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とある 上条コーポレーション

上条さんと操祈さんの新生活について。
超電磁砲10巻を参照に

2014-10-06 18:15:56 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:2606   閲覧ユーザー数:2528

とある 上条コーポレーション

 

「操祈、そっちの方は片付いたか?」

 闇の奥から青年の声が聞こえてきた。その声を聞くだけで胸に高揚感が湧いてくる。

「制圧完了バッチリよ、ア・ナ・タ♪」

 年齢よりも成熟した体を持つ少女はブロンドの髪についた埃を払い落としながら元気に返答する。

 操祈は返事をしながら能力を駆使して敵の残存勢力がいないか探っている。より正確には彼女が精神支配し支配下に置いた警備部隊に異常がないか探らせている。

 異常は見当たらない。元々、拳銃を所持しているのが1人で後は警棒のみというザル警備システムの研究所だった。能力者が渦巻く学園都市の基準で言えば無警備にも等しい。

 能力者であれば小学生にも制圧できる研究所だけあって、乗っ取ってしまうのは簡単だった。だが、制圧が簡単な分、得るものも少なかった。

わかったことは、操祈の宿敵にからかわれているということだけ。腹の立つ成果だった。

「後2分で電源が復旧するように仕組んできた。サッサとずらかろうぜ」

 つんつん頭が特徴の地味めの灰色のスーツを着た青年が操祈の元へと駆け戻ってきた。非常灯の微かな明かりの元で再会を果たす2人。

「会いたかったわ~ダーリ~~ン♪」

 操祈は大げさなほどの感動を体を揺らす身振りで示すと青年へと抱きついた。そのまま目を閉じてキスをねだるポーズを取る。

「操祈……ちょっとマズいって。もうすぐ電源が戻るって言ったろ」

「当麻さんがキスしてくれるまでここを動かないんだゾ♪」

「…………仕方ないな」

 青年、上条当麻はこれ以上の問答を諦めて操祈の肩に手を乗せる。

「愛してるって言って」

「注文多いな」

「私はあなたの奥さんなんだもん。当然の権利なんだゾ」

 当麻の口から小さく息が漏れ出る。電源が復旧するまでもう時間もない。無駄口を叩いている暇はなかった。

「愛してるよ……操祈」

 愛の言葉を囁きながら当麻の唇が操祈の唇へと重なってきた。至福のひと時。

「いくら入籍済みの夫婦だからと言って作戦中にイチャつくのは止めていただけませんか? と、ミサカは恨みがましい視線をバカップルにぶつけます」

「まったくですわ」

 操祈の左右から2人の少女の声が聞こえてきた。至福の時の終わり。だが、予定通りの時間に2人が戻ってきたことの方が重要だった。

「みんな集まったわね。それじゃあ、撤収よぉ~~ん♪」

 目を開けた操祈は当麻の手を握ったまま早速走り出す。

 運動音痴な操祈の足は走っているのか歩いているのかよくわからない速度しか出ない。

 操祈の後ろにはデレデレした表情の当麻が続いている。恋人同士の傍目には恥ずかしい追いかけっこにしか見えない。

「とても理不尽なものを感じます。と、ミサカはため息を吐きながら嘆きます」

「仕方ありませんわ。せめて操祈さんにはもっと筋トレでもして欲しいですが……」

 御坂妹と縦ロールは揃って拳銃を下ろしながら大きなため息を吐き出した。

 

 

 

 襲撃を終えた翌朝。上条操祈は普段通りの6時に目を覚ました。

 目を開けて周囲を見回すと隣に先日入籍を果たしたばかりの夫の寝姿があった。

「クスッ。おはよ、ダーリン♪」

 当麻が隣にいることが嬉しくて誇らしくて寝顔にそっとキスをする。それから夫を起こさないように注意を払いながらベッドを降りる。

 操祈は何も身にまとっていないままシャワールームへと入っていく。朝食の準備をする前にシャワーというのが彼女の好む日課だった。

 シャワーを浴び終え当麻のワイシャツ&エプロン仕様となった操祈は早速朝食の準備に取り掛かる。

 先日17歳の誕生日を迎えた際に強くおねだりして入籍を果たした新妻は朝食作りに意欲を燃やしている。料理上手な夫の腕前を超えたいと密かな野望に燃えている。けれど、料理店の開業を目指している夫の腕前に追いつくのはなかなかに道が険しい。

 冷蔵庫の中身を確認しながら今日はスクランブルエッグとマッシュポテトサラダとポタージュスープにしようと献立を決める。冷蔵庫の中に緑色の野菜がないことに自身に減点を出しながら手をテキパキと動かしていく。メニューが決まってしまえば後は早かった。

 

「おはよう……操祈」

 朝食の準備がほぼ完了した段階で当麻が起きてきた。残る過程は皿に綺麗に盛ってテーブルに運ぶのみ。

「おはよう、ダーリン♪」

 愛する夫に笑顔で振り返る。ちなみにエプロンは外してワイシャツ仕様となっている。

「ご飯にする? 私にする? それともワ・タ・シ?」

 熱っぽい視線を当麻に向けながらいつもの問いを尋ねる。

 ちなみにこの問いに対して『ワ・タ・シ』と答えられてしまうと朝食の時間が遅れる。

 当麻は真剣な表情で操祈……ではなく彼女が作った料理を見つめる。その瞳は料理審査員そのもの。

そして、判定の時を迎えた。

「操祈の手料理は冷めても美味しそうだから……操祈を先にごちそうになりたいな」

 当麻は合格点を出した。

「うん……良かった♪」

 操祈は安心しながら当麻の胸へと飛び込んでいく。

 ちなみに、料理の出来が一定水準に達していない場合は『ご飯』が選ばれる。

 理由は冷めるとより味が落ちてしまうから。

だから、出来が良いと冷めても十分に美味しいので『ワ・タ・シ』が選ばれる。

 美味しいものならすぐに食べろよという声が届きそうだが、そこは新婚のバカップルゆえに理屈が通らない。

「今日は朝からスゴいごちそうだな」

「ダーリンのエッチ♪」

 バカップルが互いの愛を堪能したせいで朝食は遅れることになった。

 

 

 

 

「毎度毎度朝食の時間ぐらい守れないのですか? と、ミサカは不満を視線に圧縮して軽蔑の眼差しを送ります」

「朝食は別々に摂りませんか? その方が色々な意味で良いと思うのですが」

 4人掛けのテーブル席。操祈の向かい側に座る2人の少女から非難の視線が飛んで止まない。今日もまた朝食の予定時刻を軽くオーバーしてしまっている。その理由が何であるのか2人はとてもよく理解している。不満が募らないわけがなかった。

「私たちは4人でチームなんだし、食事は出来る限り一緒にしたいんだゾ♪」

 ぶりっ子ポーズを取って可愛らしさを演出するものの、御坂妹と縦ロールの不満の色は和らがない。

「朝から盛ってチームの和を乱している方に言われたくありません。と、ミサカは自分が正妻になれなかった悔しさを噛み締めながら軽蔑の視線を送り続けます」

 特に御坂妹が操祈に送ってくる視線が厳しい。

「上条さまも上条さまです。女王……操祈さんの言いなりになるばかりではなくちゃんと躾けてください。貴方は操祈さんの夫なのですから」

「躾けるって…………いや、スンマセン」

 当麻は縦ロールに向かって何度も頭を下げている。操祈の補佐を学校を卒業した後も続けてきた者に物足りなさを感じられているに違いなかった。

「まっ、まあ。まずは食事にしましょう」

 操祈は必死に取りなす。怒られるのは好きじゃない。自分に優しい17歳クオリティー。

「そうですね。会社業務に遅れが生じるのは不本意ですので食事にしましょう。と、ミサカは大人な態度を見せます」

「食事に罪はありませんものね。いただきましょう」

 2人が不満を収めたことでようやく食事となった。

 

