No.69706

call your name 3

京 司さん

お待たせしました……
というより、まだ待ってくれていますか? と聞いた方がいいのかもしれませんね……(滝汗

ともあれ。
第三話、お届けします。

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2009-04-20 21:27:10 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9779   閲覧ユーザー数:6277

 華琳が想い人の名を呼び続けているころ。

 魏、呉、蜀。三国の国境が接する場所から最も近い邑に、霞はいた。

 

 

 

「うーん……どないしたもんかなぁ……」

「予定より早く着いてしまいましたからね。両国の方々が来られるまでは、まだ時間がかかるでしょう」

 

 土壁にもたれかかり、伸びをしながら退屈そうにつぶやく霞に、副官が苦笑いを浮かべながら答える。

 しかし、次の言葉には慎重に注意を払った。声にも、言葉にも、どこにもおかしなところがないように。

 

「……張遼様が急ぐから、ですよ」

 

 対する霞は、彼が気を遣い過ぎたかと思うほどあっけらかんと返した。

 

「しゃあないやろ。久々の遠駆けで、つい気分が乗ってしもうたんや」

「まったく……少しは我々のことも気にしてくださらないと。皆疲れきっていますよ?」

「あの程度でへたばるのは、調練が足りてへん証拠や。戦は……終わったけど、気ぃ抜いてたらアカンで」

 

 それまでぽんぽんと弾むようだった霞の口調が、最後の一文だけ歪んだ。

 目を背けていた、認めたくなかった事実を、間違って直視してしまった。そんな印象を与える、声色の変化。

 副官は、それに触れなかった。

 

「城に戻ったら、演習の上申でも出しておきましょうか」

「ええなぁ。春蘭とか喜びそうや」

 

 二人とも、何事もなかったように言葉を交わす。

 

 

 

 霞は知らない。

 彼女に言葉を歪ませた人物が、今、どこにいるのかを。

 霞が城を離れこの邑まで赴いたのは、明後日行われる三国国主会議に参加する呉・蜀の武将たちを迎えるためだった。

 乱世が収まりどの国も治安は良くなっているため、警護という観点から言えば迎えを出す必要はないが、王を迎えるのに誰も寄越さないでは礼を失する。そういうわけで華琳が誰かを行かせようとしたとき、真っ先に名乗り出たのが霞だった。

「絶対ウチが行く!」と言い張る霞の心情は、華琳にもよくわかった。

 また、桂花たち軍師は政務、秋蘭はその補佐、凪たちは五胡兵の調査、と他に適役がいないこともあって、霞が希望通り派遣されることになった。

 春蘭の名前が出なかったのは……まぁ、語るまでもないだろう。

 合掌。

 

 

 

 しばらくの間は、取り留めの無い話が続いた。

 実際のところ、霞と副官は今回の遠征が初顔合わせだったため、互いの経歴や出来事をただ語り連ねるだけでも、そう退屈はしなかった。

 傍目には和やかな空気のまま、会話を途切れさせない霞。

 ややあって残りの部隊員が邑に到着するが、彼らも二人の雰囲気に感化されたのか思い思いに場所を選んで寛ぎ始めた。

 霞も特に咎めることなく、話に没頭している。

 そんな上官の相手をしている副官は、その経歴故に一人緊張の連続だった。彼だけ、ゆっくり身体を休めている隊員とは逆に、背中の汗が止まらない有様である。

 かつて……というよりもつい最近まで、警備隊に属していた為に。

 

 

 

 隊を率いる将二人が普通でなかったのは紛れも無い事実であり、結果として迎える相手への対応が疎かになってしまったのは、仕方がない話であったと言える。

 けれどそれはあくまで二人の立場と心情を理解すれば、できればの話であり、客観的な第三者や迎えられる当事者たちからは怠慢のそしりを受けてしまうのも、また仕方のないことと言うしかないだろう。

「迎えが来るとは聞いていたが……よもやこのような様を見せられるとは露ほども思わなかったぞ。名高き曹魏の兵といえども、率いる者がいなければこんなものか」

 

