No.734112

見合い

さん

見合いをする鬼灯と、それを邪魔する白澤の話

2014-10-31 23:55:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1407   閲覧ユーザー数:1406

「結婚する事になるかもしれません」

此処は『うさぎ漢方 極楽満月』。鬼灯は薬を受け取りに店に来ていた。

椅子に座り兎を撫でている鬼灯を、白澤はキョトンと見る。

「結婚?誰と誰が?」

「私がです」

事も無げに言われた答えに、白澤は腹の底からゾワリと嫌なモノが湧いた気がした。

「お前…恋人いたの?」

そんな事、今迄聞いた事などなかった。自分が一歩踏み出せない間に、自分の知らないうちに彼女は誰かと愛を深めていたというのか…。白澤は思い、拳を握り締めるが、鬼灯の答えは意外なモノだった。

「恋人なんて、いませんよ」

「え、でも…」

「政略結婚です」

「…!?」

あまりの衝撃に、白澤は何も言えなかった。動かない彼に、鬼灯は言葉を重ねる。

「相手は、中国の神の誰からしいです」

「…中国!? 『誰か』って…?」

「この婚姻の話は閻魔大王からされたのですが…相手は未だ検討中らしいです」

混乱の極みだった。鬼灯が結婚するというだけでも動揺したというのに、ソレに加えて相手は『中国の神』だ。

(だったら…僕でも良いじゃないか…)

考えて、しかし自分でソレを否定した。誰が嫌いな異性と結婚したがるというのか…。

悲しくなり、力なく項垂れてしまった。それだというのに、更に追撃される。

「明日から数日間、見合いをするそうですよ」

「…っ」

鬼灯の声からは、結婚をどう感じているのか聞き取れない。ソレが、白澤は悲しかった。

「…何処で?」

「…貴男に言う必要がありますか?」

鬼灯の言葉が、白澤の心に深く突き刺さった。

「それよりも、薬はまだですか?」

白澤は、無言で鬼灯の目の前に薬の入った紙袋を置く。中を確認してから、鬼灯は立ち上がった。

「確かに。それではさようなら」

「っ!待ってよ!」

そのまま去ろうとする鬼灯を、呼び止めた。見合いや結婚を何とも思ってないような声を、顔をする彼女に我慢出来なかった。

「お前は…それで良いの?!」

そんな結婚は拒否して欲しい。自分には必要ないと、結婚したくないと、そう言って欲しかった。

しかし、鬼灯が口にした言葉はそんな白澤の想像もしなかったモノだった。

「確かに、相手は私の望む相手ではないかもしれません。しかし…」

 

「元より、私の望みなど叶わないと諦めておりますので」

 

(なんだよそれ…)

白澤は、ザワザワと肌が粟立つのを感じた。鬼灯の答えに、嫌な想像をしてしまう。

(その言い方はまるで…まるで…)

「まるで…恋をしていると言ってるみたいだ」

知らず口に出ていた。そして、言ってしまった事を後悔した。

彼の呟きが耳に入った鬼灯の表情がゆるりと、切なげに、微笑んだのだ。

「…!」

鬼灯は、何も言えず動けずにいる白澤に一礼し、静かに店を出た。

 

 

桃太郎が草むしりから帰ってきたのは、鬼灯が帰ってすぐだった。

未だに動けずにいた白澤は、「ただいま帰りました」との帰宅の挨拶に漸く体が動き、顔をクシャッと歪めて先程の鬼灯の話を桃太郎にも話した。

桃太郎は、嫉妬心と悔しさと悲しさで喋り続ける師匠を慰めるはめになったのだった。

 

 * * *

 

「白澤様、ちょっと落ち着いたらどうですか?」

桃太郎から呆れたように言われる。白澤は、先程から店の中を行ったり来たりと落ち着きがない。

なにせ今日は鬼灯の見合いがある。彼女が誰と見合いをし、誰を選ぶのか…白澤は気になってしかたがなかった。

「大体、何故鬼灯さんに言わないんですか?『好き』だって…」

ピタッと、白澤の動きが止まった。悲しげに俯く。

「鬼灯は、僕が嫌いだから…」

今迄散々女性と遊んでいた白澤だが、本命に対してはとても臆病だ。相手の感情に好意が含まれていないと感じているから尚更である。

しかし、白澤の言い訳に弟子は辛辣である。

「両想いでも玉砕でも良いんで、いっそ告白して下さい」

このままでは白澤が鬱陶しくて敵わない。…そんな本音は口に出さなかった。

「…酷いよ…玉砕とか…」

泣きそうな声で頽れる白澤。なんだか面倒になってきた。

「良いんですか?気持ちを伝えなくて。後悔しませんか?結果がどうあれ、伝えるだけで心の有り様は違うと思いますよ」

弟子の厳しい言葉、励ましの言葉を聞いて、白澤の心は上向いてきた。

「嫌だよ、このままは」

すっくと立ち上がる。

「嫌なんだ、鬼灯が他の男と結婚するなんて。言いたいんだ、鬼灯に自分の気持ちを」

「だったら、何をすべきか、分かってますよね?」

「…ありがとう、桃タロー君」

白澤の表情は不安に満ちていたが、それでも決意はしたようだった。

 

 