 現在4人がいるのは当麻と操祈が住んでいるマンション6階の1室。その隣の部屋は縦ロールと御坂妹が契約して住んでいる。更にこのフロアにあるもう4つの部屋を借りきって他の妹達を12名雇い入れて住まわせ、交代でこのマンションの内外を警備させている。

 堅固な要塞というわけではないがそれなりの迎撃体制を整えている。それが現状の操祈の構えだった。

「そういや、昨日の襲撃は何かニュースになったか?」

 食事をしながら当麻が尋ねる。

「まっさかぁ~。そんなドジしてないわよ。証拠は何も残してないんだし」

 操祈がトーストを手に持ったまま何でもない風に答える。

「報道されれば何を研究していたのか嗅ぎ回れてしまいますからね。異変に気付いたところで騒ぎ回るような真似はしないでしょうし、ましてマスコミを呼び寄せるような真似はしないでしょう」

 縦ロールは優雅にナプキンで口元を拭きながら説明を追加する。

「何より、何の成果も出していない研究所でしたからね。報道する気にもなれないでしょう。と、ミサカは昨夜の徒労を嘆きます」

 御坂妹は小さく肩を回して疲労感をアピールしてみせた。

「あの程度の研究所じゃ、データと研究方法論を教えてもらっても活用はできないと。それが唯一の収穫よね」

 操祈は昨日の戦果を改めて述べる。

「あの計算高いジィさんは、わたしたちが出て行ったことをどっかで喜んでいるんでしょうけど」

 ただの徒労ではなく、仕組まれた徒労であるに違いないことで操祈の苛立ちがより募る。

「けど、そんな成果が出せなそうな研究所に研究を依頼するようじゃ、もう研究をしてくれそうな機関がないってことだろ。俺たちのやってきたことに成果が出たってことじゃないのか?」

 当麻は操祈を慰める。けれど操祈の不安は拭い取れない。

「だったらいいけど……そう思わせておいて学園都市の外の研究所や、自分の子飼いを使って秘密研究所とかで研究を続けている気がするわぁ」

 将棋やチェスの先読みの如くして相手の何十手先を読んでいく。読み合いは操祈の十八番。けれど、どこまで行っても安全と呼べる地点が見えてこない。心理戦の天才であるはずの操祈をして読み合い勝負はしたくない相手だった。

「しかも、あのジィさんは1つのプロジェクトを他のプロジェクトとくっつけて美味しいとこ取りするのが大好きだから……この研究も何に繋げるつもりなのやらさっぱりよ」

 相手の厄介な点は読み合いに長けているばかりではない。将棋で勝負していたはずがいつの間にか碁に変わっている。かと思ったら今度はカードになっている。そんな風にいつの間にかフィールドが変わってしまう。

 粘着質な偏執を見せながらも一方でアッサリ切り捨てる。そして他のフィールドへと移ってしまう。それでいながらにして新しいフィールドではそれまで得た成果を活かしている。操祈が相手にしている人物は切り替えの早さと再利用に関して彼女を遥かに上回る才を持っていることを認めないわけには行かない。

「極めつけに、あのジィさんはSAN値の低いマッド・サイエンティストだから……一番の核の部分が狂気に染まっていて行動原理がサッパリなのよねえ」

 かつて操祈が戦った時のこと。かの老人はとある実験観測のために学園都市もろとも自分が消えてしまうことに何の躊躇も見せなかった。彼の求める真理の探求のためならば数百万の犠牲も己の生死も一切厭わない。故にその老人には常人に存在するはずの思考・行動パターンのリミッターという考え方が当てはまらない。

 そしてその老人が求める真理なるものは操祈にさえまるで理解できない。あまりにも混沌としていて、操祈から言わせれば原初的な概念にすらなっていない。それをかの老人は学園都市が何よりも追求すべきものと呼ぶ。

操祈は幾重にも練った作戦と強運をもって老人を倒し、彼の頭の中を覗いたことがあった。だが、すぐに止めた。もう少し長い時間覗けば脳を汚染されそうだった。結局老人に対する解析は諦めるしかなかった。

「あの時、廃人になってくれて終わりだったら良かったのに……体のパーツを自由に取り替えちゃうようなジィさんだもの。頭のスペアだけはないはずなんて思い込んだのは馬鹿だったわ」

 操祈の口から大きなため息が漏れ出る。もし、かの老人の頭脳が完璧に移植されていたら。それはもう疑いようのない事実なのだが。操祈は終わらないイタチごっこに付き合わなくてはならない。

 一度、おそらくは彼のオリジナルと呼べる存在を撃退するのに大きな損失を被った。長い年月を掛けて構築してきたエクステリアを失う羽目になった。

 その老人が頭脳の全てを幾らでもコピーできるとしたら? 

 レベル5第1位及び第3位に関わる全ての実験が実は自分の複製品を完璧に作り上げるための試行錯誤を学園都市に代行させたものだったら? 

 そう考えると幾らでも辻褄があってしまうことを操祈はハッキリと感じている。それはすなわち、個体として生きていようがいまいが、かの老人はこの学園都市を覆う極めて悪質な概念になったことを意味する。マッド・サイエンティストの支配する街。それが操祈から見た今の学園都市だった。

「まっ、木原幻生の影に怯え過ぎると日常生活も楽しめなくなるからな。操祈は少し肩の力を抜け」

 木原幻生の名前が出たことで操祈の緊張感が高まる。けれど、当麻に肩に手を置かれて慰められたことで心が和らぐ。

「そうね。ヨボヨボのおじいちゃんで頭をいっぱいにするよりダーリンへの愛力で頭をいっぱいにしたいわぁ♪」

 当麻の頬にそっとキスをする。

「心配しなくても貴方の頭はいつでも桃色でいっぱいです。と、ミサカは白い視線を送りながら色ボケ女の不安を払拭します」

「今朝の朝食が何で遅くなったのかもうお忘れになったのですか?」

 操祈の向かいに座る2人の少女はとても白い目で見ている。

「…………ごめんなさい」

 昔女王と呼ばれていた少女はその面影なく深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日の業務を始めるとするか」

 同じマンションの2Fのオフィスフロア。有限会社上条コーポレーションの社長である当麻は社員たちに向かって号令を掛けた。

「社長秘書、本日の進行表はどうなっていますか? と、ミサカは会社の真の経営者が誰であるのか再認識すべく操祈社長秘書を見ます」

「それなら縦ロールちゃんが作ってくれてるわよぉ」

「昨日お話した通りで大きな変更はありません」

 御坂妹も縦ロールも社長秘書という役職になっている操祈の方を見ている。社長であるはずの当麻を相手にしていない。

「あの……上条さんも何かできることはないでしょうか?」

 寂しくなった当麻が声を発する。

「社長がコンピューターに触れると原因不明のエラーが多発するので絶対に止めてください。と、ミサカは仕事が増えることを懸念します」

「いつものようにビル掃除でもしていてください」

「………………はい」

 当麻は哀愁を漂わせながらひとり寂しく廊下へと出て行く。会社業務においてろくにパソコンも扱えない当麻に割り当てられる仕事は清掃業のみ。

 本来であれば上条コーポレーションの社長も操祈が就任していれば実態に即していた。

『社長より社長秘書って役職の方がエッチな響きがしていいんだゾ♪』

 操祈の一言により社長は当麻に決まったという経緯を持つ。当麻は最初から完璧なお飾り社長だった。けれど、会社の指揮系統は操祈を頂点とする了解が全社員に取れているので全く問題はなかった。

 

 有限会社上条コーポレーションは表向きは教育系、脳トレ系ゲームを開発・販売している。学園都市最強の精神能力者である操祈が監修している知的発達を目的としたゲームということから評判・売上額共に上々。操祈たち4人チーム、及び雇い入れている妹達の生活費を潤沢に稼ぎ出している。

 仕事は主に操祈の指示の下に縦ロールが具体的な商品の立案・計画を立て、御坂妹が雇い入れている他の妹達に指示を出してプログラムを組み上げていく。人出が足りない場合には初春飾利や他のプログラマーに外注する場合もある。

