No.706623

影技25 【逆鱗】

丘騎士さん

 どうにか一カ月を切って更新(;´д⊂)

 すらすら書けなくて大変申し訳ありません!

 降魔編・解決編です。

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2014-08-06 17:51:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1594   閲覧ユーザー数:1509

「ははっ! はっはっはっはっはっは! どうした?! どうしました?! 天才【フェルシア流封印法師】殿! 天才【呪符魔術士(スイレーム)】殿! その腕前を見せてくださいよぉ! その華麗な術式の冴えを! 【降魔】の卓越した制御を見せてください、この私にぃ!」

「好き勝手いってくれるわね……!」

「……────」

 

 ──狂気の哄笑が響き渡る……院長府内部。

 

 もはや院長室の中は……壁にあった研究資料や書籍が乱雑に落ち広がり……砕けた棚に埋もれ、足の踏み場もなくなっていた。

 

 ジュタの命を受け、二体の【降魔】がギアンとジンを滅さんと容赦なく振り下ろす剛腕は、二人が回避する度その勢いを殺す事無く床を砕き、凹まし、壁を砕き、家財を撒き散らし、凄まじい破壊の傷跡を室内に刻みこむ。

 

 ジン達の術式を封じているにも関わらず、『術式がなければ何もできまい』と嗤うジュタに、怒りを滲ませるギアンと……その背にバッグを背負い、冷静に後退する機会を伺うジン。

 

 ──やがて。

 

「──ギアンさん、今っ!!」

「ええ!!」

「…………どこへ行こうというのですかぁ? 無駄ぁですよ! この建物はもはや脱出不可能な密室ぅ! 外界から完全に切り離された場となっているのです! その玄関から逃げようとしても、部屋の窓から逃げようとしても! それは決して開く事はないのですから!」

「──ジン、外壁を触媒とした強固な結界が張られているわ……アイツの言ってる事は残念ながら事実……ジン?」

「……この部屋、この部屋でいい。ここならアイツの居る部屋から一番遠く、被害を受けにくい。……ここなら、バッグの中身が損なう事もないはず」

 

 誘導し、【降魔】に院長室の扉を粉砕させた二人は、土煙に乗じて一直線に回廊を駆け抜け、玄関を目指す。

 

 しかし……その背に投げかけられるのは……嘲笑を含んだ声。

 

 先んじて玄関に到達したギアンが扉を開けようとするも……ジュタの言葉通りに開かない扉に舌打ちし、扉を叩く。

 

 ──叩いた扉に浮かぶのは……扉の内側と外側を二重に強化・固定化する術式。

 

 それは、先程院長室で【降魔】が砕いた床の破片や本棚が窓ガラスにぶつかったり、【降魔】の攻撃が直撃した時に浮かんだ術式と同じもので……この建物全体にその術式が組み込んであることを理解して顔を顰め、ジンへと視線を向けるギアン。

 

 しかし……その視線の先では玄関に辿りつく事が目的ではないと、扉横の守衛室とも言える部屋に大事そうに背負いバッグを置き、呪符を取り出してバッグに設置し、扉を閉めるジンの姿があり──

 

「ジン、今はそういう状況じゃ……──?!」

「──いえ、大事なんです。とても……とても大事なものなんですよ、ギアンさん。この荷物は……職人としての魂と、漢の意地が込められた……漢達の約束の証なんです。俺は……これを是が非でもディアスさんの下に届けなければならない」

「──っ……!!」

 

 絶体絶命ともいえる現状でジンが荷物を心配する様子に困惑し、戒めようとしたギアンではあったが……先程から俯いていたジンが顔を上げた瞬間、その顔に、瞳に宿る強烈な意思力に圧倒され、息を飲む事となる。

 

「──だから、俺は……必ず生きてこれを届ける義務があるんです。……それを阻むというのなら……推し通るまで」

「……まったく、そういう所は男の子なんだから」

 

 院長室のほうに目を向ければ、ジュタが【呪印符針】を振り下ろし、それに従い並んでこちらに駆けてくる【降魔】達の姿が映り。

 

 臨戦態勢をとるジンを横目に、溜息混じりで瞑目した後、覚悟を決めた顔で【呪印符針】を一閃するギアン。 

 

 先程までは衝撃に弱いものも混じっている【魔鉱石】入りのバッグを背負っていた為、回避行動しか出来なかったジン。

 

 バッグを降ろし、気を使う物が無くなった事で身軽になり、軽快なリズムを刻みながら軽く飛び跳ね、自分の調子を確かめるように繰り返されていたそれは──

 

「──先に往きます」

「──え?」

 

 そう、一言を置き去りにして。

 

 ジンの姿が掻き消えるほど……疾風とも呼べる速度で背中を追って来ていた【降魔】へと肉薄する事となる。

 

 その速さに反応が遅れ、咄嗟に拳を突き出す【降魔】ではあったが……振り下ろされる【降魔】の剛腕はジンを捕えようとした……その瞬間。

 

 ジンが拳を、まるで跳び箱を越えるように両手を添え、宙返りしながら力を逸らす事によって狙いを外し床に突き刺さる。

 

 床が砕け、破片が飛び散る中……宙返りの後、【降魔】の腕の上でバク転を繰り返しながら腕の上を転がり加速したジンがその縦回転の勢いを乗せた強烈な回転かかと落としを【降魔】の頭部に叩きつける。

 

 開いている逆の手でガードしようとした【降魔】ではあったが……それが間に合う事もなく。

 

 堅い装甲に護られているはずの頭部パーツを破損させながら、【降魔】はその勢いで前のめりに頭部を床に叩きつけられ、埋もれさせる事となる。

 

「──ジン!! 危ない!!」

「っ──」

 

 その瞬間、眼前に迫る剛腕。

 

 一体目の【降魔】の後ろからカバーポジションをとっていた二体目の【降魔】が、一体目がやられた瞬間、それを補う為に放った右フックがジン目掛けて迫っていたのである。

 

 しかし……ギアンに言われるまでもなくそれを知っていたジンは、唸りを上げるその拳を上体を逸らす事で避ける。

 

 やがて拳が通りすぎた瞬間、ジンが後ろに倒れ込む勢いを利用し、オーバーヘッドのように【降魔】の肘を蹴り、思わぬ加速がつけられた事により拳が壁に突き刺さりめり込んでいく事となる。

 

 その勢いを利用してバク転し、壁に突き刺さった【降魔】の肩へと飛び移るジン。

 

「っ破っ!!」

 

 肩の上で独楽のように横回転で加速。

 

 壁に突き刺さる【降魔】の勢いに追加するように、見事な回し蹴りが【降魔】の後頭部へと突き刺さる。

 

 腕どころか、頭から壁へと突き刺さり、盛大に壁を破壊して埋もれる【降魔】。

 

「──ギアンさん!」

「ええ、わかっているわ。……ありがとう、ジン。でも……この【降魔】は普通じゃないわ、気をつけて」

「ギアンさんも。アレは……もう『人』じゃない。何が起こるかわかりませんよ」

「……そうね。人ならざるものを狩るのもまた……私の、【フェルシア流封印法師】の務め。……職務を果たしてくるわ」

「どうやら内燃の魔力制御・強化なら扱えるみたいです。──ご武運を」

「……術式を介さないタイプよね……難しいけれどやってみるわ」

 

 二体の巨体が沈む中、静かに床に着地するジンの元へ、後ろから駆けよってきたギアンが声をかける。

 

 幼いその外見からは想像出来ないような破壊力と動きを見せたジンに驚嘆しながらも……すぐにでも起き上ろうとしている【降魔】を見つめるジンに礼をいいながら……ギアンは先へと急ぐ。

 

 その視線の先にいるのは……ジンが一瞬で二体の【降魔】を沈めたショックで、驚愕に固まっているジュタ。

 

(──集中。脚力に魔力を付加っ)

 

 ──イメージは、先程のジンの動き。

 

 術式では魔力を通したりは出来るものの……基本的に術式を介さない魔力だけの強化というものは効率が悪いと言われる為、【フェルシア流封印法】では扱われない。

 

 現状、『術式が阻害され、魔力は流れても発動しない』という状況であり、魔力そのものが封印された訳ではない。

 

 そして……何よりもジンが純粋魔力による身体強化をして【降魔】と渡り合い、倒したのを見て……【フェルシア流封印法】の『効率が悪い』という言葉が、『効率がいい強化が出来なかった』為に術式を組み上げたという逆の発想だったのではないかと思い立ったのである。

 

(──今っ!!)

 

 故に、見よう見まねではあるものの……脚部に魔力を集約させ、踏み込みの一歩と共にそれを放出。

 

 その結果、ギアンは爆発的な勢いを持ってジュタの眼前に迫る事となる。

 

「はぁ!!」

「何ぃいい?!」

 

 一瞬で間合いを詰めてきたギアンの動きに目を見開いて驚愕を浮かべるジュタに対し、突進の勢いを乗せた銀閃が叩きつけられる。

 

 慌てて【呪印符針】でその一撃を受け止めるもものの……先程とはまるで違う一撃に両手でしっかりと【呪印符針】を持たざるをえない事に、驚愕を重ねるジュタ。

 

「しっ!!」

「ぐ?! な……貴様っ! 術が使えないこの結界の中で、一体どうやって身体強化をっ!?」

「何事にも過ちはあるっていう事よ! 効率は良くないのは……私達の所為だった! 理論ばかりで実技と練磨を怠った我々の見落としという事ね!」

「──……馬鹿な! ただの……ただの魔力運用による身体強化だというのか?! そんな非効率な……! 認めん……認めんぞ! 術式も無しに……あの脳筋共(クルダ)のような動きをするなど! フェルシアたる我等が認められるものかっ!」

 

 力任せに【呪印符針】を振り抜き、ギアンを後方へと吹き飛ばして歯をむき出しにし、唾を飛ばしながらギアンのしている身体強化を否定するジュタ。

 

 そう……身体強化術式を持って肉体強化を行ってきたフェルシアにとって、自分の思い通りにならない魔力運用における身体強化など、魔力が思うように通わない魔力のロスが多すぎる無駄なものという認識があるからだ。

 

 無論、現状のギアンでは、その運用方法は拙く、うまく強化出来ず、過剰な魔力消費を持って辛うじて強化しているにすぎない。

 

 だが──

 

「はっ!!」

 

 ──二体の【降魔】を相手どり、その体を蒼白く輝かせるジンの……舞を思わせるようなその動き。

 

 そして、淀みなく、静かに、体の内外に纏う……その力の流動の滑らかさ。

 

 巨大な鉄塊である【降魔】の攻撃を受け流し、二体同時制御によるコンビネーションを崩し、同士討ちを誘発させるその動き。

 

 ──まるで頭の後ろに目があるのではないかと思わせるほど、四方八方から襲いかかる【降魔】の攻撃を、一撃も貰う事なく捌き続けるその姿こそ、自分達が非効率といって切り捨ててきたものを極めた姿であった。 

 

「ありえん! ありえんぞお!? 唯の頭と【呪符魔術士(スイレーム)】としての腕が良いだけの……餓鬼じゃなかったのかぁ! そんな情報は貰っていないぞぉ!」  

「──そう。貴方……よっぽど信頼がなかったのね? 私は……知っていたわよ?」

「なん……だとぉ?! おのれえ! 奴等! この私に対する報告の義務を怠ったというのかあ!!」

 

 銀閃が奔り、剣撃が響く。

 

 ギアンの一刀を受け止めながらも……その視線は【降魔】二体を相手し続けるジンに釘付けであり……ギリギリと歯ぎしりをしながらも、その顔つきは徐々に憎悪に染まっていく。

 

「くそ……くそくそくそくそくそぉ!! 【呪符魔術士(スイレーム)】だからといって侮ったっ! あの野蛮人(クルダ)共の国に居たのだから、ありえる話だったのだぁ! 忌々しい……忌々しい忌々しい!忌々しいぃ!! 野蛮人(クルダ)といい、刀馬鹿(キシュラナ)といい、獣共(リキトア)といい!! どこまでフェルシアの魔導力を! 知識の宝庫たる学院都市の誇る最高戦力! 【降魔】を虚仮にすれば気が済むのだっ!! ……証明せねばならん! あの……人外(バケモノ)共にも勝るものこそが、この私の【降魔(作品)】であるという事をぉ!!」

「──妄執もそこまでにしろ、ジュタ!! 理論だけを先行し、研究と妄執に取りつかれ! 『人』としての心を忘れたお前に、もはや国を……国の代表としてフェルシアを語る資格などない!!」

「黙れぇ! 誰が名前を呼ぶ事を許した?! 院長閣下と呼べといってるだろぉ!! 貴様はわからんというのか! 我々が歴代の研究を積み上げて作り上げた【降魔】と同じ働きをする【四天滅殺】の三流派こそ! 我々の知識を侮辱する存在なのだと! 己が肉体だあ? 剣だあ? 自然だあ?! そんなものを使って我等が英知の結晶と渡り合うなど……言語道断! 我等の積み上げ、積み重ねてきた歴史に、【降魔】に対する冒涜だっ! 故にっ! 私は更なる力を求めたまで! それのどこが悪いというのだっ!」

