No.705232

戯曲 カタンコトン

昔書いた

2014-07-31 19:13:35 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:323   閲覧ユーザー数:322

 

 

登場人物

 

 久谷新一

 車掌・木下総太

 男・父

 女・母

 伊文雄介

 

 

 

 

 

  とある特殊な列車、「後ろ向き列車」で二人の男が出会う。

  乗客である久谷新一と車掌。

  舞台に派手さはなく、複雑なものはない。

 

 

 

      序

 

 

木下 背中を向けて立っている男。薄やみの中でぼんやりと照らされている。

  「薄暗い闇の中だった。ほんのりと光る灯りだけを頼りに僕は歩いていた。消えそう

   で消えない光。それだけが示しとなって僕を導く。遠くで小さな音が聞こえた。何

   かが弾けるような音。それは一定のリズムで僕の心臓を揺らした。僕はゆっくりと

   息を吸い、音を立てない様細心の注意でそれを吐き出した。背後に感じるいくつも

   の視線は揺れる光に乱反射して僕のすぐ隣をすり抜ける。それを追うように僕は、

   重い体を引きずりながら血の底を歩く。するとリズムはだんだんと近づいてくるん

   だ。行っては帰り、弾かれてはまた戻ってくる音の振動が少しずつ、少しずつだが

   僕の側に押し寄せる。音はどんどん大きくなり、リズムは命を孕み出した!振り返

   ってはいけない。振り返ったら負けてしまう。…そう、負けてしまうんだ」

   ゆっくりと後ろを振り返る

 

      暗転

 

 

 

      1

 

以前暗転のまま、列車の座席で居眠りをしている久谷。

 

車掌 暗転のまま声だけが聞こえる。久谷を揺すって起こそうとしている。

  「お客さん!…お客さん!」

 

      明転

 

車掌「大丈夫ですか?」

久谷 ハッと起き上がる

  「あ、…うん。んん?」

   キョロキョロ周りを見渡し

  「あ、すぐ降ります!」

車掌 何か熱心に書きながら

  「今降りたら死んじゃいますよ」

久谷 寝ぼけていたことに気がついて

  「あ…」

車掌 笑って

  「そろそろ終点も近いですから」

久谷「…そうですか」

 

   間

 

久谷 なかなか去らない木下に見かねて

  「今、どこら辺なんですか?」

車掌 顔を上げずに

  「さぁ?」

久谷「さぁ、って」

   頭をぽりぽりかいて

  「僕、気に触ることでもしました?」

車掌 笑って

  「まさか」

久谷「…」

車掌「安心して下さい。ずーっと、線路の上です」

久谷「…へ?」

車掌 鼻で笑う

久谷「…僕今からかわれてます?」

車掌 笑うだけで何も言わない

久谷「意地悪な人だ」

   車掌の手元を覗き込んで

  「何してるんです。さっきから、何か僕に用でも?」

車掌 手元を隠しながら

  「気にしないで下さい。たまたまここに立ち止まっただけです」

久谷「はぁ…」

車掌 少し離れ、手帳に何かを記入するが、途中手を止め、久谷を横目で見る

久谷 視線を感じて

  「何か用事があるんですよね?」

車掌「どうしてですか?」

久谷「…どうして…って言われても…」

車掌「…冗談です」

久谷「冗談って…」

車掌「いえね、あなたの表情が気になったものですから」

久谷「?」

車掌「実家で飼っていたポチにそっくりで」

久谷「失礼ですよ」

車掌「冗談です」

久谷「はぁ」

車掌「お客さん、ついからかいたくなるような方だから」

久谷「素直に喜べないですね」

車掌「ただ…」

久谷「?」

車掌「見せて欲しいものがあるんですよ」

久谷「?…僕の本気をですか?」

車掌「違います」

久谷「体ですか!?」

車掌「違います」

久谷「誰にも話せないようなそんな心の傷をですか?」

車掌「違います」

久谷「だったら…」

車掌「切符。拝見させてもらいたいのですが」

久谷「キップ?」

車掌「いや、なかなか気付いてもらえないものですから…」

久谷「ああ、乗車券のことですか?」

車掌「普通切符で解りますよね?」

久谷「最初っからそう言って下さいよ」

車掌「普通切符で解りますよね?」

久谷「ちょっと待ってください」

   体中探してみるが見つからない

  「あれ?」

車掌「どうされました?」

久谷「いや…。…すいません。どうやらなくしてしまった様です」

車掌 疑いの目

久谷「本当ですよ!」

車掌「いますよね、そういうお客さん」

久谷「どういう意味ですか?」

車掌「疑問点はあなたが本当に切符を持っていたかどうか」

久谷「嘘なんか言いませんよ!」

車掌「いや、しかし…」

久谷「本当です!僕の目を見て下さい!」

車掌「…まつげ長いですね」

久谷「そこじゃなくて!」

車掌「…奥二重?」

久谷「そこでもなくて!」

車掌「冗談です。…お客さん…終点までいかれるんですか?」

久谷「え!?」

   迷う

  「え…あ…多分」

車掌「多分…ですか」

久谷「?」

車掌 意味ありげに表情を整えて

  「どちらから?」

久谷「はい?」

車掌「ですから、どちらからご乗車で?」

久谷「え?」

   困惑した顔

  「僕は…あの…あれ?」

車掌「分からない…と?」

久谷「…」

車掌「困りましたね」

久谷「違うんです!」

車掌「切符は持ってない。どこから乗車したかも分からない」

久谷「いや!…何て言ったらいいか分からないけど…自分がいつこの列車に乗って、ど

   こへ行こうとしていたのか、思い出せない。何処で始まって、何処で終わるのか

   …。信じて下さい!…何故かな?そのことに今まで気付きもしなかった…」

車掌「…」

   鼻で笑い

  「いや、気にしなくてもいい。あなたみたいなお客さんはよくいらっしゃいますか

   ら」

久谷「よく?」

車掌「はい」

久谷「なぜ?」

車掌「いや、なぜと言われましても」

久谷「おかしいじゃないですか!」

車掌「まあ、不思議に聞こえるかもしれませんが…」

久谷「それにあなたさっき、気にしなくていいって言いましたよね」

車掌「言いましたね」

久谷「…車掌さん。なにかあるんですか?僕がこうしてここに座っている理由。あなた、

   それを知ってるんですよね?ああ、考えるとだんだん頭が痛くなってくる。世界

   がこの場にないようだ。…まさかあなたが?」

車掌 困惑した表情で笑うだけ

久谷「本当のことを言って下さい!僕は、なんで?」

車掌「どうも勘違いされてるようですが…。いえ、原因はありますし知っています。し

   かし私の口から言ってしまっていいものかどうか…」

久谷「?」

車掌「いや、やめときます。どうせいずれ分かることですし。それまでは知らない方が

   幸せかもしれない」

久谷「どういうことですか…」

車掌「まあ安心して下さい。ここが列車の中だということは間違いない。列車に乗った

   からにはどこかに出発点があるのでしょうし、列車は必ずあなたを目的地に連れ

   て行ってくれるものですよ」

久谷 怪訝な顔をして黙る

車掌 静かに窓から外を見る

 

