No.70052

帝記・北郷:十六~五百年の敵:中~


わ・た・し・は・帰ってキターー!!

吹っ切れました。作者的に吹っ切れました

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2009-04-23 05:38:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4385   閲覧ユーザー数:3750

『帝記・北郷:十六~五百年の敵:中~』

 

 

九江郡柴桑城からそれなりに離れた森の中。

鬱蒼というにはいささか開けた緑の中に浮き上がるは純白の毛並みと馬の中の王たる風格を持つ一頭の馬。

「お前に乗るのも久しぶりだな。脚は治ったみたいだな」

それに跨るは、薄い緑や青で彩られた軽装の鎧に大身槍を携えた若武者が一人。

兜は被っておらず、長い髪を後ろでまとめたそのいでたちは、彼を包む新緑の木々に負けずに清々しさに満ちてる。

名は言わずと知れた新魏、そして今は呉の神将・龍瑚翔。

馬は彼の相棒として名高いあの名馬・雪風。

その左腕は例のトランクに入っていた新しい義手が填められている。

彼が城を離れてあと二日もすれば蜀軍が来襲するような場所にいるのは、別に仕事が嫌で逃げ出したわけではない。

彼が柴桑の、いや呉の西部方面司令官に任じられて二週間。下手な小競り合いによる消耗を避けた龍志は残存兵力を柴桑に集結させていた。

柴桑。長江の要所であり水路のみならず陸路でも進軍、輸送の拠点となるこの一帯はまさに兵家必争の地。

そうでなくとも、長江の北側はほぼ新魏軍が押さえ、大陸南部交州からのルートは呉の本拠地まで長く時間がかかる。必然的に蜀にとって最適の進軍路は長江を下り柴桑を拠点に陸路と水路でもって呉を攻めることである以上、柴桑を守れるかどうかが呉の命運を分けると言っても過言ではなかった。

そんな中、斥候に出ていた一人の武将から報告が届く。

その名は張郃。美琉である。

何故彼女が呉にと困惑した龍志だったが、忘れていたと手を叩く曼珠から先の戦で彼女を捕えたことと龍志に協力するのならということで彼女を陣営に招き入れたことを聞き、納得すると共に何でそんな大切なことを黙っていたんだという龍志の雷が落ちたのは…まあ、関係ないので省こう。

ともかく、彼女からの報告は主に蜀の侵攻速度と周辺住民の動揺などであったが。その中に気になるものが一つあった。

曰く『蜀将・陳到が呉に亡命を求めてきている。ただその前に一度会って話をしたがっている』と。

 

陳到。

 

御存じの方がどれほどいらっしゃるだろうか。

三国志演義には記述がなく、正史にも伝はない。ただ正史の趙雲伝にはこう記されている。

『劉備の豫州時代からの部下であり、勇名、功績は常に趙雲に次ぐ』と。

そも、三国志正史において趙雲は劉備に仕えていた期間に対して評価が高いかどうかは意見が分かれているのだが、それでも時代を代表する名将であり、そんな彼に次ぐと言うのだから陳到の実力も決して低かったとは思えない。

そんな名将が呉に亡命を求めている。

「蜀の譜代の臣の突然の亡命。管理者の手に落ちた蜀……さて、鬼が出るが蛇が出るか」

槍の柄でポンポンと肩を叩きながら、龍志は最近方がこっていることに気付いて眉をしかめた。

 

 

面会の場所に指定されたのは森を抜けた所にある湖。

鏡のように静寂を讃えた湖面に波紋を浮かべるは、親子連れの水鳥が数羽。

「これは見事な……」

時刻が時刻ならば、落日が湖面に映り燃え上がるような隻影を映し出すことであろう。

雪風から降りた龍志は、まだ夕暮れまで二刻ほどある空を見た後視線を再び湖面に映し、小さく溜息を吐いて。

「このような風情あふれる場所でこれから重苦しい話をすることになると思うと、それだけで軽く気がめいるな」

「あら~それはごめんなさい」

背後の気配を感じて放った軽口は、思いのほかにのんびりとしたそれでいて妖艶な声に応えられる。

ゆっくりと髪を揺らしながら龍志が振り向くと、そこには長弓の扱いやすいように右肩の周りだけ軽装になっている蒼い鎧に身を包んだ美琉と、最小限の防備をスリットの深い和服のような装束の上に付けた女が立っている。

