No.702273

艦これファンジンSS vol.5 「記憶を抱きしめて」

Ticoさん

ぽわぽわして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで、週刊ペースというにはちょっと勢い飛ばし気味な艦これファンジンSSのvol.5をお届けします。

ゲームでは戦艦好きなもので、ケッコンカッコカリしている艦娘も

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2014-07-20 19:27:38 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1513   閲覧ユーザー数:1480

 少女は暗い暗い水底でまどろんでいた。

 身体に重い痛みを感じる。三箇所――傷跡のように疼くそこから、感情が流れ込んでくる。死を前にした人々の恐怖、怒り――そして、絶望的な状況下でなお踏みとどまろうとする強い意思。

 少女は水底で涙した。「あのとき」「あの場所」で戦い抜けなかったことが、乗っていた人々を守れなかったことが、ただただ悔しく、切なかった。

 悔しいだけ? 苦しいだけ? 少女は半ば無意識に手を上へと伸ばした。

 そうじゃない――「いま」は、そうじゃない。わたしは、もう一度戦える。

 少女がそう意識すると、上方から光が差し込んできた。

 光の方へさらに手を伸ばすと、身体自体がふわりと浮き始める。

 水中に差す光が、少女の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。

 二つに束ねた青みがかった黒髪。小柄な身体。緑を基調とした弓道着めいた衣装。

 だがなにより、目を引くのは、たずさえた長弓と、背丈ほどもある飛行甲板だろう。

 独特の艤装が、彼女が見た目どおりの女の子ではないことを示している。

 艦娘。人類の脅威たる深海棲艦に対抗しえる、唯一の存在。

 ――目をさまさなきゃ。

 彼女のつぶやきが水にとけて浮かんでいく。それに応じるかのように、彼女の身体がみるみるうちに光の方へ――明かりに満ちた意識の海面へと浮かんでいく。

 航空母艦、「蒼龍(そうりゅう)」。

 それが、彼女の艦娘としての名である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されなすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 かつての戦争を戦った艦の記憶は栄光に満ちたものばかりではない。むしろ悲劇的な辛い思いの方が多いだろう。それを背負ってなお、いや、むしろその痛みを糧として前へ進むことが艦娘たちには求められていた。

 

 「ん―――――」

 蒼龍が目を覚ますと、まず視界に入ってきたのは、心配そうな艦娘の顔だった。

 面立ちはどことなく蒼龍に似てなくもない。ただし、茶色がかった髪を肩で切り揃え、着ている衣装は黄色を基調としていた。笑うと快活そうな印象を与えるであろう顔は、しかしいまは不安でいっぱいといった様子だった。

 「だいじょうぶ? どこか痛いところない?」

 彼女の言葉に、蒼龍はかすかに微笑んで言ってみせた。どうやら自分は施術台のようなベッドに寝かされているらしい。

 「うん、平気……ありがとう、飛龍(ひりゅう)」

 蒼龍の答えに、飛龍と呼ばれた少女がほうっと胸をなでおろす。

 「よかったあ……施術中、ずっと苦しそうな表情をしてたから」

 「そうなの?」

 蒼龍がきょとんとして言うと、

 「艦としての記憶の再定着ね……たいがいの艦娘にとっては苦しいものよ」

 施術ベッドのかたわらで機器をチェックしていた別の少女が答える。

 小柄に淡い緑の髪をポニーテールにして、胸元のリボンが特徴的なセーラー服に似た衣装を着ている。この場――鎮守府の工廠にいる以上、彼女もまた艦娘の一人である。

 「そうなの? 夕張(ゆうばり)?」

 蒼龍を抱き起こしながら、飛龍が訊ねる。夕張と呼ばれた艦娘はうなずき、

 「飛龍の場合は最後まで戦い抜いた記憶があるから、まだ前向きに受け入れられたかもね。蒼龍はミッドウェーでは、その……」

 「ミッドウェー? なにそれ、美味しいの?」

 その言葉に、夕張の眉がぴくりとつりあがる。蒼龍は、ちろりと舌を出して、

 「冗談よ……うん、おぼえてる。みんなの思い、受け止めた」

 「もう、改造失敗かと思って、びっくりしたじゃない」

 機器を操作しながら夕張がじとっとした目になったが、ついで、真剣な顔になり、

 「艦としての記憶をもう一度受け継ぎなおし、艦娘としてあらたに生まれ変わるのが、いわば“改造”よ。ましてや二度目の改造ともなると、艦娘の魂にかかる荷重は並大抵のものじゃないわ。それなりに高い練度の艦娘じゃないと耐えられないわね」