      間

 

久谷 周りを見渡して

  「この列車には誰も乗っていないんですね。僕みたいなのがよくいるって、嘘でし

   ょう?」

車掌 瞬間理解できない表情

  「あ!ああ。いえいえ…あ、そうか。いやあ、嘘では…」

久谷「?」

車掌「見えていないかもしれませんがね、…今日もたくさん乗っておいでですよ」

久谷 意味が分からないまま呆然とする

車掌「ですから、ほら、向こうの席にも一人。あそこの吊革の所にも」

久谷「…何を言ってるんですか?馬鹿馬鹿しい」

車掌「見えてないんですね?」

久谷「見えてませんよ!見える訳ないじゃないですか!」

   周りを見渡して

  「誰もいない!冗談ばかり言ってからかわないで下さい!」

車掌「今度のは冗談なんかじゃないです。あなたにもそのうち見えるようになります」

久谷「だから!」

車掌「だから?…理屈じゃないんです。認識して下さい」

久谷 ゆっくりともう一度周りを見渡す

   だんだん自分の常識が信じられなくなりながら

  「ありえない」

車掌「こともない、と思いますがね」

久谷「…嘘だ」

車掌「本当です」

久谷「信じられる訳がない」

車掌「どうして?」

久谷「…」

車掌「騒いでも真実は一つ。あなた自分で気付いてないんですか?」

   ゆっくりと久谷の横に視線を移し

  「ほら、あなた、さっきからずっと、隣にいる方の手を握っているじゃないです

   か」

久谷 初めて自分の右手が誰かの手を握っていることに気付く

   だんだんその人物が見えてくる

   久谷は突然今までと違う景色を見たような表情になる

   静かな驚き

  「あ…」

木下 悲し気な笑顔

  「…。ああ、そろそろ、終点の一個手前の駅につきますよ…」

 

      暗転

 

 

 

      2

 

列車の音

カタンコトンと一定のリズム

音は徐々に遠ざかっていく

 

明転

そこにはいなかったはずの乗客がいる

ただし久谷の横の人物は客には見えない

 

久谷「この列車はどこに向かってるんですか?」

車掌「望む場所であり、望まない場所です」

久谷「僕にとっては?」

車掌「さぁ?」

久谷 隣に座っているであろう人を見て

  「僕達はどうしてこの列車に?」

車掌「さぁ?」

久谷「あなたは質問に答えない。なぜ?」

車掌「それがあなたのことだから。私の言葉ではあなたを説明することはできない。

   あなたを説明するにはあなたの言葉しか方法は他にない」

久谷「客観的な意見が聞きたいんです」

車掌「あなたには、客観的な自分に主観的な自分を刷り寄せる必要などもうないんですよ。

   あるがままを知れば良し、です」

久谷「難しい注文です。ただでさえ所々がぼんやりして何も見えないのに」

車掌「何も見えないのは目を閉じてるからです。難しいと思うのは開け方を知らないか

   ら」

久谷「あなたは教えてくれないんですか?」

車掌「ヒントはもう出しました。手に取るのもまたあなた次第」

   窓から外を眺める

  「聞えますか?」

久谷「何が?」

車掌「カタンコトン、カタンコトンと一定のリズムを刻むこの音が」

久谷「そりゃあ、聞えますけど」

車掌「何の音に聞えます?」

久谷「列車の音に」

車掌「他には?」

久谷「他にって…」

車掌「他に何かの音に聞えませんか?」

久谷「…」

車掌「ほら、耳を澄ませば今も聞こえる。とても身近な音。あなたの…」

   胸を軽くたたいて

  「ココです」

久谷「心臓の…鼓動?」

車掌「生きてる証です。波の満ち引きのようにゆったりして心地良いリズムです」

久谷 しばし列車の音に耳を傾ける

車掌「もっと注意して聞いてみて下さい。一つ一つの音が微妙に違うでしょう。一個一個

   弾かれる枕木がすべて違う音色を奏でるんです。心臓の音もそう。その瞬間流れる

   血液の一滴一滴が生きているからです」

久谷「小さな楽器のようです」

車掌「命の音楽です。私たちは細かい生命の集合体なのかも知れません。それら一つ一つ

   がオルゴールのように歯を弾いて音楽を演奏をしてる」

久谷「昔そんな話を永遠としてたような気がします。僕達が何でできているのとか、死ん

   だら何処へ行くのかとか。なぜ僕達はこの場所に生まれなきゃいけなかったのだろ

   うかとか」

車掌「僕達?」

久谷「?僕達ですよ。僕と…」

   隣にいる人に向かって

  「彼と、二人で」

車掌 帽子で顔を隠して

  「そうですか…。ああ、…私、仕事がありますので、これで」

   はける

久谷 車掌をしばらく目で追うが隣を振り返り

  「…君はどう思う?」

木下 久谷にとっては存在するがもちろん客には見えるはずもない

  (分からないよ)

久谷「そうか。でもどうしてかな?こうして隣り合わせで一緒に座ってるのが、何か不思

   議だ」

木下(不思議なんかじゃないさ。二人で一緒に乗ったんだ)

久谷「思い出せないよ」

木下(それでいい。知らなくていい)

久谷「どうして?」

木下(理解なんかしなくたっていい。だって…)

久谷「だって?」

木下(…)

久谷「…。…あ、太陽がもうあんな低い所に」

木下(うん)

久谷「あの太陽が沈んで夜が来て、また太陽は忘れずに登ってくる。世界はどうしていつ

   も同じリズムを刻むんだろう?」

木下(同じじゃない。僕らの世界よりももっと小さな世界でリズムは大きくずれていく)

久谷「それでもまた同じ明日が来る」

木下(そして僕らも同じだけずれているんだ。心臓の鼓動が僕らに合わせてリズムを刻む

   ように)

久谷「それでもまた同じ明日が」

 

   違う場所、違う時間

   誰もいない場所での叫び

車掌「否。同じ明日など来るはずはない。別れとは突然訪れる。それ故、別れはいつ訪れ

   てもいいのだ。誰も責めることはできない。悔やむことだけ許される。分かってい

   た。分かっていたんだ!たった一つの裏切りだけが、私をここに閉じ込めた!救わ

   れることなどとうにあきらめてる。もういい。もういいんだ。だけど。ただ一つ残

   された瞬間だけは離したくはない。もう一度来るその時のために「さよなら」を言

   う準備をしよう」

 