「お久しぶりです、龍志様」

心なしか嬉しそうに頭を下げる美琉に、龍志もふっと表情を和らげて。

「ああ、心配をかけたな。君も壮健そうでなによりだ」

ふと視線を再び隣の女に移すと、女は何が面白いのか鉄扇で口元を隠しながらニヤニヤと笑っていた。

「……美琉。こちらが」

「はい。陳到将軍です」

「始めまして~陳到、真名は揚羽よ~~」

深々と優雅な礼をする陳到。

ただでさえ大きな彼女の胸が、それでさらに強調される。

ここで一刀ならば頬を赤くして目をそらすのだろうが、残念ながら仕事中の龍志にそのような反応を期待するのは無理である。

それよりもむしろ目の前の女がいきなり真名を名乗ったことの方が彼を驚かせていた。

「驚いたな…いきなり真名を名乗るとは」

「あら、亡命の将が相手を信頼させるにはこれくらいは必要でしょう?もっとも、美琉からあなたの人となりを聞いてから決めたんだけどね」

「美琉とも真名を交換済みか…確かに、俺を信用させるには真名を教えると言うのは効果的だな」

ふっと笑って美琉を見る龍志に、彼女はバツが悪そうに顔をそらし横目で咎めるような視線を揚羽に送った。

まあ、とうの揚羽は相変わらず鉄扇片手に笑っているが。

「で、あたしの亡命を認めてくれるのかしら?」

「さて、理由を聞かないことには無理だな」

「理由?てっきり察しているかと思っていたけど?」

からかうような驚きの顔に、龍志は右手の人差指と中指で軽くこめかみを押さえる。

こういうタイプは龍志の苦手とするタイプだ。

「…察するに、劉備を人質に取られたか何かで身動きがとれないから何とかしてほしいって所じゃないか?」

「正解」

バッと広げた扇を高く掲げる揚羽。

真面目なんだかそうでないんだか……。

「…それで、どうして呉なんだ?亡命するなら新魏って言うのもありだったんじゃないのか?」

「それはそうなんだけどねぇ。こっちに配備されちゃったからしょうがないじゃない」

「…それだけか」

「あとは…あなたのことを話していたからかしらね、あいつらが」

その『あいつら』が、劉備を人質に取っている連中であることは揚羽の表情が一瞬だけ歪んだことで龍志や美琉にも容易に察することができた。

「ひとまず、蜀の現状から話してもらおうか」

 

 

龍志の言葉を受け、揚羽が話したことを簡単に纏めるとこうなる。

魏郡の戦いで華琳を誤射して以降、劉備は部屋に閉じこもり関羽や張飛の呼びかけにも応じないほど陰鬱な日々を送っていた。

そんな状況ながらも、酷な事と知ってはいたが彼女を漢中王に拝し、蜀は揺れ動く大陸の情勢の中で生き残りをかけて策を巡らしていた。

そんな或る日、仮面をつけた一人の道士が蜀に現れる。

その道士が現れるや、突如部屋にこもっていた劉備が姿を出し、呉への侵攻とそれを囮にした新魏への攻撃を唱えたのだ。

動揺する蜀の将兵であったが、多くの者は親愛なる国王の言葉に異を唱えることもなく軍備を整え、五虎将を始めとする重鎮達には仮面の道士がこう言った。

『劉備を正気に戻したければ呉と新魏を滅ぼせ』と。

 

「成程…いかに妖術を使ったとはいえ荊州の呉軍が容易く破られたのは、五虎将を始めとする将達が劉備を救わんと躍起になっていたという事もあったのですね龍志さ…ま……?」

