No.697210

いのせんす【創作BL】

かけ算よりも足し算寄りです。
Innocence(イノセンス)=無垢とか純粋とか無罪とか。

高熱のせいで弱っている被害者(リーマン)とそんな彼に精一杯尽くすストーカーのほのぼのした話。

2014-06-28 20:03:28 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10759   閲覧ユーザー数:10756

 

 

 

もうとっくに日が暮れた頃、今日も無事に仕事が終わり、家路につく。

ガチャリと開錠してドアを開けた瞬間、ふわっと部屋のなかにうまそうなカレーの匂いが漂っていた。

 

腹減ったな。

ネクタイを緩めながら、狭いリビングまで足を進める。

 

「……毎回毎回、御苦労なこった」

 

テーブルの上には、今さっき作られたばかりなのか、湯気が立つほどアツアツのカレー。

しかもその他にも、豆腐サラダや唐揚げ、わかめスープというサイドメニューまでが並んでいた。

どれも見た目からして美味しそうで、思わず腹が鳴るが、ひとつだけ、忘れてはならないものがある。

──俺は、一人暮らしだ。

こんな料理を作ってくれるような彼女もいないし、わざわざ実家から飯を作るためだけに母親が来ることもあり得ない。

テーブルにはいつものように小さな白いメモ用紙が置かれていて、まるでお手本のような、無駄に綺麗な字で何か書かれていた。

 

「『熱いうちに食べて下さいね』……はぁ、」

 

さらに疲れがドッと押し寄せてきた気がして、深い溜め息が漏れる。

これが可愛い彼女からなら、どれだけ嬉しいことか。

悲しいかな、これを作ったのは俺の知り合いですらない、多分性別は男の、得体の知れないストーカーだ。

 

最初は、全く知らないアドレスからのメールだった。

仕事から家に帰るたびに『おかえりなさい』や、『今日は疲れた顔してますね』など、薄気味悪い文面ばかり送りつけてきて、少しの恐怖心と、それ以上の怒りを覚えたのはまだ記憶に新しい。

男だと分かったのも、メールでの相手の一人称が“俺”だっただけなので、確証は持てない。

 

さすがに鳥肌が立つくらい気持ち悪くて、うざったくて、拒否してもまたアドレスを変えて送ってくるし、こちらがアドレスを変えてもどこから入手しているのか、一日も経たないうちにメールが来る。

そしてそれは非通知の無言電話に変わり、非通知を拒否したら公衆電話からかけてくるので正直キリがなく、まあ別に身の危険までは感じないから……と、放っておいたのがいけなかったらしい。

 

ストーカーの嫌がらせにかなり慣れてきた、というか、麻痺してきた頃には、まさかの合鍵まで作られてしまい、今ではたまに部屋の掃除をしていたり、毎日手の込んだ夕飯を作っては、一枚のメモを残すのが当たり前となってきていた。

 

……おかげで食費はかなり浮いているが。

掃除や洗濯などもやってくれるので、実は有り難いのかも知れないとさえ考えてしまうくらいには、洗脳されてるのかも。

たまにパンツが数枚なくなる時もあるが、自分の順応力が高すぎて、自分が一番びっくりしていた。

月一で、一ヶ月の食費代をテーブルに置いておくんだが、『好きでやってるから、いらないです』と逆にメモを残していき、金は受け取らない始末。

自宅の金品だって、パンツ以外に今まで一度も盗られたことはない。

 

はじめはそんな、いくら見た目がうまそうでも、誰が作って、何が入ってるかも分からない料理を口に入れるなんて抵抗ありまくりだったのだが、せっかく出来上がった豪勢な食事を残すのも、うまくもない自分の飯を一から作るのも面倒で、一度好奇心で口にしてしまってからはもうだめだった。

だって特に変な味はしないし、今のところ体調にも問題はない。

それどころか、むしろ普通にすごく美味しい。

今日も出来立ての料理を前に、俺はテーブルにつく。

丁度その時携帯のバイブ音が鳴って、いつものあれだろうと思いながらもメールの受信ボックスを開いた。

 

『おかえりなさい。今日もお勤め御苦労様です。最近やっと、夜は涼しくなりましたね。季節の変わり目なので体調には気をつけて下さい。それでは、また』

そこには思った通り、知らないアドレスからメールが来ていた。

……あぁ、本当、なんでこいつ、俺なんかにストーカーしてるんだろ。

 

料理もうまくて気遣いも出来るならさ、実際に話しかけてくればいいのに。

こう、偶然を装ったりしてもいいから、俺に認識されたいとは思わないのかな。

最近、つい返信しそうになる自分がいっそ怖い。

おかしな話だが、俺はこの健気なストーカーに対して、多分そこまで嫌悪感はないんだろうと思う。

 