店を出てから白澤は、九つの目をすべて開き鬼灯を探した。この見合いは、日本と中国の間で行われる。両国に関係の深い土地を片っ端から探した。

どれだけ探したのか、白澤には分からなかった。それでも軈て、白澤は確かに見た。自分が探し求めた鬼女の姿を。

廊下をバタバタと騒がしい音を鳴らしながら、白澤はとある店の廊下を走る。軈て一つの部屋の前で足を止めた。奥からは人の声が聞こえる。

バタンッ、と大きな音をたて扉を開き目にしたのは、天帝と西王母、閻魔大王、黒服の美丈夫。そして…美しく着飾った鬼灯。

ソレを見た瞬間、考えるよりも先に口が動いた。

「不让鬼灯结婚!」

突然の白澤の乱入と発言に皆、呆気にとられる。白澤はその場に跪いた。

「この結婚は、日本地獄と中国天国のモノ…だったら、鬼灯の相手は僕でも良い筈でしょう!?」

走った為か興奮の為か、白澤の全身は沸騰したように熱い。先程の発言だって、勢いに任せてのものだ。そして、その勢いは止まらなかった。

「僕が鬼灯に嫌われてるのは分かってる。それでも僕は鬼灯が好きなんだ!お願いだから、彼女を他の男と結婚させないで!」

悲痛な声で叫び、白澤は顔を伏せる。無意識に両の手が拳を作る。

西王母の「あらまぁ…」という声を最後に、誰も何も言えなかった。シン…とした室内で、最初に発言したのは天帝だった。

「神獣・白澤」

ピクッと、白澤の手が震えた。天帝は、不愉快も露に中国語で白澤に話し掛ける。

“この見合いは、中国天国と日本地獄の今後を決める、大事なモノ。ソレを分かって立ち入っているのか?”

威厳のある声に、白澤は拳を作る手に力を込める。負けたくない。

“分かっています。でも…”

「ちょっといいですか?」

突然、鬼灯が声を発した。

“白澤さん、先程貴男が言った事に嘘偽りはありませんか?”

「嘘じゃない。僕は鬼灯が好きだ。誰にも渡したくない」

鬼灯の中国語での問いに白澤が日本語で答えると、彼女は天帝と西王母に向き直る。

“天帝様、西王母様。私には一生添い遂げたいと考える想い人がおります。想いが叶う筈がないと諦め、誰にも明かさずにいましたが、たった今、相手の方も私と同じ想いでいてくれていると分かりました。申し訳ありませんが、貴方がたの選んだ殿方とは結婚出来ません”

鬼灯の言葉を聞いて、白澤は目を見開いて彼女を凝視する。天帝は腕を組み、鬼灯に向き直る。

“鬼灯殿、本気で言っておられるのか?”

“本気です。私の想い人は中国の神です。この婚姻は中国と日本のモノ。であれば、その想い人との結婚でも支障はない筈でございます”

天帝は考えるように顎に手をあててから、再び鬼灯に問い掛けた。

“一応訊こう。鬼灯殿の想い人とは誰か?”

“神獣・白澤様でございます”

白澤の息を飲む音が室内に響いた。天帝が深く息を吐く。

「鬼灯…真的?」

白澤が信じられないというように、それでも期待に満ちた声を出した。鬼灯は、呆けた顔の白澤に向き直る。

“白澤さん、私を想ってくれてありがとうございます。私も、貴方をお慕いしております”

鬼灯が言い終わると同時に、白澤は彼女をギュッと抱き締めた。

「喜欢鬼灯…正爱。一直请在我的旁边…作为我的妻子一直…」

耳元で囁かれた言葉は震えていて、鬼灯の体内にジンワリと染み込んでくるようだ。

“本当に、白澤で良いのか?”

天帝の質問にも躊躇いなく『啊』と答えたのは、抱き締める力が鬼灯を離したくないと言っているようで、不思議と彼を信じてみようと思えたからだ。

“どうか、白澤様との婚姻を認めて下さい”

“僕は、鬼灯とずっと一緒に生きていきたい。お願いします”

二人で天帝と西王母、そして見合い相手の男に頭を下げる。最初に口を開いたのは西王母だった。

「私は、構いませんよ。こんな馬鹿息子で良ければ、貰ってやって下さい」

“鬼灯殿にはもっと相応しい男がいると思うのだかな。仕方あるまい”

西王母は日本語で優しげに、天帝は中国語で残念そうに言った。

“残念ですが、僕の出る幕はなさそうですね”

“せっかく来て下さったのに、申し訳ありません”

見合い相手には悪い事をしたと思う。鬼灯は深く頭を下げた。

“いいえ、貴方の美しい姿が見れただけでも得をした気分です。お気になさらず”

にこやかに対応され、ますます頭が下がる思いだ。

 

 

天帝、西王母、見合い相手が帰り、店にいるのは閻魔大王と鬼灯、そして白澤の三人となった。

「閻魔大王、お騒がせして申し訳ありません」

「いきなりで吃驚したよ~」

白澤が頭を下げる。

「本当にすいませんでした。こんなに騒がせたうえで厚かましいとは分かっています。ですが言わせて下さい。鬼灯との結婚を、許してくれませんか」

頭を下げながら言う白澤を見、大王はガリガリと頭を掻く。

「…信じて良いのかい?」

「信じさせます」

しっかりした物言いに、大王は僅かばかり目を見張った。

「鬼灯君はそれで良いの?」

「はい。私も、白澤さんの傍にありたいです」

白澤の隣で頭を下げる鬼灯を見、閻魔大王はなんだか嬉しくなった。

「鬼灯君が幸せなら、僕は何も文句はないよ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、閻魔大王」

こうして、白澤と鬼灯は晴れて婚約者となった。この知らせを受けた桃太郎は大変喜び、しかし師匠からの惚気に辟易する事になるのだが、今は誰も知らない。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択