 

 その醜悪な顔を向け、ギアンの剣閃を片手で受け止め、【呪印符針】を轟音を持って振りまわし続けるジュタ。

 

 その言葉は狂気の産物であり、憎悪の掃溜めとなってぶちまけられる。

 

 その内容は……聖王国随一と呼ばれるこの学術都市フェルシアの技術を持ってしても、互角……【四天滅殺】という枠組みに収まってしまう自分達の不甲斐なさを語るものでもあり。

 

 心血を注いだ知識や技術を持ってしてもその上をいく事が出来ない他流派への憎悪に満ちていた。

 

 そして……力を求める正当性を語る……己の犯した罪を罪と思わぬその言動。

 

 それを聞くギアンそしてジンにとっては唯の妄言であり、罵倒であり、人の尊厳をないがしろにするものであった。

 

「だからといって、人の命を犠牲にして作り上げる技術など……! あってなるものかっ!」

「これだから平和ボケした馬鹿は困る! 所詮戦争になれば失われる有象無象! それならば……この私の研究材料として使ってやった方がよりフェルシアの為になるだろう!! 私こそがこの国! 私こそがこの国の法! そう……私はこの国を護る義務があるのだからなっ!」

「──……ふ、ざ……けるなあああああ!」

「ぐ……!」

 

 更には……人を人と思わず、その命を弄び、尚且つそれが正しい事だと、己が知識を高める事こそが正当であるとするジュタの言葉に……ギアンが我慢し続けた怒りを爆発させ、烈火の如き攻めを見せる。

 

 ──それは修練と経験の差。

 

 ティタとリナに学び、剣を振い続けたギアンと。

 

 幼少時からこれまで、【フェルシア流封印法師】としての基礎体術しか学んでこなかったジュタ。

 

 術式や【降魔】の扱いこそ研究者として重ねた経験で扱えるものの……自身の肉体を鍛えてこなかったジュタとの差は歴然であり……力任せに雑に振りまわす【呪印符針】と、それを捌き、的確に攻め立てるギアンの剣では、格が違うといえる程であった。

 

 更には、その一撃一撃に魔力強化・放出による加速を乗せ、ジュタへと【呪印符針】を叩きつけるギアンの剣撃は常のギアンの一撃よりも重く。

 

 その勢いに押され、即座に防戦一方となって後退する事となるジュタ。

 

 やがて【呪印符針】で防ぎきれない一撃が身に纏った魔導機であるスーツへと矛先を向け、自動防御の障壁が発動。

 

 しかし……ギアンはそれを知り、より強化した一撃で障壁を抜き、スーツへと直撃させていく。

 

 やがてスーツ自身の耐久性が落ちた事によって障壁が維持できなくなり、斬撃が深くスーツを切り裂いたのを確認したギアンは──

 

「ぐぬっ!!」

「──その妄執を抱いたまま……逝くがいい、ジュタっ!!」

 

 振り払うような力任せの左薙の一撃をくぐりぬけ、カウンター気味に返す刀で隙だらけのジュタ目掛けて左薙の一閃を放つ。

 

 裂帛の気合と共に……ギアンの全魔力を乗せ、加速する剣撃が胴体に直撃。

 

「──え?」

「……やれやれ。折角の一張羅が台無しだ。これは……君如きが着れるような代物ではないのだよ? 聖王国の【片目(ワンアイ)】にてオーダーメイドした一品。 君などと価値が釣り合わんのだよ。……本当にいけない木偶(ゴミ)だ。これは……念入りにお仕置きが……必要だねぇえ!」

「っ……ぐっ?!」

 

 ──しかし、その一撃は……服を切り裂いた瞬間、凄まじく硬い何かに遮られて跳ねかえされ、表面を滑るように削りながら反対側へと切り裂く結果となる。

 

 その手の痺れ、何故切り捨てられないのかを理解出来ず、一瞬呆然自失となるギアン。

 

 スーツが台無しになったと深いため息を吐いて服を捲って見せるジュタの……その衣服の下にあったのは、鉛色の鈍い輝き。

 

 やがて憤怒の形相と化したジュタの一撃が、呆然としたままのギアンの腹部へと突き刺さる。

 

 兇悪なまでに硬く、力強い拳はギアンの障壁をあっさりと突き破り、脇腹へと到達。

 

 そのあまりの威力に骨が軋み、折れる音が響き……やがてジュタが手を振り抜くのと同時に口から血を流しながら後方へと吹き飛び、砕けた書籍や家財に埋もれるギアン。

 

 ──あるいは。

 

 初めから無傷でここにやってきていれば……こういった状況にはならなかったのかもしれない。

 

 しかし……ここに至るまでに、はぐれ【降魔】・ティタとの戦闘において、少なからずダメージを負っていたギアンのその体と術式は既にダメージ限界を迎えていたのだ。

 

 その結果……障壁は砕け、ギアンは内臓に手傷を負い、両腕が潰されて倒れ伏す結果となってしまったのである。

 

「……やれやれ、所詮アルセン(アレ)の弟子という事か。折角【フェルシア流封印法師】にしてやったものを……国家最高戦力となり、私の下で働く事の何が不満なのかね? 恩を仇で返すとは……実に嘆かわしい。まったく……天才が聞いてあきれる。この私に黙って従い、忠実な(道具)となっていれば生きながらえたものを。馬鹿は知らなくてもいい事を理解できないからこまるなあ」

「……ごほっ、ごほっ……」 

 

 パンパンと、胴体を叩いて埃を落としながらもゆっくりとギアンへと歩みを進めるジュタ。

 

 どうにか埋もれた体を起こしながらも、深刻なダメージを受け、咳込む度に吐血するギアン。

 

「──邪魔だっ! ギアンさん!」

「──まさか……二体の【降魔】を持って未だ生きているとは……やはり、その頭部(パーツ)を得る事を最優先にしたのは間違いだったか。私の目指す最高の【降魔】にはどうしても欲しかった一品だが……止む追えまい。所詮、この私が居れば【降魔】は発展し、その代わりの人体(パーツ)等いくらでも手に入る。……さあ、私の可愛い【降魔(木偶)】達! 君達に組み込んだその本領を発揮するがいい! そして……眼前の敵を粉砕せよ!」

─【制御解放・臨界起動】─

「ッな?!」

 

 その様子を……ギアンが吹き飛ばされ、吐血したのを横目に視認したジンは、【降魔】のコンビネーションの隙をつき、一気にジュタの下へと加速しようとするも……ジュタがジンの叫び声に、【降魔】二体でも攻めきれず、仕留め切れなかった事に忌々しげに顔を歪めながら【呪印符針】に過剰なまでに魔力を供給する。

 

 限界を超えるほどの過剰な魔力を注がれ、【呪印符針】のシリンダーが限界まで伸びながら爆発するほどの魔力をジェット噴射の如く放出。

 

 鍔と柄の制御術式が大破し、常に余剰魔力を放出するようになると同時に、それに反応した【降魔】二体が一瞬大きく震えると、その装甲を解放して魔力を吹きだし始める。

 

 それは……【降魔】のリミッターを外し、限界以上の性能を引き出す為の暴走。

 

 いわば【降魔】を使い捨てとして扱う為の……一種の自爆特攻。

 

 限界を無視した機動・パワー……そして、人型としての制御を失った【降魔】達は、四つん這いになった後、猛然と突進をして壁を粉砕し、関節駆動を無視した回転、逆関節と関節外しによって鞭のようにしなる一撃をジンへと解き放つ。

 

 先程までとはまるで違うパワーと速度、動きにジンが最大限の注視をしなければならなくなることは必至であり──

 

「くっ……ギアンさん!」

「んん~? どうかしましたかあ? さっさと【降魔】を退けないと間に合いませんよぉ? まあ、無理でしょうがねえ! ああ、実に残~念! ゴミはゴミ以上になる事も出来ず……ゴミらしく……ここで破壊され、破棄される事になってしまったのです!!」

「ごほっ……」

「ギアンさん!!!」

 

 【降魔】の攻撃を避けながら、横目で必死にギアンへ呼び掛けるジンではあったが……ジン自身は【降魔】の猛攻に動く事が出来ず。

 

 態とらしくジンへと声をかけながら、ぶんぶんと振りまわされていたジュタの【呪印符針】が……狂乱の笑みを持ってギアンに振り下ろされる。

 

 風切り音が半端ではない速度で振り下ろされる【呪印符針】は、ギアンを切断……というよりも粉砕しようと迫る。

 

 吐血したまま、殴られた腹を抑え……それでも抵抗せんと【呪印符針】を持ちあげて防御の体勢を取るも、その手に力は無く。

 

 【呪印符針】がぶつかり、刃が弾かれ、今まさにギアンへとその刃が到達しようとした、その時。 

 

「……な、に?」

「──え?」

「……あっぶねー……間に合った」

「間一髪でしたわね」

 

 そこに割って入る……二人の人影。

 

 一人は……先程から食事などを配り、奥に引っ込んだ女性秘書。

 

 スーツ姿のまま、秘書という職業に似つかない跳躍力でギアンを抱きかかえたまま、ジュタの間合いから脱出。

 

 そしてもう一人は……ここに来た際に門を開いてくれた衛兵。

 

 その手に持っていた槍を砕かれながらも、ジュタの剣を腕で受けて止め、ギアンと秘書女性が引く隙を作り上げたのである。

 

「……何をしているのかね? 門番君。それに……君、そのゴミは私が廃棄処分にしなければならないものだ。速やかに私の前に持って来なさい」

「──今更何を言っておいでで? 状況が理解できていないのですか? ……あ~、肩っ苦しい会話は苦手だぜ。てか、頭大丈夫か? ジジイ 手前の攻撃を防いだんだぜ? んなもん、邪魔しに来た敵にきまってんだ……ろっ!」

「ぐぁ?!」

 

 思考の限界を超えたのか、勤めて平坦な声で門番であった衛兵と秘書に仕事を指示するジュタではあったが……それに不審げな視線を送りながら、口悪く罵ってジュタごと【呪印符針】を弾き飛ばす衛兵。

 

「貴様等! 一体誰の邪魔をしているのかわかっているのか?! この私はフェルシアの最高権力者なのだぞ?! 貴様等のそれは……立派な国家反逆罪っ!! 万死に値するのだぞ!?」

「っるっせえなあ、いい年ぶっこいた大人が喚き散らすなよみっともねえ。 んなこたぁ100も承知だ、ばぁか」

「──その通りですわね。しかし……果たして、国家反逆罪はどちらの罪でしょうか? 今の今まで内偵されていた事にも気がつけない院長閣下は……どう思われます?」

「き、様ら……実験材料風情がこの私を愚弄するかっ!!!」

「……るっせえなあ、化け物(・・・)。偉そうな口聞くなよ」

「本当ね。貴方が()であるように振る舞うのは……不愉快だわ」

 

 あまりにも予想外な展開だったのだろう、泡を食ったように秘書と衛兵に怒鳴り散らすジュタではあったが……うっとおしいといった態度を崩す事なく衛兵の鎧を脱ぎ始める女性と、ギアンに治療用の魔導具を身につけさせ、同じく眼鏡とスーツに手をかける女性秘書。

 

「……いいだろう。ああ、そうだ! 君達は良く働いてくれた……だから特別手当を出してやろう。これは私からの手向けと思いたまえ……そこの小娘諸共、完膚なきまでに砕き、廃棄処分にしてやるわっ!!」

「はっ!! そんなの──」

二度と(・・)ごめんですわ」

 

 その言葉を聞き、怒りの限界を超えたのか……その体から沸き立つ魔力をほとばしらせ、やがてその姿は……先程までの研究者然とした体つきとは似ても似つかないほどの筋骨隆々とした姿へと変貌していく。

 

 それは……まるで魔獣の如き迫力であり、吼えるジュタの声を受けて尚、飄々と小馬鹿にした言葉を発しながら……二人はその衣服を脱ぎ捨てる。  

 

「──貴様等……その姿……まさかっ?!」

「御名答。流石のジジイでもわかるか? ──【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・実働部隊……【(シャドウ)】……バンチ。──フェルシア統括学院長・ジュタ=ナクリデヴィス。貴公の所業、全てこの手記、及び地下研究施設内部における研究にて明白である」

「同じく、チャタ。罪状は……ありすぎて数えるのが面倒くさいですわね。だから……結果だけを告げますわ。ジュタ=ナクリデヴィス。貴公は……フェルシア統括学院長、及び【フェルシア流封印法師】を解任。全ての権限・及び家財没収の上、【無知の伽藍(オブリズナー)】にて禁固500年の刑に処す。──罪状、判決に異存はないか?」

 

 全身に黒いボディースーツを身に纏ったその姿。

 

 赤い瞳に白髪でショートとロングの二人組。

 

