No.711612

魔法科高校の劣等生 どうだと言うのは、俺に十文字先輩と結婚しろと?

”普通の”兄妹を目指す深雪は今度は十文字先輩と妹を巡って争います。

2014-08-27 12:33:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3938   閲覧ユーザー数:3882

魔法科高校の劣等生 どうだと言うのは、俺に十文字先輩と結婚しろと?

 

 

 みなさん、こんばんは。司波深雪です。

 今日もわたしと敬愛する司波達也お兄さまに関するお話をしたいと思います。

 実は最近、わたしはお兄さまとの関係で悩んでいます。

 前回わたしは、妹が兄を愛するとは一線を超えて結婚することだとようやく気が付きました。世間知らずで常識に欠けていたわたしもようやく真理に辿り着くことができました。

 それからは日本のごく“普通の”兄妹になれるように精進している毎日です。ですが、お兄さまはなかなかわたしをお嫁にもらってくれると言ってくださらないのでちょっと燻っています。

 そうこうしている内に九校戦が始まってしまい、お兄さまと結婚するチャンスを逸してしまいました。

 

 九校戦というのは正式名称を大威震九連制覇と言います。2つある国立魔法大学附属高校(ホグワーツ魔法魔術学校、第三手品専門学校)と数合わせのための魔法と無関係の他7校の生徒がスポーツ系魔法競技大会で競い合う全国大会です。10年前から毎年開催されており、過去の優勝回数は、男塾7回、音ノ木坂学院1回、UTX学院1回です。

 毎年苦杯を舐めてきたホグワーツ魔法魔術学校ですが、今年はお兄さまの活躍もあって遂に念願の初優勝を勝ち取りました。お兄さまは整備士としても選手としても優秀過ぎました。ぶっちゃけ、お兄さま1人で後は要らないぐらいでした。ちなみに言えば、お兄さまのチートアイテムのおかげでわたしも出た種目で優勝できました。

 

 そして現在、私たちは戦い終えて懇親会というか祝勝会の真っ最中です。準備期間を含めれば本当に長かった戦いがようやく終わりを迎えてホッとしています。そして、嬉しさが内から湧き上がってきます。

「よっしゃあっ! 優勝祝いにビール掛けをするぜっ!」

「あ~そこの君。未成年の飲酒ということで無期限停学だな」

 大会中に何の見せ場もなく途中負傷退場したSGGK(スーパー・ガンバリ・ゴール・キーパー)と同じ名字の方が羽目を外し過ぎて無期停学になりましたが別にどうでもいいです。誰も彼を仲間だとは思っていませんから。

 そんなことよりお兄さまです。久々にベタベタしたいです。

 会場の外に出てお兄さまを探します。すると、十文字先輩と庭園を歩きながらお話している姿が見えました。

 

 十文字先輩は部活連会頭を務めておられ、七草先輩、渡辺先輩と並んで学園の三巨頭と並び称されています。三巨頭って言い方がもう悪役チックだと思います。実際、七草先輩はお兄さまのお嫁さんの座を狙っている史上最悪なテロリストなので間違いありません。

十文字先輩は身長が180cmを優に超え、制服の上からでも目立つほどに筋骨隆々でまさに大男と呼ぶに相応しい体格の持ち主です。電車で隣の席になったら生理的に無理そうな人です。

 そして十師族の十文字家の次期当主で魔法師としての実力も折り紙つきです。十文字家に伝わる攻防一体の魔法『ファランクス』は特に強力で、お兄さまでも相手にしたくないそうです。100%お世辞だと思いますが。お兄さまに敵う者などいませんから。

 一番の特徴は顔です。まるっきりおじさんです。高校3年生という設定ですが、どう贔屓目に見ても40歳は越していると思います。18歳を語るには無理があり過ぎます。

 そんな学園きっての実力者で、日本の魔法の名門十師族でも頭角を表している方に話し掛けられるなんてさすがはお兄さま素敵です♪

 2人がどんな会話をしているのかこっそり聞いてみたいと思います♪

 

