No.717379

鳳雛伝(序章⑤)

ちょっとびっくりさせたくてやったけど、反省はしてないw ありがちな方向に持ってったけど許してください。
臥龍伝でちょろっと描いた過去話はこの辺りです。
赤壁まであと1、2回は続くかと。お付き合いいただければ幸いです。

2014-09-14 18:27:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3463   閲覧ユーザー数:2957

士元が一刀の寝所に飛び込んでくると、水鏡先生はなにも言わずに気を遣って部屋を出ていった。

 

「そんな…ご主人…さ…ま……」

 

士元は恐る恐る一刀に歩み寄る。

 

目を閉じた一刀が静かに横たわっていた。

 

苦しんでる様子もなく、息をしている様子もない、ただどんなに呼んでも返事は帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

「…!」

 

気がつくと、士元は夜の闇のなか誰かに毛布をかけられているところだった。

 

「あ、起きた?雛里ちゃん、風邪引いちゃうよ?」

 

やさしく、でも力なく笑みを作りながら孔明が士元に毛布をかけようとしていた。

 

「ごしゅ…ご主人…様は……!」

 

「まだ大丈夫。ご主人様、頑張ってるよ」

 

夢だったと気づいて、士元はまた少し泣いた。

 

その時……

 

「おーい」

 

遠くから声が聴こえてくると、その方から馬がやって来るのが見えた。

 

崔州平であった。

 

因みに崔州平は孔明や士元の後輩にあたり、水鏡塾の中でも一番若く皆に可愛がられているが、当人はというととても無口で、あまり目立たないが、彼女もまた名士であった。

 

その小さな彼女が抱えられるような形になって、馬の手綱を握るのは一刀と同じか少し上の青年の姿があった。

 

 

 

 

 

青年が精神を統一し、叫ぶ。

 

「元気に…なあああれええええええええ!!!!」

 

その声は、臥龍崗に響き渡ったという。

 

「もう大丈夫だろう」

 

あまりに簡単に言うので、孔明も士元も水鏡先生でさえ呆気にとられてしまった。

 

「とは言っても、危険な状態だったから少々強い気を送り込んだ。二、三日はまだ熱が出るだろうから気を抜いてはいけない」

 

青年はそう言うが、さっきまで弱々しい呼吸で生気を感じられなかった表情は一変し、一刀は安らかに眠っていた。

 

崔州平が連れてきたのは漢中の五斗米道でも一番と言われる才人、華佗であった。

 

水鏡先生に話を聞き、旅をしてまわっているという華佗が江夏に来ているという噂を思い出した崔州平が捜しに行き、見つけて連れてきたのだ。

 

「意識が戻ったら、胃に優しいものから食べさせてやるといい。体力が戻るまではもう数日かかるな」

 

「ありがとうございます、何とお礼を言ったらいいか…」と、水鏡先生の言葉に続いて「ありがとうございました」「ございました」と、孔明と士元も深くお辞儀した。

 

礼は受け取らないと言って聞かなかったが、せめてもう夜も遅いのでと孔明たちは華佗と崔州平をもてなし泊めることになった。

 

華佗に酌をしていた水鏡先生は「孔明と士元はどこかしら」と崔州平に尋ねると、一刀の寝所を指した。

 

覗いてみると一刀の手を二人でしっかりと掴んだまま、糸の切れた人形のように眠っていた。

 

 

 

 

 

それはとても清々しい朝だった。

 

華佗は崔州平とともに山を下りていったが、孔明と士元はぐっすりと眠ったまま起きては来なかった。

 

二人がこんなに長い間寝たのは本当にひさしぶりのことだったので、水鏡先生も起こすことはなかった。

 

優しい手が孔明の髪を撫で、士元の髪を撫でた。

 

「う…ん」

 

孔明が目を開けると、一刀が身を起こしていて、笑っていた。

 

 

 

 

 

一刀は少しずつ会話が出来るまでに回復していった。

 

