No.714329

リリカルなのは~君と響きあう物語~

久々の投稿
ちょっと久々すぎて書くのが大変でした。

2014-09-07 17:43:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2559   閲覧ユーザー数:2515

―陸士108部隊―

 

スバル・ナカジマの父であるゲンヤ・ナカジマが部隊長を務めており、ギンガ・ナカジマなど優秀な人材もそろった部隊である。

 

ロイド達がこの世界に来たときとほぼ時を同じくしてこの世界にあの2人もやって来ていた。

リーガル・ブライアン。

プレセア・コンバティール。

囚人服を着た世界的大企業の会長と合法ロ……ごほん、少女。

こんな二人が街中を歩いていたらどうなるか?

とりあえずまともな人だったら通報しますよね。

で、二人を保護したのが108部隊だったと言うわけで。

と、まぁ細かい裏設定はどうでもいいでしょう。

 

今回の話はロイド達ではなく108部隊が舞台です。

 

 

 

 

 

ロイドがゼロス、しいなと合流を果たしていたその日。

108部隊では。

 

「王手」

 

「あっ! 待っ!!」

 

「待ったは無しだぞ、ゲンヤ殿」

 

時計の長針は10の文字を過ぎた頃、仕事の合間の気分転換をかねてリーガルとゲンヤは将棋をしていた。

あんぐりと大きな口を開けて慌てているゲンヤ部隊長の対面には涼しい顔をしたリーガルがズズっとお茶を啜っている。

将棋盤を見てみるとゲンヤの側はすでに飛車も角もなく金も銀も無い。

持ち駒も無い。おまけにいま王将までも無くした。

どうみても手も足も出ていない状態らしい。

ぐぬぬ!っと苦い顔をしながら上目づかいにリーガルに「待ってくれない?」と視線で訴えてみるが大企業の会長様は自分に利のない取引は一切しないらしい。

顎に手を当ててドヤ顔で「ダメ」と言われた。

 

「はぁ、参った。……俺の降参だ」

 

「これで100勝0敗だな」

 

戦績を手元の紙に書き込むリーガル。

見事に100勝目の白星を書き込んでいるリーガルの前でぶつぶつと

「待ってくれてもいいじゃねえか。大人げねぇ」

と餓鬼のような事をほざきながら黒い星を手帳に書きなぐるゲンヤ。

手帳を腹立たしげに机に叩きつけてから煙草に火をつけて一服。

 

「まったく、ルールを教えたばかりの初心者なのか疑わしい強さだな。お前さんは」

 

「チェスは得意でな。将棋も似たような物だ。それに将棋の指し方と言うのは以前旅の仲間に一通り教わったことがある」

 

ゲンヤも陸の1部隊を預かる部隊長だ。

部下の動かし方や戦略の練り方などを新米のはやてに叩きこんだだけあってこういうゲームに関してもやはり上手い。

実際はやてはゲンヤ相手に将棋で勝てたことは無い。

いつもギャフンと涙目になるまでコテンパンにされてしまうのだから。

(そしてロイドはそのはやてにズタボロにコテンパンにされている。)

リーガルの方がゲンヤよりも更に1枚上だったと言う事か。

さすがは年商数百億ガルドの大企業のトップ。

勝負事の駆け引きはテセアラ屈指。

そういうわけでゲンヤは結局リーガルに連戦連敗記録を続けている。

 

「けっ! 俺よりもお前さんの方が余程部隊の長を務められる器だぜ。

どうだ? 管理局に今から入ってみねえか?

お前さんならすぐにどこぞの狸娘を追い越して逆に顎でコキ使えるようになるぜ」

 

「いや。

悪いが私には会社があるのでな。

それに既に108部隊の料理長代理ということで二足の草履も無理やり履かされてしまったのだ。

これ以上は草鞋も履けぬ」

 

リーガルの左腕には「料理長代理」の腕章が付けられている。

リーガルの料理の腕はロイド達旅の一行の中でもジーニアスに次ぐ実力の持ち主だった。

そして彼の料理を食べた者は正に天上の祝福を受けたかのごとく幸せな気分を味わえる。

例えば。その料理を食べたゲンヤの娘さんは某少年ジャンプ漫画の食戟少年が作った料理を食べた人の如く全裸(みたいなイメージ)になって骨抜きにされてしまった。

そして有無を言わさず108部隊の台所責任者をリーガルに押し付けてしまったのだ。

何がすごいって?世界的大企業の会長様をこき使っている108部隊の所業である。

もしかしたらとんでもない事をしてしまっているのではないかと怖い気がしてしまう。

リーガルが将棋の駒と盤を戸棚に置くと共にドタドタと騒がしい足音が。

 

