No.714185

『記憶録』「MISFIT」②

グダ狐さん

自分で執筆してなんですが、会話って難しいですね。

2014-09-07 01:10:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:324   閲覧ユーザー数:324

 

 車が停車したのは夜が更けて星が眺めるようになってから。道中、バッグスに八つ当たり気味に暴れまわったせいで車酔いを起こして、静かに唸っている間に到着していたようだ。気分が悪い。

 ふらふらとしながら扉をよじ登り、ゴミのように落ちる。どうにか立ち上がってリュックを背負う。これからが本番だというのに情けない姿だ。先を歩くバッグスは見向きもしないが、右へ左へとふらつきながら後を追う。

 イグラッシュ戦争の最前線にして戦火の入り口――ブルックリン基地。常時警戒態勢ということもあって基地の照明は点灯し、見張りの兵士も見受けられる。施設の所々にも光が灯っている。内陸の基地には感じられないピリッとした雰囲気。張り詰めた空気に混ざりこむ僅かな硝煙の臭い。この全てが、ここが戦場なのだと自覚させる。

 それでもルイスの車酔いは治る様子はない。

「おい……まて、先にトイレに……」

「これで我慢しろ」

 差し出されたのは、道中に買って飲み干して空となったペットポトル。

「これでどうしろと――ッッ!!」 

 それはとても冒涜的な光景だった。小奇麗に掃除された通路が、一瞬にして汚泥に侵食されて異界と化した。誰もが目を背ける。誰もが顔をしかめる。滴る液体が異臭を放つ。直視すればこの引き込まれて、精神が犯されて異界が眼前に広がっていく。

 拡大する異界に、すぐさま対処できた人間はいなかった。

 ただただ、拡がりを黙認するしかなかった。

 それから数十分の時間が流れた。

「この部屋で待っていろ。……もう吐くなよ」

 バッグスが開いた扉の先は、待合室とも会議室とも違った。

 倉庫にも似た空間で、薄暗い照明に照らされる人影は少なくない。数は三十人ほどだろう。ある者は机に足を投げ、ある者はタバコを吹かしている。同じ軍人とは思えないほどガラが悪い連中ばかりだ。道中語ったように、軍のはみ出し者ばかりが集められているようだ。

 周りを怪訝な顔で見渡すと、睨まれたりそっぽを向かれたりと反応も十人十色。どう見ても、これから仲良くしようという雰囲気ではない。

「こいつらの顔見て吐かない自信はないな。というかよ、せめて荷物くらい置かせに行かせろ」

「自信がなくなったらその中に入れればいいじゃないか」

「馬鹿を言え! この中にはニーナの幼い頃からのアルバムが入っているんだぞ!」

「ならば俺が預かろうか?」

「本調子でないことを感謝して、今すぐその手を引っ込めろ」

 冗談であろうとなかろうと、その類の戯言に付き合う余地はない。それを分かっていて、バッグスはしたり顔をやめない。

 本当に殴りつけてもよかったが、この場に無闇な火種をつけては鳴らないと警告が走る。どのような切欠でも、ここにいるはみ出し者にとっては危険なものだと直感が訴えているからだ。そのことを分かっていないバッグスではないはずだが、調子を取り戻させようとする彼なりの計らいだろうか。

「じきに説明が始まる。俺は司令に報告に向かうから、適当に身体を休めていろ。ただ――気だけは抜くなよ」

「こんなところで寝そべって夢心地なんて無理な話だ」

 吐き捨てた言葉に納得したバッグスが無言で立ち去る。

 とは言うものの、今は少しでも楽な体勢になりたいのも事実。部屋の机は所々に残っているが、いまだに襲い掛かる吐き気と酔いで青ざめた状態で動こうという気すら起きない。 

 ここは静かにミーティングが始まるのを待とう。

 そう適当な壁にもたれかけて床に腰を落とすのを見計らったように、どかどかと五月蝿い足音が近づいてきた。

「随分とお疲れみたいだな。顔色悪いぜ、ブルーフェイス」

「あ~、悪いな。調子悪いんで、呼び出しなら自分で行ってくれないか。もう一発やらかした後なんだよ。それに聞こえてたんなら分かるだろ。待ってろ」

 頭を上げる気にもならず、項垂れたまま適当に話を終わらせる。光源の位置関係から表情は見えなかったが、ろくでもない顔をしているに違いない。こういう手合いはまともに相手にせず適当に流すに限る。