久方ぶりに食欲も戻っきていて、水鏡先生から「あまり食べ過ぎたら戻してしまいますよ」と怒られてしまった程だ。

 

劉備が尋ねて来たのはそんな時のことだった。

 

「たのもー!なのだー!」

 

その声を聞いて、孔明ははわわと慌てた。

 

そして、少し考えてから、「水鏡先生…すみませんが、お願いがあります」と切り出すのだった。

 

 

 

 

 

「これはこれは劉皇叔、お久し振りです」

 

孔明の邸宅から中から現れたのは意外な人物だったので、劉備は驚いた。

 

「水鏡先生!お久し振りです!」

 

「劉備様も息災のご様子。何よりです」

 

「諸葛亮さんに逢いに来たんです。前に来たときは留守だったので…。今日はいらっしゃいますか?」

 

水鏡先生は困ったような表情をした。

 

「それが……」

 

 

 

 

 

水鏡先生が劉備を少し先まで見送ってから戻ってくると「これで本当に良いのね?」と、少し悲しそうに孔明を見つめた。

 

「すみません…」

 

孔明は申し訳なさそうに言った。

 

 

 

 

 

華佗が言った通り、二日経っても一刀の熱はまだ下がらなかった。

 

「朱里、雛里、ごめんな、迷惑かけて…」

 

朦朧とした意識のなか、一刀が言った。

 

「水鏡先生に聞いたよ。劉備さんの誘いを二度も断ったんだって?」

 

孔明は思わず目を反らして、それから言った。

 

「今のご主人様を置いては行けません…」

 

士元もまた言った。

 

「ご主人様のもとを離れたくないです…」

 

一刀は呼吸を整える。

 

 

「二人の気持ちは嬉しい、でも、こうしてる間にもたくさんの人が苦しんでいるんだと思う。天の御遣いなんて言われても、俺には何も出来ない。でも、二人ならきっと、たくさんの人をきっと助けることが出来る」

 

一刀は遠くを見て続けた。

 

「わけもわからずこの世界に来て、二人に拾われて…水鏡先生とも出会った。こんな俺でも乱世を鎮める手助けが出来ればと思った…」

 

一刀と出逢い、孔明は持っていた信念を曲げてしまったのは確かだ。

 

でもそれは孔明自身のわがままであったし、それを一刀のせいにだけはしたくないと、この時孔明は思った。

 

「劉備さんは、きっとまた来てくれる。俺が助けられない人々を、二人に守って欲しい」

 

そう言って、一刀は目を閉じ、気を失うようにまた眠ってしまった。

 

一刀の言葉に、孔明が瞳に決意を宿すその横で、しかし士元は目を伏せていた。

 

 

 

 

 

数日が経った。

 

孔明の邸宅の庭先に一本だけ生えている梅の木が花をつけはじめていた。

 

劉備が 三度 ( みたび) 尋ねて来たのはそんな春のある日のことだった。

 

この日は孔明が自ら出迎えた。

 

孔明はまず二度に渡って足を運んで来た劉備に感謝と、会えなかったことを謝罪した。

 

劉備は「全然気にしていないよ」と言って、ともに連れてきた二人、関羽と張飛を紹介した。

 

孔明は三人を邸宅に招き入れた。

 

 

 

 

 

一刀は山の奥の川で魚釣りをしていた。

 

一刀の容体は一気に回復していた。

 

最初は長い間伏せていたせいで体力がなく、あまり歩きまわることは出来なかったが、たくさん栄養を取り運動して今ではすっかり元の生活が送れるようになっていた。

 

ひとつ以前と変わったことと言えば、士元が一刀の近くを離れようとしなくなったことだった。

 

何処へ行くにもついていき、一刀の服の裾を掴んで離さず、なのに恥ずかしそうに徐庶にもらった帽子で表情を隠していた。

 

この日もやはり士元は一刀に着いてきていて、近くで野草を採っている。

 

人見知りで恥ずかしがりやなところは昔からそうであったが、以前は人に甘えようとはしなかった。

 