 そういうと、夕張はにっこりと微笑んでみせる。

 「飛龍の改造のときの実績をふまえて、演習で練度を上げてくれた提督のおかげね」

 「そっかあ……もう立ち上がっても?」

 夕張はうなずいてみせた。蒼龍は施術台から降り、床に立った。

 足を踏みしめ、腕を軽く動かし、身体を見回す。夕張がそれを見て、

 「どう? どこかおかしなところはない?」

 「……身体が前よりも重いっていうか、うん、動きは前と変わらないんだけど……」

 「前よりも、しっかり立てている感じでしょ? 身体のすみずみまで、何かが満ちているような感じ」

 飛龍の言葉に、蒼龍はこくりとうなずいてみせた。

 「改造を受けると身軽になるんじゃないかと思ってたから、ちょっと意外」

 「そのうち馴染むわ。実際に演習に出てみると、動きが見違えるのに驚くわよ」

 「へえ……すぐに試してみたいなあ」

 蒼龍が目をきらきらさせながら手を組み合わせると、夕張は申し訳なさそうな顔で、

 「ごめんなさい。これから艤装の近代化改修が残ってるの。演習でも戦えるようになるのは、それが済んでからね」

 「そっかあ……ああ、ごめんね、夕張さん、まかせちゃって」

 「いいのいいの。提督から頼まれているし、こういうの得意だしね」

 夕張はにっこり笑って答える。普段は南方地域への遠征を任されている彼女だが、艦娘の改装の際は必ず立ち会うのが常だった。艦隊最古参の軽巡として、そして、自身が兵装実験艦だったという記憶から、夕張は普通の艦娘にとってはブラックボックスな改造関係にも通じている。華やかな表舞台ではないが、しかし、この鎮守府にとってはなくてはならない存在であった。

 「それよりも飛龍さん、時間的にそろそろじゃないの? あれ」

 「あ、そっかあ。ありがとう」

 夕張の言葉に、飛龍が蒼龍の手を取り、うきうきしながら言う。

 「演習といえばさ、面白いものが見れるよ。行こっ」

 

 彼女は緊張に満ちた表情で海面に立っていた。

 ツインテールに結わえた細やかな銀の髪の髪が風になびく。淡い紫と柿渋色の衣装と、迷彩塗装をほどこした艤装――彼女もやはり艦娘である。その隣に、白と紅の衣装を身にまとった長い銀髪の艦娘が立つ。彼女もやはり真剣な面差しである。

 「まだ、当たりがないわね……」

 長い銀髪の艦娘――翔鶴(しょうかく)がぽつりとつぶやく。

 「大丈夫よ、必ず先に見つけてみせるわ」

 ツインテールの艦娘――瑞鶴(ずいかく)は自信満々に答えたが、しかし、その頬を汗が一筋、すっとつたっていった。

 翔鶴が穏やかな、瑞鶴が快活そうな印象だが、二人そろうと似た面立ちをしているのがよくわかる。それもそのはず、翔鶴が姉、瑞鶴が妹の、姉妹艦の艦娘なのだ。

 「絶対に見つけてやるんだから……」

 偵察機を展開しての索敵。ここで先手を取らなければ、自分たち五航戦が確実に不利になる。相手は名うての一航戦なのだ。先輩相手に勝つには、先の先を取るしかない。

 (五航戦の子なんかと一緒にしないで)

 瑞鶴の脳裏に、ふと、一航戦の片割れの艦娘の言葉が響く。じかに聞いたわけではないが、しかし、その言葉を耳にした時、瑞鶴は恥ずかしさと怒りで顔が沸騰するかと思ったものだ。