「司波、お前は十師族の一員だな?」

「…………いえ、俺は十師族ではありません」

 この辺には色々と難しい事情が絡んでいるのですが説明をパスしたいと思います。

「そうか。ならば、師族会議において十文字家代表補佐を務める魔法師として助言する」

 緊迫した雰囲気で十文字先輩が切り出した言葉。それは──

「司波、お前は十師族になるべきだ」

 お兄さまを十師族の仲間入りさせようとするものでした。

 ここにはとても面倒な問題が含まれています。ぶっちゃけるとお兄さまは元々四葉の人間なので十師族なのですが、政治的な養子縁組によって十師族から外れた存在です。

 だから、なるべきだとか言われても返答に困ります。でも、本当に恐ろしい話となるのはこれからでした。

「そうだな。例えば……俺はどうだ?」

 空気が一瞬にして凍りつきました。わたしも凍りつきました。

「…………どうだと言うのは、もしかして…………結婚相手にどうだという意味ですか?」

 完璧超人始祖と呼べるお兄さまが震えていました。お兄さまを見ているわたしも震えが止まりません。

「そうだ」

 十文字先輩は躊躇なく答えました。

「…………自己修復術式オートスタート。魔法式ロードコアエイドスデータ、バックアップよりリード修復開始……完了」

 お兄さまの目が精悍に輝き、再起動が完了しました。わたしの意識もしばらく飛んでいたと思います。

「改めて聞きます。どうだと言うのは、俺に十文字先輩と結婚しろと言うことですか?」

「そうだ」

 十文字先輩はまた躊躇なく答えました。

「…………自己修復術式オートスタート。魔法式ロードコアエイドスデータ、バックアップよりリード修復開始……完了」

 お兄さまはまた再起動しました。おぞましいことをリセットできるお兄さまが心底羨ましいです。

 十文字変態、いえ、先輩は一体何を考えているのでしょうか?

「十文字先輩」

「何だ?」

 お兄さまは制服の襟を正しながらイケメンボイスでおっしゃいました。

「日本国憲法第24条1項“婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない”です」

「さすがお兄さま。憲法にもご精通されているのですね」

 お兄さまに知らないことなどないのです♪

「男同士は結婚できません」

 お兄さまはいつもの凛々しい表情で額から汗を流しながらおっしゃいました。

「つまり、戸籍を操作して俺が司波の義理の妹ということになれば結婚できると言いたいわけだな?」

 十文字変態はわたしの予想を1歩も2歩も先を行く変人でした。

 戸籍を操作するって何ですか!?

 そんなこと、明確な犯罪行為じゃないですかっ!

 そんな非道が許されると本気で思っているのですか!?

 呆れてものも言えません。

「どんな法律の抜け道を探そうと俺は十文字先輩とは結婚しません」

「ならば俺は竹達あやちーなツンデレ妹になってやろう。桐乃だ、直葉だ、五河琴里だ。あずにゃんのオプションも付けよう。俺はどんな違法な操作を行ってでも司波と結婚する」

 十文字変態は自信タップリに語ってみせました。

「何故ツンデレ妹なのですか?」

 お兄さまがあり得ないぐらい全身から汗を掻いています。

 そして十文字先輩は三巨頭の名に恥じない悪、この世全ての悪ぶりを発揮したのです。

「日本の普通の家庭では、妹は兄と結婚、もしくはそれに準じた関係になるのだ。それが普通なのだ。ゆえに俺は“普通”の義妹になる」

 へっ、変態ですっ!

 妹は兄と結婚するのが普通だなんて戯言が一体どこから出てきたのでしょうか?

 十文字変態は、常識の欠片もない筋肉バカだったのです。森崎さん並です。ちなみにこれは最低の貶し文句です。

「その“普通”は一体何を参考にしたものなのですか?」

 お兄さまが疲れ果てた表情で聞きました。あのお兄さまを疲れさせるのだから十文字変態はやはり大した危険人物です。そして、七草先輩と同じくわたしとお兄さまの平穏を乱そうとするテロリストはまたアホなことを述べたのでした。

「俺が日本の“普通”を学ぶに当たって主に活用した資料は『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』と『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』と『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』だ」

「アニメでこの国の兄妹の“普通”を学んだのですか?」

「そうだ」

 変態な上にアホ。というかアニメ脳です。本気で救いがたいです、この筋肉バカ。

 森崎さん並に何で生きているのか理解できません。ちなみにこれも最低の貶し言葉です。

「というわけで俺はこれからお前の義理の妹になる。わかったか、お兄ちゃん」

 おっさんがおっさん顔して妹になるとか意味不明なことをほざいています。耄碌しているのかもしれません。

「…………あっ」

 十文字先輩に呆れている間にお兄さまがバタッと地面に倒れました。

「…………自己修復術式オートスタート。魔法式ロードコアエイドスデータ、バックアップよりリード修復開始……完了」

 お兄さまは再起動するしかありませんでした。こんなにも追い詰められたお兄さまを見たのは初めてです。やはり悪の三巨頭の一角だけあって危険極まりない人物です。

 