 そう……彼女達こそ、長年ジュタの下に潜入していた【(シャドウ)】の一員であり……イク達の仲間だったのである。

 

 そして……【無知の伽藍(オブリズナー)】というのは……このフェルシアの外縁部・地中深くに作られた監獄であり……今回ジュタが壁に刻み込んだものと同様の魔力文字……即ち術式を封じる魔力文字が刻まれている術者にとって天敵ともいえる場所であった。

 

 当然の如く自由はなく、外部から情報が入る事もない。

 

 知識欲の塊である学者肌のフェルシア人達にすれば、退屈を通り越して……正に地獄とも呼べる場所。

 

 あらゆる知識と自由を剥奪される場所。

 

 それこそが……【無知の伽藍(オブリズナー)】監獄である。  

 

「んん? ……はは……ははは! はっはっはっはっはっは! よくよく見れば……貴様等はこの私の実験に選ばれ、その役目を終えて破棄された廃棄物(ゴミ)じゃあないか。ゴミ風情がこの私を人の法で裁くだぁ? 笑わせるなっ!! このフェルシアは私の国だっ! この私こそが法!! 貴様等ゴミ風情が、この私のやる事に口出しするんじゃぁない!!」

「──だから? この俺等がゴミだってんなら……下手くそな魔導技術で俺達をゴミにしたあんたはなんだ? ゴミをしか生産できねーただの下手くそじゃねーか」

「違いますわよバンチ。私達をゴミというのであれば……コレも立派なゴミですもの。私達と同じ、人ではない(・・・・・)存在に自ら成り下がったモノ(・・)。同じモノなら……ほら、優劣はありませんでしょ?」

「──……黙れ、ゴミがぁ! この私を貴様等と一緒にする、だと? この私が私自身に施した処置は、私という至高の存在を一段上へと押し上げるもの! 断じて貴様等ゴミのそれとは一線を画すものだっ!! ……その小娘が死にかけて使い物にならん以上……貴様等でこの肉体の性能テストを続行するとしよう……!!」 

 

 哄笑と共にバンチとチャタの言葉を聞きながし、あまつさえ二人の顔に見覚えがあったジュタは……かつて自分が手にかけた実験台である二人を罵り、罵倒する。

 

 その言葉を煩わしげに斬り捨て、逆に貶し返す二人ではあったが……その言葉に激昂し、ますます膨らむ身体が遂に、内側からスーツを破って姿を現す。

 

「はっはっはっは! どうだこの強靭な肉体は! 術者としてのこの私の能力を阻害せず、さらに高め! 他の【四天滅殺】(馬鹿共)にも勝るとも劣らない怪力を生み出すこの技術! 人体に魔獣の筋繊維と神経を魔導回路として取り込み、融合させた結果がこの究極の体っ! あの小僧が相手をしている【降魔】にも用いているが……この私の体こそが現状での最高傑作品! さあ……ゴミ共! 恐れ慄き……無様な廃棄物と成り下がるがいい!!」

  

 ──その姿は……頭だけが小さく、体が肥大化し、筋肉の塊のようになった姿であり……それはジュタ自身の操る【降魔】の姿そのもの。

 

 もはや手に握りしめた【呪印符針】は、短剣並の大きさにしか見えず……その光景にバンチがひくひくと口元を歪め、チャタはギアンを抱えて奥の秘書部屋へと避難させる。

 

「──きもっ」

「醜いですわ」

「減らず口も……そこまでだぁ!!」

─『──!!!』─

 

 チャタが戻ってきたのを横目に、バンチが目の前のジュタのあまりの醜悪さに一言漏らし、それに頷いてチャタが同意する中。

 

 ジュタがその剛腕を振い……床が、地面が爆発するように粉砕される。

 

「くそったれ、はえーな!」

「予想外ですわね!!」

「当たり前だ! 至高の肉体の前には遅さなどない! ああ……言い忘れていた。 君達には感謝をしているよ? 君達というゴミを使って実験したからこそ……この私の体は完成したのだからねぇ!!」

 

 全身を、電気回路のように魔力を奔らせながら、常人ではありえない速度でその一撃を避けたバンチとチャタ。

 

 臨戦態勢を取りながらも、振り向いたジュタがにやけた顔で【呪印符針】を構える姿にイラっと舌打ちをしつつ──

 

「知っているかねえ? 音を超える剣速は……飛ぶ斬撃となるのだよ!!」

「っ……飛べぇ! チャタ!」

「っ!!!」

 

 その瞬間。

 

 技もなにもない、唯力任せに速度を上げた左薙の一撃が振り抜かれる。

 

 鎌鼬……というよりも風圧が圧縮された一撃が地面のモノを巻き込んで吹き飛ばしながらバンチとチャタに襲い掛かり、その危険性を感知したバンチがチャタへと警戒を促して跳躍。

 

 即座にそれに反応したチャタが飛び上がる。

 

 散弾の如く壁にぶち当たって砕け散る欠片と、風圧の衝撃が土煙となって上がる中。

 

 ジュタは上空に逃げた二人に対して再び【呪印符針】を構え──

 

「ハッハッハ! 馬鹿めっ! 鴨撃ちだぁ!」

「ばっかやろう! んな程度でやられるかっ!!」

「面倒ですわねっ!!」

 

 空中に浮かんだ二人目掛けて、ジュタが【呪印符針】を振い斬撃を飛ばす。

 

 それを見たバンチは、即座に腕に仕込まれていた(・・・・・・・)ワイヤーを壁に飛ばして差し込み、チャタの腰に手を回して抱きかかえ、高速で巻き上げる事で難を脱出。

 

 着地と同時に腕部魔導機を発動させ、その手に鉤爪を出すバンチと、かかとを床に打ち付け、爪先から鋭い刃を出すチャタ。

 

「──なんだそれは。私が手を加えた体はそのようなものではなかったはず! 貴様等……一体()によってその体を維持しているっ?! その技術は私のものだ! 私以外にその施術は出来ないはずだぁあ!」

「──くっそ、硬ぇ!! 【降魔】の装甲を強化しやがったのか?! かすり傷しかつかねー!!」

「相性の問題ですわねっ!! 戦闘組が来てくれればこんな事にはならないというのに……!!」

「……無駄口を叩いているんじゃぁない!! この私が聞いているんだ!! 答えろぉお!!」

 

 如何に素早く力強い肉体を持っているとはいえ……それは所詮『肉体がすごい』だけ。

 

 ただ力任せな雑な攻撃を振うジュタの動きは、所詮格闘に関しては護身程度の領域。

 

 そのスピードも肉体も生かしきれていないその隙をつき、一撃離脱戦法で手数で勝負をかけるバンチとチャタ。

 

 しかし……ギアンの魔力を乗せた一撃を弾くほどの硬さを持つジュタの肉体には、表面に引っかき傷を残す程度しか効果がなく。

 

 剥き出しの顔面を狙うも、流石にそこのガードは強固であり、間接や急所等を狙いながらも、決定的な一撃を与えられず攻めあぐねる二人。

 

 一方のジュタはといえば……先程のワイヤー、鉤爪と足のブレードという、ジュタ自身が生み出したのではない魔導機を見て驚きと苛立ちを露わにして怒鳴り散らす。

 

 ジュタは【降魔】の改良にはあくまでも術式を【降魔】に内包する事に躍起になり、物理的なものはその肉体を強化する以外、思いつかなかったからである。

 

 自分とは違うアプローチをしたその魔導機を見て、それを作った者を教えろと怒鳴り散らすジュタ。

 

「──簡単じゃありませんの。貴方よりはるかに腕の良い方に作ってもらったに決まってますでしょう?! 貴方が……『人型サイズの【降魔】』を作る為、魔導回路の改良、及び魔導装甲の軽量・硬質化、及び……人間(コア)を排斥し、魔導技術だけで【降魔】を作り上げるという実験の為に! 裏路地に居た私達は攫われ! ありとあらゆる実験に晒された! その結果……私達は人の枠を外れ……人として生きられなくなり、しかしながら貴方は私達の実験結果が気に入らないと麻痺性の薬の実験台として使われ、崖の上から捨てられた! 貴方の腕が悪過ぎて(・・・・)両脚が動かなったというのにその始末! 結局悪いのは貴方の腕であって、私ではなかったというのに!」

「同じくだ! 両腕をてめぇが勝手に改造したくせに……細やかな作業が出来ず、力の制御ができねーっていう理由で魔獣の餌にされかかったんだからな!! 腕を勝手に魔導仕掛けにしておいて……それが失敗だと分かれば興味を無くし、捨てる。 全部手前の都合で、手前の腕が悪い所為だってのによ!! やってられねーぜ!!」

「ゴミ、風情が!! 口を慎めよぉ? この私に向かってぇ!」

「はっ! 部下にまでなったってのに、今まで気がつかない記憶力が欠如しているボケ爺に何を言われてもなあ!!」

「ゴミゴミと見下す癖に、私の正体を見抜けないだなんて……なんて駄目な()。つまり貴方は……ゴミにも劣る存在という事ですわね!!」

「っ……き、さまぁらあああ!」

 

 ──ジュタが怒りに震え、その拳を振う度に粉砕されていく壁。

 

 既に院長室は、壁も、家具も、本でさえも……その全てが破壊し尽くされ、瓦礫に紛れ、埋もれ、砕かれ、散乱する有様であった。

 

 しかし……自分自身の動きではちょろちょろと動き回る二人を捕えきれないと判断したジュタは……膨れ上がった自身の質量を最大限に生かす為の戦法を思い浮かべ、その顔に笑みを浮かべる。

 

「──知ってるかね? 【暴猪(ボールボア)】は……その質量を最大限に生かす戦い方をする事を……なっ!!」

「──あ?」

「え?」

 

 唐突に話題を変え、二人に話しかけてきたジュタに、一瞬疑問を浮かべる二人。

 

 その瞬間、その体を限界まで縮めたジュタが、その筋力を用いて空へと飛び上がる。

 

 その跳躍は、院長室の高い天井を容易にぶち破り、二階の屋根近くまで浮かびあがると……やがて自由落下によって下降し始める。

 

 突然のジュタの行動が理解できず、思わず呆けて足を止めてしまう二人。

 

「──はーっはっはっは! 欠片も残さず砕け散れぃ!!」

「──!!! まずい!! にげらんねえ!! チャタァ!!」

「?! バンチ?! 何を!!」

 

 空中でその体を更にバンプアップさせ、脚部の魔力放出機構から魔力を放出して回転。

 

 超巨大な鉄球と化したジュタが……加速しながら二階の床を打ち砕き、一階の天井をぶち抜き、その破片を撒き散らしながら一階の床へと落下……直撃。

 

 外縁部が結界で抜け出せなくなっている現状で、しかも出入り口付近に落下しようとしているジュタ。

 

 周囲を見渡し、逃げ場がないと気がついたバンチが、焦ったようにチャタの腕をつかんでなるべく離れた壁際へと移動。

 

 そのままチャタの前で腕を交差し、防御障壁を最大に張りながらも衝撃に備える。

 

 何事かとバンチの行動に慌てていたチャタが、バンチの肩越しに見たものは──

 

 ──ジュタが床に落下・直撃した瞬間。

 

 爆発する床。

 

 圧倒的質量が落下した衝撃による衝撃波。

 

 衝撃波によって吹き飛ばされ、四方八方へと飛び散る、粉塵・床・壁・家具といった破片達が……凶悪な散弾となって襲い掛かってくる景色であった。

 

 衝撃波による圧力により、全ての物が壁へと押しやられ……先程砕かれた巨大な天井の破片もまた、壁際へと追いやられる。 

 

「──ふん、ようやく静かになったか」

「っ!! バンチ! バンチ!!」

「ぐ、だい……じょうぶ、だ」

 

 ──ようやく収まった衝撃波の中……立ち上がるジュタが鼻を鳴らしながら周囲を見渡せば……その視線の先には巨大な破片の下敷きとなりながらも……その直撃の瞬間にチャタを庇い押しやってその窮地を救ったバンチの姿があった。

 

 チャタがその姿を見て必死になって声をかけるも……肩腕は折れ、下敷きになった下半身は瓦礫によって砕かれ……あちこちの皮膚が擦れて捲れ、重症である事を如実に露わしていた。

 

 そして……掠れた声のバンチが流すものは──

 

「──やはりな。それは【降魔】の人体(コア)を生かす為の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。魔導機と人体の融合には必要不可欠な物質ではあるが……それはこのフェルシアでも秘中の秘。……いったいどこで手にいれたのかね?」

「──ここまでされて、それを答えると思っていますの?」

「なあに、答えないならそれでもいい。私はただ、ゴミを始末するだけだ」

「──はっ……無駄、な事……を……」

 

 ──赤と銀の混じり合った……明らかに血液とは言い難い、液体。

 

 ゆっくりとバンチから流れ出るそれを見たジュタが目をぎらつかせてバンチとチャタを睨みつける。

 

 ──【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。

 