「これから同じ釜の飯をつつく同僚になるんだ。挨拶して回るのは生き残るためのコミュニケーションってやつさ」

 ルイスが顔を上げると、覇気のない、緩みきった笑みを浮かべた中年の男が覗き込んでいた。

「グレイズ・ランカスター。で、おたくは?」

「ルイス。ルイス・マッカートニー。階級は一等准尉」

「マジかよ准士官様か。あ、伍長な」

 差し出された右手を握らないで無視するが、グレイズは構わず横に座って続ける。

「周り見たか? どいつもこいつもバカやらかした一癖二癖ある奴ばかりだ。上官様が使う新型を持ち出した壊したアホに、部下全員を病院送りにしてまで暴れまわったクズ。階級なんて関係なく集められてる。しかもとっておきとばかりに、部屋の隅には埃が被った装攻機まで転がしてある。さながら軍の掃き溜め、ゴミの寄せ集めってところだな」

「お前だって、似たようなバカをしたからここにいるんだろうが」

「あんたらほどじゃないさ。特に、佐官様の戯言を真に受けて基地を追い回した挙句、訓練中の部隊まで巻き込んで壊滅。かの紳士司令官を四日間も寝込ませた人間と一緒にはしてほしくないなぁ。ねぇ、シスコンさん」

 にたついた笑みが目に付いた時には、腕を伸ばしてグレイズの襟を締め上げていた。

「おいおい、マジじゃなくてガチかよ」

 どうやらグレイズの口はきちんと閉じなければならないようだ。

「調子悪かったんじゃないのかよ。悪い、悪かった。睨まないでくれよ」

 すっと無言で構えた握り拳にグレイズは怯えた様子で手を挙げる。

 調子なんてものは気分とその気次第でいくらでもどうにでもなる。上がりが早い分、下がるのも早く、熱が冷めたルイスは手を離す。

「だけど、俺はちょちょっと情報を金に換えただけ。誰一人も傷付けちゃいない。そもそも、それは俺の性分じゃない。そこだけは思い違いなく」

「……情報部の人間かよ」

「元だけど。下手に追い払って喋られても困るって上の魂胆のおかげで、軍服に袖を通せているがな」

 軍部の情報を売ってどの口を言うのだろうか。確かに死傷こそしていないだろうが、機密漏洩となれば処分は相応に重くなる。仮に軽く済んだとしても、監視らしい人間が見当たらない。

 グレイズは平然とタバコを取り出して吸い始めた。

「そいつはご愁傷様。そしてご愁傷様。キーボードの代わりに撃鉄を叩いて、頑張って生き残ってくれ」

「いやいや。ガラは悪いが、ここにいる面子はそれなりに腕利きだし、なんやかんやで運もいい。手を振って返ってくる確率は十分にあると思うぞ。ほれ、あいつなんか周囲警戒中に敵集団に襲撃されたのに一人だけ戻ってこれた強者だ。うん、できれば組みたくないね」

「誰もお前のケツ守ったりしないぞ」

「あんたらのケツを眺めて逃げ回るから」

 どこまでが本気なのか、ルイスには察せられなかった。だが、積極的に戦闘に参加する意思がないのは分かった。むしろそちらのほうが助かるかもしれない。

 細く、硬そうな身体つき。訓練こそ受けたことはあるが続けている様子はない。鍛錬をしているようにも見えない。完全な事務仕事を主とした人間だ。逆に頭は無駄に働いている。現場慣れしていない人間に銃器を持たせて屁っ放り腰になるより、最初から参戦しないと断言しているだけ立場を理解している。一発の銃弾でぎゃあぎゃあと騒がれても困る。いっそ来ないでほしい。

