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紺野夢叶 短編小説【ジーニアス・オン・ア・ジーニアス!】3

坂学園☆初等部の短編小説です。

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http://www.sakutyuu.com/

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2014-10-28 20:17:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:919   閲覧ユーザー数:919

夢叶の頭をよぎったのは昨日学校から帰った時のことだった。

 

「ただいま」

 

「おおー。夢叶。あー、お帰りー」

 

 満面の幸せ顔で、父は夢叶を迎えこう言った。

 

「今日のご飯はー、カレー。カレーだよー」

 

「へえ」

 

「しかもねー。今日はなんとー。肉入りなんだよー!」

 

「肉」

 

「鶏ムネ肉!」

 

「だと思った……」

 

「じゃあ夢叶、よろしくねー!」

 

 夢叶は、小学校でくたびれた身体を引き摺って台所に立った。冷蔵庫を開ける。父、兄、夢叶の三人前の鶏肉が袋に入っている。三人前で150g。袋に書かれた二桁で済んでいる価格表記が物悲しい。

 

 冷蔵庫から取り出したムネ肉は、常温に戻すまでの三十分間、油とマヨネーズに漬けておく。これでまるでモモ肉のようなジューシーさを再現出来るのだ。残りの具材は、玉ねぎのみ。玉ねぎは業務用の箱のものを取り寄せている。

 

 夢叶一家の主食は外国産の米と玉ねぎだ。玉ねぎは何にでも合う。何でも大体美味しくしてくれる。先のマヨネーズ漬け込み作戦と、玉ねぎ様々の食生活。そう夢叶は、家族全員の家事を受け持っている。学び舎で疲れた身体は、家に着いても休まることが無い。

 

 夢叶の母は、既に他界していた。美人で気立てが良く、良識があって何でもソツなくこなすタイプだ。夢叶と良く似ている。そしてとても面倒見が良かった。故にか、付き合う男は大概だめんずだった。夢叶は母の教え、家事をしっかりと継ぎ、父というだめんずを心身と共に支えているのである。

 

 夢叶はてきぱきと家事をこなし、家中がカレーのおいしそうな薫りに包まれる。すると、「ユメカァ!」という奇声を引っ提げて、兄が階段を駆け下りてくる。こぢんまりとしたリビングに、満面の笑みの父と兄と、仏頂面の夢叶。そして、写真の向こうで笑顔を見せる、母の姿が並んだ。

 

「いただきます」

 

「おおお!! マジで!? 肉!? マジで!?」

 

 水っぽくて、どことなく薄色のカレーをにこにこと頬張る家族たち。

 

 夢叶は一人黙々と、お手製のカレーを口に運んだ。

 

「今日は売れたの?」

 

「今日はねえー。お客さんが、一人も来なかったよー」

 

「最悪」

 

「そうそうー、最悪なんだよー。ねー」

 

「ウケる」

 

 父と兄は、顔を見合わせて笑った。

 

「笑えないから」

 

 夢叶は、父と兄を交互に睨み付けた。

 

「……正直、アタシが居なかったら」

 

「んー。家が無くなっちゃてるー?」

 

「超ウケる」

 

「ウケないから!!」

 

 夢叶はテーブルを乱暴に叩いた。

 

 夢叶の実家は、桜坂学園からは一時間近く離れた駅の外れの寂れた商店街の一角にて、とびきり物悲しく佇んでいるふとん屋、紺野ふとん店だ。

 

 桜坂学園は、天下のお嬢様学園だ。そこに夢叶がなぜ通えているのか、それは、奨学金制度によるものだ。夢叶は、その学力・運動神経を評価され、推薦のようなものを獲得している、のだが、それでも家庭の貧困状況から、学校に通わせることは見送られる予定だった。初春の候、夢叶がまだ六歳になりたての頃である。学園の事務員が、紺野家に、奨学金を断る電話を入れたときのこと。「え、奨学金は駄目ですか?」と、電話口で圧されている父から受話器を奪い「んなら、学校行事とかで布団が必要な時、ウチが! 格安で! 布団を! 貸しますから!!」と熱弁をしたのは、他ならぬ夢叶だった。六歳になりたての、夢叶だった。これにより、家としては大口の取引が成立し、夢叶は無事に学校に通えているのだった。


 
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