「リーガルさん!! そろそろ昼御飯のお時間です。

お仕事お願いします!!」

 

噂をしたら影と言う奴か

ギンガがドアを勢いよく開けてリーガルを迎えにきた。

このギンガ。

妹のスバル同様よくお食べになる。

そしてリーガルの料理の大ファンでもある。

リーガルの手を握ってヅカヅカと彼を連行するギンガ。

リーガルの手に手錠がついているのを見ると何やら事件を起こした犯人を連行する捜査官に見えるのだが娘の頭の中には喰い地しかない事を思うと父として情けないやら何やら。

口にくわえたタバコを灰皿にぐりぐりと押しつぶしソファーの背もたれに深く体重をかけて溜息を「はぁっ」と吐き出す。

 

娘に無理やり連れて行かれてしまい、いなくなった対面の席の男。

ゲンヤは彼の事を詳しく知らない。

ゲンヤも陸の部隊長として多くの事件に数々の凶悪犯、被害者に加害者。遺族などの様々な人々を見てきて“コイツは悪い奴だ。腹の底で何を考えているかわからないイケすかねェ奴だ”

と見分けられるくらいの人を見抜く眼力くらいは持ち合わせている。

だがリーガルを見た時、そんな野心を持った奴特有の濁った眼など彼は持ち合わせていなかった。

その時ゲンヤは“あぁ、コイツは安心できる奴だな”と確信した。

無論根拠などないし、そんな話をしたら人にこんな怪しい奴を信じていいのかと問い詰められるだろう。

だがゲンヤはリーガルを信じた。

アイツから感じるのは野心や悪意ではなく零れ尾を浴びる大木のような大きな安心感だけだった。

だから彼の簡単な話を訊いた事情聴取くらいでそれ以上踏み込まなかった。

いや、踏み込まなかったというよりも踏み込めなかったと言うべきかもしれない。

リーガルの手に付いた手錠。

アレは伊達や酔狂でつけているようなアクセサリーなどではない。

深い自戒の象徴というものか。

彼が身に着けている服も囚人服。

どう考えても堅気の人間とは言えないだろう。

彼がなぜそんな恰好をしているのか?

気になると言えば無論気になる。

そしてそれには恐らく深い事情があるのだろう。

自分が軽々と踏み込んでいい領分ではないと思う。

だから訊けなかったのだ。

それ以上にもっと訊けなかったことがある。

リーガルと共にいる12,3歳ほどの小柄な少女。

――プレセア。

あの子の眼を見た時ゲンヤにはギンガとスバルと初めて会った時を思い起こされた。

心を失っていた中身のない人形のような瞳。

アレとよく似た瞳をプレセアはしていたのだ。

こんな瞳をした人間には必ず想像を絶するような重い呪縛という物が強く縛り付けているものである。

ギンガとスバル同様強い鎖がプレセアを雁字搦めにしている。

――この子に一体何が?

彼女の今までの人生を垣間見た気がしてゾッとしたゲンヤではあったが、プレセアはリーガルと話をしている中で僅かではあるが微笑を浮かべていた。

ソレを見たゲンヤはホッと胸を撫で下ろした。

――微笑える。

それはプレセアが人形ではなく人であると言う絶対の証拠だからだ。

娘達を救った彼の妻みたいな存在がプレセアにもいて既に救ってくれたのだろうとなんとなく思った。無論これにも根拠などない、あえていうなら今までの人生で培ってきた経験と直感と言う奴だ。

リーガルもプレセアもゲンヤにはどんな事があったかなんて知らないし深く踏み込むつもりもない。

だが彼らを見捨てるようなこともしない。

これもなんとなくなのだが彼らを助けることは近い未来の危機に繋がると思うから。

 

「はっ、運命とか未来の危機とか……そんなモンを信じるなんて俺もまだまだガキってことかね?どう思う?クイント」

 