 操祈が自前で生活費・活動費を得るために立ち上げた会社であり、会社の業績を大きく伸ばすことには重きが置かれていない。そのため正社員は社長の当麻以下4名しかおらず、形態も有限会社を維持したまま。

 だが、それは表の話。上条コーポレーションには裏があった。

「この間放ったネズミさんの様子はどう?」

「まあ、予想通りです。狙いを付けていたA研究所とB研究所及びC社は相互に情報交換を行っています。と、ミサカは予測されていた結果を述べます」

「情報交換の密度は?」

「これも予想の範囲内です。機密ランクの低い情報の交換で互いに義理は果たしているというところでしょうか。と、ミサカはまたも予測された結果を述べます」

「つまりエクステリア及びその関連研究を進める気もなければ諦める気もないってことね」

「そう考えるのが妥当でしょうね。と、ミサカはつまらない結果にため息を吐き出します」

 上条コーポレーションの裏の顔。それは様々なダミー会社を運営し、エクステリア関連の偽研究成果を研究施設や会社及び個人などに販売している。どのような団体や個人がエクステリアを欲しがっているのか、及びその研究進度を探るために。現在誰がどこでどのように研究しているのか把握できるようにマーキングを付けて。

「現状私たちが把握している研究所及び企業の研究深度は脅威の域には達していません。しばらく放っておいても良いかと」

「そうね。少なくとも私たちに見える範囲ではそうと結論できるわね」

 操祈は縦ロールの意見に頷いてみせた。

 操祈がエクステリア関連の研究を妨害する理由。それは、この研究が誰でも簡単に他人の脳を支配できるようになってしまう危険な世の中になってしまうからだった。

 木原幻生と戦った時、その過程でエクステリアが乗っ取られてしまう事態が起きた。学園都市最強の精神能力者であるはずの操祈さえも操られた。呼吸ができなくなり危うく死に掛けた。

 エクステリアの関連研究が進むとは、そのような事態が全世界で日常的に起きてしまうことを意味する。それは世界の破滅を意味することに他ならない。

 稼働中だったエクステリアを犠牲に木原幻生を退けた後、操祈は早めに手を打った。研究データを消し、関連研究者から研究の記憶を完全に削除した。更にダミーのデータを大量にばら撒いたことで各研究機関を混乱させた。操祈の努力は功を奏して現在までのところ、自在に人間を操る装置は開発されていない。

 だが、操祈は安心してはいない。短時間だったとはいえ、エクステリアを幻生に乗っ取られてしまった事実には変わりがない。あの鋭い老人がエクステリアの構造を把握していないとは思えない。ゆえに警戒の手も緩めることもできない。

「お~い。ソフト開発の依頼をしたいっていうお客さんを連れてきたぞぉ~っ」

 社長である当麻が直接顧客を連れて来たので操祈は悩むのを辞めることにした。

 

 

 

 

「やあ。僕の名前は富竹。見ての通りの筋肉さ」

 当麻が連れて来た顧客はやたら筋肉を誇示する30代のメガネスーツ男だった。背広の上からでも筋肉質であることがそのスーツの引っ張られ具合からわかる。今にも破けてしまいそう。運痴で運動嫌いの操祈としては苦手なタイプの男だった。

「どうぞ。お茶です」

「ありがとう。助かるよ」

 社長自らお茶を出し、ソファーに座る操祈の後ろに立つ。上条コーポレーションでは社長とは清掃係でありお茶汲み掛かりを意味していた。

「それで、我が社にどんなソフトの開発力をお望みで?」

 お茶を飲み終えた富竹は胸の筋肉をプルプル震わせながら答えた。

「筋トレをせずにはいられなくなるゲームを作って欲しいね」

 ビルダースマイルを向けられて操祈は露骨に顔を歪めた。

「筋トレをしたくなるゲーム、ですか……?」

「そうだよ」

 富竹は爽やかな声で頷いてみせる。

「学園都市の若者たちは能力に頼って自分の筋肉へのリスペクトが欠けている。今こそ、筋肉で全てを解決する古き良き時代に戻るべきだと思うんだ」

「えーと……」

 操祈は助けを求めるように後ろに立つ夫兼社長を見る。その夫は……とてもキラキラした瞳で富竹を見ていた。

「そうですよね。時代は筋肉ですよねっ!」

「おおっ。君もわかるかっ!」

「あの……ちょっと……ダーリン?」

 操祈の懸念を他所に当麻は瞳を輝かせ続ける。

「何でも能力を使って便利に解決しようとするこの学園都市の風潮がおかしいって俺も思っていたところなんですよ。無能力者も、能力がないっていじけるよりもまずは体を鍛えろって」

 レベル0ゆえの葛藤を当麻は熱く訴える。

「やはり筋肉は一番だよね。うん。君の意見で確信した。やはりこの都市こそ筋肉で溢れるべきだと」

 当麻が凛々しい表情で操祈へと顔を向ける。

「操祈。富竹さんの希望を叶えて差し上げなさい」

「……………………はい」

 それは当麻が社長として出した初めての命令だった。操祈としては積極的に断りたい仕事だったが、形の上では社長である当麻に逆らうこともしなかった。

「それで、どんなジャンルのゲームにしますか?」

 当麻が積極的に話を進めている。

「ミステリーサウンドノベルモノなんていいんじゃないかな?」

「殺人事件を推理しながら筋トレ。いいですねえ。で、具体的にはアイディアはありますか?」

 操祈には男2人の会話がよく理解できない。再び助けを求めるように縦ロールと御坂妹を見る。だが、2人の正社員は殊更忙しそうにタイピングを続けており操祈の方を見ようとしない。操祈は孤独を噛み締めている。

「人口2000名程度の寒村で、毎年夏祭りの頃になると1人が死に、1人が行方不明になる連続怪死事件が何年も連続で続いている。その不思議な事件に東京から引っ越してた少年が巻き込まれていくなんて物語はどうだろう?」

「いいですねえ。富竹さんも事件を解決する側で作中に出演なんてどうですか?」

「いやいやいや。僕は連続怪死事件に巻き込まれて死んでしまう被害者側で十分だよ」

 話はどんどん進展していく。理解したくない操祈はどんどん心を閉ざしていくしかない。

「実は、ストーリー自体は知り合いに頼んでもう書いてもらっていてね。この『筋肉のなく頃に』という話を使ってもらいたいんだ。イラストも発注済みでね明日には送られてくるよ」

「わかりました。では、ゲーム自体は富竹さんが作っているものを基盤に据えて、我が社は筋トレがしたくなる付加価値を付けるという形で受けたまりたいと思います」

 操祈が何も言わない間に商談がまとまっていく。

 縦ロールがソファー前へとやってきた。このやりたくない仕事を断ち切ってくれるかもしれない。操祈の胸に微かな希望が生じる。

「お話は伺いました。それで、いつまでの期日に納入をご希望でしょうか?」

 縦ロールが目を輝かせ電卓を持ってきたのを見て操祈はより寂しくなった。

「実は9月14日は僕の誕生日でね。その日に合わせて、せめて試作版だけでも受け取りたいなあ」

「9月14日ですか? そうすると約半月しか時間はありませんので、超特急料金になります。具体的には期日までに試作版ゲームをBD300枚でお渡しするプランはこのようなお値段になっています」 

 縦ロールが電卓を高速で叩いて料金プランを示す。操祈の目にもその数字が入り込む。確かに特急プランではあるものの、更に2割増しの料金になっている。

「うん。学園都市が筋肉で満たされる夢のための第一歩だ。全然構わないよ」

 富竹はビルダースマイルで頷いてみせた。この瞬間、操祈の意志とは関係なくこの仕事を引き受けることが決まった。

「10月3日はトミーの日。10月31日はトミィの日。10月31日までには完成品を市場に出回らせたいなあ」

「でしたら、このお値段になります」

 電卓を叩くリズミカルな音がオフィスフロアに流れる。

「お仕事って大変よねえ……」

 操祈はそんな当たり前のことを思い出しながら天井をボンヤリと眺めていた。

 