何の気なしに龍志の方を見た美琉は、目の前の光景に目を見開いた。

龍志の表情は今まで美琉が見たことのないほど凍りつき、殺気に満ちていた。

「…どうしたのかしら?」

揚羽も怪訝に思いそう聞いてきたが、龍志は軽く頭を振ると。

「いや…何でもない。それよりも、それだけ聞くと今回の遠征の主力は蜀の将兵ということか?」

「いえ、道士が連れてきた将と兵士が入っているわ…というか兵はほとんどそうね。あとは妖術師が十数人……」

「名前は解るか?」

「ええまあ。確か、実質今回の遠征軍の指揮を執っている将の名前は琥炎……」

「何ぃ!!」

突然龍志の上げた大声に、さしもの張郃、陳到も飛び上がった。

しかし龍志はそんな二人には気付くことなく。

「ひょっとして、そいつは韓季と彭桃という二人の女将を連れていなかったか?」

「…よく知ってるわねぇ。知りあいなの?」

「……まあな」

ちくりと、新しい義手の付け根が痛んだ。

知り合いも何も無い。

二百年と少し昔、とある外史で起こった外史肯定派と否定派の全面対決があった。

実に三十年に及ぶ長きにわたる激戦。当時お尋ね者だった龍志もかつて蒼亀が肯定派に所属していたこともあって一時的に指揮官として戦闘に参加した。

管理者と言っても、武術方術や権謀術数の類に長けた者は多いが、兵の指揮に長けた者は少ない。

そんな中で鬼神の如き用兵と武芸を誇り、その名を轟かせたものが二人。

一人は言うまでもなく青龍の神将と呼ばれた男・龍志。

もう一人が、真紅の怨将と呼ばれた琥炎であった。

そして彼こそが、龍志の左腕を斬り落とした男である。

(肯定派でなければ否定派でもなく、ただその欲の赴くままに刃を振るい兵を率いる管理者一の名将……厄介だな)

龍志にとって妖術に奢る敵ならば撃退も容易く、劉備への思いに猛る敵もまた術中に納めるは赤子の手を捻る如し。

だが、相手が琥炎となれば話は違う。

(戦術を根本的に見直さないといけないな……)

「龍志様?」

むっつりと押し黙ってしまった龍志に、心配そうに声をかける美琉。

はっと龍志は面をあげ、微笑を美琉に向けながら。

「すまない。それで揚羽殿。もう一つ聞きたいのだが…その、仮面の道士の名は……」

「道士の?え~と確か……」

揚羽の口が動く。

だが、そこから音が発せられることはない。

いや、龍志の耳に届くことがないのだ。

不意に、視界が揺れる。

違う。龍志の周りの世界が変わって行っているのだ。

それを証拠にどうだ、美琉と揚羽の姿が掻き消されていくではないか。

 

 

消えゆく二人を見ながらも、龍志は安心していた。

何故なら、この現象は明らかに空間操作術の一つだ。

簡単に言うならば、ある空間を一時的に分割し、それを構成している情報の一部だけを残したり複写ではなく転送することによって瞬時に姿を消したり対象を攫ったりする方術。

神隠しを起こす事などに最適な術だが、あまりに大がかりな上に外史に悪影響が出るのではと懸念されて、今や使い手は数えるほどしかいない。

龍志の知る中では、夢奇、蒼亀、琥炎、そして……。

「やあ、久しぶりだね龍瑚翔」

「……っ!!徐福!!」

変異した世界の中、むき出しの口元に笑みを浮かべてこちらを見る仮面の道士に、龍志は問答無用で槍を突き出した。

 

ゴガッ

 

しかしそれは横から伸びた鉤鎌刀の柄に弾かれる。

「駄目ですよ龍志さん。貴方程の人物が怒りに身を任せては」

「琥炎……」

中華というよりは西洋の貴族のような格好に大きな外套。赤味のかかった黒髪を肩上まで垂らした髪型に、切れ長すぎて細めているように見える双眸。

真紅の怨将・琥炎が優雅にそこに佇んでいた。

「それにほら、この静寂を無粋な剣戟で乱すくらいなら、華々しい殺戮の音色を響かせた方が脚本(ドラマ)として魅せると思いませんか?」

琥炎の言葉通り、この世界は沈黙に満ちていた。

元より静寂をたたえた湖の岸辺ではあったが、少なくとも鳥の囀りや木々のざわめきくらいはあった。

もしも超常現象などに詳しい人がいたならば、こう言ったであろう。

無音円錐域(コーン・オブ・サイレンス)と。

「…どけ琥炎。そいつが俺にとってどういう存在かはお前も知っているだろう」

「まあ、人並みには」

五百年前の外史。

龍志が飛ばされ、華龍と共に紡いだあの外史。

その終焉の発端となった諸侯の反乱と異民族の侵入。

それら全ての裏で暗躍し、最後の最後で咸陽宮に火を放ったのは目の前にいる仮面の道士・徐福であった。

そう龍志にとってはかつてその全てを奪った、殺してその肉を食らおうとも飽き足らぬ五百年の怨敵。

この広大な外史の世界で決して再びまみえることなど無いものと思い。しかし心の片隅で復讐の炎を燃やし続けてきた男。

「…思えば、この外史で今起こっていることの多くはあの外史と酷似している……気付くべきだった。いや、気付かなくてよかったかもな。気付かせるためにお前はしていたんだろうから」