 それは……生物であるコア、死亡した人体の死後硬直を無くす為、あるいは生物としての生命活動を維持する為に、そして接続される【降魔】の魔導機との融和性・統合性を高めるために編み出された……【降魔】に関わるフェルシアの極意の一つ。

 

 これを死体や生物に注入すれば……血液と混じり合った魔導髄液(マギア・ウィタレ)は肉体の隅々、細部にまで浸透し、神経・筋繊維に至る全てを魔導回路へと造り替える事が出来るのだ。

 

 血液よりも粘性が高い為、心臓部分を【魔導炉】へと変えなければ全身に循環する事は出来ないのが難ではあるものの……魔力という力の伝達には優れており、術式で制御される【降魔】の動きを、より正確に、精密に、速く動かす為には必須ともいえるものなのである。   

 

 明らかにフェルシア中枢でしか得られない知識を知っている事に、不快を隠すことなく表情に表しながら……バンチとチャタの下へと歩きだすジュタ。

 

 バンチを庇うべく、埃と擦り傷だらけの体を推してチャタが前に立つ。

 

 それを見下ろし、にやりと嗤うジュタ。

 

 あからさまにバンチを中心とし、その剛腕を振り上げ……バンチの為に逃げる事が出来ず、それを睨みつけて見上げるチャタ目掛けて──

 

「ふん! 耳障りな雑音共め! 消え失せるがいっ──」

『──そこまでです!』

「──ぶるぎゃあああ?!」

 

 ──振り下ろそうとした瞬間。

 

 バンチとチャタが背にする壁が、ガラスが爆発するかのように吹き飛び、それと同時に銀色の人影が飛び込んでくる。

 

 その勢いは止まる事なく、見事な飛び蹴りの形でジュタの顔面にヒット。

 

 メキメキと音を立てながら……ジュタの体は地面でバウンドしながら院長室の壁を粉砕して瓦礫の下に埋もれる事となる。

 

 蹴った勢いを利用し、一回転した後でスタっと着地し、関節部から魔力放出をするその姿。

 

 全身銀色の細身のシルエット。

 

 銀色のマスク状のバイザーで顔を覆い、その銀色の体全体に魔導回路を光らせ、要所要所にプロテクターのような装甲を纏うその姿。

 

 【降魔】をシャープに、スタイリッシュに小さくしたような外見であった。 

 

「──解呪成功。ごめん、バンチ、チャタ。遅くなっちゃった」

「よくやったじゃねーか……サハ」

「間一髪。お見事ですわ、サハ」

『──よくぞギアンを助けてくれましたね……そして、よく頑張ってくれました、バンチ、チャタ』

「お待ちしておりました……せんせ……いえ、【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズ」

 

 そして……その銀色の人影……ダズと呼ばれたものの後ろからやってきた小柄の白髪の少女・サハ。

 

 術式を解析し、この結界を解いたのがこのサハであり、ダズの背を見ながらも、バンチを助けようとするチャタに手を貸し、バンチを救いだす。

 

 そんな三人を背に庇うように、腕組みをして立つダズが……起き上ってくるジュタを見つめながら無言を貫く。

 

「き……きさまぁ! 一体……なんだ?! なんだその姿はっ!! まさか……貴様が【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】だと?! アレは法を言い渡すだけの道具にすぎん! 貴様のように動き回る事などない! 貴様は一体──」

『──貴方に前任者が壊された為、その対応をしたまでですよジュタ。まさか……貴方がここまで知識に溺れた馬鹿だとは……思わなかったですがね』

「──…………その、声……まさか…………ある、せん……なのか?」

『……過去の名です。私はダズ。【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズです。……現状、罪状を述べた我が実働部隊を亡き者にしようとしたのは明白。しかも……自分自身を【降魔】の技術を用いて違法改造している事は明白。 私利私欲でフェルシアの技術を応用し、更にはその露呈を防ぐために【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】を破壊。あまつさえ……他国より招き入れた国賓・ジン=ソウエン殿を実験材料としようと計画し、その命を亡きものにしようとした罪。もはや法や監獄では処置なしと判断。よって……ここに裁決を言い渡しましょう……フェルシア統括学院長・ジュタ=ナクリデヴィス』

「アルセン……あるせぇん! あるせえええええん!」

『──その家財・研究成果・地位・名誉。その全てを剥奪の後……死刑……いえ』

「アルセェエエエエエエエン!!!」

『──完全破壊(・・・・)します』

 

 喚き散らすジュタを視界に捕えながら、淡々と罪状を述べるダズ。

 

 しかし……その声を聞いた瞬間、限界以上に目を見開いたジュタが、目の前のダズに釘付けになる。

 

 そう……その声は、かつて自分のライバルであり、目の上のたんこぶであった存在……アルセンの声だったからであり……その体を覆う技術は、自分よりも先を往く、正に人型の【降魔】の形。

 

 先程のバンチ達の体を作ったのもアルセンだとすれば……納得がいくのだ。

 

 そう……狂った歯車がまるで全て噛みあうかのように。

 

 そして……ジュタの思考は……真っ赤に染まる。

 

 ──全ては憎悪と嫉妬の為に。

 

 そのいかつい外見には似つかわしくない、優しい気質による研究は……全て人の為にと成されたもので。

 

 魔獣達の毒物を中和する為の薬物。

 

 医療で施術をする際、痛みを無くすための麻酔薬。

 

 四肢を欠損した者をサポートする為、【降魔】の技術を応用した義体の研究。

 

 その全てに、アルセンは遺憾なく能力を発揮した。

 

 故に……ジュタはその能力を欲したのだ。

 

 それを利用し、最強の【降魔】を作る為に。

 

 しかし……アルセンは戦力増強になど興味が無かった。

 

 彼の……彼の一門の座右の命が……『人を救う事こそが我が命題』だからである。

 

 それ故、破壊の為の力を生み出そうとはしなかっだ。

 

 そして……彼はその言葉通りに、常に結果を出し続けた。

 

 穏健派と呼ばれる上層部が居た時代……そんな彼の姿勢はフェルシアに認められ、次の院長候補へと持ちあげられる事となる。

 

 しかし、生涯一研究員であると言い、周囲の言葉を否定続けるアルセン。

 

 現場での治療こそが彼が求めるものであり、救いの手は引く手数多であるからではあったが……彼を院長にと推す声は年を追うごとに高くなり。

 

 そして……それを聞くジュタの心は……嫉妬と狂気にどす黒く染まっていく。

 

「──アルセェエエエン! 貴様っ! 死して尚、この私の前に立ちはだかるというのかっ!! 貴様はどこまでこの私を虚仮にすればっ! 気が済むのだぁああ!!」

『……私としては一度も貴方の前に立ちはだかった事などありませんが』

「な……に? きっさまあああ! 眼中にすらないと、そう言いたいのかあああああ!!」

『言いがかりも甚だしい言い方はやめてもらいたいですね……』

 

 口から泡を吹きながら、どす黒い感情のまま、まったく制御しきれていない力を振い、目の前のダズへと全力を向け、破壊せんと迫るジュタ。

 

 それを冷静に回避し、あるいは受け流し、喚き散らすジュタの言葉を聞くも、溜息をつきながら流していくダズ。

 

 ──ジュタは……その黒い感情に身を任せ、過去『外道である』とし、院長府に厳重に封印された研究結果を密かに持ちだし、改良を重ね、獣にしか感じられない……ごく少量でも魔獣を寄せ集める【集獣香】を完成させ、それを任務で出立する直前のアルセンへと謂れのない罵倒と共にぶちまけ、アルセンを外部調査へと送り出したのである。

 

 その結果……【集獣香】の効果でアルセン達は獣の群れに襲われ、自分を護る為に怪我を負ってしまった隊員を治療している際中に集まってきた獣の追撃を受け、崖の下へと落下する事となったのだ。

 

 悲しみにくれるアルセンの生徒達が葬儀に参列している間、アルセンの研究所へと忍び込んだジュタは、机の上に置いてあった書きかけの研究手記を発見。

 

 アルセンの技術・知識の粋を集めたそれを盗み出す事に成功する。

 

 その中身を読みふけり……特に【降魔】を応用した義体技術に目を奪われたジュタ。

 

 しかしながらそれは残念ながら人道的観点から理論だけが先行したものであり、人体への影響を鑑みて未完成なままであった。

 

 それに憤慨したジュタは……技術を完成させる為、アルセンの死をかぎまわる弟子三人……リナ・ティタ・ギアンの目を外の任務へと向けさせつつ、魔獣に襲われ、四肢を欠損していた者や重病人たちを『治療』や『保護』の名目で連れ去り、日夜人体実験に取り組み続けた。

 

 そして……失われる命。

 

 力及ばず、と頭を下げて謝るジュタの顔に浮かぶのは……『失敗してしまった』という悔しさであり、決して『救えなかった』悔しさではない。

 

 しかし、周囲の人々はそれを勘違いし……やがて人望を集めたジュタが、フェルシア統括院長の座へと就く事になる。

 

 そして……国の長という立場についた事により……ジュタの欲望は……加速度をつけて暴走し始める。

 

 どこの国にもある……裏通り・スラム街。

 

 そこの住人達を日夜攫い、生きたまま実験材料に使い始めたのである。

 

 見つかれば罪状をでっち上げ、無理矢理連れらされる者達。

 

 そして……それを非難し、事実を突き止めた者達もまた……院長府に呼び出されては『実験台』として使われる事となっていったのだ。

 

 更には、リナ・ティタ・ギアン達に魔物の素材を集めさせ、それを用いての【降魔】の筋力強化や魔導回路の拡大などを測りつつ……アルセンと同じく、手渡した依頼書に【集獣香】を染み込ませたものを手渡して効率よく狩りをさせつつも……最終的には【獣魔導士(ヒュレーム)】から高額で買い取った【月の王】を解き放って襲わせ、その後始末をさせたのである。

 

 そして……その結果、ギアンとリナを逃がす為に崖下へと落下した、瀕死のティタを自分の持つ隠密部隊を使用して回収。

 

 瀕死の状態であったティタを、自分の試作段階の技術を用いて【降魔】へと改造する。

 

 更にはそれをリナへと宛がい、その憎悪を魔獣へと向けさせることでより効率のいい魔獣素材を集める事に成功する。

 

 ただ、誤算だったのが……リナがあまりにも【フェルシア流封印法師】としての力量がありすぎた事。

 

 最終的に【月の王】を解き放つも、彼女はそれを怨敵として殺し続けたのである。

 

 怨敵故に【月の王】を完膚なきまでに粉砕する為、素材を持ちかえる事もなく。

 

 出費がかさみ始めたジュタは……一度ティタのメンテナンスを請け負った際、その顔のバイザーに仕掛けを施し、見た目は治ったように見せかけてリナに戻したのだ。

 

 そして……ジュタの思惑通り、ティタのバイザーが砕け、その顔を見たリナが発狂して崖下へと投身自殺を敢行。

 

 ティタを回収しつつも、リナの体を用いて更なる実験を行い……【降魔】としてギアンに渡したのだ。

 

 当然、ギアンにも魔獣討伐の任を言い渡したものの……ある日、ギアンは気がついてしまう。

 

 あまりにも、自分達【フェルシア流封印法師】が魔獣に出くわしすぎである、と。

 

 アルセンより与えられた知識と、持ち前の頭脳を持って依頼書を調べ……微かに【集獣香】の反応を検出したギアンは、その時より依頼書を持ち歩かなくなり、更には【フェルシア流封印法師】の名を使い、ジュタ周辺の情報収集、そして【降魔】の裏を探りだしたのである。

 

 しかし……それはすぐにジュタに知られる事となり……ギアンが【降魔】の裏を知っている(・・・・・)からこそ、維持だけをしてまったく手を加えず、放置していた【降魔】ティタに自由を与え、はぐれ【降魔】として討伐するようにと任務を与えたのである。

 

 当然、そのどさくさにまぎれて自分の手駒である隠密部隊を用いてギアンを暗殺しようとしていたジュタではあったが……それは自分が噂を聞きつけ、この国内に入った事でようやく手が出せるようになった最高の研究素材になるであろうジンが関わり、行動を共にした事で果たせなくなってしまったのだ。

 

 それならばと次善策として用意していた、国境の壁に【集獣香】を設置させ、態と院長府を空にし、ジンを呼び込むための環境を整え……ついでに魔獣被害の尊い(・・)犠牲者を作るべく、フェルシアの外……フェルシアにあって知識を求めない愚か者どもの酒場へと【集獣香】をし掛けさせ……その後、既に自分が院長になった際に始末した【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】実働部隊の生き残りが自分をかぎまわっているという噂があった為、その後始末を任せようとしたのではあるが── 

 

「な?! それは……それはぁあああ!! 貴様等、貴様等ぁああああああ!! 何をしているのか分かっているのかあああ?!」

「──お待たせしました、ダズ」

「……汚い。流石外道院長。やる事が汚すぎる」

「まったく……腕が悪いったらなかったわね」

 