   携帯電話の鳴る音

伊文 慌ただしく携帯を取り出して

  「もしもし?あ、はい!…はい!…はい?…はぁ。…はぁ?はぁ。」

 

   別の場所で喋る男女

女  感極まる様子で

  「あー!もう、夢みたい!ついに私たち、目的地に到着するのね!幸せ!幸せすぎて

   むしろ不幸よ!幸せすぎて幸せすぎてむしろ不幸すぎて逆に幸せよ!」

男 「…」

女 「ねぇ!あなたもそうは思わない?」

男  不満そうに押し黙る

女 「思うわよねー!そうよねー!何てったってこれから私たち、新世界で新生活を送る

   新時代の新婚さんになるんだものねッ!」

男 「…」

女 「ねぇ、あなたさっきから何黙ってるの?嬉しい時はとにかくハッピーに振る舞うべ

   きなのよ?」

男 「…」

女 「ねぇ、黙ってないでうんとかすんとか言ってみたら?」

男 「…すん」

女 「すんって!すんてって!あなた本当に面白くない人ね。こういう時はね、ワンとか

   ニャーとか言っとくものなのよ!」

男  面白くなさそうに

  「にゃー」

女 「ニャーって!ニャーてって!本当に面白くないわ!でも大丈夫。私あなたのこと嫌

   いになったりはしない。むしろどんどん好きになっていく!この場合はあれね。む

   しろというよりもあえてね。あえてどんどん好きになっていくわ!よく言うじゃな

   い。手のかかる子の方が可愛いって!あなたをきっと立派な旦那様にしてみせるか

   らね!」

男 「にゃー」

伊文「ニャーてって!」

   携帯に向かって

  「いえいえ、コチラの話です。何でもないですよー。…それでですね…」

女 「でも、やっと目的地に着くのね。長かった」

男 「うん、長かった」

女 「でも長かっただけね。だってもうすぐ到着するのよ!私たちの夢の国へ!」

男  ボソッと

  「そんなにいい場所なのかな?」

女 「何ですって?」

男 「いや…」

女 「いや…じゃなくて。何か言ったでしょ?何て言いましたかー?」

男 「何でもないよ」

女  怒り

  「何でもないことないでしょ!さっき何か言ったよね!言いなさい!はっきりと聞こ

   えるように言ってご覧なさい!」

男 「…本当にこれから行く所はいい場所なのかな?って言ったんだ」

女 「いい場所に決まってんでしょ!今更なに言ってるのよ。昔よりも悪くなりようがな

   いじゃない!そうでしょ?」

男 「今思うと今までの生活もそんなに悪くなかった…」

女 「はっきり喋れ!何?今更帰る何て言うの?出発する時に決めたよねぇ?二人で決め

   たことだから後悔はしない。そう言ったじゃない!あれは嘘?」

男 「嘘…じゃない。少なくともあの時は」

女 「今更引き返せないわよ!」

男 「引き返せるさ。もう一つ駅がある。そこで折り返せば…」

女 「嫌よ!帰りたくない!あそこには何もない。夢も!刺激も!輝きも!すべてが土色

   のくすんだ街よ」

男 「水色の街に行けばそいつらはあるのかい?」

女 「少なくとも変わる可能性はあるわ」

男 「なかったら?」

女 「また別の街に行けばいいわ!」

男 「そんな身勝手が許されるものか」

女 「何よ。じゃあ、あなた一人で引き返せばいいじゃない!いつもいつも、何も知らん

   顔で!つまらなそうにして!全部私のせいなんでしょ?私がわがままで手に余るか

   ら、いつも知らんフリするんでしょ?」

男 「違う!そうじゃない!」

女 「それがどれだけ私を傷つけてるか知ってるの?それともそれすら知らんフリ?」

伊文「最低ですね!人としてどうなんですか?」

男 「違う!話を聞いてくれ!」

伊文「はい?ちょっと聞こえないです」

男 「話を聞いてくれって言ってるんだ!」

伊文「いや、無理ですよ〜」

女 「なによなによ!あなたはいつも自分を棚に上げてものを言うじゃない」

伊文「その通りです!」

男 「おまえこそいつも自分勝手好き勝手だ!今回だってそうだ。自分のために他人を引

   きずりまわしてるだけじゃないか!」

伊文「あちゃ〜。それじゃあ、心も体もボロボロですね」

女 「だって仕方がないじゃない。私がそうしたいって思っちゃったんだから!」

伊文「え?ああ、意外と充実してるんですね」

男 「思ったことを何でもやるから駄目なんだ」

伊文「禁欲ってのも大切ですからね」

女 「ほら、また上からの物言い。その言い方が癇に障るのよ!自分がこの世で一番偉い

   とでも思ってるの?」

伊文「思ってますよ〜!当然じゃないですか」

男 「そんな訳ないだろ」

伊文「またまたご謙遜を」

 

男と女、伊文の方を睨む

 

伊文「それでは結果が出ましたら、また御連絡致します。どちらが勝つでしょうね〜。は

   い。はい?はーい。それでは失礼します」

   電話を切る

男 「あの…」

伊文「はい?」

男 「わざとやってます?」

伊文「何をですか?」

女 「人の話に間の手を入れないでください!馬鹿にしてるんですか?」

伊文「???」

   久谷に

  「この方達はどうして怒っておられるのですか?」

久谷「いえ、何て言うか…もうしゃべらない方が良いですよ」

伊文「???」

女 「とにかく、私は降りないからね!」

   男から離れた場所に座ってしまう

久谷 男に

  「列車、降りられるんですか?」

男 「そうなってしまうかもな」

久谷「目的地ってどんな場所なんです?」

男 「誰もが幸せで、悩むことを知らない。そんな場所だって聞いた」

久谷「でもあなたは行きたくないんですよね」

男 「全部聞かれてしまったか…」

久谷「すいません」

男 「あれだけ大声で話してたら仕方ないか」

久谷「はぁ」

男 「行きたくない…そういう訳じゃないんだ。ただ不安なんだ。考えてもみてくれ。僕

   はその場所をこの目で見たことがないんだ。ただの噂話かもしれない。ついてみた

   ら話とは真逆の世界が広がるかもしれない。そんなの…怖いじゃないか」

久谷「良い結果が待ってるかもしれない」

男 「保証はないだろ?誰も責任はとってくれないんだ」

久谷「そんなの当然だ」

男 「ああ当然だ。他人のせいにできればそんな幸せなことはない。けど自分のせいにな

   る可能性があるなら、僕は目をつぶりたい」

久谷「目をつぶっても何も変わらない」

男 「自分を納得させられればそれでいいんだ。少なくとも世界を変えるには自分を変え

   るしかないって事は分かってる。だから僕は世界を変えることはもうとうにあきら

   めたんだよ」

久谷「そんなの悲しいだけだ」

男 「自分に言い聞かせてるのか?」

久谷「…」

男 「僕達は常に後悔という名のボウレイに取り憑かれて生きていくんだ」

   女から距離を置いたところで一人になる

久谷「ねぇ、総太。僕達も彼らと同じ場所に行くのかい?」

木下(彼らが本当にそこまで行くかは分からないけどね)

