No.743124

王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-

sizurikaさん

第03話 蓬と芍薬 
目次 http://www.tinami.com/view/743305

2014-12-12 13:19:07 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:262   閲覧ユーザー数:262

王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-編

                      作者:浅水 静

 ◇第03話 蓬(ヨモギ)と芍薬(シャクヤク)

 

 少年は突然、その場に現れた。

 

 ニコラウスとロミルダの二人を襲う事に意識を集中していたとは言え、狼は聴覚が人間よりも十倍近くもの発達している。ここまで気取られずに近づくのは尋常な話ではなかった。

 

 その証拠に驚いたのは囲まれていた二人だけではなく、狼達も一様に驚いてその場から後方に飛びのいた事からも理解できる。

 

 ニコラウスは、その瞬間を見逃さなかった。

 

「頼むっ!」

 

 そう一声かけると同時に、右手に握る剣を左肩に載せるような姿勢で盾を前にして突進した。

 

 盾で一匹を殴り伏せ、担ぎ上げた長剣をニコラウスに横腹を見せながら後方へ跳躍しようとした別のもう一匹の狼に切り付ける。狼の肋骨を粉砕してその体躯を吹き飛ばしながら、その勢いで切っ先が地面に突き刺さる。

 

 そのまま体ごと傾けるような動きを使って、肩で剣を扱い切り返す。その軌道上に、先ほど盾で殴りつけ、いま正によろよろと立ち上がる狼の首に向かって叩き付けた。ブルメスター家一の剣の使い手と言われるのを証明する動きだった。

 

 ロミルダの方も反応したのは、自分の相棒と同時だった。

 

 ニコラウスは一番端の狼を一匹だけ分断するように動いてくれた。この一匹だけは自分に任せてくれたのだと瞬時に理解して、ステップで体ごと押し出すよう槍を突き入れる。

 

 正中より少し外れて繰り出された穂先を狼は横っ飛びでかわす。

 

(そう、それで良い)

 

 出血のせいで血の気が失せているのか、こんな切羽詰った状況に反して冷静にロミルダは心の中でつぶやいた。

 

 槍を片手でしか仕えない状態での体ごとの突きは、反応速度に勝る狼にかわされる事は考慮していた。態とずらして避ける方向を誘導したのだ。ロミルダは、槍の穂先が狼の体躯の横をすり抜けようとした刹那、自分の体ごと回転させて薙ぎ払った。

 

 旋らす槍の穂先は、逃げる獲物の動きを追うように疾り、狼の脇腹を捉える。その瞬間、ロミルダは回転したと同時に引き寄せていた残り足を蹴り足に替えて、体ごと踏み込む。狼の肋骨を擦り抜け内臓に致命傷を与えた手応えを感じた。

 

 ロミルダは、その場に崩れ落ちそうになるほど消耗した気力を振り絞って振り返る。

 

 そう、まだ終わっては、いな――終わっていた。

 

 最早、その場で立っている狼は、一匹も存在しなかった。丁度、少年がこの場に現れると同時に蹴り(?)飛ばしていた狼の止めを刺している所だった。

 

 ニコラウスもロミルダも同年代からすれば卓越した勝負勘と技量の持ち主と言える。だが、少年は二人のそれを凌駕していた。

 

 一気に安心感が押し寄せたせいかロミルダは槍を支えにしながらもヘタリ込み、ニコラウスも尻餅をつくように座り込んだ。

 

「お疲れ様でした」

 

「ああ……本当に助かったよ。

 ええーと――」

 

「ガーゲルン。

 アーダベルト・ガーゲルンと申します」

 

「俺は、ニコラウス・フォン・ブルメスター。

 こっちはロミルダ・フローエ」

 

 その後、直にロミルダの傷に応急処理を施して、倒した狼の血抜きと内臓の取り出しを三人で手分けして行った。内蔵を地に埋めて、ロミルダの槍に四匹吊るしニコラウスとアーダベルトで担ぎ、残りは一匹づつ後ろ足を紐で括り輪を作り、片肩にぶら下げる事にした。

 

 この場を離れる前にアーダベルトは「少し待っていてくださいね」と言ってどこかに姿を消すと、戻ってきた時には、花の付いてない幾重にも葉枝をつけた草を茎の根元から摘んだものを1本。そして、もし薔薇が花頭や葯が見えるまで花が開いたら、こんな感じだろうと言うような大輪を咲かせた花を三本ほど根がついたまま引き抜いたものを携えていた。

 

「ひとまず、水場を目指しましょう」

 

 一時間弱ほどで小川の流れる場所を見つけた。狼の生息する範囲からはだいぶ離れたとは言え、用心の為に開けた場所で小休憩を取る事にした。

 

 アーダベルトは、ロミルダの傷を診るが表情は暗かった。

 

「だいぶ落ち着いてきてはいますが、出血がまだ止まっていません……」

 

 獲物の狼七体の処理と移動、その間にロミルダから多くの血が流れ出ていた。

 

 アーダベルトは、小川で採取した野草を洗い出し、葉を一枚一枚千切り、それを二枚重ねて四つ折りにしてニコラウスとロミルダに渡した。

 

「レアモォーツの葉です。

 噛んで下さい。葉を噛み切らないように、葉身を噛み潰して葉液を出やすくします。

 それを傷口に張りますから」

 

「……これ、毒なんじゃ?」

 

 心なしか血の気の失せた顔でロミルダが聞く。それは無理も無い事で、この地方だけではなく、王国全土に渡って『毒レアモォーツ』は有名であり、子供にも触れてはいけないものと諭される。それほど一般的な話なのだ。

 

「ええ。同じ種です。ですが、こちらは毒が無く止血効果のみの種類なんです」

 