 「今度こそ、わたしたちの実力を見せてやるんだから――ッ!?」

 ふとつぶやいた瑞鶴が、ハッと顔をあげ、叫んだ。

 「敵発見! 十時の方角! 進路、南南西!」

 「先にとらえたわね」

 翔鶴がうなずき、手にした短弓に矢をつがえる。瑞鶴もきりと表情を引き締め、手にした弓に矢をつがえた。顔を見合わせると、同時に天にむかって矢を放つ。

 「全航空隊、発艦はじめ!」

 放たれた矢の姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には艦載機の姿に変じる。

 二人は次々と矢を放つと、飛び立っていく艦載機を見送った。

 「頼んだわよ……」

 瑞鶴はそういうと、静かに主機を起動させた。敵役である一航戦から距離を置きつつ、飛び立った艦載機を迎える位置へと移動を始める。

 しばらくは偵察機の報告を待っていた瑞鶴だが、やがて、悔しそうに唇をかんだ。

 「攻めきれていない……」

 「やっぱり運用できる搭載機数ではあちらが上ね」

 翔鶴が仕方がないといった顔で言う。

 「それよりも短時間で対応してみせたのはさすがだわ」

 姉の指摘に、妹は眉をひそめた。

 「ひょっとして、こっちの偵察機がばれていた……?」

 そう言うや、瑞鶴は主機を全開にした。それを見て、翔鶴も主機を全開にする。

 「瑞鶴姉、回避行動! たぶんすぐに相手の攻撃隊が来る!」

 「ええ、わかったわ」

 海面を疾駆し始めた二人は、ほどなく視界の端に雲霞の大群を捉えた。

 敵役の一航戦が放った艦載機群に間違いない。

 「後の先をとられた――!」

 瑞鶴はほぞをかむと、懸命に弧の字を描いて海面を駆けた。

 

 「うっひゃあー! さすがは一航戦だわ」

 望遠鏡をのぞきながら、蒼龍が声をあげる。その言葉に飛龍がうなずいて、

 「瑞鶴と翔鶴も良い感じに仕上がっているんだけどね。まだまだか」

 二人が盛り上がっていると、そこへ、

 「やっているようだな」

 よく透る凛とした声がかけられる。蒼龍と飛龍が振り返ると、長い黒髪を流した武人然とした艦娘が立っていた。この鎮守府で、その人を知らないものはいない。

 「お疲れ様です、長門(ながと)さん」

 二人が敬礼してみせると、長門もきりっとした敬礼で返してみせる。艦隊総旗艦の二つ名を得ている彼女は、艦娘を指揮する提督に代わって演習の監督をすることが多い。

 とはいえ――

 「艦隊総旗艦どのが空母の演習に顔を出すなんてめずらしいですね」

 飛龍の言葉に、長門が頭に手をやりながら、

 「提督が仕上がり具合を一応見ておけ、というのでな。わたしとしては空母陣の鍛錬は赤城(あかぎ)と加賀(かが)の二人にまかせているんだがな」

 長門が挙げた名前が、“一航戦”の二人である。かつての戦争で精鋭として知られていた部隊ではあるが、それはこの鎮守府でも同様であった。赤城と加賀は鎮守府では最古参の空母であり、積んできた実戦経験は深く、練度は極めて高い。そのため、空母が相手となる演習では敵役として立ち回ることが多かった。

 いま、この演習でも、赤城と加賀が指導役、瑞鶴と翔鶴が教わる側である。

 「……やはり五航戦はもう少し練度を高める必要があるか」

 飛龍からおおまかな状況を聞いた長門が、あごに手をやりながらつぶやく。

 「二人ともかなり高いはずなんだがな。あと一歩というところか」

 「そうですねえ……」

 蒼龍があいづちをうつ。ちなみに蒼龍と飛龍は“二航戦”と呼ばれている。その練度はというと、赤城たち一航戦にはおよばないものの、瑞鶴たち五航戦よりは頭ふたつほど先んじている。

 「――あ、帰ってくるみたいですよ」

 飛龍が声をあげると、海上に向かって大きく手を振ってみせる。

 「どれ、出迎えるとするか」

 長門の言葉に、二航戦の二人はこくりとうなずいた。

 

 