 ──サハの後を追うかのように窓から入ってきた3人の人影を目にした瞬間、自分の計画が水泡に帰した事を察し激昂し、吼えるジュタ。

 

 そこにいたのは……ジンの推測を聞き、確信を持ってジュタが行うであろう行動を先読みしたダズの言葉によって相手の計画を阻止し、【集獣香】の袋を結界で囲んで持つドロゥと……ジュタの手のものであろう黒装束達をボロ雑巾のように引きずり、屋敷の中へと投げ入れるヴィ・チャダであった。

 

『──みなさん、御苦労さまでした。それだけが唯一心残りで……これで、遠慮なく……動けるというものです!』

「──ぐほぉ?!」

 

 ジュタの計画が水泡に帰した事によって、後顧の憂いを立つことが出来たダズは、喚くジュタがドロゥ達の下へと襲いかかろうとする勢いを利用し、肘から魔力を放出しながら威力を上げた右フックの一撃をジュタの脇腹へとめり込ませる。

 

 全身を【降魔】の魔導機と魔獣の魔導回路で覆われていたジュタの鋼とも呼べるその身体にすら突き刺さるその一撃は……筋肉ダルマとも言うべきジュタの体をくの字にして吹き飛ばす。   

 

 巨大な質量を持って床にバウンドし、壁に激突して破壊しながら瓦礫に埋もれるジュタ。

 

『──すみませんみなさん。バンチとチャタ、そしてギアンをお願いします』  

─『了解!!』─

 

 それを注視しつつ、ドロゥ達にバンチ達を速やかに安全な場所へと移動させる事をお願いし、瓦礫の中から立ちあがろうとするジュタを警戒するダズ。      

 

「くそ! くそくそくそくそくそくそくそおおがああああ!! 忌々しい忌々しい忌々しいいい!! 貴様! 分かっているのか?! それだけの技術力! 応用すればどれほどの【降魔】が! 戦力が作れると思っているうう!!」

『──何度も言っているではありませんか? 人の犠牲を持って得られる技術など……後の禍根を残すだけに過ぎないと。その被害を受けた者達は、その恐怖を、憎悪を、心の傷を末代にまで伝え広めていくのです。いずれその反動が……国へと返ってくる事となる。……それは、君にも言える事ですよ、ジュタ』

「だまぁれえ! そんな綺麗事などゴミ以下だ! 周囲の国々を! そしてあの空に浮かぶ聖王国を見ろ、アルセン! 我々は常に力に抑えつけられ、恐怖にさらされているのだ! 戦力を強化し、対抗策を講じる事こそが急務! 我等の知識が唯の暴力によって失われるなど、あってはならん愚挙!! 我々は後世に我等の偉大なる知識を残さねばならぬ!」

 

 背後にドロゥ達を庇いながら、無作為に自分を攻撃してくるジュタの攻撃を捌き続けるダズ。

 

 自分で動けるチャタはいいとしても……バンチは二人がかりでなくては運べず、ギアンが抱きかかえられて奥の部屋から運び出された所で、喚き散らすジュタの声が周囲に木霊する。

 

 その言葉……その顔は、後世に名を残した自分の名声に酔ったようなものであり、両手を天に向けながら語る言動は……まるで自分こそが偉大なるものであると自認するものであった。  

 

『……貴方は……!! 神でも成ったつもりですか?! 自分が上位者であり、人など自分の実験材料であると?! ……思いあがりも甚だしい! それに……我々ですって? 一緒にしないでもらいたいですねっ!! 私が死んだ事になった後……この私が何もしなかったと思っているのですか?!』

「なぁにい?! 死者(ゴミ)風情が今更何を喚く!!」

『──……いいでしょう。もはや君に気を使う必要もない。それに……いくら温厚な私といえど……限度というものがある事を知りなさい、ジュタ!!』

「ご?! が!! おああああ?!」

 

 それを聞き……遂に堪忍袋の尾が切れたダズは、振り下ろされるジュタの攻撃を回避と同時にカウンターを浴びせ、再びくの字になって吹き飛ぼうとするジュタの体を魔力をジェット噴射させながら通りすぎては逆から蹴って逆海老に反らせ、更には上空に蹴り上げ、飛び越し、上空からドロップキックで蹴り落とす。

 

 全身から再び蒸気のように過剰魔力を排出しながら……アルセンはジュタを指さし、死者となったことで自由に動けるようになった我が身を使い、調べ上げ、暴いたジュタの罪状を読み上げる。

 

 それは……院長になる前も、そして院長になってからも積み上げられたものであり、膨大な量の中から読み上げられるそれの中には──

 

「──え? 麻痺薬……『芭蛇羅(バジュラ)』の、作成。および、販売?」

『──……聞こえてしまいましたか……そうです。憶えていますか? ギアン。リナが苦しんでいた薬物の名を。アレを作り、売ったのは……この男なのです、ギアン』

「──………………あ……ああ……」

 

 ──そう。

 

 あの一件……ティタとリナが追放の憂き目にあったあの事件に深く関わり、使用された薬物こそ……キシュラナを同盟国であるとして訪問したジュタが、『武意』の当主と息子に頼まれて持ち込んだその薬品の成果を確かめるためにと売られたものだったのである。

 

 しかも……元々それは……アルセンが『患者の痛みを無くし、手術等の処置を行いやすくする為』という名目で作った麻酔薬を……改悪したもの。

 

 更には、あの事件を起こした『武意』達が増長する結果となった原因は……アルセンが筋萎縮症という、体の筋肉が衰える病気の治療の為に作った二つの薬……『筋肉増強剤』・『神経強化剤』という薬をジュタが混ぜ合わせて改造し、販売した……『筋力狂化薬』によってその腕力が飛躍的に上がった事が原因であった事を調べあげ、その暗躍を知ったアルセンは、更なる捜査を推し進めた。

 

 そして……上記にあった、自分を含めてティタ達が【降魔】にならなければならなかった件。

 

 ジュタに関わる全ての裏を取り終えたからこそ、こうしてダズとして……この場に立っていたのである。

 

「──……先生、先生……!! わ、私……私はっ!! 【フェルシア流封印法師】に誘ったから、ティタと、リナがっ……死んだと……!!」

『それは違います。その道を進むからといって、彼女達が死ぬ……いえ、【降魔】になる必要は無かったのです。──全てはジュタが引き起こした事。むしろ……私は君が……ティタが、リナが。自らの実力で【フェルシア流封印法師】になった事を誇りに思っています』

「……せん、せい!!」

『よく……頑張りましたね、ギアン。──この決着は……早々に私がつけなければならなかったものでした。学院の同期であったジュタが……きっといつかは改心してくれるものと信じた結果が……この様。私の落ち度で、貴女に多大な心労をかけてしまった。……許して下さい』

「──…………あ……あ……」

 

 先程の蹴りが強烈だったのか、もんどりうって床を転がるジュタを見ながら……ギアンが泣きながら懺悔をする声を聞き、アルセン……ダズは、背中越しにそれを否定しつつ……ジュタの心にあったであろう、良心を信じた結果、ギアンに心の傷を作ってしまった事を謝罪する。

 

「──……だけど、私は感謝もある。だって……私達はダズに出会わなければ今、こうして……活動して(生きて)いなかった。……元が、ソレの所為だがら全部が全部、感謝出来ないのが……嫌だけど」

「そーだね。……ちなみに、今名乗っている名前は……私達につけられた番号を元にしてつけられてるんだ」

「……私達は……既に死者の列に名を連ねる者。名を失ってしまった私達が名乗るべき名が無かったのですから仕方ないのですけれど」

『──……本当は、名前を名乗らせてあげたかったのですけどね。私が【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】となり、この子たちはその部下として、実働部隊【(シャドウ)】として活動する事を望んだ結果……隠匿を旨とする部隊故に名を名乗る事はその身の上を知られる結果となる為、こういう結果となったのです』

「だけど、先生まで自分の名前を変える必要は無かったんだけどなぁ」

『……けじめですよ。私も死者の列に名を連ねていますからね』

 

 窓際に立ち、屋敷を出ようとしていたドロゥ達が……その会話を聞きつつもダズと関わりあえた事が絶望の中で望外の希望だった事を語り、イク達に番号の名前をつけた時……自らも改名したその真面目さに過去を思い出し、涙を流しながらも苦笑を浮かべるギアン。

 

「──くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそぉおおお!! 何故だあ! この私の理論は完璧だったはずだぁ!! 何故、魔獣の神経まで魔導回路として取り込んだこの私がっ!! 無様にこうして床を転がらなければならぬう!!」

『──簡単な事です。道具の使い方を知らずして、その性能を100%発揮できる訳がないでしょう? 体を【降魔】(道具)とした以上、その性能を知りその動きを知らなければならない。理論だけで実技が、性能テストをしないでぶっつけ本番でそれを使って、100%の結果を得ようなどと……貴方はいつまで現実全てを実験にするつもりなのですか?』

「だまれぇ! この私が作り上げたものが、聖王国全てを席巻する! 性能テストなど……その後で──?!」

─『?!』─

 

 無様な姿を晒しながらも、再びどす黒い顔で立ちあがろうとするジュタが喚く言葉に……的確に答えを返しながら向き直るダズ。

 

 それに、作り上げる事こそが本題であり、性能テストなど国民全員を使えばいいのだと豪語しようとしたジュタではあったが……唐突にその背後。

 

 ジンが【降魔】と戦っていた場所から、圧倒的な魔力の高まりと爆発を感じて驚愕しながら振り向く事となる。

 

 無論、ダズ達もジュタの背中越しにそれを見ており、その視界に映ったものは──

 

 

 

 

 

 ──バンチとチャタがギアンを救い、交戦し始めた同時間。

 

「──ふっ!!」

 

 バンチとチャタがギアンを救ってくれた事により、【降魔】との戦いに集中出来るようになったジンは……既に人外の動きで暴走する二体の【降魔】の攻撃を避ける事に集中していた。

 

 鞭のようにしなり、地面を削りながら迫る【降魔】の攻撃を避けてカウンターをしようとすれば……その【降魔】を押し倒し、両手をぐるぐると回転させながらジンを殴ろうとする【降魔】がそれをカバーするという……ジュタが操作していたよりも遥かに高い意思疎通を見せるコンビネーションに苦労するジン。

 

「っとお?!」

 

 腕を回転させた【降魔】が、地面を耕すかのように床を砕きながら進んでくるのを飛び上がり、頭上を通りすぎる事で回避しようとした瞬間、伸びる剛腕が【降魔】の顔スレスレ上を通りすぎながらジン目掛けて放たれる。

 

 その腕の表面を縦回転に前転しながら加速し、【降魔】の顔面を蹴りつけようとするジンではあったが……その一撃を上半身を逆海老に下半身に付くまで逸らす事で回避する【降魔】。

 

 目標を見失ったジンが空中に取り残される中、腕を回していた【降魔】が逆立ちをして爪先を伸ばし、下半身を独楽のように回転させ、まるでドリルの如く腕の力で跳躍。

 

 その先端を魔力で覆われた手で掴んだ後、逆回転で足に沿って進みながら【降魔】の上半身目掛けて攻撃しようと迫るジン。

 

 しかし……避けられたと判断した【降魔】は、回転している足を開きだし、ジンの逃げ場を無くしながら今度は上半身を回転させながら腕を回し、下から上半身で、上から下半身で、上下から押しつぶすかのように高速回転のまま、まるでミキサーの如くジンを擦り潰そうとしてくる【降魔】。

 

 そして──

 

「ッ……!! なっ、ぐう?!」

 

 上と下……逆回転するその二つの回転を利用し、自身を砲弾に見立て、銃身から発射されるかのように弾き飛ばされ、辛うじて外へと脱出するジンではあったが……それを狙い撃って伸びる剛腕が眼前に迫り、未だ回転の勢いを殺しきれていなかったジンは、その直撃を受ける事となってしまう。

 

 魔力を集約させることにより、防御は間に合うものの……その質量による攻撃の威力は全身を軋ませるほどに凄まじく。

 

 天井へと叩きつけられ天井を突き抜けて二階へと打ち上げられてしまうジン。

 

 それは……奇しくもジュタがバンチ達を始末しようと二階へと上がってきた時と同時期であり、巨大な質量の落下と共に砕ける二階の床に叩きつけられ、更には床と一緒に一階へと落下する事となる。

 

 そして……このチャンスを逃さないとばかりに、腕が伸びる【降魔】が、体を高速回転させる【降魔】を掴み上げ、落ちてくるジン目掛けて投擲。

 

 ドリルの如く高速回転する巨大な質量が迫る中、ジンは崩れていく床を蹴り渡りながら難を逃れる。

 

「──え? お、うわああああ?!」

 

 ──はずだった。

 

 しかし……腕を伸ばした【降魔】がドリル【降魔】の足を掴み、軌道修正をした事によって再びピンチに陥るジン。

 

 ドリルの如く破片を打ち砕き、更にそれによって推進力を得た【降魔】がスピードを増して迫る中、目の前の床は下にいる【降魔】の伸びる腕によって砕かれていく。

 