久谷「どういうこと?」

木下(そのうち分かるよ)

久谷「君も全然答えを教えてくれないんだね」

木下(いずれ全部分かるよ)

久谷「またそれだ」

木下(新一。君はこの列車に乗ったんだ。もう一本のレールの上を通るしかない。それは

   運命なんだ)

久谷「運命?…運命なんて信じないよ」

木下(選択肢なんかもうない。君はもう未来を選択してしまったんだから)

久谷「だから!もっと分かるように言ってくれよ!」

 

   いつの間にか現れてる車掌

 

車掌 時計を見る車掌

  「…」

久谷「僕はどうしてこの列車に乗った?」

車掌「泣いても笑っても次が最後の選択肢」

久谷「僕の願いの結末は何処?」

車掌「皆さん、列車が停車いたします」

 

     溶暗

     音楽

 

 

      3

 

      伊文だけが演技をする

      他の乗客は世界の外側に存在している

      そこは伊文の過去、そして理由

 

伊文 ゆっくりと中央に歩み寄る

  「私達が生まれた時、私達は私達の形を持たなかった。空気のように透明で、火のよ

   うに明るかった。だが私達は『さわる』ことを欲した。世界に触れたいと願った。

   私達は形を欲したのだ!神は私達に形を与えるためパンとワインを与えた。あと若

   干の…カルシウムを与えた。それが牛乳と小魚であったということはここで言う必

   要はないだろう。カルシウムは骨に、パンは肉に、ワインは肝臓に溜まった。私達

   は形を得たのだ!しかし形を得る代償は残った。迫り来る恐怖は肝硬変やメタボリ

   ック症候群と言う名に変わって私達に降り注いだのだ!神はその天災に対抗する力

   として武器を与えた。武器の名は『ビリーズ・ブートキャンプ』。私達は今もビリ

   ーを手に、にっくき生活習慣病と闘っているのである!…新・新約聖書より」

   本を閉じる仕草

   突然電話を取って

  「ってあなた言ってましたよね!神は私達に楽園を与えるため、日進月歩で頑張って

   下さってるんですよね?信じてますよ〜。『信じる者は救われる』、なんて素晴ら

   しい言葉なんでしょう。信じさえすればたいていの神はお救いになってくださられ

   るのでございますよね!私はあなたの言葉、これっぽっっっっっちも疑っちゃいま

   せんからね!あなたが導くままに私は歩いていきますからね!あなたが決めてくれ

   るから私は進んで行けるんです。あなたが私を神の世界に導いてくれると保証して

   くれるから、日進月歩で信じていけるんですよ〜。私すごいですよ。毎日決められ

   た時間に携帯電話に向かって一礼してますからね!それくらい信じてますよ。まあ、

   適当に決めた時間なんですがね」

   相手がしばらくしゃべってる様子

  「はい。はいはいはい。はいはいはい?はいはいはい。え!?楽園はもうすぐそ

   こ?」

   周りを見渡す

  「どこ?…ボウレイの国に行き着く?またまたご冗談を。まだ死にたくはないですよ

   〜。…本当ですか?いえいえいえ!これはその、疑ってる訳ではないんですよ?あ

   れですよ!あるじゃないですか、若い娘達が『え〜、うそ〜。信じらんなーい』み

   たいな!みたいな感じですよ〜。信じてますよ!心の底から!」

   伊文に神が乗り移ったかのように

  「そうです。何にも束縛されない。何処にでも行ける自由な世界。ボウレイになるん

   だ。身も心も軽くなるんだ。着込んだ肉を脱ぎ捨てろ!手に入れた形を今度は捨て

   去るんだ!」

   歓喜の表情

  「神は私の味方だ。あなたのおっしゃる通りにします」

   電話を耳から下ろす

 

      明転

      列車のドアが開く

      場所は終点の一つ手前の駅

      それ以上の名前はない

      ただ引き返すためだけの駅である

 

車掌「お降りのお客様は忘れ物のないようお気をつけ下さい。毎日何かしらの忘れ物がご

   ざいます。ほら、こんな糸くずや埃、髪の毛やちょっとした紙くず。時には、傘や

   鞄や帽子なんかも。こうやって人間は外側からすり減っていくものなんかもしれま

   せんね」

   周りを見回す

  「冗談です。…降りないんですか?」

女  男に向かって

  「降りるんでしょ?降りなさいよ」

男 「…分かったよ」

   早々と列車から降り、女を見つめる

女 「…。なによ。さっさと行きなさいよ!」

久谷「いいんですか?本当に」

女 「何がよ」

伊文「意地張ってないで行ってあげたらどうです?旦那さん待ってますよ?」

女 「あんたはうるさいのよ!」

伊文「どうして私はこんな扱いなんですか?」

久谷「そう言う星の下に生まれたんじゃない?」

伊文「星の下ですか〜!ロマンチックですね!」

久谷「ちょっと黙って下さい」

伊文「星の下に生まれた私。ああまるで星の王子みたいに輝いて夜空を照らす。まさか私

   がそんなふうに見えるだなんて」

久谷「いってません。あっち向いて下さい」

伊文「神に与えられた罪か…」

   反対側を向く

  「今日は天気が良いから星がよく見えるかも知れませんね〜」

   また久谷の方を向いて

  「星の王子って何処から来たか知ってます?」

久谷「知りません」

伊文「アメリカです」

久谷「…」

伊文「…すいません嘘です」

久谷「あっち向いて下さい」

伊文 反対側を向く

女  いらいらしながら

  「…分かったわよ!」

   荷物を持って降りる

  「あ〜あ、旅行も終わりね。目的地に着くこともなく引き返す旅行なんてあるかし

   ら?」

男 「ずいぶん遠くまで来たんだ。十分旅行さ」

女 「近いわよ。まだ生まれ育った街がまぶたから離れないわ」

男 「でも僕達の目には映らない」

女 「もっと遠くに行きたかった。昔がもっと遠くの記憶の外側まで飛んでいって、霞ん

   でなくなっちゃうくらい。私達の亡霊が二度と追ってくることができないぐらい、

   もっともっと線路の向こう側へ」

男 「また新しいボウレイに取り憑かれる」

女 「終わりがないよ!ここまで来ては思い直して引き返して。また世界に幻滅してはこ

   こまで逃げてくるの!いつまで繰り返すの?ボウレイ達のいない世界に向かってど

   うして進まないの?」

男 「身体が弾けて消えるまで。歩いて歩いて歩き続けて、足がボウになっても止まらず

   に、身体が限りなくレイに近づいたその瞬間に僕らもやがて旅を終えるんだ」

女 「誰が決めたの?」

男 「神様だよ。あいつが全部悪いんだ」

女 「誰かが決めたレールにのっかかるの?」

男 「レールはいつも一本だよ。君は2本以上のレールを見た事があるかい?ずっと一本

   だったんだ。僕らが未来にたくさんのレールを夢見てただけ。ないものを探したん

   だ。僕達のわがままもここまでなんだよ」

女 「…私たちは幸せになれる?」

男 「わからないけど、見つけられないものじゃないだろ?」

女 「全部あなたのせいにするからね」

男 「うん。仕方がないよ」

   二人、完全な途中下車。

  「君は行くのかい?見たこともない世界へ」

久谷「僕は…」

木下(僕達は…)