 煤だらけだが、涼しい顔の一航戦。

 かたや、怪我はしていないものの、汗だくの五航戦。

 出迎えに海岸に出た蒼龍たちの目には、どちらが勝ったのか判然としない。

 「これは、引き分けですね」

 短めの赤い袴をつけた長い黒髪の艦娘――赤城がにっこり微笑んで言う。

 「ええ、お互いによい健闘でした」

 銀の髪を額にはりつかせて息をはずませながら、翔鶴が応える。

 「四人ともご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

 長門の言葉に、赤城と翔鶴が微笑む。ただ、青い袴にサイドポニーの髪型の艦娘――加賀は表情を変えないまま、無言である。

 それをじとっとした目で見ていた瑞鶴が、ぼそりとつぶやいた。

 「索敵ではこっちが勝っていたわ」

 その言葉に加賀が瑞鶴に顔を向ける。

 瑞鶴の挑戦的な表情に、やはり無感動な表情のまま、加賀が静かに答えた。

 「その後の航空戦で勝てないのでは意味がありません」

 「負けてないし! 引き分けだって赤城さんも言ってたじゃない!」

 瑞鶴が声をあげると、加賀は冷ややかな声で、

 「あなたたちが負けなかったのは持ち前の快速のおかげです」

 「――逃げ足が速いって言いたいの?」

 眉を吊り上げる瑞鶴に、加賀は事務的な声で言った。

 「事実を述べたままです」

 その言葉に、瑞鶴は見る見るうちに顔を真っ赤にしたが、ふいと顔をそむけると、

 「行くよ! 翔鶴姉!」

 そう言うや、荒々しく足音を鳴らしながら、その場を離れていく。

 「ちょっと、瑞鶴――ごめんなさい、わたしたちはこれで」

 翔鶴が申し訳なさそうに一礼し、瑞鶴の後を追う。

 その姿が小さくなってから、見送る五人のうち、加賀を除く全員がため息をついた。

 「――本当に子供なんだから」

 ため息の代わりにぼそりと加賀がつぶやく。それを聞いた赤城があきれ顔で、

 「いつものことですけどね。もうちょっと仲良くできないかしら」

 「加賀さんの物言いにも問題はある気がするなあ」

 蒼龍は思うところを素直に口にしてみせた。飛龍がうんうんとうなずく。

 加賀は顔つきを変えないまま――いや、わずかに表情を硬くして、言った。

 「わたしたちの敵役をつとめるのでしたら、もっと積極的に出てほしいものです。蒼龍も、そして飛龍も、“あの作戦”の顛末をおぼえているのでしょう?」

 そう言い置くと、加賀はすたすたと歩き出した。赤城が長門たちに一礼して、加賀の隣に寄り添って歩き去っていく。

 今度は見送る三人が三人ともため息をついた。

 「これは、あまりよくないな」

 長門が眉をひそめて言う。蒼龍と飛龍はばつの悪そうな顔で応えた。

 「加賀さんの言うこともわかるし、加賀さんなりに一生懸命なんだと思うけど」

 「多聞丸以上に手厳しいわ、加賀さん……」

 五航戦の二人にとっては、自分達も叱られた気分である。

 「まあ、瑞鶴さんが食ってかかるのもよくないんだけどなあ」

 「どうにかならないかしら、あの二人」

 蒼龍と飛龍の言葉に、長門が、不意ににやりと笑ってみせた。

 「どうにかなる、じゃなくて、どうにかすべき、じゃないか?」

 

 「――ということがあったんですよ!」

 勢い込んで飛龍が言う。その横で蒼龍がうんうんとうなずく。

 二人に向かいあう人物――白い海軍の制服に身を包んだ男性は渋い顔だ。

 「改造祝いに甘味をおごってやろうと思ったら、いきなりなんだ」

 ここは甘味処「間宮」。艦娘たちの憩いの場であり、提督が息抜きにちょくちょく通ってくる場所でもある。小料理屋「鳳翔」が提督抜きで艦娘たちが語り合う場所だとすると甘味処「間宮」は提督と身近に話し合える場所であるといえる。

 提督が艦娘をもてなすときは、ここで甘味をご馳走するのが常であった。

 ちなみに飛龍と蒼龍は、みぞれと牛乳をかけたかき氷。一方の提督はといえば、塩昆布にほうじ茶の取り合わせだった。甘味処であっても甘味を食べない提督の趣味はなかなかに枯れているのである。

 「なんだはないでしょう、なんだは」

 飛龍がそう言うと、決然としてかき氷をひと匙すくい、口に入れる。しゃくしゃくとした氷の食感に、やわらかな甘みが心地いい。とはいえ、あまり味わいを楽しんでいられる状況でもなかった。

 それまで飛龍にまかせて無言で食べていた蒼龍が後を継いで、

 「提督としてこの状況をほうっておくのはどうかと思いますよ」

 「加賀と瑞鶴の仲がよくないのはいつものことだろう」

 ほうじ茶をすすりながら提督が言う。

 「ああいう、そりがあわない組み合わせ、というのはどこにでもあるもんだ。俺も大本営にいけば、そういう関係のひとつやふたつあるぞ」

 あきらめ顔の提督に、蒼龍は頬をふくらませてかき氷をくずしながら、

 「でもいまは限定作戦を控えた時期じゃないですか」

 その言葉に、提督が顔をしかめる。

 「あ、痛いところつかれましたね?」

 飛龍がくすくす笑いながら言うと、提督は塩昆布を口に放り込みながら、

 「うるさい」

 そう言うと、難題を噛み潰すように咀嚼し、またほうじ茶をすすった。

 「どうにかすべきなのはわかっている。問題は、何をすべきか、だ」

 提督の言葉に、蒼龍は両頬に手を当て、飛龍は腕組みした。うーんとうなりながら、二人とも眉根にしわを寄せて考え込む。

 「――な? どうにかなるなら、とっくにそうしてるんだよ」

 提督が肩をすくめて見せる。それを聞いた二人は、ほうっと息をつき、同時にかき氷をすくった。口に入れた冷感と甘味が、袋小路に陥った思考をときほぐすかのようだった。ふと思いついた蒼龍が、つぶやくように言う。