 

 

 

「新作ゲームの発表会に合わせて、今度はこっちから仕掛けてみようかなって思うんだゾ」

 富竹との商談も順調にまとまったその日の夜。オフィスに出前を注文し、妹達も含めて夕飯を取っている席で操祈はウィンクしながら計画を打ち明けた。

「仕掛けるとは?」

 パスタをフォークに絡めながら縦ロールが尋ね直す。操祈はいつも通りに可愛いポーズを取りながら答えてみせた。

「私に関する重大発表をするって触れ回り力を発揮してエクステリア関連の研究者たちを巣穴から引き摺り出せたらなって思うの」

「重大発表とは?」

「私がぁ当麻さんと入籍したことなんだゾ♪」

「無茶苦茶ですが操祈さんらしい作戦ではありますね」

 縦ロールはフォークを置いて大きくため息を吐き出した。

「ついでにサプライズ結婚式もしちゃいたいんだゾ♪ ねっ、いいでしょダーリン♪」

 操祈は隣にいる当麻に抱きついた。

「確かに俺たちはまだ結婚式を挙げてないもんなあ」

 デレデレした表情を見せる当麻。イチャつくバカップル。

「でしょでしょ。だ~か~ら~、9月14日には新作ゲーム発表会と一緒にサプライズ結婚式をしましょ♪」

「そうだな。操祈がやりたいって言うなら結婚式するのもいいよな」

「大好きよ当麻さ~~ん♪」

 操祈は当麻をギュッと抱きしめながらキスをした。

「このバカップルが。と、ミサカは乱暴にフォークをテーブルに置きます」

 御坂妹もまたフォークを置きながら大きくため息を吐いた。上条コーポレーションでは社長夫婦のイチャつきプレイを見学しないといけない重労働がついて回る。

「操祈さんの言う通り、重大発表があると触れ回ればエクステリア関連だけでなく様々な研究機関の関係者の関心を集めることができましょう。もしかすると木原幻生への端緒も探れるかもしれません」

「でしょでしょ♪」

 縦ロールは眉間にシワを寄せながら今後の危惧を口にする。

「ですが、上条さんとの婚姻報告及び結婚式であることを嗅ぎ取られると、関係ない参加者で溢れてしまうのではないでしょうか? 例えば女王派閥に属していた常盤台の卒業生とか」

「同窓会みたいで楽しくていいんじゃな~い♪」

 操祈は縦ロールの危惧を気にしない。

「上条さんに恋慕していた女性たちが逆上して何が起きるかわかりませんよ。と、ミサカはNice Boatな展開を危惧しながら忠告します」

「恋のライバルたちに勝利宣言する良い機会なんだゾ♪」

 操祈は御坂妹の危惧も気にしなかった。当麻はブルブル震えていたが。

「研究と関連ない人間が大勢入ってきた方がいいのよ。その方がネズミさんも気が大きくなって紛れ込み易いでしょ」

 操祈は瞬間的に鋭利な瞳をして返答してみせた。

「結婚式をお祝いに来てくれた子たちも利用するですか?」

「結婚式を祝ってもらうのと、ネズミをマークするのを両方一緒にやるだけよ♪」

 学園都市最強の能力者だからこそ見せる自信。実際操祈の力は既にレベル5の称号を得ていた中学生のころと比べても遥かに強力になっている。現在の操祈なら会場に数百人の人間がいようと思考を自由自在に読み取り操れる。もっとも最近の操祈は必要以上に能力を発動しないように自己抑制を掛けており、滅多なことでは能力を使わないが。

「まあ、操祈さんが乗り気だというのなら私が止める理由はありません」

「以下同文です。と、ミサカは当日の警備計画を練りながら了承します」

 縦ロールと御坂妹は操祈のやる気を見て彼女の提案を受け入れた。操祈は小さく頷いてから当麻を再び見る。

「富竹さんの新作発表会をちゃんとやるっていう条件でなら俺は賛成だよ」

 当麻は大きく頷いてみせた。

「もちろん、お仕事はちゃんとするわ♪」

「なら、結婚式やろうぜ。俺もみんなに操祈との仲をちゃんと報告したいし」

 こうして新作ゲーム発表会の日に合わせて操祈と当麻のサプライズ結婚式が開かれることになった。

 

 

 

 

 ゲーム新作発表会とサプライズ結婚式を翌日に控えた9月13日の夜。

 普段より多くの妹達を雇い入れ、更に一部のプログラムを初春たちに外注したこと。操祈の結婚式を控え社員たちの士気が高かったことなどが理由となって試作品の完成は予想よりも早く済んだ。徹夜という事態に陥ることもなく、社員たちは明日に向けて英気を養っている。

 操祈と当麻もまた普段より早い時間にベッドに入っていた。

「結婚式を明日に控えた男女はマリッジブルーに陥りやすいって言うけどぉ、当麻さんはどう?」

 黄色を基調とした可愛らしさを感じさせるパジャマを着た操祈がすぐ横に寝ている当麻に尋ねた。

「マリッジブルーって結婚前に掛かるもんだろ。俺たちの場合、結婚式をしてなかっただけでもう結婚自体はしちゃってるからなあ。無縁なんじゃないか」

「そうなのよねぇ。私はもう2ヶ月以上前から上条操祈なんだもの。今さら結婚前の不安力に押し潰されるわけはないわよねぇ」

 操祈はクスクスと笑ってみせた。

「でもぉ、御坂さんやインデックスちゃんに会うとなったら当麻さんも気が重くなるんじゃないの?」

 かつてしのぎを削った恋のライバルの存在を挙げてみる。当麻は僅かに操祈から目線を逸らした。

「本当に会うことになるんなら、確かに微妙な空気になる可能性はあるさ。でも、サプライズの結婚式だからな。正式に呼ばれでもしない限り、あいつらは来ないだろ」

「そうね。御坂さんやインデックスちゃんはそういう子じゃなかったわね。いい子だもの」

 操祈は自分で話を振っておきながら胸が詰まってしまっていることに気が付いた。

 

 中学時代の操祈は当麻を巡る恋のライバルたちとの争いで抜きん出た存在ではなかった。

 当麻と同居しているインデックスが正妻に最も近く、学園都市の内外で一緒に行動することが多い美琴が次に妻の座に近いと内々では考えられていた。

 操祈の場合、木原幻生との直接対決の後、学園都市しいては世界を守るために彼の幻影と戦うことを決意して当麻争奪戦からは引き気味だった。

 ところが木原幻生との対立の後、当麻もまた危機意識を高めていた。対立の最中、当麻は一時的に操祈によって思考への介入を受けたことがあった。操祈からは一切害意や悪意を感じなかった。けれど、もし脳への介入が悪人により悪質な方向で行われていたら?

 当麻の危機意識と操祈の決意は同調を見て本人たちも知らない間に同じ方を向いていた。

 操祈は常盤台中学を卒業するに当たって形だけの高校進学もしなかった。幻生との戦いに全力を尽くすことにした。そんな彼女の生き方に共感したのが当麻であり、操祈に恩義を感じていた縦ロールと御坂妹だった。

 それから操祈と当麻は多くの時を共に過ごすようになった。そんな男女2人が“親しく”“特別な関係”になっていったのは当たり前のことだったのかもしれない。少なくとも操祈は中学生の時からずっと当麻を好いていたのだから。

 こうして操祈は当麻争奪戦において意外な形で勝利者となった。そしてそれは同時に、当麻に恋焦がれていた他の少女たちから見れば肩透かしを食らったような終戦でもあった。

 