「達也くんを十師族に入れるために、まさか自分が義理の妹になるとはね。十文字くんもよくやるわ」

 茂みで隠れているわたしの横に七草先輩がやってきました。

「七草先輩。あの変態をどうにかしてください」

 七草先輩は十師族の1人。十師族の責任として今すぐ屠殺して欲しいです。

「七草先輩だなんて他人行儀だわ。お義姉ちゃんって呼んでくれていいのよ。どうせ近い将来そうなるんだし」

 可愛くウィンクしながら答える史上最悪のテロリスト。司波家の安寧を脅かす最低の魔女です。

「七草先輩にはもう何も頼みませんっ!」

 テロリストと心を通わせようとしたわたしが馬鹿でした。

「あらっ? でも、深雪ちゃんひとりの力でどうにかできるのかしら?」

「……うっ」

 七草先輩は痛いところを突いてきました。

「深雪ちゃんは確かに凄い力の持ち主だと思うけど……あの筋肉バカに勝てるほどの魔法力を持っているのかしら? 肉弾戦でも勝てるの?」

 わざとらしく瞳を細め挑発的な物言い。

 確かにわたしの力では十文字先輩に勝つのは至難の業だと思います。

 でも、でもですっ!

「わたしにはこれがあります…………SGGK召喚っ!!」

 わたしひとりの力で敵わなければ戦力を増強すればいいのです。

「何か呼んだか?」

 SBJK森崎駿さんがわたしの隣に現れました。一瞬前までこの付近にいなかったのは確かですが、今はいます。蚊やゴキブリが気配もなく近くにいるのと同じ理屈だと思います。

「成功したら鎖で繋いで死ぬほど罵ってあげますので十文字先輩を抹殺してください」

「オーケー。その話、引き受けよう」

 SGGKさんは十文字先輩に向かって気持ち良いぐらいに全力ダッシュを開始しました。

「深雪ちゃん……あの子の戦闘力はたったの5よ。ゴミよ。あんな子をけしかけたぐらいで倒せる筋肉バカじゃないわよ」

「大丈夫です。爆弾ならもう彼の空の脳みそに仕掛けてありますから」

 中央に赤い丸いボタンがあるリモコンを取り出して七草先輩に見せます。

「国土地理院が地図を書き換えないといけないほどの威力を持つN2爆雷を持ってすれば、さすがの十文字先輩だって倒せるはずです」

 エヴァンゲリオンでは使徒の動きさえも一時的に停止させられる爆弾ですから大丈夫なはずです。

「……それ、達也くんも消えちゃわない?」

「お兄さまは俺TUEEEEな方なので、何があっても平気です!」

 深雪はお兄さまの完璧超人ぶりを信じます。

「お姉さんも深雪ちゃんも消えちゃわない?」

「あの変態を葬れるのなら些細なことですっ!」

 大事の前の小事。コマけぇことはどうだっていいんです。

「十文字先輩、お覚悟ぉ~~~~っ!!」

 自爆スイッチを押そうとしたその瞬間でした。

「ファランクスッ!!」

「うわらばっ!?」

 十文字先輩の最強の魔法が発動。N2爆雷は起動しないまま森崎さんごと大気圏外へとふっ飛び摩擦熱で燃やし尽くされてしまいました。

 

「森崎くんはふっ飛ばされる。そんな単純な真理さえも深雪ちゃんは忘れてしまったの? Youtubeやニコニコで森崎って検索してみれば思い出すわよ」

「………………っ」

 七草先輩に何も言い返せませんでした。

「十文字くんは強敵よ。お義姉ちゃんと手を組んで一緒に倒しましょう♪」

 優しい表情で手を差し伸べてくる七草先輩。

 わたしは知っています。

 これが魔女の手であることを。

 悪魔を倒すために魔女と手を組むか?