部隊長席のデスクに置いてある一枚の写真が入った写真立てへ小さく呟いてみた。

写真の女性は自分を信じろと言っているようだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「リーガルさん。今日はどんな料理を作るんですか?」

 

「そうだな。マーボーカレーでも作るとしようか」

 

「やった!!リーガルさんの作ったマーボーカレーは絶品なんで楽しみです」

 

「そう言ってもらえると作る側としても腕の振り買いがあるというものだ。今日はいつもより手をかけて作るとしよう」

 

それを聞いてギンガはとてもうれしそうだ。尻尾があったらブンブンと振り回しているだろう。

妹のスバルも子犬属性の持ち主だが姉も子犬属性を持ち合わせているらしい。

見ていて大変微笑ましい。

横でウキウキワクワクしているギンガはどこかロイドと似ているかもしれないなとリーガルは思った。

ロイド。

そして彼の仲間達。

今頃何をしているのだろう。

この世界に突如としてやってきてしまった。

今頃仲間達は我らを心配しているかもしれない。

――早く元の世界に帰らなくては……。

 

「どうしたんですか?リーガルさん。暗い顔して」

 

どうやら考えていたことが顔に出てしまったらしい。

表情を和らげてリーガルはなんでもないと言い、愛用のコック服へ着替え調理場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ご馳走様。とても美味しかったです。リーガルさん」

 

「そうか。それはよかった」

 

ギンガはマーボーカレーをたいらげてとても満足そうな様子。

彼女の横には天井髙く積まれた皿、皿、皿の山。

おかわりは一体どの位したのだろう。

それにしてもこの娘さん。

よく入りますね。

その大量の料理。

多分、栄養はそのグラマラスで魅力あふれるメロンサイズのお胸に……。

 

――殴打!!

 

あうっ!!

 

「どうしたのだ?いきなり殴りかかって」

 

「なにかセクハラ発言を聞いた感じがして」

 

リーガルとギンガが話をしてると食堂に1人の少年が入ってきた。

どこか気弱な感じを漂わせる少年だ。

少年に気付いたギンガが声をかける。

 

「エミル君。今から昼食?」

 

「あっ、ギンガ先輩お疲れ様です。なんとか仕事が一段落したんで休憩にしようって思って」

 

「エミル君もそろそろ仕事になれてきたようだね。頼りにしてるよ」

 

「えっ!ま、まだ、まだまだですよ。僕なんて。意気地なしだし。ヘタレだし……」

 

この少年の名はエミル・キャスタニエ二等陸士。

今期から108部隊に配属された新米の隊員である。

草食系男子と言う言葉がよく似合う少年である。

 

「そんなことないわよ。

なんだってインターミドルチャンピオン。

世界最強なんだもんね。チャンピオンなら王者らしくもっと胸を張って」

 

「ううぅ、そんなこと言われても……それにアレはまぐれと言うか……運と言うか……

試合の事なんてほとんど覚えてないから実感湧かないし」

 

先に行われたインターミドル世界大会。

どういうわけか出場することになり直ぐに敗戦すると思っていたらあれよあれよと勝ち上がり気が付いたら世界チャンピオン。

不思議な事に彼には全試合の記憶が全くない。

試合開始のゴングが鳴ったと思ったら意識がぷっつりと消え目が覚めたら対戦相手が地面に転がっていたのだから。

ぶっちゃけるとマジで何が何やら?

しかし世界チャンピオンになってしまったのはまた事実。

おかげで街を歩いているだけでサインを強請られたり雑誌のインタビューに追い掛け回されたり。

毎日いろんな人に追い掛け回されてヘトヘトである。

 

「エミルはこれから経験をつんで自信をつけていくべきだ。そうすれば自然と胸も張れるようになる。とりあえず今はたくさん食べて力をつけるべきだぞ。ホラ、マーボーカレー大盛りだ」

 

「えっ!?こんなに食べれませんって!?」

 

リーガルによそって貰ったカレーの量に驚くエミル。彼は少食であるのでこんなに食べられるか心配なのだ。

 

「リーガルさん、これじゃ少なすぎますよ。この3倍は盛ってあげないと」

 

ギンガさん。

エミル君は貴女みたいな四次元胃袋を持ち合わせていないのですから勘弁してあげて。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

エミルはカレーをなんとか完食させて隊舎の通路を歩いていた。

喰い過ぎたらしく腹周りがやけに膨らんでいる。

どんだけ喰わされたのやら?