「インデックスたちにはまた改めて俺の方から報告し直すよ。前は、入籍しましたっていうハガキをいきなり送っちまったしな」

当麻が天井を見上げながら右手を伸ばす。

「当麻さんが説明してくれるのは嬉しいけど……そのまま浮気なんて展開は嫌なんだゾ」

 当麻の胸に顔を埋める。当麻が浮気するなんて欠片も思っていない。けれど、心が苦しくてつまらないことを付け足したくなった。

「インデックスたちにそんな軽い気持ちで接するなんて俺にはできねぇよ」

「そうね」

 当麻とインデックスたちの間には今でも固い絆が存在する。それを感じて操祈は安心し、同時に少し寂しくなった。

「私は御坂さんたちから当麻さんを盗っちゃったのよね」

「……俺が学園都市のアイドル操祈をみんなから盗ったんだよ」

 当麻の声は少しだけ荒っぽかった。

「俺の記憶では、俺たちが付き合うことになったのは俺が告白したからだったと思うんだが?」

「私の記憶でもそうなっているわ」

「実は常盤台を卒業するまでキスしたことなかった操祈の唇を半ば強引に奪ったのは俺だったと思うんだが」

「そうね。当麻さん、恋愛初心者に結構強引だったわよね」

「初心な操祈ちゃんにそれ以上の色々なことを教えたのも俺だったよな」

「……私はみんな当麻さんの色に染まったのだったわね。この……エッチ」

 赤く染まる操祈を見ながら当麻は満足そうに頷いた。

「だろ。だから、操祈が御坂たちから俺を盗ったなんてことは全然ないんだよ。俺が操祈を選んだんだから」

 当麻は操祈を抱き寄せた。当麻の体温と香りを密着して感じる。

「……マリッジブルーに陥っていたのは私の方だったみたいね」

 操祈は自分の不安をポツリと漏らした。

「本当は俺も陥ってる。俺たちの仲を公表したらどうなるんだろうって不安はある。でも、操祈が不安がっているのなら、俺は操祈を全力で守る」

 当麻が操祈を更に強く抱きしめる。

「……私の王子さまは素敵なナイトさまでもあって頼りになるわ」

 操祈の全身に安堵感が広がっていく。幸福感に包まれていく。

「それじゃあ、明日は早いしもう寝るか」

 当麻の提案。操祈は当麻に対する感謝の心と愛情にイタズラ心をミックスしたくなった。

「はいは~い。今まで当麻さんに習ったことを復習して示してみたいんだゾ」

 操祈は手を挙げながら当麻に馬乗りの姿勢を取る。

「えっと……」

 当麻の視界が近寄ってきた操祈の大きな胸で埋め尽くされる。

「うふ。私の愛を受け取って欲しいんだゾ」

 操祈は胸で当麻の頭を押し潰すようにして抱きついた。

 

 翌朝、寝坊した2人は縦ロールに長いお説教を食らった。

 

 

 

 

 9月14日。ゲーム制作発表会及びサプライズ結婚式当日。

 本日の会場となっている会社近くに立地するビルの中の400名収容のレセプションホール。背後に大きなスクリーンが聳える舞台前には多くの若者たちが集結していた。

「色ボケ馬鹿夫婦が寝坊したおかげで時間が圧していますが本日の予定に変更はありません。お客さまに満足を与え、世界平和に貢献し、そこの色ボケどもを心から祝福いたしましょう」

 縦ロールは全体の音頭を取って本日のスケジュールを話していく。そんな彼女のすぐ目の前には正座して反省させられている操祈と当麻の姿。

「あの~縦ロールちゃ~ん。そろそろ許してくれてもいいんじゃないかな? 私たち、本日の主役なんだけど……」

「時間になったら頑張ってもらいますので、それまで楽に待機していてください」

「楽に待機って……正座が?」

「操祈、逆らうんじゃない。怒りに火を注ぐだけだぞ」

 普段から怒られ慣れている当麻の方がこういう時の対応は上手かった。

「本日の会場の警備計画については私から説明させていただきます。と、ミサカは表情を引き締め少し緊張しながら前に出ます」

 縦ロールに代わって御坂妹が前に立つ。彼女の目の前には同じ顔をした様々な服装と様髪型の少女が50名以上並んでいる。少女たちにはパッと見には同一人物の顔であることがわからないように細工が施されていた。

「会場内の警備A班は20名、会場外の警備B班は20名、もしもの際の緊急待機C班20名による60人体制で警備に当たります。しかし、今日は晴れの日です。各自、拳銃携帯が他の参加者にバレないように隠し持ってください。また、もし重火器の使用が必要な場合には会場外の駐車場にて車上待機しているC班がふた手に分かれ、1分隊は会場制圧に向かい、もう1分隊は他の個体に武装を支給してください」

 御坂妹の話はミサカネットワークを通じて全個体に既に知らされている。従って改めて知らさなくても良いのだが、口にすることで使命感と緊張感を喚起している。

「続いて結婚式の段取りですが……」

 縦ロールの目が正座中の操祈へと向けられる。

「ウェディングドレスは早着替えってわけにはいかないから、発表会が終わったらちょっと縦ロールちゃんに時間を引き伸ばしてもらうわ。後はダーリンと2人で入ってきてご挨拶。後の段取りは縦ロールちゃんに任せるんだぞ」

「要するに全部私任せということですね。わかりました」

 縦ロールは仕方ないという表情で首を縦に振った。操祈の言葉は予め読まれており、有能だった副官は結婚式の段取りを既に準備していた。操祈が口を出してくるのは却って迷惑だった。それがわかっているからこその操祈の放任だった。

「何だかロールちゃんの方が操祈のことをよく知ってるなあ」

「構成員100名近い女王派閥の副官を3年もやってたのよ。私の次の行動を読むのはダーリンより上だと思うわ」

「そっか。操祈の大事な友達だもんな」

「そうよ。今でも操祈ちゃんって呼んでくれないけどね」

「そこ。内緒話するのなら本人に聞こえないようにしてください」

 縦ロールの顔が赤く染まっている。彼女らしからぬ可愛らしい表情に操祈たちの表情に笑みが溢れる。

「それでは上条社長。名目上とはいえ本日のイベントの最高責任者は貴方ですので最後に一言お願いします」

 縦ロールは目で当麻に立って良いと合図を送った。どっちが偉いんだかわからないという仕草を見せながら当麻が立ち上がる。足は痺れていたものの根性を見せた。

 操祈も立ち上がり当麻の隣に立つ。全員の意識が当麻へと集中する。

「木原幻生や他の連中が本当に仕掛けてくるかはわからない。けれど、今日という日を最高のものにするためにみんな全力を尽くして欲しい」

 当麻の挨拶は短いものだった。けれど、実感が篭っていた。

 そしてここにいる者たちは、操祈に惹かれたのと同様に当麻に惹かれた者たちの集まりでもあった。

 社員たちの士気が目に見えて上がっていく。

「当麻さんもこう言っているんだし……みんな、頑張るんだゾ」

 操祈の締めの一言で上条コーポレーションはひとつになった。

 

 

 

 

「このゲームによって君たちもマッスルになれる。そして、僕と一緒に暴走機関車になろう! みんなもこの脳筋ゲーム『筋肉のなく頃に』が製品化した暁には是非プレイしてね」

 ゲームをテストプレイした者たちが次々と腕立て伏せやスクワットを熱心に始める中、スーツ姿のマッチョの爽やかな声がホール内に響き渡る。

 定員400名のホールには満員を超す500名以上の老若男女が詰め掛けていた。その過半数はゲーム制作関係者や操祈の能力に興味を示した研究者たちだった。

 だが、脳筋ゲームの発表会には場違いとも言える年若い少女たちも多数参加していた。中には常盤台の制服を着た少女もいる。操祈の重大発表の中身に勘付いたのはやはり同じ年齢層の少女たちだった。

「しかし、操祈が介入したゲームはスゲェなあ。あのヨボヨボしたジィさんなんて、さっきから一心不乱にスクワットを繰り返してるぜ」

 ホール前方中央の舞台奥の袖では当麻と操祈が妹達の助けを借りながらドレスへと着替えている。当麻たちが認識されない暗示を操祈が会場に掛けながら。

「あのおじいちゃん、本当に無心でトレーニングしているわ。でも、あの年齢の老人にあれだけ効いちゃうとトレーニングのし過ぎで死んじゃうなんて問題が起きるかもしれないわね。製品版が市場に出回るまでに再調整が必要だわ」