 突如穏やかな空気を切り裂いて、よく透る澄んだ声が響いた。

 

「それとも……戦うべき場を失って牙の抜けた獣に成り果てたか」

 

 千の刃にも等しい苛烈な言葉と共に、艶やかな黒髪を揺らしながら声の主が姿を現した。

 

「関羽っ……!」

 

 己が武を罵倒され、霞が顔色を変える。例え相手が好意を持っている者であっても、誇りに唾を吐きかけられて黙っているような性格ではない。

 

 が。今回の件に関しては明らかに自分に非があり、それを自覚しているため、鋭い目付きで奥歯を噛み締めることしかできない。

 

「ちょ、ちょっと、愛紗ちゃん!」

 

 火花が散りそうな霞と関羽の間に割って入ったのは、桃色の髪と大きく突き出した胸が特徴的な少女。

 

 情義の王、蜀を束ねる劉備玄徳その人であった。

 

「いきなりそんな態度でつっかかっていっちゃうのはよくないよー」

「しかし、桃香さま……」

 

 仕える主に水を差され、視線をそちらへ逸らす関羽。

 劉備の後ろには張飛、趙雲、馬超、黄忠といった五虎大将に加え、諸葛亮、鳳統の軍師筆頭まで並んでいた。

 更に間の悪いことに、劉備たち蜀一行の後ろには孫策・孫権の姉妹を始めとする呉の面々の姿も。

 こうなってしまうともう、霞に返せる言葉は完全に無い。

 自分から進んで志願しておきながら、部下を省みず先走り、想いに浸るあまり周囲の確認を怠り、迎えの使者としての役を何ら果たしておらず、しかし、それがどうしたと言えるほどの厚顔無恥な将にもなれず。

 その場に立ったはいいが、何も言うことのできない霞の代わりに場を動かしたのは、それまでずっと様子見に徹していた副官だった。

「総員、隊列を組め!」

 

 急な状況の変化に対応しきれずくつろいだ姿勢のまま固まっていた隊員達だったが、上司である副官の怒号で反射的に身体が動いた。

 すぐさま霞の後ろに列を作る。

 その機敏さは関羽の『率いる者がいなければこんなものか』という言葉を跳ね除けるのに十分な説得力を持っていた。

 劉備はほえ~と目を丸くし、少し離れたところにいる孫策も目を細めている。

 部下の姿勢を整えた上で、副官の男がその場にひざまずく。

 

「劉公、孫公、並びにみえられた将の方々!」

 

 この言葉には、諸葛亮ら軍師の耳が反応した。

 

「この度の失態、偏に部隊の指揮を怠った私一人の責! このようなことで場を治められるとは思いませんが、どうか! どうか、これで矛を収めていただきたい!」

 

 額を地面に擦りつけ、深々と、これ以上はないという土下座をした。

 何人かが、息を呑んだ音。

 何人かが、ほぅと漏らした吐息。

 何人かが、歩き始めた足音。

 今の彼には、ただ音でしか状況を判断できない。

 真っ先に動いたのは、上官である霞だった。

 

「ちょ……なんでアンタがそないな真似してん!? それはウチの役目や!」

「いえ!」

 

 霞の言葉を、真っ向から否定する。

 

「準備を確認せず出発に手間取り、道中早馬を飛ばす羽目になり、結果張遼様や部下達に無駄な疲労を与え、この場を招いたのは自分の責! どうか張遼様、咎めを!」

 

 土下座したまま、ことさらに声を張り上げる副官。

 違う、と霞は声にできずに、それでも叫ぶ。

 今の状況を招いたのは、間違いなく自分が原因なのだ。しかし、彼が声を大にしたことで言い出せなくなってしまった。

 将としての冷静な部分が、このまま彼一人を処罰すればとりあえず場を治めることができる、とささやく。

 しかし、将たる自分が部下を身代わりになどしていいはずが無い。

 じゃあ代わりにどうしたらいいか、という具体的な案は出てこないのだが。

 ――やからって、そないなコトできるワケあらへん!