 「提督にも苦手な方がいらっしゃると言ってましたよね」

 「ああ」

 「その方とはどうつきあわれているのです?」

 「そうですよ、無視するわけにもいかないんでしょう」

 飛龍が、ずいと身体を乗り出して訊ねてくる。提督はふうっと息をつき、

 「まあ、そういう場合はきちんと仕事ができるのを見せるしかないなあ」

 その言葉に、蒼龍と飛龍がまたうなってみせる。しばし二人とも考え込みながら、かき氷を口に運んでいたが、ふと、どちらからともなく顔を見合わせ、

 「それならさ……」

 「蒼龍も思いついた?」

 お互いに目線で察知しあう。姉妹艦ではないにしても、コンビを組んで長いのだ。お互いに何を思いついたか、何を考えているのかはそれなりにわかる。

 蒼龍と飛龍は、物言いたげな視線を提督に向けた。

 提督はというと、しばし黙っていたが、やがて根負けしたようにため息をついた。

 提督に意見できる艦娘は限られている。こと空母陣に関しては一航戦の二人に聞くことが常である提督にとって、これは異例中の異例だった。湯飲みを手に取り、ほうじ茶を飲み干すと、彼は音高く湯飲みをテーブルに置いた。

 「いいだろう――君たちの意見を聞かせてほしい」

 

 「――うそでしょ?」

 「…………」

 それを聞いたとき、瑞鶴はあからさまに顔をしかめた。

 加賀は、というと、相変わらずの無表情である。ただ、わずかに拳を握り締めた。

 甘味処での意見具申から数日後のことである。

 一航戦と五航戦の四人は、提督執務室に呼ばれていた。その日の午後に予定されている演習について、提督から説明を受けるためである。

 基本的に演習は具体的に何を行うかは指導役の艦娘たちの采配に任されることが多い。提督は重点的に鍛えるべき艦娘を指定するだけで、細かなところまでは口出ししないのが普段である。それが事細かに事前説明をするということが、この演習が特殊なものであることを示していた。

 「この演習では甲部隊と乙部隊に分かれてもらう。それぞれ別々の位置から発進し、互いに異なる進路を通って、標的の置かれている島を攻撃してもらう。各進路上には警戒線として複数の艦娘が配置されているので、適宜対処しつつ目標に向かってくれ」

 壁面に掲げられた図上演習盤を使いながら説明した提督が、四人に向き直る。

 「それでは、質疑応答に入る」

 提督の言葉に、まっさきに挙手したのは加賀だった。

 「質問。この演習の意図はなに?」

 「限定作戦を念頭に置いた、行軍速度の検証と思ってもらいたい。次」

 次いで手を挙げたのは瑞鶴である。

 「はい。この部隊分けはどういう意図によるものですか?」

 「艦ごとの速度差による不公平が出ないようにするためだ」

 「提督、そういう意味じゃないです」

 「では、どういう意味だ」

 「なんで、わたしと加賀さんが同じ部隊なんですか」

 瑞鶴はそう言うと、じとっとした目で隣に立つ加賀を見やった。

 甲部隊が赤城と翔鶴、乙部隊が加賀と瑞鶴、という組み合わせである。

 一航戦の二人が五航戦に負けている数少ない点、それが速度だった。大型ながら比較的古い航空母艦である赤城と加賀にくらべ、最新鋭空母である五航戦の方が速度は出る。それは艦娘であっても、主機の性能にあらわれていた。いつも通りの一航戦と五航戦で競争すれば、間違いなく五航戦が早く目標にたどりつけるだろう。

 問題は、瑞鶴と赤城、ではなく、なぜよりによって、瑞鶴と加賀、であるのだが――

 「あみだクジによる公正な組み合わせだ。深い意図はない」

 提督は窓の方をみやりながら、答えた。それを聞いて瑞鶴がますますじとっとした目つきになり、提督をにらんでみせる。加賀はというと、超然としていた。

 「他に質問は?」

 「あの、今回、飛龍さんと蒼龍さんはどうされているのでしょう?」

 翔鶴の質問に、提督はうなずいてみせた。

 「蒼龍の近代化改修がまだ完了していない。今回は見学だな」

 提督はそう答えると、四人をみまわした。

 「他に質問は? ――よろしい。それでは、一三四○時に各自配置、一四○○時に開始とする」

 提督が敬礼してみせる。

 四人の艦娘も敬礼を返したが、瑞鶴だけが気乗りのしない顔であった。

 