 タキシードに着替え終えた当麻の後ろで操祈が真っ白いウェディングドレスに着替えている。ブロンドの髪でスタイルの良い彼女には胸元が大きく開いた大胆なドレスが良く似合っていた。

 当麻が熱心に袖口から会場を覗いているのは操祈の着替えを覗いてしまわないようにという配慮からだった。操祈の着替えを手伝っている3人の妹達個体は昨夜はもっと凄い姿を見ているくせにと思ったが、口には出さなかった。

「それで、今のところ幻生やその部下が会場に入り込んでいるってことはないのか?」

 湧き上がる会場を覗きながら当麻が尋ねる。

「そっちに関してはハズレね。エクステリア研究関連では何人か現れているけど、もう洗脳しちゃってたり、泳がせておけばいいだけの警戒レベルの小者しか来てないわ」

「そっか。なら、結婚式に集中できるな」

 当麻はホッとしていた。結婚式を直前に控え、例え大物が捕縛できたとしても乱闘騒ぎは望んでいなかった。

「あの性悪ジィさんはいつ仕掛けてくるかわからないから油断はできないけど。予定通り結婚式をエンジョイすることはできそうだわ」

「操祈さま。お召し物の準備が全て整いました」

 操祈に付いていた3名の妹達が離れる音が当麻の耳に聞こえてきた。

「当麻さん。こっち向いていいわよ」

 新妻からお呼びが掛かったことで当麻は振り返った。

「………………あっ」

 当麻の予想通りの、いや、予想を遥かに上回る美を湛えた新妻が立っていた。

 当麻は言葉を失い呆然と操祈を見ている。言葉も出なければ近寄って手を取ることもできない。その場に突っ立って見惚れているしかなかった。

「ブロンドでストレートな長髪、圧倒的なプロポーション。美人。大胆なドレス。これだけの要素が揃っているのです。並みの人間では到底この美しさは表現できないでしょう。ですが、ご夫人のウェディングドレス姿を褒めて差し上げるのは紳士の当然の嗜みかと」

「そ、そうだな」

 妹達の1人に諭されて当麻は慌てて新妻の元へと駆け寄っていく。近くで見るほどにより美しさを増していく。

「その…………とても、綺麗だ。俺が今まで見た全てのものの中で一番綺麗だ」

 当麻は己のボキャブラリーの貧困さを心の中で嘆いた。

「今日び小学生でももっと気の利いたことを言いますよ」

 妹達にダメ出しされる。けれど──

「当麻さんに喜んでもらえて。私、幸せよ」

 操祈は頬を染めながら喜んでいる。

「ほんとにほんとに綺麗だ。綺麗だよ、操祈」

「当麻さんもタキシード姿がとてもよく似合ってるわ。さすが私の王子さま」

 互いのドレス姿を褒めながら真っ赤に染まり上がっていく新婚夫婦。

「これがバカップル乙というものですね」

「バカップルに高度な言語表出能力は必要ないと。勉強になりました」

「ミサカネットワークは現在バカップル乙発信で溢れています」

 見つめ合いながら2人だけの世界に没入している当麻たちを妹達が付いて行けないという瞳で見ている。

「ですが、操祈さまがこれだけ美しいなら場内に潜んでいるテロリストたちも蜂起を諦めるのではないでしょうか」

「そうですね。操祈さまレベルの美を体現できる自信ある女性はほとんどいないでしょう」

「テロは美によって未然に塞がれると」

「この状況でもし襲ってくるのなら、操祈さまの美の威光が届きにくい超遠距離射撃です」

「しかし、狙撃ポイントは予め封じてあります。このホールは窓にも接していませんし」

「それでもこのホールを狙撃しようとなれば、小萌先生の魔法力と寮監さんの銃撃センス、そして結婚できない女の恨みと妬みの怨念が弾丸に必要かと」

「「「……………………っ」」」

 妹達は目の前の光景に何とか意味を持たせようと頑張っていた。

 そんな折り、御坂妹が袖口へとやってきた。 

「………………そろそろ出番となりますのでスタンバイお願いします」

 御坂妹はしばらくの間操祈の花嫁姿に見惚れた後に小さく頭を下げてみせた。

「こっちの準備は万全よ。ねっ、ダーリン♪」

「ああ」

 いよいよ結婚式本番。

 

 

 

 

「新作ゲームの発表に続きまして、当社社長秘書である食蜂操祈よりみなさまに一言ご挨拶申し上げます」

 縦ロールのそつのない司会進行。操祈はいよいよ自分の出番が来たことを認識する。

「当麻さん。準備はいい?」

「ああ」

 操祈は当麻の左手に自分の腕を絡ませた。ウェディングドレスを着て当麻の隣に立つ。そんな自分が誇らしくて、でも少しだけ恥ずかしい。そして幸福感に満ち溢れている。

「やっべぇ。スッゲェ緊張してきた」

 当麻の顔に汗が滲んでいる。顔が引き攣っている。緊張が傍目にもわかる状態。

「戦闘中には全く動じないのに、こういう時にはメンタル的な弱さ力を見せる。ダーリンらしいわね♪」

 クスっと笑う操祈。けれど彼女はすぐに表情を引き締めた。

「けど、この会場が安全だとは言い切れないわ。完全に警戒を解いては駄目よ」

「…………そうだな。俺には操祈とみんなを守るっていう仕事がある」

 当麻の表情が精悍なものへと変わった。

「さっすがダーリン。真面目になった時の凛々しさは世界一なんだゾ♪」

 操祈は胸が急に高鳴るのを感じていた。当麻に惹き込まれたのは操祈だけではない。御坂妹たちまで当麻に見惚れていた。

 

「それでは食蜂操祈の入場です。みなさま、拍手をお願いします」

 小さく首を振って頷き合う操祈と当麻。2人は腕を組みながらゆっくりと舞台へと出て行く。段々と会場内の様子が鮮明になってくる。

 新作発表会が終わってもほとんど帰らなかった参加者たちの大半は驚きの目をもって操祈を見ている。操祈がウェディングドレス姿で出てくるとは思っていなかったという表情。

 一方で女学生を中心に操祈の発表内容を予測していた者たちは羨望の瞳を送っている。そして、ごく少数の不穏な瞳。上条当麻と縁を持つ女性たちに違いなかった。とはいえ、その中にインデックスや美琴の姿はない。自分たちに気を使ってくれているのは間違いなかった。そして──

「………………幻生は?」

 正面を向いたまま当麻が微かな声で尋ねる。

「なし。不穏当な研究者も今現在なしよ」

 操祈も正面を向いたまま小声で返す。

 そのまま2人は縦ロールが立っている位置へと歩いて行く。

「それでは、食蜂操祈より一言みなさまにご挨拶申し上げます」

 縦ロールから操祈へとマイクが向けられる。操祈は当麻と腕を組んだまま空いた左手でマイクを握った。

「本日はお忙しい中、我が社の新作ゲーム発表会にお集まりいただきましてありがとうございます。そして、私の個人的な発表にまでお付き合いいただけることを心より感謝申し上げます」

 淀みなく挨拶を上げる操祈を当麻は尊敬の念をもって見ている。役職上は社長でも当麻はこの手の挨拶に全く向いてない。

「本日はみなさんにご報告したいことがございます」

 操祈は得意の精神コントロールを通じて思考と注意を2つに分ける。1つは当麻との結婚式に集中。もう1つは起きるかもしれないテロへの対策に。

 一方の結婚式を楽しむ気持ちで当麻の顔を見る。当麻は強く頷いて操祈の腕を強く握った。操祈は安心して大切な報告を行うことにした。

「このウェディングドレス姿で既にお気づきの方も多いと思いますが。私は上条コーポレーション社長である上条当麻と先日入籍を果たしました」

 操祈の結婚報告に会場内が大きくざわめく。ウェディングドレスの操祈に会見内容は予想できたものの、実際に聞かされるとやはり勝手が違う。

 会場の大半は概ね好意的な反応を見せた。ここにいる過半数は操祈の能力に興味が有るのであってプライベートに興味があるわけではない。操祈が結婚会見を行えば、祝うぐらいのマナーと良識を持ち合わせている。