「元情報部だろ? この事について何か調べちゃいないのか?」

 グレイズは首を振りながら鼻を鳴らした。

「こいつは軍内部のはじかれものを寄せ集めちゃいるが、作戦内容は外部に一切漏れないよう隠匿されてる手の込みよう。軍のメンツなんかのためにそこまで気張って整える必要はない。それに、本当に隠したいなら一番目立つこの基地に集めたりはしないだろうさ」

「つまるところ?」

「上の連中は面倒な奴らを集めつつ、今明るみになることに警戒してる。のちにどんな結果になろうと解釈のしやすいようにしたがってるんじゃないかと俺は睨んでる」

 なるほど。もしこれで成功すれば状況の打破に繋がって攻勢に転じられ、失敗しても失うのは都合の悪い人間ばかり。たとえメディアに露見したとしても、前者なら基地の特殊部隊、後者なら偵察中に敵の襲撃を受けたで済む話だ。どっちに転んでも軍にメリットはある。

 紳士司令が死ぬほど頑張って死んで来いと言った理由がこれだろう。そんなことでニーナとの物理的距離を離されたのかと思うと、あの笑顔の横っ面を殴り飛ばしたくなってくる。

「お前の読みどおりなら、この結果は良いほうに転ぶだろ。偏っているが戦力は十分。放てば我先にと喜んで暴れ回るだろうし装攻機もいる。ケツは選び放題だな」

「あ~、あの装攻機のケツは勘弁したいな。こうやって仲良くなったんだし、あんたのケツがいい」

 気色の悪いことを言いながら、グレイズは一番安全であろう相手を拒否した。

「あの装攻機はどうも良い印象を持てないというか、どうにも怪しいんだよな」

「怪しい?」

「どうにも、ここの一番乗りはアレらしいんだ。一応全員に話し掛けまくったんだが、どうにか会話した連中もアレのことを気にしてた。パイロットがいないってな」

 兵器だけが搬入されていることがあるのか。召集させられた人間は一ヶ所に集められているはず。曰くつきとはいえ、パイロットだけ別口というのは考えにくい。だとしても、ここは格納庫ではない。

 グレイズが向けた視線の先に倣って見ると、僅かな光に照らされて鋼の巨躯が輝いた。

 どこでどのようにして開発されたか分からない。だが、戦場を駆け巡り、常にバッグスたちの空を奔り、数多の戦果を挙げてきた。魔獣や異邦人と対等以上に渡り合うことができた。今や兵器の花形としてこれを拝まない日はない。

 世界合併現象による混乱を打破するために生み出された魔力で稼動する強化外骨格――装攻機。最強の戦力にして最高の花形が、舞い散る埃に包まれて佇んでいた。

「あんな機体、見たことないな」

「最新の試作機だとしても、普通はこんなところに運び入れないからな」

 ピクリともしない装攻機の周りに人が集っている。雰囲気は暇を持て余した苛立ちから蹴ったり小突いたりして憂さを晴らしている。大人しく待っていろというほうが無理な堪え性のない連中だ。何時間待たされたかは知らないが、それでも持ち堪えたほうなのだろう。

 その一人が、なんの脈絡もなく吹き飛ばされてきた。

 人形を投げつけたように真っ直ぐ跳んで来る男を、ルイスは足元に叩き落とした。あのままでは横に置いた荷物に激突していた。

「おい、あれは何なんだ?」

「ごめん。分からない」

「使えねぇ」

「勘弁してくれよ。前ならまだしも、今はただの一般兵だ。権限も何もない。調べられるって言っても、状況からの推測や噂話を聞きまわるくらいしかない。というか、二日近く飲み食いなしの身動きしないで乗ってられる人間って聞いた事ない」

 無人かと思われた装攻機の顔ににぶい光が一つだけ灯る。振り払った拳を降ろし、周囲を威圧するように見渡す。

 突然の事態に、誰も状況を上手く飲み込めていない。軍歴に塗りたくられた汚点が嘘かと思うほど大人しくしている。よく分からない動揺だけが広がり、底冷えするような冷たい緊張感が並走した。