 よく晴れた午後である。空はどこまでも青く、見通しも良く、風も穏やかだった。

 演習でなければ、日陰でゆったり過ごしていたい暑気がたちこめている。

 瑞鶴は洋上で艤装の点検をしながら、ふと北の方を見つめた。 

 見えるわけではないが、赤城と翔鶴が同じように準備をしているはずだ。

 瑞鶴は表情を曇らせた。正直、気が重い。

 「――翔鶴さんと一緒じゃないと、不安?」

 静かに問いかけられて、瑞鶴はぴくりと肩をふるわせた。

 問いを投げたのは、もちろん加賀だ。

 「別に翔鶴姉と離されて不安じゃないですけど」

 瑞鶴はむすっとした顔で答えてみせた。

 「あなたと一緒、というのが不満なんです」

 その言葉に、加賀は特段に怒りもせず、瑞鶴の目をじっと見て、言った。

 「あなたのそういうはっきりしたところ、きらいじゃないわ」

 瑞鶴は思わず目を丸くした。

 「やるからには、どんな相手でも、どんな僚艦でも全力を尽くします」

 そんな瑞鶴の様子には気をとめたふうでもなく、加賀は静かに言う。

 「お願いだから、足をひっぱらないでね」

 それを聞いて、瑞鶴の顔が見る見る赤くなる。憤然とした様子で、

 「そっちこそ! 足が遅いんだからちゃんとついてきてよ!」

 言うなり、瑞鶴はふいと顔をそむけた。

 瑞鶴の怒りを気にした様子は加賀にはない。凪いだ声で告げる。

 「――そろそろ開始よ。準備して」

 

 

 海上を疾駆するのは心地いい。

 長い黒髪を風になびかせながら、赤城はそう思う。艦娘としてあることは、かつての戦争の記憶を受け継ぐことでもあり、それは辛いものであったが、こんなふうに潮風の中を駆けぬける感覚は艦娘でなければ味わえないものだろう。

 ましてや、警戒線の駆逐艦を蹴散らした後ともなれば、気分も高揚する。演習とはいえ彼女達にはわるいことをしたな、あとでお菓子でも差し入れよう、と赤城は思う。

 「ご機嫌そうですね、赤城さん」

 並んで洋上を駆ける翔鶴が声をかける。全速を出している赤城に対して、まだまだ速度に余裕のある翔鶴があわせている格好である。

 「あら、翔鶴さんは楽しんでいませんか?」

 「わたしは……瑞鶴が心配です。あの子、ちゃんとやってるかしら」

 「翔鶴さんは苦労性ですね」

 赤城は、朗らかな笑みを浮かべてみせた。

 「わたしは楽しんでますよ。翔鶴さんと組むことはめったにありませんし、それに」

 くすり、と彼女の笑みに不敵な色が混じる。

 「なにより、加賀さんと勝負できるのが楽しみです」

 「あのう――あれ、本当にやるんですか?」

 翔鶴がややあきれ顔で言う。赤城はいたずらっぽい表情で言った。

 「提督はこれは競争だとおっしゃいました。そして特に注意もされませんでした」

 「……赤城さん、あえて提督に訊かなかったんじゃないですか?」

 その問いに赤城は答えない。ただ、微笑んで手にした長弓に矢をつがえる。

 翔鶴は、ふうっと息をつくと、顔を引き締めなおし、同じく短弓を構えた。

 