 ──まさに絶体絶命。

 

 超巨大なドリルと、伸びる剛腕という純粋な質量による攻撃に戦慄しながらも……遂に足場が無くなり、空中に踊りでるジン。

 

 壁を蹴って方向修正しながら伸びる腕を避けようとするも……それを予想していたかのように目の前を遮る位置に突き刺さる腕。

 

 そして……壁を削りながらジンへと迫る後ろの巨大なドリルとなった【降魔】。

 

「くっ……!!」

 

 覚悟を決め、再びドリルを捌くために魔力を高めた瞬間──

 

「──ふん!!」

 

 ──気合と共に、唐突に開く、院長府の入口。

 

 扉が人の手によって開かれ、その隙間から疾風のように飛び出す人影が、ジン目掛けてやってきて── 

 

「うえ?!」

「──とお~う」

「あ、何美味しい役割をとってるんすか?! ナウ!」

「無駄口叩いてないで仕事する! シュナ!」

 

 白髪の小柄でゴーグルをかけた女性が、ジンを抱えて窮地から救う。

 

「おっらああ!!」

「ナイスよ、アチャ!」

「おうさ!!」

 

 腕を伸ばす【降魔】を文字通り張り倒したシュナとイクがいつものやり取りをしながらも、【降魔】を牽制し……先程門を開いた大柄な女性アチャが、ドリルと化していた【降魔】を受け止め、地面へと叩きつける。

 

「だいじょ~ぶ?」

「へ? あ、はい」

「あぶないねえ、間に合ってよかったよ。あのクソ野郎をぶちのめすのを見れないとなりゃあ、腹の蟲が収まらないからねえ」

「むう……そのポジション渡すっす! ナウ!」

「や~だよ。やわかいし、あ~ったかいし」

「……いいから黙りなさい、シュナ。……御無事で何よりです、刃様」

「シュナさん、イクさん?! ……そっか、似てるとは思ってたけど……あの仮面をつけた姿もお二人だったんですね」

「はい。我々は……(シャドウ)。表だって活動する訳にもいきませんので。……それに、院長直属の隠密達に見つかる訳にもいきませんでしたしね」

 

 足から余剰魔力を吐き出すナウと、肩・肘から余剰魔力を吹きだすアチャ。

 

 驚愕して【解析(アナライズ)】を始めるジンに対し、自分達の体が人間のそれではない事を見せてしまった事に僅かに俯きながら自嘲するイク。

 

 ジンを抱きしめ続けるナウに対し、抗議するシュナを推し留め、ジンに対して頭を垂れ、顔を見せられなかった不備を詫びる。

 

「──まさか……あの、ジュタが人体実験をした、人達、って……」

「……はい。我々が……そうです。過酷な実験の結果……人としての人権を剥奪され、その恐怖と苦痛によって元々の髪の色を失って白髪と化し、あらゆる魔導の実験に晒され、最終的には廃棄処分された者達。それが……我々なのです」

「もはや魔獣の餌か、朽ち果てるのを待つのみといった状況だった私達を救ってくれたのが……ジュタに破壊された【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の任を引き継ぎ、同じく……生き残る為に自分自身の体を改造し、人から外れた存在となってしまった……ダズだったっす」

「ほんとーに、たすかったー」

「そうだねえ。あの野郎をどうにかもう一度殴るチャンスを分け与えてくれたってんだから……感謝しかないよ」

 

 その体を【解析(アナライズ)】し、身体の構成が【降魔】のそれと似通っている事を悟ったジンは……唐突にアルセンの手記……ジュタがそれを盗用したもの、その研究内容を思い出して息を飲みながらイク達に問えば……静かにそれを肯定し、頷いて見せる一同。

 

 人体実験を受け、あまつさえ失敗作として破棄された所を、ダズがその体をより【降魔】に近づけ、修繕・回復させた事によって生きながらえた一同は、ダズが目的としていた『ジュタを裁く』という目的の為に一致団結し、ジュタの目論見を阻止し、フェルシアという国を正しく英知宿る国として取り戻す為にに行動を開始する。 

 

 ジュタに破壊されたままであった【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の【人造魔導(ゴーレム)】部分コアから知識を抽出し、その役割を継承。

 

 『存在しない実働部隊』という噂であった【(シャドウ)】としての形を得て、活動を開始したダズ達。

 

 ジュタの罪を明るみにするべく、ダズが集めた情報に付随して裏付け……更にはより詳細な情報を得るために、あれほど忌み嫌っていたジュタに取り入り、表の業務としてその側近や秘書、衛兵、隠密として活動し続けた。

 

 そして……今日。

 

 その想いが、活動が実る日が来たのである。

 

 今まで活動時に被っていた無機質な仮面を脱ぎ捨て、院長府に立つ【(シャドウ)】の面々が思う事は一つ。

 

 ──ジュタの断罪……ただそれだけ。

 

 ある日突然、いわれのない罪を着せられ、あるいは黒装束に攫われ、家族と、仲間と、友達との絆を断たれ、人としての存在すら剥奪された……その日から。

 

 ただ、それだけを目的として生きてきたのだから。

 

 それに──

 

「──やはり……臨界運転に入っているのね……いくら強化したとはいえ、アレの手がけた施術では1時間と持たないでしょう。……この子達も、楽にしてあげないとね」

「……そう、っすね……最大の理解者であり、尤も可愛がらなければならないはずの存在まで……アレは実験材料にしか見れなくなったんすか。……もはや言葉もないっす」

「……え? それはどういう──」

「──この【降魔】達は、頭脳だけを摘出され【降魔】の集積回路として使われている。……そこまではいーい?」

「……はい」

 

 ──倒されても、倒されても。

 

 その身を起こし、ジンと新たに現れたシュナ達を敵と認識し、臨戦態勢を取る【降魔】を前に、憐憫が滲む声色で語りだす一同。

 

 その意味が理解できず、呆然とするジンの前で──

 

「──……アレは……ジュタはねえ。そこだけは真面目に、【降魔】の在り方にのっとってあの【降魔】を作り上げたのさ。何のためらいもなく、ただ、作り上げるためだけに。……わかるかい? あの【降魔】の、頭脳となっているのは──」

「──……まさか」

 

 ──アチャが、その手を握りしめ、鬼のような表情で【降魔】二体を睨みつける。

 

 それは、悲しみを隠し、速やかに【降魔】を眠りに付かせる為に被った仮面。

 

 その顔を見て、呆然としていたジンは……気がついてしまう。

 

 過去、【フェルシア流封印法師】が、どうやって【降魔】を得てきたのかを。

 

「そうだっ!! 一番愛すべき……妻と愛娘の脳髄使いやがったんだよ、アレはっ!! もう……アレに人の心なんかない!! アレは……唾棄すべき魔物なんだよぉ!!」

「──…………っ…………っ…………っっ!!」

 

 そして……アチャのその一言は、いくらなんでもと否定していたジンの頭を直撃する。

 

 烈火のような怒りの言葉は……確かにジンの心に火をつける。

 

 それは……カイン戦で見せたそれよりも尚、熱く。

 

 俯き、歯を食いしばるジンの周囲に……不規則な魔力の流れが発生する事となった。

 

 更に……アチャが扉を開いたと言う事は、術式が正常に作用するようになったという事。

 

 限界まで沸騰しつつも、最後の最後で残された理性を総動員し、砕かれた壁の先……先程まで機能していなかったバッグを護る為の結界が発動しているのを確認したジン。

 

 その刹那──

 

「──来るわよ! アチャ! ナウ! チャタ、あっちを──」

「──?! 駄目っす! ジンちゃん?! アチャの後ろに!」

「坊やっ! 何してるんだい!」

「あぶないよー!」

 

 視界の先では猛然と突撃してくる二体の【降魔】の姿。

 

 それを迎え撃つべく、臨戦態勢に入るイク達ではあったが……【降魔】のほうに意識を向けた瞬間、俯いたままだったジンが【降魔】……いや、ジュタ目掛けて走り出す。

 

 慌ててその後を追いかける一同が目にしたのは、両肩のポーチから呪符を複数枚取り出し、四方八方へと投げつけるジンの姿。

 

 散った呪符達は、建て物の外縁部へと張りつき、結界を構成。

 

 【呪符魔術士(スイレーム)】としての力が戻ったのであれば、何らかの攻撃用呪符を使うのだろうと推測しつつも、【降魔】達を制する為に加速しようとした、その時。 

 

─【神力魔導】─

─『?!?!』─

 

 ──自身の持ちうる力の中でも、尤も扱いにくく、しかしながら破壊力に特化した能力を発動させるジン。

 

 ジンの内包する魔力よりも尚、圧倒的で膨大な力が腕輪を通じてジンに齎され、その力の余波がジンを中心として球状に解き放たれる。

 

 ジンを護ろうとしていたイク達は……ジンが【神力魔導】を使用したという事実、そして……その力によって自分達が押し返され、ジンに到達できないほどの力を発している事に驚愕する事となる。

 

「──嘘、でしょう?」

「……これ、てまさか……【魔導士(ラザレーム)】?! 【神力魔導】……っすよね!? え?! 何が起こってるっすか?!」

「……おこってる。ジン、おこってるよ」

「なんだってんだい! まるで台風だねえ?!」

 

 あまりにも強大な力の奔流に、顔を腕で覆ってガードしながらも……ジンが【神力魔導】を身に纏い、余波だけで襲いかかって来ていた【降魔】を吹き飛ばす姿を目にして戦慄する。

 

 自分達の得ていた情報など氷山の一角の如きものである事を知り……巨大な【降魔】二体の質量が、院長室の壁を粉砕してジュタの横へと倒れ込み、その姿を目撃して目を見開くダズ達と……力の高まりを感じて驚愕を持って振り返るジュタが視界に入った瞬間。

 

 ──力が瞬き、空間が破裂する音がした。

 

─『……?!?!』─

「──は? え? あ……おぐあああああ?!?!」

 

 掻き消えるジンの姿を捕えるものは【降魔】の能力を持って存在している(シャドウ)にも存在せず。

 

 ジンを見失った一同が、次の瞬間目撃したのは……何故か空中に吹き飛ばされるジュタの姿であった。

 

 そして……その落下地点にいるのは……事を成した存在である、ジンの姿。

 

 ──そう。

 

 【神力魔導】の力を使い、馬鹿力で無理矢理推進力を得たジンが、【降魔】の動体視力を持ってしても捕えられない速度でジュタの目の前に到達。

 

 自分の感情に同調し、力を注ぎこんでくれる【世界樹(ユグドラシル)】の力を乗せて、その足を思い切り逆風に振り上げてジュタの筋肉ダルマな体を蹴り上げたのである。

 

 あまりに集約された力は、鋼鉄で出来ているはずのジュタの体に深くめり込み、そこから【神力魔導】が胴体に炸裂。

 

 その炸裂した力によって体を爆散させながらも……その爆散した体はジンが発する力によって塵と化し、欠片も残る事がなく。

 

「──…………っ」

 

 しかし……直接【神力魔導】を取りこんで使用したその反動は確実にジンの体へと還る。

 

 今の一撃で足の筋繊維は断裂。

 

 内臓への負荷から喉から込み上げる血を飲み込み、【進化細胞(ラーニング)】の効果で体を維持させるジン。 

 

 やがて落下し始めたジュタが、思い出したかのように自らの体の消失を知って絶叫。

 

 やがてそれは怒りを交えて憎悪となり、自分を害したジンを睨みつける事となる。

 

 しかし──

 

「──ひぃ?!?!」

 

 ジュタは……戦慄と共に……自分が絶対強者の怒りに触れてしまった事を恐怖と共に理解する。

 

 その全身を【神力魔導】の輝きで煌めかせ、圧倒的怒気を持って自分を見上げるその視線。

 

 ──その握る拳に集約していく圧倒的な輝きは……ジュタにとっては絶望の光で。

 

「わ、私を護れええ! 【降魔】(木偶人形)共っ!!」

 

 咄嗟に自らの身を護ろうと、二体の【降魔】を招集して自分の楯にしようとするジュタ。

 

 その命令に従い、【降魔】が埋もれていたその体を起こして立ち上がり……手を広げてジンへと踊りかかる。

 

「──…………」

 

 しかし、ジンから発せられる【神力魔導】の波動によって手を広げたまま張りつけられるかのように空中で制止させられた二体の【降魔】は、それでもジュタを護ろうとしていて。

 

 その姿に……愛する夫と父を護ろうとする妻と娘の幻影を見るジン。  

  

 ──愛するべき存在である、妻と娘を使って、作られた【降魔】。

 

 家族との繋がりを突然を失った事が、心の傷(トラウマ)として心の根底にあるジンにとって……それは理解出来ず、許しがたい事実であった。

 

 ──姉と慕ったリキトアの【牙】族・カイラ、そして自分についてきてくれたフォウリー、おじいちゃん的位置にいるオキト、自分を可愛がってくれたポレロ。

 