久谷「引き返した先はどこに繋がってるんですか?」

男 「君が元いた場所だ」

久谷「元いた場所?」

男 「そう。土色にくすんだ、ありふれていて、汚くて。信じられるものはほんの一握り

   だけど、居心地は悪くない。そこには欠けたものなんか何もない。前もあれば後ろ

   もある。影があれば光もある。僕達はそこで生まれたんじゃないか」

木下(そうさ。誰もが幸せな世界なんか不足した世界でしかないんだ)

久谷「分からないよ!僕には前も後ろもない。最初も最後もないんだ」

男 「忘れているだけさ。誰もが持ってるものだから」

久谷「僕はどうすれば」

男 「本当は分かってるんだろう?君はそこから動かないじゃないか!」

久谷「だって…」

男 「怖いんだ!君も。自分で選択するのが!運命の道筋を見てしまうのが!」

女 「それはすべてまやかし。もう裁判は終わってる」

久谷「それでも、この先に待ってるのは…」

男 「君は最後を見るんだ!」

女 「エンドにアンドは続かない」

木下(やめてくれ)

久谷「やめてくれ!」

男 「すべての現象はもはや取り返しなどつかない」

女 「すべてが終わった後に夢を見ているだけ」

木下(なぜ君はそれを選択した?)

久谷「嫌だ。知りたくない!」

男 「君はもう気付いているんだろ、全部」

女 「あなたの物語はすべて終わった!」

木下(違う!心底あの場所が嫌いなんだ!)

久谷「それ以上言うな!」

男 「引き返せないんだよ、僕達とは違う」

女 「あなたが遠い昔にそう決めたから」

木下(違う。彼が決めたんじゃない。僕のせいだ!僕が彼を巻き込んだから!)

久谷「目を開けたくない。何も見たくない」

男女「君は死んだんだ!すべてを捨てたんだ!それが最初だ!そして最後を見るんだ。君

   の結末を!映画のように回り始めたフィルムの終わりの一枚を、君の描かれた最後

   の瞬間を!僕達は君のボウレイだ。後悔という名のボウレイだ!君が弾けて消える

   まで、君の時計がゼロを刻むまで、私達は死の鼓動を繰り返す!」

久谷「総太、降りよう!引き返すんだ!」

 

     久谷には聞こえない木下の声

     車掌がその言葉を叫んでいるが声は聞こえない

 

木下(僕は行けない。この列車から出ることはできない)

久谷「早く!立つんだ!」

木下(僕は列車に捕らわれたんだ!)

久谷「総太!!!」

木下(僕はもう君のボウレイでしかないんだ!!)

久谷「それでも降りるんだ!運命なんて信じない。いつもいつも助けてもらったんだ」

車掌「もう列車が出る。考える時間なんてない」

久谷「一人では行けない。一緒に行くんだ」

車掌「君が望むのなら今すぐにでも降りるべきだ」

久谷「総太、行こう。あの町に帰るんだ」

車掌「降りるなら急げ!自分のことを決断するのは自分しかいないんだ」

久谷「うるさい!僕達は二人で一つだ!二人で帰るんだ!最後まで一緒に!」

車掌「降りるんだ!」

久谷「そうさ、二人で帰るんだ。君がそんな顔をしてるなら、僕はずっと君といる!」

車掌「列車が動き出した。君は早く引き返せ!」

久谷「総太!」

車掌「俺はもう君のボウレイでしかないんだ!」

久谷「…」

車掌「そこにはもう誰もいないんだ」

 

   凍る空気。久谷が何かを言おうとした途端暗転

 

 

      4

 

      明かりが灯る

      薄暗い中、座席に腰掛ける車掌

 

車掌「不思議なんかじゃないさ。二人で一緒に乗ったんだ。

   それでいい。知らなくていい。

   理解なんかしなくたっていい。だって…。

   …。

   うん。

   同じじゃない。僕らの世界よりももっと小さな世界でリズムは大きくずれていく。

   そして僕らも同じだけずれているんだ。心臓の鼓動が僕らに合わせてリズムを刻む

   ように」

   ゆっくりと横を見る。そこにはいるはずもない久谷。

車掌「新一。君はこの列車に乗ったんだ。もう一本のレールの上を通るしかない。それは

   運命なんだ。

   選択肢なんかもうない。君はもう未来を選択してしまったんだから。

   …違う。彼が決めたんじゃない。僕のせいだ。僕が…」

 

      ゆっくりと手前の方へ歩いていく

      そこは過去の記憶

      靴と靴下を脱いで川の中へ入っていく

      そこに現れる久谷

      車掌は木下を演じる

 