 逆に、ルイスは機嫌を損ね始めていた。

「あの鉄屑ぅ」

 まだ動きの鈍い身体を起こし、跳ばされてきた男を拾い上げる。足元に転がしておいても邪魔だ。とりあえず、掴んだ襟首を引っ張って全力で投げ返した。同じ軌道を通って往復する可哀想な男は悲鳴をあげることもなく、装攻機によって叩き落とされた。

 一斉に視線が集中する。装攻機も倣ってルイスを睨みつける。

『おい、あいつでキャッチボールしようってのはお前か?』

 文字通り人ごみを乱暴に掻き分けながら近づき、覗き込むように顔を近づけてきた。

 妙な声色だ。変声機を介してるような掠れ方。合成音声と例えてもいい。しかし、それは決して人間のものではない。

「そっちから吹っ掛けてきたんだろ」

『いいかチビ。俺はな、四日も前に搬送されてからずっとこの部屋にいた。塵が積もった、埃を被った。非常に機嫌が悪い』

「そりゃあ奇遇だ。俺も機嫌が悪い」

 荷物を指差し、

「いいか。この中には、お前の機嫌よりも、ここらにいる連中よりも、この国家よりも、貴重で至高で重要な、この世界に一つだけのマイシスターメモリーズが入ってる。それに傷つけようとした。それが許されざることだと」

『そうかい』

 ルイスの横で衝撃と共に粉塵が舞った。説明するのに熱が掛かってたせいか、突風が吹いたようにしか見えなかった。だが、その動きははっきりと理解していた。明らかな敵意と破壊を目的としていると。でなければ、リュックが捻じ切れるほどのひねりを加える意味はないから。

 その標的は、たったいま、何よりも大事だと語った――

「アルバムがぁぁぁ!!」

 破壊されたリュックの中から溢れ出した荷物を漁る。どれもこれも昔から愛用していた衣類や小道具ばかりだが、今はそれに気を取られている場合ではない。

 ゴミと化した荷物を掻き分け、ついに見つけたアルバムはどれよりも悲惨に見えた。表紙はくの字に折れ曲がり、ゆっくりと開くと不吉な音が立ち、大切に保存されていた妹の笑顔はしわくちゃ。それはもう、手の施しようがないほどに。

『機嫌がさらに悪くなったせいで手加減できなくてな。これに懲りたら、二度と俺の機嫌を損ねるんじゃねえぞ。お前らもだナマモノ。貧弱で脆い肉塊が、装攻機に敵うわけないんだからな』

 装攻機は意気揚々と声を荒げる。

 傲慢に侮蔑を加えて言葉にしたようなものだが、間違ってはいない。高速機動を取りながら人の身のこなしで重火器をぶちまけられれば、地を這う兵士にとって装攻機は戦車と戦闘機を足したものよりも恐ろしい。生身で襲われれば原型すら残るか分からない。

 竦むのも分かる。恐れるのも分かる。

 もっとも、それとアルバムに行った悪行とは別だ。

「……」

 その足元で項垂れるルイスは、そっとアルバムを置く。静かに立ち上がって装攻機の胸部に右手を添えると全力で振り下ろす。手加減なんて一切しない渾身の全力に固定されたボルトに意味はなく、シーツを剥がすよりも容易にその一枚を引き剥がした。

 完全な不意打ちを喰らった装攻機だがすぐさま体勢を整える。状況把握は素早いのはさすが精密機器の塊といったところだろう。

 引き剥がした装甲で頭部を引っ叩かれなければ、褒めてやってもよかった。

「まずは一枚。きっちりばっちりその着ぐるみを粗大ゴミに放り込んでやるよ。どうせ、もう使うことはないんだからな。それからゆっくり、顔を突き合わせて殴り合い(はなしあい)しようか」

 甲高い音を立てて倒れた装攻機に足を乗せ、ルイスは青筋が立つ顔で見下ろした。

 いま、あの男は何をしたのか。

「おいおい。あいつ、なんてバカなんだよ」

 誰かがそう呟いた。

 なんて難しいことではない。装攻機の胸部フレームを、素手で引き剥がした。理解はしているが納得ができない。

 突出した人間――俗に英雄という化物染みた存在はいる。圧倒的な力でもって一騎当千にも似た戦果を生み出すもの。しかし、軍に身をおくもの全てがそうなれるわけではない。世界合併現象によって現れた奴らは万の軍隊を揃えようと一瞬にして薙ぎ払ってしまう。通常の兵器では対抗しきれないが故に生み出された兵器が装攻機だ。