 

「ふぅ、食べ過ぎたぁ、お腹が苦しいよ」

 

『お前はもっと食べるべきだ。だからそんなにヒョロヒョロなんだよ』

 

「デバイスのお前に言われたくないよ。ラタトスク」

 

腰にさげたキーホルダー形のデバイス『ラタトスク』と会話を交わすエミル。

この『ラタトスク』は主であるエミルとはちがい強気な性格だ。

 

『お前はすぐにあきらめる癖があるからな。やる前から後ろ向きな考えだから弱虫なんだ。自分ならできるって自信を持て』

 

「……デバイスに励まされる僕って一体……」

 

ちょっと落ち込むエミル。

エミルの前からプレセアが大量の書類を持って歩いてきた。

ダンボール箱数個を抱えて歩く少女。

どう見ても重そうだ。

プレセアはまだ小さい少女だ。

こんな小さい子が重い荷物を一人で運ぶのを黙って見ているような冷たい人間ではないエミルは勿論手伝うために声をかけたが。

 

「プレセア大丈夫?それ重いでしょ。僕も手伝うよ」

 

「……ありがとうございます。エミルさん。……じゃあ少しお願いします」

 

――手伝いを申し出なければよかった……

 

プレセアはエミルにダンボールを手渡す。

プレセアは軽々と持っていたのだが意外と重い。

ちなみにこのダンボール箱1つ50キロ以上。

 

「うっ、お……重い、な、何これぇ!?」

 

プレセアが軽く持っているから対して重くないだろうと思っていたダンボールをひょいと受け取った瞬間ずしりと身体全部の筋肉が軋むほどの重量。

1つ持った瞬間に思わず後ろに仰け反りながらふらついてしまう。

そしてそのダンボールの箱の上にプレセアは容赦なく2つ3つと追加していく。

エミルはその度に顔を真っ赤にしブルブル、ガクガクとしてたえようとしたが。

 

――まだまだぁ ドロー!! モンスターカード!!

エミルに追加攻撃!!

 

どこにそんなにダンボールを隠し持っていたと言うのか?

プレセアの背後には“ずももォォ”というSEをつけたいつの間にかダンボールが鎮座していた。

悲鳴を上げているエミルにどんどんとダンボールを追加していくプレセア。

 

もう止めて!!

エミルのライフはもうゼロよ。

これ以上はもう無理なのよ!!

 

「部隊長室までお願いします」

 

ちなみにプレセアはロイド達の仲間の内でも屈指のパワーファイターである。

見た目は少女だが見かけで判断してはいけない。

顔を真っ赤にして歯を食いしばり力むエミルの横で彼以上のダンボールを涼しい顔で持つプレセア。

見た目12歳の少女は自分より重い物を持っているのに何でも無いように歩いている。

世界チャンピオンとしてのプライドなんてこれでズタボロに壊されてしまった気分だ。

エミルは心の中でさめざめと泣き正直ものすごく落ち込んだ。

 

「ありがとな。プレセア、エミル。重かっただろ?」

 

「いえ、神木はもっと……重かったですから」

 

後ろではエミルが息をゼーゼーと荒立てているのにプレセアは涼しい顔。

そんな2人を見比べてゲンヤは顔が少し引きつっている。

プレセアは荷物を運んだらさっさと部屋から出ていってしまった。

また隊舎裏の野良猫達の肉球を触りにでも行ったのだろう。

ふにふにふにふに。

無表情でひたすら肉球をふにふにする姿はかなり怖い。

それでたまに唇の端を薄く持ち上げて「うふふ」と嗤うのだから。

たまにリーガルも同じように肉球をふにふにしている。

2人の事がまるでわからない。

なにやら肉球友の会とやらを結成しているらしいが一体何のための会なのやら。

108の隊員の中にもその会に入会する奴らが出始めているらしい。

もしかしたらそのうち管理局全体を肉球友の会が乗っ取り管理世界、管理外世界にもその会が進出。終いには全世界肉球友の会が支配するとか。

 