「……いただきます」

 

携帯を閉じて、再びテーブルに置く。

美味しそうな匂いに誘われて、ひとり静かに呟きながら夕飯をいただいた。

 

 

 

 

 

──それから一週間経った頃だろうか。

 

前の日から身体が重くてだるくて、いつもより少し早く寝たんだが、それだけでは日頃溜まった疲れは解消されなかったらしく。

朝になって、体調はさらに悪化していた。

熱を計ってみると、体温計は39度を上回っていて、なんとか身支度を整えてスーツに着替えたものの、玄関を出た瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。

 

これじゃさすがに周りに迷惑をかけると思った俺は、とりあえず会社に連絡をいれて、一度は着たスーツを脱いで、ワイシャツのままベッドに逆戻りした。

……仕事休むなんて、久しぶりだ。

適当になにか食べておいたほうがいいんだろうけど、気を抜いた途端、余計にめまいと吐き気がして、何もする気が起きない。

あー、気分悪い。頭痛ぇ。とにかく寝たい。

食べる気力も体力もなかった俺は、ベッドに寝転んで勝手に閉じる瞼をそのままに、再び深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

───ガチャリ、鍵が開く音で目が覚めた。

 

まだ頭がガンガンする。うっすら目を開くと電気さえつけていなかった室内は薄暗くて、大体夕方くらいだろうと覚醒しきらない頭でぼんやりと思う。

……つか、今ガチャリっていった?

誰だよ、不法侵入してんの。あぁ、そっか、あいつしかいねぇよな。

 

そうは思うが、身体に力は入らなくて、熱のせいで思考だって朧気だ。

ぼうっとしてると、静かだけど確かに、部屋のなかで俺とは違う足音がした。瞬間、パチリという軽い音とともに、室内が急に明るくなる。

眩しくて眉間に皺を寄せながら、布団に顔をぐりぐりと押し当てる。

まだ眠いのに……起こすんじゃねぇよ。

目、痛いし、寝返りをうっただけでも頭に響く。

 

「……っえ、」

 

その声は、少し遠くから聞こえた。

おそらく部屋の入り口にいると思われる人物のもの。

 

やつは俺のスケジュールを完璧に把握している。

今日は本当ならまだ仕事のはずでいつもは家にいないから、俺が在宅していることに驚いてるんだろう。しかしまあ、俺は高熱を出した病人。

視界は霞むし頭は痛いしで、正常な思考なんてどこかに行ってしまっている。

 

「ぅー…、んん゙……」

 

不法侵入してきた人間を放っておいて、俺は呻きながら壁側を向いた。

もうひと眠りしたいし。

いや、ほんとね、俺のほうが頭がおかしい行動だとは思うけど、それ以上に眠くてだるくて仕方ないんだよ。

 

「……あ、あの、」

 

「…………あ゙?」

 

背後から聞きなれない声がかかって、高熱で不機嫌な俺は、思わずめちゃめちゃ無愛想に返す。

ストーカー相手に優しくしてやるつもりはない。その気持ちだけは唯一正常だった。

 

眉根を寄せながら、喧嘩でも売るみたいにガラの悪い返事をすると、視界の端で相手がびくっと肩を跳ねさせて、怯えたように俺を窺う。

 

「……あ、の、仕事は?」

 

「はぁ? それはこっちの台詞なんだが」

 

「俺は、朝が早いから……帰りも他の方より少し早いんです」

 

「あっ、そうなんですか。とでも言うと思ったかこのストーカー野郎がぁぁあっ!!」

 

ガバッと勢いよくベッドから起き上がって、相手と向き合う。

 

もう一度言うが、俺は病人だ。

正常な思考回路でないことは明らかで、テンションもおかしい自覚はある。

だからか、怖いとは思わなかった。

むしろそのぶっさいくなツラをじっくり拝見して、軽蔑して、速攻で警察につきだしてやろうと意気込んでいた。

 

ストーカーは立派な犯罪なんだよ!

そうして初めてやつの顔をちゃんと見たが、あ、あれ……?

 

「え……?」

 

「……あの、こんばんは、岸田です」

 

「へっ……、き、岸田さんが、なんでここに? ていうかあなた、俺のストーカーだったんですか」

 

岸田さんは、得意先のエリート営業マンで、俺と同じ年齢で、好青年なイケメンで。

……嘘、だろ? 仕事で会ったのも、ほんの数度しかないのに。

なんでこんな、俺より人脈も実績もあるような将来有望な人が、ストーカーを?

