No.727990

鳳雛伝(序章⑦)

また時間出来たのでちょこっと更新。あとやっぱり一回で本編に繋がるかと。眠い中やっちゃったから色々変かも…。英雄譚がまだまだキャラ増やしそうなので、徐庶あたり出してくれないかなーって期待してます。そしたら書きなおそうっと。

2014-10-05 02:48:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2614   閲覧ユーザー数:2279

新野の民を引き連れた劉備軍の行軍は一日経ってまだ三十里と、苛立ちを覚える程に遅かった。

 

「お年寄りの人達に遅れが出てるみたいなの。もう少し行軍を遅れさせられないかな?」

 

劉備の言葉に、孔明は首を横にふるしかなかった。

 

「はわわ……これ以上遅らせる訳には…。兵馬を使ってお年寄りに手を貸すように指示を出しましょう」

 

もはや兵も民もなかった。

 

この行軍のことは恐らくもうとっくに曹操の耳には入っているはずだ。

 

それを知って曹操が騎馬隊を送れば三日とたたずに追い付かれてしまうだろう。

 

江夏まではまだ三百里近くある。

 

追い付かれるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 

劉備撤退の報告を受けてから半日、曹操は曹純と徐晃に十万の兵で出陣させた。

 

曹純軍は怒涛のごとき勢いで樊城に雪崩れ込み、ほとんどもぬけの殻となっていた樊城は呆気なく制圧された。

 

わずかに残っていた民から聞き出した情報では、劉備は江夏へ向かったとのことで、曹操は名だたる武将達を集め軍義を開いた。

 

劉備追撃戦は迅速さが肝要と前置きをした上で、曹操が自らが率い、曹仁、張遼、許緒、楽進、李典を伴った五万の騎馬隊を先発として、曹純の帰りを待って夏候淵が率いる十万が後に続く形で再編成された。

 

襄陽城内が出陣に沸き立つかと思われた頃、一人の兵士が軍議に報告にやって来て、程昱に耳打ちした。

 

「華琳様。どうやら見つかったようですよ~」

 

曹操は、僅かに口の端で笑った。

 

 

 

 

 

 

半月程前のこと、まだ新野で劉備が曹操軍を撃退していた頃、水鏡先生の文が届いた。

 

その文は「曹操が密かに鳳雛と天の御遣いを捜しているらしい」といった旨を綴った内容である。

 

事実だけを綴った文は、いかにも水鏡先生らしいなと、一刀は思った。

 

降るも逃げるも、どうするかは二人次第だという意図が感じられた。

 

水鏡塾は学業を学ぶ場で、どこかの諸侯に仕えるよう薦めたり斡旋したりすることはなく、塾生達がそれぞれの思想で旅立つのを見守るだけであったから、あるものは曹操の臣下となり、あるものは劉備に仕え、あるものは孫権に仕官し、またあるものは山野で晴耕雨読の生活を送る世捨て人となる者もいた。

 

士元もまた、そんな世捨て人となりつつあった。

 

相変わらず一刀に甘えがちで、極端に口数が減っていた。

 

一刀が孫子を読んでいるときも側にいるのだが、一刀が質問しても顔を隠して応えたりはしなかった。

 

士元は明らかに時世から目を背けていた。

 

そんな折りの水鏡先生からのこの文は二人の気持ちを大きく揺さぶっていた。

 

 

 

 

 

襄陽に曹操が入ったという噂が立っていたので、長坂まで買い出しに来ていた一刀だったが、城下はすでに混乱していた。

 

劉備軍が昨日通ったらしく、ここ長坂でもさらにそれについていこうとして何百人かの民が随行していったそうだ。

 

人気がないわりに、城下は慌ただしかった。

 

何も買うことが出来そうもなく、引き返そうかと思っていたそんな時、路地裏から飛び出してきた小柄な少女と接触した。

 

相手は見事に尻もちをついた。

 

「大丈夫かい?」

 

そう言って手を取って起こしてやると、少女は「てへへ」とバツの悪そうに笑った。

 

「向こうを探せ!」

 

何やら騒がしい声に、一刀が振り返ると、兵士達が慌ただしく走ってくるのが見えると、少女が、「わっ、優しいお兄ちゃん!助けて!」と、一刀にすがりついた。

 

一刀は少女の手を引き、路地裏へと走る。

 

街はずれまで来たが、身を隠してしばらく、城外の兵が城下を囲んでいる様子が伺えた。

 

街から出さないつもりらしかった。

 

「君はなんで狙われてるの?」

 

「これでもわたし劉備軍」

 

無駄にえっへんと胸を張る少女はこんな時でも笑顔だった。

 

「ここで殺されちゃうのかなぁ」

 

と、それでも笑顔で言う少女だったが、その表情に力はない。

 

一刀はこのまま放っておくわけにはいかず、意を決した。

 

すると一刀はおもむろに服を脱ぎだした。

 

「ななな、なんで服脱ぐのーー!?」

 

と、少女がおろおろと恥ずかしがるので、一刀は「違う違う!」と慌てて否定した。

 

そして荷物から白い上着を取り出した。

 

 

 

 

 