 装攻機の装甲は機動性と機体の柔軟性を向上するために薄くされているが、人間の力でどうにかできるように作られてはいない。

 その装甲が破られた。

 あまりの出来事に呆気に取られていた。

「そりゃあ天下の大バカ野郎だよ。第八大隊全滅事件をやらかした奴だし」

 聞こえたもの、釣られたものが一斉に声の元へ振り向く。

 濡れた汗に埃がこびりついたグレイズがいた。あの二人に巻き込まれる直前に逃げ出して人ごみに紛れていたのだ。

 自称元情報部の男が語った言葉に、皆が戦慄した。

「全滅事件って……あいつ、あのシスコン大将のか?」

 もはや侮蔑を通り越して伝説となりつつある逸話だ。たった一日でかつての上官を病院送りにして自主退役させ、巻き込まれた訓練中の大隊を一つ壊滅させ、ついでに視察していた紳士司令に泡を吹かせた一大事件。その原因が、妹を嫁宣言されたことへの報復であるから笑うに笑えない。

 付いたあだ名が“シスコン大将”。

 そしてもう一つ――

「“魔女仕立ての機兵(ウィッチリング・キリング)”。クラーキントート学院が誇る魔女のサンプリングを買われた特攻野郎だ」

 乗っかる足を払って起き上がった装攻機が、壁を粉砕しながら襲い掛かる。本気の直撃を受ければ大型トラックに轢かれるのと同じ。無事で済むことはない。

 即死もありえるのに、ルイスは離れようとしない。まともな人間の神経ではない。攻撃を掻い潜りながら右拳を繰り出している。幾たびの衝突に軍手や軍服は破れ、黒を基調として銀の片翼が光沢を放つ。

 その右腕こそが魔女仕立て――ペンディム。

 捌き切れなくなった一撃を肩で受け止めても曲がらず、生身すらも生じた衝撃に耐える。義手に内包されている魔術が何かしらの影響を与えているのか、かつて徹甲弾をも防いだというのだから耐えられないわけがない。

「つまり、あいつの腕があれば俺も……魔女の寵愛が」

「おい、どうする。あの装攻機に加勢するか?」

「バカやろっ! やるならどっちが勝つか賭けてからだろ」

 動揺する空間が一転、どこか高揚し始めて勝手に盛り上がっている。ルイスも、最初こそ八つ当たり気味だったのが楽しんでいるようにも見える。

「バカなのはどっちもどっちだろうに」

 彼らにとって、荒れた戦場が最も輝ける場所だ。戦闘狂と言い換えてもいい。どこに行っても腫れ物として扱われ、蔑まれ、それでもそこにしか居場所を見出せないでいる。だから、どこまでも戦場に恋焦がれるのだろう。

 対して、グレイズは平静を保ちながら肝を冷やしていた。ただの情報佐官でしかなかった彼にこの空間はあまりにも毒だ。いったいどんな地獄に放り込まれるのかと思うと、膝が笑って仕方ない。というか、帰りたい。

 それでも彼のこの場に押し止めている理由を挙げるとすれば、あの装攻機の存在だと、自ら納得させて力のない目で追いかける。

 装攻機ということもあって中々にしぶとい。痛覚がないというのは厄介なもので、打ち込んだ手数は十を超えて装甲も歪み始めているのに動きが鈍くなる様子がない。むしろ、こちらのデータを取得してか防御に回る数も増えつつある。

 ジリ貧による痛み分けなど認めない。徹底的に叩き潰してこそ意味があるのだと、わずかな隙を見つけては拳を繰り出していた。といっても、ほぼ生身であるため右腕のみという制限があるが。