 常盤台卒業生を中心とする少女たちの反応は様々だった。多くの少女たちは拍手と喝采を送った。中には操祈が男と結婚すること自体を反対する声もあった。けれど、概して言えば平和な反応だった。

 問題なのは会場の隅の方に点在している当麻の関係者。

「カミや~ん。めでたいんだにゃ~」

「金髪ボインで美少女な嫁さんなんて幸せ者過ぎまっせぇ~」

 当麻の男友達たちは素直に結婚を祝ってくれている。というか、当麻が連絡しているので彼らは既に操祈たちが入籍を済ませていることを知っている。問題は……。

「………………おめ」

「上条当麻の決断だ。仕方あるまい。2人に幸あらんことを」

 当麻と3年間クラスメイトだった少女たちは小さく呟くと会場を後にした。積極的に祝う気にはなれないが、邪魔をする気もない。それが彼女たちの決断だった。当麻関連の他の女性たちも大なり小なり似た行動を取った。

「………………ありがとう」 

 操祈は彼女たちの決断に感謝した。式を壊そうとしないこと自体、操祈にとっては一定の認定を受けたも同じだった。

「何がありがとうなんだ?」

 当麻が小声で操祈の言葉の意味を聞いてくる。

「女同士の秘密よ、ダーリン♪」

 操祈は楽しそうに返した。

「それからさあ……」

「なぁに?」

「あの、テストプレイした人たち……マズいんじゃねえか?」

「えっ?」

 当麻が指差す方向を見る。そこでは今日のゲーム発表会で『筋肉のなく頃に』のテストプレイをした30人ほどが富竹を先頭に今でも熱心に筋トレを続けている。ヨボヨボの老人までが反復横跳びで激しく己の肉体を磨いている。

「効き過ぎだろ、これ」

「そうねぇ。やっぱり後で微調整しておくわ。今はちょっと、対幻生用に色々仕組んでいるから能力は使いたくないの。結婚式が済んだら戻すわ」

「そうか、わかった」

 こうして操祈と当麻の結婚式は30人ほどの参加者が筋トレを続ける中行われるという一風様変わりしたものとなったのだった。

 

 

 

 式はスピーディーにそして軽やかに進行していく。

 元々が新作ゲーム発表会のついでの報告であり、結婚式に長い時間を掛けるわけにはいかなかった。また、食事を提供しているわけではないので進行をゆっくりする必要も元々なかった。また、互いの両親や親族を呼んでいるわけでないので色々と省略しやすかった。

 15分ほどの短時間でケーキ入刀まで済んだ。

「みなさん、大きな拍手をお願いします」

 妹達が準備したウェディングケーキにナイフを入れ終えた操祈と当麻に向けて一斉に拍手とともにシャッター音が鳴り響く。

「あははは。これは何ていうか俺たち完璧に見世もんだな」

「結婚式なんてそんなものでしょ。ほら、当麻さん。笑って笑って」

「おっ、おお」

 当麻はぎこちなく、操祈は和やかに自然体に構えている。常に注目を浴び続けてきたレベル5の操祈。世界を救ってきたヒーローとはいえ知る者は少ない当麻。注目を集める場数の差が現在の対応の仕方の差に出ている。

「続きまして、みなさんお待ちかねの誓いのキスに入りたいと思います。みなさま、カメラのご準備をお願いします」

 時間の都合もあって随分と飛ばしながら式が進行していく。参加者たちから見ればクライマックスへとプログラムは移行していく。

「ううっ。やっぱり、キスするのか?」

「当たり前でしょ」

 恥ずかしがる当麻の悩みは操祈に一言で却下される。

「えっと、その……幻生は?」

「会場内にはそれらしき気配はないから全然問題ないわ。さあ、私たち夫婦の仲良し力をみんなに見せつけてあげましょう♪」

「そ、そうだな」 

 当麻は小さく息を吐き出すと操祈の手を掴んで縦ロールの前へと移動していく。

 2人が大勢の参加者たちの前に立ったその時だった。

 操祈の脳にミサカネットワークから緊急警報が流れ込んできた。

「えっ? 嫉妬に狂った寮監さんと小萌先生が超大型の魔改造した銃で超長距離から私と当麻さんを狙っているですって!? 制圧に向かっているものの、間に合わないかもしれない!?」

 報告の内容に操祈は仰天する。テロリストは操祈の思惑を超えたところから攻撃を仕掛けて来ようとしていた。

 ミサカネットワークで寮監と小萌の名前が上がったことで、警備班とは無関係な個体が2人に警戒を抱いて追尾していた。その結果、2km以上離れた地点からこの会場を狙い撃ちにしようとしている計画に気付いた。

 普通であれば絶対に不可能な射撃。だが、教え子が先に結婚し、怒り狂った女たちにそんな常識や物理法則など通用しない。

 敵は操祈の警備体制の裏を掻いていた。だが、幸いなことにミサカネットワークは瞬時に複数の個体と情報を共有できる。既にテロリストを鎮圧するために20名の警備班、及び義勇兵が現場に向かっていた。

「操祈、どうする?」

 操祈の小声を聞き取った当麻の表情に焦りが出る。

「慌てて避難誘導なんかして混乱状態に陥ったら、私の目を誤魔化して潜んでいるかもしれない幻生の手下たちによって更なる攻撃を受ける可能性は捨てられないわ」

「けど、このままってわけにもいかないだろう」

「そうだけど……」

 2km以上離れている全く視覚に入らない敵を相手に能力は使えない。物理攻撃手段を持たない操祈はこういう場合、攻撃手段を失う。

「なら、私たちがこの場から少し離れましょう。最悪、弾が飛んできた際にお客さんたちに当たらなければいいのですから」

「そうね。標的である私と当麻さんがみんなから少し離れれば少なくともみんなに被害は出ないわね」

 縦ロールの意見を採用し、何か理由を付けて自分たちの居場所を変えようとしたその時だった。

(制圧を試みたものの激しい抵抗に遭い、第一撃そちらに来ますっ!)

「何ですって!?」

 操祈は壁を睨む。操祈の表情の変化に当麻も縦ロールに気付いた。

(戦闘により照準がズレています。予想到達地点、現在の操祈さまの位置より半径10m以内のどこかです)

「10mって……」

 現在の操祈たちの周りにはキスをカメラに収めようと多くの人間がひしめている。更には筋トレ軍団の一部も10m圏内にいる。

「俺の不幸よ……今こそ久しぶりに発動してくれぇっ!」

 当麻は弾丸が自分に向かって祈る。そして──

 

 

 

(弾丸来ますっ!)

 ミサカネットワークの悲痛な叫び声と共にホールの壁が突き破られる。その小さな、だが凶悪な弾丸は……操祈から約10m離れた筋トレ中の老人へと向かっていた。

 当麻の不幸は実現した。自分が撃たれるよりも嫌な結果を迎えるべく。

 だが、ここで奇跡とも言うべき現象が起きた。

「ふぉっふぉっふぉ。反復横跳びぃじゃあ~~」

 老人は一心不乱に体を鍛え続け動かし続けていた。年を取ると辛い運動の一つとなる反復横跳び。敏捷性と持久力を必要とされる運動に老人は自ら取り組み、体を左右に振った。

 その結果、結婚できない女の嫉妬が篭められた凶弾は老人に当たることなく硬い床を突き破って地面へと姿を消していった。

 会場の誰もがその突然の出来事に唖然としていた。前もって事態を把握していた操祈でさえも声が出せない。

 そんな中、真っ先に声を上げたのは結果として狙撃された老人だった。

「反復横跳び最高じゃぁ~~」

 更に続いたのは富竹だった。

「うん。筋トレは命を救うね♪ 今のがいい見本だよ」

 富竹が満面の笑みを見せたことで、会場内の空気が緩む。参加者たちは今のが余興だったのではないかと勝手に思い込み始めている。本当に銃撃を受けたと理解するには誰にとっても深刻過ぎた。

 そして、今のが悪意ある銃撃であることを知っている操祈は……。

(敵の抵抗いまだ強力。2撃目、行きますっ!)