思った以上に曹操軍の食付きがよかった。

 

それはよかったが、思った以上に騒ぎが大きくなってしまった。

 

一刀は明らかに目立つ姿で歩いたのだが、と言ってもこの世界では珍しい白く輝くポリエステル製の制服を着ているだけだったのだが、呼び止められた曹操軍の兵に「天の御遣いではないか?」と尋ねられたのを皮切りに、あちらこちらでざわめきが起こった。

 

それらに答えず、わざと逃げてみせると、兵士達は一斉に一刀を追いかけて、少女のことなど忘れてしまったかのようだった。

 

少女はその隙に街を離れた。

 

一刀は曹操軍の馬を一頭盗み、城下を飛び出していった。

 

肩越しに、背後から土煙を上げて曹操軍の騎馬が追いかけて来るのが見えた。

 

 

 

 

 

兵士に回り込まれた一刀は、とうとう観念して馬を降りる。

 

少女が逃げる時間は十分に稼げただろう。

 

するとすぐに後方から追い付いてきた曹仁が、一刀の前にやって来た。

 

「天の御遣いさんっすか?」

 

一刀は少し考えたものの、「そう呼ばれたことはあるけど、特別なことはなにもできないただの人間だよ」と、そう答えた。

 

「ウチの大将が会いたいそうっすから、一緒に来てもらうっす!」

 

曹仁の後方から更に馬車がやって来るのが見えたその時であった。

 

「待て待てーい!」

 

どこからともなく声が響き渡り、兵の一人が「あそこだ!」と叫ぶ方向に目をやると、木の上に立ち太陽を背にした人影があった。

 

「武器も持たぬ青年一人を多勢で取り囲むなど、見苦しいこと甚だしい!」

 

曹仁が「な、名を名乗るっすー!」と叫んだ。

 

「乱世を正すため、地上に舞い降りた一匹の蝶!美と正義の使者、華蝶仮面……推参!」

 

一刀も兵士達も、呆気にとられている中で、曹仁だけが「か、カッコいいっす…」と呟いている。

 

その間に、「とうっ!」と舞い降りた華蝶仮面が、一刀の行く手を遮っていた兵士達を瞬く間に蹴散らしてしまった。

 

「さあ、御人、今のうちだ」

 

蝶をかたどった仮面をつけた少女が、長槍を振り回しながら一刀に言った。

 

訳が分からなかったが助けてくれるようなので、一刀は華蝶仮面が切り開いてくれた道に向かって馬を走らせた。

 

何処からか現れた白馬にまたがり、華蝶仮面もそれに続いた。

 

「あっ!お、追うっす!捕まえるっすー!」

 

我に返った曹仁達がその後を追った。

 

 

 

 

 

曹操率いる五万の騎馬部隊が当陽県の外れで曹仁の部隊を待っていたが、やって来たその異様さに気づいて、曹操は程昱に問いかける。

 

「あれはどういう状況なのかしら」

 

「…恐らく、追っかけてるのが華侖さんで、逃げてるのが天の御遣いさんですかねー」

 

曹操も同じ予想だったので、あえて聞く程の意見ではなかった。

 

と、気になったのは天の御遣いとおぼしき青年を守りながら走る白い馬の主だ。

 

まさか鳳雛ではあるまいと思いながらも、天の御遣いを守りながらまるで火の粉を払うように曹仁の騎馬兵を馬から叩き落としていく様は、猛将の風格があった。

 

「あの武将は?」

 

「あれは星ちゃんですねぇ。…へんてこな仮面をつけているようですが、今は劉備さんのところの武将、常山の趙子龍です」

 

「以前稟とあなたが一緒に旅をしてまわっていたという武将ね」

 

曹操は敵ながら曹仁の兵を蹴散らしていく趙雲を見ていたい気持ちにかられていると、痺れを切らした声があがる。

 

「華琳様!ぼくがあんなやつやっつけてやりますよ!」

 

と、許緒が前に出ると、やはり武将の血が疼くのか、徐晃もまた大きな斧を担ぎ上げ前に出た。

 

この場にいれば真っ先に飛び出しそうな夏候惇がいないので、それに続く猪突猛進はやはりこの二人をおいて他にない。

 

張遼も名乗り出るかと思ったが、関羽の時程興味はないらしい。

 

曹操は趙雲の力をもっと試したかったし、なにより引き入れたいと思った。

 

「殺さず、生け捕りに出来るかしら?」

 

すかさず、程昱が口を挟んだ。

 

「華琳様、関羽さんと同じく星ちゃんもまた気骨がありますから、投降はしないかと…」

 

程昱は言葉を選びながら、以前、劉備が行方しれずとなった折に関羽が曹操のもとで時を過ごした後に五関六将を切って出て行ったことを思い出させていた。

 

「そう…仕方ないわね。季衣、香風、趙雲は斬っても構わないわ。天の御遣いを生け捕りになさい」

 

言われて許緒と徐晃が飛び出していった。

 

 

 

 

 

「勝負だ変態仮面!」

 

「誰が変態仮面か!」

 

趙雲は許緒と徐晃相手に一歩もひけをとらず、二人を同時に相手をしながらも曹操軍をかきわけて一刀に道を作った。

 