それも、超格安なパンツ盗んだり、毎日甲斐甲斐しく飯作ったり……。

 

唖然として岸田さんを見つめると、あまりにも凝視していたせいか、いささか頬を赤らめさせた彼は、乙女のようにそっと目線を逸らした。

いや、あの……、居たたまれなくなるから、恥じらうんじゃねぇよ……。

その表情は完全に恋する生娘みたいで、そしてストーカーの事実を肯定したも同然だった。

 

 

 

 

 

「……あ、あの、」

 

「すみません……、勝手にお邪魔して」

 

「いえ……、いつも晩飯、ありがとうございます。今もその仕度をしに来たんですよね?」

 

俺の台詞に、こくんと頷くエリート営業マン。

あぁぁぁ……、寄りによって、まさか相手がこの人だったなんて。

仕事も出来てイケメンな彼は、外部の人間だが同期では有名で、羨望の眼差しを向ける者も少なくはない。

しかも厄介なことに、得意先に勤めている若きエースに強く出れるわけもなく、被害者はこちらなのに何故か逆に気を遣ってしまう。

 

あぁもう、めんどくさいことになった。

 

 

「……すみません、ちょっとめまいが……」

 

にわかには信じられない事実が重なり、さっき急にベッドから飛び出した時の頭痛が、今になって襲ってきた。

完全に脳内キャパオーバー。

 

「えっ、だだ大丈夫ですか……っ!」

 

「ちょっと風邪引いてるだけだから、大丈夫です。寝れば治ります、よ……」

 

なんとかそれだけ言った俺は、力尽きてふらふらとベッドに突っ伏した。

それに驚いたストーカー、もとい岸田さんは、あたふたと俺の頭上で焦っている。

 

「……あの、何か作りましょうか? 食べないと免疫つかないですよ?」

 

「……そういえば」

 

「?」

 

「今日一日何も食べてない」

 

「えっ!? それはだめですよ……! 汗はかきましたかっ? ちゃんと水分とってますっ?」

 

「いや……」

 

「すぐ作ります!」

 

言うが早いか、何故か張り切りだした岸田さんは、仕事帰りのワイシャツ姿でキッチンに向かう。

袖を捲って、テキパキとこなれた様子で人んちの冷蔵庫を物色する後ろ姿を見ながら、今さら本格的に体調が悪化してきた俺は、ゆっくりと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

「───大丈夫ですか?」

 

「……ん、ぅ……?」

 

すうっと、目が覚めた。

けれどまだ頭は痛いし、時計を見ればあれから30分も経ってない。

どうやら一瞬だけ、ものすごく爆睡していたらしかった。

 

目の前には変わらず岸田さんの姿。

やはり彼がストーカーの正体だということは間違いないようだ。

出来るなら、こっちが夢であれば良かったのに。

 

「起き上がれますか? お粥作ったんですが……」

 

「……岸田さん、」

 

「はい」

 

「……ありがとうございます」

 

手で自分の体重を支えながらも、のっそりとした動きで身体を起こす。

ふと見てみれば、岸田さんは何故か真っ赤な顔でうつ向いていて。

 

「どうしたんですか? もしかして、体調が悪いとか……」

 

「っちが、違うんです! すみません大丈夫ですから……っ」

 

そう言ってぶんぶん首を横に振る彼に、少し笑ってしまう。

 

やっぱ風邪引いてるわ、俺。ちょっと優しく微笑んでお礼を言ってみただけで、この赤面した顔。

同性のストーカーなのにちょっとキュンとキてしまったなんて、熱のせいだとしか思えない。

岸田さんが持つ盆には、大きめな丼に入れたたまご粥が乗っていて、食べる前からすでにいい香りを漂わせていた。

 

「うわぁ、いつも思いますけど、ほんと美味しそうですよね」

 

「そ、なこと……ないですっ」

 

俺の台詞にさらに林檎のように赤くなる岸田さんは、可愛いというよりは格好いいイケメンの部類なのに……。なんだこの乙女オーラは。

しかもほんと純粋に喜んで照れるから、気持ち悪いどころか可愛らしいとさえ思ってしまって、いよいよこちらも大脳が崩壊してきたらしい。

 

「どうぞ、良かったら召し上がって下さい」

 

「すみません」

 

「いえ、俺が好きでやってるので」

 

そういえば、初めてだ。

この人の作った料理を、この人の目の前で食べるのは。

 

ベッドサイドの小さな棚に盆を置いた岸田さんは、食べやすいようにお粥を小鉢によそってくれて。それを受けとった俺は風邪にやられた掠れた声で『いただきます』と呟いた。

 

 

 

 

───結果、たまご粥は完食した。

 