『しぶといぞ! お前、本当は全身改造されたんじゃないだろうな』

「んなことしたら ニーナの温かみや頬のぷにぷにが味わえないだろうが!」

『この規格外のロリコンが!』

 魔女曰く、義手の副作用で人体に多少の影響が受けるかもしれないとは聞いていたが、その効果は絶大だ。確かに銃弾を受ければ穴は開き、爆発に巻き込まれれば致命傷となる。それでも、人としての強度は優に超えている。装攻機の一撃を直撃ではないとはいえ耐えられるのはそのおかげだろう。

 一方で、ルイスにもどうにも解せないことがあった。

 装攻機は一見して万能の超兵器だが、どう取り繕うと強化外骨格でしかなく人間がその身体で動かしている。大降り連発という激しい運動にも関わらず、発せられる声に息切れが全く入っていない。疲労と感じることがないのだ。

 そこで閃いた。

 装攻機の大降りを弾いて、ある箇所に向かって一気に肉薄。義手は装甲を引き剥がした腹部を貫いた。

 しかし、その先に生々しい肉の感触はなく何も掴める物はなかった。

「妖精が動かしてるかと思ったが本当に誰もいないのかよ。規格外はお前のほうだろ!」

 がさごそと上下左右に腕を伸ばす。中は見事なまでのがらんどう。それでも実はどこかに何かいるのではないかと漁っていると指先が何かに触れた。

『ッ……。いつまでも腹ん中に突っ込んでるんじゃねえ!』

 くぐもった呻き声を漏らしたと思うと、ルイスの身体が掴まれて引き抜かれた。コンクリートに叩きつけられて床にめり込み、握り潰そうと増した握力に身体が悲鳴をあげた。

「ならこっちでいいかよ!」

 逆流する胃液を拭き取りもせず、ルイスは手刀を腕の締め上げようとする手首に突き刺す。締め付ける指の力が緩んだ。抜け出せると思いきや、装攻機はその重厚な重量で押し潰しに掛かってきた。みしりみしりと骨が軋み、圧迫された内臓が逃げ場を求めて飛び出そうだ。

 両者はどちらも引かず、躊躇わない。

 さらに深くに潜り込ませると傷口から淡い光が漏れ出した。駆動系のケーブルでも傷つけて動力である魔力が零れたのだろう。あとは萎んでいく風船と同じ。燃料が切れてしまえば動くものも動けまい。

 それまで身体が持てば勝てる――なんてルイスが考えるはずもなく、憎さ一心で抉り込む。

 魔力の光が部屋に満ちていく。

 双方の気迫と魔力の彩りに野次馬たちの熱はより一層の高まりを見せた。

「随分と楽しそうだな。これは面白い言い訳が聞けそうだな、バカ二人」

 と、そこに水が注された。

「バッグス……!」

 いつも絶妙なタイミングで入ってくる友人を忌々しい目で睨みつけると、舌打ちをして腕を引き抜いた。

「おら、クレーム処理係がやってきたぞ。いい加減その図体をどかせ鉄屑」

『誤解されるような言い方をするな!』

 機械にも誤解されると困ることでもあるのだろうか。

 装攻機も腕をどかし、ようやく解放されて立ち上がる。身体中が痛い。ひびは入っていないだろうが、筋肉は痛めたかもしれない。放っておいても勝手に直るだろうから無視しておく。

 それよりも問題は目前にいるバッグスだ。不機嫌そうにスタスタと近づき、ボロボロのルイスと装攻機を見比べ、敬礼もせずに睨みを効かせる野次馬を見渡し、ズレてもいない眼鏡を掛けなおしてから口を開いた。

「じゃあ聞かせてもらおうか?」

『聞かせてもらう? それはこっちの台詞だ、士官様よ。俺はいつまでこんなところにいればいいんだ? 暴れさせてくれるんだろ。だったら今すぐにでも出撃させろよ。難しい話じゃないだろ。さっさと出てバルトフェルツを殲滅すりゃあいいだけの話だ。手間も時間も取らせんさ』

 ちらりと後ろを見れば、装攻機に同調して近づいてくる人影がちらほら。つい先ほど到着したルイスとは違い、彼らは随分と長い時間ここに閉じ込められていたのだろう。我慢の限界と言う意味では、彼らも同じようだ。