「くそー!変な仮面つけてるくせにー!」

 

「……つよい」

 

曹操軍の陣内まで雪崩れ込んでしまって乱戦となった為、趙雲と一刀に近づけなくなった二人が悔しがっている様を見届けながら、兵に囲まれた状況でもなお、趙雲は一刀を守りながら道を開いていく。

 

もはや、敵ながら天晴れという他ない。

 

「全軍、追撃なさい!生け捕れないのなら、天の御遣いも趙雲も、その先の劉備もろとも蹴散らしてしまいなさい!」

 

言って、曹操は全軍に命じた。

 

 

 

 

 

南に逃げる一刀は、趙雲が稼いでくれた時間のおかげで数里近く逃げ続け、大きな川まで行き当たった。

 

その川に一つだけかかる橋に、小柄な少女が背丈におよそ釣り合わない槍を持って仁王立ちしている。

 

「お兄ちゃんが雷々を助けてくれたのだ?」

 

一刀の代わりに、追い付いてきた趙雲が答えた。

 

趙雲はいつの間にかあの変な仮面を外している。

 

「うむ。この青年だ」

 

どうやら、それも見られていたか、あの少女に聞いたらしい。

 

「雷々は先に戻っているのか?」

 

「さっきお兄ちゃんのこと話して行ったのだ。今頃は桃香お姉ちゃんのところに行ってると思うのだ」

 

「さっきの子、無事だったんだ」

 

一刀がほっとするのも束の間、すぐに後ろから地響きが聞こえてきた。

 

「今は急いでここを離れよう。鈴々!」

 

「応なのだ!ここは任せるのだ!」

 

一刀は趙雲に連れられ橋を渡った。

 

 

 

 

 

一刀達がしばらく走ると、遠くに民衆の影が見えた。

 

恐らく劉備と民の最後尾に追い付いたようだ。

 

それを知らせようと振り向くと、少し遅れてついてくる趙雲の様子がおかしいことに気づいた。

 

「もしかして…」

 

一刀は馬を趙雲に近づけた。

 

「やっぱり!怪我してるじゃないか!」

 

趙雲の肩は真っ赤に染まっていた。

 

「なに、不覚をとったがこれしき。幸い急所は外れているから心配は無用だ」

 

そうは言うが、趙雲の額から嫌な汗が滲んでいたので、一刀は趙雲を馬から下りるように指示し、上着を脱いで趙雲の肩に巻き付け即席の止血をした。

 

「とりあえずの処置だから、すぐ医者に見てもらった方がいいよ」

 

「かたじけない。天の御遣い殿」

 

「さっきのやりとり聞いてたんだ?」

 

「うむ。朱里からも話は聞いていたが、なるほど確かに何処にでもいそうな普通の青年だ」

 

「ははは」

 

一刀は困ったように笑った。

 

「だが、朱里が言っていた通りの御人のようだ」

 

一刀はなんと言われているのか気になったが、趙雲を白馬に乗るのを手伝い、「助けてくれてありがとう。朱里によろしく伝えてほしい」と別れる素振りで言うので、「朱里に会って行かぬのか?」と趙雲が聞き返した。

 

「心配な娘がいるんだ。でもいずれまた朱里に会いに行くよ」

 

「そうか。襄陽に戻るなら東に行くが良いだろう。回り道だが渡し舟があるはずだ」

 

「ありがとう。朱里と劉備さんを支えてあげてね、華蝶仮面さん」

 

趙雲は、何処からかまたあの仮面を出して装着し、「うむ。しかと承った。また会おう!」と、颯爽と走り去っていった。

 

 

 

 

 

長坂の橋に、たった一人で立つ少女は勇ましく、曹操軍はそれ以上近づけないでいた。

 

その先発隊に追い付いた曹操が訝しげに問いかけた。

 

「何故止まっているの?」

 

張遼が曹操の前にやって来て答える。

 

「季衣が返り討ちにあったんや…」

 

一瞬驚いたが、すぐに張遼は釘を刺す。

 

「気絶しとるけど、無事や」

 

曹操はほっとして、橋の少女を見た。

 

「張飛ね」

 

張飛は余裕すら伺える表情で堂々と立ち、一歩も退こうとはしない。

 

「それに大将、橋の先の砂塵、見えるやろ?」

 

「伏兵ですかねぇ…?」

 

張遼の指す方に木の影から砂塵が舞っているのを見て、程昱が言う。

 

諸葛亮に散々弄ばれていた曹操達は、警戒しないわけにはいかなかった。

 

「関羽、趙雲…そして張翼徳か」

 

曹操ははじめ悔しそうだったが、何故かだんだんと不敵な笑みを浮かべていた。

 

「劉備玄徳……勇将に恵まれ、諸葛亮という軍師を得て、民に慕われている。今はまだ小さな山だけれど、この上天の御遣いを引き入れ、国を得たら大きな山となるのでしょうね」

 

曹操は、今叩かなければならないと思いながら、しかし、それが楽しみに思っていた。

 

「退け!」

 

曹操の号令が響いた。

 

 

 

 

 

(続く…次ラスト)


 
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