久谷「楽しい?水遊び」

木下「ああ、良い湯加減だ」

久谷 笑って

  「どこにいくつもり?」

木下「水色の街に」

久谷「何処にも行き着きやしないんだよ」

木下「ここにいたくないんだ」

久谷「逃げるのかい?」

木下「旅立つんだ」

久谷「ここにいろよ」

木下「いやだ」

久谷「寂しくなるだろう?」

木下「世界は俺がいなくたって寂しがりはしないさ」

久谷「僕がだよ」

木下「君だけだ」

久谷「君の世界が大きすぎるんだよ」

木下「新一の世界が小さいんだ。大切な人が増えれば増えるほど世界は急速に近づいてく

   る。近くが大事になりすぎて遠くはだんだん離れてく」

久谷「それでいいじゃないか。十分じゃないか。他に何を望むんだ」

木下「分からない。でもとてものどが渇くんだ」

   川の水をすくう仕草

  「水はたくさんあるけど、僕はどの水をすくって飲めばいいか分からない」

久谷「どれでもいいんだよ。差なんてないんだよ」

木下「そんな訳はない!世界はこんなに広いんだ!どこかに一番があるはずだ」

久谷「世界は何処まで行っても同じだよ」

木下「どうして?ほら見ろよ。向こう側に岸がある。川を下れば海もあるはずさ。新一、

   君がそこから見てる世界と、今俺がここから見てる世界は全然違うんだぜ。向こう

   岸に立てばまた別の、この川を下って行けばまた!全然違う世界が待ってるんだ」

久谷 川の水をすくってみる

  「それでも世界は一つだよ。僕が立ってる場所も、まだ見たこともない場所も。同じ

   宇宙じゃないか」

木下「それじゃ駄目だ。この場所を嫌いになったら俺は何処に行けばいい?」

   下を向く

   そこに見えるのは川の下の街

久谷「好きになりなよ」

木下「新一は好きか?毎日毎日、下らないことで傷つけられて苦しんで」

久谷「…川は不思議だね。川のそばに立っているだけで気持ち良い。生まれ育った街の川

   だ。照り返す光を見ているだけで心が穏やかになる。だけど今にも吸い込まれそう

   だ」

木下「お前は来るな」

久谷「どうして?昔は良く一緒に遊んだじゃない。それとも君まで仲間はずれ?」

木下「帰れなくなる」

久谷「ほんの少しの時間だったけど、その時だけは楽しかった」

木下「そうだったかな」

久谷「石をどれだけ高く積み上げれるか競争したり、魚捕まえたり」

木下「犬に襲われたこともあったな」

久谷「襲われたんじゃないよ。なつかれたんだ。…三十匹が一斉に」

木下 笑う

久谷「あの時も総太は今みたいに笑ってた」

木下「たまたまだよ」

久谷「…帰ろ?」

木下「まだ探さなきゃいけないものがある」

久谷「いつまで川の中にいるつもり?」

木下「泡になるまで」

久谷「帰ろ?帰れなくなる」

木下「泡になって消えるんだ」

久谷「いい加減にしろ」

木下「ああ、良い湯加減だ」

 

     だんだんと会話にズレが生じていく二人

 

久谷「君が君のままなら、何処まで行っても同じ街」

木下「水色の街へ行くんだ」

久谷「君が変わらなきゃ、世界は変わらない」

木下「ここにいたくないんだ!」

久谷 はっと何かに気付いたように

  「世界を変えたかったら僕は僕以外にならないといけないのか?」

木下「旅立つんだ!」

久谷「だったら今の僕は何なんだ?」

木下「嫌だ!」

久谷「この世界を嫌いになってしまったら、僕は僕に別れを告げなきゃいけないの?」

木下「世界は俺がいなくなったって寂しがりはしない。なぜなら世界は俺のことが嫌いだ

   からだ!」

久谷「総太!」

 

     現れる父と母。

     父と母は周りのやじ馬も重ねて演じる

 

母 「子供が落ちた!」

父 「なぜこんな氾濫した川に子供たちだけで?」

母 「知らないわ!早く助けなきゃ!」

父 「無理だ!流れが強すぎる!」

母 「子供たち度胸試しとか言ってこの川に集まっていたそうよ!」

父 「大人は誰もいなかったのか?」

母 「二人も川に流されたんですって?」

父 「二人!?」

母 「落ちた子を助けるために飛び込んだそうよ」

父 「先に落ちた子は助かったのか!」

母 「助かった!一人の子供は助かった!」

父 「もう一人は?」

母 「助からない!流れが強くて助からない!」

久谷「総太!!!」

父 「手遅れだ!あきらめろ!」

久谷「嫌だ!離せ、まだ助かるかもしれない!」

父 「無駄だ!川が氾濫している!危険すぎる」

久谷「だが総太は飛び込んだ」

父 「立派だった!子供は助かった!でももう無理だ!」

久谷「立派なんじゃない!子供を救ったんじゃない!理由が欲しかったんだ!本当に助け

   てもらいたかったのはあいつだったんだ!だから僕が行く!僕が行かないで誰が行

   く?」

母 「行けば死ぬの。あなたも死ぬの!あなたはだれに助けてもらうの?」

父 「手遅れだ、もう無理だ。お前を失ったら私たちはどうなる?」

久谷「総太!僕も行く!君と行く!だから置いていくな!僕を置いていくな!」

 

     轟音。

     踏み切りの赤いランプがチカチカと瞬く。

 

 

 

      5

 

     川の中。

     それは三途の川。

     死の境界線のまっただ中。

     水色の街。

     木下、帽子を被りまた車掌に戻る

 

車掌「列車ただいま三途の川を通過しています。車内、大きな揺れ、洪水、歪み、暴力等、

   あらゆる苦痛が発生する可能性がございます。目的地を見失い、世界を踏み外さな

   いようお気を付けてご乗車ください。ボウレイに取り憑かれないように」

   言い残すと早々と退場

久谷 窓から外を見る

  「川だ…。足元に広がるのが水色の街?」

   下を向く

  「あの街に行くんだ。あれが僕の目的地」

男 「違う!あれは私の目的地だ!」

 

     男と女、突然久谷に襲いかかる。首を絞められ、ナイフで刺される。

     久谷は死なないが、苦しむ。

     男、鈍器で久谷を殴り続ける。

     久谷だんだんと怒りに燃える。死にたくない願望と復讐心。

     久谷、鈍器を奪い取り、男と女を殴る。

     殴る。

     殴る。

     いつの間にか現れる、伊文。恐怖の顔。

 

伊文「あんた何やってるんだ!!…おい、来るなよ。俺は何もしてないだろ?」

 

     久谷、伊文にも襲いかかる。

     男女、再び久谷を襲う。

     久谷、応戦。再び男女を殴り続ける。

     女を徹底して殴り続ける。動かなくなるまで殴る。

     殴る。

     殴る。

 

伊文 必死で電話を取り出して

  「もしもし!もしもし!なんだこれは?…ふざけるな、話が違うじゃないか!人が人

   を殺してる。死んでる人間をまだ殴り続けている!頭蓋が割れた!中から赤いぬめ

   ぬめしたものが飛び出してる!それをまだ永遠とたたきつぶしてる。赤いものが飛

   び散った!あんた言ったよな!言う通りにすれば素晴らしい世界に連れていってく

   れるって!これの何処が素晴らしい世界だ!もう帰る。帰らせてくれ!」

 

     いつの間にか伊文の後ろに久谷が立っている

 