 危機がまだ過ぎ去っていないことをネットワークを通じて知ってしまっていた。

「あのモテない女たちをどうにかしない限り、ここに平和が訪れることはないって言うの!?」

 テロリストが操祈の能力の有効射程内にいないのが忌々しかった。そして、その間にも凶弾は確実にこの会場に──

「フロントダブルバイセップスッ!!」

 不幸にも2番目の標的となってしまった富竹は鍛えあげられた厚い胸板で銃弾を弾き返してしまった。

「うっそ……」

「筋トレスゲェ」

操祈たちが感心している間にも凶弾は来た道を引き返していく。

(魔改造された銃が突然爆発しました)

「…………ちゃんと銃口に戻ったんだ」

 事態は操祈の理解の範疇を超えている。けれど、とりあえず長距離狙撃の危機が過ぎ去ったのは確かなようで少しだけ安堵する。

(銃が破壊されたことによりテロリスト2名は直接会場に乗り込むことに作戦を替えた模様です)

 だが、まだ安心はできない。テロリストを懐柔する必要があった。

「えーと…………テロリストに伝えて。大人しく投降してくれたら、イケメンエリート商社マンたちとの合コンの席をセッティングしてあげるって」

 ゲンナリした表情でテロリストたちが望んでいるに違いないものを提示する。テロリストとの交渉は嫌だったが、戦闘状態の継続も望むものではなかった。

(テロリストは投降してきました。年収1000万以上の20代の若い美形男を所望しています)

「…………身の丈考えなさいってのよ」

 大きなため息を吐き出した操祈。こうしてテロは鎮圧された。奇跡的に死傷者は出なかった。

 

「操祈さん……」

 テロ鎮圧に安堵するのも束の間、縦ロールが操祈に目で合図を送ってきた。

 ショーなのかよくわからない2発の銃撃に戸惑っている客たちをどうにかしろというものだった。

「それじゃあ今から私と愛するダーリンの濃厚なキスをお見せしちゃうぞぉ~~♪」

 操祈は下手に今の出来事を説明するよりも、結婚式を進行させてしまうことにした。

「愛してるわ……当麻さん♪」

「おっ、おう。俺もだぜ」

 当麻もここに至ってようやく自分が何をすべきか理解したようだった。

 操祈の腰に腕を回し彼女を抱き寄せる。

 そして──

 先ほどまでの緊張感を全て無にするような大きな大歓声がホール中を包んだ。

 

 

 

 

「みんなぁ~、私と当麻さんの結婚を祝ってくれてありがとうなんだゾぉ~ヴイ♪」

「温かく見守ってくださるみなさんへの感謝の心と共に、我社の新製品の『筋肉のなく頃に』をよろしくお願いします」

「筋肉はみんなの命を守ってくれる。みんな、筋トレに励もうっ」

 

 新作ゲーム発表会及び簡易結婚式は操祈のやや強引とも言える引っ張りの甲斐もあって大盛況の内に幕を下ろした。

 イベントの終了から1時間以上が経過し、今会場に残っているのは上条コーポレーションの関係者、及び富竹だけになっていた。

「今日のイベントのおかげで学園都市にも筋肉が必要、いや、ひ弱なもやしくんばかりになりがちなこの都市にこそ筋肉が必要だって理解してもらえたんじゃないかな」

 富竹は上機嫌で今日のイベントを総括している。

「あの、さっき撃たれたところは大丈夫なんですか?」

 当麻が尋ねる。富竹のスーツの左胸の部分には銃弾が当たった丸い穴が空いている。

「幼女が撃った弾丸なら食らってもいいけど、BBAの銃弾で死ぬなんて冗談じゃないからね。ゆえに、僕は無傷さ」

 常人にはよくわからない理屈が述べられている。

「その理屈、何となくわかります。俺も、美少女相手に殺されるなら仕方ないって思いますけど、おっさん相手に殺されるのは勘弁して欲しいですもん」

 美少女・美女との戦いを幾度となく経験してきたヒーローの言葉もまた常人にはよくわからないものだった。

「何はともあれ『筋肉のなく頃に』が発売されて、この学園都市が脳筋で溢れる日が1日も早く来ることを願うよ」

「今日のデモンストレーションは筋肉と筋トレの有用性を見せつけました。そして、この学園都市が能力レベルだけで人を判断しないようになってくれれば俺もいいと思います。筋肉というもう1つの軸ができたらいいですね」

 レベル0、肉弾戦闘を未だに続けるヒーローは富竹の意見に激しく同意していた。

 

「クスッ。当麻さんったら♪」

 楽しそうな表情を見せる夫を見ていると自分まで楽しくなってくる。運痴で運動嫌いな操祈だが、老人と富竹が筋トレと筋肉を通して危機を脱出したのを見て、少し筋肉について見直していた。

「私も、少しは体を鍛えてみましょうかしら。まずは……当麻さんとベッドの上でのプロレスを通じて。なんてね♪」

 少し見直しただけで、根性を入れて筋トレするつもりはない。けれど、来月発売予定のソフトの調整では積極的にやっていけそうだった。筋肉に関することでも。

「結局、幻生もその部下たちも現れなかったわねぇ」

 最も警戒していた敵自体は現れなかった。おかげで2名の喪女を取り押さえただけで事態を収束することができた。

「エクステリアはしばらく諦めたって考えて良いってことかしらね」

 幻生と直接対決してから3年。操祈はようやく少しだけ安堵することができた。

 もちろん、この安堵が本物でないことは操祈もよくわかっている。相手は操祈をも上回る心理戦の達人。次はどんな手で来るのかわからない。 

 でも、今日ぐらいは少し気を緩めたい。そう願った。

「だって、今日は私の結婚式、晴れの日なんだから」

 操祈は当麻の手を握りに愛する夫の元へと駆けていった。

 

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食蜂くん。いや、今は上条夫人くんか。君も相変わらずまだまだ甘いねえ」

 ビルの外では、先ほど銃撃を受けることになってしまった老人がホールがある方角を見ながら笑っていた。

「エクステリア? 今さらそんなもの、別に僕には要らないよ」

 老人は背筋を伸ばして立ち上がる。

 そして、顔に手を置いて自らその皮膚を引き千切った。

 裂かれた老人の顔の下には20歳前後の若者の端正な顔があった。更にくたびれた背広を脱ぎ捨てると元の体格より10cm以上も背の高い、がっしりとした体格の男が現れる。

「3年前の実験でよくわかったよ。真なる天上の意思を実現するには、単に能力レベルが高いだけでなくとても頑強な肉体が必要だってね」

 青年はニヤリと黒い笑みを浮かべる。

「ただ頑強なだけでは天上の意思には耐えられない。心も体も思考も頑強。そう、すなわち脳筋でなければ天上の意思には辿り着けないんだよ」

 青年の体からは尋常ではない狂気が滲み出ている。

「君は僕の影に怯え対抗するために組織を整え維持することをまず考える。その資金調達のために自身の能力を利用できる会社を立ち上げるはずと踏んでいた。そして、君の夫の影響で筋肉にもやがて手を出すこともね。学園都市中が筋肉に染まる。いいねえ、僕の望むところだよ。実に素晴らしい」

 青年は笑い声を響かせながら背中を向けてゆっくりとビルから遠ざかっていく。

「君と上条くんの子どもか孫が天上の意思に辿り着く逸材に育ってくれることを願っているよ。今日のところはとりあえずご結婚おめでとうと言っておくよ」

 曲がり角まで来たところで青年は突如姿を消した。

 

 

 操祈と幻生の戦いは終わらない

 

 

 


 
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