 そう問い掛けられているのです。

「十文字くんは達也くんの妹になるんでしょ? 彼があの強引さで本当に義理の妹になってしまったら……深雪ちゃんはどうなってしまうのかしらね?」

「なあっ!?」

 魔女が恐ろしい可能性を挙げてきました。

「達也くんは妹萌え+私への愛情しか感情が残っていない。そんな彼の妹への想いが十文字くんに向けられてしまったら……深雪ちゃんは用済みになっちゃうのかしら?」

「そ、そんなの嫌ぁああああああああああああああぁっ!!」

 お兄さまに捨てられる。ほんの少しその可能性を考えただけでわたしは全身が震えて意識が遠のいてしまいそうです。

「私だってそんな未来は嫌よ。そんな未来は深雪ちゃんのためにも、達也くんのためにも良くないわ。達也くんだって妹は可愛い深雪ちゃんの方がいいに決まっているもの」

「お兄さまは、わたしが妹でいることを望んでいる……?」

 七草先輩は大きく頷いてくれました。

「そうよ。達也くんのために深雪ちゃんが妹であるべきなのよ。だから、そのお手伝いをお姉さんにさせてちょうだい。一緒に十文字くんを駆逐しましょう」

 再び伸ばされる七草先輩の手。

 もうわたしにはその手を取るという選択肢以外ありませんでした。

 だって、お兄さまのためなのですから。

「安心して。お姉さんが深雪ちゃんも達也くんも守ってあげるから」

「お願いします……七草先輩」

 震えながら先輩の手を取ります。

 魔女と契約してしまった。ラスボスを自ら招き入れてしまった。

 脳内で赤い点滅と共に警告音がひっきりなしに鳴り響いています。

 でも、未熟で非力なわたしでは十文字先輩にひとりで立ち向かうことなどできなかったのです。

「……計画通りだわ」

 力強く頷いてみせる七草先輩。

 こうしてお兄さまのお嫁さんになるという普通の妹を目指すわたしの戦いは新たなステージへと突入したのでした。

 

 

 

 

 九校戦が終わり久しぶりに自宅へと戻ってきた翌朝午前6時。

「今日からやっとお兄さまのために朝食を作れる普通の日々が戻ってくるのですね」

 変態や悪人や小者から解放されウキウキ気分で台所へとやってきます。学校へ行けば筋肉バカや魔女との争いが待っているのでしょうが、ここはわたしとお兄さまだけのプライベート空間です♪

「そう言えば、わたしが参照した資料では裸エプロンという装束で妹が料理を作ると兄は喜ぶと出ていましたね。わたしもやってみましょうか?」

 『裸エプロン』とはその名の通り、裸にエプロンだけ身に付けてお料理をすることだそうです。妹が裸エプロンでお料理をすると兄は喜んで後ろから抱きついてきて、場合によっては食事がとても遅くなってしまうらしいです。

 わたしが裸エプロンでお料理すればお兄さまにも喜んでいただけるかもしれません♪

「……でも、駄目ですね。お兄さまにははしたない格好になることを禁じられていますし」

 裸エプロン姿でお兄さまの前に現れたらきっと怒られてしまいます。深雪は優等生な妹でいないと駄目なのです。

 お兄さまの喜ぶ仕草は妄想の中だけに留めたいと思います。結婚したら実行しますが。

 

 気を取り直しながら台所に入ります。

 するとそこには──

「お兄ちゃんの妹か。おはよう」

 十文字先輩が朝食を作っていました。全裸で。

「おはようございます…………何故十文字先輩がここに?」

 突如屋敷内に出現した筋肉畑に頭の中が真っ白になるのを感じながら微かに残った意識で質問します。

「俺はお兄ちゃんの義妹だからな。兄と妹が一緒の家に住んで何の不都合がある?」

 十文字先輩は全く悪びれもせずに答えました。

 昨夜の悪夢のような設定はまだ続いていたのです。

 不都合がないと信じているこの人がわたしには信じられません。

「何故、裸なのですか?」

 顔より下を決して見ないようにしながら問います。おっさん顔でとても不愉快なのですが、それより下を見るのは地獄なので仕方ありません。

「フッ。お前もお兄ちゃんの妹を名乗るくせに知らんのか?」

 ドヤ顔されてしまいました。しかも、妹を名乗るって、わたしとお兄さまは血の繋がった実の兄妹です。結婚する際には戸籍を操作しますが。

「ならば教えてやろう」

 何でこの不法侵入者はこんなに偉そうなのでしょうか?