 バッグスがそれに気付かないはずがない。

「さきほどのミーティングで決まった。出撃は明日の未明。複数の活動拠点を同時に攻撃してもらうが、決行はその晩だ。班の編成はこっちですでに済んでいる。一班に一台の輸送ヘリが付くから、それで移動してもらう」

『朝に出て、夜まで待てなんて無理だろ。さっさと見つけてさっさとやっちまえばいいじゃねえか。まどろっこしくて錆び付く!』

「情報が少ないから集めておきたい、というのもあるが到着する頃には日が暮れているだろうな。最初は高高度からまとめて飛び降りてもらおうかと思ってたんだが、まさか成層圏にいる偵察機を撃ち落すとはな」

「おい、戦う前に全員死ぬぞ」

 経験も訓練もしたことがないのにパラシュート一つ付けて放り出されて殺されるところだった。 そう安堵する反面、周囲からはテロ行為ばかりが武器だと思われいたバルトフェルツに、雲の上にいる豆粒よりも小さい的を正確に狙い打てる技術を持っていることに驚愕の声が漏れた。

「ついでにと言ってはなんですが、俺からも一つ質問させてもらえませんかね、中佐殿」

 人混みからひょっこり現れたグレイズが小さく手を挙げた。

「グレイズ少佐――いや、今は伍長だったな」

「おかげさまで。分かっていると思いでしょうが、アレは一体何なんですか。いつから英国はリビングアーマーを自前で拵えるようになったんでしょうか?」

 挨拶もそこそこにに、グレイズはかつての上官に問う。

 元情報部と名乗っていただけに、どこかしらの繋がりがあるとは踏んでいた。その彼が勘ぐっていたものを最も知っているであろう人間を逃すはずもない。そして、誰もが注目するこの場でバッグスに言い逃れができるはずもなかった。

「自立型装攻機――ノーマッド。乗り手を選ぶ装攻機をより汎用性と運用数を上げるために、我が英国情報部がかの魔女に協力を仰いでまで作りだした試作機だ。そこのルイス(バカ)の右腕の後輩ということだ」

 また魔女か、と誰かが呟くのが聞こえた。

『あのバカの腕が俺の先輩だと言うのか!? ふざけるな、あんなのそこらじゅうに叩き売りされてるだろ。一緒にするな。それに後から生み出されたってことは俺の方が性能が上ってことで、さっきの喧嘩だって――』

 さすがの貴重な試作機――ノーマッドも情報部のバッグスには逆らえないらしく、必死にゴネている。機械らしくない。近年のAIの進歩は短絡的ながら自立した思考を持ち得るほどなのに、どうしてこう反応が人間臭いなのだろうか。

「おたくの友人はとんでもないものを作ってたもんだなぁ」

 いつの間にか脇まで近づいていたグレイズさんが耳打ちしてきた。変わらずニタついた気味の悪い笑みを浮かべている。

「あの女まで巻き込んるものは碌なことがねえな」

 新型の開発は各国どこでも力を入れて行われている。いまだ残る火種に対する備えでもあるが、優秀な機体は国連の常備軍に正式採用されるからでもある。国連軍の軍備調達に関われることから政治的にも経済的にも恩恵が大きく、どの国も乗る気その気だ。

 しかし、自立型の装攻機が話に持ち上がることはなかった。

 英国もかつては帝国を名乗っていたが、今では見る影もない。EUも失敗に終わり、いまだ立ち直れていない経済を、誰も成功させていない自立兵器を国連に売り込んでこれを気に立て直すつもりなのだろうか。この召集がそのためのデモンストレーションだとしたら、とんだ茶番劇になりそうだ。

「――で、ボコボコにされたその情けない身体でお前は出撃するつもりか? みっともない初陣を飾りたくなければ、今すぐ整備部に土下座して直してこい。でなければその格好で見事なポーズをさせて魔女に送りつけてやるぞ」

 一通り聞き流したバッグスは優しい毒を吐き、ぐうの音も出ないノーマッドは渋々と部屋を去っていった。

 その後、各自が用意された部屋に移って眠りに付いた頃、誰もいなくなった薄暗い倉庫から一人の脱略者が運び出されたという。

 

 
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