恥ずかしがりながらもちゃんと自分の意見を持った芯の通ったところがあったのだが、今はそれも感じられない。

 

その様はまるで、ただの子どものそれであった。

 

 

 

 

 

劉備の目指すところは孔明の思っていた通りのもので、孔明はとても好感を持った。

 

やはりこの人しかいない…孔明の心に決心がついて、孔明は劉備の誘いを受け、軍師として迎えられることとなった。

 

「劉備さんに会っていただきたい人達がいるんです。ちょっと待ってていただけますか?」

 

孔明はそう言うと水鏡先生に劉備のことをお願いして、邸宅を出て川の方へと駆けていった。

 

 

 

 

 

一刀と士元は、魚と山菜も十分だったので帰り支度をしていた。

 

「ご主人様!雛里ちゃん!」

 

そこへ、息を切らして孔明がやって来た。

 

「朱里?どうしたの?」

 

孔明は劉備達が来ていることを説明すると、「本当!?よし、すぐ行こう!」と少し興奮気味に言った。

 

一刀も劉備に会ってみたかったので、歩き出そうとして、しかしふいに振り返った。

 

「雛里?」

 

雛里は帽子のつばで顔を隠したまま、立ちつくしていた。

 

「わた…し……会いたくないです……」

 

「え……?」

 

雛里が何故そんなことを言うのか、一刀には全く分からなかった。

 

「どうしたんだ、雛里。朱里と二人で劉備さんに仕えるのが夢だって言ってたじゃないか!」

 

雛里は顔を隠したまま、何も言わなかった。

 

「俺だってもう病気が治って、二人と一緒に劉備さんに仕えるつもりなんだぞ?」

 

「…私、行きません……」

 

「どうして!?わけを教えてくれないか?」

 

雛里はまた黙ってしまった。

 

一刀は理由がわからなかったので、怒っていいのか諭せばいいのか判断しかねていると、孔明が前に出てこう言った。

 

「…怖いんだね」

 

雛里はびくんと方を震わせた。

 

雛里の反応を見て、一刀は的を射た質問だったのだろうかと感じながらも「怖い?」と呟くように言いながら、その意味を解していなかった。

 

朱里は何かを悟っているようだった。

 

「雛里ちゃんの気持ち…私、分かるよ。でも、それじゃあ駄目だってことも分かってるはずだよ……」

 

「……」

 

雛里は何も答えなかった。

 

二人の会話の意味を一刀が知るのは、少し後になってからのことだった。

 

 

 

 

 

一度振り返ったが、複雑な表情の水鏡先生が手を振っていて、一刀と士元の姿はなかった。

 

『ごめん。俺、雛里が心配だから残るよ。きっといつか二人一緒に合流するから…』

 

別れ際に一刀が言った言葉を思い出した。

 

本当は孔明も士元と同じようにこの場に残りたかった。

 

もちろん劉備に仕えたくなかったわけではない。

 

孔明と士元はこのひと月の間、一刀が倒れ死の淵を彷徨っていたのを目にして知ってしまったのだ。

 

「人はあまりにも脆く儚い」というとても単純なことを。

 

水鏡塾で孔明と士元が学んできたのは、結局のところ敵軍との戦い方が主だった。

 

机上では感じられぬこと、実感のわかないこと、それは、「軍師が采配を振るうと、敵に限らず人が死ぬ」ということだ。

 

そんなことはわかっていたつもりでいたが、考えないようにしていたのかもしれない。

 

孔明は戦乱に追われて臥龍崗に越して来たが、士元はきっと人が死の淵に立つのを見たのは初めてなのではないのだろうか。

 

その差が、きっと今の状況だった。

 

孔明は前へと進み、士元は戸惑い逃げてしまった。

 

あとは、一刀がきっと士元を再び立ち上がらせてくれると信じるしかなかった。

 

「朱里ちゃん、どうしたの?」

 

振り返って立ち止まっていた孔明を、劉備が呼びかけた。

 

「すみません、桃香様。今参ります」

 

 

 

(あと少し続く)


 
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