 剣の師であり……家族のふれあいと、心の傷(トラウマ)と自分に与えられた過剰なまでの能力に悩んでいたジンを導いてくれたキシュラナのザキューレ達。

 

 そして……現時点でお世話になっているクルダのエレ達。 

 

 ジュタは……その全てを貶し、罵倒し、否定した。

 

 【降魔】の相手をしていた為に出来なかったが……それが無ければすぐにでもジュタを殴りにいっていただろう。

 

 どうにか怒りを飲み込み、我慢していたジンではあったが……暖かい人達に触れ、大分癒えてきたとはいえ……その深い心の傷(トラウマ)が全て消えるはずもなく……自分の家族を材料として【降魔】を作ると言う行為は……まさにジンにとって逆鱗だったのである。

 

 しかし……【降魔】になってまで身を呈して夫を父を庇おうとするその姿は、まさに家族を護ろうとするジンの心に響くものであり。

 

「──この馬鹿力めぇええ!! だが……油断したなぁ!! 【降魔】を破壊しなかった事が、貴様の落ち度だっ!!」

「……お前……お前ぇえええええ!! そこまで身を呈した家族を!! 何だと思ってるんだぁああ!!」

「家族ぅ?! そんなものなど、この私には必要ない!! 私は私という国を護る事が最優先!! 死ねぇえええ!!」

「────…………!!」

 

 ──そして……ジュタの行動に……絶句し、再び怒りを再燃させる事となる。

 

 【降魔】を【神力魔導】の波動からの風避けとしてその背に落ちたジュタ。

 

 彼は……自らの【降魔】に対して触手状のケーブルの束を伸ばすと……心臓部である【魔導炉】を取り出して自分の胸の中へと取り込み、失ったパーツを【降魔】からはぎ取って自身に取りつけて再生を図ったのである。

 

 目の前で力を失い、がくりとうなだれながらパーツをはぎ取られてボロボロになっていく【降魔】の姿にジンが吼える中。

 

 ジュタが嗤いながら……【降魔】の予備【魔導炉】を暴走させ、【降魔】の魔導回路がその過剰な魔力を受けて光を放つ。

 

 がくがくと異常な痙攣のようなものを見せ、関節部からありえない閃光を放出する【降魔】達。

 

 やがて……間に合わせの自己修復を終えたジュタが、【降魔】を蹴って空中へと逃れながら、ケーブルから起爆の信号を【降魔】に送る。

 

 そして──

 

「はーっはっはっはっは! 死ね! この私の言葉が聞けないゴミ共など、死んでしまえええ! はっはっはっはあ!」

 

 ──【降魔】の体が膨らみ、巨大な魔力爆発を起こして院長府全体に轟く事となる。

 

 土煙が舞い、爆発に飲み込まれるジン達。

 

 そして……後に残ったのは……建て物の外観……外縁部(・・・)と室内全土を埋め尽くす土埃だけ。

 

 視界が効かなくなっている中……見るまでもなく院長府としての役目を果たせなくなったこの場に用は無いと、複数取り込んだ【魔導炉】の力を使い、過剰魔力で浮遊していたジュタが哄笑を上げて院長府を後にしようと壁を破壊しようとするが──

 

「?! なんだ?! 結界はゴミ共によって解除されているはず!! 何故、出られない?! 何故結界が張ってあるのだ?!」

 

 ──【降魔】の拳を持ってしても破れない堅牢な結界に阻まれ、外に出る事が出来ない事に慌てだすジュタ。

 

 理由が分からず、浮遊の為の魔力消費も馬鹿にならない為、一度地面に着地して落ちつこうと下降を始めたジュタではあったが──

 

「──どーん!!」

「ぐっはああ?!?!」

 

 ゴーグルをかけ、爆発の土煙を切り裂きながら脚部から魔力を放出しながら空中に現れたナウが、加速した勢いのままにジュタに回し蹴りをお見舞いする。

 

 突然の事で対処が出来なかったジュタが、その蹴りを食らい加速度をつけて地面目掛けて落下。

 

「がっは!! ……お、おのれえ!! 生き残ってい……?」

 

 土煙が落ちた衝撃で吹き飛び、地面に叩きつけられたジュタが忌々しげに顔を歪ませながら体を起こした所に──

 

「──魔力収束……供給開始!!」

「──ありがとう、ドロゥ。……【魔導砲】……臨界。……発射!!」

「な?! まっ……!! がああああああ?!?!」

 

 ──片目に照準(サイティング)を浮かべ、両腕を合体させ、砲塔へと変化させていたヴィが……背後で背部を開き、アンテナ状にして周囲の魔力をかき集めていたドロゥとコードでリンク。

 

 二体分の【魔導炉】+周囲からかき集めた魔力の供給を受け、砲身に膨大な魔力の砲撃の術式が展開される様を目撃する事となる。

 

 その強烈な力の渦に思わず制止を呼び掛けようとしたジュタではあったが……魔力砲撃はジュタ目掛けて放出され、慌てて防御態勢をとるものの……その威力に両腕が破損し、吹き飛ばされる事なるジュタ。

 

「──っ!!」

「無茶しすぎ、ヴィ! その腕……」

「……いい。この腕も……今日という日を待ちわびていたんだから」

 

 そして……限界以上の砲撃を放ったヴィもその腕を肘から無くし、ドロゥに支えられる結果となっていた。

 

 無表情ながらも、満足げに頷くヴィを背負い、ジンの荷物を護るべく結界の前へと陣取るドロゥ。

 

 そして……腕が破壊され、自己修復が追いつかないまま転がり続けるジュタではあったが──

 

「──来たぜ! ……悪ぃな、チャタ」

「構いませんわ。これこそが我等の悲願じゃありませんの。……さあ、いきますわよ! もって……私の足っ!! 最大臨界放出!!」

「応っ!! いっけええええええ!!」

「馬鹿めえ! そんな単調な攻撃など! この両脚で向きを変えれば……何ぃ?!」

「──絶対に逃がさない」

「──ば、馬鹿なっ!! おい、や、やめろおおおおおお!! ぐあああああ?!?!」

 

 転がりながら横目に映った二人の人影。

 

 もはや下半身が使い物にならないバンチが、残った右腕を展開してその中から放電した杭状の物体を覗かせながらチャタに抱きかかえられ、腕を固定してチャタ自身が凄まじい勢いで魔力を放出している姿を捕える事となる。

 

 やがて……限界まで貯められた勢いが放たれ、ミサイルの如く真っ直ぐにジュタへと突き進んでくる二人。

 

 しかし……回転しながらもそれを見ていたジュタが、己の足を地面に叩きつける事で向きを変え、その突進を回避しようとしたところで……両腕からワイヤーネットを発射し、その動きを抑制したサハがきっちりと二人の突進位置にジュタを固定。

 

 身動きが取れなくなった処に突っ込んできたバンチとチャタの一撃が鋼鉄のジュタへと突き刺さり、杭……パイルバンカーが炸裂する。

 

 移動速度・雷を纏ったパイルバンカーの射出速度による運動エネルギーが解放され、脇腹に突き刺さり解放された力は……容易にジュタの左足を消失させ、ジュタの体を吹き飛ばす。

 

 しかし……それはバンチ達も同じであり──

 

「──無茶しすぎだよう……直すのダズなのに」

「……へへ、ここで無茶しなきゃ、いつ無理するんだってぇの。……チャタ、サンキューな」

「構いませんわ。どの道……私の武装ではアレを貫く事は出来ませんもの」

 

 バンチとチャタの二人が吹き飛ぶのを、サタがネットで受け止め、その衝撃を逃がすも……バンチの腕は溶解して無くなり、チャタの足もふくらはぎから破砕されていた。

 

 それでも……ようやく一矢報いた二人は満足そうであり、それを見たサハもまた苦笑を浮かべて二人を抱え、安全な場所へと引きずっていく。  

 

 ──転がっていったジュタはと言えば──

 

「ぎっ!! ぐっ……!! お、お、おのれえええ!! くそがあ!!」

 

 バランスが著しく損なわれ、不規則なバウンドを繰り返しながら転がっている真っ最中であり、じたばたともがきながらようやく勢いを緩め始めた所で──

 

「──ああ、いい。実に良い位置に来てくれたねえ」

「なっ?! 貴様っ!!」

 

 土煙の向こう側にいたアチャが、右腕をバンプアップさせながら待ち構えている姿を目撃する事となる。

 

 勢いは弱まったものの、止まる素振りを見せない自分の体。

 

 そして……回転する視線の先では……殺気を漲らせ、右腕の魔導機を展開したアチャが、肘から【魔力】を放出させて前傾姿勢となっていた。

 

 やがて……その勢いで飛び出しそうになる自分の体を推し留め、その場で回転させることで遠心力をたっぷりと乗せはじめる。

 

 それを見ながらどうにか回避しようともがくジュタではあったが……既にアチャは目の前で。

 

「──食らいやがれ! クソ! 野郎ッ!!!」

「ごっ……!!!」

 

 竜巻のように回転していた遠心力と、魔力放出の勢いが十分乗ったアチャの一撃は……ジュタの背中を直撃。

 

 逆海老に背中を反らせ、アチャの拳がめり込んでいく。

 

「……おまけだ! 持っていきなっ!!」

「がっ……がああああ?!?!」

 

 アチャの腕もまた、この一撃の為に凶悪なまでにインパクトの瞬間に全ての力を注ぎこんだ結果、あちこちに亀裂が入り、折れ曲がり始めるものの……アチャの凄惨なまでの笑みが、深まった瞬間。

 

 魔力を受けた腕が輝きを増し、めり込んだ拳を爆発させる。

 

 自己修復したばかりであったジュタの下半身がその一撃に耐えられるはずもなく。

 

 上半身だけになった無様な体で再び吹き飛んでいくジュタ。

 

「──はっ、ざまぁ見ろっていうんだい」

「アチャ……貴女も無茶をしてどうするの!」

「……そりゃ無理ってもんさ、イク。……悲願だ。アレを完膚なきまでにぶちのめす。それがアタシ達の悲願なんだ。例えこの身がどうなっても……これだけは成し遂げなきゃならないんだよ。そうじゃなきゃ……アタシはアタシじゃなくなっちまう」

「──そう……ね。それなら……私も行ってくるわ」

「ああ、いってきな。アンタのその剣は……全てを切り裂く剣。まあ……シュナの分も残してやるのが一番だけどねえ」

「……大丈夫よ、たぶん」

「ははっ!! わからんでもないがねえ」

「──往くわ」

「あいよ!」

 

 それを視界に収めつつ、肩まで吹き飛び、あちこちの皮膚が焼けおちて内部骨格が見えているアチャを咎めるイク。

 

 それに苦笑しながらもすっきりとした表情で首を横に振り、仰向けに倒れて止まるジュタを見つめるアチャ。

 

 静かにかぶりを振り、やがて前傾姿勢になっていくイクとアチャが軽口を叩き合いつつ……イクの姿がブレる。

 

「──馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁああ!! なぜぇ! なぜだああ!! この私がっ!! フェルシア統括院長である! 国であるこの私がっ!! 何故このような眼にあわなければならない!! なぁぜ!! このような無様な姿を晒さねばならないのだあああ!! この愚図共がぁ! 崇高なるこの私の研究を遮る事が、この国を弱くする事だと! 他国を増長させる事だと何故わからん!! だからゴミだというのだぁ!! 事の重要さを悟れば、誰しもこの私と志を共にする!! 富国強兵こそが急務!! この私こそが──」

「──御託はもう……結構ですよ、院長閣下。何を喚いても……結果が出ているじゃありませんか。貴方は……何を言って取り繕おうとも、今、この場で……私達に壊される。それが私達の総意であり……この国が再び国として立つ為に最低限必要な事です」

「なんだと貴様?! 精確な情報を寄越さぬ隠密風情が何を言う! 貴様の所為で、私の計画は台無しに……?! ぎ、ぎやああああああ?!!?」

「……足りない頭で考えてください。貴方の計画など……考えた時点で破綻していたのだと」

 

 そして……イクの姿は、未だに喚き散らすジュタの傍にあり……ジュタを見下ろしながら冷静に反論を交えていた。

 

 しかし……聞くに堪えないその内容に、イクはその椀部の魔導機を解放。

 

 手首から飛び出した細身の剣が魔力を受けて小刻みに振動し、ジュタの壊れた腕を斬りおとす。

 

 ジュタの絶叫を背に、こちらに向かってきたシュナとハイタッチを交わして後退するイク。

 

 そして今度は……シュナがジュタの下へと歩み出る事となる。

 

「──ねえねえ、どんな気分っすか? ゴミだ雑魚だ実験材料だって見下していた人達に見下され、否定され、壊されていく気分は……どんな気分っすか??」

「だまれええ! その姿(・・・)で言葉を語るんじゃぁない!!」

「あははは! 何いってるっすか。こうしたのは……アンタじゃないっすかぁ!!」

「ごぁああ?!」

 