「世の兄という存在はだな。妹が裸エプロンで料理をするのを殊の外喜ぶのだっ!!」

 筋肉バカは所詮筋肉バカでした。

「エプロンしてないじゃないですかっ!」

 全裸なのに裸エプロンとかこの人は全然わかってません。

「俺も最初はエプロンを身に付けようと思った。だが、この鍛え抜かれた筋肉の前に引き裂かれてしまったのだ」

 床に目を向けると、白い生地の残骸があちこちに見えました。

「ああっ! これ、わたしのお気に入りのエプロ~~~ンっ!」

 お兄さまに可愛いって言ってもらえたお気に入りのエプロン。それが、筋肉バカに直で身に付けられた上に引き裂かれるなんて酷すぎますぅ。

「フム。知らなかったとはいえ悪いことをしたな。お詫びに俺が愛用しているプロテインを1t贈呈しよう。俺のような鋼の肉体になれるぞ」

「そんな肉体必要ありませ~~んっ!」

 もし、わたしが十文字変態のような筋肉の塊になってしまったら。

 きっとお兄さまに「チョベリバ」って言われてしまうに決まっています。

 そんなこと、耐えられるはずがありませんでした。

 わたしは泣きながら台所を去りました。

 

「あの筋肉を追い出すにはお兄さまに出てきてもらうしかありません」

 残念ながら十文字先輩を力尽くで追い出すことはわたしにはできません。

 無力なわたしは俺TUEEEEなお兄さまに縋るしかないのでした。

 お兄さまの寝室の前に立って扉を控え目にノックします。

 いきなり扉を開けるようなはしたない真似はわたしにはできません。

「は~い」

 女性の寝ぼけた声と共に扉がゆっくりと開かれました。

「えっ?」

 何故女性の声がお兄さまの寝室から聞こえるのでしょうか?

 そして、部屋から出てきたのは……。

「七草先輩っ!?」

 生徒会長でした。

 しかも、七草先輩は上下お揃いのオレンジ色の下着姿でした。ブラにあしらわれたフリルが可愛らしいです。

「って、何で七草先輩がお兄さまの寝室から出てくるんですか?」

「お姉さんは深雪ちゃんのお義姉ちゃんだから。姉が妹と一緒の家に住んで何の不都合があるの?」

怪しげな笑みを浮かべる七草先輩。その悪女な笑みがわたしには堪らなくイラッとします。

「七草先輩と姉妹になった覚えはありませんっ!」

「昨夜、十文字くんをやっつけるために私と深雪ちゃんは同盟を組んだでしょ。それとも深雪ちゃんひとりで十文字くんを追い出せるのかしら? フフフ」

「クッ」

さすがわたしが魔女と呼称する七草先輩。弱い部分を見逃してはくれません。でも、それでも納得できないことはあります。

「だからって、どうして下着姿なんですかっ!?」

こんな、お兄さまを誘惑するようなハレンチな格好をしてぇっ!

私だってはしたない妹と思われたくないので滅多にできないのにぃ。

「だってお姉さん、寝るときはいつもこの姿だから……………………昨夜から始めた習慣だけど」

後半部分はよく聞き取れませんでした。でも、毎日この姿だというのなら仕方ないかもしれません。わたしも枕が変わると眠りにくかったりするので、そんな感じの問題なのかもしれません。でもどうしても許せないことがあります。

「どうしてお兄さまの部屋で寝ていたのですか!?」

お兄さまの部屋で寝るなんてわたしでさえほとんどできないのに。羨まし、いえ、けしからんです。

「他に部屋がなかったから」

テロリストは自身の犯罪行為を悪びれもせずに語ってみせました。

「わたしの部屋に泊まればいいじゃないですか?」

「深雪ちゃん、私が頼んだら部屋に泊めてくれたの?」

「断固お断りします」

魔女を自らのテリトリーに招き入れるほどに愚かな真似はしません。

「他の部屋に勝手に入るわけにはいかないでしょ。だから達也くんの部屋しか開いてなかったのよ」

「だからって、年頃の男女が同じ部屋で寝るなんて非常識だと思いますっ!」

 男女七歳にして同衾せず。言い換えれば、それ以上の年齢の男女が一緒に寝れば何が起きるのかわからないということです。

「何も、なかったんですよね?」

 念の為に聞いておきます。

「深雪ちゃんが心配するようなことは何もなかったわよ。達也くんは据え膳なんて…ポッ」

 七草先輩は俯いて頬を赤らめながらお腹を優しく擦りました。

「何ですか、その意味あり気な動作はぁ~~~~っ!」

 ま、まま、まさか……。

「種明かしをすれば、腕枕で眠ったのが精々だったわ。据え膳食べてもらえなかったの」

 七草先輩は大きくため息を吐き出しました。先輩としては残念だったようです。

 でも、わたしはそんな先輩に全然同意できませんでした。

「うっ、腕枕ぁ~~~~~~っ!?」

 わたしだって、本当に頑張って頑張って頑張り抜いた時にようやくご褒美で腕枕もらえるぐらいにレアなのにぃ。

 何でぽっと出の年増女がお兄さまの腕枕をゲットできるんですかぁっ!?