 

 しゃがみ込んだまま頭を振る霞に、一つの足音が近付く。

 顔を上げた彼女が見たのは、此処に居る、もう一人の王の姿。

 

「ねぇ、あなた」

 

 燃え盛る炎のすぐ傍にいるような熱さと、抜き身の刃を喉元にピタリと添えられたときのような寒さ。

 矛盾を矛盾と感じさせない圧倒的な『王』の威厳を放ちながら、孫策伯符はそこに立って居た。

 

「あなたのその考えって、曹操のモノとは違うようね? いったい、誰に教わったの?」

 

 それまで、地に伏したまま微動だにしなかった副官の肩が、ピクリと揺れた。

 ここに至ってようやく霞も悟る。自分の話相手を勤めてくれていた男が、かつてどこに……誰の元に居たのか。

 姿勢はそのまま、明らかにさっきの口上とは違う、言いづらそうな声で、副官は答えた。

 

「今は、おられない方、から」

「ふーん……。種馬、くらいの噂しか聞いたことなかったけど。それだけの男じゃなかったみたいね。会ってみたかったな」

 

 最後の一言は、ささやくようなつぶやき。それにはもう、周囲を圧する覇気が込められてはいなかった。

 

「雪蓮。もうそのくらいでいいだろう?」

 

 場をとりなしたのは呉の大都督たる周瑜。

 

「そちらも。このような瑣事で互いの関係を悪化させることを望むわけでもあるまい?」

「無論だ。愛紗は優秀だが、頭が固い、硬過ぎるのが珠に瑕でな。あちらの副官がこうまでしてくれているのだ。これで十分だろう」

 

 蜀の側から答えたのは趙雲。

 

「これで済まぬのなら己が命で、とまで言いそうだし、な」

 

 こちらも興味深そうに、今だ土下座したままの副官を見やる。

 

「そんなのダメだよー!」

 

 命で、の言葉に過敏に反応したのは劉備だった。

 

「呉のみなさんも、愛紗ちゃんも、もうこれでおしまいでいいよね? 頭を下げてお詫びしてくれたんだから、これでおしまい!」

「王にそう言われて、逆らえるわけないでしょう?」

 

 劉備の必死な様子がおかしかったのか、孫策が笑いながらまぜっかえす。

 それをきっかけに、場の雰囲気が一変した。張り詰めていたものが解け、和やかな空気に変わる。

「ホンマに……すまんかった」

 

 改めて頭を下げる霞の肩を叩いたのは、他ならぬ関羽だった。

 

「もうよい。長旅のせいか、私もすこし気持ちが尖っていたようだ。それでもまだ気が晴れぬというのなら、この先の道程でしっかり勤めを果たしてくれればいい」

「関羽ぅ~」

 

 穏やかに微笑む関羽の表情を見て、顔を上げた霞の瞳が潤む。

 腕でこぼれそうになった涙を拭い、声を張り上げた。

 

「これよりの先導、この張文遠が誠心誠意を持って勤めさせていただく! 皆のもの、かかれぃ!」

 

 霞の号令で、直立したまま不動だった兵たちが動き出す。手荷物を預かり、馬を引き、手早く出立の手筈を整え始めた。

 ようやく顔を上げた副官に、霞はそっと声をかけた。

 

「すまんかったな。ウチの役目も苦しみも、全部押し付けてしもうて」

「張遼様……そのお言葉だけで、十分です」

 

 軽く笑って、副官は首を振った。

 もう何も言わないでください、と言うように。

 

 

 

「出立の準備、整いました!」

「よし! ほな行こうか!」

 

 最後尾から叫んだ副官に、霞も大声で応えた。

 先頭に霞。その後ろに劉備と孫策が続き、将たちはそれぞれの主の後を追う形で並ぶ。

 蜀と呉の集団を包むように魏兵が配置され、殿を副官が務める。

 歩調を合わせて、馬が進み始めた。

 

 

 

 ――なぁ、一刀

 

 ――今でも悲しいのは変わらへん、けどな

 

 ――もう、後ろを見たり下を向いたりするんだけは、止めよ思うわ

 

 ――ウチの元に居る、一刀が育てた兵たちに笑われんように、な――


 
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