 ──三日月のように口元を歪め、心底馬鹿にしたような声で語りかけるシュナの言葉に、顔を歪めて吐き捨てるように言葉を返すジュタ。

 

 その言葉に全く笑っていない乾いた笑いを浮かべながら……マウントポジションで殴りつけるシュナ。

 

「お前がっ! お前がお前がお前がぁ!! 新しい【降魔】なんて! 考えなければ!! 私は……!! 私はぁああ!!!」

「ごっ?! ぐあ!! ごあああ?!」

 

 ──その顔は悪鬼の如く。

 

 ジュタが呻き、その皮膚がはがれ、自分の指や拳が破損しても尚、殴る事を止める事はない。

 

 その理由は……ジュタの行った人体実験の結果にある。

 

 ジュタは……生きている人間であったイク達に対し……【降魔】と同様の処置を行い続けた。

 

 心臓を【魔導炉】に変え。

 

 血液と【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を混ぜ合わせて魔導回路を作りながら拒絶反応を無くし。

 

 【降魔】を参考にして作り上げた義体を、肉体を切り離して交換。

 

 ──この処置は……イク()からナウ()までが……この実験に該当する。 

 

 そして……この後。

 

 その結果から得られた全身魔導機の【降魔】へ、魔道集積回路として脳髄を設置。

 

 ここからが……シュナ()ダズ(10)の領域となる。

 

 ダズは……落下し、砕けて使い物にならなくなった体を、いざという時の為に用意しておいたセーフハウスにて徹底的に改造し……自らの体で実験を繰り返し、脳髄を覗いて全てのパーツを【降魔】の……魔導機とした。

 

 逆にシュナは……脳髄を抜かれ、新たな【降魔】となった……ジュタの娘。

 

 脳髄を取り外した肉体に、他者の脳髄を乗せる事で……【降魔】に脳髄を乗せるテストケースとして実験された存在だったのである。

 

 そして……シュナが脳を乗せ換えられたその肉体の持ち主こそ……ジュタの娘のもの。

 

 目が覚めた瞬間、他人の肉体に乗せられ、あまつさえそれが全て【降魔】のものに変えられ、実験され……そして……最終的には嫌悪感と共に廃棄処分となった。

 

 イクからナウは、まだ自身の外見を残して改造された人物達であったが……シュナだけは……違う。

 

 その外見は他人のもので。

 

 既に自分の身体は実験材料として弄り倒され、破棄されていたのだ。

 

 ──シュナは……自分自身そのものを失ったのである。

 

 しかも……肉体と脳髄の齟齬を埋めるため、脳内に【降魔】と同じ抑制機構が取り付けられ……その結果、記憶も失った。

 

 ……『──自分が誰かもわからない。しかし、確かにこの外見が自分ではない事を憶えている』

 

 これは……いつも明るくふるまっているシュナの……もっとも暗き心の闇である。

 

「──調子に!! のるなよお?!」

「ぐ?!」

「はは! はっはっは! 馬鹿が! 調子にのりおって!!」

 

 やがて、殴られ続けていたジュタが……【魔導炉】から伸び、自己修復を促すコード……【月の王】の神経を使って作り上げた【再生機(リジェネレーター)】をシュナに巻きつけ、己の部品にする為に分解しようとする。

 

 首にコードが巻きつけられ、言葉を奪われ、巻きついたコードがシュナの体に刺さってその自由を奪い、その体をパーツ単位に分けようとしたところで──

 

「──防衛機構・発動──」

「っぐあああああ?!?!」

 

 シュナがその表情を無くし、全身の魔導回路から電撃術式が起動。

 

 密着し、コードを伸ばしていたジュタめがけて音を立てて電撃が叩きこまれ、焼け焦げ、ショートする音が木霊する。

 

 電撃を体内にまで受け、ビクビクと震えるジュタと……電撃を放出したものの……それは自身にも返るものだったのか、その体を後ろへと倒していく、意識を無くしたシュナ。

 

『──無茶をしますね、シュナ。……後で、きちんと直して差し上げますからね』

「が……がが……ぎ、ぎざま……あるぜん……!!」

『……ジュタ。貴方は……一体何がしたかったのですか?』

「ぎざまには……わがるまい! 才能……ある貴様にはわからんさ!」

『…………そう、ですか……』

 

 そんなシュナを抱きとめ、労いの言葉と共に抱きかかえるのは……ダズ。

 

 視界の端に映るメンバーへとシュナを渡しながらも……未だ吐き捨てるかのようにダズめがけて負の言葉を投げかけるジュタに対し、諦めを感じて歩を進める。

 

『──何か……いい残す事はありますか?』

「は……はっはっはっはっは! 誰が貴様に殺されるかっ!! この私を終わらせるのは……私自身!! 貴様等も……諸共になぁ!!」

『何っ!? ジュタ、貴方まさか……!!』

「はーーっはっはっはっは!! 死ねぇ!! アルセンっ!!」

 

 ──このような事を起こしたとはいえ……元同僚。

 

 最後の言葉ぐらいはと、屈んでジュタへと言葉をかけるダズではあったが……その狂気は……終わってはいなかった。

 

 先程のコードがダズの全身に巻きついたかと思うと、ジュタの胸部魔導機が解放され……胸に取り込まれた三機の【魔導炉】が臨界運転を開始し始めたのである。

 

 三機相乗による、【魔導炉】を暴走させた……盛大な自爆。

 

 如何に体か【降魔】になっているとはえ、至近距離でそんな爆発を食らえば助かる見込みはない。

 

 暴走する力は、即座に【魔導炉】の限界を越え。

 

 熱と過剰な魔力が放出し、【魔導炉】に皹を入れ始める。

 

 哄笑が響き、ようやくコードを引きちぎったダズが跳躍。

 

 しかしながら……その程度では爆発の圏内から逃れられない事を理解しているジュタは、会心の笑みを浮かべ──

 

─【凍結晶氷】─   

 

「──は?」

 

 その笑みを……身体ごと凍りつかせる事となった。

 

 ──それは。

 

 リナがティタに使わせていた、魔獣を凍らせる術式。

 

 【月の王】でさえ凍らせ閉じ込めるその術式は……一瞬にして【魔導炉】すらも凍らせ、氷結の中に閉じ込める。

 

『──まさか、本当に……貴方が、ティタを』

「……ええ。俺が……ティタのマスターです」

 

 ──そこにあったのは。

 

 腕部術式を展開させ、凍気を排出する……ジンの【降魔】・ティタニアの姿であり。

 

 錆びた【呪印符針】をジュタに向けて術式を展開させた……ジンの姿であった。

 

 【フェルシア流封印法師】以外の外部の人間が、【降魔】と契約し、使役する。

 

 その異常さを理解しているダズが、息を飲んでその光景を見守る中。

 

「──無様ね、院長閣下」

「ギアンさん」

「ありがとう……もう少しだけ……付き合ってくれるかしら? ジン」

「うん、勿論だよ」

 

 足を引きずり、ようやくといった感じでこちらに歩いてきたギアンの下へと駆けより、支えながらジュタの下へと一緒に向かうジン。

 

「は……へ? あ……いや、待て! そうだ! この私は院長! この国そのものなのだ! 【フェルシア流封印法師】ギアン=ディースよ! この私を助ける名誉をやろう! そうすれば……この私に次ぐ地位を約束し、この国を共に収める権利をやってもよい! な? いい条件だろう?!」

「……アルセン先生を真似して使っていた、敬語口調が無くなってるわよ? 院長閣下」

「っ?!」

 

 【呪印符針】を握りしめる手は、もはや白く。

 

 どれほどの力が込められているのか……滴る血は……赤く。

 

 ジュタを見下ろす瞳は……仄暗く……黒かった。

 

 冷徹に、冷静に。

 

 淡々とした言葉が、何もかもがうまくいかず、喚き散らすジュタに投げかけられる。

 

「──無様ね。……思えば……貴方がやってきた事は……全てアルセン先生の二番煎じ。……いえ、違うわね。アルセン先生の成した術式・治療・薬物を……改悪(・・)する事ばかり」

「な?! 貴様っ!!」

「貴方が生み出した事など……貴方が考え出した事など……貴方が作り出したものなど……何一つない。全てが……他者の力を、知恵を盗み。それをアレンジという名の……劣化版を作り上げ、それがさも自分の考えたもののように振る舞っただけ」

「っ!! 黙れっ!! 黙れえ!!」

「……ええ、黙ってあげる。いえ……逆だったわね。……永遠に黙らせてあげるわ。─()─・─HUN()─」

 ─【魔導回路起動】─

 

 ありったけの想いを込めて。

 

 支えてくれるジンと共に【呪印符針】を握りしめ、ギアンは冷厳なる声で起動を告げる。

 

「な?! ま、待て!!」

「絶対意思力制御──」

「ギアン=ディースが【呪印符針】に問う。──答えよ、其は何ぞ」

─【意思力判定成功】─

 

 流れる魔力を受け、【呪印符針】のシリンダーが魔力を放出。

 

 焦って声をかけるジュタを無視し──

 

❝『我は制御……──絶対意思制御。機構の意思により【降魔】を起動せし者也』❞

─【降魔起動】─

 

「──長い間……待たせたわね、ティタ……リナ。ようやく……ようやく先生の仇も、貴女達の仇も……取れる」

「待て! そ、そうだ! 私は身を引こう! 代わりに君が院長になればいい! 私は君を補佐しよう!」

「……そう」

 

 ジンとギアンの後ろに顕現する……【降魔】リナ。

 

 ギアンは、万感の思いを持って……ジンと共に視線を交わし、【呪印符針】を交差させる。

 

 ジュタの戯言を切り捨て、ジュタの頭の上へとリナを。

 

 身体側へとティタを配置し、【呪印符針】に魔力が注ぎこまれる。

 

 ティタとリナが同時にその剛腕を振り上げ、その腕に魔力が集約される。

 

「待て! 待ってくれぇ! 私は! 私はこの国を救わねばならんのだ! 私が死ぬ訳には──!!」

「この国を救いたいのね……分かったわ」

「お、おお! そうか!! わかってくれるか!! では──」

「──簡単よ。この国を覆っていた死病は、全て貴方が元凶なのだから。だから──」

「──?! 待っ──」

「──死になさい!!!」

 

 ──轟音。

 

 氷が砕け、地面が砕け、【降魔】二体の拳が決してぶつかり合わない絶妙な位置で交差し、そこにあったモノを粉々に粉砕していた。

 

 それはまるで……二体の【降魔】が信愛を示して拳を叩き合わせるかのようであり。

 

 気を失っていた【(シャドウ)】のメンバーもまた、自らの復讐が終わったと知る。

 

「──ギアンさん」

「ごめんなさい。今は……しばらくこのままでいさせて頂戴」

「……はい」

『──……』

 

 ゆっくりと……地面へと座ったギアンが……ジンの胸に顔を埋める。

 

 やがて……地面に滴が垂れ、肩を振わせるギアンの頭を優しく抱きとめ……ジンが頭を撫でる中。

 

 静かに膝を折ったダズが、ギアンとジンの肩に手を置いて俯く。

 

 ──ようやく……【降魔】を廻り、複雑に絡み合った因縁が……幕を下ろす。

 

 まだ夜明けにはもう少し。

 

 しかしながら……ようやく白み始めた空は……これからのフェルシアという国を表しているかのようだった。  

 

 

 

 

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    8歳

種族    人間?

性別    男

身長    140cm

体重    34kg

 

【師匠】

【リキトア流皇牙王殺法】 カイラ=ル=ルカ 

呪符魔術士(スイレーム)】フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

魔導士(ラザレーム)】ワークス=F=ポレロ 

【キシュラナ流剛剣()術】ザル=ザキューレ 

 

【基本能力】

 

筋力    AA+    

耐久力   AA 

速力    AA+ 

知力    S+ 

精神力   SS+   

魔力    SS+ 【世界樹】  

気力    SS+ 【世界樹】

幸運    B

魅力    S+  【男の娘】

 

【固有スキル】

 

解析眼    S

無限の書庫  EX

進化細胞   A+

疑似再現   A  

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

自然知識   S 

罠知識    A

狩人知識   S    

地理知識   S  

医術知識   S+   

剣術知識   A

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

農耕知識   S  

魔導機作製  B  【降魔】の【解析(アナライズ)】・及び手記・【影】達の【解析(アナライズ)】により習得

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   S 

流動変換   C  

 

【戦闘系スキル】

 

格闘            A 

弓             S  【正射必中】

剣術            A

リキトア流皇牙王殺法     A+

キシュラナ流剛剣()術 S 

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S+    

魔導士    EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

フェルシア流封印法 B  初期解析の結果、習得。【降魔】ティタニアとの契約。

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力・気力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】⇒【呪符魔術士(スイレーム)】の真名。 

 自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

左武頼(さぶらい)⇒【キシュラナ流剛剣()術】を収めた証

蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】⇒カインを斃し、治療した事により得た字名。

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布

折れた士剣

金属鉱石・魔鉱石             


 
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