「御明答。さすがだな龍瑚翔。その洞察力といい五百年ぶりに見させてもらった戦術眼といい武芸といい……五百年前とは比べ物にならないな」

「それはどうも…ではおしゃべりは終わりだ。大人しくその存在ごと消えうせてもらおうか」

龍志の纏う気が濃度を増す。

ビリビリと。表には出さぬ彼の静かな怒りに呼応するかのように、沈黙空間に風が起こり彼の髪を揺らす。

「まあ待て。今日は争いの為じゃない。話し合いに来たんだ」

「琥炎を連れてか?」

「彼はさっきみたいな時の為の用心棒さ。それに彼も君に会いたがっていたしな」

恭しく礼をする琥炎。

その瞳はまるで恋人に逢った乙女のように熱っぽさを帯びている。

「龍志さん…改めてお久しぶりです。確か最後に会ったのがあなたの時間で三十年程前でしたね」

「そうだったか?」

「ちなみにあなたがその左腕と引き換えに私を四分割にしたのがあなたの時間で二百七十五年前。私の時間で百と九十六年前です」

余談だが、龍志の五百年とは彼が外史の中で過ごした時間だ。

そもそも管理者は人間の時間の概念とは少しずれた存在なのだが、ここでは説明は割愛させていただく。

「よく覚えているな……まあ良い。お前と旧交を温めるのは後にして、まずは隣の男からだ」

「やれやれ。また強引に話を戻しましたね」

肩をすくめる琥炎には目もくれず、龍志は再び徐福を静かに見据える。

「それで、話というのは何だ?日本で言うところの辞世の句の代わりに聞いてやる」

「何、難しいことじゃない。俺達の仲間にならないかって話だ」

「っ!!ふざけるなぁ!!!」

絶叫。

雑兵はおろか並の将兵ですら声だけで殺してしまいそうな程の怒声。

しかし徐福は口元に笑みを浮かべたまま肩で息をする龍志を見て。

「まあ…ひとまずはこれを見てみると良い。そして改めて俺の話を聞けば、考えも変わるかもしれないさ」

そっと仮面に手を当てる。

どういう仕組みなのか、紐も無いのにぴったりと徐福の顔についていた仮面は、彼が手を触れたでけであっさりと顔から離れた。

そして、その手が下がり露になる彼の素顔。

「なっ……」

声がでなかった。

一瞬、幻術の類かとも思ったが、徐福が何かしら術を使っている気配はない。

だが信じられない。そうなると目の前のそれは正真正銘の素顔なのだ。

少し歳を重ねたように見える。少し大人びて見える。

だが、見間違うはずがない。何故ならそれは、彼が今もっとも信じ、信じられている男の顔。

「何故だ…何故お前が一刀の顔をしているんだ!!!」

静寂の中。龍志の力無い叫びが湖上に木霊した。

 

                      ~後篇に続く~

 

 

中書き:其之二

 

お久しぶりです。タタリ大佐です。

二週間程、大学とサークルと作品の再構成に追われていました。三回程軽く発狂しました。

その結果、ひとまず行き着いた結論が一つ。

 

「もう…良いよね…しばらく思うがままに書いても良いよね……」

 

というわけで、出す予定の無かったオリキャラを出したり没になっていた設定を引っ張り出したりしながら、しばらくもう思うがままに書かせていただきます。

まあ、コンセプトからずれないように書きますのでそこはご安心を。

まああれです。うん。あくまで第二章は龍志と一刀の話です。

 

ちなみに補足しておきますと、徐福っていうのは徐庶の本名だったりするんですが(史実です)今作では何の関係も無いので悪しからず。

それから、琥炎、韓季、彭桃の名前にはモデルがありますが……原型があまりないので解らないとおもいます。解った方はコメしておけば私からの褒め言葉を差し上げます(いらねぇ)

 

なにはともあれ、今後ともよろしくお願いします.

 

完全なる余談。

龍志ってキャラを始めて考えたのが無双2が出てしばらくした頃だったから、印象は何となしに無双の趙雲だったんですよ。それが無頼(新撰組の漫画)の斎藤一になったんです。

それが、最近になってニ○堂でとあるお方を見つけて思いました。ああ、今の龍志はこの人が一番しっくりくるかもしれないって。

大河ドラマ『風林火山』のGac○t謙信が。

というわけで、脳内変換に困ったらそんな感じで。

 

……いや、してる人いないと思うけど。

 


 
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