 そう言うとアーダベルトは、自分も同じように口に入れるとムシャムシャと咀嚼して躊躇無く飲み込んだ。

 

「そして、こちらがラクティフローラの根。これには消毒、消炎効果があります。今、潰しますので噛んだレアモォーツの葉に載せて傷口に貼ってください」

 

「医術の心得があるのか?」

 

 ニコラウスの問いにアーダベルトは「ええ」と簡素に答え、人の子指ほどの太さしかない根の皮を器用に薄く剥ぎながら、三分の一ほどに切り分け、その一つを叩いて潰していく。

 云われたとおりに処置して一息つくとアーダベルトは、一本は花がついたままの残りの根を全てニコラウスに渡した。

 

「いいですか、早ければ今日の夜から熱が出て三、四日は続くはずです。

 傷が癒えるまで、これを煎じて毎食後に飲ませて上げて下さい。

 村に戻ったら医者に掛かりますよね?その時、この根を見せて煎じ方を教わってください」

 

 ニコラウスにしてみれば、始めはアーダベルトの医学的な知識に半信半疑だった。自分と変わらない年齢の少年にほぼ見た目が変わらない同類別種の薬草の見分けなど出来るのだろうかと考えるのも当然であった。

 

 だが、その言葉を聞いて信用しようと決めた。つまり、医者に見せてもなんら恥じる事は無いという絶対的な自信の表れと取れたからだ。なにより、自分達を危険も省みずに助けてくれた人物が何故、今更、毒を盛る必要があるのかと考えれば、自ずと答えは明らかだった。

 

「ああ、それとラクティフローラの煎じ薬ですが……」

 

「なんだ?」

 

「不味いです。

 大神に恨み言を言いたくなるくらいに……」

 

 ニコラウスは大声で笑い出していた。

 

 帰りの道すがら、三人はお互いに改めて自己紹介をした。

 

 アーダベルトは、最近まで王都に住んでいて、父の既知に軍の手練がいて、その者に幼少の頃より剣の修練と野戦用に医学の教えを受けれた事。その父が死んで遠縁を頼ってこの地に来た事を簡素に話した。

 

 もちろん、嘘は無かったが故意的に話さなかった部分もある。

 

 アーダベルトが元伯爵家嫡子であり、王都の名門そして軍閥の最高位にあるクラインシュミット家のコネが有る。ニコラウスやロミルダにその気が無くても外に情報が漏れれば、それを利用しようとする貴族が雨の日のミミズようにわらわらと湧き出す事は想像に容易い。貴族社会とはそういうものである。

 

 アーダベルトにとって、そのような事態は絶対に避けなければならないと考えていた。クラインシュミット家の嫡子ヴィルフリートとディングフェルダー辺境伯フェリクスとは、王立学校の同期で交流のある間柄だったが、その事をこの時点で知る由も無かった。

 

 二時間ほど移動するとロミルダの体調の低下が他の二人にも明確に伝わっていた。肩で息をするのが隠せないようになっていたのだ。

 

 アーダベルトがロミルダの肩に吊るしていた獲物の狼を引き受け、両肩に一匹づつぶら下げた。ニコラウスと二人で担ぐので半分になるとはいえ、槍に吊るした四匹分の重量。これにはニコラウスも「凄い体幹の良さだな」と正直驚きの声を洩らした。アーダベルトの小柄で細めの四肢からは想像出来ない程のバランス感覚と足腰の強さだった。

 

 その後、一時間でロミルダは一人で歩く事が困難になり、ニコラウスに半場抱えられるようにして村にたどり着いた。

 

 獲物とギルドへの報告はアーダベルトが引き受け、二人は村の医者へ向かった。

 

 ロミルダの容態は、血を大量に失ってはいたものの、既に出血は止まり、処置が良かった事もあり一先ず安心できるとの事だ。

 

 この時、医者の口からアーダベルトの薬草の見立てが正確だった事が裏づけされ、なによりラクティフローラの根自体、この地方では手に入りにくい物である事を知らされる。商業ギルドに依頼を出しているが絶対数が少なく市場流通が元々少ない上に、ここら辺の近場で生息する場所が狼のテリトリーにかぶっている。薬草の識別能力があり、ハンターの素養も兼ね備えた者を雇わなければ採取もままならないとなれば、希少性が上がるのは当然である。

 

 ここでニコラウスは言いようの無い不安にかられていた。アーダベルトの双剣の扱いや身のこなし、田舎貴族出身の自分からしてみたら考えられないような知識。それは薬草や医術のものだけではなく、言葉遣いや行動の端々から湧き出る洗練さが上流階級のそれを物語っている。

 

 それも最上級と呼べる部類ものだ。

 

 アーダベルトが自出の話を父が亡くなった事以外、敢えて口にしないようにしていた事にニコラウスは気づいていた。

 

(そのような高貴な人間が何故?) 

 

 貴族の端くれとして慎むべき疑問をその胸に抱かざる負えなかった。

 

 皮肉な事にこの時のロミルダを救ったアーダベルトの薬草と医学の知識が、ニコラウス自身が医者に話してしまった事で、後にその不安は現実のものとなる。

 

 

 

 “死神”という名の疫病神を引き寄せる結果になる事をニコラウスは、まだ知らない……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

初出 2014/11/29 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

解説:レアモォーツは、ヨモギの事です。日本ではヨモギは薬草として一般的ですが、西洋では毒ヨモギと言われる種を代表に、毒草としての認識が強く、種類もかなり有る為、識別が難しい種です。

 

ラクティフローラは、芍薬ですね。風邪予防に煎じて飲まれる葛根湯として有名ですね。外傷薬として直接塗りつけても、煎じて内服薬としても効果があるところが結構、万能薬ですね。

 

本日のうpは此処までとなります。

次回の「第04話 死神エデル」になります。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択