人していない者、それも縁もゆかりも無い者を家臣候補に据える等、尋常の沙汰ではない。例え、その者がどんなに優秀だったとしても、そのように重用すれば他の家臣との軋轢が生れること必至だ。

 

「いえいえ、そこまでは……信書に礼節を重んじた様式をお使いになった事から見て、悪意は無いとも思えますが、これまでの経緯から推し量れば、何者か見極めようという意図があるのではないかと。

 だた、平民のそれも若輩の身にどうして、そこまで拘れるのか理由は分かりかねます」

 

 この時、ニコラウスもロミルダも同時に全く関係ない事に思い至っていた。アーダベルトの洞察力は自分達と次元が違うものだと言う事に。それは、まるで貴族同士で交わされる駆け引きを解説をまじえて説明されているような錯覚を覚えたからだ。

 

「何か心当たりは無いのか?」

 

 ニコラウスの口から出た不安は、そうしたアーダベルトの年齢不相応の的確な“読み”に言い知れない危機感を覚えたからに違いなかった。たった十五に満たない年齢でここまで駆け引きの場で相手の思惑を読む思考を育てるには、それだけかなり濃密な時間を過ごしたのではないだろうか。そして、そこまでに至った過去をアーダベルトは一切口には出さない。それを知らない事で、自分やロミルダに将来、不運として圧し掛からないかという不安だった。

 

 それに対して、アーダベルトは一時、ニコラウスとロミルダの瞳をじっと、その思惑を見透かすような逸らし難い視線を投げるとおもむろに

 

「正直な話、咎人として手配されていると言うなら話は別ですが、そのような大神に背くような行いはしてきてはおりません。

 なにより、こちらに来て間もないのも有りますが、ディングフェルダー卿もブルメスター卿も面識が一度もないのです」と答えた。

 

 嘘ではなかった。そして真実でもなかったが。

 

「確かにそうなんだよなぁ。

 親父殿のクドいぐらいにお前の事を聞いて来たところを見ると、ほとんど何も知らないと言って良い状態だと思う。なのにろくに俺達に理由も話さないきてる。

 何故そこまで執着するのか、さっぱりだ」

 

 ニコラウスもロミルダもアーダベルトの素性に関して多少、不安は残るものの言っている内容に矛盾や破綻は見受けられない事を重々理解していた。

 

「もしかしたら、誰か別の重要人物と勘違いされている可能性は無いでしょうか?」

 

 もちろん、アーダベルトには“別の重要人物”など居ない事は察していたが、二人の不安の逃げ道を用意してやった。

 

「……あっ、なるほどー、それはあるかも」

 

「となると、どっかのお偉いさん……これほどひた隠しに動くとなれば、大公家の縁り、正室ではなく側室の子息の爵落ち辺りか?」

 

 爵落ちとは、主に認知されずに王位継承権から外され平民落ちした御落胤の事を指す。その結論に至った二人は驚愕した。現在、王位に座するのは齢十三の幼王だ。ご落胤の兄が居るとなれば、どうなるか。この先、幼王に不予など有った場合、王位継承権がどうなるか考えるだけで恐ろしい話である。その為に身内にさえ秘密裏にフェリクスは動いているのでは無いだろうか、そういう話なら今回の一件の筋は通る。ニコラウスとロミルダの二人は、それがアーダベルトの誘導とは気付かずに納得してしまった。

 

「……どうやらこの話は、ここまでにした方が宜しいようですね。

 どの道、これだけ正式な信書で依頼をされた以上、お断りする事も出来ませんし」

 

 二人は大きく頷いてアーダベルトに同意した。

 

(これで良い。気の良い二人は、なるべく巻き込むべきではない。

 お嬢様のお守りが終われば、この村とも、そして二人ともお別れなのだから……)

 

 アーダベルトは良心の呵責に耐えながら、舌に残る苦い思いを噛み締めた。

 

 明晰といえるアーダベルトだが、未来を見据える事など出来ないと言う事を近い将来、実感する事になる。

 

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初出 2014/12/14 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

アディル君、クロイヨークロイヨーな回。

 

解説:ブラーミー(イラクサ)については、日本ではカラムシ(イラクサ目イラクサ科)の事です。

西洋のイラクサは、毒や棘持ちが多いです。

 

戦国時代の武将である上杉謙信は、このカラムシの生産に力を入れ、繊維取引で越後の重要な資金源と成した事は有名ですね。


 
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