「っと。そんなことはどうでもいいか。

エミルは街にパトロールに行ってきてくれないか」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

空は快晴。

小鳥がチュンチュンと鳴きながら自由にその翼を広げて空の向こうへと羽ばたいていく。

平和な日と言うのはこういう日の事を指すのだろう。

子供達が和気藹々と活気よく燥ぎ回っているのと対照的にエミルはどこか暗い。

街を歩きながらラタトスクを相手に会話をするエミル。

なんとなく前から考えていた悩みを打ち明けてみた。

 

「……僕って必要なのかな」

 

『いきなりネガティブ発言だな。どうした?』

 

「……僕は世界チャンピオンだって言ってもぶっちゃけそんなに強くないし。

部隊の連携にもお荷物になっちゃうしはっきり言って皆の足手まといになってるんじゃないかって」

 

『……お前はこのラタトスクの騎士なんだぜ。そのお前が弱いとか言うな』

 

「………うん」

 

エミルのデバイス『ラタトスク』はただのインテリジェントデバイスではない。

実は『ロストロギア』の一種だ。

この『ラタトスク』は最古のインテリジェントデバイスと呼ばれている。

それに宿っている人格は人間並みというか精霊と言うべきものであり、生半可な使い手ではラタトスクに認められない。

エミルがラタトスクに選ばれたと言う事はそれだけでエミルの資質が超一流という物であることを証明していると言える。

しかしエミルはこう思う。

エミルは自分がこの『ラタトスク』になぜ選ばれたのか?ソレは何かの間違いなのではないか?と。

噂の『エース・オブ・エース』みたいに幼いころからのエリートでもない自分。

ラタトスクとの出会いもたまたまチンピラ相手から助けた女の子……マルタとか言った女の子が別れ際に落としていったものであった。

運命的な出会いとかそんなものではなかった。

またあのマルタと何処かで出会った時に返すつもりなのだが彼女は何処にいるのやら。

マルタの事を考えたらあの子はかなり変わっていたと思う。

成り行き上彼女を助けたのは間違いないにしろ、その後の彼女の態度が恐ろしくガラりと変わったのだ。

なんかエミルの事を王子様とかなんか言ってやけに情熱的なキラキラした目をされたが、王子様……。

世界チャンピオンに王子様……僕のキャラでは本当ないな。

――本当の僕のキャラっていったいどんなものだろう?

 

パトロールも無事終わりそろそろ帰ろうかとエミルは108部隊の隊舎へ足を向けたその時

いきなり眩い閃光と耳を劈く爆発音が聞こえた。

思わず音の聞こえた方へ目を向けると宝石店に強盗が押し込んでいるではないか。

あんなところに宝石店があったのかと現実逃避を半分していたがこれってもしかしなくても事件?

飛び交う悲鳴に強盗達が揚げる下賤な怒号。

どこか出来の悪い映画のようだ。

なんとかしなきゃ……何とか……僕は管理局員。

僕が何とかしないと……。

ガクガクと震える手でラタトスクに手を向けるが動こうとしない。

なんで?どうして?

恐怖に慄く身体とは別に頭はやけに冷静で敵の情報をまとめ上げていた。

強盗は10人以上。

意見してわかるほど怪しい恰好をしている。

アレは最近街を騒がしているディザイアンという犯罪集団のメンバーだろう。

全員がデバイスを持っていることから犯罪魔導士であることがわかる。

とエミルがただ見ているだけの間にも事件は進行している。

宝石店の警備員は強盗団により瞬く間に倒されてしまっていた。

 

「クヴァルさま。突入の準備完了致しました」

 

自身らの障害を一掃した後にある男が現れた。

まるで貴族のような立ち振る舞いと仕草。

カツンと優雅に靴を鳴らしニヤリと笑みをうかべリーダー格と思しき男が颯爽と店へと足を踏み入れた。

周りで苦しんでいる警備員たちをまるで下等生物を見やるような蔑んだ視線で一瞥した後何事も無かったかのように口を弧に歪め歩を進めていく。

 

「ではいきましょうか。フフ。此処にあると良いのですがね。アレが」

 

名をクヴァルと言うらしい。

物腰に周りにいる奴らの態度から考えてみるとコイツはおそらく幹部クラス。

奴から感じるのは人を人と思わないような酷く歪んだ狂気と野心をはらんだ黒い目。

アレは人を殺すこと等ありを踏みつけ殺すことのように何のためらいも無く行い、そのことをいちいち覚えていようとも思っていないだろう。

こわい。あんな奴がいるなんて……。

エミルの額に汗が滲む。

恐ろしい。こんなプレッシャー

エミルは無意識に足を一歩後ろに下げてしまう。

奴を筆頭に店の奥に入っていく。

止めなきゃ……でもできない。

僕は弱い!!