「どっ、どうやってそんな羨まけしからんことをっ!?」

 是非参考に、ではなく再発防止に努めたいと思います。

「深雪ちゃんの健全な成長のために寝るまでお話したいと言ったら達也くんは簡単にベッドに上げてくれたわ」

「お兄さまぁ~~~~っ!!」

「深雪ちゃんが反抗期なのは達也くんの腕枕が下手なせいなのが原因の1つよと指摘したら、お姉さんが達也くんの腕枕の臨床実験をすることになったわ」

「お兄さまぁ~~~~~~~~~っ!!」

 悪女。やっぱりこの女は魔女なんです。

 完璧超人始祖のお兄さまの唯一の弱点を突いて腕枕までさせるなんてぇっ!

 そしてお兄さま。チョロイン過ぎますっ!

 何でこんな簡単に魔女に騙されてるんですか!?

 お兄さまはもっとこの悪女を疑うべきなんです。いえ、森崎さん並みの待遇で扱うべきなんです。

悔しさに駆られながらメールで最近お友達になった新垣あやせさん(CV:早見沙織)に助けを求めます。

 

 Sb:お兄さまが悪い女にたぶらかされて困っています

 本文:わたしの敬愛するお兄さまに花澤香菜ボイスの女が

   馴れ馴れしくつきまとって迷惑しています。

   どうしたら上手く追い払えるでしょうか?

 

 返信はあっという間、わずか10秒できました。

 

 Sb:殺すしかありません

 本文:花澤香菜ボイスの女と和解などありえません。

   奴はわたしが知らない間にお兄さんの彼女になる極悪人

   生かしておく価値などありません!

 

「なるほど。さすがはわたしの心の友。わたしが何をすべきなのか適切に教えてくださいますね」

 心友の勧めに従って七草先輩を排除することにします。

 SGGKを召喚してまた爆弾テロを起こそうかと考えました。

「森崎さんをこの家に上げるなんて不快の極みですよね」

 森崎召喚は諦めます。

「こうなったらわたしが直接……」

 お兄さまへの害悪をこのまま放置するわけにはいきません。直接引導を渡そうと思ったのですが、攻撃に入ろうとした瞬間に体が動かなくなりました。

わたしの体は七草先輩に恐怖を感じているのです。七草先輩は冥界三巨頭の1人。学年主席とはいえただの1年生に過ぎないわたしが敵う相手ではなかったのです。

「どうかしたのかしら? ふふふ」

 ニッコリ笑って微笑む先輩。その笑顔はとても優しいはずなのに、わたしは蛇に睨まれたカエルの気分です。

「…………何でもありません」

 戦闘モードを解くしかありませんでした。完璧に負けです。

「…………フフフ。近い将来、深雪ちゃんには甥か姪が情操教育上必要なのって認めさせてやるわ。そうすれば今度こそ据え膳を」

「何かおっしゃいましたか?」

「2人で力を合わせて十文字くんを追い出しましょうって言ったのよ」

「そうでした。わたしは十文字先輩を追い出すためにお兄さまの助力を願い出たのでした」

 魔女出現のせいで目的をすっかり忘れていました。

「お兄さまに相談を……」

「駄目よ。達也くんは夜遅くまでお姉さんとお話していたせいでまだ寝ているの。私たちだけで対処しましょう」

「そういうことなら仕方ありませんね」

 気は進みませんが生徒会長と共闘です。

 

 

 