 「やられたぴょん!」

 「まいりました……」

 艦載機の攻撃で大破の判定を受けた警戒線の駆逐艦たちが下がっていく。

 「ご苦労様!」

 それに向かって手を振りながら、瑞鶴は言った。

 「あれが最後の警戒線かな」

 「おそらく」

 加賀の言葉は短く、簡潔で、無駄がない。

 翔鶴姉ならもっと別の言い方をしてくれるのに――瑞鶴は不満に思いながらも、口にはださずに胸にしまいこんだ。代わりに、短弓を構えて、目標への攻撃準備に入る。

 「間に合うかな――――――ッ!?」

 瑞鶴は、はっと顔を上げ、北の空を見上げた。周囲に飛ばしていた偵察機が、本来あるはずのないものを捉える。

 「艦載機群……? まさか、深海棲艦!?」

 「ここは鎮守府近海です。空母が出てくるはずありません」

 加賀が冷静に答える。

 「それよりも、もっと可能性があるのは、赤城さんたちね」

 「……加賀さん、これを読んでいたの!?」

 「相手への妨害行為は禁止されていません。提督はあえて口にだしませんでしたが、つまり、そういうことなのでしょう」

 「そんな――どうして言ってくれなかったの! それなら準備してたのに!」

 瑞鶴は慌てて短弓を構えなおした。それを横から静かに加賀が制する。

 「ここはまかせて」

 「なによ、わたしじゃ頼りにならないっての!?」

 「考えあってのことです」

 加賀はそう言うや、長弓を構え、矢継ぎ早に矢を空に向けて放った。その驚くべき手練の速さに、瑞鶴は思わず見ほれてしまった――先の演習で後の先をとってみせたのは、この発艦速度だったのか。

 瑞鶴は、しかし、加賀の放った艦載機の異様な構成に目を見張った。

 「艦戦ばかり……?」

 やがて、空の彼方から雲霞の一群が迫ってきた。加賀の艦載機群がそれに向かって飛んでいく。瑞鶴たちから遠く離れた場所で巴戦を始めたのを見て、加賀がふうと息をついてみせた。その顔に、わずかにひとすじ、汗がながれていた。

 「読みが当たったようです。やはり赤城さんは定石の構成できましたね」

 加賀の航空隊が赤城たちの航空隊を防ぎきっている。艦戦の数が互角以上なのだ。

 「さっきから艦爆の数が少ないの、標的用にとっているだと思ったら……」

 瑞鶴の言葉に、加賀がうなずいてみせる。

 「ええ、こんなこともあろうかと、艦戦を満載してきました」

 「読みがはずれたらどうするのよ!?」

 「結果的に当たりましたからいいのです」

 「って、言い合いしている場合じゃない。こっちも反撃しないと」

 その言葉に、加賀はかぶりを振ってみせた。

 「いえ、瑞鶴さん。あなたに頼みがあります」

 瑞鶴は目を丸くした。加賀の顔はいつもどおりにみえて、いつになく真剣だった。

 「あなたにしか、できないことです」

 

 「……普段は敵役って、一航戦が務めるのにねえ」

 「まあ、あの組み合わせなら、わたしたちがやるしかないし」

 「言いだしっぺだしね」

 「それにしてもちゃんと来るのかなあ。お互いにつぶしあっていたりして」

 「そんなことはないみたいよ――こっちに来るのが、一人」

 「おっと、そういう作戦できたか」

 飛龍の言葉に、蒼龍がうなずいてみせる。

 「じゃあ、わたしたちも行こうか。ただで通してあげるわけにはいかないもんね」

 

 主機を全開にして、瑞鶴は洋上を駆け抜けていた。

 「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、もう!」

 駆け抜けながら叫ぶ。叫ばないと心のもやもやでどうにかなりそうだった。

 ――赤城さんと翔鶴さんの艦載機はここで釘付けにします。

 ――あなたは目標へ到達することを考えて。

 ――おそらく二航戦の二人が敵役でいます。

 ――あの提督が何の備えもしていないはずがありません。

 ――あなたの快速をもって敵基地に急接近、艦爆で一撃を与えてください。

 加賀はそう言うと、ふっと目を細めて、瑞鶴に言ったのだ。

 「あなたの韋駄天ぶりを頼りにしてます」

 あれは笑ってみせたのだろうか。そうかもしれないという気持ちと、そうであってほしいという気持ちがないまぜになり、そんな気持ちを抱いている自分に気づき、瑞鶴は思わず顔を赤くしていた。

 認めてほしいと思っていた。なぜ認めてくれないのかともどかしかった。

 瑞鶴はぶんぶんとかぶりを振った。

 「別にうれしくないんだから!」

 そう叫ぶや、きりっと顔を引き締め、瑞鶴は短弓を構えた。単独ゆえに誰に報告するでもない、ただ自分を鼓舞するために、声をあげる。

 「艦載機接近――! やっぱり待ち構えていた!」

 海面を疾走しながら、瑞鶴は次々と弓に矢をつがえ、放っていく。

 