伊文「やめろ!助けてくれ!まだ死にたくない!」

久谷「一体誰としゃべってたんです?」

伊文 電話に向って

  「そうだ、あんた神様なんだろ!助けろ!この日のためにどれだけあんたらを信じて

   きたと思ってるんだ?ちゃんとやれ!あんたらが楽園に連れていってくれるって言

   ったから俺はすべてを捨ててここまで来たんだぞ。ちゃんと誠実な態度で示せ!お

   い!聞いてるのか!」

久谷「楽園なんて存在しない。だって世界は平坦なんだから」

伊文「うるさい!あんたが言う通りここまで来た。パンもワインも断った。一ミリのカル

   シウムだって絞り出したんだ!だからちょっと最近カリカリしてんだよ!カルシウ

   ム足りないよって言われても我慢してきたんだぞ!だいたい神がパンとワインだけ

   じゃなくてカルシウムもきちんと配ってたら俺らももうちょっと穏やかになってた

   んじゃないのか!そうだ、そもそもおれたちに形を与えたのはお前らだろ!なのに

   何で解放されたきゃ形を棄てろだ?だったら最初っから形なんか与えるな!」

久谷「あなたが望んだんだ」

伊文「だったら!だったら望みなんか与えるな!最初っからあんたなんかいなければ良か

   ったんだ。あなたと連絡なんて取れなければ良かったんだ!」

久谷「あなた、最初っから携帯電話なんか持ってないよ」

伊文 一瞬驚くが携帯電話らしきものは離さない

  「聞きました?じゃあ、あなたは誰なんですか?私は誰としゃべってるんですか?自

   分の手を耳に押し付けて何を聞いていたんですか」

久谷「脈の音。命の言葉。あなたのリズム」

伊文「じゃあ、神は俺か?俺が神か?神の言葉は他人のフリした自分の言葉?」

久谷「あなたも死んだんですよ。自分のせいで」

 

     久谷、後ろから女に銃で撃たれる。

 

久谷「ねぇ、僕は何回死ねばいいんだ?何回、死を反芻すればいいんだ?何度も何度も死

   を咀嚼して、一体僕に何を見せるつもりなんだ!」

   女を追いかけて消える

伊文 茫然と久谷が消えた先を見つめるがやがて携帯電話らしきものを耳に当て

  「もしもし、雄介?父さんな、死んだらしいんだ。…うん。…うん。だから帰るの遅

   くなる。帰ったら大きなチキンを食べよう。羽を千切って、骨を砕いて、チキンを

   食べよう。バラバラにして火をたいて、チキンをそこに投げ入れよう。焦げる匂い

   がしてきたら、油と涎を滴らせ、神様に向かって手を合わせよう。生み出してくれ

   てありがとう。ここまで丸々と太ることができました。形を脱ぎ捨てて私はボウレ

   イになれました。脱ぎ捨てた形はもうただの肉です。きっと、世界は神の養殖場。

   生まれて死ぬまで太らされ、形は奪われ世界の肉となる。残りかすのボウレイは、

   バラバラに砕かれまた川を流れていくんですね?神様。さあ、どうか素晴らしい夕

   食を」

   ゆっくりと列車の窓から飛び降りる伊文

 

久谷 舞台中央で膝をつき空を仰ぐ

  「ああ、そうか。それを見せたかったのか」

   立ち上がり去る

女  突如飛び込んできて

  「誰か!誰か助けて!」

 

     シーン、木下が子供を救う場面へ飛んでいく

 

女 「子供が落ちたの!」

男 「落ちた?一体何処に?」

女 「荒ぶる神様の懐によ」

男 「回りくどい!子供は何処へ?」

女 「あそこ!あそこの木にまだ掴まってる!」

男 「なんてことだ。この流れ、流されたら二度と浮かんでは来れない!」

女 「しかもあの子、泳げないのよ」

男 「泳げても泳げなくても関係ない」

女 「そうなんです。あの子私に似て泳げないんです!」

男 「あなたの息子さんなんですか?」

女 「いえ、違います」

男 「今、自分に似てって…」

女 「他人の空似です!」

男 「何ィ!異星人の佃煮、だと!」

女 「違うわ。青天の霹靂よ」

男 「誠実の塊か」

女 「団塊の世代よ」

男 「ああ!だんだん流されていく!」

女 「だんだんの世界ね」

男 「そうだ。だんだんの世界だ!」

女 「だんだんだんだん動いていくわ!」

男 「だんだん流れが速くなる」

女 「だんだん世界が嫌になる」

男 「だんだんの世界に別れを告げる」

女 「だんだん世界が変わり始めた!」

 

     いつの間にか現れた、木下。

     列車の窓から今にも飛び降りようとしている。

 

男 「最期の言葉は?」

女 「別れの言葉は?」

木下「そんなものなどない!だんだん蝕まれていく心に正解なんかいらない。こんな世界

   なんかいらない!」

男 「別れのセリフもなくこの世界と決別できると思っているのか!」

女 「そんな誠実の塊もなく、川を渡っていけると思ってるのか!」

木下「うるさい!そんな形式だけの言葉で誰が救われる!誰が意思を積み上げられる!」

男 「このだんだんの世界で、お前に襲いかかるのは!」

女 「迫り来るその段差の隙間の奥からおまえを切り刻むのは!」

木下「俺達に前も後ろもない!常に一方通行の人生だから!誰もが駆け上がる段差だ!」

男 「誰もが一歩ずつ登るだんだんを一足飛びに越えるのか?」

女 「そこがどこかも知らないまま、お前はそこにたどり着けるのか?」

木下「さよならは言わない!俺は次の街に行くんだ!」

   列車の下に広がる広大な川の中の街を見つめる。

   水色の街。

   死ぬことも生きる事もできない脱落者の街。

   静かに現れる久谷。

久谷「だんだんのこの世界で、どうして君は下を向く?ずっと登り続けなきゃ仕方ないこ

   の世界で、君はどうして下を向く!その川に身を投げて、君は一体どんな街を見よ

   うって言うんだ!」

木下 それでも下を見続ける

  「さよならは言わない。俺はもうこの段差を登ることをあきらめたんだ」

久谷「…」

木下「なのに君は追って来た。俺は新一を巻き込んだんだ!」

久谷「下を見ないで。川は一つじゃないだろう。君は川の中にある街を見てるんじゃない。

   それは鏡像。水面に映ったまやかしの街。水色の街は上だよ」

 

     ゆっくりと顔を上げる木下。

     そこにあるのは銀河。

     ゆっくりと弧を描くように二人を包み込む。

     列車は銀河を走り出す。赤い星、青い星が生き物のように蠢いている。

 

久谷「僕らは河の中に突っ込んだんだ。体から尾を引くように溢れ出す泡の塊が流星のよ

   うに流れていく」

木下「流星は俺達の体にぶつかっては弾け、粉々の粒になってはまた交じり合い流れてい

   く」

久谷「こうやって星は生まれていくんだって誰かがつぶやいた。こうやって僕らは生まれ

   たのだと」

木下「ここは俺が望んだ街なのか?」

 

     光のスピードが上がる。一方向に流れ始める流星。

     轟音。微かにオルゴールの音が聞こえる。ゆっくりと何かを生み出そうとする

     うねり。

     ゆっくりと暗くなっていく。だが微かに残る光。

 

木下「薄暗い闇の中だった。ほんのりと光る灯りだけを頼りに僕は歩いていた。消えそう

   で消えない光。それだけが示しとなって僕を導く。遠くで小さな音が聞こえた。何

   かが弾けるような音。それは一定のリズムで僕の心臓を揺らした。僕はゆっくりと

   息を吸い、音を立てない様細心の注意でそれを吐き出した。背後に感じるいくつも

   の視線は揺れる光に乱反射して僕のすぐ隣をすり抜ける。それを追うように僕は、

   重い体を引きずりながら血の底を歩く。するとリズムはだんだんと近づいてくるん

   だ。行っては帰り、弾かれてはまた戻ってくる音の振動が少しずつ、少しずつだが

   僕の側に押し寄せる。音はどんどん大きくなり、リズムは命を孕み出した!振り返

   ってはいけない。振り返ったら負けてしまう。…そう、負けてしまうんだ」

   ゆっくりと後ろを振り返る。

   そこに立っているのは久谷。

 

木下「恐れていたんだ。何度も何度も現れては駆け抜けていく問い掛け達に一問一問答え

   るのが怖かった。だんだんと複雑になっていく選択肢を登っていくのが怖かった!