 台所に向かって移動しながら現状を再確認します。

「七草先輩。まずは服を着てください」

 生徒会長は下着姿のままです。

「十文字くんを追い出す方が先決よ。それにお姉さんの服は達也くんの部屋の中だから無理ね」

 可愛くウィンクされて断られてしまいました。

「お兄さまの睡眠を邪魔したくはないので仕方ないですね……」

 自分まで痴女になった気分で微妙なのですが仕方ありません。

「それで、台所で妹を名乗る十文字くんが裸で朝食を作っていて出て行ってくれないのね」

 とても困った表情を見せる七草先輩。十文字先輩はやはりわたしたちにとって共通の敵です。

「改めて言葉にするとイミワカンナイですがその通りです。我が家の台所が十文字変態に乗っ取られてしまったのです」

 あの筋肉全裸をこの家から駆逐しないといけません。よもやパックス司波がこんな形で乱されようとは思ってもみませんでした。

「…………計画通りね」

 一瞬顔を背けた生徒会長がとても悪い顔をした気がしますが気のせいでしょう。

「大体どうして十文字先輩がこの家の中にいるのか理解できません。この家の場所さえ知らないはずなのに」

「不思議なこともあるものよね。まったくもって理解できないわ」

 七草先輩は真っ直ぐに台所を向きながら答えました。不思議で済まされる問題ではないのですが、今それを言っても始まりません。

「どうすれば十文字先輩を穏便に、できればお兄さまに知られることなく追い返せるでしょうか?」

 お兄さまは昨夜十文字先輩のせいで心に大きな疲労を抱えてしまいました。今朝もまたご迷惑を掛けたくありません。

「そうね。さすが深雪ちゃんはお兄さん想いの優しい子ね」

 七草先輩は優しく頭を撫でてくださいました。

 やはり生徒会長に就任しているだけあって人格者なのは間違いないようです。

 少しだけ見直しました。

「どうすれば十文字先輩を駆逐できるでしょうか?」

「そうね。十文字くんを力尽くで駆逐するのは私と深雪ちゃんが力を合わせても難しいでしょうね」

「やはり、そうですよね……」

 気が滅入ります。お兄さま以外では太刀打ちできそうもない相手をどうすれば撃退できるでしょうか?

「十文字くんは達也くんの妹を名乗っているんでしょ?」

「はい。漫画やアニメを参考にしているようで色々無理がありますが……」

「なら簡単よ」

 七草先輩は手をポンっと叩きました。

「妹として侵入しているのなら、妹として追い返せば良いのよ♪」

 生徒会長は朗らかな笑みを見せてくれました。

 

「十文字くん、あなたはダメダメよ。妹としてまるでなってないわ」

 台所に入るなり七草先輩は朝食を作り終えてテーブルに並べている十文字先輩にクレームを付け始めました。

「俺のどこが妹でないと? 完璧な妹ではないか」

 不機嫌さを全開にして問い直す十文字先輩(全裸)。

 とてもシュールな光景です。というか、この変態は本気で自分のことを妹だと思っているようですね。本物の妹であるわたしに対して失礼だと思います。

「あなたの妹裸エプロンはまるでなってないわ」

「どこがおかしいと言うのだっ!?」

 ……そもそもエプロンしていません。妹でもありません。何もかもおかしいと何故わかってもらえないのでしょうか?

「妹裸エプロンの基本は縞パン。ストライプのパンツを穿いていない時点で妹とはとても言えないわ」

「「えっ!?」」

 わたしと十文字先輩の声が揃ってしまいました。

縞パンが妹の証ってどういうことでしょうか?

理解が追い付かないわたしとは対照的に、十文字先輩は余裕の表情を戻しました。

「フッ。俺には青と白の縦縞トランクスがある。七草よ、俺を追い出そうというのだろうが、そうはいかんっ!」

 わたし、縞パンなんか持ってません……。

 わたしもお兄さまのために下着を新調すべきなのでしょうか?