 偵察機からの報告に、飛龍が口笛を鳴らしてみせる。

「瑞鶴の艦載機と交戦! やるね、すごい反応速度だわ」

「こっちの動きも読まれていたかな?」

 首をかしげる蒼龍に、飛龍がうなずいてみせる。

「たぶんね――それよりも瑞鶴の速度!」

 偵察機が伝えてくる瑞鶴の速度は、まるで駆逐艦並みだった。

 速いとは聞いていたものの、それは二航戦の予測をはるかに超えていた。

「こっちが撃ち負けることはないけど、足止めされてる」

「阻止線を突破される!?」

「やらせない! 意地でもとめてみせるよ! 第二次攻撃、用意!」

 蒼龍と飛龍が、そろって長弓に矢をつがえた。

 

 艦戦の防空網を突破して、二航戦の艦爆と艦攻が迫ってくる。

 それを視界の端にとらえながら、瑞鶴はひたすら主機を上げた。

 「もう少し、あともう少し――!」

 しばしあって、前方から島影が姿を現した。

 大きく深呼吸をひとつすると、瑞鶴は短弓から弓を放った。

 放たれた矢が艦爆の一群となって島へと向かう。

 それを束の間見送るや、瑞鶴は大きく面舵に切った。

 弧の字を描く瑞鶴の航跡の後に、水柱が次々あがる。

 海面直下を疾走する魚雷を紙一重で交わしながら、瑞鶴は叫んだ。

 「艦爆が着くまでもちこたえれば、わたしの――わたしたちの勝ち!」

 額から汗をあふれさせながら、瑞鶴は懸命に洋上を駆け抜けた。

 

 夕暮れ時の砂浜に、香ばしいにおいがただよう。

 笑いさざめく艦娘たちの声が、潮騒にまじって大気に満ちていた。

 演習に参加した空母、それに障害役を引き受けた駆逐艦――演習参加者だけのお疲れバーベキューパーティである。殊勲艦となった瑞鶴は、宴の中心から少し距離を置いて、腰をおろして身体を休めていた。串焼きの肉にかぶりつくと、甘みのある肉汁が口内に満ちて、その美味が疲れきった骨身に染みるようだった。

 演習後に、今回の演習の発案が蒼龍と飛龍の案だと瑞鶴は知った。

 たぶん、この宴も込みで考えたんだろうな。ぼんやりとそう思う。

 「おなか、すいたでしょう? 食べるといいわ」

 その静かな声に、瑞鶴は顔をあげた。

 相変わらずの無表情で加賀が立っている。手にした皿には串焼きの肉やら野菜やらが山盛りになっていた。その様子に瑞鶴はおもわず苦笑をもらしてしまう。

 「赤城さんじゃないんだから、そんなに食べられないわよ」

 「そう」 

 加賀は表情を変えないまま、ちらと赤城の方を見やった。当の赤城はといえば、駆逐艦の子達に囲まれつつ、次々と肉を焼いては振る舞い、自分でもモリモリと食べている。

 「……よくやったわね」

 ぽつり、と加賀が言った。瑞鶴は加賀の顔をまじまじと見やった。加賀の顔がほんのり赤い。夕日に照らされているからか、それとも別の理由かは判然としなかった。

 「言われたとおりにやってみせたわよ」

 「あなたならできると思っていた」

 「…………ありがと」

 瑞鶴はそう言うと、思わず顔をうつむけた。また加賀が目を細めている気がした。

 そして、そんな二人の様子を、宴に交じったまま蒼龍が見つめていた。飛龍の肩をちょんちょんとつつくと、飛龍もそれを見て、くすりと笑みをもらす。

 「ちょっとは空気変わったかな」

 蒼龍の言葉に、飛龍が微笑んでみせる。

 「たぶんね。まあ、無駄じゃなかったんじゃないかな」

 「――みんなのガッツ、すごかったなあ」

 蒼龍がふと空を見上げながら、ひとりごちる。

 「わたしたちも見習わないと――ああ、でも」

 飛龍を、そして、加賀を、瑞鶴を――宴に集う皆を見回しながら蒼龍は、

 「加賀さんのとった作戦は使いたくないかな。自分が犠牲になるのも、誰かが犠牲になるのも、わたしはやりたくないなあ」

 そう言うと、蒼龍は飛龍にウィンクしてみせた。

 「今度の作戦は、全員ちゃんと帰ってきましょう」

 「そうね、この宴がまたできるように」

 飛龍がうなずいてみせる。

 受け継いだ記憶は重く、辛い。けれど、艦娘としてある今は、「かつて」ではない。

 記憶を糧に、それを乗り越え、未来を切り開く。

 それもきっと、艦娘の使命なのだから。

 

 〔了〕

 


 
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