   何より間違った道を選ぶことが怖かった。だから、その道を選んだ理由を作るのに

   必死になって、いつの間に自分が何処に立っているのか分からなくなった。後悔し

   たら負けなんだ。後悔した瞬間、今まで偽って自分を納得させてきたことすべてが

   泡のようにはじけてしまう。だから後ろを振り返ることができなかった!…君は行

   け。まっすぐ前に向かって。僕はもうここにはいないんだ!」

 

     久谷の目に木下は映ってはいない。

     気にもかけずに座席に腰を下ろす。

     そしてまた、木下の目にも久谷は映ってはいない。

     久谷が立っていた場所で何かをつかもうともがいている。

 

木下「君ももうここにはいないんだ…」

 

     静かな暗転

 

 

     6

 

     明転

     久谷が座席に座っている。

     右手は誰かの手を握って、眠っている様子。

     遠くで踏み切りが鳴る音。

     いつの間にか川を越え、ゆっくりと終点が近づいている。

     ふと目を覚ます久谷。

 

久谷 隣の人が立ち上がってドアの方に向かおうとするのを目で追う

  「あなたはここで降りてしまうんですか?…この旅の最後を見なくてもいいんです

   か?…今更家が恋しくなったんですか?…ここまで僕を連れて来ておいて、引き返

   してしまうんですか?…僕はもう、帰る場所すら忘れてしまったのに。何か言って

   ください。お願いします。最期に何か言って下さい。不安なんです、とても。あな

   たはずっと隣にいてくれた。だから僕は道を間違えずにここまで来れた。どうして

   最期までついてきてくれないんですか?もう二度と会えないかもしれないのに。ど

   うして何も言ってくれないんですか!どうして?…どうして!」

   立ち上がって追おうとするも追えない

  「どこに行っちゃうんだよぉ…」

 

徐々に外は夕焼けに変わる。

静かになるオルゴール。

そこに現れる車掌。

 

車掌「お客さん、居眠りなんかしてて大丈夫なんですか?」

久谷 ゆっくりと身体を車掌に向ける

車掌 笑って

  「もうそろそろ終点も近いですから」

久谷「…そうですか」

車掌 久谷の顔を見続ける

久谷「今、どこら辺なんですか?」

車掌「…さぁ」

久谷「何か僕に用でも?」

車掌「切符、拝見させてもらいたいのですが」

久谷「切符?ああ、乗車券のことですか?」

車掌「普通切符で解りますよね?」

   笑う

久谷 ポケットから乗車券を取り出す

   群青色の乗車券

車掌 出された乗車券と久谷の顔を交互に見ながら

  「確かに」

久谷「この列車にはだれも乗っていないんですね。ガラガラだ」

車掌「八割のお客様は終点にたどり着くまでに引き返していきます」

久谷 乗車券を見つめ続ける

車掌「あなたは運が良い」

久谷「引き返した人はどうなるんですか」

車掌「運が良ければ列車に乗れるでしょう」

久谷「運が悪ければ?」

車掌「泡になるのでしょう。ぶつかっては砕かれ、また混ざり合う」

久谷「僕が見たあれは人の命?」

車掌「…悪い夢でも見たのでしょう」

久谷「夢?あれは夢?」

車掌「これも夢です。あなたはもう夢と現実を区別しなくていい。ただ列車に任せて終点

   へと向かうだけ。…安心して下さい。列車は必ずあなたを目的地に連れていってく

   れるものですよ」

久谷「…終点についたら僕は何をすればいいんですか?」

車掌「好きにすればいいんじゃないですか?目的地に行くことが目的ではないのです

   し」

久谷「…」

車掌「人には前と後ろ、両方に目がついているんです。未来を見る目と過去を見る目。列

   車のように裏表についた二つの顔で人はまっすぐ進む」

久谷「まっすぐ前に向かって…」

車掌「ああ、もうまもなく終点ですよ」

 

     列車は静かに止まる。

     ゆっくりと開くドア。

     車掌、ドアの方へ腕を広げ久谷を誘導する

     久谷は立ち上がり列車を降りる。

 

久谷「いろいろとありがとうございました」

車掌「いえ、仕事ですから」

久谷「あなたは、何処へ向かうのですか?」

車掌「さぁ?私ももしかしたら…そこへ」

久谷 笑って

  「最後まで何も教えてくれないんですね」

車掌「申し訳ございません」

久谷 ゆっくりと列車を降りる

車掌「ああ、最後に一つだけ」

久谷「なんですか?」

車掌「…気をつけて」

久谷 軽く笑って

  「どうも」

 

     久谷、列車から出ると大きく空気を吸い、一歩ずつ前へ。

     それを見守る車掌。

     久谷がいなくなると帽子を取る。

     彼の名は木下。

 

木下「同じ明日など来るはずはない。別れとは突然訪れる。それ故、別れはいつ訪れても

   いいのだ。誰も責めることはできない。一度やってしまったことは二度と取り返す

   ことはできない。この列車は逆方向には走りはしないんだ。だから俺は、この列車

   に捕らわれてしまったことを後悔はしない。ただ君のことが気掛かりだ。俺は列車

   の亡霊だけど、前にも後ろにも二度と進むことはできないけれども。俺は君が気掛

   かりだ!君はこの先その街で何を見るんだい?その街で何をして、何を思うんだ?

   それを知る術はもう無い。もうないんだ!…もうないんだ。結局、サヨナラは…」

 

     列車は川の中に沈む。

     それでも木下は下を向かない。

     夜空に浮かぶ河を見続ける。

 

木下 まっすぐ前を向いて

  「だから、もう二度と来ないその時のために…『さよなら』を言う準備を」

 

     音楽『水色の街』

     ゆっくりと暗く沈んでいく。

     世界は渦を巻いて流れ落ちて終わる。

 

 

                                  END

 


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