「縦縞トランクス? 語るに落ちたわね」

 大きく息を吐き出して馬鹿にした態度を見せる七草先輩。こういう部分だけ見ていると、学園の最高権力者同士の暗闘に見えます。やはり2人とも凄腕の政治家であると。

「妹のパンツは横縞ローレグ以外にあり得ないのよ」

 でもやっぱり、2人とも頭の悪過ぎることで争っているから台無しです。

「「ええっ!?」」

 また十文字先輩と声が揃ってしまいました。

 七草先輩の意見は高度過ぎて何を言っているのかよくわかりません。

 そう言えば七草先輩はわたしたちにはお姉さんぶりますが、家には2人の兄を持つ妹でした。

 つまり、七草先輩は姉にして妹なのです。妹属性の保有者なのです。

 やはりわたしは一般的な妹になるにはまだまだ未熟なようです。

「達也くんに縦縞トランクス姿を見せようものなら、永遠に妹とは思われなくなるでしょうね」

 十文字先輩はトランクスを穿いてなくても永遠に妹とは思われないと思います。

「馬鹿なっ!? だが、俺のこのビッグボディーサイズに合うローレグ縞パンなぞ存在しないぞっ! 俺は、永遠にお兄ちゃんの妹になれないというのか!?」

 むしろ妹になれると思っていることが不思議でなりません。

「そう言えば聞いたことがあるわ」

 七草先輩はポンっと手を叩いてパッと表情を明るくしました。

「富士山の樹海の奥深くに、どんな筋肉質でも穿ける伝説の妹縞パンがあるって」

 ……ガセ話をするにしても限度があると思います。

「つまりっ! その縞パンさえ手に入れれば俺もお兄ちゃんの妹になれるというわけだなっ!!」

 馬鹿にも程があると思います。

「ええ。そうよ」

 朗らかに微笑む生徒会長。きっとこんな場面でなければ万人を魅了する笑顔なんだと思います。

「俺はしばらく出掛けてくる。お兄ちゃんにはよろしく伝えておいてくれ」

「ええ。わかったわ」

「マッスルッ!!」

 十文字先輩はダッシュで台所から消え去りました。

「駆逐完了。ヴィッ♪」

 七草先輩は振り返りながらピースして笑いかけてきました。

「…………そ、そうですね。ありがとうございます」

 何故でしょうか?

 目的は果たしたというのに何故か心が晴れません。

 自分が罠に掛けられている。全ては魔女の思惑通りに動いている。

 そんな気がしてならないのです。

 

「おはよう、深雪。真由美」

 制服姿のお兄さまが台所へと入ってこられました。右腕が痺れておられるのかプルプル震えています。七草先輩はどんな特訓をしたのでしょうか?

「おはようございます、お兄さま」

 深々と頭を下げ、お兄さまの妹として恥ずかしくない振る舞いを見せます。

「おっはよぉ~達也く~ん♪」

 魔女はお兄さまにハグして挨拶にしています。やはりこの女、真性のテロリストです。十文字先輩の脅威が完全に消えたら次はこの年増をどうにかしないといけないようです。

 そしてお兄さま。何を吹き込まれたのか知りませんが、無抵抗過ぎます。下着姿の女性に抱きつかれてされるがままなんて人としてダメです。

「おやっ? 今日は朝食のメニューがいつもと違うな」

 抱きつかれていることは気にせず、お兄さまは今日の朝食がいつもと違うことを気に掛けました。

 十文字先輩が作ったのですから、わたしが作ったものとは違います。

 でも、十文字先輩がつい先ほどまでここにいたことをお兄さまに知られたくありません。

 一体、どうすればいいでしょうか?

「はいは~い。お姉さんがよりに腕を掛けて作っちゃいました~」

 七草先輩が勢いよく挙手しながら名乗り出ました。

「真由美がこれを? 昨夜料理はあまり得意でないと言っていたような?」

「お姉さんは達也くんのお嫁さんになるために花嫁修業を欠かしていないのよ♪ もちろん、義妹の深雪ちゃんの健康のためにも頑張っているのよ」

 また可愛くウインクしてみせる七草先輩。この人、最近やたらとあざとい気がします。

「そうですか。真由美が深雪のために」

 感動して何かグッと込み上げてきている様子のお兄さま。

 ダメです。お兄さま、チョロインへの道が止まりません。

 早く昔の完璧超人始祖に戻ってください。

「さあ、早く朝食にしちゃいましょう。今、牛乳を持ってくるわね」

 お兄さまから離れて冷蔵庫へと向かっていく七草先輩。とても楽しそうに見えます。でも、わたしの気分は優れません。

「朝起きたら十文字先輩が既に台所に立っていて、七草先輩はお兄さまの寝室に寝泊まりしていて、七草先輩と一緒に十文字先輩を追い出した。そして十文字先輩が作っていた料理は七草先輩が作ったことになって、お兄さまへのポイントを稼いだ。何かが、何かがおかしいんです」

 一度もこの家を訪れたことがない十文字先輩が何故我が家の位置を知っていたのか?

どうやって中に入ったのか?

何故朝食を作っていたのか?

そして何故比較的簡単に撃退されたのか?

これらの謎がもう少しで一つに繋がりそうなんです。

「深雪。真由美にばかり働かせてないで俺たちも手伝うぞ」

「はっ、はい。申し訳ありません、お兄さまっ」

 考え事は中断して七草先輩をお手伝いすることにしました。

 少しシコリは残りますが、仕方ありませんね。

「………………計画通りね」

 冷蔵庫の表面が鏡のような作用を果たして映った七草先輩は暗い笑みを湛えていたような気がしました。

 

 

 つづく?

 

 

 

 

 


 
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