 

『お前は豚か?』

 

遠い昔のどこかで誰かがそんな事を言っていた。

ちがう。

 

『お前は人間か?それとも豚か?』

 

僕は……。

 

『■■■■■■■』

 

そして我に返ったエミルは倒れていた店の警備員の元へと急いで駆け寄った。幸い皆怪我は大したことなく気を失っているだけのようだ。

ホッと息を吐き出しすぐにレスキュー隊への連絡と陸の部隊へ応援要請を行った後エミルはキッとした目付きで店の中を睨み付ける。

このままでは店の中にいた人達にも危害が及んでしまう。

自分しか奴らに対抗できる者はいない。

僕が行かなければ。僕がやらなければ……!!

でも、もう少ししたら武装隊の魔導士達がやってくるだろう。なら、自分がむかっていく必要はないのでは……

 

『ここで逃げたらお前はただの豚だぜ。豚で終わりたいのか』

 

逃げ腰のエミルを見て頭の中で誰かと『ラタトスク』は呼びかける。

 

「……僕は、豚じゃない……」

 

『なら勇気を出せよ。お前が豚じゃない証拠を見せてみろよ』

 

――勇気は夢をかなえる魔法――

 

「……勇気は、夢を叶える魔法。……わかったよ。ラタトスク、いくよ」

 

―ラタトスク、セットアップ!!―

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ふむ。やはりアレがいくら宝石のようだからってこんなところにあると考えたのは流石に安直過ぎましたか」

 

荒れ果てた店内でクヴァルは手に持つ端末に話しかけている。

 

『よい。クヴァルよ……引き続き例の物の探索を行え。―――――様のためにもな』

 

端末のモニターが消えると共にクヴァルに話しかける部下達。

 

「店内にある物全て回収しました」

 

「まぁ、良いでしょう。とりあえず退散するとします。これ以上のんびりとしていると管理局の奴らがやってきますしね」

 

間抜けなマグニスのようなドジを完璧な自分は決して踏まないが余計な事をしたくも無い。

最低限の事を済ませたのだからサッサと撤収をすべきだ。

クヴァルは部下たちに撤収の命令を下そうと思ったが。

――なにか来る

刺す様な鋭い殺気を纏った獣の感じ?

これはどうやらつまらない仕事が一つ舞い込んできてしまったと言う事だろう。

劣悪種の分際が自分に余計な手間を。

 

「何者です?」

 

「はっ、何者ねぇ。俺はお前らをぶっ殺しに来た唯の管理局員だ。さぁ、泣き喚けぇぇええ!!!!」

 

『ラタトスク』のバリアジャケットを装着したエミルがクヴァル達の前に立ちはだかった。

だがどこか先ほどの彼とは態度も雰囲気もまるで違う。

瞳も翡翠を思わす様な緑から鮮血のような紅へと変わっている。

気弱でおとなしかった彼とはまるで正反対の。

別人のようだ。

 

「なんだ?テメエは」

 

「オレの名前なんてどうでもいいだろ。テメエらをぶっ殺すのに何の関係もねえよ。雑魚ども」

 

エミルは強盗共の高圧的な態度に全く怯むことなく逆に煽り返す。

ふむっと顎を手にクヴァルはエミルの姿を観察する。

確か前に文献で見たことがある。

あの騎士恰好。

確か……『ラタトスク』の。

もしそうなら。

思わぬ収穫かもしれない。

これは使えるのではないか?

コレをうまく使えばあの天使の少年すら凌駕する力を我が手に……――!!