やっぱりこの人の料理って、何食っても好みの味でうまいんだよなあ……。

完全にがっちり胃袋掴まれる気分だ。

お粥を食べたあと、空腹が満たされたおかげで少しだけ動く気力が戻ってきた俺は、朝からずっとシャツのままだった服を着替えて、水分補給して、まだ時間はかなり早いけど、もう寝ることにした。

 

「俺、薬とか買ってきましょうか?」

 

有り難いことに洗い物までしてもらったのだが、すっかり居着いてしまったストーカーの岸田さん。

まるで仲のいい友人並みに自然とうちにいるけれど、こいつは勝手に合鍵作ったり、俺のパンツを盗むような変質者だということは忘れてはいけない。の、だが……。

 

「いいですよ、そこまでしてもらわなくても」

 

「……でも、」

 

「それより、」

 

どさ、とベッドに横たわった俺は、そばにいる岸田さんの腕を掴む。

縋るような弱々しいそれじゃなく、出来るかぎりぎゅうっと力を込めて、彼をじっと真摯に見上げた。

 

「それよりも、一緒に寝ませんか?」

 

「っえ、ぇえ!?」

 

「弱ってる時って、人肌恋しくなりません? 貴重ですよ、俺がこんなこと言うなんて滅多にないですし」

 

言った途端、問答無用でベッドに引きずり込んでやった。

油断していたのか、岸田さんの身体はそのままなだれ込んできて、よろよろと俺の上に倒れる。

急な行動と密着した今の体勢に、あからさまに狼狽えて慌てる様子が笑えた。

 

「ああああの……!」

 

「あんまり動かれると頭に響くんで、大人しくして下さいよ」

 

多少の睡魔と高熱の気だるさのせいで、声は掠れて低くなる。

咎めるように、迷惑そうにそう囁くと、彼は俺が病人だということをハッと思い出したらしくすぐに大人しくなり、顔を真っ赤にさせつつ、いそいそと布団のなかへ入ってきた。

 

戸惑いながらも抵抗はしないし、結局は一緒に添い寝のかたちになる。

この人は、やっぱり俺が好きなのかな。

 

「俺、まだ風呂に入ってないから……。よ、汚れてると思いますけど…」

 

「それは俺も同じですよ」

 

「っ、あなたに汚ないところなんてありませんっ!!」

 

「……」

 

忘れてた……。こいつ、ストーカーなんだよな。

 

一体俺のどこが気に入って執着するようになったのかは知らないし知りたくもないが、崇拝にも似た変な思い込みに少々ばかり引いた。

 

「……てか、心臓の音すごいですね」

 

「っ!」

 

狭いベッドにギリギリで男ふたり寝ているから、必然的に身体はくっつく。

恋人のように抱きしめたりは薄ら寒くてさすがにしないが、それでも触れたところからドクドクと速く脈打つ鼓動は、痛いほど俺に伝わってきた。

 

「そんなの、緊張してるからに決まってるじゃないですかっ」

 

震える声で彼が呟く。

指摘されたことが恥ずかしかったのか、うつ向いてしまって顔はよく見えない。

なんか……、なんかさ。全身で“大好き”を訴えかけられた気がして、こっちが顔から火が出そうになる。

本当、普通の時の俺なら確実に気持ち悪いと叫んで彼を蹴りあげていそうだが、高熱で正確な判断が出来ないことも相まって、少しずつ絆されているみたいだ。

 

「それに、あなたの身体すごく熱くて、温かくて……。平常心を保てるほうがおかしいです……!」

 

「……岸田さんはなんか、生ぬるいですね」

 

「えっ、生ぬるいっ?」

 

「……ん、でも、丁度いい」

 

「……もしかして、眠くなってきてます?」

 

「まあ……、少し」

 

徐々に受け答えが拙くなる俺を敏感に察知したらしい。

無意識にとろんと垂れ下がっていく目で素直に言えば、岸田さんは嬉しそうに優しく微笑む。イケメンだ。

 

「大丈夫ですよ、部屋を荒らしたり、変なこともしませんから、ゆっくり寝て下さい」

 

「……すみません、」

 

「いえ、おやすみなさい。良い夢を」

 

囁くような落ち着いた声が鼓膜に柔らかく浸透する。

 

人の温もりを感じながら眠るのは随分と久しぶりだ。

たまにはこうして、他人がいる安心感に包まれて眠るのもいいかも知れない。なんて、ばかみたいなことを考えるのは、熱に浮かされているせいだと思いたい。

 

ぼやけて霞む思考、まったりとした強烈な眠気が襲ってくる。

……もうなんか、何でもいいや。

細かいことは明日起きてからにしようと、俺はゆっくり瞼をおろす。

その低くて優しい声を合図に、生ぬるい塊を抱きしめた。

 

 

fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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