 

「けっ!餓鬼がデカイ口を叩いてんじゃねえよ!!」

 

一人の強盗がエミルに向かって魔力弾を撃ち放った。

 

「んなモンが当たると思うかよ。三下が!!」

 

魔力弾を剣で切り裂き、そのまま強盗の懐に潜り込む。

まさに血に飢えた狼のような野性的な動き。

振るわれるエミルの剣筋は獲物をしとめるための爪のような殺気を纏っていた。

 

「っな!?」

 

餓鬼だと高をくくっていた雑魚がコレに対抗できよう筈もない。

恐らくエミルの影すら目で追えてもいなかっただろう。

 

「寝てろ」

 

エミルは近くの強盗2人を一瞬で斬り捨てた。

倒れる男達が地面にその身を沈めるより早くエミルは疾走する。

多勢に無勢と思われたがそんなものは関係ない。

どちらが狩られる者であるか……そんなものは火を見るより明らかであった。

エミルに当たらない攻撃を続けていくのだがソレで仕留められるわけも、掠ることすらできない。

次第に怯え、戦意を失っていき動けない強盗達。

 

この一方的な狩りに飽きたのかエミルは剣の切っ先に力をためていく。

暴風のような風の流れ。

店内を蹂躙しぶち破ろうかと言うような恐ろしい魔力の塊はエミルの全身から放たれていた。

それこそエミルの。ラタトスクの力。

暴力的な力はクヴァルの余裕に満ちた顔から笑みを消し飛ばすのも容易いものである。

破壊のための力の解放。

コレはまずいと部下を見捨てその場を去ろうとするクヴァルより早く無秩序かつ盛大に解き放たれた。

 

「遊びは……終わりだ!うおおおおおお!この一撃で沈め!

はーっはっはっは!闇にのまれろ!アイン・ソフ・アウル!」

 

エミルの『ラタトスク』の剣から巨大な光が放たれた。

 

一閃

 

轟音と共に眩い光が世界を覆う。

馬鹿げた力はその場全てを飲み込んだだけでは飽き足らず狭い空間を吹き飛ばし、よりその牙で破壊を楽しもうかと言うかのごとく爆発的な力で店を吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「やったわね。強盗を一人で捕まえちゃうなんて」

 

強盗を倒した後、ギンガ、リーガル、プレセアが現場にやってきた。

応援要請してからまだ時間も然程立っていないのにすぐに駆けつけてくれたのだがもう既にエミルが全部終わらせてしまった後だった。

 

「あ、あはは、でもバリアジャケットをつけた後から記憶が曖昧なんですよね。気が付いたら強盗達が丸焦げになってたんです」

 

エミルは何が何だかといったような表情だ。

我に帰ったら瓦礫の中で強盗の頭を踏みつけて高笑いをしていた。

どっちが犯罪者かと言われたら多分知らない人が見たら自分を指さすのではないだろうか。

それにしても気が付いたら事件解決とか……これはまるで某眼鏡の少年探偵が眠らせてしまうあのへっぽこ探偵のようだ。

身体は小さいが中身は魔王の『ラタトスク』がキランっと光る。

 

「だがエミルが強盗を倒したのは事実だ。これはエミルの勇気が生んだ結果であり誇っていいことだ」

 

「エミルさん。……とても、すごいと思います」

 

「あ、あははは。でもクヴァルとかいう奴は逃がしちゃったみたいですけどね」

 

リーガルとプレセアから褒められて照れて顔をかくエミル。

ギンガはエミルの話を訊いて早速クヴァルの手配を回してくれた。

奴もアイン・ソフ・アウルの直撃を受けた筈であるので無傷と言うわけではあるまい。

近いうちに必ず逮捕できるであろう。

 

「ところでエミル君。これ」

 

ギンガが1枚の紙を差し出す。

 

「なんですか、………こ、これは!?」

 

宝石店の修理代

とても素敵な数字が並んでいた。

 

「エミル君が犯人に使った魔法のせいで店が木端微塵らしいわよ。その修理代ですって」

 

「えっ?でも、そういうのって管理局が負担してくれるんじゃ」

 

「今回はちょっと必要以上に派手な魔法を使ったせいでね。少し頭冷やさせるためにエミル君が負担しろってお父さんが」

 

「エミル。厨房でバイトをするか?」

 

「エミルさん……、頑張って、ください」

 

リーガルとプレセアがエミルの肩を叩いて励ます。

 

「そ、そんなのあんまりだぁぁぁ」

 

 

 

 

 

頑張れ!エミル・キャスタニエ二等陸士。

 


 
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